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01 迷子

 目覚めたら100年の歳月が経ち、見知らぬ女に喉に爆弾を仕掛けられていた。

 レイチェル・グルンワルド……俺はお前を殺したい……

「気分はどうだ?」

 後で束ねた黒髪を解き、頭を振ってレイチェルがこちらを見る。
 汚れた作業着から伸びた白く細い首から血管が透けて見えた。

 声質、肌の質感、顔立ちや体つきから年齢を推測する。
 20歳前後といったところだろう。顔にはまだあどけなさが残っている。

「気分? 最悪だねぇ。目の前に殺したい女がいるのに、殺せないんだぜ」

 片方の唇を吊り上げて、皮肉を言ってやった。

 胴体から頭を分離されているため、手を出せない。
 机の上に首だけ置かれてた今の状態ではレイチェルを殺せない。

「出力は問題ないみたいだな。CPUの状況も異常無し。
 私を殺したければ殺せばいい。そのかわり、お前の頭も吹き飛ぶ事になる」

 レイチェルは作業用のゴム手袋を外し、机の上に置きながらそう言った。
 感情を押し殺した高い声。
 ただし、緊張を殺しきれていないのかほんの少しだが声が震えていた。
 この女は怯えている。怯えているのを悟られないようにしている。

 レイチェルは作業着のポケットから小さな黒いケースを取り出した。

「この爆破スイッチは私の心臓が止ると、
 電波を飛ばしてお前に仕掛けた爆弾を爆破させる仕組みになってる。
 私を殺すと言う事は、お前も死ぬって事だ」

 そういってスイッチをポケットにしまった。

 レイチェルは俺の頭に刺さった複数のプラグを乱暴に抜き取り、
 手際よく胴体と首を連結させた。

 コネクトシステムにより接続された頭と体の連携が自動的に行われていく。

<<連結完了・各部異常無し>>

 CPUが連結完了を告げる。体に異常は無いようだ。

「疲れた……少し休憩する……」

 そういうとレイチェルはコンクリートの床を歩き、
 部屋の隅に置かれたロッキングチェアに座った。
 4度椅子を揺らして、深く目を閉じる。

 素早く近づけば殺せる距離だ。だが、俺は殺せない。この女を殺せない。
 喉の爆弾はこの女を殺せば爆発する。

 レイチェル・グルンワルド……お前の目的はなんだ?

 赤毛の髪をかき上げ、レイチェルを睨む。
 起動して間もない、出力はまだ100%復旧してはいない。

 手を開閉して動作を確認する。
 先ほどまで首から分離されていた体は、少し癖が付いていて動かし辛かった。

「私生活には問題ないレベルか……」

 コンクリートの床に設計図や、参考書が散乱している。
 足元に落ちている参考書を一冊拾って目を通す。

 左右のカメラから映し出される映像をCPUが0と1に分解して読み解く。
 どうやら、俺が100年間眠っていた間に、文化レベルは下がってしまったらしい。
 レイチェルが持っていた参考書はどれも子供レベルの内容だった。

 しばらくするとレイチェルが目を覚ました。
 ロッキングチェアから立ち上がって、大きく伸びをする。

「仕事に行くぞ。お前を復旧させるのに予想したより金が掛かったから、
 取り戻さないといけない」
「ああ、いってらっしゃい」
「テメーも来るんだよ!」

 右手を上げて挨拶すると、モンキースパナが飛んできた。
 首を曲げて攻撃をかわす。
 後でけたたましい音がしたが、どうせモンキースパナが壁に激突して、
 落ちていたパーツか金属片に当たった音だろうから振り向かないでおいた。

「スマートじゃないねぇ」

 肩をすくめて、レイチェルの後を追った。





 100年経って街並みはがらりと変わっていた。
 もう、車は空を飛べなくなってしまったらしい。
 車が地面の砂をかいて目の前を通り過ぎていった。

 砂漠化が進み、水不足が起こり、人々は水を大金で買うようになった。

 水の循環装置は研究され、技術はあがっているが、
 循環水ですら手に入りにくい世の中になった。

「つまり、水不足だから、水が高く売れる。もっともシンプルで儲かる仕事だ」

 砂漠を歩きながら、レイチェルが自慢気に説明した。

「それはそうと、車くらいねぇのかよ。人力車なんて、何億年前の文化だよ……」

 傷んだ人力車を押して歩く自分。その様はきっと奴隷の類と大差無いのだろう。

「愚痴ってんじゃねぇよ。水さえ手に入れば金は直ぐに手に入るんだ。
 そしたら、欲しいものなんて何でも手に入る。そう、欲しいものは何でも……」
「そういえば、取り分について話をしてなかったな」
「取り分?」

