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ナンバージャック
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10 長い夢 左手を開閉する。 高価なオイルを飲んだ効果からだろうか、動きがいつもより滑らかだ。 それに、不純物も少なくて口から吐き出す手間も省けて良い。 このオイルボトルのパッケージが黒いハートに白いスプーンが刺さったデザイン、 というダサさを除けば完璧なオイルといえるだろう。 人間の手は27本の骨と非常に多くの筋肉を組み合わせて構成されているという。 俺たちアンドロイドの手は人体解剖学と建築学を基にして、 メーカーや規格による多少の違いはあるものの、 おおよそ128個のパーツで構成されている。 腕や太ももよりもコストがかかるパーツの一つだ。 「やっとわかったぞ! 地図に書いてるこのマークは北を意味してるんだ!」 砂漠に停車した軽トラックの運転席で レイチェルが目をキラキラと輝かせ、自慢気に印を指差す。 いまさら気付いたのか…… 無知。無垢。無邪気。無能。 CPUが記憶領域からそれらの単語を引き出してきた。 馬鹿につける薬が欲しい。 「いい加減諦めろよ、方向音痴。どんだけあがいたって無駄なんだよ」 「うるっせーよ! 道くらいわかるってんだ! お前は黙ってろ! 答えを言ったらぶっ殺すからな!」 まるで花火のような女だ。火種があるとすぐ爆発する。 口元を吊り上げる。 レイチェルが自力で街まで帰れたら、 1つだけいう事を聞くという約束だ。 そのかわり、俺が道案内をした場合は…… 「レイチェル、約束はわかってるんだろうな?」 「おう……」 レイチェルが額に汗を浮かべた。 「お前が選んだ服を自腹で買って着る……」 とても嫌そうな表情を浮かべる。 ダサい服装を好む女だった。 綺麗な服を着るという事は、死ぬ次に嫌な事なのかもしれない。 もしくは……自腹というのが嫌なだけかもしれない。 レイチェルの服装といえば、汚れた迷彩ズボンとボロボロのブーツ、 上は痛んで色のあせた黒のタンクトップ姿。 肩からゴムの緩んだブラジャーの紐が見えている。 色はカラーコード #D8BC98(ベージュ) のようだ。 隣にダサい服を着た女が存在しているという事が、 苦痛で仕方が無い俺は、レイチェルに提案したのだ。 自力で街に帰れたのなら1つだけいう事を聞く、 ただし、それが出来なければ俺が選んだ服を買って着る。 条件としては俺のほうが不利だが、 方向音痴のレイチェルが街に戻れる可能性は皆無。 左の唇が釣りあがる。 ファッションの情報を引き出し、 レイチェルに似合う服を検索する。 色、生地、質感、様々なデータと特徴、相性を加味して 素材がもっとも引き立つように論理展開していく。 「負けるわけねーだろ。街になんて帰るのは簡単なんだからよ」 「言ってろ。お前には無理だ」 嘲るように片方の唇を吊り上げる。 方向音痴は死ぬまで方向音痴だ。 「太陽が出てくるほうが東で北を通ってから西に行くから、 あれ、太陽ってどっちから出てきたっけ……」 レイチェルが頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。 「諦めるんなら答えてやってもいいぜ」 「うっさい、黙れ、喋ったら殺す!」 レイチェルが唾を飛ばす。 わがままな女だ。車に轢かれて死ねばいい。 首に仕掛けられた喉の爆弾を左手の人差し指で撫でる。 この爆弾さえなければこんな女、 何の躊躇も無く殺せるというのに…… 右手をゆっくりと開閉する。 「ようし、わかったぞ! 街はあっちだ!」 レイチェルが指差した先は北北東。 街は南東。 レイチェルは地図を一瞥してから、 勢い良くエンジンを踏み込んだ。 衝撃で車体が強く揺れる。 振動で処理落ちが発生し、カメラからの映像が細切れになる。 記憶領域がカタカタと音を立て始めた。 ◆ ◆ ◆ 静かな夜だった。 低く感情の色を欠いた声が、人気の無い路地裏に淡々と響く。 「人間は自分の身体をうまく扱えない。 人工脳化手術を受けた人間はその制限がなくなる。 高速かつ正確に身体を動かす事や、 複雑な計算を同時に複数行う事が可能となる」 それは夢の技術。 「ただし、残念ながらこの技術は完璧ではない。 手術を受けた人間は長くても5年以内に暴走している。 彼らのその後については情報が公開されてはいないのだが、 おそらくは今回の様に処分されているのではないかと推測される訳だ。 つまり、彼らは長くは生きられない」 頭部を半分ほど破壊された死体を前にして、イプシロンは淡々と説明する。 髪の毛の無い痩身のアンドロイドだ。汚れた白衣を着ている。 話を聞いていたシータが眠たげな瞳をイプシロンに向けて口を開く。 こちらは女性型アンドロイドで、黒尽くめのスーツ姿だ。 両手に薄手の白手袋を装着している。 「人工脳化手術は2年前に現実的ではないという結論に至っている。 現実的ではない技術を使うのは愚の骨頂。万死に値するな。 ただし、機材があれば短時間で手術ができる事と、 アンドロイドのように身体全体のパーツを必要としない事から、 低コストでの短期的な戦力強化という面では、この技術はとても魅力的だ」 眠たげな瞳は相変わらずだった。 きっと彼女の思考回路だと、博士が死んだとしても驚いたりはしないのだろう。 「仕事は終わったんだし、早く帰ってゆっくりしよう。 彼も運が悪かったね。こんな実験に使われて暴走してこの有様だ」 両手を頭に置き、エースが気の抜けた声をあげた。 相変わらずのスーツ姿で、ネクタイはせず、 シャツは第二ボタンまで外している。 僕は静かに死体の顔にハンカチを掛けた。 「君には家族や恋人はいたのかい?」 死体は何も答えてはくれない。 エースがゆっくり顔を上げ、みんなのカメラをのぞいてから口を開いた。 「アンドロイドも暴走したりするのだろうか? なあみんな、もし俺が暴走したら、迷わず殺してくれよ」 「殺す? アンドロイドは死んだりはしない」 「ただ壊れるだけだ。殺すという表現は適切では無い」 イプシロンとシータが口をそろえてそういった。 もっともな意見に僕は深々とうなずく。 エースが大げさに両手を広げて首を左右に振った。 「話す相手を間違えたよ。 こんな冷血トリオに真面目な話をした俺が馬鹿だった」 イプシロンもシータも涼しい顔をしている。 ぴゅうと風が吹き、僕の黒髪を撫でていった。 ○ ○ ○ 午後の繁華街は賑やかだった。 カップルや若者、家族連れが蟻のようにうじゃうじゃしている。 「ちくしょう……」 レイチェルが眉間に皺を寄せて隣を歩く。 その台詞を言いたいのはこっちのほうだ。 