[フルコン掲示板記事集(1)]
(以下は 某Wizard's Innの「フルコンタクト」掲示板記事
からの抜粋です。)
# 横畑 徹 さんは、2001年06月1日に、同掲示板にはじめて投稿した、
# 言ってみれば「新顔」の投稿者でした。
# はじめは、彼のややクドさもあるが不思議な説得力のある文体に、
# なんとなく注目した、その程度の興味だけでした。
マスメディア上での「種明かし」について
皆さんのご意見を、興味深く拝見させて頂いております。
この件について私見を述べさせていただきたいと存じます。
私は、テレビや新聞などのマスメディア上で行われる種明かしは、
「一般的には」大嫌いです。
(…好き嫌いは個人の好みです。誰かを非難する意図はありません)
でも、それにも多くの例外があると考えています。「種明かし」の
「全て」に対して「嫌い」とまでは、今の私は思っていません。
例えば、「種明かし」の形態を借りたサカートリックの全てを
嫌っているわけではありませんし、「マジック教室」のようなタイトルの下、
純粋に指導を目的とした形態で行われる「種明かし」も好ましいものと
考えています。
(「教室」がたとえテレビ番組や新聞の囲み記事であったとしても、
それらを好ましいと考えます。好ましいと思う理由は、マジックの
啓蒙になるからです。この点では、WIZARDS'IN の方々と同じ考えです)
以上の2つは単に例です。「好ましい種明かし」は他にも有り、
それについては下記で述べます。
但し私は、「種明かしの一部」を「好ましい」とは思っても、
それらは一定の条件を、必ず満たして欲しいというふうに、個人的に
強く希望しております。
(上記の文は単に個人的な希望の表明であって、 もしご共感
いただければ幸いですが、他人に強制するつもりなどは毛頭ありません)
以下、
(1)「メディア上の種明かしの多くを嫌いと考える理由」
(2)「少数の嫌いでない種明かしが満たしていて欲しい条件」
以上2つについて、少し申し述べさせていただきたいと思います。
(申し述べさせていただきたい理由は、この駄文に多少でも共感していただけ
る方が増えたら、私にとってこの世が少しだけ住みやすくなるだろうと考えた
からです)
長文になってしまいましたが、もし宜しければ、斜め読みでも良いので一気に
最後までお読みいただければ嬉しく思います。そのあと、ご興味を引いた所だ
けで結構です、じっくり読み返していただきたいと存じます。
(1)「メディア上の種明かしの多くを嫌いと考える理由」
本年4月、マリック師が出演した(例の)TV番組を「偶然」目にした一般の方が、
放映の数日後に、私に対してこういう感想を漏らされました。
「マジックを演じて、すぐにタネはこうなっています、と教えちゃう。
そんなことなど全然知りたくなかったのに。でも、他のチャンネルも
全部詰らない番組だったから、結局つい見ちゃってた。そうして、
見ているうちに、段々腹が立ってきた。
…もう2度と、マリックさんの手品は見たくないと思った。種明かしを
見るまではマリックさんのこと、大好きだったのに…
…マジック界って、今年に入って何か変わっちゃったんですか?」
記憶を頼りに書いているので、表記上「…」で省略された箇所が多々あります
が、主旨を曲げるような引用テクニックは一切用いていません。
上記の「感想」の中に、マスメディア上で行われる「種明かし」のもつ問題点
が明確に表れていると、私は考えます。
(a) なんとなく見ている多数の視聴者に、「知りたくない」情報を一方的に、
暴力的に押し付けてしまう危険性が高いこと。
独り暮らしの人が、自宅に帰って最初にする行為としてはTVのSWをONにする
ことが最も多いのだそうです。
今の日本では、予め番組表をみて、TV視聴計画を検討してからTVのSWをONにす
る、といったようなことは殆ど行われていません。CMが流れはじめたら、他チャ
ンネルのチェックを始めて、気になった映像の所でちょっと止まる、という視
聴パターンが一番多いのです。NHK教育TVのような、本来マイナーなチャンネ
ル(?)であっても、TVリモコンのスキャン機能に対しては通過点のひとつに過
ぎず、他の民放チャンネルと大した違いは無いのです。
「気になった映像」でマジックの実演をやっていた。「1つで終りかな?」と
思って見続けていたら、『では種明かしです。実はこうなっているんですよ』
タネを知った途端に、落胆と失望が襲ってきます。マジックのタネはミスディ
レクションを利用して観客に幻想を抱かせるものが殆どです。幻想、すなわち
虚構です。もっとありていに言えば、嘘っ八です。ミスディレクションは、客
を欺くための「頓知・コツ」程度のものにしか(多くの一般の方には)感じら
れないことでしょう。(マニアなら、ここを正当に評価することができます。
でも、一般の方には、正当な評価は難しいでしょう)結局、「こんな簡単なタ
ネに自分は引っ掛かっていたのか…」となります。自分の浅はかさに呆れ、そ
れが落胆に変わって、更に観客自身を痛めつけるのです。
この「客側の痛み」は、客自身の中で、やがて「種明かし」をしている手品師
の罪に変化していきます。「なんで、こいつはこんな『種明かし』なんて余計
なことをやっているんだ。自分はタネなんか知りたくなかったんだ」
こうして、次の問題点が引き起されます。
(b) 種明かしをする手品師は、手品を愛するお客様から嫌われてしまう。
上記の「感想」を漏らされたお客様は、「マリックさん、大好きだったのに…。
でも、もう2度と見たくない」という言葉で、訣別を表明されました。Mr.マリッ
クは、3月のTV出演でファンを少なくとも1人失ったのです。このお客様が、マ
リックのファンでなくなったことが、マジックのファンでなくなった事を意味
しないでほしいと、心から思います。
「私は、マリックが種明かしをしても、マリックを嫌いにはならなかった」と
いった主旨の反論は、容易に想定できます。特に、マジックのタネの知識をお
持ちの方なら、殆どの方がそうでしょう。でも、私は、自らマジックを演じる
ことなく、タネのことどもを一切知らずに、ただマジックの表現する幻想の世
界を愛してくれる人々が一人でも減るのを黙って見て居たくはありません。マ
ジックがメジャーな芸能になるには、そのようなタイプのマジック・ファンが
増えることが一番大切だ、と考えているからです。
好きだった手品師を嫌いになる、ということが、マジック全体への興味を失わ
せる、に変わってしまうリスクは、かなりあると私は考えています。ですから、
プロの皆さん、あなたは種明かしなんかしなくても、既に充分素晴らしいマジ
シャンなのですから、わざわざ「嫌われるような種明かし」を、しないでいた
だきたい、と思うわけです。(註:上の1文は個人的な希望の表明であって、
他人に何かを強制する意図は全くありません)
では、「マジシャンが嫌われないような種明かし」があるか?と言えば、
間違いなくあると考えています。そのことを次に述べたいと思います。
(2)「少数の嫌いでない種明かしが満たしていて欲しい条件」
日本の奇術界で大御所といわれるある師匠が得意にしておられた「レクチャー
ねた」があります。それは、ちゃんと「指導」の形になっていました。
客席のお客様は、マジックを1つ覚えて帰るのです。 サカートリック的な
落ちはありません。…ギャグ的落ちはありますが。寄席などの高座に掛ける
こともあったようです。つまり、一般のお客様で、たまたまその日に居合わせ
た方が、頼んでもいないのにマジックを一つ教わって帰るのです。
あるとき、若手マジシャンが、師匠の許しを得ずに、全く同じネタを、
TV生番組のオンエアでレクチャーしてしまいました。それを目にして、
師匠は言っておられました。
「私がレクチャーに仕立てるにあたって、ネタの取捨選択から、どこまで教え
るか、説明のための台詞から、立居振舞いまで、このネタにどれだけの労力を
掛けて完成させたか、あの子はそこら辺を分かって使ったのだろうか?…そう
とは思えない。
…素直に、『××師匠、今度あのネタをTVでレクチャーに使いたいんですが、
宜しいですか?』とか言って来てくれていたら、決して断りはしない。逆に、
唯の種明かしを芸に仕立て上げて、お客様にちゃんと楽しんでいただくために
必要な細かいポイントを、色々と教えてあげることだってできたのに。」と
私が「全ての種明かしが嫌いな訳ではない」ことのポイントが、端的に言って、
上記の大御所師匠のコメントの中にすべて含まれています。
一般のお客様に手品のタネを公開する時は、「どのタネを」「どの程度(レベ
ル)まで」「どのような説明で」レクチャーするか、その辺に充分な検討と準
備が必要だと思うのです。
上記の中では、「どのタネを選ぶか」が最も重要だと、私は考えています。
結論から先に言えば、お客様がタネを知った途端に、落胆と失望が襲ってこな
いような、または、その落胆や失望が最小限ですむようなタネを選ぶべきだ、
と考えています。
私も一般のお客様相手にレクチャーするネタを一つだけ用意しています。クロー
スアップの演技で「輪ゴムの瞬間移動」をお見せし、すぐにレクチャーします。
レクチャーの終りに、輪ゴム2本をお土産として差上げます。
ネタの選択を誤らなければ、お客様がタネを知った瞬間の落胆や失望は最小限
ですみます。(上記の選択は、間違っていないと自分では信じています)
あとは、その素材(ネタ=素材です)を利用して、演技の細かいところには、
このように気を配るのだ、とか、ミスディレクションはこう使うのだ、とか
(お客様に対して専門用語は使いませんが)、簡単な芸でもある程度の練習量を
こなしてから人に見せるべきだ、とか、そういったことの「例」を示して差し
上げるのです。
約1割のお客様は、レクチャーを始めようとした瞬間に、レクチャーは要らな
い、とおっしゃいます。そのときは、すぐ止めます。別のマジックを始めるか、
むしろマジックとは違う話題で会話するようにします。
約3割のお客様は、お土産に差上げた輪ゴムで練習して、後日だれか身近な方
にお見せになったりされます。再会したときに、「できるようになったよ」と、
出来映えをご披露いただけることさえあります。
残りの6割のお客様は、ニコニコして聞いていて、お土産はちゃんと持って帰