 レイチェルが怪訝な表情を浮かべる。

「当たり前だろ。共同作業で水を手に入れるわけだから、
 得た報酬は分配されるべきと考えるのが正しい判断だ」
「ふざけんな。お前は私が修理したんだ。金は全て私のものだ」
「だったらやめた」

 足を止めて、両手を広げる。

「爆破しろ」
「何?」

 レイチェルが眉根を寄せた。

「俺はお前の奴隷になるために作られた訳じゃないんでね。
 その上、この世に未練がある訳でもない。爆破してくれよ」
「何だと……!?」

 突然の提案。その内容を理解できないらしく、レイチェルが戸惑っている。
 お前に俺は殺せない。
 確信があった。レイチェルは俺を復旧させるために大金を叩いている。
 目の前に水を売って金を儲けるという目的がある以上、
 戦闘力である俺を破壊する可能性は極めて低い。

「スイッチ一つで爆破できるんだろ?」
「いいのか?」

 レイチェルが頬に汗を浮かべながらそういった。

「ああ、だが最後に聞かせてくれ。なぜ、従順な量産型アンドロイドではなく、
 旧世紀に作られた俺を復活させた?」
「……量産型アンドロイドは、5000万£。
 援護ロボットは欲しかったがとても手に入る値段じゃない
 偶然、廃屋の地下倉庫で眠っているお前を見つけて、
 修理すれば安く済むと思ったんだ」

 ……素直なのはいい事だが、あまりにも軽率な回答だ。

「偶然見つけて修理した?」

 俺はKK project S-type No.11だぞ?
 100年前の科学の推移を結集して作られたアンドロイドだぞ?
 偶然、それも、安く修理できそうだから?

「ああ、もちろん、お前の性格もある程度は解析済みだ。だから喉に爆弾を仕掛けた」
「俺達は、人間に従順でないアンドロイドだからな」
「仕方ない。お前は私の言う事を聞かない。爆破するしかないようだ」

 レイチェルがそっとポケットから親指大の黒いケースを取り出した。

「俺を殺せば、水は手に入らないぜ?」
「ああ、水が手に入らなければ私の人生も終わるから、同じ事だ。
 それに、その首の爆弾は半径3m圏内を吹き飛ばす。爆発したら私も死ぬ」

 冷たい声だった。絶望したような漆黒の瞳が先ほどまでと違い輝きを失っている。
 まるで底の無い闇を見ているようだ。

「何も、死ぬ事はないだろう。取り分を決めるだけだ俺が7でお前が3でいい」
「……」

 レイチェルが首を捻ってしばらく沈黙した。徐々に目の輝きが戻っていく。

「……そうだな。破壊する事は無いか。でも、その取り分はおかしい」

 レイチェルが黒いケースを作業着のポケットに仕舞い込み、
 左手を顎に当てて少し考える。
 黒い目を輝かせレイチェルが口を開いた。

「私が7でお前が3だ」
「いや、俺が7でお前が3だ」
「これだけは譲れない。私は金がるんだよ」
「さっきまで死のうとしてた奴の台詞かよ……」

 俺は首を左右に大きく振って、赤毛を掻く。

「わかった。いいだろう。お前が7で俺が3。その条件でいい」
「ケチな野郎だな」

 お前に言われたくない。

 ま、兎に角、取り分が発生するという目的は達成できた。
 取り分が9:1だろうが5:5だろうがあまり興味なかった。
 俺の目的は、手元に金が入ってくると言う事なのだから。
 世の中には欲しい物が沢山あって、それらはお金が無いと手に入らないのだ。





 空は青く、雲は無い。風は少なく、過ごしやすい天気だとCPUが判断した。
 体内発電機が太陽光を浴び、充電が行われていく。
 俺の体は太陽光で充電される。
 3日間太陽光を遮断されるとエネルギーが不足して停止する羽目になる。
 1日2時間は日に当たるのが望ましい、とその昔、博士が言っていた。

 レイチェルは地面にあぐらをかき、A3サイズの地図を広げていた。

「ここが、こうだから、こうなって、こうだから」
「早くしろよ」

 5分も待たされると、効率の悪さにCPUが熱を上げる。

「うるっさい! 黙ってろ!」

 甲高い鼻声でレイチェルが叫ぶ。

 俺はレイチェルの後ろから地図を覗き見た。

 地図には水獣の生息地が記載されていた。
 水獣とは、砂漠環境でも生息する、体内に血液などとは別に、水を保持して、
 喉が渇いた際に少しずつその水を消費して生きる生命体の事で、
 草木や大地からも水分を吸収し、植物を枯らす原因ともなる悪しき生命体である。
 化学実験の副産物で、研究所から脱走したものが
 繁殖したのがきっかけとなり、各地に広がった。

