[フルコン掲示板記事集(2)]

(某 Wizard's Inn の「フルコンタクト」掲示板記事 からの抜粋です。)

 
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shoot さんへ、レスです。(その1)

shoot さんへ、レスです。(その1)

 横畑です。やっとアップロードできました。

一部、CULLさんの書込みと類似した意見も含まれています
が、全く同じ事を書いた訳ではないので、我慢して読んで
いただければ幸いです。

また、かわぐち さんへのお返事にあたるかもしれない考え(?)
もいくらか含まれています。
(ちゃんとレスしなくて済みません。後ほど改めてさせていただく
つもりであります>かわぐち さん)

(お願い)長文ですが、なるべく最後まで読んでから、レスを
付けていただければ幸いです。

(shoot さん wrote)
> 私は横畑さんだけでなくて沢山の方に問いたいです。
> テレビでギター教室や、英会話などを行っているときに、
> 「無差別」という単語を使うでしょうか?
>
使わないと思います。私はこれは、マジック(奇術)という芸能に
「特殊性」があるから使われる単語であろう、と認識しています。
マジックの「特殊性」については後述します。

> それ以外の楽しみ方も含めて番組の中でレクチャーしました。
> むしろ、「マジックの原理のすばらしさ」を伝えるためにも
> レクチャーしました。大切なのは、それも一端でしかないと
> いうことです。演じる楽しさ、工夫する楽しさ、楽しさは
> 色々あります。
> おわかりいただけるでしょうか?
「楽しさは色々ある」というご指摘については、その通りだと思いますよ。

> 私はいいたいのですが、原理を教えるべきではないといっている方は
> 原理のみがマジックで重要、大切、面白い要素だと
> 考えられているのではないですか?

そうではありません。「原理を知らないことのすばらしさ」を軽視
すると、マジックの中の一要素である『不思議・驚き』という
大切な要素が、(観客から見て)少なくなってしまう場合がある、
と考えています(←「原理を教えるべきではないといっている方」
の総意などではなく、あくまで私個人の考えですが。以下同様)

> また、「原理を知らないことのすばらしさ」と書いていますが
> 原理を知ったら、マジックのおもしろさが無くなるという考え方も
> おかしいと思います。

「マジックのおもしろさが無くなる」のではなく、「(観客からみた)
マジックのおもしろさの一要素である『不思議・驚き』という部分が
損なわれる場合が往々にしてある」ことを問題にしたいので、討論を
続けさせてもらってます。

> 原理を知ったとしてもそれ以上の物があるのがマジックだと思っています。

それは、その通りだと思います。shoot さんや、私や、その他のマジシャンは
(プロアマ問わず)皆、そのことを知っていると思います。

でも、そういう価値観は、マジシャンが持つ価値観なのではないか、と考えます。
次の文章をお読み下さい。[()内は、横畑が補足した語で、原文にはありません]
>>> たしかにマジックの種が分かっても楽しむ人はいますし、特にマジシャン
>>> たちはそうです。しかし、マジシャンは(一般の観客とは)かなり違った
>>> 視点でマジックを見ています。
>>> 我々(=マジシャン)は技術レベルや能力、見せ方といったレベルで見て
>>> います。
>>> 細部にこだわった見地からマジックを評価しているのです。
>>> しかし、それとて驚きの喪失という「代償」を払ってのことです。
>>> やはりマジックは、本来「魔法」であるべきです。
(出典:http://member.nifty.ne.jp/MagSting/Exposure/exposure-MarcDeSouza.htm
米国のマジシャン、マーク・デ・スーザの言葉です。
私も、「マジックは、本来「魔法」であるべきです」という考えには
現在、同意しています。

上の引用で触れられています「驚きの喪失」という「代償」に関連して、
後程、私の体験談をご紹介させていただきます。

> >独り暮らしをしている人の大半は「映像中毒」です。自宅に居る間は、
> >どのチャンネルで流しているプログラムも全て詰まらなければ、
> >「なんとなく」どこかのチャンネルに合わせてしまうものなのです。
> >そして、たまたまそのチャンネルでタネが流れてしまったら…
> 申し訳ないですが、「チャンネルを変えれば」良いでしょう。

shootさんを品位のある立派なマジシャンだと考えておりましたので、
こういう言い方は、あまりして欲しくなかったです。
上記の言い方は(論理的には何も間違ってはいない訳ですが)、例えば、
過激な暴力シーンを映像でうっかり流してしまい、小さな子供を持つ
視聴者の抗議を受けたときに、番組制作者がつぶやく開き直りの言葉
(「子供に見せたくなければ、親がチャンネルを変えれば良いだろうに…」)
と、あまり変わらないような響きに、私の耳には聞こえてしまうからです。

「知らずに見たい」「驚きたい」「楽しみたい」とお考えになる一般の
お客様も、世の中には少なからず居ることを、プロとしてご存知だったの
でしたら、やはりそういう人達に対して、「ご配慮をいただきたかった」
と、私は思います。(←これもまた個人的希望の表明に過ぎませんが…)
なぜなら、「知らずに見たい」「驚きたい」「楽しみたい」とお考えになる
ような一般のお客様こそが、見る立場での奇術の楽しみ方をよくご存知の
「私たちが大切にしたいマジックファン」なのではないだろうか、と
私は考えるからです。

# マジックショップやレクチャーに来るような人だけを「マジックファン」
# とは、私は考えてません。また、ショップやレクチャーに来る人の方が、
# 奇術を観るだけの「マジックファン」よりも大事だ、とも考えてません。
# (たとえ前者のほうが後者よりたくさん金を落してくれるとしても…)

# 「(奇術を含め)演芸は見る人聞く人あって、はじめて成り立つ芸」だから、
# 「見る立場での奇術の楽しみ方」をよくご存知のお客様はとても大切な存在
# だと思っています。そのようなお客様が増えて、奇術を見るのが好きな方が
# この世にもっと増えていただけたら、嬉しいことだな、と私は考えます。

# マジックショップやレクチャーに来るような人も、勿論客席には座りますから
# 「同じように大切」な存在に違いありません。私が言いたいのは、奇術を観る
# だけの「マジックファン」には、あまり配慮しない、ような姿勢は望ましく
# ないと(私は)思う、という1点だけです。

> ニュースで聞きたくないような事件を聞いて気分を害したとき、
> あなたはテレビに抗議しますか?

掘り下げても社会的には意味が希薄と思える点を、映像的なインパクト
(→視聴率につながる)のためだけに強調した報道など(例えば事件の
暴力的な部分を強調し過ぎとか)を見た場合なら、ニュース制作者に、
事件の「取り上げ方」について、改善希望を申し入れることなら、
することがあり得ると思います。
TV番組制作者サイドは、世の中にいる様々なタイプの視聴者に、
可能な限り「配慮」してほしいと思うからです。

> 私たちも厳選しています。厳選も何を基準に選ぶかによって
> かわってきます。
同感ですね。今は多分そこで意見が食い違っているのですよね。

> >「厳選」とは、「一般の方がタネを知っても、あまりガッカリしないで済む
> >ような種類のもの」を厳選して、
> 伺いたいのですが、がっかりしないでおそわれる物は何だとお考えですか?
> 幾つかの例を挙げて下さい。

私の、6月15日(金)02:17 の書込みにたいする、shoot さんからのレスを
心待ちにしています。
できれば、そのレスを読ませていただいてから、この質問にはお答えしたい
と思います。

# 交換条件みたいに言っていると受け取らないで下さい。このような希望を
# 述べさせていただく、もっともな理由が、実はあるのです。
# 私からのお答えをアップロードできたら、皆様にも私がなぜこのような
# 希望を申し述べたのかが、お分かりになると思います。

> 横畑さんの意見も一つの意見として大切に聞いています。

有難うございます。今後もよろしくお願いいたします。

[長くなりすぎましたので、ここでいったん切って、アップロードします]


投稿日 6月16日(土)07時11分 投稿者 横畑 徹 [atgi1011.ppp.infoweb.ne.jp] 削除



shoot さんへ、レスです。(その2)

shoot さんへ、レスです。(その2)

 横畑です。

[これは "shoot さんへ、レスです。(その1)" の続きです]