られます。でも、翌朝には手順の全てを忘れていらっしゃるのです。ただ、
「マジックというのは、タネだけではなく、色々な部分に気を配って、はじめ
て成り立つエンターテインメントなのだな」という印象を持っていただけるこ
とが多いようです。(これは、ありがたいことです)
TVなどのマスメディアの視聴者であれ、寄席にたまたま居合わせたお客様であ
れ、「マジックを習いたい」とはっきり自覚されているわけではない一般のお
客様には、「タネを知った瞬間の落胆や失望」を最小限に留めて差上げるのが、
「情報を一方的に、暴力的に押し付けて」しまいかねない以上、芸人として
最低限のルールでありマナーだと、私は思います。
サカートリックでも、クライマックスの伏線のために、タネの一部を明かして
しまうことがあります。Dai Vernon の Cups & Balls で、パームの説明をし
てしまうこともその一つです。このパームの説明は、観客の大半がマジックの
知識のある者である場合に限り、行われたのではないか、と私見では考えてお
ります。Vernon の Cups & Balls のフル手順は、一般の観客に見せるには手
順が長すぎるし現象が複雑すぎると思うのがその理由です。以上はあくまでも
私見です。私見ですが、たとえサカートリックというフォーマットであっても、
演出上タネの一部を明かしてしまう場合は、観客の構成に注意が必要である、
と私は考えております。(都合の悪い観客が多いときは、演目の方を変えるか、
演出を変えるかすべきです)
マジック・ナポレオンズが、NHK教育TVで「マジック講座」を半年間×2回担当
されていたのは、たぶん7〜8年前だったと思います。
(間違っていたらご指摘下さい)
時間は確か、21:30-22:00 位だったと思います。つまり、ゴールデンの裏なの
です。NHK趣味講座の一環か何かで、テキストも発行されました。私の手元に
残っているテキストを見ると、当時番組で取り上げられたマジックは、どれも
「タネを知った瞬間の落胆や失望」が比較的少なく、更に素人が演じやすく、
演じたときの受けも取りやすいタネが並んでいます。つまり「講座」の受講者
のみならず、チャンネル走査中に偶然引っ掛かった視聴者にも決して不快感を
与えないように、タネの選択の段階でちゃんと配慮してあったのです。
私は先日 5/29(火)放映の「ジャングルTV」を視聴する機会に恵まれなかったの
で、その日にナポレオンズさん達がどのネタを「種明かし」したのか、分かり
ませんが、彼らはそういう意味の「落胆させない種明かしのレパートリー」を
数多くお持ちですので、今回も「タネを知った瞬間の落胆や失望」が比較的少
ない物をセレクトして使ったのではないか、と(勝手に)推測しています。
(推測が間違っていたらご指摘下さい)
「少数の嫌いでない種明かしが満たしていて欲しい条件」について要約すると、
一般客を相手に種明かしをする場合は、「タネなど知りたくもない」と思うお
客様にできるだけ不快感を与えないようなタネの選択が必要。かつ時間と労力
を掛ければそれは可能。ということになります。
===
蛇足ですが、私の立場は、「このタネは私が考案したオリジナルだから(=私
の所有物だから)好きなように使ってよい」「このネタは他人のものだから
(=私の所有物でないから)種明かしには使えない」といった、知的財産権的
な考え方とは全く異なっていることを明記しておきます。(それはそれでまた
別の立派な話、と認識しています)
私の基準では、ダブルリ*トもサムチ*プも、TVや新聞・雑誌で流して欲しく
ない情報に分類されます。たとえそれらが間違いなく「共有財産(=public
domain)」だったとしても。それらのタネに関する情報が「一般のお客様の夢
を壊し、タネを知った瞬間の落胆や失望を一般のお客様に与えることになる」
と考えるからです。
でも、市井のカルチャー教室などのマジック講座でこれらの技法や道具を教え
ることには、大賛成します。第1に、これらを自家薬籠中のものとすることに
よって、芸のレパートリーは急激に拡大するから。第2に、そういった場所に
自ら進んで集まる人々の落胆や失望まで心配して差上げる必要はないと思うか
らです。
スターたなか さんの著書「カードマジック」(ダイソー・定価100円)には、
ちょっと勿体無いような良いマジックが沢山紹介してあります。小林恵子さん
著の「マジック入門」(小学館)とともに、私の愛読書の1つに挙げられます。
ご異見はありましょうが、私はたなかさんの本をとても「好ましい」と考えて
います。たとえ100円でも、対価を支払ってこの情報を手に入れたい、と考え
た人の手元にのみ、その情報が届くからです。情報の対象が不特定多数ではな
いからです。
この本を開いた際に味わう「落胆や失望」は、もう一つの「支払うべき対価」
です。100円と「落胆や失望」という2つの対価を払った人が、はじめて、芸
の演じ方を覚えることができるという訳です。売価の設定が100円と安価であ
るゆえに、マジック界の「啓蒙」がより進行すると考えます。
一方で、どんなマジックのタネも(無料でさえなければ)安価に一般の人に公
開してしまってよい、という風には、私は考えていません。安価に手に入れた
情報は、「安価であったがゆえに」大切に扱わない人が、この世には沢山いる
からです。
「違いの分かる人」は、安価に入手した情報であっても、これは大事な情報だ、
と自分で判断して、情報の扱い方を決められます。しかし、「違いの分からな
い人」は、「たった100円で手に入れた情報だから、あなたには只で教えてあげ
ても良いや」と、友達に種明かししてしまうかもしれないからです。この場合、
種明かしされたお友達が、望みもしないのに「落胆と失望」を味わうことにな
ります。安価な啓蒙書が、街に溢れ返るような極端な状況では、このような
悲しい光景がソコココで見られるようになりかねない、と思います。私はそう
なって欲しくはないのです。
「啓蒙のため」の安価なレクチャーや入門書の意義は、理解しているつもりで
すが、並行して上記のようなリスクについても考慮しなければならない、と
考えています。考慮した上で、タネの取捨選択をして、充分な準備の上で
レクチャー、または出版する。そういうことが必要なのだと考えます。
その点、「カードマジック」「マジック入門」の両書で取り上げられている
タネは、ちゃんと取捨選択をした結果であると、私は考えています。
クロースアップの演技のあと『そのタネを教えてよ』と言う客の人となりを見
て、情報料として結構な額の講習料金を「吹っ掛ける」マジシャンがいます。
その真意は、「情報を入手した人が、その情報を大切に扱う気持ちになっても
らうに足る額が存在する」この辺にあるようだ、と私は考えています。だから、
金持ちの客に対しては、法外にもみえる高額な講習料金を吹っ掛けるのです。
貧乏人には違う金額を言うと思います。それでも貧乏人の彼にとっては充分
高いと思える位の額を。
それは、芸人が「自分の芸を大切にする」姿勢の一形態であると考えます。
ゆえに、私には、この姿勢もまた「好ましい」ものの一つに見えます。
「安く買った芸を大切に扱ってくれない」お客さんにまで、進んでドンドン種
明かしをする行為は、そのお客さんが安易に誰かに種明かしをして、結局
世の中全体に対して良いサービスではない、という判断が成り立つのだとも
考えています。
自分ではない他のプロが、営業で使用している手順の中核となるマジックの
タネを、勝手に一般のお客様にレクチャーしてしまうことは、私自身の選択
としては、絶対にやりたくないことです。それは「マジック界の発展・啓蒙」
といった遠大な目的を口にする前に、自分も、他のプロも芸で生計を立てて
行かなくてはならない芸人同士だからです。
マジックを「芸」に仕立てあげるために演者は、タネ以外の部分で、色々な
工夫をします。でも、同業の他者がタネをお客さんに教えてしまったら、
それらの工夫も含めて、全てが水泡に帰します。マジックという芸にとって
は、タネもまた重要な部分だから、そこが客にバレてしまっていては、芸と
して成り立たないケースが多いからです。
このような行為は人間として、相手に対し非常に失礼な行為だと私は思いま
す。「自分の芸は大切にするが、同業の他人の芸は大切にしてあげない」と
いう身勝手な行為に見えてならないからです。
たとえ、一般のお客様の約6割が、翌日には種明かしの内容を忘れてしまうと
仮定しても、やはり非礼であることには変わりが無いと考えます。
最後に、緒川さんのご出演になった「天才テレビくん」で、どのようなタネを
どのような形態で公開されたかをよく存じませんので、その点についての私か
らのコメントは差し控えさせていただきます。
ただ、タネとして「サムタイ」を選択されたそうですが、その際に、「タネを
知った瞬間の落胆や失望を *不特定多数の一般のお客様* に与えてしまう可能
性」についても、念頭に置かれていたかどうか、また、他のプロマジシャンの
了解を得た上での公開だったのか、それら全てを踏まえた上でのご判断だった
のかどうかに、いささか興味がございます。もしもこの駄文を最後まで読んで
いただけたなら、なおかつ、おイヤでなければ、この2点について事実をお聞
かせ願えれば嬉しく思います。
===
同意・共感 していただける方からも、御異見がある方からも、
お話を聞かせいただければ幸いに存じます。
私のレスポンスが悪いことがあるかと思いますが、そういうことがあれば、
それは業務の都合で書込みの時間がとれないためです。
「脱走」するつもりは持っておりませんので、遅筆に関しましては何卒
ご了承下さい。どうぞよろしくお願いいたします。
この駄文の引用は、主旨を曲げないように注意深く行っていただける限り、自由
と致したく存じます。
以上
投稿日 6月1日(金)01時38分 投稿者 横畑 徹 [atgi1021.ppp.infoweb.ne.jp] 削除
訂正・および・補足させて下さい
横畑です。
仁さん、はじめまして。
お返事いただき有難うございます。
私からのお返事が大変遅くなりました。
申し訳ありません。
# やっと書込みできました。
(仁さん wrote)
> …そのような考え方を持っている
