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02 子供

 高架下の太い柱の中をくり抜いて作った倉庫。
 それを改造して作ったむき出しのコンクリート部屋。
 天井は低く、手を伸ばせば届く距離。壁や床にところどころヒビが入っていた。
 部屋のほとんどは作業部分にとっており、
 奥にプラスチック製の薄い間仕切りで簡易に仕切った狭い空間が2つある。
 どちらもベッドを2つ置ける程度の広さだ。
 ドアのかわりにカーテンがかかっている。
 間仕切りの高さが俺の顎先までしかないので、
 真っ直ぐ立つと、レイチェルの部屋を覗く事ができた。

「覗いてんじゃねーよ!」

 甲高い怒鳴り声とモンキースパナが勢い良く飛んできた。
 モンキースパナは手前の間仕切りに当たって跳ね返り、
 ベッドの上に座るレイチェルを強襲する。
 レイチェルは「きゃっ」と小さな悲鳴を上げ、咄嗟に両手で顔をかばう。
 モンキースパナはレイチェルの足元に落下し、
 コンクリートと金属のぶつかる音を数回立ててから静かになった。

 レイチェルはこれから寝るつもりだったのか、
 上はタンクトップで下は下着姿という格好をしていた。
 色は全て灰色で統一されている。

 白く長い足の右太もも、ひざ小僧の右上にホクロがあった。
 胸はおまけ程度にしか膨らんでいない。
 栄養が足りていないのか全体的に痩せている。

 レイチェルの白い顔が急激な速度で赤へと変わり、俺の顔を睨見つける。
 ベッドから立ち上がり、肩を怒らせて裸の足でコンクリートの床を歩き、
 落ちたモンキースパナを膝を曲げずに拾い「ふう」と息を吐く。

 突如、伸縮したバネが開放されたように、上体が起き上がった。

「死ね!」

 勢いのついたレイチェルの右手、モンキースパナが俺の顔へと接近する。
 右手でその攻撃を受け止める。

「レイチェル、大変だ。俺のベッドがない」

 その台詞は、想定範囲外だったのか、レイチェルは怪訝な表情を浮かべ、
 数瞬考えた後に大きく口を開いた。

「そんなもんあるか馬鹿野郎!」
「お前のそれ、俺にくれよ」

 俺のカメラはレイチェルの部屋にあるベッドにピントを合わせていた。

「嫌に決まってんだろ!」

 コンクリートむき出しの壁に、甲高い怒鳴り声が反響した。

「チッ、ケチな奴だな」
「ベッドぐらい自分の金で買え。ちゃんと報酬だって分けてやってんだろ」
「ああ、そうする」

 お前には期待しない。使えない女め。ベッドは自力で手に入れる。

 俺はゆっくりとレイチェルの身体を指差した。

「早く寝ろよ。そんな格好で突っ立ってたら風邪ひくぜ」
「……」

 レイチェルはほぼ下着姿の自分の姿をしばらく見つめ、
「覗いたら殺す」といってベッドに横たわりシーツを頭まで被った。

 昼間の誘拐事件や騒動、それに今まで一人で俺の修理をしていた事など、
 蓄積された疲れが出たのだろうか、すぐに寝息が聞こえてきた。

 まず、レイチェルが死ねば俺が死ぬという状況から、
 敵がいても俺が撃退せざるを得ない状況であるのは確かだし、
 俺がレイチェルを殺す事はできないのだから、
 レイチェルが熟睡できるのも当たり前といえば当たり前だった。

 俺はゆっくりとコンクリートの床に腰を下ろした。
 アンドロイドである俺に睡眠という概念はなく、
 あるのは省エネのためのスタンバイモードだけだった。
 博士曰く、常にCPUやメモリ、ハードディスクを稼動した状態でいると、
 消耗が激しくなるため、定期的に休ませてやるほうが機材に優しいらしい。