(お願い)なるべく最後まで読んでから、レスを付けてください。

===

「マジックの特殊性」から話を始めたいと思います。

「マジックの特殊性」とは、私の考えでは、マジックが基本的には
「不思議・または・意外性で成り立つ芸能」であるために、生じる
ものです。

大抵のマジックにはタネがありますね。タネだけが重要なのではない
というご主張や、マジックを「芸」として捉えた場合、タネの重要性
はせいぜい 10% 位だろう、とかいうお話は、いちいちごもっともだと
考えます。でも、たとえ本当にタネの重要性が 10% であっても、その
10% が、観客に「驚きを提供する部分」の「肝心カナメ」に、多くの
場合、なっているのではないか、と(私は)認識しています。
(ここが間違いだ、とお考えの方は、論証してみせていただきたい)

「タネが作り出す不思議」に頼らないマジックも構成できます。
手順構成とか、息をもつかせぬ展開、現象の畳み掛けなどを使って、
意外性を演出することができます。ステージマジックで有効な手法
です。でも、その手順が意外なのは、観客にとって最初に見せられた
ときだけで、同じ手順を4回くらい続けて見たらば、次はどこから
何が出てくる、とか、観客は覚えてしまいます。こうなったら、
意外性に関しては、タネの判った不思議を見せられているのと、
あまり変わらない状態になってしまいます。
(そこで、次に、意外性とタネの不思議を組み合わせるとか、
 手順にはバリエーションを持たせて飽きさせない、とかそう
 いう手もあるにはあります…)

演出・見せ方の工夫・演者の個性など、意外性や不思議以外の部分
には、いろいろなものがあげられます。マーク・デ・スーザの言う
ように、私たちマジシャン(プロアマ含む)は、多くの場合、
意外性や不思議以外の部分を注視するようにして、マジックを
楽しんでいます。そういう楽しみ方が間違いだとは言いませんし、
言えません。しかし、意外性や不思議については、マジシャン自身
が心から楽しみながら見ることが、残念ながらできません。

でも、マジックを「不思議の芸」「驚きの芸」と定義し、そうして
プレゼンテーションするならば(←芸風とか、基本路線として
という意味です)、一般観客はタネを知らない状態でいた方が、
プレゼンテーションされている「不思議・驚き」という要素に
関しては、素直に楽しめるのではないでしょうか?
(ここが間違いだ、とお考えの方は、論証してみせていただきたい)

勿論、マジックから「驚き」をかなりの部分取り去っても、芸として
はちゃんと成立します。もちろん、そんなことは分かってます。
マギー司郎師やゼンジー北京師の芸は、「驚き」「不思議」の要素が
あまり多くないかもしれませんが、一般のお客様には大ウケします。
それは、「笑い」の要素を重視し、その使い方が巧みだからです。
でも、日本中の手品師が全て、マギー司郎師やゼンジー北京師と
同じ路線でマジックを演じる、という状況はちょっと考えられない
でしょう。

話変って、マジックと演劇(映画)、マジックと落語、を混同して
論じるのは、いかがなものかと(私は)思います。
演劇は、脚本や演出、役者の演技力、音響、照明、その他を総動員
して、多くの場合「人間」を語ります。人間の強さや弱さ、優しさ
や醜さ、不完全さ、そういったものを描写しています。観客は多く
の場合、舞台上で語られている「人間」に共感を憶えて、大きな
拍手をすることになります。
落語や漫才などの話芸は多くの場合、「笑い」が重要な要素になり
ます。気の効いたジョークであれば、2度や3度繰り返して聞いても、
まだちゃんと笑えるものです(「不思議」「意外性」の魔法は、
大抵2度目には跡形も無く消えてしまうのに対して)。
「笑い」は精神的な健康をもたらしますし、何より人間、(多少
無理してでも)笑っていれば、そのうち心が晴れてくるものです。
または、ほんの一時でも、嫌な事を忘れることができるものです。

もちろん、落語なら「人情話」など、話芸であっても「人間」を語る
芸はあります。
マジックでも、例えば和妻で「この世の無常」を表現されている芸に
出会ったことがあります。私には演者の思い入れがちゃんと伝わって
きました。不思議さなどよりも先に「無常」の表現の方が、心に浸み
入って来るという珍しい感覚を、体験させていただきました。
こういう境地に達した芸であれば、種明かしなどにはビクとも
しないマジックになっているな、とは、私も思います。
このような素晴らしいマジックを観ることが出来たのは、今の時代
に生を受けたからこその幸運なのかもしれないな、と思いながら
帰途についたのを覚えています。

かわぐちさんのお書込みから推し測ると、ウィザード・インさんの
目指す方向も、この「無常」を表現した大師匠の芸と同じような
方向(=不思議以外のものを伝える演出で演じる)なのでしょうか?

でも現在、世の中の多くのマジシャンは、マジックを「不思議の芸」
「驚きの芸」「意外性の芸」と位置付けて(そこにそれぞれが思い
思いの味付けをして)、演じている事も多いのではないか、と考えます。
ウィザード・インさんに所属されているマジシャンの方々にしても、
マジックを「不思議の芸」or「驚きの芸」or「意外性の芸」と
位置付けた演目を、全くお持ちでない方は、多分いらっしゃらない
のでは?と愚考します。
日本中のマジシャン全員が、彼らの演じる演目の「全て」が、上の
大師匠のような「境地」に達していなければ(=不思議以外のもの
を伝える演出で演じられなければ)ならないという言い方が、もしも
万一されるならば、これは私には暴論に思えます。
また、マジックを「不思議の芸」「驚きの芸」「意外性の芸」と
位置付けるのは、「マジシャンの芸のレベルが低いからだ」という
言い方が、もしもされるならば、これもとんでもない暴論に、私に
は思えます。位置付けはそこにあっても、芸として表現している
内容が素晴らしければ、レベルが低いなんていうことには全く
当たらないからです。

マジックを「不思議の芸」「驚きの芸」「意外性の芸」と位置付ける
ことが妥当ならば、(プロ・アマ)マジシャン以外の一般のお客様に
は、そういう芸に関しては、「不思議・驚き・意外性」の部分を
含めた、マジックの 100% の魅力を楽しんでいただこうではありませんか。

TVで流れるギターのレッスンには、「演奏するつもりはなくて、
将来聴衆となる人が、『あぁ、知らないでいた方が良かった』と
思ってしまうような技法やテクニックの情報」は含まれません。
でも、TVで流れるマジックのレッスンには、「演じるつもりはなくて
将来観客となる人が、『あぁ、知らないでいた方が良かった』と
思ってしまうような技法やテクニックの情報」が、少なくとも
一部、含まれてしまうことが多いのです。
この違いが、「無差別」という単語が不要か必要かの違いを
生み出すのだ、と(私は)認識しています。

以上が、私が「マジックの特殊性」という言葉で表現したかった
内容の説明です。

(付録)

奇術協会の北見マキ会長のメッセージより引用(協会 掲示板より):
> 奇術には種、仕掛があり、それに頼ってこそ不思議さを表現できるもの
> です。種、仕掛を解明することは不思議さも氷解することであり、
> 不思議さの無い奇術という芸能は存在し得ないのです。

上の3行の文章の、私流の解釈は、次のようです。
奇術で「不思議さ以外のもの」も沢山表現できるし、現に多くの
マジシャンがしているが、「不思議さの(全く)無い奇術という
芸能は」言葉の定義として、「存在し得ない」と考えます。
「不思議さを表現できる」のは、タネ/仕掛けと、演者の腕/工夫。
その2つのどちらが欠けても、お客様に喜んでいただける「心地良い
不思議さ」は表現できないと思います。

私が「マジックの特殊性」という言葉で表現したかった内容と、
共通する考えがあるように、(自分勝手に、ですが)思っています。

[(その3)に続きます]



投稿日 6月16日(土)07時09分 投稿者 横畑 徹 [atgi1011.ppp.infoweb.ne.jp] 削除



shoot さんへ、レスです。(その3)

shoot さんへ、レスです。(その3)

 横畑です。

[これは "shoot さんへ、レスです。(その2)" の続きです]

===

エピソード「驚きの喪失」

(横畑の体験談:数年前の出来事ですが、まだ鮮明に覚えています)