> 横畑さんの意見に耳を傾けることは私には出来ません。
とのご結論をいただき、そのことを大変残念に思います。
もうこの投稿も、読んでいただけないのかもしれませんが、
そうではないことを切に望みながら2回目の投稿をさせて
いただきたいと存じます。
仁さんご指摘の部分を読み返してみて、私の表現のままでは
次のように読みとることもできる事に気付きました。
(原文抜粋)
>>>…情報料として結構な額の講習料金を「吹っ掛ける」マジシャンがいます。
(→解釈)
>|「金持ちの客に対しては高額な講習料金を吹っ掛け」…てだまし取る、
>|そのようなマジシャンがいます(以下、そのマジシャンを容認する主張)
「吹っ掛ける」には「法外な要求をする。値段などを不当に高く言う」
という意味があり(← Microsoft Bookshelf Basic 国語辞典)、
そこから「…だまし取る」という文脈まで「自然と連想」してしまう、
自然とそう読めてしまうのが当たり前だろう、という話です。
私の表現を上記の(解釈)のように読めば、「観客やマジシャンを冒涜して
いる」内容に、確かになります。それについては仁さんと同感です。
でも私は、「…だまし取る」という意味を込めてこの用語を使ったつもりは
当初ありませんでした。
私の表現が不適切であったために、このような誤解を生み、仁さんをはじめ
多くの方々に不愉快な思いをさせてしまったのではないか、と深く反省して
います。
上記の表現を綴った時に、私の頭の中にあったのは、今になって
よく考えれば、「吹っ掛ける」という単語を使う必要が全くない
ケースでした。
それは、例えば次のようなケースです。
(状況)
◎ 深夜のバーでクロースアップマジックのサービス。観客の1人が
したたかに酔っている。
演技が一つ終わった。『そのタネ教えろよ』と声が掛かる。
例の酔っているお客様からだ。「マジックのタネは知ってしまうと
たいていガッカリするものです。皆様をガッカリさせたくはないの
で、申し訳ないのですがこの場ではお教えできません」と答えた。
『何言ってやがる!金さえ出せば文句はあるめぇ。さぁ、幾らだ』
こういう状況や、もっとしつこいお客様を相手にしたとき、例えば
「日を改めて、お客様がもっと正常な状態のときに、個人指導で
マジックを教えて差しあげることなら出来るな」とマジシャンは
考えて、個人指導をした場合に掛かるであろう通常の料金を
客に告げたとします。
個人指導を仮に1時間やったとすれば、最低でもプロマジシャン1人
掛ける1時間の拘束時間が発生しますので、×万円以上の桁の料金となる
ことでしょう。指導するタネが『キーカードを利用した単純な
カード当て』
だったりしたら(だって、今お見せしたのはそれだったのです)、
そんなネタ一つで×万円?という話に聞こえるかもしれません。
傍らでマジックマニアが聞いていたら、「吹っ掛けているな」(=不当
に高い料金を言っているな)と感じてしまうかもしれません。
でも、次の2つの理由で「実は不当ではない」のです。
第1に、プロマジシャンをそれだけの時間拘束することには違いが
ないこと。費用が発生することには間違いがないこと。
第2に、まともなプロならば、個人指導が終わったときに、「×万円
が無駄でなかったな」とそのお客様に感じてもらってから帰って
頂けるように、実にさまざまな努力をするのが普通だからです。
(…それが、まともな商売というものです…)
例えば『キーカードを利用した単純なカード当て』だったら、上手な
キーカードの作り方から、効果的な表現法、偶然客のカードを見失って
しまったときのフォローの仕方、など、周辺の知識で「面白くて役に
立つ」話を沢山数えることができます。
一般のお客様の殆どは、「×万円」を払ってまでタネが知りたい訳では
ありませんから、「ずいぶん高いな。足元を見やがって」などの捨て
台詞をおっしゃって、その場から立ち去られるでしょう。立ち去らずに、
どうしてもタネを知りたいとおっしゃるお客様には、本当に日を改めて
ご指導させていただけば良いのです。
上のような状況を想定して、この場合に「立ち去る」お客様は、(プロマジシャン
の時間単価をご存知ない場合であれば)多分、「吹っ掛けられた」という印象を
(それは上記のように実は誤解なのですが)持って帰られるのではないか、と
考えてしまったので、その勢いで「吹っ掛ける」という単語を使用して書いて
しまったのです。今良く考えると、この語法は完全に間違いでした。
お詫びして訂正させていただきます。
仁さんご指摘の部分に、あと2箇所、誤解を招きかねない表現が含まれて
います。これも補足させていただきたいと思います。
(原文抜粋)
>>>金持ちの客に対しては、法外にもみえる高額な講習料金を吹っ掛けるのです。
「法外にもみえる」「吹っ掛ける」の語法については、上記と同じ間違いを
しでかしています。訂正したく思います。
# ただ、「法外な」ではなく、「法外にもみえる」と書いた真意は、上記の記述
# の中でも「(それは…実は誤解なのですが)」と書いた部分と同じ気持ちを
# 込めた積りでいました。
# ((それでも、そのように読み取って欲しい、というのは勝手な言い草ですね))
(原文抜粋)
>>>貧乏人には違う金額を言うと思います。それでも貧乏人の彼にとっては
>>>充分高いと思える位の額を。
この2行を綴った時には、私の頭の中では、上記と全然別のケースを
考えていました。
(状況)
◎ 学生マジシャン。仕送りが不足でバイトで食いつないでいるような
状態だが、生活を切り詰めて1つで10万円する手品の道具を買った。
買ったからには使いこなしたいが、同じ道具を使ったプロ
マジシャンの演技を見て、心底習いたいと思った。
個人指導をお願いしたい。
駄目でもともと、と、申し出てみた。
このような状況で、プロマジシャンなら、個人指導のための×万円
を、もう一度生活を切り詰めて貯めなさい、とはあまり言わないと
思う。たまたま同じ道具の指導を他所でする予定があれば、その席
においで、複数人で分担すれば1人あたりの出費は安くなるよ、と
いう話をするかもしれないし、そのような予定が全くない時は、
営業とは考えずに、×千円程度の薄謝で教えてあげよう、という
話になることが多いのではないだろうか。
×千円でもバイト学生にとっては、結構高い。でも、払えない額
ではない。
ところで、なぜ全くの無償にしないのか?マジシャンの営業の都合
だけを考えれば、無償であっても構わない筈。でも大抵は、指導を
受ける側がすすんで、薄謝という形で気持ちを表そうとする。
それはプロマジシャンへの精一杯の謝意を表わすものであると
同時に、「教わったタネを大事に致します」という決意の表明でも
あるように、「私には」思える。
頭の中で上のような状況を考えていたにもかかわらず、私が使用した用語は、
「マジシャンが(金持ちに請求するのとは)違う金額を『言う』」という
表現にすり変わってしまいました。
なぜこのように立て続けに言葉の誤用をしたか、ですが、「この部分は
『種明かしについて』という本論の本筋からは若干外れた部分だから、
できるだけ短い表現で済ませたい。だから言いたいことを全部、正確に
表現するよりも、短い言葉に詰めて書いてしまおう」などと考えて
いた(←これは間違いなくありました)ことが、主な原因だと、
今、そのときを振り返って、考えます。
その結果、皆様の誤解を誘い、仁さんをはじめ皆様に不愉快な思いを
させてしまいましたことを重ね重ね深くお詫び申し上げます。
一方、同じ段落の中の、次の2箇所については、特に表現を訂正する必要はないと
考えています。足りなかった言葉を若干、補足させていただきます。
((この部分で意見を異にする方は多数いらっしゃるかもしれないとは
考えますが、これ(そして前の書込み)は基本的に「私見の表明」です
ので…))
> 「情報を入手した人が、その情報を大切に扱う気持ちになってもらうに足る
> 額が存在する」
(→上記には個人差があり、そのような「金額」を考慮する必要が全くない方も
いらっしゃることを、それ以前の段落で述べています。「違いの分る人」の部分
です)
> 「安く買った芸を大切に扱ってくれない」お客さんにまで、進んでドンドン種
> 明かしをする行為は、そのお客さんが安易に誰かに種明かしをして、結局
> 世の中全体に対して良いサービスではない、という判断が成り立つのだとも
> 考えています。
(→そういうリスクがある、私はそのリスクを無視したくない、という意味です。
「芸を安く買ったお客様の全員または殆どが、芸を大切に扱わないだろう」など
という予測を述べているわけではありません)
[今日は 以上です]
投稿日 6月6日(水)03時30分 投稿者 横畑 徹 [atgi1021.ppp.infoweb.ne.jp] 削除
仁さんへ
仁さんへ
横畑です。
6月6日未明の私の2回目の書込みを読んでいただけたようで、
まずそのことに感謝いたします。
そしてお返事を書いていただけましたことにも、重ねて感謝
させていただきたいと存じます。
(仁さん wrote)
> まず、第1に横畑さんは少なくともマジックに精通しておられる
> ようであるのに、誤解を受けるかもしれない言葉をそのまま、
> 誤解されてもしかたがないように書き込まれました。
ですから、それを前回の書込みでお詫びさせていただきました。
このことに関しては、これからも、
必要なら何度でも、お詫びさせていただきます。
> 例えばこれがメンタルなマジックで、観客をプレゼンで誘導する
> 場合だったらどうでしょう?マジシャンでしたらできるだけ誤解を
> されるような表現を排除し、端的に指示出来るようにするでしょう。
マジックの実演を準備する場合なら、私も仁さんと同様に考えるでしょう。
私は、1回目の書込みを「私見を述べさせていただきたい」という立場で
書き始めました。この掲示板の読者の方々を(メンタルに)「誘導」し
ようという意図・目的などは全く持っていませんでした。
なので、メンタルマジックの台詞を準備する場合に匹敵する程の
細心の注意などは、払っていませんでした。
「それくらいの細心の注意が、必要な場所なのだよ、この掲示板は」と、
仁さんは私に教えてくださっている、ということなのでしょうか???