ワンピースを選ぼうとすればすーすーするから嫌だと言い、 華やかな服を選ぼうとすれば派手過ぎると愚痴を漏らす。 約束が違うじゃないか。 帰り道を教えたら俺の選んだ服を着る約束だったはずだろう? 「変じゃねーかこれ? やっぱり作業着のほうが良くねえか?」 緑のラインが入った白いスニーカー。 膝下10センチほどのジーンズ。 白いブラウス。中にグレーのキャミソール。 工具ベルトを腰に下げているのでどうあがいてもダサい。 「地味な女だぜ、ったく」 「るせーよ!」 足に軽度の衝撃。 レイチェルが自分の足をさすってぴょんぴょん跳ねている。 「それと、これ」 白地に緑の花柄のハンカチを差し出した。 「おう」 レイチェルは無造作にジーンズの後ろポケットにそれを押し込んだ。 まあ、隣を歩けるレベルにはなったと言ったところか。 点数をつけるなら20点といったところだ。 「なあジャック、レスカさんとマイル仲直りできないかな?」 十字架のペンダントを取り出し、レイチェルがぼそりとつぶやいた。 「結論から言えば、無理なんじゃねえか? 一度こじれた人間関係はそう容易く修復できるもんじゃねえよ」 片方の唇を吊り上げる。 「それに……」 人工脳化手術を受けた人間は、長くは生きられない。 その台詞を言おうとしてやめた。 無駄な情報をこの女に与えるのは利口ではないと判断した。 「マイルにしろ、レスカにしろ、性格が歪んでる。だから無理だろう」 「テメーが言うなよ!」 マイクに甲高い声が響く。 「あ、ピンクのスカーフだ」 レイチェルが立ち止まり、ショーケースの中の 白地のワンピースにスカーフ姿をしたマネキンを見つめている。 「ママが好きだったやつだ……」 足を止め、レイチェルを見る。 腰の作業ベルトのせいで服のバランスが悪い。 静かに待つ事2分11秒、レイチェルが首を左右に振った。 「なあジャック、お前には家族はいたのか?」 「家族? いるわけねえだろ、アンドロイドは生殖機能がないんだからよ」 そういえば、昔、あいつは俺たちのことを家族だといっていたか…… KK project S-type No.1。通称エース。 記憶領域から過去の映像が再生される。 ◆ ◆ ◆ 崖の下、燃え上がる炎、砂煙が舞っている。 エースの不注意で、軽トラックは崖を転げ落ち、 博士に頼まれていた機材一式が使い物にならなくなってしまった。 炎上する機材とトラックを見つめる僕たちになすすべは無い。 エースは額に手を当て、空を仰ぎ見た。 太陽光を反射してメガネのレンズが輝いている。 「神は死んだ」 KK project S-type No.1。 トランプに見立てて皆は彼をエースと呼んだ。 相変わらずの黒いスーツ姿で、ネクタイは締めず、 第2ボタンまで外している。 本人曰く、ネクタイを締めると 誰かに束縛されているような気がするから嫌なのだそうだ。 「馬鹿じゃないの? あんたぶっ殺すわよ!」 胸の下あたりから声がする。こちらはデュオの声だ。背が低い。 フリルの付いたブラウスと短いスカート、黒いハイソックス。 白い肌に蒼い瞳。セミロングの黒髪。 特徴としてはそんなところだろう。 KK project S-type No.2。 デュオというあだ名はひとつの身体に二つの思考ルーチンを持つ事から由来している。 デュオは一人で会話をする事が多い。 「いやいや、それはいけないよ。みんなが悲しい思いをするんだからさ」 「うるさい。殺してやる。あんたも、エースもジャックもクロンもネオンもイプシロンも…… どいつもこいつも、みんなみんな……ぶっ殺してやるんだから」 「博士が悲しむよ」 「……」 今もこうして一人で話をしている。 博士から聞いた話だが、デュオには天使と悪魔が混在しているそうだ。 悪魔回路はフリルの付いた服やスカートを好み、 天使回路はカジュアルな男装を好むように設計されているという。 また、互いの思考ルーチンは日時や状況によって優先度が変わるため、 会う度に服装や話し方がコロコロと変わるのが印象的だった。 今は悪魔回路のほうが優位に立っているようだ。 エースがパンパンと手を叩いた。 「はいはい。おちびさん、喧嘩はお家に帰ってからにしようか。 俺たちはこれから、屋敷に戻り、 博士にたんまり説教されなければならない」 深々とため息をついて、エースは首を振った。 CPUの演算結果から疑問が浮かび上がったため、 僕はエースに左右のカメラを向けた。 「エースの不注意が原因だろう? 僕たちが説教を受ける必要はないよ」 「そうよそうよ。あんたがよそ見運転するのが悪いのよ! 死んじゃえばいいのに」 デュオは左手の人差し指を突き立てて、エースに視線を向けた。 「俺たちはチームとして行動している。そして、ひとつの目的を与えられていた。 だが、残念ながら幸運の女神は俺たちを裏切り地獄の谷底へと突き落とした。 荷物は炎上し、目的は達成できない。これはチームとしての責任だ」 「多数決を取ろう」 僕の提案で多数決を取った。 案の定2対1でエースの責任という結果となった。 エースはメガネの奥の表情を曇らせた。 「生きるべきか死ぬべきか。それが疑問だ」 エースはメディアからの引用を好む。 先人が残した名言をしれっとした顔で引用する。 「アンドロイドは死なない。ただ壊れるだけだよ」 僕がそういうと、エースとデュオが首を左右に振った。 「またその話か」 「もういいよその話つまんないから」 それからエースは大げさに両手を広げて話しかけてきた。 「ここに留まっていても仕方ないし、 もうすぐ日が暮れそうだ。とりあえず帰ろうか。 きっと今を乗り越えれば明るい未来がやってくるはずさ」 「それは誰の残した言葉?」 デュオの問いに対して、エースは親指を自分に向けて指してこう答えた。 「俺様」 「本当に死んじゃえばいいのに」 ため息のような声でデュオがつぶやいた。 「でも、本当に死んだら泣くんだろ?」 ぽんぽんとデュオの頭を叩いて、エースが唇を三日月の形に吊り上げた。 「……」 デュオは何も言わず、複雑な表情を浮かべている。 「俺は泣くぜ、だって、3年も一緒に生活してりゃあ、もう家族みたいなものだろう? どんな事があったって、お前たちは俺が守ってやるさ」 「ジャック、早く帰ろう日が暮れちゃうよ」 デュオがこちらに擦り寄ってきて服の裾をつまんできたので、 僕はこくりとうなずいた。 「そうだね」 「そうか、君たちはそうやって俺の事を無視するのかい」 茶髪のアンドロイドが嘆いている。 「ああ、そういえばエース、こんな名言があったね。 "お腹がすいたら機嫌が悪くなるんだよ"」 その台詞を口にしたとたん、エースがばつの悪そうな顔をした。 燃え上がる機材とともに博士たちの食料も燃えてしまった。 博士はお腹が空くととても機嫌が悪くなるのだ。 