久しぶりに、すごく驚きました。マッコムという名の老手品師の
レクチャービデオを手に入れて、見ていたときのことです。
私はそれまでエッグバッグを演じたことはありませんでしたが、
エッグバッグが、大体どういう仕組みで出来ているかは、
おぼろげに、何となく、知ってはいました。

画面の中の老手品師は、裏返したり絞ったり叩いたりして、空と
改めたエッグバッグの中から、液体の入ったショットグラスを
出して見せたのです!ラップフィルムで口が覆ってある訳では
ありません。グラスを傾けると、液体はちゃんと床に落ちる
のです!どこにも、全く、何のカバーも無いのです。

マジックに初めて興味を持ったときのような、無邪気な興奮が
襲ってきました。そう、私は元々不思議大好き人間。
魔法に掛かったようになって、暫らく幸せな茫然自失状態を
楽しみました。
「…だって、エッグバッグにグラスを隠しておくことは、
できるよな。卵を隠せるのだから、ワケないさ。でも、
液体をどこから補給する?…最初から入れとく??
でも、蓋もカバーも何もないんだぜ。バッグの改めのときの
あの乱暴な扱いで、どうしてもこぼれてしまうじゃないか。
いったい、どうするんだ?」
ここらあたりで、考えが堂々巡りをはじめます。
「…魔法だ!…チョー不思議だ!知りたいっ!!!」

レクチャービデオですので、タネの説明パートが必ず付いて
います。テープがその箇所にたどり着きました。。。

「…え?…そ、そんな話なの?…見なければ良かった。
いや、とてもクレバーな方法だし、何よりこれで自分でも
演じることの出来る知識を入手したんだから、見てよかった
んだ。うん、ゼッタイその筈だ。そうに違いない…
…でも、このタネを知らずに、無邪気に不思議がっていた
だけの、つい先刻の自分の方が、なぜか今より幸せだった
ような感じがするのは、タダの気のせいなんだろうか?
いや、多分、同じ、とか同様の、ネタで『心底驚ける』機会
を、一生失ってしまったことを、後悔しているからだろうな」

「…でも、これに懲りて、2度とレクチャービデオを見ない
なんてことは、決して無いんだよな。マジシャンって、妙な
ものだよな…」

===

以上が、私の経験した「驚きの喪失」です。
ちなみに、上記の約2年後にユージンバーガーの
レクチャービデオで類似の現象を見たとき、
もはや「魔法だ!」とは思えませんでした。
代わりに出てきた言葉は「あぁ、あれだな…多分…」

…似たような体験をお持ちの方、いらっしゃいませんか?

マーク・デ・スーザの言葉:
>>> 我々(=マジシャン)は技術レベルや能力、見せ方といったレベルで
>>> (マジックを)見ています。
>>> しかし、それとて驚きの喪失という「代償」を払ってのことです。
>>> やはりマジックは、本来「魔法」であるべきです。

(今日は以上です。やっと寝れます、おやすみなさい…)

投稿日 6月16日(土)07時08分 投稿者 横畑 徹 [atgi1011.ppp.infoweb.ne.jp] 削除



大変お待たせしました>横畑さん

「原理を知らないことのすばらしさ」と
「種を知らないことが素直に驚けるし感動できる」
の違いは、実はその前後の文章に大切な内容があると思っています。
まず、
>そういった事をして番組に望むとスタッフの方もタレントの方も、マジックの・・・

マジックを見る、知る、理解する、演じる、などの経験をしてもらい、
理解を深めてもらいます。その上で、いくつもあるマジックの
楽しみ方の中の一つの要素として、改めて興味本位で種を知るよりも、
知らない方が楽しめることに気づくと言うことが
私の書いた方の内容です。それに対して、横畑さんの文章は、
相違点としては「素直に」という言葉と、「感動できる」という
言葉をマジシャンが勝手に押しつけているものと思われます。
なぜなら、不思議であっても、「素直に」喜べない、楽しめない
マジシャンはたくさんいるように思うからです(王様のお夜食参照)
また、不思議だから感動すると言うのはマジシャンのおごり、
慢心だと思います。不思議だからといって不愉快になられる人も少なくないのでは
ないでしょうか?喧嘩を売られる人もいたりするのでは?
不思議だから感動するとか、素直に驚けるというのは、安易です

それ以外にも順序として、上と下とでは違いがあり、
上は、マジックをいろいろな方面から好きになってもらって、その上で
相手から自然とでる価値観。

そして横畑さんのものは最初から「知らせないこと」を前提に、
マジシャンが押しつけている、思いこんでいる、価値観。

という違いがあるのではないでしょうか?

>> そういう目的で書いた物ではないのですが、
>> 読みとれなかったようですね。
>どう読めばよかったのでしょうか、
>お手数をお掛けしますが教えて下さい。
上に書いたとおり、その言葉の裏側にある、
マジシャンからの押しつけ、観客からの自主性、
マジシャンのおごり、観客の楽しみ、
を見てほしかったといえます。

>> もちろん、原理を知らないことによる喜びはマジックの中に
>> あきらかに存在します。そしてその喜びも大切です。
>ここまでは認めていただけたようで…
でなければこの世界にいないでしょうね。
魅力の一つです。

>> その目的は多少は含まれていますが、それ以外にも沢山の目的を含めて
>> 横畑さんのいう「レクチャーという名の種明かし」をしました。
>可能な範囲内で列挙して教えていただけると嬉しいです。
・実際に演じたいと思ってもらう
・コミュニケーションをとるための道具として
・マジックの巧妙さや原理のおもしろさを知ってもらう
・もちろん横畑さんが言っているように将来のマジシャンを育てるため
・バラエティとして、マジックが持っている可能性を見せたい。
・原理を知ってもその先にもっとすばらしいものがあることを理解してもらう。
・手の届く距離にマジックがあると言うことに気づいてもらう。
・必ずしも仕掛けのあるものだけがマジックの原理では無いことを知ってもらう。
等々、ほかにも気がついたら書き足しますが・・・
上の内容は今、思いつくだけ書いたので、重複したりするものが
あるかもしれませんが、とりあえず上の内容でしょうか。

>> 一つ横畑さんに問いたいのは、「原理を知らないことのすばらしさ」
>> を最上級に考えていらっしゃるのではないですか?
>> それはマジックのすばらしさの一端です。決して最上級では無いと思います。
>> (原理を軽く見ているわけではありません)
>私は、最上級に数えられる幾つかの中に入る、位に考えています。

>英語で言えば One of the most important things ですね。
実は英語が得意ではありません。
逆にわからなくなってしまいます。

>ところで、shoot さんのお考えでは、「最上級では無い」のですね?
>「原理を知らないことのすばらしさ」など「よりも、ずっと大事」なもの
>が、マジックにはある、とお考えなのでしょうか?
>もしそうなら、それは何か(または、何と、何か)、是非お伺いしたいです。
>特に、自らマジックを演じることなく、見て楽しむタイプのお客様にとって、
>マジックにどのような「素晴らしさ」があるのかについて、是非お聞き
>したいと、強く希望します。
重ねて言いますが、最上級ではありません。
これは観客にとってもマジシャンにとっても大切なものです。
それはエンターテイメント性、魅力、カリスマ、言い方はいろいろですが
それが私はもっとも大切だと考えています。
手順も大切、オリジナルであることも大切、それを伝える手段も大切。
しかし、なによりもマジックを演じる人間が魅力的であるか、
見ていて感動できるエンターテイナーであるかどうかが大切です。
不思議?
不思議だから素直に驚く?
不思議ということばはマジックに与えられた可能性です・・・が、
しかし、不思議という言葉におんぶにだっこになっている人が
多すぎるのではないでしょうか?
不思議だろ!と見せられて、「なんだよ偉そうに!」
と言われている人を見ることがあります。
不思議でも観客からしたら、そこにいてほしくない人である場合もあります。
見たくない人でもあります。不思議を見せられたとしても
いやな人だったら終わりです。

