老人介護についての個人的HP-4 知識 - (8) 家族精神医学入門
私達がお年よりを援助するあらゆる場面で、直接の援助対象は目の前の本人さんではありますが、大抵の場合、その後ろにご家族がいらっしゃいます。例え施設入所者であってもご本人さんとご家族の「関係」は無視できないですし、これが短期入所やディサービスご利用者だったり在宅者への援助ということになると、ますます「家族」というものの見方が必要とされてきます。
私達の援助によって、ご本人さんとご家族の間の「家族関係」は微妙な影響を受けます。そして私達の援助の最終目標は、ご本人様を含めた「家族全体」が困らないこと、であるはずです。
このように、『家族』の存在を無視した援助はあり得ません。「家族」あるいは「家庭」ということについて、より深く考えてみることが必要ではないでしょうか?このページにはそのような意識のもとで、まがりなりにも私が学んできた内容を要約してみます。
まずはご本人さまとご家族の「立場」について、援助者との関係から整理してみます。
いかがでしょうか?以上のうち、a・bは極めて分かりやすいし、私達援助者も日ごろから意識して関わっている「家族像」ではないでしょうか?しかし、その反対に「あの家族はちっとも協力的じゃない“悪い家族”だよなぁ。」(=bが不十分な家族)などという感慨を持つことはありませんか?しかしそれでは援助活動はうまく発展しないでしょう。私達は専門家として、さらにc、dのような「家族観」を持たなくてはいけません。
そのように「家族観」を深めるにあたって、まずは「家族精神分析」の創設者のひとりであるウィリアムアッカーマンという方の著作から、「家族」ということについて一部抜粋要約して以下に示します。
『個々の人間は、完全に「個人」ではあり得ず、むしろ常に家族と未分化な側面をもった相互依存的な存在であり、この相互依存の中での欲求充足と情緒の共有によってはじめて健康を維持し発展できるような存在である。各家族成員は、各々の愛情欲求を満足させるための相互依存によって互いに結合している。人々が自分の健康を維持するには、絶えず他の健康な人々とそれを分かちあわなければならない。そして(情緒的な)病人が生まれるような集団は、集団自体が歪んでいる。
互いにわかち、与えあう経験は、家族の間でそのほとんどが起こる。家族とは、成長と経験、この相互充足の成功と失敗の経験の基本単位である。したがって、家族とは疾病と健康の基本単位である。家族とは一つの有機体である。
従って「全体としての家族」を診断・治療の一単位とみなさなければならない。』
いかがでしょうか?私達はこれまで、このような「一つの家庭」全体を援助対象とするような視点をもっていたでしょうか?あるいは、「ご本人さんとご家族」をこのように精神的に不可分の一つのものとして観てきたでしょうか?
このように「一つの家庭」としてまとめて観ると、その中で何か問題が起きた時にそれを解決する方法として、以下のようなパターンに分けることができます。
いかがでしょうか?抽象的な説明文ですが私達が関わってきたご家庭の中で、それぞれに該当するようなご家庭が思い浮かぶのではないでしょうか?もちろん、私達の援助はなるべく1のように問題解決されるよう図っていくものでなくてはいけませんね。3の中に出てくる「スケープゴート」について、以下に簡単に説明します。
*スケープゴート(身代わりの犠牲者)とは?
