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ナンバージャック
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04 絶 『予定とは狂うものである』 博士がよくいっていた台詞だった。 もっとも、「予定を狂わせた本人がいう台詞か?」 という疑問は誰もが抱えていたが…… 首から下を隔離された状態で待つこと2時間19分3秒。 頭に沢山のコードを取り付けられ、机の上で待たされ続けている。 作業用の粗悪なベッドの上にボディが寝かされている。 レイチェルは髪を後ろでまとめており、作業用のゴーグルをはめている。 汚れた作業着に身を包み、工具を手にして、うーんとうなっている。 「うなる暇があったら手を動かせよ」 「うっせー! 黙ってろこのガラクタ野郎!」 「だったら、俺の電源落としとけよバカ」 「かわいそうだから、わざわざ電源つないでやってんだよ! ちょっとは感謝しろ!」 頼んだ憶えはねぇよ。こんな事になるなら、 いっそのこと電源を落としてくれたほうがいい。 「あーダメだ。やっぱり壊れてる! もう!」 レイチェルは投げやりに、工具を床に投げ捨て、両手を上げた。 コンクリートむき出しの床を跳ね、工具が甲高い悲鳴を上げて踊りまわった。 油で汚れた床はお世辞にも綺麗とは言い難い。 「最初からいっただろ。左腕がぶっ壊れたって。制御系がやられてんだよ。 ボディ自体は問題ねぇんだって。 つまり、お前が使った約2時間20分は無駄だったわけだ」 「うっさい!」 話を聞かない女だった。早く殺したい。 俺の首に爆弾を仕掛け、利用しようとする女。 レイチェル・グルンワルド……俺は必ずお前を殺す。 「ったく、壊れてんじゃねーよポンコツ! どうすんだよもう! 修理するにも金なんてないってのに……」 レイチェルは作業用手袋をつけた手で頭を抱えた。 ぶつぶつと呪文のように愚痴をこぼしている。 「しばらく片手で生活しろ」 「笑えない冗談だなそれは」 「冗談じゃないし、笑えねぇよ」 レイチェルが首を左右に振ってから、ゴーグルを外し、後ろで纏めた髪を開放した。 ふわりと黒い癖のある髪が広がって、重力に従うようにいつもの形に収まる。 「機動力が30%は下がるぞ。まともに戦え……」 「うっさい。そんな事は知ってる。もう、疲れてんだから黙ってろ!」 レイチェルは地団駄を踏んで、自室へと向かっていった。 カーテンを力強く開閉する音が聞こえて、しばらくすると寝息が聞こえてきた。 「寝たか?」 俺の首と胴くらいつなげてから、寝ろよ。 仕方が無いので、朝がくるまで、スタンバイモードで待つことにした。 <<視覚センサ作動>> CPUからの出力メッセージにより、思考ルーチンが覚醒を始める。 裸電球が部屋を薄暗くく……薄暗く照らしている。 もともと倉庫を改装して作作作……作ったこの部屋に窓はなく、 ドアに取り付けた小さな硝子からほのかに光が差し込むだけだ。 <<出力60%回復・音センサ作動>> 「起きろポンコツ野郎! 金を稼ぎに行くぞ!」 レイチェルが俺の肩を揺さぶり、甲高い声で唾を飛ばす。 ナチュラルウェーブの黒髪が俺の体にまとわりつく。 俺は強引に腕を払いのけ、鉄のベッドから上半身を起こし、 レイチェルを睨みつけた。体に触られるのは好きじゃない。 <<出力70%回復・スピーカー起動>> <<左腕異常・エネルギー供給自動カット>> 「ったく……」 胴体と首は接続されているようだが、左腕が無い。隔離されている。 しばらくは片手で生活しなければならない。 早く金を手に入れる必要がある。 <<重心補正・完了>> 身体のバランスというのは繊細だ。 腕一本なくなっただけで補正がいる。 補正をしなかった場合、普通に歩行する事も困難になる。 「レイチェル。水獣を探すのには時間がかかる。 ひとつ提案がある。もっとも効率的な方法だ」 「なんだそれ?」 レイチェルが腕組みしたまま、目を大きく開いた。 「銀行を襲……」 「犯罪じゃねーか!」 モンキースパナが立ち上がったばかりで、 動きの悪い俺の頭に直撃した。 <<頭部・軽度の衝撃>> 「左腕の次は頭まで壊す気か?」 