 そんな言葉はクソ食らえだ。

 さてと、俺は喉に仕掛けられた爆弾をどう外し、
 レイチェル・グルンワルドを殺すかを計算した。

 まず、爆弾が爆発する条件だ。

 1)レイチェルの心臓が停止し、
  リモコンが心停止の電波を受信して爆弾へ爆破命令を送信する。

 2)レイチェルがリモコンのスイッチを押す。

 どちらにしてもリモコンの電波圏内に俺が存在している事が条件となる。
 先ず、リモコンの有効範囲がどの程度かを確認する必要がある。
 それに、心停止後にセンサから爆弾へと直接電波を送ってくるという
 条件が存在するかについても確認しなければいけない。
 今ある情報だけでは不確定要素が多すぎる。
 計算はそれらの情報が手に入ってからだ。
 となると、今すぐにレイチェル・グルンワルドを殺す事は不可能。

 まぁいい。時間は沢山ある訳だし、ゆっくりと計算すればいい。

『急いでいる時ほど冷静であるべきだ』

 博士がよくいっていた台詞だった。
 もっとも、その台詞をいっている本人に
 一番落ち着きが無かったという事が、とても皮肉だったのだが。

 さて、明日は買い物にでも出かけるか。
 着ている服は100年前のデザインで今の流行とは程遠い。
 それに、ところどころ傷や汚れが目立つ。

 夜の時間は長く、退屈をもてあました。
 コンクリートの床に落ちている参考書を手に取り、目を通す。
 探知機の作り方が載っていた。

「ドラゴンレ……読めねぇよ」

 表紙が汚れていて、名前が読めなかった。

「時間潰しにはいいかもな」

 棚から必要な材料を取り出し、退屈な時間を潰した。





 体内時計は9時2分。買い物に行くために錆びた鉄のドアを開けようとしたところ、

「おい、どこ行くんだよ! コラ、話を聞けよ!」

 後方からレイチェルの甲高い怒鳴り声が響く。

 チラと後を振り向くと、寝癖の付いた頭と、
 下着の上にタンクトップ姿のままで、俺を後方から睨みつけている。

「買い物。一緒に来るか?」
「ダメだ、お前は私の傍にいろ。逃げる気だろ!」

 レイチェルの甲高い声がマイクに響く。唾が顔に飛んでくる。
 白く細長い手が俺の襟首に近づいてきたので、右手でさっと叩いた。

 体を触られるのは好きじゃない。

 レイチェルが俺を憎憎しげに睨みつけた。

「こいつが付いてんだ」

 俺は爆弾の仕掛けられた自分の首を指差す。

「逃げられる訳ねぇだろ。ちゃんと戻ってくる」
「嘘だ! お前は逃げる気だ! 行ったら爆発するぞ!」
「だったら一緒に行くか? 出発は30分後だぜ」
「……」

 レイチェルは腕組みして考え込んだ。
 時折、組んだ腕のまま、空いている左手の指先で髪の毛を弄ぶ。
 唇を尖らせ、うーんとうなったり、チラと俺を見たり、独り言を呟いたり。

 それでまず5分が経過した。この女は時間の使い方が下手なようだ。
 瞬時に判断できないのだろうか。

「残り25分だぜ。まず、着替えてから考えろよ」

 レイチェルは自分がほとんど下着姿だった事を思い出したように、
 自分の姿を見た。

「……そうだな」

 入り口近くにある流し台で、足元に置いたプラスチック製のゴミ箱の蓋を開け、
 中に入っている水でタオルを濡らし、顔や身体を拭いた。
 恐らくは雨水だろう。濾過装置を通せば飲み水にもなる。
 雨の日に外に出してき、日常の生活で使用するのは100年前も今も同じようだ。

 レイチェルは棚に置いたマウスウォッシュを荒っぽく手に取り、うがいをする。
 仕草には美しさや繊細さはなく、品のなさが見え隠れしていた。
 レイチェルは床に脱ぎ捨てた作業着を無造作に拾い、
 着込んだ後、寝癖直しのスプレーを髪に吹きつけ、髪の毛を数回撫で付けた。

「よし、準備できたぞ」

 レイチェルが腕組みした。

「じゃ、行くか」

 レイチェルが肩眉を吊り上げた。

「誰も行くなんていってないだろ!」

 俺はゆっくりドアへと進む。

「コラ! 話を聞けって! おい!」

 親鳥についてくる雛のように、レイチェルが俺の後を追ってくる。
 歩幅が違うためかレイチェルは早歩きで、その足音は忙しない。

 さてと、まずは服を買いに行くか。





 ショッピングモールの一角。男女両方の服が揃う店。
 天井全体が照明となっており、室内は明るいオレンジに照らされている。
 木目調の壁とワックスの効いた薄茶色のフローリングの床が温かみを感じさせる。