不思議イコール感動と考えている方がいれば、それは単なる
慢心だと思います。
嫌われるためにマジックをやっているわけではないでしょうから、
マジックを見せるときは、見るときは心地よくみたいでしょうから、
だからこそ、見ていて楽しいエンターテイナーであるべきです。
不思議を見せることができる嫌われ者と
不思議を見せられない人気者であれば、
後者であるべきです。

>自らマジックを演じることなく、見て楽しむタイプのお客様にとって、
見る、見せるを前提であれば上の内容が私にとって
マジックにとってもほかの演芸、娯楽、芸術と同様で
最上級ではないかと思います。

> >ただ、「原理を知らないことの素晴らしさ」が奪われたとき、お客様が
> >ガッカリするような種類のマジックも、この世には沢山あり、
> そこは違います。マジシャンの演技のすばらしさはそんな薄っぺらな物では
> ありません。あまりにもマジシャンの可能性を知らな過ぎます。

>「そこは違います」とは、どう違うのでしょうか?
マジックの原理の善し悪しを言うのは、いいわけでしょう。
マジシャンの責任です。
ガッカリさせないように工夫をすることができます。
それを「ガッカリさせる原理、種類」というのはなにも考えないで
教えているからでしょう。または、教わったからでしょう。

>「そんなマジックは『無い』」とおっしゃっているのか、どちらでしょう?
理想としては「無い」です。
どんなものでも工夫できると私は信じています。
それを知ったときの感動を伝える努力が足らないのだと思います。

>お客様がタネを知って「ガッカリしないような」手品を多数あげることならば、
>多分出来るでしょう。→ shoot さんなら、例えば何と何と何を選ばれますか?

<感情的集人>
あほか!馬鹿か!(失礼!)
と言いたいです。どんなものでもです。
それでたとえであげろとは言わせません!
活字だけでは伝わらんでしょう!
オフ会で会うことができれば5時間でも10時間でも見せますよ!

<冷静な集人>
逆にガッカリする原理をあげてもらっても
それを工夫して感動できる内容に仕上げることが
できると言いたいのです。
原理が最上級と言っている横畑さんでは
理解できないでしょうが・・・
暴言失礼しました。

>でも、私はガッカリするようなタイプの手品だって、「決して少なくはない」
>のではないか、と考えているのですよ…
今後はガッカリしないような経験ができるようにマジシャンは
しっかりとした意識を持つべきでしょうね。

>shootさんが、「そんなことはありません、それは間違いです」と
>おっしゃるならば、なぜ間違いなのか、私に分かるように説明してやって
>いただけませんでしょうか?
ここは冷静に・・・
私が好きなマジックは高度な、複雑なものばかりではありません。
シンプルなものも、含めてマジックの原理はたくさん好きなものがあります。
演じるときに、そういったものを含めるのが私自身大好きです。
一ついえることは同じことを教えたとしても、
人によって、教え方によって、相手には違って伝わります。
感動がある教え方と、ガッカリする教え方。
その原理とあわせる工夫。可能性。
原理や、手品(横畑さんの言葉をそのまま使うなら)を
線引きする前に、それをすばらしいものと感じてもらうように
教えることができるかどうか、人を、教え方を線引きするべきでは無いかと
思います。
ことばたらずですが、ニュアンスは伝わるでしょうか?

>今の私にはその時間がどうしても作れません。できるだけ掲示板上で、
>言葉で説明して下さい。お手数ですがよろしくお願いします)
それははっきりいって、都合がよすぎますよ。
言葉でできる限りはすでに行っています。
それで一発で伝われば、私が一度長文を入れれば済むことです。
しかし、活字だけでは最終的な結論は出しきれないと思います。
だからこそ、オフ会がありレクチャーがあり、
番組があるのだと思います。
正直言いますが、時間をつくる努力をした人、
距離をどがえしして会う人、そういった人たちに、
一番伝わるように努力します。
でないと努力して会いに来てくれた人たちがかわいそうです。
だれもが平等ではありません。私たちは努力して伝えようとしますが、
活字だけで説明するよりも、あって、話して、見せて
コミュニケーションした方がもっと伝えやすいです。
だからこそ、歩み寄ってくれた人たちのためにより動きます。
努力をしない人たちのためにはなかなか動き切れません。
(もちろん無理矢理来いと言うわけではありませんが・・・)
(ヒロ4世さんも東京方面のオフ会に参加なさったこともよい例です)

それをふまえた上で書き込むようにします。

shootより

投稿日 6月19日(火)10時06分 投稿者 shoot [pdf467a.tokynt01.ap.so-net.ne.jp] 削除



shoot さんへ やっと書込みできました

shoot さんへ

 横畑です。やっと書込みできました。

>「原理を知らないことのすばらしさ」と
>「種を知らないことが素直に驚けるし感動できる」
>の違い
についての shoot さんのご説明は、頑張って何度も
読み返しましたが、充分には理解できませんでした。
理解できたのは、shoot さんの中では次のように定義
されているようだ、という1点だけです。
(1) 「原理を知らないことのすばらしさ」は観客が
  マジックを見て気付き、思うこと
(2) 「種を知らないことが素直に驚けるし感動できる」
  はマジシャンが勝手に思い込み、押し付けること
私が最初に書込んだ時の用語法では、上記(1)(2)のような
含意を込めたつもりは全くなかったので、
上記は shoot さんのご解釈に過ぎません。
そのご解釈に従って「反論」されていますが、
これでは話が噛み合いません。このポイントについては、
議論を繰り返しても堂々巡りのすれ違いが続きそうな予感が
します(←私には)ので、出来ればこのポイントは
捨て置いて、他の話題にウェイトを置きませんか?と
私から提案させていただきます。


>不思議であっても、「素直に」喜べない、楽しめない(ことがある)
>不思議だからといって不愉快になられる人も少なくないのでは
>ないでしょうか?喧嘩を売られる人もいたりするのでは?
(少し飛んで)
>不思議だろ!と見せられて、「なんだよ偉そうに!」
>と言われている人を見ることがあります。
>不思議でも観客からしたら、そこにいてほしくない人である場合も
>あります。見たくない人でもあります。不思議を見せられたとしても
>いやな人だったら終わりです。
>不思議イコール感動と考えている方がいれば、それは単なる
>慢心だと思います。

これらについては全部「同感」です。
私も、つい先日、次のような書込みをしていますが、
お読みいただけましたか?

>>※「マジックで不思議さ *しか* 表現できていない」ような
>> 芸の中には、私も「低レベルだ」と思うようなものが、
>> 数多くあると認識してます。

shootさんのおっしゃる『不思議であっても、「素直に」喜べない、
楽しめない』ような芸が、私の書いた『低レベル』に対応します。


>>自らマジックを演じることなく、見て楽しむタイプのお客様にとって、
>見る、見せるを前提であれば上の内容が私にとって
>マジックにとってもほかの演芸、娯楽、芸術と同様で
>最上級ではないかと思います。

貴殿のおっしゃる「上の内容」とは、「演者の個性・エンター
テイナー性」という読み方で、間違いありませんか?
(誤読はご指摘下さい)
「演者の個性・エンターテイナー性が大事」は真実だと思う点で、
shoot さんと同感です。しかし、私の感覚では、このポイントは
どちらかと言うと演じる側でいつも考えていなければいけない
ポイント、であり、客席に座った側は、「演者の個性・エンター
テイナー性を見てやろう、それがなければ、評価してあげない」
なんていう眼で見てはいないんじゃないかな、と考えてます。
お客様は、「笑いだろうが不思議だろうが、楽しければ良い」の
です。私はそう考えます。

誤解のないように申し添えますと、「演者の個性・エンター
テイナー性が大事」であり、演者の側にその認識がないと、
客席に座ったお客様が楽しむことが出来ない、という点に
ついては、私も同感です、と、最初に申し上げております。

「不思議を中心にして、演者のエンターテイナー性で味付け」
した演目や、または「演者のエンターテイナー性を中心にして、
不思議で味付け」した演目が、shoot さんのレパートリーの
中にもおありになるのではないか?と考えます。
shoot さんの「可能性理論」でいえば、その「不思議」要素を
100%削ぎ落としても、お客様を楽しませる自信がある、となる
のかも知れません。
しかし、どうせなら、「エンターテイナー性」と「不思議」の
両方とも、客席のお客様にたっぷり堪能していただいたほうが、
より良いサービスの提供になるのではないでしょうか?という
のが私の考えなのです。これでも横畑の言う事は間違いですか?