エースが胸の前で両手を組んで空を仰ぎ見た。 「およそ惨めなものは、将来のことを不安に思って、 不幸にならない前に不幸になっている心です」 その台詞は、どうせまたきっとどこかの誰かさんからの引用なのだろう。 「アンドロイドに心なんてないよ」 僕の台詞に二人が同時に首を振る。 「またその話か」 「もういいよその話つまんないから」 ぴゅうと風が吹き、僕の黒髪を撫でていった。 ○ ○ ○ 午後の繁華街は賑やかだった。 熟年カップル。地べたに座り込み母親におもちゃをねだるガキ。 珍しい生き物を売る露天商。物乞い。 「私にはママがいたんだ。左手の薬指のここんところにさ、 同じホクロがあるんだ」 「興味ねえな」 歩く速度を速める。 「おい、聞けよ!」 「嫌だと言ったら?」 「もういい……」 チラりと横目で見ると、レイチェルが頬を膨らませていた。 無視して歩く。 軽トラックに戻って今日は撤収だ。 今日はやけに記憶領域へのアクセスが多い。 出力も63%しか出ていない。 システムに何らかの異常を抱えているのかもしれない。 「身体の調子がおかしいようだ。今日はもう帰るぞ」 「おい、大丈夫か?」 「ああ、どーって事はねえけど、もしかしたら突然爆発するかもしれないな」 「修理してやるから早く家に戻ろう」 急いで軽トラックまで戻り助手席に座る。 「えーと、帰り道ってどっちだっけ?」 「北北西だ。まずは、Uターンして、 まっすぐ行って約2.66キロ先の赤い看板を左折しろ」 軽トラックが勢い良く進みだしたので、 衝撃でカメラからの映像にノイズが入る。 処理が落ちる。 「優しく運転しろよ」 「……」 「なんだ、珍しく否定しねえのかよ?」 「静かにしてろよ、調子悪ぃんだろ」 「ったく」 調子が狂ったので静かにする事にした。 そういえば昔、博士がこんな事をいっていた。 『調子の悪い機械は叩けば直るかもしれない』 精密機械を前にしてそれはないだろうと誰しもが思ったが、 実際に叩いて直った機械がいくつかあったので、 この非論理的な発想というものも決して否定する訳には行かない。 ただし、叩いて壊れる場合もあるのでリスクの高い行動といえる。 軽トラックは赤い看板を通過して進んでいく。 「馬鹿、赤い看板で左折だといっただろ」 「え? 看板なんてあったか?」 「まあいい、次の十字路を左折だ」 「ああ、うん」 妙に大人しいレイチェルに対して、CPUが熱を上げる。 自分の行動に対してどのような結果が返ってくるかを あらかじめ演算しているため、結果が違うとその分、 処理に時間がかかるからだ。 「なあジャック、壊れて動かなくなるとか、 悪い冗談はやめてくれよ」 レイチェルの口から発せられる聞き慣れない気遣いの言葉を 処理しようとCPUが熱をあげる。 お前のその気まぐれな優しさこそが、俺を苦しめてんだよ…… 出力は微細ではあるが徐々に低下している。 このままだと6時間以内に活動を停止する事になるだろう。 「レイチェル、借金は無事に返済できたんだろ? 水売りの方法もわかっただろう? レスカと手を組めば生活に困る事もないだろう。 俺の役目はどうやらここまでのようだな」 「馬鹿な事いってんじゃねーよ、これからもずっと一緒だろ。 突然動かなくなるとか、そんな事いうのやめろよ…… 修理すれば動くんだ。だってお前はアンドロイドなんだから。 絶対、直るんだから」 「短い間だったが退屈ではなかったぜ。 でも、どうやらもう時間のようだ……」 急ブレーキで車が止まる。 後ろを走っていた車のクラクションが鳴り、 慌しくハンドルをきって路線変更をして走り去って行った。 「おい、ジャック!」 「ん? 早く家に帰れよ。漫画じゃねーんだ。 そんなにタイミング良くで壊れやしねーよ。 お前って本当に馬鹿だな」 「おちょくってんじゃねーよ! こっちは心配してやってんだぞ!」 レイチェルの甲高い怒声がマイクに響く。 CPUがいつもの調子を取り戻した。 「……」 出力の低下と、記憶領域へのアクセスの回数からして 不調であることは間違いない。 所詮アンドロイドの俺は些細なことが原因で 活動を停止するなんて事は大いにありえる。 こんなところで終われるかよ。 あの日、13ヘル現象の始まった日、 俺を壊そうとしたエースの姿が再生される。 あいつはまだ動いているのか? それともあの日、壊れたのか? 答えを知るまでは止まれねえよ。 もしまだ動いているとしたら…… 左手をゆっくりと開閉する。 壊すしかないだろう? 片方の唇を吊り上げる。 「破壊してやるさ……」 粉々になるまで鉛の弾をくれてやるさ。 「おい」 最初に腹をぶち抜いて、次は太ももか肩がいい。 「おいって」 その次は四肢を打ち砕き、身動きが取れなくなったところで連射だ。 「フフフ……へへへ……」 「おい、にやにやしてんじゃねーよ気持ち悪ぃな……」 レイチェルがいぶかしげな表情を浮かべている。 「何だ?」 「何だじゃねーよ、一人で笑いやがって、気持ち悪ぃな。 まあいい、それより、あれ見てみろよ」 いつの間にか停車していた軽トラックのフロントガラスの向こう側。 レイチェルが指差す先に教会を見つけた。 屋根の上に太陽をモチーフとした象徴が飾られている。 太陽を慕い月を嫌う、この大陸特有の宗教だ。 「教会か、それで、あれがどうかしたか?」 「そこじゃねーよ。あそこ、あそこ」 どうやらレイチェルは833メートル先の教会ではなく、 418.7メートル先の停車している 6台の警察専用の白い装甲車を気にしているようだ。 「どうせまた、くだらない事件か何かだろう」 「良し決めた! 話を聞いてみようぜ」 威勢の良い声でレイチェルが勢い良くアクセルを踏み込む。 衝撃でカメラからの映像が歪む。 「ったく、もっと優しく運転しろよ」 「だったらお前が運転しろ、バカ野郎! ふんっ!」 発言が幼稚すぎて相手をする気にもならない。 こういう場合、俺の行動パターンは1つ。無視だ。 しばらくするとホワイトの群れに近づいた。 あまり気にしていなかったがフロントや窓ガラスに弾痕がある事を認識する。 良く見れば地面に何人か転がっている。 「フ……」 全滅か。 重装甲自動車の防弾ガラスを突き破れるのは貫通力に優れたM2弾だろう。 人間10人を貫通するといわれているこの弾は、 貫通力を重視した為、マンストッピングパワーが低く破壊力が弱い。 頭や心臓を綺麗に打ち抜かなければ致命傷は与えられない。 扱いが難しい弾だ。 「し……し、死んでる……」 レイチェルが急ブレーキを踏んだ。 「ハハハハハ、最高じゃねーか!」 「笑ってんじゃねーよ気持ち悪い! 人が、人が死んでんだぞ……!」 レイチェルが顔をしかめた。 「傑作だぜ! 動物の中でも同じ種類で殺しあう珍しい生物。 人間って奴は最高にクレイジーだぜ。