「グダグダ言ってねーで仕事探すぞ!」 「はいはい。わかりましたよ。レイチェル・グルンワルド様」 「なんかムカツク!」 レイチェルがキーキーわめいているのは無視して、 ゆっくりと、ベッドから降りる。 昨日の帰りに買った服をそのまま着ているようだ。 黒いパーカーと黒いパンツと白いスニーカー。 金銭的に余裕がなかったので、安物で我慢する事にした。 値段の割には、デザインは妥協できるラインだった。 「その服、可愛いな」 珍しくまともな服をレイチェルが着ていた。 白いロングブーツとデニム地のショートパンツ。 白いパーカーは胸元に薄ピンク色でハートがデザインされている。 インナーのグレーのシャツもシンプルだが存在感があっていい。 「なんだよ、気持ち悪い……」 レイチェルが顔を赤くしながら、怪訝な表情を浮かべる。 それから、自分の服をチェックするように下を向き、 しばらくすると、上目使いに視線を向けてきた。 「変かな?」 |
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「値札がついてる事を覗けば、まともな格好だぜ」 「ええー!」 レイチェルが慌てて自室へと戻っていった。慌しい奴だ。 値札を取り終えたレイチェルは、衣装はまともだが、 髪の毛がぐしゃぐしゃになっていた。 服は着る人を選べない。それはとても残酷な事だ。 「早くしろよ。とろとろしてると日が暮れちまう」 右手だけで銃をホルスターから出し入れする。 左腕を欠いた分、重心補正は行ってあるが、 いつものように滑らかな動きはでていない。 「……」 言い返せなかった事が悔しいのだろうか? レイチェルが無言のまま、眉間に皺をよせている。 ドアを開くと、カメラからの映像が真っ白になった。 調節によって、徐々に景色が見えてくる。 「眩し!」 後ろで、レイチェルも目をやられたらしい。 今日は快晴のようだ。 「よし、それじゃあ行くか。銀行を襲い……」 「し・ご・と・さ・が・し!」 レイチェルの甲高い声がマイクを強襲する。 高音域を無効化する処理を入れるかどうか、 真剣に考えたほうがいいのかもしれない。 軽トラックで大広場へ向かう途中、車が黒煙を吐き出し、音を立てて崩壊した。 「あああああ……」 まだローンが残っていた事がそれほどショックだったのだろうか? レイチェルは奇怪で間抜けな声を漏らしていた。 寂れた公道で黒煙を上げ炎上する軽トラック。 レイチェルは腰が抜けているらしく、 地面にくず折れたまま、立ち上がれないでいる。 「振り出しに戻っただけだ。車はまた買えばいい」 「……でも、でも……」 目が充血して潤んでいる。 黒髪をくしゃくしゃとかいて、ぶつぶつと小さな声を漏らしている。 声には力がなく、か細くて心細い、まるで子犬の鳴き声のようだ。 「金なんてもう、ねぇんだ。稼いだ金は借金の返済で、 手元に金なんて残ってねぇから。もう車は買えないんだ」 「レイチェル……車が買えなかったら盗めばいいだろ?」 バカな奴だな。 「犯罪じゃねーか! バカ! バカ! 死ね! お前が全部悪いんだ。お前なんかいなけりゃ全部うまくいってたんだ! 拾ってくるのがお前みたいな変な奴じゃなけりゃよかったんだ! ちくしょう! ちくしょう!」 地面を手で殴りつけ、怒りをぶつけるレイチェル。 「お前なんか、お前なんか」 レイチェルが赤くした目で俺を睨みつけてきた。 「壊すのか?」 「……」 沈黙。呼吸の上がったレイチェルの肩が、素早く上下している。 「もういい! お前なんかいらない!」 レイチェルが肩を怒らせて、歩いていく。 「おい、俺の爆弾を外してからどっかいけよ!」 慌てて後を追い、細い左手を掴んで引き止める。 引き剥がそうと暴れるレイチェルを、片手で何とか押さえ込む。 レイチェルは俺の手を振りほどこうと暴れながら、怒声を上げた。 「そうだ! そうだったんだ! お前と出会ってから不幸続きだ。 ったく。なんで今まで気付かなかったんだ!」 「おい、いい加減……」 そのとき、音センサが左後方から、人の声を拾った。 「早く殺して」 「わかっている」 震えた声。緊張の色合いが強い。 レイチェルが強引に腕を動かし、甲高い怒声を上げる。 「離せよ!」 俺はレイチェルの腕から手を離す。