老人介護についての個人的HP:雑記帖(23) 痴呆予防の手工芸

痴呆予防・改善のための手工芸等プログラムについて
〜手工芸で痴呆予防・改善はできるか?〜
作業内容の“段階付け”お勧め(新聞記者さんの取材にお答えして)

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 この秋、 当地の地方新聞の記者さんが、「紙面で痴呆予防・改善を目的とした特集を組みたいので、話を聞かせて欲しい。」と、いらっしゃいました。例のごとく、話すのはあまり自信がないので、一生懸命、紙面にまとめてお渡ししました。以下が、その文書です。これをもとにどんな紙面ができあがったか…?う〜ん、上手い!↓に比べたら、何と読みやすくなっていることか!と、ビックリしました。(^_^; でも、当然のごとく大幅に省略してあって、“段階付けの表”なんて少しも出てきません。それももったいないし、施設内で手工芸レクリエーションを行う際に、少しでもご参考になるか?と思うので、HPに保存しておきます。(^_^; この秋(平成13年秋)は、このパターンが多いでしょう?もう一つ、取材があって、そのまとめも別にあるんですよ。そっちもアップしてしまおうかな?


A どのような手工芸作業であれ、作業種目ごとに「指先感覚刺激」「創造構成力」「手指操作」など、脳機能を刺激する作用はあると思われ、種目ごとの特徴もある。

 ただし、「痴呆予防〜改善」という面からみると、そのような「個体における脳機能の問題」にとどまらず、手工芸等の作業における社会的・心理的な側面にも目を向けなければならないと思われる。

 簡単な例で言えば、例えばいくら「折り紙作業が脳機能刺激に良い」とはいっても、ご本人が他者に強制されて嫌々に行なっているのならば、そして自室内で一人でこもりきりで行なわされているのならば、痴呆予防〜改善どころか、かえって悪化させてしまいかねないのではないか?

B どのような特徴をもつプログラムであっても、基本的な必要事項として「楽しめる」こと、「作業場面が・あるいは出来上がった作品が、他者との豊かな人間関係を媒介すること」、が大切なのであって、そのことこそが「痴呆予防〜改善」にもっとも効果的であり大切なことではないだろうか?

C しかしそうなると、「プログラムは何でも良い」ということになってしまう。実際、「○○療法」と称するものは、百花繚乱という状態である。(いずれも、初めのうちはスタッフも興味を持って取り組むのでBの要件を満たして、本人と職員との間に濃密な人間関係が形成され、効果が上がるように感じられるものである。ただし、そのプログラムが珍しいものではなくなって、ごく当たり前の日常の一場面として埋没すると、効果も上がらなくなるように感じられることが珍しくない。(^_^; )

D ただし「何でも良い」では、職業者が行なう仕事としては情けない。そこで最低限、「痴呆予防〜改善」という観点から「楽しく取り組める〜豊かな人間関係構築の媒介となる」という基準以外にも、「作業内容の段階付け」ということを考えてみたい。

E 作業内容の段階付けの例〜以下の表を念頭に置きながら、例えば狭義の「手工芸」とらわれず、『トイレットペーパーを縄編みして手工芸材料としてもらう』『たまねぎの薄皮向きを行なう』『おむつたたみ作業を手伝う』などの作業とその特徴・段階付けなどを考えてみるのも面白いと思う。

 

より優しい             ←→                より難しい

@作業の中身の性質そのものの段階付け

 a 作業の巧緻性

より大まかで単純な作業

←→

より細かく複雑な作業

 b 個別〜共同度合い

単独で行なえる作業

←→

作業全体のうち担当を受け持つ作業、もしくは一つの作業を他者と共同して行なう必要のある作業

 c 集中必要度合い

好きな時に好きなだけ時間をかけてよい作業

←→

期限付きで完了させなければいけない作業、もしくは一定時間内に行なわなければいけない作業

 d 定型〜随意度合い

決まった通りの作業内容

←→

全く自分の好きに行なう作業

 e 重量

作業道具や材料が軽い

←→

作業道具や材料が重い

A社会性(実用性)の段階付け

できれば良い

←→

真に他者の実用品・装飾品となる、売り物となる

B学習〜記憶面での段階付け

つい最近までやっていた作業、もしくは今も日常的にやっている作業

←→

昔やっていた作業

←→

まったく新しく覚える作業

※「重量」については、痴呆とはあまり関係ない。

F 「段階付け」という考え方における注意点〜以上のように確かに「より優しい〜より難しい」という段階付けはできるが、それをそのまま「より低い価値しか持たない〜より高価値で素晴らしいこと」といったプラスマイナスの価値観を伴わせてはいけない。あくまで個々の人に対する適応や経時的・縦断的な変化を判断するためのものである。医学治療の場においては「治療成績〜効果確認」という考え方が必要だが、高齢者介護の場でのそのような考え方は、むしろ「高齢者の中における新たな高齢者差別」にもなりかねないし、そのような考え方にとらわれては『何をやろうが、結局は老化も痴呆も止められない』ということを、思い知るだけとなるのではないか?


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