へへへ!」 どいつもこいつも死ねばいい。 どうせ、誰も悲しみなんてしやしねえよ。 お前ら雑魚どもがスポットライトを浴びるのは 血にまみれて死ぬ瞬間くらいだ。 「いったい誰がこんな酷い事を……」 レイチェルがごくりと唾を飲み込んだ後、 車から飛び降り、死体へと近づいていった。 後を追いながら辺りを警戒する。 「近くに犯人が潜んでいるかもしれねぇんだから、 そんな奴らに構ってる暇なんてねえだろ、早く帰るぞ」 「うっせー、誰か生きてるかも知れねーだろ。ちょっと待ってろよ」 レイチェルが砂上をぴょんぴょんと跳ねていく。 「ったく」 胸ポケットからオイルボトルを取り出し一口飲む。 身体にオイルが流れていく。補給は十分だろう。 ペッと不純物を吐き出し、死人を蹴りつける。 死人は砂袋のように重く、うめく事も嘆く事も無い。 「ん……?」 地面に転がる死人の胸ポケットから1枚の写真が現れた。手にとって見る。 恋人だろうか? 女と二人、笑顔の写真だった。 どちらも俳優になれるほど顔は整っていないし、体系も崩れている。 二人で笑顔を浮かべただけの、ただそれだけの写真。 「くだらねえ」 写真を破り捨てる。風に吹かれて紙片が飛んでいく。 辺りを見回しても人の気配は無い。 いったい誰が犯行を行ったのだろうか? 状況からして他殺の可能性が高いが、集団自殺で無いとは限らない。 ひとつずつ、情報を整理すれば少しは問題解決の糸口がつかめるかもしれない。 とはいえ、この謎の事件を解く気は皆無だが。 「おいジャック! 生きてるぞ! 早くこっち来いよ!」 前後左右、上下に意識を集中させつつレイチェルに近づく。 「大丈夫か? しっかりしろ、直ぐ病院に運んでやるからな!」 レイチェルが助手席で苦しそうに息をする男に話しかける。 男の視点が定まっていない。意識は朦朧としているのだろうか? 肌年齢は30前後といったところ。無精ひげを生やした警察だった。 「ここは、危険だ、はぁはぁ、は、早く、に、逃げろ……」 心臓付近に一発か。これは致命傷だな。 「ジャック、早くこの人を運べ!」 「手遅れだ。その傷じゃ助かりゃしねえよ」 片方の唇を吊り上げる。 「レイチェル、帰るぞ。ここは危険らしいからな」 「馬鹿! この人が……」 「もう死んでる」 呼吸反応が停まったようだ。 苦痛に歪んだ表情のまま、男は息絶えた。 「そんな……助けられなかった……」 「不可解な事件。問題解決の糸口は無しか…… 金にならない事件には首を挟むべきではないだろう。 冷静に考えろよ。帰るぞ」 後方の車からがさがさと音がした。 敵か!? バックサイドホルスターから銃を抜き構える。 シリンダーにはノーマル弾が5発仕込んである。 背の高い痩身の男が後部座席から出てきた。 白いジャケットを着ているところを見ると、この男も警察らしい。 両手を後頭部に当てて無抵抗を示してから男は口を開いた。 「おいおい、撃たないでくれよ。 こっちは仲間が殺されて、ただでさえ落ち込んでるんだ」 男はそういうと辺りを見回した。 「全滅か……」 男は目を伏せた。 「いったい何があったんだ?」 レイチェルが困惑の表情を浮かべている。 「ちくしょう。エドガーはもう直ぐ結婚式を控えてたってのに……」 男は地面を蹴りつけた。砂塵が舞い、風に吹かれて飛んでいく。 「ああ、神を殺すなんて馬鹿げた任務だ。 フォリオ様はどうかされている」 「神を殺す?」 レイチェルが疑問符を浮かべた。 「どうせ俺も死ぬのか……ははは……手が震えてやがる……」 上ずった声で男は震える手を必死に押さえ込もうとしている。 「どういう事なんだ?」 「この先に教会があるだろう。あそこに住まわれているのは牧師様だ。 この国の創設者クロン様とともに砂漠の大地を固め、木々を植え 街を作りクロン国を作られた創設者様の一人」 男は深く息を吸い込んで、話を続ける。 「100年前の世界崩壊……13ヘル現象後、文明は退化し、 生きるすべを持たぬ人々は希望を閉ざしていた。 そんな中、クロン様と牧師様は我々人類に生きる術を与えてくださった」 「100年前から生きているのか? その牧師って奴は?」 疑問を解決するために俺は男に問いかける。 「牧師様はアンドロイドだ。 100年前、もっとも文明が栄えていた頃に創造された…… 我々にとっては神と呼ぶに相応しい存在」 100年前? アンドロイド? いくつかのアンドロイドが記憶領域から呼び出される。 「国王フォリオ様は狂っておられる。 3代目カゲリオ様が生きておられれば……4代目はどうかされている」 「あの教会にそのアンドロイドとやらがいるのか」 唇が釣りあがる。 「その牧師とやらに賞金はかけられているか?」 「ああ、3000万£だ。一生遊んで暮らせ…… まさか、お前、神を殺そうというのか……」 「アンドロイドは死なねぇよ。ただ壊れて動かなくなるだけだ」 男は罰当たりだの正義に反するだのとわめいた後、 辺りをきょろきょろと見回した。 「白いバイクが無い……マイルは教会に向かったのか……!?」 教会に向けて砂漠に一本の筋ができている。 バイクで走った跡だろう。 「マイル!?」 「ああそうだ。マイルは俺たちと一緒だったんだ…… 君たちはマイルの知り合いか?」 レイチェルはこくりと頷き、要領の悪い説明を始めた。 男は何度か話を聞き返してやっとそれを理解した。 「400メートル先から狙撃されてあっけなくやられるなんて、 お前ら本当に雑魚だな。追撃が無いところを見ると、 今頃は戦闘中か、もしくは狙撃用の弾が切れたか……」 「ジャック、もたもたしてんじゃねーよ! マイルが危険だ! 助けに行くぞ!」 レイチェルが慌てて軽トラックに走り出した。 「……」 後を追う。 「無謀だ! 神への反逆だ! お前たち死ぬぞ!」 後ろから警察の声が聞こえる。 たかがアンドロイドを神だと? 笑わせるな。 アンドロイドなんて…… 「所詮は鉄の塊だろう」 片方の唇を吊り上げる。 軽トラックが教会へと進んで行く。 「……」 沈黙。教会への距離だけが縮んでいく。 「神様が人殺しなんてするはずない」 汗。レイチェルの表情は苦いものであった。 「神様はみんなの味方なんだ。 牧師様は……正しくあるべきなのに……人を殺すなんて……」 血。等間隔で雫が落ちている。 跡を辿ると教会の扉が開いていた。 「マイル!」 教会の入り口。血溜りの中で倒れたマイル。肩と太ももに被弾している。 致命傷ではないが、放置しておけばいずれは死に至るだろう。 レイチェルが慌てて駆け寄り、介抱しようとしている。 その横を通り過ぎ、教会の中へと足を進める。 教会の奥、女神の像の前に立つは…… 「お前か……」 「久しぶりだね。髪の色と声が変わっていたから 誰だかわからなかったよ。