もしそうなのでしたら、今一度はっきりとそのようにおっしゃて下されば
嬉しく思います。
> ここは議論を戦わせる場所です。配慮が足りない、では済まされないでしょう。
1回目の書込み中に、配慮不足の点がありました、と、2回目の書込みで
お詫びさせていただきました。
上記に書きましたように、お詫びが足りないなら、再度でも再々度でも
お詫びさせていただきます。
配慮不足となった原因・理由も、下記のように自己分析させて
いただきました。
(I wrote)
>> なぜこのように立て続けに言葉の誤用をしたか、ですが、「この部分は
>> 『メディア上での種明かしについて』という本論の本筋からは若干外れた
>> 部分だから、できるだけ短い表現で済ませたい。だから言いたいことを
>> 全部、正確に表現するよりも、短い言葉に詰めて書いてしまおう」など
>> と考えていた(←これは間違いなくありました)ことが、主な原因だと、
>> 今、そのときを振り返って、考えます。
仁さんが「配慮不足では済まされない」とまで強いお言葉で表現されて
いるのは、「どんな理由でも失言があったのは事実だから、おまえの
ことは気に食わない。何を言われても聞く耳持たない。何も言わんで
出て行ってくれ」といった主旨のご主張なのでしょうか?そうでは
ないと信じたいと思います。(← 間違っているならご指摘ください)
そのような、たったお一人の御意見が罷り通る場所ではないのだろうと
考えています。この掲示板の冒頭に次の言葉があります。
>>>> モラルを持ちみんなでマジック界を良くしていきましょう。
「マジック界を良く」していくために、意見の異なる様々な人達が
交流し、議論していきましょう、といった解釈で、間違っては
いませんよね?
私は、「言い間違い」をした過失責任は確かに認め、謝罪しますが、
「モラルを持たない」人間などではありません。
> 第2に、そのしつこいお客という人が、
> 「数万円、いや数十万円でもいいから教えろ」と言ったら、
> 横畑さんはどうするおつもりですか?
自分から言い出す(=自分で「個人指導の料金として」正当と信じる)
価格より多くを請求することは、決してありませんし、その価格より
多い金額を受け取ることも決してありません。
> 結局はタネが簡単だったら、それこそ「ぼったくられた」と、
> 思うでしょうし、横畑さんは「小ネタで数十万円も請求する
> マジシャンだ!」と言われ兼ねません。
私の前回の書込みを良くお読み頂けなかったのだろうと思います。
(I wrote)
>> 第2に、まともなプロならば、個人指導が終わったときに、「×万円
>> が無駄でなかったな」とそのお客様に感じてもらってから帰って
>> 頂けるように、実にさまざまな努力をするのが普通だからです。
>> (…それが、まともな商売というものです…)
>> 例えば『キーカードを利用した単純なカード当て』だったら、上手な
>> キーカードの作り方から、効果的な表現法、偶然客のカードを見失って
>> しまったときのフォローの仕方、など、周辺の知識で「面白くて役に
>> 立つ」話を沢山数えることができます。
(そんなことはないと思いますが、もしも全部お読みいただいた上で、
『都合の悪い部分は読まないし引用もしない』という低レベルの
レトリックを、仁さんが使用されているのなら、「もっとフェアに
議論しましょう」と申し上げたく思います。でも、そんなことはない
だろう、何かの理由で読み落とされただけだろうと信じています)
個人指導の結果、指導を受けたお客様は、指導内容のクオリティに満足
して、マジシャンが提示した金額を「納得して」払う事に大概なります。
(理由はすぐ次で説明します)
もしそうでない場合には、そのお客様は「ぼったくられた」と思う
でしょうし、一方、マジシャンは、「大事なお客様を一人失った」こと
になります。
まともなプロならば、個人指導であれ、パーティなどで演技する場合で
あれ、一度縁のあったお客様には、リピータになって、また利用して
いただきたい、と、心底そう思うのが普通です。
そこで、『キーカードを利用した単純なカード当て』の原理一つを
お教えすることになったとしても、その周辺の情報(演出のコツも
勿論含めて)を含めることで付加価値を上げて、必ず「お客様にご満足
いただけるクオリティの指導」にレベルアップして、そういう準備を
してから、指導に臨みます。
ですから、「小ネタ」だから安い値段でなくてはいけない、なんていう
理屈は、一見モットモラシイけれど、よく考えれば理屈として通って
いないのです。(…こういうのを屁理屈というのだと思います)
お客様が最終的に「満足して」×万円を払っていただけるように、という
話なので、お客様が演技のための指導を望んだのであれば、受講後に必要
となる多少の練習量をこなしたあとでなら、宴会の席またはご友人などを
観客にした場で2つ3つ芸を披露できるレベル、くらいまで指導する事は、
まず間違いがありません。
バーでのたった1度の「タネ教えろよ」が切っ掛けで、日を改めての
個人指導となり、1発でマジックの魅力に取り付かれてしまい、
やがて休日はレクチャー回りに明け暮れるようになったマジック
ファンの方もいらっしゃると、人の噂に聞いたことがあります。
# コストの問題について:「個人指導」の×万円が「高い」か「安い」かは、
# 結局お金をお支払いになるときのお客様の満足度で決まると思います。
# よって、「妥当な金額」が幾らになるかは、ケース・バイ・ケース
# です。『相場として▲万円位かな』「それは高い」なんて
# いったような井戸端会議には、何の意味もありません。
# 「個人指導」と「数人以上の複数人が同時受講する講習会」とは
# 違うことを認識して下さい。 F本 さんもお書きになっていますが、
# >>>一人で習うと一万円でも10人で習うと1人千円で良いのです。
# 要は、上記の通りです。コスト面についてマジシャン側からみた場合、
# 理解するために必要なのは単純な算術だけです。
# では受講者側から見れば?10人並行してでも指導できる力量をもった
# プロを一定時間「独占」して「10倍丁寧な指導」を受けられるのが大きな
# メリットとお考えになるお客様も、広い世の中にはいらっしゃいます。(*)
# そして、とにかく1回個人指導を経験してみて、そのお客様が最終的に
# 満足したなら、次回もまた個人指導をお願いしたい、という話になる
# だけです。
# (*) その客の考えは私とは違う→理解できない→嘘なのではないか?
# →きっと詐欺だ→詐欺は、ケシカラン、みたいな飛躍した反論はお控え
# 下さい。世の中には色々な人が居ることを認め、自分とは違う立場で
# ものを考える人のことだって、認めていくのが、大人というものでしょう?
# 所で、プロマジシャンが「啓蒙」を目的としてレクチャーを行う場合
# には、目的が「啓蒙」なのですから、1回の受講者を1人に絞るよりも、
# 「複数人が同時受講する講習会」の形態を選んだほうが、目的に対し
# て効率的である、と判断するのが普通なのではないでしょうか?
# 「複数人が同時受講する講習会」の形態の方が、受講者一人当たり
# の負担額を、経済的に妥当な方法で減らすことだって出来ますし、
# ビジネスとしても成立させながら、「啓蒙」の目的も達成できる、
# 両立の可能性も探れると思います。こんなことを書くと「啓蒙」で
# 金儲けするな、というご意見が出るかもしれませんが、経済的に
# 充分ペイする条件でそういう活動ができれば、啓蒙活動の頻度
# (1月あたりの回数とか)を増やせる可能性も出てくる筈です。
# そう考えれば、むしろ望ましい方向なのでは?
# 「世の中のプロマジシャンは『啓蒙』のために、『個人指導であろ
# うがなかろうが』、どんな内容のレクチャーも受講者1人あたりの
# 負担額 1万円以下でやる『べき』である」みたいな主張が、仮に
# どこかでされているとしたら、その主張はとても奇怪なものに
# 聞こえます。
# 正常な判断能力を失った人の言葉としてなら理解できますが。
# 「数人以上の複数人が同時受講する講習会」で妥当と考えられる
# コストと単純比較して、「プロマジシャンの個人指導は不当に高い」
# などと飛躍した論を立てることは、是非やめていただきたい。
# 「不当」かどうかは、個人レッスンや講習会でのレクチャーを受講
# したお客様自身が、一回一回のレクチャーの結果・満足度に対して、
# 判断することです。実体のない「相場価格」を無理矢理割り出して、
# 外野で騒いでみても、何の意味もありません。
(仁さん wrote)
> >「情報を入手した人が、その情報を大切に扱う気持ちになって
> >もらうに足る額が存在する」
> 情報の価値は金額で決まるものではありませんよ。
> 何か勘違いをしていませんか?
