老人介護についての個人的HP:雑記帖(17)新潟日報連載コラム10
担当記者さんは、末尾の『認定される介護度は家族に対する社会からの、「ご苦労様ですね。」という言葉かけ…』というフレーズを、とてもほめてくれましたが…。(^_^;
さて、介護保険制度における要介護認定のお話の続きです。
「私たちがこれまでおばあちゃんのために色々とやってきたことは、結局、要介護度を下げることにしかならなかったようです。」これは要介護度認定が始まった頃に、予想よりも低く認定された痴呆のおばあちゃんを在宅介護していたご家族の述懐です。その後しばらくして、マスコミでも盛んに「在宅の痴呆者の要介護度が、ご家族の介護負担の実感よりも低く認定される」と論評されるようになりました。その理由の一つが文頭のご家族の言葉に表れています。
つまり介護保険の要介護認定においては、痴呆に伴う問題行動への介護負担の評価が「今現在、その問題行動の顕在化にご家族が振り回されているか?」という視点から行なうようになっています。例を挙げると家を飛び出して迷子になってしまう、火の不始末が目立って危険である、そういう実態があると介護負担が重く出るようになっています。これは一見妥当なようですが、例えば文頭のご家族は、本人が家を飛び出さないよう絶えず注意を払い、あらゆる入口や窓を2重鍵にする、また台所は電磁調理器に替え仏壇など家中のマッチ・ライターをしまい込む…そんな風にして、皆で安全に暮らせるように絶えざる努力をされてきたのです。
その結果、「はいかい・火の問題なし」という評価となって、介護負担には何ら反映されないのです。そんなシステムのありようが、在宅の痴ほう者さんの介護度が低く出る一つの理由です。前回は、必要と思われる介助が行なわれていない場合に介護度が低く出るというお話でした。今回は反対に、いろいろと対策を施すと介護度が低くなる、というケースです。どちらにしても、私には妥当とは思えません。
このような介護度認定の問題について、「要介護度が高くなっても、同じサービスを受ける時の自己負担分も高額になってしまう。」「要介護度が高くなっても、使えるサービス枠を使い切るケースは稀。」といった理由でもって、大した問題ではない、とする意見も聞いたことがあります。しかし、問題はそんな単純ではありません。
文頭の家族の述懐がそのことを物語っています。実際に利用するサービスが少なくても、あるいは自己負担額が多少高くなっても、家族の負担をきちんと社会が認知すること、そのことが在宅介護にあたる家族を支えることにつながると思うし、認定される介護度は家族に対する社会からの、「ご苦労様ですね。」という言葉かけだとも思うのです。それが思いのほかに低いものだったら、ご家族のお気持ちは…。

ディサービスで季節の行事に羽織・袴を着てもらったら、ビックリするくらい身のこなしも表情もしっかりしたところを見せてくれました。
家では見れない表情です。
新潟日報平成13年3月4日