 水獣が体内に保有する水は綺麗で、そのままでも飲めるものが多い。
 稀に毒を含むものや、異臭を放つものがおり、それらの水は濾過しないと飲めない。

 ポンとレイチェルの肩に手を置いた。
 レイチェルが肩をこわばらせて、キャッと小さく悲鳴をあげた。

「レイチェル。今いるのはココで、水獣がいるのがココ。
 つまり……真逆に進んでる事になる」
「……」

 レイチェルが頬を膨らませてしばらく黙り込んだ。
 どうやら地図を読むのが苦手のようだ。

「道案内をしましょうか、レイチェル・グルンワルド様?」
「……頼む」

 レイチェルの屈辱に歪んだ顔を見るのは、気分が良かった。




 しばらく歩いていると、銃声が聞こえた。それもひとつではない。
 複数からなる銃声だ。銃撃戦が行われている可能性が極めて高い。

「戦闘か!?」

 レイチェルをちらと見る。

 足が震えてやがる……

 銃声を聞いただけで震えるなんて、そんな神経で水獣を狩るつもりだったのか?

「レイチェル、銃を貸せ」
「銃? そんなもんねぇよ」

 甲高い間の抜けた声だった。

「何?」

 こいつ、銃も無しで戦う気だったのか?

「銃も無しでどうやって水獣と戦う気だったんだ?」
「そりゃ、お前がなんとかすると思って。
 それに銃が必要だったら出かける前に言うだろ普通」

 ……ダメだ。こいつ。

 深く息を吐いて、銃声のほうを見る。
 ここからの距離は推定530m。

[拡大 > 左カメラ -> 980%]

 カメラを9.8倍に拡大。

 1対3か。車の後ドアが壊され、そこから武器が落ちているのが見える。
 武器商人とおぼしき一人と、それを取り囲むようにして3人。
 対峙したまま硬直状態が続いている。

「レイチェル。武器が手に入りそうだ」
「金はないぞ。お前の修理で無一文なんだから」
「そんなもん、不要だろ。命の恩人には謝礼が支払われるもんなんだからよ」

 唇を吊り上げ、銃声の方向へと駆けつける。人間3人程度は素手で倒せる。
 雑作も無く盗賊を倒し、武器商人らしき人物に立ち寄る。

「あんたが誰だか何てことは詮索しない。欲しいのは銃と金。
 ほんの少しでいい分けてくれるよな?」
「助けてくれて感謝する。私はマイル・マーカー。
 武器を運ぶところを盗賊に襲われてしまって、
 どうしようかと困っていたんだ」

 高い声と低い声が混じったような声音。
 表情ひとつ変えずマイルはそういった。
 白い肌に金髪黒目。やや釣り気味の大きな目。まつげが長い。
 背が低く、170cmあるか無いかだろう。

 取り囲まれて命の危険にさらされていたというのに、表情一つ変えない。
 ただの商人というには少し肝がすわりすぎのようだ。

 冷静を装い、俺は話を続けた。

「そうか、それは良かった」
「それにしても、砂漠を移動なんて、旅行でもしているのか?」

 マイルが黒い瞳でじっと俺のカメラを覗き込んだ。

「まぁ、そんなところさ、武器に困っていてね。何でもいい、銃と弾丸をくれ」
「渡した武器で私を撃たないでくれよ」
「殺す気だったら、とっくに素手で殺してるぜ」

 かすれた笑い声が、砂漠に消えていった。

「それもそうだな。銃をやろう。そのかわりと言ってはなんだが、
 車を盗賊に壊されてしまったので、街まで送ってもらいたい」

 マイルのショートボブの金髪が風になびく。
 中世的な顔立ちは、笑う事も表情を和らげる事も無かった。

「おい……お前……勝手に行動するな……はぁはぁ」

 レイチェルが駆けつけてきた。

「安全に、そこそこの金が手に入りそうだぜ。
 ここから街までいくらで護衛をしようか。なぁ、レイチェル?」
「護衛? 何の話だ?」
「車が壊れたので街まで護衛して欲しいんだとよ」
「そういう事か。そうだな100万£は欲しいな」