私の書込みを良くお読み頂けなかったのだろうと思います。
(そんなことはないと信じますが、もしも全部お読みいただいた上で、
『都合の悪い部分は読まないし引用もしない』という低レベルの
レトリックを、仁さんが使用されているのなら、「もっとフェアに
議論しましょう」と申し上げたく思います。でも、そんなことはない
だろう、何かの理由で読み落とされただけだろうと、心から信じて
います)
(I wrote)
>> …次の2箇所については、特に表現を訂正する必要はないと
>> 考えています。足りなかった言葉を若干、補足させていただきます。
>>
>> > 「情報を入手した人が、その情報を大切に扱う気持ちになってもらうに
>> > 足る額が存在する」
>>
>> (→上記には個人差があり、そのような「金額」を考慮する必要が全く
>> ない方もいらっしゃることを、それ以前の段落で述べています。
>> 「違いの分る人」の部分です)
(「違いの分る人」の部分: 6月1日未明の書込みより; I wrote)
>> 一方で、どんなマジックのタネも(無料でさえなければ)安価に一般の人に公
>> 開してしまってよい、という風には、私は考えていません。安価に手に入れた
>> 情報は、「安価であったがゆえに」大切に扱わない人が、この世には沢山いる
>> からです。
>> 「違いの分かる人」は、安価に入手した情報であっても、これは大事な情報だ、
>> と自分で判断して、情報の扱い方を決められます。しかし、「違いの分からな
>> い人」は、「たった100円で手に入れた情報だから、あなたには只で教えてあげ
>> ても良いや」と、友達に種明かししてしまうかもしれないからです。この場合、
>> 種明かしされたお友達が、望みもしないのに「落胆と失望」を味わうことにな
>> ります。安価な啓蒙書が、街に溢れ返るような極端な状況では、このような
>> 悲しい光景がソコココで見られるようになりかねない、と思います。私はそう
>> なって欲しくはないのです。
仁さんや、この掲示板をお読みになっている方の殆どは、
「情報の価値は金額で決まるものではない」ことをご存知だと思います。
私も仁さんと同様に、「情報の価値は金額で決まるものではない」と
思っています。つまり、このポイントについては同感です。
でも、世の中にはいろいろな人がいます。
上の引用で言う「違いの分らない」人は、「安価であったがゆえに」情報
を大切に扱えない人です。仁さんとは、また私とも違う考えの人です。
一言で言えば、「情報の価値を金額で測ってしまう」人です。
その人が、安易に、「タネを、手品という芸そのものを大切にしない」
態度で、お友達に 種明かし してしまったら、そしてそのお友達が、
たまたま「自らマジックを演じることなく、タネのことどもを一切知らず
に、ただマジックの表現する幻想の世界を愛している」タイプのマジック
ファンの1人だったら、いくら友人の行為でも、その種明かしを
不愉快に思うでしょう。
そして、その原因を考察した挙句、さまざまな「良いマジック」
(=そのファンの方にとっては「心地よい幻想」)のネタ(=「幻想」の
もつ見たくない裏側)があまりにも広く世の中に流布してしまった状況を
悲しく思うだろうと考えます。
この世の中が、そのようにはなってほしくないと私は考えています。
(仁さん wrote)
>>「安く買った芸を大切に扱ってくれない」お客さんにまで、進んで
>>ドンドン種明かしをする行為は、そのお客さんが安易に誰かに
>>種明かしをして、結局世の中全体に対して良いサービスではない、
>>という判断が成り立つのだとも考えています。
>私はそうは思いません。
>マジックのタネ、もしくは一連のルーティンをお金で評価しようとするから、
>そのような考え方になるのだと思います。
繰り返しになりますが、私や仁さんや、この掲示板をお読みになって
いる方の殆どは、『「安く買った芸を大切に扱ってくれない」お客さん』
の仲間には入っていません。
でも、世の中には『「安く買った芸を大切に扱ってくれない」お客さん』
も(たぶん何割か…5割よりはずっと小とは思いますが)居ますよね、と
いう話です。
言い換えれば、広い世の中ですから、「情報の価値を金額で測ってしまう」
人も、少なからず居ますよね、という話です。
「少なからず居る」ということで、そのことを下記の(補足)部分では
「リスク」と表現していました。
(I wrote)
>> > 「安く買った芸を大切に扱ってくれない」お客さんにまで、進んでドンドン種
>> > 明かしをする行為は、そのお客さんが安易に誰かに種明かしをして、結局
>> > 世の中全体に対して良いサービスではない、という判断が成り立つのだとも
>> > 考えています。
>>
>> (→そういうリスクがある、私はそのリスクを無視したくない、という意味です。
>> 「芸を安く買ったお客様の全員または殆どが、芸を大切に扱わないだろう」など
>> という予測を述べているわけではありません)
(そんなことはないと確信しますが、もしも私の文章を全部お読みいただいて
理解していただいた上で、『反論しやすい部分だけを切り取って反論に使い、
都合の悪い部分は引用しない、そこは読んでさえ居ない、という立場をとる』
という低レベルのレトリックを用いて、仁さんが議論を展開されているのなら、
「もっとフェアに議論しませんか?」と申し上げたく思います。でも、
決してそんなことはないだろう、たぶん何かの理由で読み落とされただけなの
だろう、と心から信じようとしています)
===
(仁さん wrote)
> お金を頂いてマジックを教えることが悪いことではありません。
> 現に教わりたい、教えたい、というニーズが存在するのですから。でも、
> お金を戴いて教えるからこそ、「大切にしてくれないお客様」にも
> 教えなければいけないのでしょう。そのお客様の意識を、どうやって
> 大切にしてくれるように指導するかは教える側の問題ですよ。
> そこまで、マジックを教える側は責任を持つべきです。
本当にそこまで、*必ず* 責任を持って教えてくれるのなら「安価な
レクチャーはある意味種明かしを助長する危険性もはらんでいる
のではないか?」という私のこれまでの主張を、私はこれ以上
続ける必要はないと考えます。
『「タネを大切にしてくれないお客様」にも教える…そのお客様の
意識を、どうやって大切にしてくれるように指導するか…そこまで、
マジックを教える側は責任を持つべきです』これを「約束のように
必ず、実行して」くれる限りにおいては、私は「そのように注意深く
行われる安価なレクチャー」を、もう危険視など致しません。
上記の約束が守られ、その場でタネを知ったお客様全員が手品を、
そして芸を大事にするようになる限りにおいては(それは素晴ら
しい状況だ、と思いますし)、別にこれを危険視する必要など
ないだろうと考えるに至ったからです。
短く言えば、上記の「約束」が条件です。条件が守られない場合の
「安価なレクチャー」は、やはり危険なものだと今でも考えます。
また、上記の「約束」は、かなり「重い」ことだと思います。
しかも、それを「安価に」実行するのはかなりのご苦労だろうと
推察します。
ウィザード・インの皆様が「毎日カルチャーシティ」で展開されて
いる講習会活動が、上記の「約束」と同じ考えで運営されている、
というお話なら、そのことに心からのエールを送りたいと思います。
何しろ、「情報の価値を金額で測ってしまう」ようなタイプの
「タネを大切にしてくれないお客様」が入会してきても、入会後
3〜6ヶ月くらいの間には完全に意識改革してもらって、「情報の
価値は金額で決まるものではない」ことを知ってもらうと同時に、
「手品を、そして芸を大事にする」タイプの一人前のアマチュア・
マジシャンに仕立てあげるのです。その人格的修練だけではなく、
同じ短期間中にマジックのタネまで教えてあげなくてはいけない
のです。このように大きな効果のあがるご指導を実践するために
払われる努力は、さぞや大変なものであろうと拝察いたします。
「手品の啓蒙」を志してそのような大変な活動をなさっている
プロマジシャンが、この世に居らっしゃることを知って、大変
嬉しく、また、心強く思います。
ところで、TVや新聞などのマスメディアの上で「レクチャー」する
ときまで、上記の同じ「約束」を「責任を持って」実行して
いただける(そして、先日の教育TVの On Air でも実行して
いただけた)のでしょうか?
たった1回の放送枠の中でも、上記の意識改革が可能なのですか?
それはどうやって?(…企業秘密かな?)
また、たまたまチャンネルをパチパチしていて、講師である貴方
の話を、途中からしか聞けなかった人についても、全ての責任が
ちゃんと果たされていたとお考えなのでしょうか?
それとも、TVや新聞などのマスメディア上での「レクチャー」は
「何か別の物」なのですか?
>>緒川集人さん、宜しければその辺りをお聞かせ下さい
===
(仁さん wrote)
> 先に挙げたシチュエーションについてですが、
> 実際に、「数万円払うからテレビでやっていたマジックを見せてくれ!」と、
> 酔ったお客様がプロマジシャンに絡んできた場面に遭遇したことがありました。
> その時はスプーン曲げだったのですが、そのお客様は後輩にわざわざコンビニに
> スプーンを買いに行かせたのです。結局スプーンはプラスチック製のものしか
> なく、今度はお店に一万円を払い、スプーンを手に入れようとし、曲げたら
> マジシャンにも一万円を払うと言いました。
>
> ですが、そのプロマジシャンはきっぱりと
> 1今日のマジックショーの予定にスプーン曲げがないこと
> 2お店のスプーンを使うと、お店に迷惑がかかること
> 3スプーンの価値は一万円もしないし、曲がったスプーンにもそれだけの
> 価値がないこと(つまり「曲がったスプーンを一万円で買わされた」といった
> ウワサなどにならないようにとの配慮から)
> をお客様にお話して、丁重に断ったのです。ちゃんとした理由を、懇切丁寧に
> 誠意を持ってお話すれば、理解していただけるといったケースは多いはず。
> いつもと違った金額を提示するというやり方は、どう考えても間違っていますよ。
>
> 最後に、このプロマジシャンの名誉のために言っておきますが、スプーン曲げは
> 出来ると、私に打ち明けてくれました。このプロマジシャンの行動こそが
> ひとつの模範ではないでしょうか?
> どうですか?横畑さん。
1点だけ確認させて下さい。
私の前回の書込みでも、今回の書込みでも、
「いつもと違った金額を提示するというやり方」について
は、一切触れていません。
提示するのは「いつもと同じ通常の料金」です。
下記を良くお読み下さい。
(I wrote)
>> 演技が一つ終わった。『そのタネ教えろよ』と声が掛かる。
>> 例の酔っているお客様からだ。「マジックのタネは知ってしまうと
>> たいていガッカリするものです。皆様をガッカリさせたくはないの
>> で、申し訳ないのですがこの場ではお教えできません」と答えた。
>> 『何言ってやがる!金さえ出せば文句はあるめぇ。さぁ、幾らだ』
>>
>> こういう状況や、もっとしつこいお客様を相手にしたとき、例えば
>> 「日を改めて、お客様がもっと正常な状態のときに、個人指導で
>> マジックを教えて差しあげることなら出来るな」とマジシャンは
>> 考えて、個人指導をした場合に掛かるであろう通常の料金を
>> 客に告げたとします。(以下略)
ここで(ついでみたいになってしまい申し訳ありませんが)、
Lucky さんの書込みにもお答えしたいと思います。
(Lucky さん wrote)
>>>北風と太陽ではないですが、横畑さんのケースでのマジシャンの対応は
>>>酔客に喧嘩を売っているようにしか読み取れません。
上記の(>>部)を、よくお読み下さい。喧嘩腰なのはお客様のほうです。
マジシャンは、「個人指導」の料金を静かに告げます。
『…そうですね。どうしてもということならタネはお教えすることもでき
ます。でも、通常の指導料金として、×万円くらいは掛かってしまいますよ、
本当にそれでも良いですか?』みたいな言葉で告げたとします。
「良い」と言われたら、個人指導の予定を相談します。「良い」と言われ
ない場合、「そんなに掛かるのかよ。たかが手品のタネじゃねぇか。
こん畜生、足元見やがって…」(と言いながらお客様、立ち去る)
例えばこんな感じです。
この例ですと『たかが手品のタネじゃねぇか』といったような言い方の
中に、現状ではこのお客様が手品を軽く見ていることが窺い知れます。
(「芸を成立たせているのはタネよりもむしろ演出である、でももっと
重要なのは演者の個性である」といったような観点から吐かれた言葉
ではないので、そのように解釈できると考えます)
たとえこのような(お客様が一人で殺気立っている)状況でも、「その
場で即時に」レクチャーをはじめて、『そのお客様の意識を、どうやって
(マジックを)大切にしてくれるように指導するか…そこまで責任を
持って』指導が出来るかどうか、考えてみてください。
自分には出来る、という方も多分居らっしゃるのでしょうが、
私の考えでは、その場で即時にレクチャーに入って、そういった
指導に成功することは、一般的に言ってかなり難しいと考えます。
そうであれば結局、場所と時間を改めて、指導しましょうね、と
いった話しかありませんよね。あとは値段をいくらにするかだけが
論点の違いなのではないでしょうか?