その顔は、君は、ジャックだね」 目の前に懐かしい顔。茶色い髪。 KK project S-type No.1エース。 カソックを着ている。 「感動の再開だね。兄弟」 エースが両手を広げた。左手に拳銃を握っている。 足元には長距離射撃用のライフルが落ちていた。 あの銃で警察たちを殺したのだろうか? 「笑えない冗談だな。危うく発砲しかけたぜ」 「随分と話し方がかわったようだね。君は本当にジャックかい?」 俺は片方の唇を吊り上げ、こめかみを指先でとんとんと叩く。 「さあなあ……だいぶココを弄ったもんでね」 「博士のプログラムを操作したというのか!? イプシロンやロトでさえ進入することが不可能だった あの強固なセキュリティを潜り抜けたというのか?」 「……」 「そんな事をしたら、破綻してしまう。 思考ルーチンは解を見出せずに無限ループへと陥る。不可能だ……」 エースは手で頭を押さえた。 馬鹿だな。イプシロンとロトが博士の組んだセキュリティに進入しなかったのは その行動自体に意味を見出せなかったからだ。 プログラムへの進入方法はロトから教えてもらった。 ギャンブルが好きなアンドロイドだった。 サイコロの出目で勝負をし、見事勝利した俺は貴重な情報を得ることができた。 サイコロに細工をしていた事を途中で見抜かれてしまい、 情報は3割程度しか得られなかったが、 記憶の削除と思考ルーチンを変更させるには十分だった。 「その不可能がここにいるって訳だ」 「……」 エースは無言のままこちらに発砲してきた。 装弾されていた全ての弾を撃ちつくしてもなお引き金を引いている。 後方のレイチェルに弾丸が当たらないかを計算した上で、 必要最低限の動作で弾丸をかわした。 低く深い包容力のあるイプシロンの声が出るように スピーカーを調整する。 「計画性の無い行動だな。まるでニンゲンのようだ。 君は本当にアンドロイドなのかい?」 スピーカーを元の設定に戻し、続ける。 「イプシロンならそういうだろうな。ハハハハ」 エースは眉間に皺を寄せ、 白い歯をむき出しにしてこちらを睨み付けた後、 しばらくして無表情になった。 「なるほど、君はもう……」 エースは首を横に振った。 「俺の知っているジャックでは無いという事だ」 「まあ、そういう事だ。それで、お前はなぜ警察を殺す?」 「逆だよ。彼らが俺を殺そうとしているんだ。 俺はここで静かに暮らせればそれで良かったというのに。 どうやらフォリオは俺を殺したいらしい」 そういってエースはステンドグラスの装飾が施された天井を見上げた。 「この国を作ったのは俺とデュオだぞ。 13ヘル現象によって失われた文明を知識を人に伝え蘇らせた。 デュオは……この国を作るために犠牲になり死んでしまった。 俺は……俺たちはこの国のために出来るだけの事をしてきたつもりだ。 それを、フォリオは……目障りだという訳だ。 恩を忘れた哀れな道化には死を与えてやるべきだろう?」 「皆殺しか。悪くねえな……」 理由はどうあれ、血に塗れた人間を見るのは嫌いじゃない。 それから、デュオは壊れたのか。 二つの思考回路を持つ小さなアンドロイドだった。 確か天使回路はクロンと呼ばれていたか。 悪魔回路のほうはシロンと呼ばれていた。 「おいジャック! 何考えてんだ!」 レイチェルがこちらを振り返る。 声を機械じみたものに変換する。 「ニンゲン、ジャマ、コロス、ミナゴロシスル」 「ふざけんな!」 レイチェルが立ち上がった。 声を元に戻し、エースに視線を移して口を開く。 「だが、その前に……」 エースの頭部めがけて発砲する。銃声がマイクに響く。 首をひねるという小さな動きだけでエースはそれを回避した。 「お前を破壊する」 「なるほど。まだ、あの日の事を恨んでいる訳だね?」 13ヘル現象の始まる少し前。 博士とルシルの形をしたアンドロイドを破壊したエース。 あの日の映像が映し出される。 「恨む? アンドロイドに、感情なんて、ねぇよ」 ペッと床にオイルの不純物を吐き捨てる。 「相変わらず君は冷たいねぇ」 「家族と呼んでいた奴らを平気で破壊するような お前に比べれば、たいした事ねえよ」 発砲。エースは半身になって攻撃をかわす。 残弾数は3。 「それに、てめぇには賞金がかかってんだよ。 3000万£だぜ。一生遊んで暮らせる。その首、俺にくれよ」 「3000万£? 安く見積もられたものだね。そうか俺は3000万£か。 フォリオめ……」 エースは白い歯をむき出しにした。 「お前の話は長くてつまんねえんだよ。 早く始めようぜ、どっちかが壊れるまでやりあうんだろ?」 再開しよう。13ヘル現象の直前、あの日の続き。 「ああ……そうか、やはり君は俺を…… まさかこんな再開になるとは思ってもみなかったよ。 俺は君を殺さなければならないのだね」 「殺す? アンドロイドは死なねぇよ」 「壊れて動かなくだけだ……だろ? そういうところは相変わらずだねえ」 懐かしむようにエースが呟いた。 「思い出に浸ったまま壊れろ」 拳銃E02の引き金を引くと連動してハンマーが起こされる。 さらに連動して弾倉が回転し、弾薬が発射位置まで移動したところで弾倉が固定される。 弾倉の固定とほぼ同時に、連動してハンマーが落ち弾丸が発射される。 発射された弾丸はクルクルと回転し放物線を描きながらエースの顔へと接近していく。 突然、エースの姿が消えた。 いや、消えたという表現は適切ではない。 正確にはカメラがエースの動きを読み取る事ができなかった。 つまり、奴の移動速度に俺の処理が追いついていないという事だ。 カメラとマイクからの情報を分析する。 エースがどこかにいるはずだ。 この間0.03秒。解析するも居場所を特定できない。 こちらに接近しているのか? マイクが風を切る音を聞き取った。 上方、斜め71.97度。 咄嗟に銃を向けて発砲する。 天井のステンドグラスが割れる音。 外れたか。 <<胸部・中度衝撃>> 突然の胸への衝撃。エースの右膝が俺を捕らえている。 このまま倒れ込んだら馬乗りになられて 不利な体制で攻撃される事は避けられない。 身体が後ろへと吹き飛びそうになるのを足の位置を変え、 重心移動により無理やり押さえ込む。 着地を控え宙を舞うエースの足を左手で掴み床に振り下ろす。 「ぐっ!」 床が抉れ、砕け散る。 エースの声がした方向に拳銃を向け発砲する。追撃。 しかし、銃弾は床を抉る結果となった。 残段数1。 「チッ!」 「なるほどね」 教会の奥。女神像の前あたりから声がした。 いつの間に移動した!? エースの速度に俺の処理速度がついていけていない。 その差は歴然だった。 「出力が随分と落ちているようじゃないか。 それに戦闘における行動パターンも以前と比べると 美しさよりも合理性を重視しているように思える。 