後ろを振り返って声のする方を見る。 岩陰に隠れていて、声の主を見る事が出来ない。 「何してんだよ。コラ!」 レイチェルがヒステリックな声を上げるが、それは無視しておく。 小さな声でレイチェルに警告する。 「少し黙ってろ。状況が変わった。怪しい奴がいる」 音センサは人間の可聴域よりも優れている。些細な音を逃さない。 少し移動して岩陰に潜む声の主を探すため、 そっと銃を抜き、ゆっくりと足を進める。 足元に落ちた石を蹴らないように注意しつつ、一歩、また一歩と前に進む。 「この子が眠っている間に、ねぇ、早くしてちょうだい」 「本気なのか? 本当に殺すのか……」 緊張。声の震えが尋常ではない。 人影が見える位置まで移動した。こちらは傾斜の影に潜んでいるので、 向こう側からこちらを見るのは至難の業だろう。 人影は男と女。男も女も汚れた服を着ていて、どちらも細身だ。 両者ともジーンズをはいている。 男の足元に白い布をぐるぐると巻いたような物体が転がっていた。 「生まれてくる時代が悪かっただけよ。ねぇ、早く殺してしまいましょう」 「だが……この子は……」 「私達が生きていくにはそうするしかないの。ねえ、お願い。早くして」 どうやら、生活苦のため、子供を殺すようだ。 生活苦で我が子を殺すというのは良くある話だったし、 極秘裏に始末しようとしているところを見ると利口な夫婦のようだ。 足音。レイチェルが俺の傍に静かにやってきて、小声で囁く。 「おい、一体何があったんだ?」 「対した事じゃねーよ。生活苦の夫婦が子供を殺そうとしてるだけだ。 早く大広場に行って仕事を探すぞ。こっちは車が壊れ……」 話が終わる前に、レイチェルは駆け出していた。 「止めろ! 赤ちゃんを殺すなんて絶対ダメだ!」 慌てたのは男と女。 足音か声が原因かは定かではないが、 子供が目を覚まし、大声で泣き出した。 「な、あんたには関係のない話だろう! こら、何をする!」 レイチェルが夫婦の足元から白い布の塊を取り上げた。 「子供を殺すなんて、最低だ! うわああ!」 レイチェルが悲鳴をあげて、布の塊を放り投げ、地面にしりもちをついた。 「こら、何をする!」 男が慌てて布の塊を受け止めた。 「そ、そそ、そいつは……」 慌てて、後ずさるレイチェルに駆けつける。 男の抱きかかえる白い布の塊。その中には薄緑色の肌をした子供がいた。 黒く丸々とした瞳で、レイチェルをじーっと見つめている。 生後半年といったところだろうか。まだ小さく、自分の足で立つことも出来そうに無い。 CPUがデータ領域から検索を行い、あるひとつの病名を割り出した。 「二アリーデッド症候群。生まれつき肌の色が薄緑色に変色していて、 抵抗力が低く、病気にかかりやすいため、短命だとされる難病。 その上、差別の対象にもされ、家族まで迫害を受ける可能性が高い。 はじめから存在しなかった事として、殺してしまうというのは、スマートな方法だ。 それなら迫害にもあう事は無い。それがまともなやり方だ。 誰も、自ら進んで迫害されたいとは思わない」 女が地面に膝をつき、両手で顔を覆った。 「こんな子、こんな子、生まれてこなければ良かったのよ! そうすれば、私たち幸せになれたのに、この子のせいよ! この子のせいで全部おかしくなったのよ!」 長い茶髪を両手でかきむしり、女がヒステリックな叫び声を上げる。 人間の感情で例えれば、悲痛といったところだろう。 女の反応から推測すると、100年前と状況は変わりないらしい。 未だにこの病気の謎は解明されていないようだ。 「そんな、だからって、殺すなんて酷すぎる……」 レイチェルが両手を地面につき、夫婦に冷たい視線を向けた。 だが、その声にはどこか力がなく、迷いの色味が強い。 男は犬歯の尖った口を大きく開いた。 「それは綺麗ごとだ。私たちはこの子が生まれてから、どんな目に会ったか。 両親からは縁を切られ、街を歩けば石を投げられる。会社に行けばクビだ。 どこにも居場所なんてなかったよ。もうこの街で生きていけない。 私たちはこの子を殺して、新しい街に移り住むしかないんだ。 全て忘れて、また、一からやり直すために、そのために……」 男はじっと子供の顔を見つめ、ごくりと唾を飲み込んだ。 