# 値段が「個人指導」と「数人以上の複数人が同時受講する講習会」で
# は異なってくる、という話は、今日の書込みの前半のほうで申した
# 通りです。
さて、仁さんが例として挙げられたマジシャンの酔客への対応は、
私も大変素晴らしいものだと思います。
(Lucky さん wrote)
> 下に仁さんの書きこみがありますが、あのマジシャンの対応は
> すばらしいと思います。
これについては全く同感です。
ご紹介の例は、「種明かしを求めて」絡んできた客に対する対応では
ありませんが、ある程度「興奮して」マジシャンに「理不尽な」要求
を突きつけてくる客に対する対応、と大きく捕らえれば、相通じる
ものがあるのだと理解致します。
お話の中では、とくに、いったん後輩にわざわざコンビニにスプーンを
買いに走らせたあたりで、上手に「冷却時間」(=お客様が冷静さを
取り戻すための時間)を作っています。とてもクレバーですね。
コンビニにはプラスチック製のものしかなかった、というのも、多分
幸運な偶然だったのでしょうが、実はマジシャンの描いた脚本通り
だったのでは?と勘ぐってしまいたくなるほど、うまくできています。
(註:この挿話全体を作り話?とか、疑っている訳ではありませんよ)
私としては、今まで「日を改めて個人指導」が、「演技の場で即時
種明かしを迫られて、うまく切り抜けられなかった時の最後の手段」
だったのですが、もっと良い方法(パターン)を研究して何通りも用意
しておく方が良いかな、と改めて考えさせられることになった、
良いお話でした。
仁さん、面白いお話をご紹介いただき、誠に有難うございました。
投稿日 6月8日(金)00時25分 投稿者 横畑 徹 [atgi1092.ppp.infoweb.ne.jp] 削除
一観客の立場より
ジャグリングを趣味でやっており、エンターテイメントという観点から
手品、マジック系のサイトもいろいろ覗いている者です。
マジック自体は、見るのはけっこう好きですが自分ではまったくやりません。
ウィザードインおよび関係者の皆さんのページもいろいろ読んで、
芸事として参考になるところを勉強させていただいています。
「天才テレビくん」は見ていませんし、今後も見るつもりはありません。
「タネ明かしをされたくない観客は自分の周りにはいない」
「タネ明かしをしても、観客はマジックの奥深さを知り、
より興味を持ってくれる」
という主張をされる方がいるので、
「自分はタネ明かしはされたくない」
という観客もここに居ることをお知らせしたく、書きこみます。
まず、ギミックを使ったマジックは、具体的なギミックの仕掛けどころか、
そのようなギミックがあることを知るだけでも、すごくつまらなくなります。
僕自身、マジック系のサイトを覗き始めた初期、
興味本意でギミックが起こす現象などを読んでしまい、すごく後悔しました。
今では、避けています。
また、芸事のアドヴァイスなどですごくためになるマジック系のページがあっても、
ジャグリング関係の知人には知らせていません。
他の人がマジックを楽しめなくなったら悪いからです。
ギミックではなく純粋に技法を用いたマジックの場合、タネを明かされても
自分は「がっかりした」「だまされた」とまでは思わないし、
技法を使いこなすための練習量や技法を生かすためのプレゼンテーションなどに
感心はするだろうと思います。
でも、現象を知り、タネ(技法)を知ってしまったら、
同じマジックを見たときに
「このマジシャン、うまいなぁ。」
とは思っても、最初に見たときの
「不思議だなぁ!」
という気持ちにはなれないと思います。
現象を知っているだけなら、直後はだめでも、10年ぐらい経って忘れた頃に
同じマジックを見て「やっぱり不思議だなぁ!」と思うことはできそうですが、
どうやってやっているかまで知ってしまったら「あぁ、あれね。」
としか思わないでしょう。
実際は改良された別のマジックだったとしても、現象が似ていれば、素人である
私にとっては同じに見えるので、同じことです。
マジックの勉強をすれば、不思議さを感じる楽しみを失う代りに、
「なんて自然に見えるパームなんだ。すごいテクニックだ。」
と感心したり、
「あのマジックを、こんな風に見せる演出があるとは!」
とびっくりしたりする楽しさがあるのかもしれませんが、
前者はジャグリングのように技を見て楽しんでいる訳であり、
後者は演技、演出を楽しんでいるわけで、マジシャンには失礼かもしれませんが極端な話、
マジックではない他の曲芸や演劇、芸能を見るのと変わらない気がします。
また、これらの楽しみ方が、何も知らない一般の観客の楽しみ方より
「高級である」とは思いませんし、一般の観客も無意識にこれらの点を
楽しんでいると思います。
面白いものは面白いし、つまらないものはつまらない。
きれいなものはきれい、だめなものはだめ。
「不思議さ」だけがマジックではなく他の要素が同等あるいは
それ以上に重要なのは同意しますが、
他の芸能になくマジックだけが持つ「不思議さ」を
たまたまいつも見ている番組を見たために感じなくなってしまうのは
僕だったら嫌です。気付いたら、あわててテレビを消します。
サムタイはテレビで見て、「いつか生で見てみたい」と思っている
マジックなので、なおさらタネは知りたくありません。
門外漢ゆえ、用語の使い方などトンチンカンなところがあるかも
知れませんが、御容赦ください。
投稿日 6月9日(土)22時13分 投稿者 西川正樹 [kraken.fw-sj.sony.com] 削除
始めまして
西川正樹さんへ
どうも始めまして書き込みありがとうございます。
観客の立場からの書き込みはとても価値があると思いますので
今後もどうぞ書き込みを続けて下さい。
さて、西川さんの書き込みの内容にレスを入れるためにはマジックにとっての
不思議という要素についての考え方を多少詰める必要があるかもしれません。
まず、マジックの不思議に対する価値観ですが、
不思議が最も大切であると言う人がいますが、
不思議は必要不可欠ですが、最も大切な物では無いと
言うことができます。これについてはいっぺんに
書ききれなくなるのでまたゆっくりこちらで
意見交換しましょう。
マジックは不思議以外の面白みが有ることは
ご理解いただけていると考えてよろしいですよね?
そしてジャグリングやその他のジャンルと比べて
不思議という要素がマジックでは大切であるとおっしゃっています。
マジックはタネを教えるとそれを使った物は不思議でなくなるような
書き方に感じられますが、これは優秀なマジックショーや、マジシャンを
ご覧になる機会が少なかったのではないかと察します。
マジックの原理を知っていても、不思議に見せる事ができるのも
マジックの、マジシャンの、魅力です。なぜならば、観客はこれからマジシャンが
何を行うか全く知らないからです。
そして、様々ある原理をマジシャンは自由に使って、
演技を構成し、観客の期待に答え、良い意味で裏切り、
そしてエンターテイメントを完成させるのです。
私はマジックと触れている時間が長いため、沢山のマジックを見る機会も
多かったと思っています。西川さんも書かれているように、
確かに、演出やアイディア、原理に感動する部分も有りますが、
教わっても不思議だということがたくさんあると言うことも
ご理解いただければと思います。
>「自分はタネ明かしはされたくない」
実はこの言葉を待っていました。
私たちは様々な番組でマジックを演じたり、タレントさんにお教えしたり
してきました。その中で最初はテレビのスタッフにマジックを見せ、
興味を持って演じたいと言えば、原理を幾つか教え実際に
出来るまで付き合う場合も少なくないです。
そういった事をして番組に望むとスタッフの方も
タレントの方も、マジックの原理を知らないことのすばらしさをおもしろさを
分かってもらえるのです。大切なのは、
マジシャンが「これは秘密だから教えない」と
番組やショーで言うのではなく、
エンターテイメント性の強い、もちろん不思議も、
遊びも強いマジックショーを見せるときに観客から「知らずに見たい」
「驚きたい」「楽しみたい」という言葉が出てくることが大切なのだと思うのです。
良く、原理が当たっているはずれているは別として
演技中にタネらしき事をを言い始める人がいるイメージを
皆さんは容易に想像する事が出来るのではないでしょうか?
私が演じているとき、決まってそれを止めるのはそのお客さんの友人達で
「良いから黙っててよ見てるんだから」
とか、「うるさいな〜」とか言い方は様々ですが、観客側が
望んでマジックの不思議を守ろうとするのです。
私がサムタイの原理を番組で紹介したことで
私がマジックのタネばらし、ネタの暴露を推奨していると
思われている方も多いかもしれませんが、
それは大きな間違いで、過去、ネタ晴らし番組といわれ、
マジシャンの地位がおとしめられるような物が
数々放送されましたが、そういった内容の番組には
全て断りを入れています。
しかし、今後もコンセプトがハッキリしている(マジックの啓蒙につながる)
と判断できる番組で有ればマジックのレクチャーも
何ら問題なく、出演していくのではないかと思います。
西川さんのおっしゃっている内容を理解した上で
そのコメントを書かせて頂きました。
>実際は改良された別のマジックだったとしても、現象が似ていれば、素人である
>私にとっては同じに見えるので、同じことです。
ちなみにこの文章には分かりやすいレスを・・・
全く改良もされていない、前に見たことがあるマジックを
演じる人間がかわり、プレゼンテーションを変えて見せることによって
違う演技に見せることができます。
これは本当の話で、良く見られます。
私の場合は前者に気をつけていますが・・・
(例えばAとKがいれかわるマジックで5〜10種類くらい持っているので
違う方法だからといっても見せ方をしくじるとさっき見たと言われてしまいます)
ちょっとバラバラに文章がなってしまいましたが、
今後も是非書き込みを続けて下さい。
shootより
PS、原理を知るとマジックが楽しめなくなるという
経験ばかりをお持ちでしたら、もっとマジックの可能性を
信じて下さい。きっと、将来そういった経験が出来るときが
来ると思います。
投稿日 6月11日(月)02時22分 投稿者 shoot [pdf473a.tokynt01.ap.so-net.ne.jp] 削除
shoot さんへ
shoot さんへ
横畑です。宜しくお願いします。
つい最近 shoot さんがお書きになった文章中の、次の部分に目を惹かれました。
(shoot さん wrote)
> …そういった事をして番組に望むとスタッフの方もタレントの方も、マジックの
> 原理を知らないことのすばらしさをおもしろさを分かってもらえるのです。
この部分を読んで、「原理を知らないことの素晴らしさ」=タネを知らないほうが
素直に驚けるし感動できる、というケースが、この世のマジックの中にはやっぱり
存在することを、shoot さんも認めて下さっているのだなと解釈しました。
(↑私の誤読であるなら、どうかご指摘下さい)
(shoot さん wrote)
> 大切なのは…(中略)…エンターテイメント性の強いマジックショーを見せる
> ときに観客から「知らずに見たい」「驚きたい」「楽しみたい」という言葉が
> 出てくることが大切なのだと思うのです。
この部分に「書いてあることだけ」を取り上げれば全く同感です。
でも、そんな目的のために、shoot さんは、TVで(=無差別な)レクチャーという
名の種明かしをなさったと、ご説明されていると受け取ってよいのでしょうか?
