老人介護についての個人的HP:雑記帖(11)新潟日報連載コラム6
本当は、新聞社の方ではこの連載に対して、もっと技術的な話題を想定していたようですけど、やっぱり避けて通るわけにはいかない話題ですね。シツコクも、あと3回くらいはこの話題を続ける予定です。
写真のご夫妻はね、これがまた奥さんがいつもニコニコ、本当に「いいイナカのばあチャン!」という感じなんだな。このお宅に訪問するのが楽しみなんです。(^_^;
在宅で介護をなさっているご家族は、きっと一度や二度は「ご苦労さま」とか「偉いわねぇ」、あるいは「親孝行でいらっしゃいますね」など、ご近所や知り合いの皆さんに言われたことがあるのではないでしょうか? そんな時、ご家族の皆さんはどんな気持ちになりましたか?
一般に在宅介護場面での「介護負担」というと、「介護者の身体が辛い」「時間が自由にならない」などをイメージされると思います。もちろん、それらも大きな負担となり得るのですが、経験のない方には想像しにくい、もっと大きな「負担」を介護者さんはお持ちのようです。色々な方に教えていただいたところによると、介護に当たるご家族さまにとって最も辛いことは、「自分の中のa魔bに向き合わざるを得ない」ということと、「回りの人、それも配偶者・自分以外の家族・親族といった、より身近な人のa無理解b」だということです。
そして、この2つの事柄は無関係ではないですね。このような抽象的な表現で、介護に当たっているご家族さまの賛同を得ることができるでしょうか? そして、まだ介護が身近な問題ではない皆さんにとって、想像ができるでしょうか?
実は私自身、在宅介護生活の経験はありません。ですから、きっと本当には分かっていないのだと思います。それでも多くの方々に教えていただき、ご家族の負担感を想像し、事の大切さを想像できるようにはなったつもりです。その時には、身の震えるような思いがしたものです。
「これまで、ご家族の負担感や気持ちに無頓着(むとんちゃく)に、偉そうにa在宅生活指導bをしてきたのではないか…?」その気付きを教えてくれたのは学校ではありませんし、また申し訳ないことに、これまで実際に接してきた現場のご本人やご家族からでもありませんでした。インターネットの掲示板という、匿名性の高い、サービス提供〜受給という関係のない、だからだれでも本音が書ける、そんな場からでした。その掲示板に寄せられた、一つの体験談をご紹介します。続きはまた次回に…。
「…♪どれみ♪さんには、忘れられない記憶がある。長い介護の終盤、赤ちゃんのように寂しがり甘えるようになった母は、片時も彼女の側から離れなくなった。その時、『どこに行くのー、どこに行くのー』ととりすがるその母を思わず突き飛ばしたことがあったのだ。『なにするん』と言った悲しそうな母の声が今も消えない…」

在宅介護・老夫婦の一つの形、弥彦村・丸山さんご夫妻
新潟日報平成13年1月7日