「そのためには、この子を殺さなければいけない」 「酷な話だな。金さえくれればかわりに殺してやってもいいぜ。 人を殺した事はあるか? 銃で殺す場合、」 パーカーの右ポケットに入れた銃弾を 右手の人差し指と親指でつまんで取り出す。 「引き金を引くと撃鉄が落ち、ファイアリング・ピンを押し出して、 カートリッジ底部の雷管を叩く。薬莢内の火薬が急速に燃焼し、 その燃焼ガスによって弾丸が押し出されて、銃口から弾丸が飛び出す。 弾丸は人体に当たった部分よりも、後ろのほうに大きく穴が開く。 鉛の弾丸は人体にヒットすると変形し、衝突エネルギーは着弾部より、 反対側に強く作用するからだ。つまりその子供の頭を打った場合、 はじけ飛ぶのは頭の後ろ側。威力が強いので頭ごと吹き飛ぶかもしれないな。 他にも殺し方は沢山ある。手っ取り早いのは口を押さえて……」 「やめろ!」 男が大声を上げる。目は充血し、喉が震えている。 「最低な奴だな」 いつの間にか立ち上がっていたレイチェルが、白い目で睨んできた。 弾丸をポケットにしまい、右手で銃の形を作って自分のこめかみに当てる。 「世界規模で考えればガキの一人や二人、死んだって構やしねぇだろ」 バンと撃つ仕草をする。 良く晴れた日だった。陽気な天候とは裏腹に爽やかではない話が進行する。 レイチェルが女に向き直り、 「自分で生んだ子だろ。ちゃんと育ててやれよ!」 「育てたくても育てられないのよ!」 女が擦れた声で叫ぶ。声は辺りに反響して消えていった。 「この子を病院に連れて行ったとして、誰も相手にしてはくれないわ。 この子は、生まれたときからずっと、孤独を背負っているのよ……」 女を援護するように男も口を開く。 「そうだ。この子は誰にも相手にされず、世間の冷たい風にさらされ、 孤独を感じたまま生きていくしかないんだ。それなら、いっそ……」 「殺してしまったほうがいいのかもしれないな」 サニーチップE02を子供に向ける。 父親に抱かれた、黒い瞳が銃口を見つめている。 「頭がはじけ飛ぶ瞬間っていうのは、それほど嫌いじゃないんでね。 今回は特別タダで手伝ってやる」 「止めろ!」 男が子供をかばうように後ろを向き、しゃがんだ。 俺はゆっくりと銃を下げ、腰ベルトに提げたホルスターにしまう。 「レイチェル。大広場に行くぞ。時間の無駄だ」 「ああ!? 今は話中だろ、そんなの後でいいだろ!」 レイチェルが俺を睨みつけ、唾を飛ばしてくる。 肉眼では確認する事のできない微粒子が、 俺の頬や、真新しい黒のパーカーに付着する。 レイチェルには構わず、回れ右して大広場へと向かう。 車が壊れた以上、今日中に仕事を済ませ金を稼ぎたい。 左腕の修理代や、洋服代を考えると、金がいくらあっても足りない。 「さあ、早く殺しましょう」 「あ、ああ……」 夫婦の会話は続いているようだ。 「やめろよ。落ち着いて考えろよ。自分で生んだ子だろ!」 後方から、聞きなれた甲高い叫び声。 俺は右手で頭を抱える。 「あのバカ……」 振り返り、ホルスターから銃を抜く。 こんなところで足止めなんてごめんだぜ。 「とっとと死ねよ」 男が抱える布の塊に焦点を合わせる。 <<ターゲットロック完了・命中率93.9%>> 「父親と一緒に天国に送り届けてやるぜ」 殺した後で、女がわめくようならまとめて殺せばいい事だし、 その後、埋めてしまえば誰にも気付かれずに白骨化していくだろう。 そのとき、突如、大地が揺れ動いた、低く身体を振動して響いてくる地響き。 「?」 あたりを見まわす。何かが接近している。大型のモンスターか? 南南東。推定231m先。 「あれは……」 ブラッディ・ニトロ・ヘッド。通称、毒頭。 全長30mを超え、直径3mを超えるワイヤー状の巨体を持ち、蛇行して移動する。 移動速度は遅いが、その巨体で建造物を破壊する力は、厄介としか言いようが無い。 単純な脳の作りをしているため、基本的に直進しかしない。ハリケーンのようなものだ。 頭部に堅い水袋があるが、猛毒を含んでいるため飲み水としてはそのまま使用できない。 頭部から毒を含んだ強い酸性の赤い溶解液を噴射する。 「ジャック、モンスターだ!」 レイチェルがモンスターを指差し大声で叫ぶ。 見たことをそのまま口に出す、その様はあまりにもガキ臭い。 