 レイチェルがしれっとした顔でそういうと、
 マイルが表情一つ変えずに淡々と口を開いた。

「100万? 冗談にしては笑えない額だな」
「そうか、ならまぁ、10万くらいか」

 レイチェルががっかりしたような声音でそういった。

「武器なら、あと2、3持って行って構わないから、1万£でお願いできないかな」
「まぁ、いい。1万と武器で街まで送ってやる」

 レイチェルが両手に腰に手を当ててそういった。
 無力なレイチェルが、威張っているのは、あまりいい光景とは思えなかった。

「マンキーヘッジとサニーチップ、弾はノーマル弾でいいな?」

 マンキーヘッジはマンキーヘッジ社製の自動拳銃だ。
 マイルが見せたのはマンキーヘッジ21。2千百£で購入できるからその名が付けられた。
 成人男性の一般月収の1/10程度で購入できる安価な銃だ。
 携帯用に設計されているため、装弾数が8発と少なく、精度もあまり良くないのがネックだ。
 世界水準の9mm弾を使用できる拳銃。

 サニーチップはサニーチップ社製の回転式拳銃。世界水準9mm弾を使用できる。
 マイルが見せたのはE02で、サニーチップ社製の銃の中でも抜群に命中精度の高い銃だ。

「悪くねぇな」

 サニーチップを手に取り、銃弾を詰める。

「そうだろう。運送中の武器の中でも上質なものを選んだからな」

 マイルが口元を緩めた。

 俺はサニーチップの回転弾倉に弾を込める。
 サニーチップE02は弾が5発しか入らない。
 装弾数が通常の回転式拳銃にくらべて少ない。
 デザイン性と性能を重視したためだ。
 その代わり、弾速が極めて早く、長距離でも威力を発揮する。
 見た目は細長くシャープだ。シルバーのボディがキラリと輝いている。
 回転弾倉の回転速度がやや遅いのが難だが、信頼性は高い。

「試してみていいか?」

 銃口をマイルの額に向けてみた。
 マイルは表情ひとつかえず、気配を感じさせないまま、
 いつのまにか銃を構えていた。

「君も吹き飛びたいなら、構わないが、あまり利口な判断とは思えないな」
「……冗談だよ。ケルベロス……良い銃だ」

 J&W――ジェットウェッジ――社の開発した漆黒のリボルバー。
 弾は世界水準の9m弾。
 100m圏内では圧倒的な命中率を誇る事から地獄の番犬の名が付けられた。
 命中精度、弾速、シリンダーの回転速度、全てがサニーチップを上回る。
 ただし、引き金が重いのが難点で、素人ウケはしない。
 どちらかといえば玄人向けの銃だ。

「お目が高い。この銃を知っているなんて」

 マイルと俺は、ほぼ同じタイミングで銃を下げた。

「それだけの腕があれば、盗賊なんて倒せただろう?」
「ああ、そのつもりだった」

 マイルにもらった腰ベルトにつけるホルスターを装着し、
 サニーチップE02を仕舞う。

 マンキーヘッジはレイチェルに渡したが、彼女は気味悪がってマイルに返した。
 かわりに銃弾をもらった。
 50m飛ぶと爆発するM8弾10発と、人間10人を貫通するM2弾6発。
 それに、ノーマル弾60発。

 これだけあれば、しばらく戦闘に困る事もないだろう。

「じゃあ、護衛なんていらないんじゃない?」

 レイチェルが疑問符を浮かべた。

「ああ、護衛じゃなくて、街まで送っていってもらいたいんだ。
 この武器をその荷車で」

 マイルの武器を荷車に移し、俺たちは街へと戻った。
 荷車を運ばされた屈辱で、俺のCPUが熱を上げていた事は言うまでもない。




 街に戻ると、迎えが飛んできた。
 マイルが通信機で連絡を取り、迎えを呼んでいたのだ。

 迎えは1台。白塗りの重装甲自動車から短い黒髪の男が降りてきた。

 ベース型の輪郭に無精ひげ。目は切れ長で、鼻先が細くとがっている。
 唇は紫色に近く、艶は無い。背は175cm前後だろう。
 クロン国の警察服である白い防弾ジャンバーを着ている。