>ガッカリさせないように工夫をすることができます。
>それを「ガッカリさせる原理、種類」というのはなにも考えないで
>教えているからでしょう。または、教わったからでしょう。
>どんなものでも工夫できると私は信じています。
>それ(=タネ)を知ったときの感動を伝える努力が足らないのだと思います。

こういうお考えをお持ちの shoot さんのレクチャーは、
さぞ素晴らしいのだろうな…と考えながら、LILLIPUT さんの
まとめられたアンケート結果の「ランダムなご意見」のページを
覗かせていただいてました。
小学校3年生のお嬢さんが、「ザ・マジック」の北見マキ師の演技に
感動したあと、shoot氏の「てれび君」のレクチャーを見て
「ガッカリした」というエピソードが掲載されており驚きました。
私の恐れていたまさにそのことが既に現実に起きていたからです。
ショックでした。このお嬢さんが今回のご経験から、マジック全般
をお嫌いにならないで欲しいものだと、心底思います。

私自身は「OnAir を見ていないので」shoot さんのTVレクチャーは、この
掲示板でご本人が語られていたように、素晴らしい出来で「ガッカリさせ
ないような工夫」が随所に見られたのだろう、と考え始めていましたが、
上記の情報を目にして、これは再び考えを改めなくてはいけないのでは
ないか?と思い始めています。

# 「ザ・マジック」の北見マキ師の演技が「低レベルだからだ」とか仰らない
# でくださいよ。小学校3年生のお嬢さんがガッカリしたのは shoot氏 の
# レクチャーから、「それ(=タネ)を知ったときの感動が」伝わらなかった
# から、ガッカリしたのです。貴方の「てれび君」レクチャーを見ている
# 最中にガッカリしたのです。貴方の「努力が足りなかった」からでしょうか?
# 今までの貴方ご自身のお言葉から、そういう結論が導けるのではありませんか?


>逆にガッカリする原理をあげてもらっても
>それを工夫して感動できる内容に仕上げることが
>できると言いたいのです。
(少し飛んで)
>感動がある教え方と、ガッカリする教え方。
>原理や、手品(横畑さんの言葉をそのまま使うなら)を線引き
>する前に、それをすばらしいものと感じてもらうように教えることが
>できるかどうか、人を、教え方を線引きするべきでは無いかと
>思います。
レクチャラー(講師)の能力が一番問題なので、タネの側で線引きする
必要はない、とおっしゃっているように見えます。
(誤読であればご指摘下さい)
私の考えとは異なる考えであり、支持は致しませんが、「レクチャラー
(講師)の能力にだって重要性がある」という話なら、そういうことも
あるだろうな、とは思います。(タネの側での線引きはやはり必要と
私は考えます)

でも、上記で申しましたように、貴方のTVレクチャーでガッカリした人
が、現に、少なくとも1人いたのです。その貴方がいくらこの節のような
ご立派なご高説(=どんなタネでも工夫すればガッカリさせずに
教えられる)を説かれても、私の心には何も響いてきません。
お話に、説得力が全く、全然感じられません!

ご自分にもお出来にならない空論的「可能性」で全てを片付けようと
なさっておられる(おられた)のではないことを心から祈ります。
もしもそんな話だったら、いままでお話に付き合ってきた私の努力が
全て無駄ということになります。


>>> その目的は多少は含まれていますが、それ以外にも沢山の目的を含めて
>>> 横畑さんのいう「レクチャーという名の種明かし」をしました。
>>可能な範囲内で列挙して教えていただけると嬉しいです。
>・実際に演じたいと思ってもらう
>・コミュニケーションをとるための道具として
>・マジックの巧妙さや原理のおもしろさを知ってもらう
>・もちろん横畑さんが言っているように将来のマジシャンを育てるため
>・バラエティとして、マジックが持っている可能性を見せたい。
>・原理を知ってもその先にもっとすばらしいものがあることを理解してもらう。
>・手の届く距離にマジックがあると言うことに気づいてもらう。
>・必ずしも仕掛けのあるものだけがマジックの原理では無いことを知ってもらう。
>等々、ほかにも気がついたら書き足しますが・・・
>上の内容は今、思いつくだけ書いたので、重複したりするものが
>あるかもしれませんが、とりあえず上の内容でしょうか。

基本的に、視聴者に「マジックを演じることに興味を持ってもらおう」という
視点からのアイディアしか並んでいませんね。「バラエティ的可能性」という
ポイントも、私には演じる側の論理に見えます。
→ある意味、推測していた通りです。

マジックの「啓蒙」は、アマチュアマジシャン育成だけではありません。
「見るだけで満足してくれるマジックファン」の数を増やしていこうと
するのも、大事な啓蒙活動だと私は思います。
shoot さんの前回のお書込みから察すると、「見るだけで満足してくれる
マジックファン」なんていうのは幻想で、彼らにもタネを(上手に)教えれば、
「必ず全員が」アマチュアマジシャンになってくれる、と言うご意見をお持ち
なのではないしょうか?
もしそうなら、私の経験からいって、そういったお考えは間違っています。
「見るだけで満足してくれるマジックファン」の中で「タネなど知りたくない」
と口に出しておっしゃる方の割合は、タネあかしを素直に見て、(無料)レク
チャーに参加して下さる方よりも、少なくとも私の周囲で、ずっと多数です。

shoot さんのお考えや言動で、私が困ると考えている点は、「見るだけで
満足してくれるマジックファン」への「配慮が全く欠けている」この1点に
あるのです。それは shoot さんが「見るだけで満足してくれるマジック
ファン」という存在そのものをお認めにならないためではないでしょうか?
「見るだけで満足してくれるマジックファン」は、現実にはこの世に沢山
いらっしゃるのです。


PS 「マジックの特殊性」「エピソード・驚きの喪失」について、一言も触れて
  いただけませんでした。残念です。

投稿日 6月21日(木)00時55分 投稿者 横畑 徹 [atgi1077.ppp.infoweb.ne.jp] 削除



横畑さんへ

横畑さんへ
「マジックの特殊性」について・・・
お返事が遅くなって失礼しました。横畑さんへ
横畑さんへ
「マジックの特殊性」について・・・
お返事が遅くなって失礼しました。
文章が様々上がり、議題が複雑化しているため
すこし整理したいと思い、下にまとめてみました。

・マジックは不思議または意外性で成り立つ芸能である。
・タネは、驚きを見せるために肝心カナメのものである。

・意外性を出す演出もあるが、4回くらい続けて見たら意外性は無くなる。

・マジシャン自身は、意外性や、不思議について心から楽しむことができない。

・マジックを「不思議の芸、驚きの芸」と定義すると
 一般観客はタネを知らない方が素直に楽しめる。

・マジックと演劇、マジックと落語を混同して論じるのは良くない。
・演劇は人間を語るところがマジックと違うから???

・笑いは気の利いたものなら2度や3度でも楽しめるが、
 不思議や意外性は2度目には跡形もなく消え失せてしまう。
 そこに違いがあるから???

・マジックは特殊だから、ギターの講座と同列に考えるのはおかしい。

上のような内容に取れたのですが
それでよろしいでしょうか?
その内容に間違いがあればお教えください。

shootより
投稿日 6月22日(金)15時37分 投稿者 shoot [p84bcf2.tokyjkp1.ap.so-net.ne.jp] 削除



「横畑さんへ」続き・・・

「横畑さんへ」続き・・・
横畑さんの体験は大変、気の毒に思えます。
このエピソードは横畑さんの一意見、そして経験として
認識しておきます。

さきに、かんだがさんが書かれていたように、
>「エピソード・驚きの喪失」についても同じ事が言え、手法は入り口でしかな
>いので、原理がしれただけで消失してしまうようなマジックはある意味では、
>ほとんどあり得ないと確信します。
と私も思っています。今まであった、レクチャービデオや
レクチャーの体制には多くの問題があると思っています。

今後もマジックの啓蒙のためによりよいレクチャーが
できるようにつとめたいと私は考えています。
投稿日 6月22日(金)15時57分 投稿者 shoot [p84bce1.tokyjkp1.ap.so-net.ne.jp] 削除



Sorry for late reply > shoot

Sorry for late reply > shoot
 横畑です。

shoot さんへのレス 大変遅くなりました。申し訳ございません。

# 個人的な事情で遅くなっているうちに、掲示板の流れが
# 変わってしまったようです。ここで議論を続けるのが
# 適当でなさそうなら、メールで続けても私は構いませんが、
# 従来は、こういう場合どうなさっていたのでしょうか?

以下、前信へのレスです。

>横畑さんの体験は大変、気の毒に思えます。
>このエピソードは横畑さんの一意見、そして経験として
>認識しておきます。

よろしくお願いします。

>今まであった、レクチャービデオやレクチャーの
>体制には多くの問題があると思っています。

レクチャービデオの作り方が悪い、というお話に
なってしまうのですか?