 棚と棚との間隔を広くとっているので、開放感がある。
 壁際の試着室でレイチェルは着替えていた。

 カーテンが開く音がして、顔をそちらへと向けると、
 作業着から真新しい服に着替えたレイチェルが、
 頬をほんのり赤くして落ち着かないように、服の裾を両手で触っていた。
 周囲に自分を笑う者がいないかを捜すように、目をきょろきょろとさせている。

「作業着しか着てなかったから、なんか落ちつかねぇな」

 声には少し照れが混じっているようだった。

「作業着よりは全然綺麗に見えるぜ」
「……何だよ、気持ち悪りいな」

 素直に喜べよな。

 レイチェルは自分で服を買う気はさらさらなかった。
 俺は、作業着なんてダサい格好の女と一緒に歩くのは、
 死ぬ事よりも苦痛なので、白い長袖のシャツと黒いスラックス、
 それに白い運動靴も買い与えてやった。
 お陰で俺は襟の高い高級で気品に満ちたシャツしか買えなかった。

 レイチェルに買ってやったのはセール品のそこそこまともに見える服だった。
 それでも、結構な額になる。お陰で俺の財布には小銭しか残っていない。
 また、金を稼がなければならない。

 前回報酬の50万£の3割、つまり15万£が俺の取り分だったわけだが、
 そのうちの14万6千2百£をボディパーツの修理に
 あてがったため手元は僅かな金しか残っていなかった。
 ただし、今まで感じていた動きや反応の鈍さは若干改善された。

「この格好のほうが、賢く見えて、交渉もうまく進むんだな?」

 作業着が落ち着くから服はいらない。
 そう言うレイチェルに服を着せるため、俺は見た目の大切さについて教えてやったのだ。
 作業着よりも普通の服のほうが、一般ウケは良い。
 沢山金を稼ぎたければ私服を着る事だと。

「当たり前だろ、作業着の女じゃ色気もねぇし、
 まあ今でもそんなに色気はねぇけど」
「そんな事、言われなくても知ってる」

 レイチェルがうつむいて、とても悲しげな表情をした。

「でも、見た目だけは綺麗だぜ」
「ムカツク!」

 レイチェルの顔が真っ赤になり、甲高い声が店内に響いた。
 昼真っから恥ずかしい女だ。

『人間、中身が大切なんだよ。中身が』
『博士、僕はロボットです』
『……』

 そんな昔の事を思い出した。あれは確か博士と買い物に……

<<左足・軽度の衝撃>>

 カメラから映し出される映像が揺れた。

「イテテ……」

 子供の声。どうやら、足にぶつかったらしい。
 見ると10歳前後の男のガキだった。赤い髪と、ソバカスが印象に残った。
 ボロボロになったシャツと、膝までしかないジーンズを履いている。

「ごめんなさい。余所見してたから」

 俺はガキの襟首を掴み、持ち上げた。
 もともと細かったガキの狐目が更にに細くなった。

「財布、返せよクソガキ」

 地面に叩きつけ、腹へ蹴りを入れる。
 苦痛のうめき声が聞こえ、左手に隠し持っていた俺の財布が落ちた。

 立ち上がり、逃げようとするガキの足を払って倒れさせる。
 背中を踏みつけ、逃げられないように力をいれた。

「俺のお気に入りの財布が汚れちまったぜ」

 ガキの身体を地に縛り付けている右足には力を入れたまま、
 ゆっくりと上半身を下げる。
 燻し銀のドクロが3つ並んだ長方形の黒皮の財布を右手に取り、
 2回叩いて埃を落としてから、ズボンのポケットに仕舞う。

「このまま足に力を入れれば、背骨が折れる訳か」
「やめろ!」

<<左胴・軽度の衝撃>>

 レイチェルの甲高い声が聞こえると同時に、体を押された。
 衝撃で足がガキの背中から離れた。俺はレイチェルの髪を掴んで払いのけ、
 逃げようとしているガキの後襟を掴んで、こちらへと引っ張っり、腕を掴んだ。