早く殺してしまいたい。そして、喉の爆弾から開放されたい。 「金にならねぇ化け物だ。時間が経てば警察がやってきて始末するだろ」 襲われでもしない限り、戦う必要は無い。 「うわ! こっちにやってくるぞ!」 レイチェルが毒頭を指差し、叫んだ。 「ったく、ガキといい、その親といい、モンスターといい、 軽トラックといい、レイチェル・グルンワルドといい……」 反吐がでるぜ。 「レイチェル。逃げるぞ!」 銃をホルスターに素早くしまい、レイチェルの腕を掴んで走り出す。 「おい、待てよ! あの二人はどうすんだよ!?」 「そんな事に構ってる余裕はねぇよ!」 手を振り切ろうと抵抗するレイチェル。 さすがに右腕のみでは押さえ込むのが難しい。 レイチェルが後ろを振り向き、大声を上げた。 「おい! お前ら早く逃げろ! 殺されちま……」 若い夫婦はそそくさと逃げていった。 子供を包んだ布の塊を残したまま。 二人が乗ったジープは見る間に小さくなって、遥か彼方へと行ってしまった。 「あ、あいつら……!」 レイチェルが俺の腕を振り切って、子供を拾いに走り出した。 子供を抱きかかえようと手を伸ばすが、途中で動きが止る。 「……」 緑色の肌をした子供というのは、気味が悪い。 まして、自分が生んだわけでもなく、情も無い。 レイチェルが戸惑いが容易に推測でる。 ゆっくりと、レイチェルに駆け寄る。 毒頭の移動速度は遅く、あと5分は安全を保障できる。 「あの夫婦、自分達で殺す事ができないから、化け物に始末させる気ってわけか。 まあ、悪い判断じゃねぇな。それに、仮に化け物に殺されなくても、 このままだとのたれ死ぬ。目的は成功するわけだ」 「信じらんねぇ。なんて奴らなんだ」 「殺してやれよ。どうせ化け物に食われるか潰されるのがオチなんだ」 「バカ! そんな事できるわけねぇだろ!」 「じゃあ、拾って抱きしめてやれよ」 レイチェルは無言のまま、眉間に皺を寄せた。 汗で黒く長い癖毛が額に張り付き、頬を汗が伝い落ちている。 「気持ち悪いんだろ、殺してやれよ。 どうせこのままじゃのたれ死ぬのがオチだ」 銃をホルスターから抜き、子供に向ける。 薄緑色の顔をこちらに向け、微笑んいる。 黒い瞳が、太陽の光を受け、凛と輝いている。 「生まれてくる時代が悪かったな」 「やめろ!」 レイチェルが甲高い怒声を上げて、妨害しようと腕を伸ばしてきたので、 銃を持った右手で強引に払いのける。 レイチェルは砂煙を上げながら、地面を転がった。 「お前の偽善には付き合いきれねぇんだよ。 助けるか殺すかどっちかにしろ」 「な……」 レイチェルが奥歯をぎゅっと噛み締めた。 緊張した筋肉が喉を筋張らせている。 「あと1分やる。殺すか連れて逃げるか、選択しろ」 毒頭がここにたどり着くまで、推定3分40秒。 あまり時間は残されていない。 レイチェルが複雑な表情を浮かべ、ぼそぼそとなにやら独り言を言っている。 時折首の後ろをかいたり、空を見上げたり、深くため息をつく。 「残り30秒だ」 徐々に接近する毒頭。大地を揺るがす音が徐々にこちらへと近づいてくる。 空を漂う雲がほんの少しの間だけ太陽の光を遮り、また元に戻る。 「ああ、もう!」 レイチェルが子供を抱きかかえた。 正確には両肩部の布を掴んで持ち上げているだけという、 効率が悪く疲れる持ち方をしている。 「逃げるぞポンコツ野郎!」 前方で銃声が鳴り始めた。毒頭の出現を嗅ぎつけた警察たちが動き出したのだろう。 しばらくすれば騒ぎも収まるだろう。 「ああ。それはそうと、ガキの抱き方くらい覚えといたほうがいいぜ」 「うっさい! お前が抱いてみろ!」 「気持ち悪いんだよ。嫌に決まってる」 レイチェルは両手に抱えた子供の顔をまじまじと見つめ、複雑な表情を浮かべた。 「この病気って、うつるのか?」 「そんな事も知らなかったのか?」 「え、うつるのか!?」 レイチェルが目を大きく見開き、大声を上げた。 「遺伝的な側面が強いため、空気感染や接触感染というのは考えがたい。 もっとも、感染しないとしても、気持ち悪いから、さわりたくもないが」 「なんだ、感染しねぇのか。よかった」 レイチェルが安堵の息をついた。 「感染する病気だったら見殺しにしてたのか?」 