===

>すこし整理したいと思い、下にまとめてみました。

4点ほど、付け加えました。*** で始まる項です。

>・マジックは不思議または意外性で成り立つ芸能である。
>・タネは、驚きを見せるために肝心カナメのものである。
>・意外性を出す演出もあるが、4回くらい続けて見たら
> 意外性は無くなる。
>・マジシャン自身は、意外性や、不思議について心から
> 楽しむことができない。
>・マジックを「不思議の芸、驚きの芸」と定義すると
> 一般観客はタネを知らない方が素直に楽しめる。
>・マジックと演劇、マジックと落語を混同して論じるの
> は良くない。
***多くの場合、演劇は人間を語ることに主眼がある。話芸は
笑いに主眼、マジックは不思議or意外性に主眼がある。
(但し例外は沢山あげられる↓)
***マジックにおいて、「不思議」は最重要ポイントで
なくても良い。
マジックを「不思議の芸、驚きの芸」と定義しない芸も
成立。(例)笑いを前面に出す。人の世の無常を表現する。
>・笑いは気の利いたものなら2度や3度でも楽しめるが、
> 不思議や意外性は2度目には跡形もなく消え失せてしまう。
(*上記はマイナーなポイント*)
***現状では、多くのマジシャンが、マジックを「不思議の芸、
驚きの芸」の要素を含めて演じていると認識。(そうする
ことが、「芸のレベルが低い」にはあたらないとも認識)
***「マジックを演じることなく、見るだけで満足してくれる
お客様には、マジックの「一要素」である『不思議』の部分
も含めて、魅力の100%を堪能してもらうのが良いのでは?
>・マジックは特殊だから、ギターの講座と同列に考えるのは
> おかしい。
>上のような内容に取れたのですが
>それでよろしいでしょうか?

以上のようならば、私の意を大体汲んでいただいている
と思えます。

# 再び個人的な事情で申し訳ありませんが、生業の方で出張等が入り、
# 次にココを覗けるのが水曜くらいになってしまいます。

投稿日 6月25日(月)07時49分 投稿者 横畑 徹 [atgi1020.ppp.infoweb.ne.jp] 削除



[↑これ以降、この件について shoot 氏からのレスなし…]



横からすいません (かんだが氏)

>「マジックの特殊性」「エピソード・驚きの喪失」について、一言も触れて
>いただけませんでした。残念です。

横やりすいません。
見せますコインマジックショーの前文にも書いたことですが、重要なことは、
不思議という感情にも色々と種類があることを認識するべきと思います。

すなわち、視覚的不思議や、知覚的不思議であり、それを超越したレベルは、
いくらでも存在し、タネや仕掛けが解る程度で感動が薄れてしまうのは、やは
りこれからは演技者がもっと努力し、改善せねばいけない問題だと思います。
アマチュアでもプロでも、考え方や演じ方の工夫(勿論練習は不可欠)次第で
比較的簡単に、ネタを超越できることを知ってもらいたいと思います。

この掲示板でネタばれ後も心配ないと言い切る人達は、そのような現象を見て
いるわけであり、自分がその域に達していなくても、必ず出来ると信じ、確信
しているからと思います。
だから「マジックの特殊性」と言われても、どのエンターテーメントにも特殊
性があり、不思議や驚きはマジックに限ることではないこともそろそろ認識す
べきだと思います。

「エピソード・驚きの喪失」についても同じ事が言え、手法は入り口でしかな
いので、原理がしれただけで消失してしまうようなマジックはある意味では、
ほとんどあり得ないと確信します。

これは私に演技という名での実証方法があり、リング・ダブルリフト・サムタ
イ、どの演技でも準備があります。(勿論表現できるシチュエーションは居酒
屋に適した物ばかりではありませんが)
北見マキ氏のサムタイの後、ガッカリしたという話を聞きましたが、その子供
がその後、私たちの演技を見る機会があれば、もっと夢を持ってくれると思い
ます。

何だこの親父!凄い自信だ?とお思いの方、フルコン・オフでもやりましょう。
見せるだけでなく、コーチもするつもりでおります。
何せ遠い方もいると思いますが、機会があれば酒でも飲みましょう。

投稿日 6月21日(木)16時23分 投稿者 たたかうかんだが [pdf423d.tokynt01.ap.so-net.ne.jp] 削除



かんだがさんへレスです

投稿時間:01/07/27(Fri) 06:37
投稿者名:横畑 徹
Eメール:fwpb7295@mb.infoweb.ne.jp
URL :
タイトル:No.25 かんだがさんへレスです

No.25 かんだがさんへのレスです。

諸事情のためとはいえ、1ヶ月以上も経った亀レスになりました
ことを、まずもってお詫び申し上げます。

>>かんだがさん

>「『マジックの特殊性』と言われても、どのエンター
>テーメントにも特殊性があり、」
そうですね。仰るとおり、映画には映画の、オペラには
オペラの特殊性があるだろうと思います。
でも私は、ここではマジックの事について議論している
のだと思っていました。

>「不思議や驚きはマジックに限ることではない」
舞台演劇や音楽コンサートの舞台効果に、また
映画やTVドラマの演出の一部に、不思議や驚きを
挿入することがあること位は、私も知っています。

それとも、推理小説の類の「トリック」のことを
おっしゃっておられますか?私は中学生の頃から
ミステリファンでした。そちらの「トリック」も
結構好きです。


上記の2点は、「…だからどうしたのですか?」みたい
な読み方しか出来なかったので、上記のようなお返事
しか書けなかったのですが、かんだがさんが書かれた
真意は、どこか別のところにあったのかもしれません。
もしそうであれば、お手数ですが今一度ご説明下さい。


>「タネや仕掛けが解る程度で感動が薄れてしまう
>のは、やはりこれからは演技者がもっと努力し、
>改善せねばいけない問題だ」
「タネや仕掛けが解って」不思議は薄れても、
演技から受ける「感動は薄れない」ような演じ方は
できますね、という話ならば、以前から私も同意させて
いただいております。

「タネや仕掛けが(全部)解ってしまったら」不思議さ
に関しては、薄れますよね。
(註:「感動」と「不思議」は、区別して書いています)
不思議さも芸の「一要素」としては大事ではないでしょうか?
と私は申しているのです。


>「ネタばれ後も心配ないと言い切る人達は、そのような
>現象を見ているわけであり、自分がその域に達して
>いなくても、必ず出来ると信じ、確信しているから」
>「原理がしれただけで消失してしまうようなマジックは
>ある意味では、ほとんどあり得ないと確信。
>これは私に演技という名での実証方法があり、リング・
>ダブルリフト・サムタイ、どの演技でも準備がある。」

「そのような現象」をお見せになったのは、恐らく
かんだがさん または shootさん・AKIMOTOさんなの
でしょうね?