「やめろ、離せ!」

 ガキが大声で怒鳴り、俺の手を振りほどこうとして暴れている。
 だが、子供の非力な力では俺の手から逃れる事は出来ない。
 その様は罠に掛かった獣を連想させた。

「暴力はやめろ。まだ子供じゃねぇか!」
「財布泥棒だ。警察を呼べ」
「やめて、警察は嫌だ。助けて」

 店内の客や店員がこちらに注目していた。

「とにかく、話を聞こう。何か理由があるはずだ」

 レイチェルが俺を諭すようにそういった。
 混乱しているのか、声と手が震えている。

「理由なんて関係ねぇだろ。俺は財布を盗まれたんだぜ」

 先ほどまで暴れていたガキが、観念したように動くのをやめた。

「ごめんなさい。どうしても、お金が必要だったんです」

 ペコリと頭を下げた。

「ガキだからって容赦しねぇよ。それにそんな嘘が通用するなんて思うな」

 ガキは大きく首を左右に振り、大きな声で懇願した。

「嘘じゃないんです。僕のお姉さんがもうすぐ死んでしまうんです。
 身よりもなく、二人で生活していて、僕の面倒を見てくれて、
 身体を悪くして、もうあまり長くは生きられないのですが、
 最後に、最後に美味しい水と食べ物を食べさせてあげたいと思って……」
「良い奴じゃねぇか」

 レイチェルが感動したように目を輝かせた。

「ちょっとは疑えよ……人間なんて嘘で出来てんだぜ?」

 だが、レイチェルは俺の忠告に耳を傾けようとはしなかった。

「私は信じる。お前は性格が歪んでるから人を信じる事ができねぇんだ。
 かわいそうな奴だな。一生孤独に生きていけばいい」
「首の爆弾さえ外してくれればそうしてやるぜ」

 レイチェルが俺をギロリと睨んだ。
 その後、気を取り直してガキに向き直る。 

「借金のせいで金はねぇけど、そうだ水を探しに行こう。売れば金になるし。
 ええと、お前名前なんだ? 一緒に来い。そしたら報酬をやるから」

 レイチェルの目が輝いた。
 ガキの体がビクリと震える。

「え、でも……そんな……」

 一歩、後へと後退する。ただし、俺が腕を掴んでいるため、逃げられはしない。

「姉さんにいいもの食べさせてやりてぇんだろ」
「う、うん……」

 どこか落ち着かない様子で、歯切れの悪い返事を返す。

 レイチェルはガキの肩に手を置いた。

「よし! だったら、ついて来い。私に任せろ!」

 肩から手を離し、右手をガキに差し出し、握手を求める。

「レイチェル・グルンワルドだ」
「僕は……ニ、ニッキー。よ、よろしく」
「本当か!? パパと同じ名前だ。変な偶然だな!」

 レイチェルの黒い瞳が宝石のように輝いた。





 レイチェルは7万£をで中古の軽トラックを買った。
 店の親父と仲が良いらしく、お世話になっているそうだ。
 ロボットに必要な道具やパーツは、案外車屋に多く売られているらしい。