人間は残酷だ。 「……」 レイチェルが無言のまま唇をへの字に曲げる。 子供を地面に置き、服の袖で額の汗を拭う。 俺が先日プレゼントしたハンカチは、有効活用される事はないようだ。 服は着る相手を選べない。それは本当に残酷な事だった。 遠くのほうで毒頭が大きくうねって、ぐったりと動かなくなった。 どうやら警察が退治したらしい。 「あの夫婦、もう戻ってこねぇのかな…… この子、どうすんだろ……」 一度は救いの手を差し伸べたレイチェルだが、 死ぬまで面倒を見る気はないようだ。 「孤児院に連れて行けばいいのかな。医者に連れて行ったほがいいのか? でも、あの夫婦、誰も相手にしてくれなかったって言ってたしな。 どうしよう……」 声が微かに震えている。レイチェルの額を一筋の汗が流れ落ちていった。 「仕事に行くぞ」 「この子はどうすんだよ?」 レイチェルが子供を掴んだまま、こちらを見上げてきた。 「好きにしろよ」 踵を返して大広場へと進む。 「おい、待てって!」 レイチェルがこちらに駆けつけてくる。 「そうか。カージャックすれば、目的地には早くたどり着けるのか……」 「バカな事いってんじゃねーよ! 犯罪は絶対ダメだぞ!」 後ろをチラと見ると、レイチェルが子供を落とさないように、 慎重にこちらへと足を進めている。 時折バランスを崩したり、ずり落ちそうになる子供を持ち直したりしている。 「そんなガキ、ほっときゃいいのによ…… 冷静に考えろ。そのガキを街に連れて行って、どうなる? 住人から煙たがられるだけだぜ。石を投げられるかもしれない。 お前も迫害の対象にされるぞ。デメリットしかない。 選択肢は一つだ。そのガキを置いていく。誰もお前を責めたりはしない。 難しい事じゃないだろう。もっと大人になれ」 レイチェルは無言のまま、子供を抱え、歩くだけだった。 何も答えず、ただ、何かを必死に考えているようだった。 街まで子供を連れて行くのは得策とは思えない。 デメリットしかない。 人気の多い歩道に出る前にガキを殺すか。 ゆっくりと、E02のグリップに手をかける。 ここで問題となるのが、レイチェルだ。 俺の首に仕掛けられた爆弾はレイチェルの心臓とシンクロしている。 彼女が死ねば、連動して首が吹き飛ぶ仕組みとなっている。 レイチェルからガキを奪い、殺すというのが最もシンプルな方法か…… E02から手を離し、足を止めて、レイチェルに振り向く。 「レイチェル、ガキの抱き方を教えてやる。 そんな持ち方じゃ疲れるし、ガキの身体にも悪影響が出る」 レイチェルがいぶかしげな表情を向ける。 「なんだよ、いきなり、さっきまで気持ち悪いっていってたくせに……」 そして、子供をかばうように俺から遠ざけ、目を細めた。 「そうか、ガキの首の骨が折れないように、せいぜい気をつけろよ」 踵を返して進む。人通りの多い通りまではまだ距離がある。 あまり焦っても怪しまれるだけなので、冷静を装う。 「抱き方、口で説明しろよ。腕が疲れてんだ」 後ろでレイチェルの声が聞こえるが、それは無視する事にした。 「おい、ジャック、聞いてんのか! こら! こっち向けよ!」 「ったく、子供かお前は……」 子供と女のわがままというのは、100年前も今も、あまり好きにはなれない。 右手で自分の跳ねた赤毛を撫でてから、答える。 「いいか、そのガキは見たところ生後半年ってところだ。 首もすわってるし、縦抱きしても大丈夫だろう。 片腕をお尻に回して、もう片方は肩の辺りを支える……ヘタクソ」 子供を抱きかかえようと悪戦苦闘するレイチェルは間抜けそのものだった。 「わかんねーよ」 「貸せよ。そもそも赤ちゃんの抱き方なんて、 そもそも口で説明して理解できるものじゃないんだ」 レイチェルが子供を手渡そうと、差し出してきた。 勝った。ガキがレイチェルの手から離れた瞬間に殺す。 土に埋めれば、誰にも見つかりはしないだろう。 人気の無いこの辺りは、ガキを殺すには好都合な場所だ。 「あ、でも、お前が上手に赤ちゃんを抱っこできるわけがない。 赤ちゃんにもしもの事があったらいけないから、やっぱりいい」 チッ、あと少しで殺せたというのに…… 「おい、それはそうと、ガキが泣かないな」 「寝てんじゃねーか?」 