「よう、坊主。派手に襲われたそうじゃねぇか」

 男は擦れた声でケケケと笑った。

「ホワイト!? 警察だったのか!?」

 レイチェルが目と口を大きく開けて、
 マイルと白塗りの重装甲自動車――ホワイト――を交互に見た。

「ああ、言っていなかったか。私は警察だ。
 彼はジュード・アイアンメルト、私の上司だ」

 ジュードが柔らかく笑ってペコリとお辞儀をした。

「ご苦労だった。約束の金だ。あと銃も持って行け。売れば金になるだろう」

 マイルに1万と、安物の銃を2つ貰った。
 どちらも量産型のもので、どこでも手に入る代物だ。

「ゴードン、ウッド、とっとと運べ!」

 ジュードが大声を上げると、重装甲自動車からデブとノッポの二人が飛び出し、
 荷車に積んだ武器を車へと運び始めた。

「武器の輸送は任せろ。あれ、見かけない犬だな」

 犬というのは俗語のひとつだ。
 賞金稼ぎや、用心棒の事をドッグと呼ぶ。

「ああ、砂漠で襲われたときに助けてもらったんだ」
「助けてもらった? お前が?」

 ジュードが怪訝な表情をした。

「まぁいいか。これやるよ」

 ジュードが俺に四つ折にした紙を渡した。
 指名手配や迷子など、賞金の出る案件が小さく記載されている。
 警察から民間へ向けた捜査依頼書だ。

 レイチェルが攻撃的な口調で「貸せ」といって俺から依頼書を奪い取った。
 メモリにキャプチャ画像があるので、問題ない。

[複製 > 磁気ディスクA:\画像 = 記憶装置 -> 画像[87] ]

 念のためハードディスクにチラシの画像を保存しておいた。

「マイル君、俺さぁ、超多忙なんだよね。
 悪いんだけど迷子の捜査よろしく」

 ジュードが馴れ馴れしくマイルの肩に腕をやり、胸ポケットに紙切れを押し込んだ。
 マイルは別段表情を変えるわけもなく、無表情のまま「ああ」と頷いた。

 ジュードは車へと向かって歩き出す。
 思い出したように「あ、そうそう」といってこちらを振り向いた。

「赤いリボンを首につけた小猿を見つけたら捕まえてくれよ。
 彼女のペットでさ、預かってたら逃げちゃって、バレたら殺されちまうんだよ俺」

 マイルは「ああ」と頷いた。

「じゃ、よろしく!」

 ジュードが重装甲自動車の窓からウィンクする。
 重装甲自動車は街の中へと消えていった。

「まだ時間はあるな。一緒に手伝ってもらえるかな迷子探し?」

 マイルが胸ポケットから捜査依頼書を取り出し、俺を見た。

「金さえ貰えれば文句はないが」

 ちらとレイチェルを見ると、彼女は腕組みしてこういった。

「10万だ」
「賞金は20万£だから。それだと損だけど問題ないかな?」
「大有りだ!」

 レイチェルの甲高い声い叫び声が辺りに響き渡った。

「無事に迷子を見つけたら20万£お渡すよ」
「警察ってのはもっとケチかと思ってたぜ」

 レイチェルが腕組みして怪訝な表情でマイルを凝視した。

「たまたま親御さんがお金持ちだっただけだよ」

 マイルは無表情のまま肩をすくめた。





 警察というのは規則が厳しいらしく、俺達のような賞金稼ぎは、
 警察の車には乗せてもらえないらしい。
 仕方なく、ピンクの軽自動車を買った。
 2万5千£だったところを2万£に値切って買った。
 一般人の平均月給程度の金だ。銃を売った金で購入できた。
 中古でボロいが、動くからOKだろう。
 迷子が見つかればもっといい車が買える。
 それまで動けば問題ない。

 太陽は15時の位置。
 俺は軽自動車の助手席からぼうっと外を眺めていた。

 レイチェルの荒い運転で、車が揺れるたびに処理落ちする。
 視界が断片的な映像になって、不気味だ。

「もう少し優しく運転できねぇのかよ?」
「うるっさい! 黙ってろ!」

 車の運転に慣れていないのか、レイチェルは腕をピンと伸ばし、
 目をきょろきょろさせている。どうやら緊張しているらしい。
 前を走るマイルの乗るホワイトを追いかけるので必死のようだ。

 3匹目のサソリが前輪の餌食となった。
 レイチェルはサソリを轢いた事など気にもとめず、運転を続けている。

「本当にこの方角であってんのかよ?」

 レイチェルが質問してきた。

「西の方角に進むっていってたからあってるぜ」
「おかしいな、西はあっちだろ」

 レイチェルが北北東を指差した。

「方向音痴。西はあっちだよ。目の前のホワイトのいるほう」
「本当かよ……」

 不安そうな声でレイチェルが小さく愚痴った。

 方向音痴の癖に疑い深い。レイチェルは典型的な道に迷うタイプの人間のようだ。
 CPUが方向音痴の処方箋を検索しようとしたので、強制終了させた。
 出口の無い思考地獄にはつきあってられない。

