老人介護についての個人的HP:雑記帖(15)新潟日報連載コラム9

新潟日報隔週連載コラム『介護現場に学ぶ!』:第9回「要介護認定(上)」

 今回を入れてあと、3回です。最終回はまとめとして、今回・次回は介護を巡る社会制度として介護保険をとりあげます。写真は、自身が参加している審査会で、会議終了直後に「やらせ」で撮りました。班長の医師の先生が、苦笑いされています。(^_^;

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 介護保険においては、サービスを受ける前に介護が必要な状態かどうかを、「要介護認定」してもらわなければいけません。要介護認定は決まった内容でご本人さまの状態を調査した結果資料からコンピュータが打ち出した要介護度の結果を参考に、「要介護認定審査会」という会議で判定されます。私も、ある町の認定審査会のお手伝いをしております。今回は、その要介護認定の場で感じることを書いてみます。

 調査項目の中には、例えば排尿便後の後始末や衣服の脱ぎ着など、現状での介助状況がどうか?を明らかにする項目がいくつもあります。それらの調査は「実際に何らかの介助が行われているかどうかを評価する」「現在の状況でその行為を行っているかどうかに基づいて判断する」とされています。とすると、一人暮らしだったりご家族がいらっしゃってもやむを得ない事情で一人でいる時間が多い方は、それらの介助を受けずに過ごしていらっしゃるわけですから、そのまま「一人で行っている」と調査結果には表現されてしまいます。介助者がそばにいれば、おそらく介助しているだろうと思われる場合でも、です。これはおかしくはないでしょうか?一人暮らしだと要介護度が低く出て、介助者がいると要介護度が(日頃から介助している分)高く出てしまいます。
 要介護判定においては社会的状況は勘案してはならない、とされています。沢山の援助が必要そうな状況だから、介護度を高くしよう、というのはいけないわけですね。ところがコンピュータ判定の段階で、紹介したように「社会状況」が影響してしまっています。
 一応、現状をそのまま評価するだけではなくて「能力を勘案して判断」してもよいことにはなっており、そういう「人の判断」こそが「認定審査会」の役割でもあるのですが、システムとして何とも心もとないことです。必要性が的確に表現されるような調査内容やシステムにしていけないものでしょうか?

 私は既に動き出している介護保険制度について、何が何でも反対!ではありません。でも同時に、もっともっと良いものになっていってもらわねば困る、とも真剣に思います。
 そのためには現状のシステムについて、少しでも多くの人が実際の様子を知り、具体的な感想を持つことが何より必要だと思いますので、あえて個人的な感想を述べさせていただきます。次回はマスコミでも盛んに取り上げられる「在宅における痴呆者さんへの要介護認定の問題」について、とりあげます。

要介護認定審査会の様子と調査結果およびコンピュータ判定結果

新潟日報平成13年2月18日


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