 借金返済のためあまり多くの金は使えないらしい。
 車くらい新品を買えよと思う。

 砂漠を軽トラックが進んでいく。
 レイチェルの運転は荒く、車が大きく揺れるたびにCPUが処理落ちした。

「何で俺が荷台で、ガキが助手席なんだ……」

 CPUが熱を上げていた。

 ふと、カメラが移動物体を捉えた。

≪全長98.8cm・幅40.3cm・茶色・距離70m≫

 CPUがデータを分析していく。

「レイチェル! 止れ!」

 荷台から飛び降り、腰のホルスターから銃を抜いた。
 処理落ち対策として、着地の際に頭への衝撃を減らすため、
 全身のクッションを使い衝撃を和らげる。

 急ブレーキの音が後で鳴る。チラと後を見ると砂煙が上がっていた。

 標的にカメラを戻す。
 子供ほどの大きさのある茶色い生命体。水リスだ。
 人に害をなさない数少ない水獣で、頬に水を溜め込み乾季に備える。砂漠の常連だ。

 右手に握り締めた銃E02の細長いシルバーのボディが太陽光を反射してキラリと輝く。
 ノーマル弾を5発詰めている。

 水リスは頬の水袋さえ撃たなければ、水の回収は楽に行える。
 水の積載量が少ないのがたまに傷だが、難易度の低い水獣だ。

 銃を水リスに向ける。左手は添えない。
 奇襲の際に片手が開いていたほうが有利である事と、
 見た目の華やかさの問題からそうしている。

≪ターゲットロック完了・命中率95.2%≫

 引き金を引くと、爆発音と火薬の香りが漂った。
 まだこちらに気付いていない水リスの背中に弾丸が食い込む。
 身体が宙に浮いて、どさりと地面に倒れた。
 足払いをされて倒れされる人のような動きに似ていた。

 銃口から上がる煙を口から空気を送り出して吹き飛ばす。

「やるじゃねぇか、相棒」

 E02の使い心地は悪くなかった。

「殺ったのか!」

 レイチェルが目を輝かせている。

「ああ。だが、水リスだぜ、水の積載量は約1.2リットル。それほど対した量じゃねえよ」
「なんだ、つまんねぇの」

 レイチェルがつまらなそうな声でそういい、「ふう」と息を吐いた。

 軽トラックで仕留めた獲物のところまで移動した。
 服に血が着かないよう服の袖をまくり、
 極力血が付かないように気をつけながら水リスの後ろ首を掴んで持ち上げた。
 水リスはまだ暖かく、息をしていたので喉を絞めて殺す。
 弾丸の当たった背中よりも、腹の方に大きな穴が開いてる。
 身体から溢れ出る血は体毛に絡み付いていた。

 水リスの口の中に手を突っ込み、2つある頬袋を剥がす。
 剥がす際に骨が折れるような独特の音が鳴った。
 吐血した血が手に付着したが、後で拭うので気にせずに作業を進める。
 口と繋がる細い管の部分を括って水が漏れないようにする。
 作業完了。

 手洗いジェルを手につけ、タオルで血を拭った。
 ぬるりとしたこの液体をつけると、血が綺麗に落ちるのだ。
 車屋に寄った際に、どちらも買っておいたのだ。
 正確には金が足りなかったので、付けで買った。

「こ、これで姉さんに美味しい水をあげられるよ。ありがとう。早く帰ろう!」

 ニッキーが満面の笑みを浮かべた。今にも飛び跳ねそうな勢いだ。

「こんな量じゃ、金にならねぇよ。まだ時間もあるし、もう一匹くらい探そうぜ」

 俺が提案すると、ニッキーが大きく首を横に振った。

「ね、姉さんには、時間がないんだ!」

 声はどことなく震えており、それが独特の嘘臭さを感じさせる。

「そうだぞ。馬鹿じゃねえのか。水が手に入ったんだから急いで帰るぞ」

 レイチェルとニッキーが急いで軽トラックの席についた。
 俺は渋々荷台に戻り、水の入った頬袋でお手玉して時間を潰した。
 頬袋は丈夫に出来ており、皮のような丈夫さと柔軟さを持ち合わせているので、
 慎重に扱う必要はまったくない。
 お手玉にも飽きたので、静かに砂漠の景色を眺めていたら、街に到着した。