 突然、車が大きく縦に揺れたかと思うと、間の抜けた音が鳴った。
 速度は徐々に落ち、ゆっくりと停止する。

 どうやらエンジンがやられたらしい。

 車から降りると、エンジンが黒煙を上げていた。

「止ってんじゃねーよ! このポンコツ!」

 レイチェルが勢い良く車を蹴ると、黒煙の勢いが増した。

「おい、やばいぞ!」

 レイチェルの腕をひっぱり、車から離れるように走り出す。
 後で轟音が鳴り、爆風で吹き飛ばされる。
 レイチェルを抱き衝撃からかばった。





























 上半身を起こして、爆発した車のほうを見た。

「爆発してんじゃねーよ!」

 四つんばいで、レイチェルは右手で地面を殴りつけた。

 トドメを刺した本人の言葉とは思えない。

 殴った右手が痛かったのか左手で擦っている。

 遠くのほうで異変に気づいたのか、ホワイトが止っていた。

「ん?」

 爆発した車の方を良く見ると、砂に隠れていた一角に怪しい鉄の扉を発見した。

「地下への入り口か?」

 ゆっくりと近づいていき、そっと扉を開いた。
 地下へと続く階段。

「レイチェル。先に行けよ」
「死ね!」

 ボルトが飛んできたので右手で掴んで、階段へ投げた。
 コロコロと転がり落ちていく。特に仕掛けは無いようだ。

 車のエンジン音がこちらへ近づいてきた。
 マイルの乗るホワイトだ。

「良く発見したね。この辺りが誘拐犯が逃走した方角なんだ」

 マイルは辺りを警戒しながら、感情を帯びない声でそういった。
 右手には拳銃ケルベロスが握られている。

「ま、まあな」

 レイチェルがえへんといった。
 慣れない動作なのか様になっておらず、どこか間抜けに見える。

「あれ、でも、迷子の捜査だったんじゃねぇのかよ?」

 レイチェルが疑問符を浮かべた。

「迷子の事件とは別件でペットの誘拐事件が多発していてね。
 私はこの迷子も誘拐犯にさらわれたと推測していたんだ」

 レイチェルが顎に手を当て、怪訝な表情でマイルに問う。

「誘拐って、こんな変な場所までつれてきて、いったい何をする気……?」
「さぁ、それは潜入してみないとわからないね」

 マイルは相変わらずの無表情だった。

 地下へと続く階段。数段先は暗闇に覆われている。

「09、私は今から地下の調査を行う。見張りを頼む」

 ホワイトの操縦席で、量産型の護衛アンドロイドがコクリと頷いた。
 装甲むき出しのボディ、目の位置に一台だけカメラが取り付けられ、
 口にはスピーカー。人間とは程遠い。

「護衛アンドロイドは素直だな」

 レイチェルが目を輝かせ、アンドロイドを見つめていた。

「そうだな。ただ、従順過ぎて不便な事も多いけどね」
「私のはまったく言う事を気かなくて困る」
「お前が馬鹿だからだろ」
「なんだとこの野郎!」

 レイチェルと俺の殺意が交差する。

「交換する?」

 マイルのその一言で、空気が凍りついた。

「交換……?」

 レイチェルが口をパクパクさせている。

「初めて見た時から目をつけていたんだ。
 彼はとても利口だし優れたアンドロイドだと思うよ」

 俺はちらりとレイチェルを見た。
 レイチェルの反応を見てみたかった。

「考えとく」

 小さな声だった。そのままレイチェルはうつむいて押し黙った。




 日光を遮断された闇に覆われた地下通路を、
 マイルの懐中電灯の明かりを頼りに進む。

 天井は175cm程度と低く、デコボコしているため、
 気を抜くと頭をぶつけてしまうので要注意だ。
 頭をぶつけないようにしゃがんで進む。

 頭上に気をつけないで歩くマイルとレイチェル。
 背が低いのはこういう狭い場所を移動する時に有利だ。

 頭を外して手首のコネクタと接続するか?
 緊急時の戦闘で不利になるので却下。

 自問に対してCPUが即座に回答を出した。

 しばらく進むと広い部屋へ出た。
 圧迫感から開放され安心したのか、レイチェルがふうと息を吐いている。

 スイッチの入るような音が鳴ったかと思うと、
 部屋の天井に設置された照明が一斉に明るくなった。

 部屋の奥に白衣を着た男が立っていた。
 ひょろ長い身体に白髪頭。耳かきのようなシルエットだった。

「良くココがわかったな」

 しわがれた声だった。肺活量が少ないからなのか聞き取りにくい。

「エムトン博士。やはり貴方でしたか」
「知り合いかよ!」

 レイチェルが地団駄を踏んだ。
 マイルは意に介さず語りだした。

「砂漠化が進み、住処を失いつつあった我々人類は、
 地下への移住を考え地下都市を建設していた。
 だが、太陽光を遮断された環境での生活による問題点や、
 地上での生活の安定化が図られた事によって、この計画は10年前に中止された」