「生後半年ってのは、泣く生物だろ?」 「うわ!」 レイチェルが慌てて子供を地面に置いた。 血色が悪く、息が荒い。何かの発作だろうか? 「どうしよう……」 「どうしようって」 口元が緩む。レイチェルの手から完全に子供が離れた。 この状況なら確実に子供だけを殺せる。 右手でさっと銃を抜き、子供に向けようとしたそのとき…… 車のエンジン音が聞こえた。 この音は警察の乗る白塗りの重装甲自動車(ホワイト)特有の音だ。 「チッ……」 レイチェルは両手を振って、ホワイトにわかるように合図を送った。 しばらくして、警察の乗ったホワイトが目の前で停車した。 5人乗りのホワイトから、白い防弾ジャンバーを着た男たちが降りてきた。 デブとノッポの二人。このあたりを偵察していたようだ。 「何かありましたか?」 「大変なんだ。赤ちゃんの様子がおかしいんだ!」 「へえ、それは大変ですねー」 目の細いノッポが、間の抜けた声でそういい、 レイチェルが指差す先、子供を包んだ布へと目を向けた。 「ひえええぇ!」 ノッポが奇声を上げてしりもちをついた。 「どうした?」 丸い目をしたデブが野太い声で、ノッポを見る。 ノッポは子供を指差し、額に汗を浮かべている。 「あ、ああ、あ、あああ、あ、あ……」 「化け物!」 「違う!」 レイチェルが大声を上げた。 「この子はニア何とか病なんだ。生まれつき肌が緑色なんだ」 レイチェルが助けを求めるようにチラチラとこちらを見てくるが、 俺はそれを無視した。 「ニア……ニアリーデッド症候群か……初めて見る……これが……」 デブが慎重な声を上げた。 「そ、その病気って、な、どんな病気なんだ?」 ノッポは腰が抜けたようだ。立ち上がらないまま、デブを見上げている。 「生まれつき肌が緑色で、免疫力が低く長くは生きられない。それに、 家族までも迫害の対象にされるので……極秘に始末される事が多い……」 デブはごくりと唾を飲み込んだ。 「助けてやってくれよ!」 「そんな事いわれても……」 デブは化け物を見る目で子供を見ていた。 子供の呼吸は荒く、今にも死に絶えかねない。 「この病気で生まれてきた子供は、生まれつき免疫力が低い。 だから、これから病院へ連れて行ったとしても……」 デブがそこで言葉を止めたので、続きを俺がいってやる。 「相手にされずに、惨めな目にあって、子供が死に、 ガキを連れて行った自分達までが白い目で見られるから、 そんな悲惨な目にあうくらいなら、このまま見殺しにしたほうがいい」 片方の唇を吊り上げる。 「どの道、両親に捨てられたこのガキが、今後、生活していけるわけもない。 全員が幸せになるためには、見殺しにするのが一番なんだよ」 デブとノッポも満更ではない顔をしている。 「ダメだ! 見殺しなんて! 絶対ダメだ!」 レイチェルが子供を掴み上げた。 「頼む! 病院まで連れてってくれ!」 「いや、でも……」 そのとき、ホワイトのドアが開き、短い黒髪の男が降りてきて、 車にもたれかかった。 「運んでやれ。困った子はほっとけない」 ジュード・アイアンメルト。マイル・マーカーの上司だ。 小麦色の肌と無精ひげが特徴といえた。 「ですが、病気がうつると危険です」 「ニアリーデッドは遺伝病だから、空気感染も血液感染もしない」 ジュードが肩をすくめた。 「ウッドは頭が良さそうに見えて、まだまだ勉強が足りないなあ」 ジュードが白い歯をむき出してニヤリと笑い、 こちらにゆっくりと近づいてくる。 「後はこっちで上手くやっておくよ。さ、その子を貸して」 「ありがとう」 レイチェルが目をキラキラと輝かせ、ジュードを見つめた。 「少し郊外に研究施設があって、そこなら、何かわかるかもしれないし、 治療にも強力してくれると思う。住所を書いたメモを渡しておくよ」 ジュードが気さくな笑みを浮かべ、レイチェルにメモを渡した。 「若いのに、大変だね。ニアリーデッド症候群の子供を生むなんて」 「ち、違う!」 レイチェルが顔を真っ赤にして、ジュードに唾を飛ばした。 「え、違うの?」 ジュードがきょとんとした表情を浮かべていた。 「この病気は珍しいからね。医療費は施設が出してくれると思うよ。 とにかく、先を急いだほうが良い。 この子は連れて行くから、君達とはここでお別れだ」 「頼んだぞ!」 