あと、予測に頼り過ぎているせいか、無駄が多い。 以前の君ならこんなに無駄な動きはしなかったはずだ」 それからエースは首を横に振った。 「残念ながら君では俺を殺すことはできないようだ」 確かに機動力に差がありすぎる。 出力が100%まで回復していない事が何よりも致命的だった。 「アンドロイドは死なねえっつってんだろ」 眉間に皺を寄せ睨み付ける。 「ジャック、君一人じゃ無理だ、僕も手伝おう」 振り返ると左肩と左太ももに白い布を巻きつけたマイル。 レイチェルがキャミソール姿になっているという事は 着ていたブラウスを包帯代わりに使用したという事なのだろう。 「マイル……」 2対1なら勝ち目はあるか。 とはいえマイルは負傷している。 まともに動けるとは…… 「心配しなくて大丈夫だ。僕の痛覚はほぼ無いに等しいからね。 脳に血がまわっている限りは行動可能だ」 俺は片方の唇を吊り上げた。 「お前、死ぬぞ」 「どの道、彼を倒せなければ殺されるのがオチだろう」 「いえてる」 マイルには戦う以外の選択肢が無いという訳だ。 後ろでレイチェルが騒いでいるが無視する事にした。 「2対1なんて卑怯じゃないか。 俺はただここで静かに暮らしていたかっただけなんだぞ?」 大げさな身振りだった。 「俺が何をした? この国のためにどれだけの事をした? 俺が何の見返りを求めた? 俺は、俺は……」 「理由はどうあれ、賞金首は賞金首だ。 もう、不要になったって事だろ。邪魔者なんだよお前。ハハハハ!」 笑い声が教会の中に響く。 エースは白い歯をむき出しにした。 「ふざけるな!」 「ふざける? 事実だろ。てめぇにはもう需要がねえんだよ」 声を荒げるかと予測していたが、 エースは遠い眼をしてつぶやいた。 「我々は泣き叫びながら生まれ、苦しみながら生き、失望して死ぬ」 誰かからの引用だろうか? 目の前のアンドロイドはメディアからの引用を好む。 「アンドロイドは死なねえっつってんだろ」 発砲。銃声が引き金となり、戦闘開始の合図となった。 エースがすばやい動きで攻撃をかわす。 残段数は0。アンドロイドにとって銃で闘うメリットはほとんど無い。 素手での攻撃のほうが破壊力も制度も高い。 ただ、服が汚れないという1点において、銃というのはもっとも優れた武器だった。 今回は相手がエースだ、こちらも本気を出さないといけないだろう。 銃から手を離す。重力に引っ張られ銃が落下していく。 エースの姿もマイルの姿も早すぎて残像がチラチラと見えるだけだ。 ここまで機動力の違いを見せ付けられると…… 何か適切な表現方法があったはずだが単語が出てこない。 まあ、たいした言葉じゃないのだろう。 13ヘル現象の後、頭を弄り過ぎた後遺症だ。 適切な単語が時折出てこない。 それは、感情的な言葉や単語なのかもしれない。 「人工脳化手術なんて、残酷な事をするものだね。 君は、随分と苦しんだんだろう? 楽にしてあげるよ」 「僕は苦しいなんて思った事はない。 君たちが勝手に僕の事を悲観しているだけだろう」 二人の会話が聞こえる。 胸ポケットからオイルボトルを取り出し一口飲む。 まさかここまで機動力に差があったとはな…… あまりやりたくはないが、仕方ないだろう。 駆動系に負荷がかかるからできるなら避けたかったが…… ペッとオイルの不純物を吐き捨てる。 [実行 > 戦闘モード] 13ヘル現象後に頭を弄ったついでに用意しておいた秘密モードを起動する。 余分なプログラムを強制終了し、戦闘に特化する。 マシーンの制御を緩くし、出力を大幅にアップさせる。 ただし、長時間の稼動は筐体へ致命的なダメージを与える事になる。 つまり、ダサくて身体に負荷はかかるが、強くなれるモードだ。 まさかこのモードを使う事になるとはな。 今まで一度も使った事が無い。 今回が初めてのテスト起動だ。 プログラムの強制終了とプログラム起動の告知がいくつも行われる。 <<日常会話機能・強制終了>> <<音色変換機能・強制終了>> <<出力88%回復>> <<触覚センサ・軽量モード>> <<戦闘プログラム常駐起動>> <<出力93%回復>> <<冷却システム・フル稼働>> <<出力98%回復>> <<サブモーター起動>> <<出力128%回復>> グォンという音がした。 サブモーターが起動し、キュルキュルという音が鳴っている。 久々の出力100%越えだ。 マイルとエースが肉弾戦を行っているのが良く見える。 マイルが右手を突き出せば、エースがそれを受け流しカウンターの攻撃をする。 その攻撃をマイルがかわして、次の攻撃を仕掛ける。 「さてと……」 機械的な自分の声。ダサい。 「やるか……」 戦闘の輪に入る。 マイルのほうが不利だったらしく、身体が傷ついていた。 俺の参加により、形勢は逆転した。 「手伝いにくるのが遅いよ」とマイルがいう。 「るせーよ……」戦闘モードを使うか計算してたんだよ。 マイルがエースの腕を掴み、防御が弱くなったところを俺が攻撃する。 致命傷を与えようとしてもすんでのところでかわされてしまうが、 徐々にエースは傷ついていった。 「戦闘モードを搭載していないお前の負けだ」 俺がチープな声でそういうと、エースは苦しげな表情を浮かべた。 「こんなところで死ねるか、俺は創設者だ!」 「馬鹿、てめぇはただのアンドロイドだろ……」 マイルがエースの後ろを取り、身動きできないようにした。 俺はエースの左足を踏みつけて破壊する。地面もろとも足が抉れた。 これで機動力は劇的に落ちただろう。 右足も踏み潰そうとしたが、 マイルを払いのけ、エースが逃げた。 「チッ!」 エースは右足を少し曲げてバランスを取り、2本足で立っている。 破壊された左足からオイルが漏れている。 「どうして、殺されなきゃいけない? どうして、殺されなきゃいけない?」 繰り返される疑問。 俺とマイルはほぼ同時に答えた。 「警察は命令されたら誰であろうと殺す」 「賞金稼ぎは賞金首を狙う」 エースは右手で頭をかいた。 「君たちには正義はないのか? 何が正しくて何が間違っているかを判断できないのか?」 「おい、ふざけんなよ。 てめぇ、あの日、俺を撃とうとしたくせに何が正義だ」 「……」 エースの表情が曇った。 「100年間、お前が何をしてきたかなんて知らねえよ」 「俺は、俺は……やり直したかった、100年間ずっとずっと、 世界平和のためにこうやって償ってきた」 「知らねえよ」 「俺はお前たちに毎日祈りを捧げた。もう十分償ってきただろう?」 「それはお前が決める事じゃねえだろ」 破壊された奴らが決める事だ。 何度、祈りを捧げても罪を償う事なんてできゃしねえだろ。 一生引きずって活動を続けるしかねだろ。 「まあ、いいさ。俺がお前を破壊したいのは…… 賞金のためだ。