 エムトンは白髪頭を掻き毟った。

「そうだ。お前達のような愚鈍な者達は恐れたのだ。
 この完全なる地下都市計画を、お前達は問題があると見捨てたのだ!」

 声からは怒りや憎しみのような感情がこもっているように思えた。
 ……といってもデータベース化された情報から推測しただけに過ぎないが。

「それで、誘拐犯になったのか? 話が見えねぇ」

 オイルの不純物を口から吐いてそういってやった。
 粗悪品のオイルはダメだ。直ぐに不純物が溜まる。
 帰ったらまともなオイルを買おう。

「ははは。お前達が見捨てたこの地下都市研究だが、
 私は地下でひっそりと研究を続けていたのだ。
 生命が生存できるかを実証するために様々な動物を住まわせた。
 軟弱な動物達は太陽光を遮断されただけで数ヶ月で死んでいった。
 それもそうだろう。もともと地下での生活に適した身体ではなかったのだからな。
 そこで私は考えた。地下で生活できる生命体を作ればいいのだと」
「おい、おかしいぞそれ。だって人間が地下に住む計画だったんだろ。
 日の光に当たれなくても生活できるように工夫するだろ普通」

 レイチェルが矛盾点を見つけた興奮からか、
 子供のように無垢な声でそういった。

 エムトンは頭を掻き毟り、地団駄を踏んだ。

「うるさいうるさい! お前達のような下等で愚鈍な生命体は死すべきなのだ。
 これからは私の生み出した新たな生命体がこの世界を支配するのだ!」
「おかしい、おかしいってそんな事……」

 レイチェルが複雑な表情でエムトンを見つめていた。

「頭が良すぎるとああなる人もいる。深く考えるだけ無駄だね」

 なんの気配も無く、突然の銃声。
 白衣の右太もも部分が赤く染まっていた。

 幾ばくかして、嗚咽と叫びを混ぜたような不快な声が洞窟に響いた。

「ちくしょうちくしょう……」

 地を這ってエムトンはポケットからスイッチを取り出した。

「行け、サトゥルヌス!」

 洞窟の奥にある扉が開き、全長2mはあろう人型のモンスターが現れた。
 全身は毛に覆われている。

「新型の改造モンスターだ。私が作った改造モンスターを皆殺しにしたほどの怪力だ。
 ははははは。お前達はもう助からんぞ!」
「まさか、誘拐した子供を……」

 レイチェルが身体を抱きしめ、震えている。

 サトゥルヌスと呼ばれたモンスターは、迷うことなくエムトンの身体を握りつぶし、
 頭から口に入れた。後は肉の潰れる音と骨の砕ける音。

 レイチェルは力なく地面にしゃがみこみ泣いていた。

「殺るか」

 ホルスターからE02を取り出し、構える。
 ノーマル弾を5発仕込んである。

「ま、待てよ! あの子、子供だったんだぞ!」

 レイチェルが唾を飛ばした。

「あんなガキと親を対面させてどうする?
 元の生活に戻れるとは思えねぇけど?」
「だからって、殺すなんて……」
「こっちに気づいたようだな。もう遊んでる暇はないぜ。
 いいか、あいつはバケモノだ。
 確かに改造される前は人間だったかも知れないが、今はただのバケモノだ」
「マイル、何とか言ってくれよ」
「残念だけど彼の言う通りだ。
 バケモノにされた子供を見せられる親の身にもなってあげなよ。
 ここはバケモノを殺して、子供は既に死んでいた事にしてあげるのが最善だよ」
「おい、お前ら……そんなの、そんなのおかしいって……」
「部屋の奥に元に戻す薬があるかもしれない。
 だから、殺さないで。頼む」

 レイチェルの腕が足に絡みつく。
 鬱陶しいので払いのけた。
 レイチェルが地面を転がっていった。

「仕方ないM14弾を使うか」

 マイルが半透明の弾を取り出した。
 M14弾。麻酔弾だ。皮膚が堅い動物でなければ大抵眠らせられる。
 身体にダメージを残さないように特殊な樹脂で作られているため
 ノーマル弾より高い。