それとも違いますか?
上記を言い換えると「原理を知らないことの素晴らしさ」を一般のお客様の多くに
気付いていただくために、「別に知りたくもない」とお考えの方にまで原理を教えて
しまって、「楽しめない」状況を一方的に押し付けた(…そして今後も同じ事を
繰り返すお考えでいらっしゃる)となりますが、そうなのですか?違いますか?
(↑上の段落全体が私の誤読であるなら、どうかご遠慮なくご指摘下さい)
番組のスタンスが「指導目的」でさえあれば、「原理を知らないことの素晴らしさ」
を視聴者から剥奪するような種類のネタでも、TVでドンドン明かして構わない、と
お考えでしょうか?それとも違いますか?
(↑これは一つ上の段落とは独立した2つ目の質問です)
「TVでも何でも、見たくなければ見なければ良い。スイッチを切れば良いのだ」と
いった立場の反論はあるかもしれません。が現在、少なくとも都会で独り暮らしを
している人の大半は「映像中毒」です。自宅に居る間は、どのチャンネルで流してい
るプログラムも全て詰まらなければ、「なんとなく」どこかのチャンネルに合わせて
しまうものなのです。そして、たまたまそのチャンネルでタネが流れてしまったら…
「知りたくない」情報を一方的に押し付けるのは、ある種「暴力的」な行為だと
私は思います。
私は、shoot さんにも、その他のどのプロマジシャンにも(そういえばあの
マリックさんにも)、できるだけそのような行動をとって欲しくないと希望しています。
(↑これは単なる個人的な希望の表明に過ぎないことは弁えていますが)
(自ら進んでレクチャーに参加して、手品の演じ方を学びたいタイプのマジック
ファン以外という意味の→)「一般」のお客様の立場で言えば、
「原理を知らないことの素晴らしさ」も確かにある、ということを「事実」として
プロの皆様は既にご存知な筈なのですから、観客からその素晴らしさを取り上げる
ような行為は、可能な限り謹んでいただきたいと、私は考えるのです。
私が本日の別の書込みでTVでの種明かしは「ネタを厳選」してやって欲しい、
と書いていることと、矛盾しているように読まれる方がいらっしゃるかも
しれませんが、これは、私の中では全く矛盾していません。
「厳選」とは、「一般の方がタネを知っても、あまりガッカリしないで済むような
種類のもの」を厳選して、演出のポイントなどを交えて、「出来るまで」指導する、
という話なので、
「原理を知らないことの素晴らしさ」を観客から剥奪する、という話とは明確に違う
と考えられます。(←「素晴らしさ」を奪われたとき、お客様はガッカリしますから)
6月10日・日曜朝のMr.マリック師のOnAirをチェックすることができました。
このOnAirで師は、バーベット的なトリック、その中でも種明かしされた時、
タネの巧妙さというかアイディアにお客様が感心するようなネタを、種明かし用に
用意されていました(種明かしは1つだけでした)。私の価値観からすると、
上記のタネは「厳選」されていたと思いますし、その点で好ましく思います。
そもそもバーベット的に演じられたので「不思議に見せるための演出指導」などは
全くありませんでしたが、それはこの場合に限れば、別に問題ではないと思います。
# shoot さんが先日行われた「TV指導」についても「コヨリを使ったタイプの thumb
# tie が明かされた」と何処かで紹介された記事を見ただけで、私は OnAir そのもの
# を見ていないので、「厳選した結果の thumb tie だ。原理を知らない素晴らしさを
# 奪ってなどいない」というご回答も可能性としてはあり得るのかもしれないと
# 推測しています。
# もしも本当にそういうご回答を頂いたら、どのようなご指導内容だったのかに私は
# 一層興味が出て参ります。そのときは OnAir をご覧になった方に、今一度内容の
# ご紹介をお願いできれば嬉しく思います。
尚、マジックには不思議以外の要素が必要であり重要でもある、というポイントに
ついては、shootさんやかんだがさんと同意見です。
観客がマジックの原理を知っていても、不思議に見せる事は可能であり、
楽しませることも可能であることも、そのご指摘については全く仰る通りだと
思います。
ただ、「原理を知らないことの素晴らしさ」が奪われたとき、お客様がガッカリ
するような種類のマジックも、この世には沢山あり、それらは
無差別な種明かしからは保護されるべきであることを、
勇気を出して認めていただければ、誠に嬉しく思います。
(shoot さんの文章は、西川さんへのご返答から勝手に引用させていただきました。
もし何か不都合があればお詫びいたします)
P.S. かんだがさんから、(私には「一方的」と受け取れる)「てれび君」に関する
終結宣言が出てしまったようですが、まだ私は満足な説明を伺えていないと
感じています。shootさん、是非、「逃げないで、誠意を持って」お答えいただければ幸いに存じます。
投稿日 6月12日(火)21時05分 投稿者 横畑 徹 [atgi1167.ppp.infoweb.ne.jp] 削除
横畑さんへ・・・
>> …そういった事をして番組に望むとスタッフの方もタレントの方も、マジックの
>> 原理を知らないことのすばらしさをおもしろさを分かってもらえるのです。
>この部分を読んで、「原理を知らないことの素晴らしさ」=タネを知らないほうが
>素直に驚けるし感動できる、というケースが、この世のマジックの中にはやっぱり
>存在することを、shoot さんも認めて下さっているのだなと解釈しました。
「原理を知らないことのすばらしさ」という言葉は、
「タネを知らない方が素直に驚けるし感動できる」
とイコールではありません。そういう目的で書いた物ではないのですが、
読みとれなかったようですね。
もちろん、原理を知らないことによる喜びはマジックの中に
あきらかに存在します。そしてその喜びも大切です。
が、マジックの原理を知っているサイドが、知らない人たちに
「原理を知らない方が、素直に驚けるし感動できる」と
強要するべきでは無いと思います。
>> 大切なのは…(中略)…エンターテイメント性の強いマジックショーを見せる
>> ときに観客から「知らずに見たい」「驚きたい」「楽しみたい」という言葉が
>> 出てくることが大切なのだと思うのです。
>この部分に「書いてあることだけ」を取り上げれば全く同感です。
>でも、そんな目的のために、shoot さんは、TVで(=無差別な)レクチャーという
そんな目的とは聞き捨てならないですね。
言葉は選んでほしかったですが・・・まあ、フルコンですからしょうがないでしょう。
その目的は多少は含まれていますが、それ以外にも沢山の目的を含めて
横畑さんのいう
「レクチャーという名の種明かし」
をしました。
少々気にくわないのは、「レクチャー」「種明かし」「ネタの暴露」
がMMLや掲示板などで同列に使われていることでしょうか?
>TVで(=無差別な)レクチャーという
>名の種明かしをなさったと、
私は横畑さんだけでなくて沢山の方に問いたいです。
テレビでギター教室や、英会話などを行っているときに、
「無差別」という単語を使うでしょうか?
>名の種明かしをなさったと、ご説明されていると受け取ってよいのでしょうか?
>それとも違いますか?
曲解ですね。今までの討論を本当に読んでいただきたいと思います。
(しかし、パソコンのトラブルで過去ログが現在みられないのが悲しいところですが・・・)
>上記を言い換えると「原理を知らないことの素晴らしさ」を一般のお客様の多くに
>気付いていただくために、
それは局所的に見過ぎているように感じます。
又、「原理を知らないことのすばらしさ」という言葉を三段論法の様に
活用しているに過ぎません。
一つ横畑さんに問いたいのは、「原理を知らないことのすばらしさ」
を最上級に考えていらっしゃるのではないですか?
それはマジックのすばらしさの一端です。決して最上級では無いと思います。
(原理を軽く見ているわけではありません)
それ以外の楽しみ方も含めて番組の中でレクチャーしました。
むしろ、「マジックの原理のすばらしさ」を伝えるためにも
レクチャーしました。大切なのは、それも一端でしかないと
いうことです。演じる楽しさ、工夫する楽しさ、楽しさは
色々あります。
おわかりいただけるでしょうか?
私はいいたいのですが、原理を教えるべきではないといっている方は
原理のみがマジックで重要、大切、面白い要素だと
考えられているのではないですか?
>「別に知りたくもない」とお考えの方にまで原理を教えて
>しまって、「楽しめない」状況を一方的に押し付けた
知りたいという人に原理を教えないのは間違いだと思いますが・・・
知りたくない人はチャンネルを変えれば良いことだと思います。
また、「原理を知らないことのすばらしさ」と書いていますが
原理を知ったら、マジックのおもしろさが無くなるという考え方も
おかしいと思います。
>(…そして今後も同じ事を繰り返すお考えでいらっしゃる)
意義、意味があれば番組にも出演します。
>番組のスタンスが「指導目的」でさえあれば、「原理を知らないことの素晴らしさ」
>を視聴者から剥奪するような
今度は剥奪ですか?