・スケープゴート【scapegoat】(聖書に見える「贖罪の山羊」の意)
民衆の不平や憎悪を他にそらすための身代り、いけにえ。罪や責任や不安の転嫁の政治技術で、多くは社会的弱者や政治的小集団が対象に選ばれる。歴史上、大きな災害の後で特定の集団が迫害対象とされたりしたこともある。
同じ作用が、社会の最小単位の中の「家庭」のなかで起こることもある。その場合には特定の家族メンバーを「切り捨てる」ことで、残りの家族メンバーでの平和な家庭が保証される。(しかし、一部を“切り捨てる”ことで“自己破壊的”であることに変わりない)(そして大抵の場合、切り捨てられるのは家庭の中の最弱者=障害を持った高齢者であることが多いが、過酷な介護を強いられ配慮されない主介護者のこともあリ得る。)
このような抽象的な知識を、具体的に私達の日頃の援助活動に活かすのにはどうすればよろしいのでしょうか?こればかりは「ケースバイケース」で「観方」さえしっかり身についていれば、例えばインテーク面接の時に・あるいはご面会に来たご家族とのご挨拶の場面に、臨機応変な「応用」を効かすことができると思います。ただしそれではあまりに漠然としていますから、とりあえず以下のようなことをお勧めします。
@心的な意味で「中立」を守る。
私達は「問題を抱えた一つの家庭」に関わる時点で、「ご本人さん」対「家族」の、「家庭内人間関係」「対立構造」に巻き込まれがちです。「この家族は、冷たい無責任な家族で本人さんが可哀想」とか、「本人さんがあまりに我侭でご家族は可哀想」などですね。私達援助者は無意識のうちにもこのように、家族の誰かを一方的な加害者・悪者にしたり、被害者としてしまわないようにしなければなりません。そのような心性が生じると、「一つの家庭」全体への援助は絶対にうまくいきません。(意識して、情緒的な共感を示すということはあり得ます)
A家族の持つ社会的な側面を評価する。
@の点を客観的にして自分が巻きこまれないようにする一つの方法がこれです。ご家族は、家庭内に要介護状態のお年よりがいることで、以下のような側面を持つことになります。それぞれの面を評価し整理してみましょう。
基礎的な家族精神医学の知識をもとに、以上の4つの面を整理してみるだけでもすっきりしてくる部分が多いと思います。
Bキーパーソン・主介護者・保護義務者について整理する。
「キーパーソン」とは、重要人物・中心人物という意味ですが、高齢者援助においては家庭内における高齢者の処遇など、家庭のありようについての最大の決定権を持つ中心人物の事をさします。一つの家庭のキーパーソンを見極めた上で援助していかないと、援助は非効率的になり、時にはかえって混乱を与えることになりかねません。ただし、経済的な中心人物や主介護者がキーパーソンであるとは限りませんし、場合によっては(本家のオヤジさんなど)家庭の外にキーパーソンがいることもあります。
「主介護者」とは、文字通り「お世話を主に行なっている人」のことを言います。
「保護義務者」とは、法律的な意味合いにおいてご本人さまのことについて責任を持つ人のことを言います。
以上の「3つの立場」はそれぞれに、同じ人が担っている場合もあるし、それぞれがバラバラのこともあります。援助にあたる私達はそれぞれを誰が担っているのか?もしも異なる人の場合には、その間の家族関係がどうなのか?それをできる限り把握する必要があります。そうすればご家族に接する時に、細かい介護方法のことは主介護者さんに、今後の長期的な計画などはキーパーソンさんに、などという具合に効率良くコミュニケーションしていけるでしょう。また、直接その場にいらっしゃらなくても「○○さんにもお伝えください。」と忘れずに付け加えることができます。反対に、例えば長期的な方針がなかなかたたないことをキーパーソンではない方に向かって「責めるように」お話しても、かえって混乱させてしまうだけ、ということも起こります。
さて、このHPは「ご家族の皆さん」もご覧になっていると思います。ご家族の皆さんがこのページ内容を読み理解することは、意義あることでしょうか?私は大変有意義なことと思います。例えばわざわざHPを覗いてくださっているご家族様でも、時に「疲れた・・」と感じる方もいらっしゃるでしょう。このページ全体で説明している通り「家族メンバーの健康は“相互的”なもの」なのですから、貴方がそうお感じならば、きっとご本人さまも同じように「絶好調」とは言えない状態のはずです。また、「疲れた・・」と主介護者さんがお感じならばそれがその他の家族メンバーにも「伝染」して、例えばキーパーソンさんの態度を変えてしまう、ということも起こり得ましょう。そのようなことを知識として知っていただき、ご自分のことを少しでも客観的に眺めることができるようになれば、あまりに問題が大きくなってしまう前に解決が図られるのではないか?と思います。
さて、随分長くなってしまいました。本当はこの次に、では「どうしたら良いのか?」という具体的な解決が続かなくてはいけませんが、それは次回のテーマとします。(そんなに大げさなものではありませんが・・)
ただ、このページで整理したような事柄は援助者にとって不可欠な要素であって、「優秀な援助者」さんはこれまでのうちにも、無意識的にもこのページで説明したような対応や操作を行なっているはずです。できればわざわざこんな長文を読むことで、それが一層明確に意識化されれば、と思います。