 マイルの放った弾は巨大猿の左腕に当たった。
 地面にバケモノが倒れしばらくすると静かになった。

「制限時間は3時間。早く奥に行くよ」

 マイルはレイチェルに手を貸し起き上がらせた。

「ありがとう」




 洞窟の奥には研究機材が並べられた部屋があった。
 鉄の骨組みで守られた壁にタイルの貼られた床。
 室内にあるものはどれも年月を経たせいか薄汚れていた。

 部屋の奥、ベッドで子供が眠っていた。

「リック・ジョンソンだ」

 マイルは胸ポケットから捜査依頼書に貼ってある写真と見比べた。

「間違い無い」
「だったら、さっきのは……」

 レイチェルが眉根を寄せ、首をかしげた。

「ただの猿だとよ」

 エムトンが使っていたであろうデスクに置いてあった
 手紙をレイチェルに見せびらかした。

「猿?」
「ガキ、起きろ。帰るぞ」
「あれ〜おじさん誰? ねぇ、エムトンおじさんはどこ?」
「お兄さんだ」

 ガキの頬を軽くつねってやった。

「ねぇ、おじさんどこにいっちゃったの。
 僕、おじさんにたくさん遊んでもらったんだ。
 目が覚めたら積み木で遊ぶって約束したんだよ」

 赤毛の少年の無垢な瞳が鬱陶しかったので睨みつけてやったら
 泣き出して余計に鬱陶しくなってしまった。




 クロン国の入り口。辺りはすっかり闇に包まれていた。
 常夜灯の明かりが細々と灯り、申し訳程度に輝いている。

「ありがとう。助かったわマジで」

 ジュードが小猿を入れた籠をマイルから受け取った。

「左腕の怪我を知ったら彼女怒るかな、
 でもいなくなったよりはマシだよな」

 モンスターにされていたのは小猿だった。
 モンスターになっていたときは体毛に隠れて見えなかったが、
 元に戻した時に千切れた赤いリボンがついていたので、
 ジュードの探していた小猿だとすぐにわかった。

 ホワイトに乗ったジュードはあっという間にいなくなった。

「元に戻す薬まで用意して、自分の作ったモンスターに殺されるなんて、
 なんかおかしい」

 レイチェルが腕組みして、複雑な表情をしている。

「俺の喉に爆弾仕掛けてるお前が言う台詞かよ」

 赤毛をポリポリかいて愚痴ってやった。

 レイチェルがむっとした表情で俺を睨みつけてきた。

 傍らでマイルが淡々と話し始めた。

「最初から死ぬ気だったんだよ。連続するペット誘拐事件の際も少年の誘拐事件の際も
 エムトン博士は証拠品を多く残していた。
 もしかしたら、もっと早くに見つけて欲しかったのかもしれない。
 自分ではダメだとわかっていても、どうしても止める事ができなくて、
 助けを求めていたのかもしれない。
 きっと彼は人生という道に迷ってしまっていたんだと思うよ」

 相変わらず感情のこもらない声だったが、マイルの表情が少しだけ悲しそうに見えた。
 一緒にいたせいか、マイルという人間が少し理解できてきた。
 こいつは……感情がないんじゃなくて、表現の仕方がわからないだけなのかもしれない。

 それはそうと、これだけは言っておきたい。

「他人を巻き込んだ自殺なんて、迷惑な話だぜ。死ぬならこっそり死ねよ」

 新しいオイルの蓋を開け、口に運ぶ。

<<補充率89%>>
<<補充率99%>>
<<補充完了>>

 良質のオイルは喉越しが良かった。
 喉というのは正確にはパイプの事だが……

「約束の報酬だ。また、仕事があればお願いするよ」

 マイルに50万£もらった。札束をもらうと口元が綻んでしまう。

 子供の救助20万£ + 狂った科学者の退治30万£だ。

 さよならは味気なかった。
 またなといって別れた。マイルは街角に消えていった。

「レイチェル。一つ聞いていいか」
「ん?」
「護衛アンドロイドと俺を交換するんじゃなかったっけ?」
「……」

 沈黙の後、レイチェルの目が大きく見開かれた。

「ああー! 忘れてたー!」

 両手で頭を抱え、レイチェルの大声が街に響き渡った。




 帰り道、手に持ったペンライトを乱暴に振り回し、
 レイチェルは愚痴を延々と繰り返していた。

「せっかく、護衛アンドロイドが手に入るところだったのに
 お前が思い出すのが遅いせいでタイミングを逃しちまったじゃねぇか。
 まったく、このクソ野郎」
「なぁ、レイチェル。それはそうと帰り道、こっちであってんのか?」
「え、当たり前だろ」
「俺の記憶からすると、家はあっちだぜ」

 進行方向と真逆だ。

「早く言えよ馬鹿!」
「お前が勝手に歩き出したから付いてきたんだろうが、この方向音痴!」
「何ー!」

 レイチェルは今日も道に迷っている。

END

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