それ以外の理由なんてねえよ」 片方の唇を吊り上げる。 さあ、終りにしよう。あの日の続きだ。 <<システム異常>> <<セーフティーモード強制切替>> <<サブモーター停止>> <<出力・89%低下>> <<出力・85%低下>> <<出力・72%低下>> <<出力・53%低下>> <<出力・37%低下>> 急速に出力が低下していく。 視界から色彩が失われる。モノクロームの粗い映像。 エースに気付かれていなければいいが…… 「サブモーターが停止したな」 気付かれたか…… 「マイル、早く仕留め……」 倒れたマイル。 『脳に血がまわっている限りは行動可能だ』 血液の循環が滞った? 出血多量による失神、もしくは死亡…… 人間の血液は体重の1/13程度だ。約8%が血液といわれている。 その血液の1/3を失うと生命が危険になる。 このタイミングで戦力を失うのは致命的だ。 勝算の見込みが希薄になる。 「悲しいねえ、兄弟で殺し合うなんて。 俺は、兄弟の仲でも5番目にお前の事が好きだったんだ」 「1番じゃなくて安心したぜ、もしそんな事をいわれでもしたらCPUが炎上する」 片方の唇を吊り上げようとしたが、 セーフティーモードでは表情の制御ができないため 命令が実行される事はなかった。 俺とエースは動きを止めたまま対峙している。 次に動き始めたらどちらかが破壊される。 それだけは限りなく100%に近いといえる。 「ああそうだ、ひとつ聞きたい事がある。 ロッキー・グルンワルドという男を知っているか?」 「ロッキー? ああ、博士の事を調べていた男か。 あの男なら西に向かうといって10年ほど前にこの街を出て行ったよ」 「何!」 背後でレイチェルが飛び跳ねた。 まさか、エースが情報を持っていたとはな。 「研究熱心な男でね。俺は彼にできるだけの知識を与えた。 世界平和と娘のために研究をしているというし悪い男ではなかったよ」 「西……」 世界に水獣をまきちらした元凶都市…… 今では魔の巣窟と化しているというが…… 考えすぎか。あんな場所に行って何かが得られるとは到底考えられない。 「ああ、だけど西に行くといっていたとき、どこか寂し気な表情をしていた。 あれはまるで子猫を捨てる少年のような目だったね」 「なるほど」 子猫じゃなく、娘を捨てたって訳だ。 「それにしても、君は本当に、変わってしまったんだね。 残念だよ。昔の思い出話ができると思っていたのに」 「……」 「どうして、いつもこうなってしまうんだ。 俺はただ幸せになりたかっただけだというのに……」 エースが瞼を深く閉じた。 そのとき、銃声が教会に響いた。 マイルの倒れていた位置からだ。 マイルが仰向けに倒れた状態でエースに向けて発砲したのだ。 一瞬の隙を突き、放たれた銃弾がエースに向かって飛んでいく。 音に反応して瞼を開くエース。銃弾を完全にかわす事ができず、 左腕の付け根に銃弾が食い込んだ。 銃弾は腕の内部へと進入し、左肩を抉り取る。 弾けるパーツと弾丸。 俺はできうる限りの速さで移動し、 エースの喉を両手で掴んで持ち上げながら握り締める。 このまま握り潰してやる! エースは暴れて腕を振り払おうとしている。 俺の頭を右手で掴み、破壊しようと力を入れる。 頭に指がめりこんでくる。 <<頭部・軽度衝撃>> <<頭部・異常>> <<頭部・異常>> <<頭部・中度衝撃>> <<頭部・異常>> <<頭部・異常>> <<頭部・異常>> 危険通知が幾度と繰り返される。 俺の左手の薬指と中指が首の装甲を突き破り内部へと侵食していく。 破壊まであと少し。指先に伝わる潤滑油のぬるりとした感触。 俺の頭を掴んでいたエースの手から力が抜ける。 破壊だ。100年前から待ちわびたお前の終わる日。 「エース、ひとつ良い事を教えてやろう。 KK projectの中で俺はお前が一番気に食わない」 「な、ぜだ……」 「お前の話は長い」 「ふ、ざ……けるな……」 「そして、お前はあの日、選択肢を間違えた。 破壊すべきは博士やルシルではなく、お前自身だったって事だ」 苦しげな表情の中、エースが微笑んだように見えた。 「知ってたよ。そんな事……だけど、死ぬのがとても怖かったんだ…… みんな俺の事を忘れてしまうんじゃないのかと思うと俺はとても悲しくてね。 だからあの日、俺はみんなと一緒に死のうとしていたんだ。 でも、結局俺は怖くて死ねやしなかったんだ。 ずっと、ずっと後悔していたよ。1日だって忘れた事はなかった。 ごめんよジャック、そしてありがとう、狂ったこの兄を止めてくれて……」 「約束だろ」 『もし俺が暴走したら、迷わず殺してくれよ』 エースが昔いっていた言葉だ。 「覚えていてくれたのかい。嬉しいよ……」 エースの口からオイルが漏れた。顔や服に飛び散る。 「チッ!」 衣装を一式買い替えだ。まあいい。多額の金が手に入る。 「フォリオに仕返ししてやろうと思っていたけれど、それももう、どうでもいい。 君のいった通り、用済みなんだよ俺は。この国はもう俺を必要としていない。 君のお陰でこの国を悲しみと血で染めずに済む…… これでやっと長い悪夢が終わる……悪夢を繰り返さなくて済む……」 目の前のアンドロイドから活動反応が消えた。 手を離すと鉄の塊はぐったりと地面に倒れた。 「ハハハハハハハハ! ハハハハハハハハハハハハ!」 ゲシゲシと塊を蹴りつける。 腕や胴のパーツが剥がれ、床に飛び散っていく。 人間の声とは程遠い変換のされていない笑い声が教会に響く。 「終わった! 終りだ! ハハハハハ!」 右手で頭を抑える。 「用済みなんだよ……お前も俺も……」 100年前の過去の遺物。それでも活動し続けるんだよ。停まるまで。 例え誰からも必要とされなくなっても、 やりたいように活動し続けるしかねえんだよ。動いてる限り。 そして、俺はまだ終われない。 喉に爆弾を仕掛けたレイチェル・グルンワルドを殺すまで。 「マイル! しっかりしろ! マイル!」 レイチェルが倒れたマイルに駆けつけていった。 「何だい、うるさいな。もう少し眠らせてくれよ。 レスカはいつも元気だね」 血に塗れた顔。唇が釣りあがっている。 ありえない。人工脳化手術により感情の大半を喪失したマイルが笑っている。 鉄の塊を蹴りつける足が止まる。 「お兄ちゃんはもう少し眠っていたいんだよ。 もう、仕方ないなあ。……あれ、レイチェルじゃないか」 「直ぐに救急車を呼んできてやるから、待ってろ!」 駆け出そうとするレイチェルの腕をマイルが掴んだ。 「無駄だよ。もう、それほど長く無い」 「おい……」 「昔の夢を見ていたんだ。僕はまだ手術される前で、 父さんも母さんも生きていたころの夢をね」 レイチェルはマイルの手を引き剥がそうと必死に腕を動かしている。 