レイチェルが真剣な表情をしていた。 ジュードは無言のまま頷き、ホワイトへと乗り込む。 ホワイトはエンジン音を奏でながら、小さくなっていった。 「大丈夫かな。心配だな……」 「俺は今日の仕事があるかが心配だ」 「馬鹿!」 レイチェルが俺の脚を勢い良く蹴り、案の定、足を痛める結果に終わった。 「いたたた……」 しゃがんで足を擦るレイチェル。 「赤ちゃん、元気になるといいな……」 そんな心配をしていると、エンジン音が近づいてきた。 車から降りてきたのは、子供を捨てていった夫婦だ。 「あんたたち、マギーは、マギーをどこへやった!?」 男が、瞳孔を震わせながら俺の胸倉を掴もうとしてきたので、 右手で跳ね除けた。身体に触られるのは好きじゃない。 「マギー? あのガキか? ブラッディ・ニトロ・ヘッドに潰されちまったぜ お前らが連れて逃げねーからだ。当然の報いだな」 適当な嘘を並べておく。こんな夫婦に付き合っている暇は無い。 早く仕事を探しに大広場へ行きたい。 いま、こうしている間にも、他の水売りや賞金稼ぎに仕事を奪われている。 男の後ろで、女が悲鳴を上げて、へなへなと地面に両手をついた。 「馬鹿! 変な事いってんじゃねーよ。あの子はちゃんと生きてる。 まだ、生きてると思う……」 馬鹿正直にレイチェルが今までの出来事を夫婦に話して聞かせた。 「私たちが間違っていました。 私たちはどんな事があってもあの子を育てます。 あの子のいない生活なんて考えられません」 レイチェルがメモを渡すと、夫婦はそそくさと車に乗り込み去っていってしまった。 「心配になるんだったら、最初からずっと傍にいてやればいいのにな」 レイチェルが腕組みして、唇をへの字に曲げた。 「でも、病院でちゃんと治療してもらえそうだし、よかったな」 「よくねーよ。俺の左腕は直ってねーんだよ。早く金を稼ぎに行くぞ」 大広場へと急いだ。 案の定、水売りや賞金稼ぎにほとんどの張り紙を剥がされてしまっていた。 奴らは自分だけが仕事をするため、張り紙を剥がしていってしまう。 まともな仕事は残っていそうに無い。 希薄な内容しか残っていないだろうが、念のため目を通す事にした。 『ニアリーデッド症候群の方を捜しています。 新薬の開発に成功しました。 当院で治療を受けられる方には報酬100万£……』 真新しい張り紙だった。こんな情報、昨日はなかった。 「ジュード・アイアンメルト……」 知っていた。あの男はこの情報を知っていた。 あの爽やかな笑みの後ろで、俺をあざ笑っていたのか……? 「ああ、報酬がでるのか。じゃあ、きっとあの夫婦も苦労せずにすむな」 レイチェルが両腕を組んでうんうん頷いている。 「バカかお前は。みすみす100万£を見逃したんだぞ!?」 「いーんだよ。あの夫婦とあの子が幸せになれるならそれで」 「俺はよくない」 「うっさい! 仕事探すぞ!」 レイチェルが仕事を探し始めた。 数えるほどしかない張り紙を睨みつけている。 「ボディーガードの仕事だって。これ、やってみるか?」 「ボディーガード? 依頼主がレスカ・マーカーになってるぞ」 「あ、本当だ。マイルに預かったプレゼント渡そうと思ってたから、一石二鳥だ」 レイチェルの分際で四字熟語か…… 「よし! 行くぞ!」 「内容は確認したのか?」 「家に行って聞いたほうが早いって」 レイチェルの長い黒髪がそよ風になびく。 リズムを取りながらレイチェルが鼻歌交じりに先に進んで行く。 ところどころ音程がずれているのが不快だった。 レイチェルがふと立ち止まり、後ろを歩く俺を振り返った。 「なあジャック、やっぱり親は子供が心配なんだな」 そういって、また、鼻歌が始まった。 レイチェルの黒髪と白いパーカーのフードが、歩くたびに左右に揺れている。 「のん気な奴だぜまったく、俺は左腕が無くて不自由してるってのに……」 黒いパーカーのポケットからオイルボトルを取り出し一口。 「それはそうと、レスカの家ってこっちの方角であってんのか?」 「知らない」 「笑えない冗談だな」 レイチェルの親が、早く現れる事を願う。 END |
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