 地面は舗装されておらず、むき出しの硬い土の上を軽トラックは走り抜けていく。
 レイチェルは相変わらず方向音痴で、高架下の部屋とは明後日の方向に進んでいる。

「よし、家まで送ってくぞ」
「ここでいいよ。家はすぐ近くなんだ」

 高性能のマイクのお陰で、荷台にいながら、
 レイチェルとガキの会話する小さな音を聞き取る事ができた。

 車を停め、ニッキーとレイチェルが車から降りた。 

 荷台に座る俺の方にレイチェルがやってきた。

「ジャック! 水袋を渡せ!」
「ほらよ」

 水袋を投げると「あわわ」といってレイチェルが両手を伸ばした。
 水袋はレイチェルの手の上で3度飛び跳ねてから静かになった。

 まるで、最後の悪あがきのようだ。

「じゃ、報酬の水袋1個」

 レイチェルがニッキーに水袋を手渡した。

「私も、付いていく、最後まで、見届けさせてくれ。一人じゃ不安だろ」

 俺は荷台から飛び降り、二人の様子を眺めた。
 レイチェルの気持ちとは裏腹に、ガキはどことなく落ち着かない様子だった。

「そこまで、してもらわなくても、いいよ……」

 ゆっくりと後ずさり、レイチェルから距離を取る。

「だって、それに、」

 表情を強張らせて、

「姉さんが死ぬなんて……嘘だから!」

 ニッキーは回れ右して一目散に逃げていった。

「え?」

 足音が少しずつ遠くなっていき、徐々に小さくなっていく。

 レイチェルの口から間の抜けた声が漏れる。「え」と「へ」の中間の音だ。
 面白いのでしばらく眺めていた。
 5分が過ぎ、10分が過ぎた頃、ゆっくりとレイチェルが動き出した。

 右手で左の鎖骨を撫で、肩で荒く息をしている。
 良く見ると足がガクガクと震えているし、左手の拳には力が入っているように見える。

「だから言っただろ。人間は嘘で作られてるんだって」
「うるさい! 黙れ! 死ね!」

 レイチェルは俺の脚を蹴りつけ、鉄のボディの硬さに負けて、
 しゃがみこんでダメージを受けた足を擦った。

「ちくしょう。ちくしょう。あのガキ、ぶっ殺してやる。ちくしょう!」

 レイチェルは地面を腕で何度も殴りつけた。

「安心しろよ。ガキの服に発信機を取り付けてやったぜ」

 レイチェルは顔を上げ、怪訝な表情を浮かる。
 そして、まるで聞き慣れない言葉を聞き返すような声音で、

「発信機?」
「参考書を読んで作ったんだ。見てみろ。
 このピコピコ光ってるところがニッキーのいるところだ」

 手のひらサイズの長方形の形をした探知機をレイチェルに見せる。
 緑のディスプレイに等間隔で上下左右に白い線が入っている。
 真ん中が現在地を指しており、発信機をつけたガキの居場所が、白く点滅している。

 参考書に描かれていた形とは少し違うが、
 パーツが無かったのであるもので代用したらこの形になったのだ。

「どうやって作った?」

 今にも殴りかかりそうな勢いで、レイチェルが俺に問いかける。

「そりゃ、本見て作ったに決まってんだろ」
「違う! 材料だ! 材料をどこで手に入れたって聞いてんだ!」
「そりゃ、部屋の引き出しに入ってたの使って」
「死ね、ポンコツ!」

 レイチェルは俺の腹を殴り、鉄のボディの硬さに負けて、
 しゃがみこんでダメージを受けた拳を擦った。

 馬鹿につける薬が欲しい。





 貧困層の集まるエリア。立ち並ぶ民家の壁や窓はヒビや穴が開いており、
 地面にはゴミや木の枝などが散在している。
 道行く人々の服装はどれも薄汚く、
 慢性的な栄養失調のためか、痩せていてどこか元気がない。
 一軒だけ不気味なほど芝の伸びた家があり、そこがニッキーのいる場所だった。