あなたは被害を被ったんですね?
剥奪という言葉の意味を分かって使っているのでしょうか?
だったら、教育チャンネルの「3」は世の中にない方が良いといっているような
ものです。正直いってナンセンスです。
原理を知ったとしてもそれ以上の物があるのがマジックだと思っています。
>TVでドンドン明かして構わない、とお考えでしょうか?それとも違いますか?
前にも書きましたが読んでいただけていないようですね。
私たちの作った番組に対して責任と自信を持っているからこそ、
現在の経緯になり、種明かしをする事を全面肯定しているように
見えるかもしれませんが、たびたび書きます。私は種明かし肯定派では
ありません。
しかし、されてもいっこうに困りませんし、
意義のあるレクチャーは良いと思っています。
横畑さんの質問はYESかNOで答えるなければいけないように見えますが、
意味が有れば、「ドンドン」もあり得るでしょうし、
意味が無ければ、たったの「一回」でもあり得ません。
この言葉の意味がおわかりいただけるでしょうか?
>「TVでも何でも、見たくなければ見なければ良い。スイッチを切れば良いのだ」と
>いった立場の反論はあるかもしれません。が現在、少なくとも都会で独り暮らしを
>している人の大半は「映像中毒」です。自宅に居る間は、どのチャンネルで流してい
>るプログラムも全て詰まらなければ、「なんとなく」どこかのチャンネルに合わせて
>しまうものなのです。そして、たまたまそのチャンネルでタネが流れてしまったら…
申し訳ないですが、「チャンネルを変えれば」良いでしょう。
>「知りたくない」情報を一方的に押し付けるのは、ある種「暴力的」な行為だと
>私は思います。
ニュースで聞きたくないような事件を聞いて気分を害したとき、
あなたはテレビに抗議しますか?
>私は、shoot さんにも、その他のどのプロマジシャンにも(そういえばあの
>マリックさんにも)、できるだけそのような行動をとって欲しくないと希望しています。
意見としては聞きますが、そうするべきかどうかは時代の流れや、
様々な人たちの意見を聞いた上で行います。
もちろん、ここでの討論は無意味ではありません。
横畑さんの意見も一つの意見として大切に聞いています。
>「一般」のお客様の立場で言えば、「原理を知らないことの素晴らしさ」
>も確かにある、ということを「事実」としてプロの皆様は既に
>ご存知な筈なのですから、観客からその素晴らしさを取り上げる
>ような行為は、可能な限り謹んでいただきたいと、私は考えるのです。
考えは伺いましたが、実に一方的な意見だと思います。
>私が本日の別の書込みでTVでの種明かしは「ネタを厳選」してやって欲しい、
>と書いていることと、矛盾しているように読まれる方がいらっしゃるかも
>しれませんが、これは、私の中では全く矛盾していません。
私たちも厳選しています。厳選も何を基準に選ぶかによって
かわってきます。
>「厳選」とは、「一般の方がタネを知っても、あまりガッカリしないで済むような
>種類のもの」を厳選して、
伺いたいのですが、がっかりしないでおそわれる物は何だとお考えですか?
幾つかの例を挙げて下さい。
>演出のポイントなどを交えて、「出来るまで」指導する、
そういった意味では、本当に教育番組「3」で毎週2回くらいのペースで
20分番組に出演したいですね。
そうしたらもっとしっかりと教えられます。
>「原理を知らないことの素晴らしさ」を観客から剥奪する、という話とは明確に違う
>と考えられます。
>(←「素晴らしさ」を奪われたとき、お客様はガッカリしますから)
私は知らないことのすばらしさ以外にもマジックにはおもしろさは
沢山含まれていると思っています。
>尚、マジックには不思議以外の要素が必要であり重要でもある、というポイントに
>ついては、shootさんやかんだがさんと同意見です。
>観客がマジックの原理を知っていても、不思議に見せる事は可能であり、
>楽しませることも可能であることも、そのご指摘については全く仰る通りだと
>思います。
その部分が伝わっただけでもうれしく思います。
>ただ、「原理を知らないことの素晴らしさ」が奪われたとき、お客様がガッカリ
>するような種類のマジックも、この世には沢山あり、
そこは違います。マジシャンの演技のすばらしさはそんな薄っぺらな物では
ありません。あまりにもマジシャンの可能性を知らな過ぎます。
>勇気を出して認めていただければ、誠に嬉しく思います。
横畑さんにも勇気を出してみとめていただければ
心からうれしく思います。
私は沢山の勇気を、番組に送られてくる手紙や、ファックスなどで頂きました。
もちろん、回りのスタッフや番組側で常に矢面に立って対応して下さっている
演出家の方からも、もらっています。
天才テレビ君の中で行った物は間違いでないことを勇気を持って言いきります。
>(shoot さんの文章は、西川さんへのご返答から勝手に引用させていただきました。
>もし何か不都合があればお詫びいたします)
今後も書き込んで下さい。
>shootさん、是非、「逃げないで、誠意を持って」お答えいただければ幸いに存じます。
横畑さんもどうぞ逃げずに書き込みを続けて下さいね(笑)。
今後も意義のある討論を続けましょう。
投稿日 6月13日(水)02時58分 投稿者 shoot [pd5df7d.tokynt01.ap.so-net.ne.jp] 削除
shoot さん、もう少し教えて下さい
shoot さん、ご丁寧なレスを賜り、有難うございます。
横畑です。
shoot さんがお寄せくださった文章について、いくつかの点について、
もう少し教えていただければ幸いです。
(shoot さん wrote)
> 「原理を知らないことのすばらしさ」という言葉は、
> 「タネを知らない方が素直に驚けるし感動できる」
> とイコールではありません。
??何か見落としてるな…(←自分に言っている)
大変恐縮ですが、上の2つの相違点を明確に教えてください。
> そういう目的で書いた物ではないのですが、
> 読みとれなかったようですね。
どう読めばよかったのでしょうか、
お手数をお掛けしますが教えて下さい。
> もちろん、原理を知らないことによる喜びはマジックの中に
> あきらかに存在します。そしてその喜びも大切です。
>
ここまでは認めていただけたようで…
> が、マジックの原理を知っているサイドが、知らない人たちに
> 「原理を知らない方が、素直に驚けるし感動できる」と
> 強要するべきでは無いと思います。
観客の側から、「知らずに見たい」「驚きたい」「楽しみたい」
という言葉が出てくるまで待とう、それまでは、強要しない方がよい、
という意味のご発言でしょうか?
(↑読み違えていたら、ご指摘ください)
もしそういうことなら、既にそういう言葉が、私の周りの「一般の
お客様」からは、沢山出てきています。勿論全員の口からということは
ありませんしあり得ないと思いますが、私の周囲では、
大体 50% を越えています。
> そんな目的とは聞き捨てならないですね。
> (1行略)
> その目的は多少は含まれていますが、それ以外にも沢山の目的を含めて
> 横畑さんのいう「レクチャーという名の種明かし」をしました。
その目的(=「原理を知らないことの素晴らしさ」を一般のお客様の
多くに気付いていただくため)も「多少は含まれて」いたわけですね?
「それ以外にもある沢山の目的」とは、例えば、『この番組を見て
マジシャンを志す子供が1人でも増えてくれれば嬉しい…』ですか?
更にそれ以外にも沢山おありでしょうから、可能な範囲内で列挙して
教えていただけると嬉しいです。
> (しかし、パソコンのトラブルで過去ログが現在みられないのが
> 悲しいところですが・・・)
こういった事情もあるので、既に過去の議論に上がった話題かも
しれませんが、改めて列挙していただけたら嬉しい、と申して
おります。時間・労力的に「可能な範囲内」で結構です。
ご理解いただければ嬉しく思います。
> 一つ横畑さんに問いたいのは、「原理を知らないことのすばらしさ」
> を最上級に考えていらっしゃるのではないですか?
> それはマジックのすばらしさの一端です。決して最上級では無いと思います。
> (原理を軽く見ているわけではありません)
私は、最上級に数えられる幾つかの中に入る、位に考えています。
英語で言えば One of the most important things ですね。
ところで、shoot さんのお考えでは、「最上級では無い」のですね?
「原理を知らないことのすばらしさ」など「よりも、ずっと大事」なもの
が、マジックにはある、とお考えなのでしょうか?
もしそうなら、それは何か(または、何と、何か)、是非お伺いしたいです。
特に、自らマジックを演じることなく、見て楽しむタイプのお客様にとって、
マジックにどのような「素晴らしさ」があるのかについて、是非お聞き
したいと、強く希望します。
この点に関する shoot さんのお考えをお聞きできるのが、今から、とても、
楽しみです。
> >ただ、「原理を知らないことの素晴らしさ」が奪われたとき、お客様が
> >ガッカリするような種類のマジックも、この世には沢山あり、
> そこは違います。マジシャンの演技のすばらしさはそんな薄っぺらな物では
> ありません。あまりにもマジシャンの可能性を知らな過ぎます。
「そこは違います」とは、どう違うのでしょうか?
「そんなマジックは『少ない』」とおっしゃっているのか、
「そんなマジックは『無い』」とおっしゃっているのか、どちらでしょう?
お客様がタネを知って「ガッカリしないような」手品を多数あげることならば、
多分出来るでしょう。→ shoot さんなら、例えば何と何と何を選ばれますか?
でも、私はガッカリするようなタイプの手品だって、「決して少なくはない」
のではないか、と考えているのですよ…
shootさんが、「そんなことはありません、それは間違いです」と
おっしゃるならば、なぜ間違いなのか、私に分かるように説明してやって
いただけませんでしょうか?
(ただ、カルチャースクールに入らなければ分からない、という説明だけ
は、無しにして下さい。以前も書きましたが、今の私にはその時間が
どうしても作れません。できるだけ掲示板上で、言葉で説明して下さい。
お手数ですがよろしくお願いします)
何卒よろしくお願い申し上げます。
[尚、上記の諸点以外のポイントについては、只今レスを執筆中です。。。]
投稿日 6月15日(金)02時17分 投稿者 横畑 徹 [atgi1037.ppp.infoweb.ne.jp] 削除