仁さん ・ かわぐちさん にお手伝いをいただきたいこと
が1点あります。上記の「そのような現象」とは、
例えば、どんなプレゼンテーションでしたか?
教えて下さい。
貴殿(仁さん・かわぐちさん)の「ご経験談」を、
掲示板上で、是非お聞かせ願いたい、と希望いたします。



またまたお久しぶりです

投稿時間:01/08/26(Sun) 23:53
投稿者名:戦うかんだが
Eメール:
URL :
タイトル:Re: No.25 かんだがさんへレスです

またまたお久しぶりです。

> >「『マジックの特殊性』と言われても、どのエンター
> >テーメントにも特殊性があり、」
> そうですね。仰るとおり、映画には映画の、オペラには
> オペラの特殊性があるだろうと思います。
> でも私は、ここではマジックの事について議論している
> のだと思っていました。

勿論私もそうだと思っています。
私にとってのエンターテーメントとしては、マジックもそれ以外の
ものも、さして論議の中に支障がある様な違いはありません。

>
> >「不思議や驚きはマジックに限ることではない」
> 舞台演劇や音楽コンサートの舞台効果に、また
> 映画やTVドラマの演出の一部に、不思議や驚きを
> 挿入することがあること位は、私も知っています。
>
> それとも、推理小説の類の「トリック」のことを
> おっしゃっておられますか?私は中学生の頃から
> ミステリファンでした。そちらの「トリック」も
> 結構好きです。

> 上記の2点は、「…だからどうしたのですか?」みたい
> な読み方しか出来なかったので、上記のようなお返事
> しか書けなかったのですが、かんだがさんが書かれた
> 真意は、どこか別のところにあったのかもしれません。
> もしそうであれば、お手数ですが今一度ご説明下さい。
>
出来ればお会いして・・・
と言うのが本意です。
お会いした方々は私の本意は解っていただいていると 思います。
その上で、だから・・・と、おっしゃるのであれば、話は違います。

> >「タネや仕掛けが解る程度で感動が薄れてしまう
> >のは、やはりこれからは演技者がもっと努力し、
> >改善せねばいけない問題だ」
> 「タネや仕掛けが解って」不思議は薄れても、
> 演技から受ける「感動は薄れない」ような演じ方は
> できますね、という話ならば、以前から私も同意させて
> いただいております。
>
> 「タネや仕掛けが(全部)解ってしまったら」不思議さ
> に関しては、薄れますよね。
> (註:「感動」と「不思議」は、区別して書いています)
> 不思議さも芸の「一要素」としては大事ではないでしょうか?
> と私は申しているのです。

不思議さが失われないようにするのがプロの努力です。
体験したことのない方には説明が難しいのですが、不思議さが増
すものも多く存在します。
(不思議・感動を区別して語るのには疑問があります)

> >「ネタばれ後も心配ないと言い切る人達は、そのような
> >現象を見ているわけであり、自分がその域に達して
> >いなくても、必ず出来ると信じ、確信しているから」
> >「原理がしれただけで消失してしまうようなマジックは
> >ある意味では、ほとんどあり得ないと確信。
> >これは私に演技という名での実証方法があり、リング・
> >ダブルリフト・サムタイ、どの演技でも準備がある。」
>
> 「そのような現象」をお見せになったのは、恐らく
> かんだがさん または shootさん・AKIMOTOさんなの
> でしょうね?
>
> 仁さん ・ かわぐちさん にお手伝いをいただきたいこと
> が1点あります。上記の「そのような現象」とは、
> 例えば、どんなプレゼンテーションでしたか?
> 教えて下さい。
> 貴殿(仁さん・かわぐちさん)の「ご経験談」を、
> 掲示板上で、是非お聞かせ願いたい、と希望いたします。

本人が言うのも何ですが、一度お会いしてマジックを演じつつ
語りたいと思います。
本当に良い意味で、会うと言うことはおどろくほどの進展が
あると思います。
忙しすぎて、レスが出来なくてすみませんでした。



こちらこそです

投稿時間:01/08/29(Wed) 23:20
投稿者名:横畑 徹
Eメール:fwpb7295@mb.infoweb.ne.jp
URL :
タイトル:Re^2: No.25 かんだがさんへレスです

> またまたお久しぶりです。

こちらこそです

以下では、かんだがさんのお書込みの、引用部の順序を
変えさせてもらっています。この点についてご了承いただけ
れば幸いです。

> > 「タネや仕掛けが解って」不思議は薄れても、
> > 演技から受ける「感動は薄れない」ような演じ方は
> > できますね、という話ならば、以前から私も同意させて
> > いただいております。
> >
> > 「タネや仕掛けが(全部)解ってしまったら」不思議さ
> > に関しては、薄れますよね。
> > (註:「感動」と「不思議」は、区別して書いています)
> > 不思議さも芸の「一要素」としては大事ではないでしょうか?
> > と私は申しているのです。
>
> 不思議さが失われないようにするのがプロの努力です。
> 体験したことのない方には説明が難しいのですが、不思議さが増
> すものも多く存在します。
>

種明かしで不思議さが増す演技…構成可能です。
サカートリック風の演出はまさにその好例ですよね。
でも、世の中のマジックが「そういうものだけ」になってしまっては
つまらないのでは?というのが私の意見です。

「そんなことを言っているのではない、ほとんどどんなマジック
でも、『種明かしで不思議さが増す』演技が可能だ」と、
かんだがさんは仰るのかもしれません。
ある条件がそろった方になら、世の中のおよそどんなマジックの
現象も、「別法」で解決することができるかもしれません。
そう、その方の知識が豊富で、かつ技法の研鑚も欠かさなければ、
という条件です。

第1の方法でお客様に驚いていただき、すぐに種明かしして、
第2の方法でもう一度、心の底から驚嘆していただく。
必要ならそれも種明かしして、第3の方法で更にもっと驚いて
いただく。
そういう演技はもちろん可能でしょう。
でも、素材としてどんな現象を使っていても、それこそがここで私が
言っているところの「サカートリック風の演出」なのです。

「サカートリック風の演出」は諸刃の刃です。その演技を見せられた
一般の(=マジックの素養・知識のない、「観るだけの」)お客様の
うちの何割かは、次回からは他のマジックを見るときも、タネのこと
ばかり考えてしまうようになることが多いからです。
# 一方、マニアというか、マジシャンの観客に見てもらう場合には、
# 最高の演出(の1つ)になるだろう、とも私は思っています。

そういう演出ではなく、同じ現象を起こすために存在する数ある方法
のうち、演じる環境・前後のつながり・演技の中で強調したい点など
を勘案して、最善の方法を一つだけ選択して(時にはバックアップの
意味で2つまで→どちらか一方しか実際には使わない)、手順を
作り上げていくのが、一般に行われている方法だと認識しています。

# と、偉そうに書いていますが、自分はしがないアマチュアですから、
# 「数ある別法」を網羅的に存じているわけではありません。
# そういうことができる人は、そうやっている、ということを
# 知識として存じているだけです。

ところで、「サカートリック風の演出」がお客様に受け入れられない
ケース、というのが、どうもありそうなのです。

第1の方法でお客様に驚いていただき、すぐに種明かしをした。
その瞬間から、お客様はこちら(ステージ)を観てくれなくなった。
第2の方法でもう一度、現象を起こしたが、観てくれて居るのはごく
僅かのお客様だけ。

一般の(=マジックの素養・知識のない、「観るだけの」)お客様の
中でも、マジックの表現するファンタジーの世界がお好きで、
「手品のタネなんか知りたくも無い」と普段から考えておられる
お客様が、たまたま客席の大多数を占めていたときに、
上記の状況が発生します。
# マジックキャッスルのことを知っていて、訪問しようと考えるお客様
# の中なら、こういうタイプの方はかなり少数派だろうと考えます。
# なので、かんだがさんにはご経験がおありにならないかもしれません。

世の中の多くのマジシャンが、「サカー風」の演技を多用しない
理由は、どうもこの辺にもありそうだ、と私は考えています。

> (不思議・感動を区別して語るのには疑問があります)

かんだがさんのお使いになる言葉の中では、単に「感動」と
言ったとき、主として不思議が生み出す感動のことを指して
いらっしゃることが多いのでしょうか?
(この質問には、出来れば、YES/NO でお答えいただきたいです)

> > 上記の2点は、「…だからどうしたのですか?」みたい
> > な読み方しか出来なかったので、上記のようなお返事
> > しか書けなかったのですが、かんだがさんが書かれた
> > 真意は、どこか別のところにあったのかもしれません。
> > もしそうであれば、お手数ですが今一度ご説明下さい。
> >
> 出来ればお会いして・・・
> と言うのが本意です。
> お会いした方々は私の本意は解っていただいていると 思います。
> その上で、だから・・・と、おっしゃるのであれば、話は違います。
>