 芝を掻き分け、静かに窓へと移動した。
 レイチェルの白い肌が草に負けているらしく「かゆい、かゆい」と小声がうるさかった。

 窓にかかるカーテンの隙間から、俺とレイチェルは並んで中の部屋を覗いた。
 向こうからだと俺達はカーテンに隠れて目立たないはずだ。

 薄い壁と窓ガラスが半分割れているせいか、声は聞き取りやすかった。

「姉さん、今日は頑張って働いたから、食べ物を沢山買えたよ。果物もあるよ」
「ありがとう。トーマス。まさか悪い事をして手に入れたんじゃないんでしょうね?」

 ガキの名前はトーマスか。なるほど。やはりニッキーというのは偽名だったか。
 偽名を使っていた事は薄々感づいていたし、特に驚く事ではなかった。

 レイチェルを横目で見やると、目が大きく見開かれていた。
 小さく動く唇の動きを読む。

 う そ つ き や が っ た な こ ろ し て や る

 レイチェルの殺意とは裏腹に、姉弟のささやかな会話は続く。

「そんな事ないよ。働いたお金で買ったんだ」

 水と果物の乗ったトレイを、部屋の机の上に置き、姉に向き直る。

「そう。私の目が見えないばかりに苦労させてごめんね。
 事故で亡くなった父さんや母さんにも迷惑ばかりかけて、
 私のせいで……みんなに苦労かけてしまって……」

 見えない弟を捜すように、両手を伸ばし、辺りを探る。
 トーマスは姉の手をとり「ここにいるよ」といった。

「いいんだよ。僕は姉さんが笑ってくれれば、それだけで幸せなんだから」
「ごめんね、私、何もしてあげられなくて」

 少女の嗚咽が聞こえる。トーマスの姉の肩が小刻みに震えている。

 横をチラと見ると、レイチェルも泣いていた。
 唇をへの字に曲げ、奥歯を強く噛み締め、眉間に皺が寄り、
 涙と鼻水が垂れて落ちていく。

 あろう事か、レイチェルは服の袖でそれを拭った。

 買ったばかりの、それも俺の金で買った、新品の服でだ。
 その思考回路が理解できない。CPUの熱が上がる。

 ただ、ひとつだけ方針は決まった。
 レイチェルにハンカチを与えなければいけない。
 そうすれば服は汚れずに済むだろう。

「さて、それじゃ、最後の仕上げだな」
「しあげ?」

 俺は玄関へと移動し、ベルを鳴らした。
 しばらくするとドアが開き、ニッキーが顔をだしたので、
 素早い動作で捕まえる。

 叫べないように口を押さえた。
 捉えられた魚のように腕の中で暴れまわる。

「レイチェル。殺すなら今だぜ」

 レイチェルは「ふう」と息を吐き、小さく首を横に振った。

「もう、いいんだ」
「チッ。つまんねぇ奴だぜ」

 レイチェルはトーマスを見つめた。

「なんで、嘘なんて付いたんだよ。最初から言えばいいのに」

 トーマスの動きが止った。落ち着いたようなので口を押さえていた手を離してやった。

「ごめんなさい。お姉さんがあまりにも優しかったから、僕、怒られるのが怖くて……」
「馬鹿だな。最初からちゃんと話せば、こんな事にならなかったのに」
「ごめんなさい。僕、一人で怖くて。
 僕が警察に捕まっちゃったら姉さんを守れないし、
 だから、だから、悪いと思っていたけど、嘘をついちゃったんだ」

 今までと違い、真っ直ぐにレイチェルを見つめていて、不審な点は見られない。

「嘘は良くないぞ。今度からはちゃんと正直に話すんだぞ」

 さっきまでガキ殺すといっていた人間の台詞とはまるで思えない。

「お姉さん、僕、悪い事しちゃったね。どんな罰でも受けるよ。
 でも、姉さんだけは助けて欲しいんだ。
 このままここにいたら、一人になって何もできないから」
「もういいよ。終わった事は。でも、ちゃんと仕事見つけないとダメだぞ。
 人の物を盗んだりするのは良くないんだから」
「うん。でも、仕事が無くて……」

 トーマスは俯いて、地面に落ちていた石を蹴った。

「知り合いに親切な車屋さんがいるから紹介してやるよ」
「本当に!」
「ああ。場所は、3シティの5-5だ。赤い車の看板が目印だからな。
 話はつけておいてやる。そこもダメだったら、他のところ探してやる」
「うん。明日、行ってみるよ。ありがとう!」

 トーマスは人懐こい笑みを浮かべ、レイチェルに抱きついた。
 レイチェルはトーマスの頭を優しく撫でた。

「どんなに辛い状況でも、いい事を続けてたらきっと幸せになれるんだ。
 だから、トーマスも真面目に働くんだぞ。
 悪い事ばかりしてると罰が当たるんだからな」
「うん。わかったよ。僕、真面目に働くよ」

