老人介護についての個人的HP:雑記帖(14)新潟日報連載コラム8

新潟日報隔週連載コラム『介護現場に学ぶ!』:第8回「介護負担3」

 介護負担についての最終回です。一般の方々にとって、少しは想像できたでしょうか?写真は、息子の小学校から提供してもらいました。

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 二回に渡って介護場面に介護者さんご自身の“魔”が映し出されることのつらさについて書いてきました。このような人の心のあり方は特に珍しいものではありません。例えば私自身も、夫婦喧嘩の時には自分の中の嫌な部分が表立ってきます。私の場合は、それでも所詮妻にはかなわないわけですが、それがまだ小さな子供達や要介護のお年寄りに向かうとしたら…問題ですよね。

 同じようなつらい経験が日々繰り返され、やがて感覚が麻痺してしまうと…それはもう既に「老人虐待」(子供達に対しては"幼児虐待")の入口に立ってしまっている、というべきでしょう。そしてこのようなことは誰にでも起こりうることであるにも関わらず、問題として取り上げられることが少ないように思います。

 解決策として、介護にあたる介護者さん個人の「道徳心」だけに頼るのには限界があります。時に在宅介護は、もっと残酷なものであり得るようです。在宅介護にあたる介護者さんがこのような問題・悩みに陥るかどうか?その最大の要因は、もっとも身近な立場の方の態度次第、ではないでしょうか?主に介護に当たるのがお嫁さんならば、ご主人さんの理解・態度ですね。時に直接に介護を手伝うというだけではなくて、何気ないご夫婦の会話や声かけの中に、介護にあたる妻への理解や優しさが伝わるか?が、とても大切なこととなってきますし、そのためにはこのような問題への夫の理解・想像が必要です。その意味で、「在宅介護がうまくいくかどうかは"夫婦関係次第"」と言ってもよいかもしれません。(子育ても同じかも…)

 この話題の最初に、他人に「大変ね」とか「親孝行ですね」と声かけされたらどのように感じますか?と書きました。もしも「しょせんは経験している人でなければ分からない」と思いながらも、ニッコリ「ありがとう」と答えられるのならば、心にまだ余裕のある証拠ですね。反対に苦々しく感じてしまうとしたら、それはご自身に余裕のないことの表れかもしれません。

 また介護の場面で、お年寄りに向ってニッコリ笑顔でいらっしゃいますか?要介護のお年寄りにとって何より大切なのは、介護者の「笑顔」なんですね。極めて当たり前のこのことを、忘れずにいたいと思います。もっとも私も、妻と二人でお互いにニッコリなんてことは、めっきり少なくなっているような気もします…反省!

かわいいけれど手もかかる子供達。子育てをめぐる諸問題も、場面によっては高齢者介護と共通する要素があるのではないでしょうか?

新潟日報平成13年2月4日


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