>
> 本人が言うのも何ですが、一度お会いしてマジックを演じつつ
> 語りたいと思います。
> 本当に良い意味で、会うと言うことはおどろくほどの進展が
> あると思います。

私の都合ばかりで申し訳ありませんが、今後しばらくは
なかなか時間が自由にならないので、お会いすることは
多分難しいだろうと予測してます。

朝9時に出社して、殆ど必ず22〜23時頃までは会社に居たり、
時には翌日の 2時/3時/4時 までぶっ続けで仕事をしていたり、
土日は公式には休みですが、どちらかは必ず休日出勤して
いたり、結構クレージーな労働環境で生活しているためです。
(だから体も壊しやすいのです)
私には家族も居るので、週に1日くらいは家族サービスを
…とか思ったら、それで余っている日はもうありません。
この掲示板に週1-2回も書込みをしたら、もう一杯一杯です。

将来、私の周囲の状況が変化したら、その旨ご報告しますので、
その時はぜひ会ってやって下さい。

> 忙しすぎて、レスが出来なくてすみませんでした。

こちらこそ、上のような事情でレスポンスがかなり遅くなると
思いますが、なにとぞご容赦の程、宜しくお願い致します。



お互い忙しい中…

投稿時間:01/08/31(Fri) 01:15
投稿者名:かんだが
Eメール:
URL :
タイトル:Re^3: No.25 かんだがさんへレスです

お互い忙しい中の書き込み。
レスが時間がかかるのは仕方ないこと、気長にやりましょう。
基本的に結論を急げば、いつかお会いしたときにでも、演技を
通じてと言う答えになってしまいそうです。

私はサッカートリックが好きです。
そしてそのプレゼンテーションもよく作ります。
しかし基本的に不思議を消失させないための手法として使って
いるつもりはありません。

また、アメリカのアクションやSFに代表されるように、おき
まりのパターンが、実は観客を退屈させないことも知っています。

そして質問の答えとして、不思議の生み出す感動は、原理が明ら
かになっても、色あせさせない方法があることも知っております。

そしてアマチュアやプロ問わず、望めば良き指導方針と努力によ
って、誰でもそれを目指せることを。
だから私にとってはどちらでもかまわないのです。
答えらしくここに書けば、どちらの要素も持ち、YES!
と言うことになると思います。

だから可能性を狭めてほしくないのです。
種明かしや、原理をあかすことが決してマジックの演技に妨げに
なるだけでないことも知ってほしいのです。

なかなか掲示板トークは難しい物です。
お会いできる日を楽しみにしております。

お仕事で体をこわさないよう、がんばって下さい。



かんだがさんへ

投稿時間:01/09/07(Fri) 00:56
投稿者名:横畑 徹
Eメール:fwpb7295@mb.infoweb.ne.jp
URL :
タイトル:No.39 かんだがさんへ

私からのレスがまたまた遅くなり申し訳ありません。
ご丁寧なレスを頂き有り難うございました。

以下、引用文の順序を適宜変えさせてもらっていますが、
この点についてご了承いただければ幸いです。

>お互い忙しい中の書き込み。
>レスが時間がかかるのは仕方ないこと、気長にやりましょう。

当方の事情をお察しいただきまして、誠に有り難うございます。
「気長に」話に付き合っていただければ幸いです。


>基本的に結論を急げば、いつかお会いしたときにでも、演技を
>通じてと言う答えになってしまいそうです。

>お会いできる日を楽しみにしております。

かわぐちさんのお書込みにもありましたが、要は
「一見に如かず」というお話ですよね。
長い眼で見て、いずれ機会が出来たら、お会いしましょう…と
いうことで、何卒宜しくお願い致したく存じます。


>私はサッカートリックが好きです。
>そしてそのプレゼンテーションもよく作ります。
>しかし基本的に不思議を消失させないための手法として使って
>いるつもりはありません。
>また、アメリカのアクションやSFに代表されるように、おき
>まりのパターンが、実は観客を退屈させないことも知っています。

私自身もサカーの演技は本来好きなのですが、
身の回りに好きではないお客様が少なからず居たことと、
私のサカーを見て喜んでいるお客様の中には、いつのまにか
手品のタネのことばかり気にして、現象を見ていただけなく
なってしまった方が少なからずいらっしゃったことを認識して
から、サカーをあまりやらなくなったという経緯があります。


>そして質問の答えとして、不思議の生み出す感動は、原理が明ら
>かになっても、色あせさせない方法があることも知っております。

>だから可能性を狭めてほしくないのです。
>種明かしや、原理をあかすことが決してマジックの演技に妨げに
>なるだけでないことも知ってほしいのです。

「種明かしや、原理をあかすことが決してマジックの演技に妨げに
なるだけでない」ことは、否定できないかもしれません。
でも、「(Aさんが)種明かしをして、原理をあかすこと」が
「(Bさんの)マジックの演技の妨げになる」ようなケースなら、
可能性としては結構ありそうだ、と、私は考えています。

種明かしのすべてを「あってはいけないこと」と一律に禁止すべき
ではないでしょう。私も、例えば奇術入門書の出版まで禁止すべき
とは、毛頭考えていません。

しかし、TV番組を制作/監修する立場にあるマジシャンには、
同業者の迷惑や、観客(たとえば私の身の回りにたまたま多い、
種明かしの嫌いなお客様も含む)に不快感を与える可能性を
考慮して、「諸方面にできるだけ配慮する」姿勢が欲しいものだ、
と考えたことが、6月の初めに、私が始めてこの掲示板に
書込みをさせていただいたときの動機でした。

私の頭の中には、「種明かしの目的は教育/啓蒙」「初心者向きの
簡単なタネを厳選して教えるべき」という2つの漠然とした指針が
ありました。
もちろん、グレーゾーンを探せばそういうものはいくらでも有り得る
でしょう。そのため、明確な線引きは不可能に近いであろう、という
想像も付きました。でも、「色々な立場の人に可能な限り配慮する」
という姿勢を、種明かしの「監修者」が *詭弁を弄さずに* 貫けば、
決して間違った方向には行かないのではないか?という漠然とした
思いがありました。

かんだがさんの昔のお書込みに、《古いカビの生えたタネにいつまでも
しがみついている、努力を怠ったマジシャンのことなど考えてやるに
値しない》みたいな主旨の御発言があったように記憶します。
(誤読や記憶違いならばご容赦下さい。ひょっとしたら他の方の
 お言葉でしたっけ…?)
私には、これは「配慮を欠いた」御発言のように見えてしまいました。

奇術協会の掲示板にあった瞳ナナさんの発言のように、事情によって
しかたなく古いタネを使うケースだってあるのに…と考えたからです。

更に言えば、 一般のお客様の殆どは、明かされたタネを正確に覚えて
などいないのです。
例えばある晩に胴切りの一方法を知ったら、翌晩に
別の原理の胴切りを見せられても、「全ての胴切りは『よく覚えて
いないがアノタネ』で解決がつくのだから」という間違った考えで、
全く手品の舞台を見てくれなくなるケースがあったりするのも、
私が種明かしに反対する理由の一つです。

上記のようなケースに鑑み、種明かしは、明かすタネのメカニズム的な
部分だけでなく、現象面でもプロの営業ネタに似過ぎていては芳しくない
(=配慮が足りない)と、私は考えています。(…あくまで私見ですが)
# 私が shoot さんの「サムタイ」に反対したのは、(今よく考えると)
# 主にこの理由からであると言えます。

反対に、「各方面への配慮に満ち足りていて、かつ啓蒙的な」種明かし
には、私はエールを送りたいとさえ思っています。

この話は結局、種明かしの是非というのは、ケースバイケースではない
のか?という話に落ち着きそうな気がします。
# …仮にこうまとめれば、かんだがさんのお考えも、もしかしたら
# これに近いのではないでしょうか?
# よろしかったら、御意見をお聞かせ下さい。


>お仕事で体をこわさないよう、がんばって下さい。

この点について、お互い様だと考えます。
かんだがさんも、どうぞお体をこわさないよう、がんばって下さい。


 
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