 今までの孤独や不安を感じさせない希望に満ちた声。

「ねぇ、お金がもらえたら、きっと恩返しするからね!」

 帰り際、元気な声と、明るい笑顔でトーマスは手を振った。
 これからの将来への希望と、仕事が出来る喜びなのだろうか、
 不安の色は見られなかった。





 夕暮れの帰り道、レイチェルは上機嫌らしく、鼻歌を歌っていた。
 足取りもいつもと違い、弾むように靴が地面を蹴っている。

「ご機嫌だな」
「そんな事ねぇよ」

 声が弾んでいる。リズムを取るように身体は左右に揺れている。
 口元が上向きの半円形に釣りあがっている。

 ご機嫌じゃねぇか。

「なぁ、喉の爆弾の話なんだけど、お前の心臓が止った場合、
 心臓のセンサから直接電波が俺の爆弾に飛んできたりするのか?」
「それは無いな。リモコンからしか電波は飛ばない」
「じゃあ、リモコンがなければ俺の爆弾は爆発しねぇのか?」

 だったら殺し方は無数に存在する。

「ああ、そうなんだ。リモコンが無いと爆発しねぇよ」
「そのリモコンの射程範囲ってどんくらいなんだよ」
「そんな事、教える必要ねぇだろ」

 耳障りな鼻歌が続く。

「そんな硬い事いうなよ」
「あー、それと、リモコンは私の体にも仕込んであるから、
 実際のところ、私の心臓が停止すれば……ボンってなる」

 レイチェルがニヤリと笑った。

「でも、爆弾が爆破せずに私を殺す方法はいくつかあるんだ」
「方法?」
「教えてやらねーけどな。それに、その爆弾は私しか外せないようになってるから、
 私を殺して逃げたりしたら一生爆弾と生活していく事になるぞ。
 あと、お前みたいな複雑なアンドロイドを修理できる奴なんて、
 世界中できっと数える程しかいないんだし、私を殺しても得はないはずだ」

 レイチェルの話はあながち間違いではなかった。
 アンドロイドにはメンテナンスが必要だ。
 レイチェルをすぐに殺すのはあまり得策とは思えない。
 となれば、油断させるか、心を開かせて爆弾を外させるのが無難。
 もしくは、新しい技術者を捜す。

「私はパパを捜してるんだ。もし、パパが見つかったら、お前の爆弾を外してやるよ」
「パパ?」
「行方不明なんだ。もうずっと。技術者だった」

 レイチェルが後ろで手を組んで、オレンジ色に染まった空を見上げた。

「そんな生きてるか死んでるかわからない奴を捜すために、俺を目覚めさせたのか」
「馬鹿な話だろ」

 レイチェルが自嘲気味な笑みを浮かべた。

「爆弾を外したらすぐにお前を殺すかも知れないぜ」
「殺されないように外してやるし、自由にしてやるよ。
 そのかわり、もう修理はしてやれなくなるけどな」

 どことなく悲しげな表情。
 俺はレイチェルから目をそらした。

「よし、まずは借金返済からだ。明日も頑張るぞ!」

 腰に手を当てて、レイチェルが自分に言い聞かせるようにそういった。
 俺は周囲を見回した。相変わらず恥ずかしい女だ。

 レイチェルは鼻歌を再開した。
 音程がところどころ微妙にズレるのが不快だった。





 翌朝、水売りだけでは生計が難しい事に気付き、
 仕事を探すためレイチェルと街の掲示板へと向かう途中、
 人だかりが出来ていたので、ふと立ち止まった。

 何やら騒々しい。

「撲殺だってよ」
「えー死体?」

 街の一角で子供が死んでいた。
 人ごみが邪魔をしてレイチェルの背丈では見えない位置だ。

 小さな声を拾った。

「子供の死体らしいぜ。どうも、危険な奴らから財布を盗んでたらしい。
 それがバレて……ほら結構噂も広まってたから足がついちまったんだろ」
「まだ小さいのに。なんでも姉さんが盲目で、身よりもなかったっていうぜ」
「ああ、あのトーマスとかいう……」

 小さな声だったのでレイチェルには恐らく聞こえていないだろう。

「何ぼーっとしてんだよ。いったい誰が死んでんだよ」

 レイチェルの甲高い声がマイクに響く。
 俺は振り返ってレイチェルの目を見た。
 掲示板のある方角をチラチラと見ているところを見ると、
 死体への興味はあまりなさそうだ。

「ただの乞食だろ」
「なんだ。つまんねーな。とっとと行くぞ」

 レイチェルは唇を尖らせ、先へと進んで行った。

「ああ、そーだな」

END

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