「やめろ、救急車を呼ばないと……」 「どの道、この任務が終わったら僕は処理される運命なんだ」 「どういう事だ?」 涙と嗚咽交じりの鼻声で、レイチェルがマイルに問いかける。 「人工脳化手術を受けた人間は10年も経つと暴走してしまう。 僕は最近どうも不安定でね。 暴走の初期症状、異様に喉が渇き、手足が時折小刻みに震える。 つまり、もう、それほど長くはないって事だよ」 俺の知っている人工脳化手術は5年で暴走していたはずだ。 100年の間に10年まで暴走しないように技術が上がっていたのか。 「そんな、でも……」 「だけど、僕ははいま笑っている。 いままでとても長い夢を見ていたような気分だよ。 感情が無くなるとても嫌な夢をね」 セーフティーモードで起動しているため、 映像はモノクロームで小刻みに映し出されている。 マイクから拾う音声も時折言葉が聞き取れない。 「レイチェル、君は僕の、事を人間として、見て、いてくれたような……気が、する。 とても、感謝しているよ」 「おい……」 「ああ、そうだ、妹にひとつ伝言をお願いしていいかな」 「死ぬなよ。マイル、死ぬな」 「あれは事故の前日だったかな。レスカのクッキーを食べた犯人は僕なんだ。 僕は素直に謝る事ができなくて、喧嘩したままあの事故があって…… きっと彼女、未だにクッキーを取った事を恨んでいると思うんだ。 だから謝っておいて欲しい」 「違う、そんな事……」 そんな事、忘れているんじゃないだろうか? 走馬灯という言葉がある。 マイルは脳が思い出す限りの事を口に出して話しているようだ。 「ああ、そうだ、ジャックに、僕の、ケルベ……ロスをプレゼント……したいんだ。 きっと、警、察の、中に……この銃を使い、こなせ、る人はいな、いだ……ろうし、 友達……だから……」 ありがたい話だ。あの銃は精度が高く人間や獣を殺すのに適している。 マイルの呼吸は徐々に荒くなっていた。 深くゆっくりとしたものから、小刻みで早い呼吸に変わっている。 「おい、もう喋るな」 「あと、お願い、が、あるんだ。僕の事、忘れ、な、いで欲しい。 それから、僕、の事が、嫌いじゃないなら……キスして、欲しい……」 「え!?」 「恥ずかしながら、僕は生まれて、からキスを、した事がないんだ」 「へ……!?」 間抜けな表情を浮かべるレイチェルに、マイルが笑顔を向ける。 「冗談だよ、レイチェ、ル……友達で、い、てくれてありがとう。さ、よな……」 「おい、マイル!」 レイチェルがマイルを揺する。 生命活動が停止した。マイルはぐったりとして動かなくなった。 レイチェルは何度も名前を呼び、遺体を揺さぶっていた。 <<システム異常・システム強制終了>> ……。 頭に受けたダメージや、戦闘モードでの身体への負荷が原因だろうか? カメラやマイクが強制終了されていく。 終り? 砂漠。地平線も砂漠。砂と青空しかない風景。 軽トラックが揺れる。 レイチェルの胸元にキラキラと十字架のネックレスが輝いている。 「ったく。テメーの修理にいくらかかったと思ってんだよ! また金欠じゃねーかバカ野郎! コードは焼け付いてるし、エンジンはダメになってるし、 まったくどんな起動してんだよバカ!」 なるほど、戦闘モードは身体に致命的な損傷を与えるらしい。 もう、二度と使う事はないだろう。 危うく永久停止しかけた訳だからな。 暇なときにでも削除しておこう。 「誰が修理しろと頼んだ?」 「素直にありがとうって言えねえのかよ」 レイチェルが白い歯をむき出しにして舌打ちした。 運転席で愚痴るレイチェルの話を聞き流しつつ、 俺はマイルの形見であるケルベロスを左手に持ち眺めていた。 ジェットウェッジ社が開発した黒い悪魔。 100m圏内では圧倒的な命中率を誇る。 何よりこの色とデザインが最高に格好良い。 「あの神父さ、お前の兄弟だったんだろ? 何で殺さねーといけなかったんだよ?」 「賞金がかかってたからな。3000万£という大金はとても魅力的だ。 それにアンドロイドは殺せない。壊すが正解だ」 「うるせーよ、バカ! 賞金全額テメーの修理費用に消えたんだぞ! ったく、ちょっとは反省しろよな。 それと、なんで、兄弟なのに……あんな事になんだよ? おかしいだろ……?」 「マイルを助けてやりたかった。信じて欲しい」 「嘘っくせぇ……」 レイチェルが表情を歪めた。 ご名答。真っ赤な嘘だ。 破壊したいから破壊したまでだ。 目の前のアンドロイドを破壊するのに理由なんて必要ない。 人間は行動に対して理由を求めたがる。 13ヘル現象のあの日、あいつが博士とルシルの形をしたアンドロイドを 破壊したのと同じように、破壊してやりたかっただけのことだ。 しばらく無言の状態が続いた。 「レスカさん、大丈夫かな……」 「ちゃんと別れは告げたのか?」 「うん。マイルからの誕生日プレゼント渡そうとしたけど、 レスカさんは同じもの持ってるからって、私にくれたんだ。 マイルの形見、私に持っていて欲しいんだって。 マイルの事、忘れないで欲しいんだって……」 レイチェルが泣いている。 視界がぼやけるのは運転時には致命的な障害ではないのだろうか? 「あんなに仲が悪かったってのにな」 「レスカさんはマイルがクッキーを食った事なんて気にしてなんかなかったんだ。 ずっと泣いてた。普通にしゃべってるのに、レスカさんの涙が止まらないんだ」 レイチェルは右手で涙をぬぐった。 黒いロングTシャツの袖が哀れでならない。 「なあ、ジュードとマイルってさ、 匿名で色んな施設に募金してたんだって、警察の人がいってた」 ジュード・アイアンメルト。警察の男だった。確か孤児院の婆の息子だった。 マイル・マーカー。背の低い男だった。人工脳化手術を受けた無愛想な奴だった。 長い歳月の中のほんの少しの時間だけ近くにいた。 1年もすれば忘れてしまうかもしれない男たちだ。 「レスカさんさ、二人みたいに施設に募金するんだって」 「他人のために働くなんて、偽善者だな。 口からオイルを吐き出しちまうぜ」 「バカ野郎!」 「まあ、やりたいようすりゃいいさ。俺には関係ない話だ」 活動が停止するまで動いている限り、 自分がやりたいようにやるしかない。 正しいとか間違っているとか、そんな事はどうでもいい。 ひとりになっても、誰にも必要とされなくなっても、 自分の信じた道を行くしかない。 「なあ、そろそろ親父を捜す旅なんてやめて、俺の首の爆弾はずしてくれよ」 「そんなのダメに決まってんだろ!」 この女も自分の信じた道を進もうとしているのだろうか? 「あれ、西ってどっちだっけ?」 「右斜め37度前だ馬鹿」 「うっせー!」 レイチェルは今日も道に迷っている。 END |
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