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ナンバージャック - Rachel side -

 - down in the dumps -

 大広場を歩いていると、子猫が擦り寄ってきた。
 野良猫というのはよくいるし、乞食に捕らえられ食べられてしまうのが常である。
 血統称付きの猫であれば、金持ちのペットにでもなれたろうにと思い、不憫に思う。

「お前も食べられちゃうのか……」

 可哀想だが、救ってあげることができない。
 貧乏で無力な自分を、レイチェル・グルンワルドは恨んだ。

 何も出来ずに立ちすくむ自分が悔しく、ぎゅっと拳を握り締めて、空を睨む。
 青く晴れた空は残酷なまでに清みきっていて、
 爽やかなそよ風まで運んでくれた。

 癖のある長い黒髪が風になびくのを、白く細い手で押さえる。

「ごめんね」

 しゃがんで頭を指先で撫でると、子猫は小さな声で鳴いた。
 心地良さそうに目を瞑り、喉を鳴らしている。
 短い尻尾が素早く左右に揺れ動く。

 子猫特有の柔らかい毛並みだった。

 ふと、目頭が熱くなり、眉間に皺を寄せた。

「レイチェル、夕食の肉を手なずけるのはいいが、
 早く掲示板を見に行かねぇと先を越されちまうぜ」

 デリカシーに欠ける低い声の主を見上げる。
 アンドロイド KK project S-type No.11 通称ジャック。
 耳まで覆う跳ねた赤毛と、冷酷な黒い目がレイチェルを見下していた。

 子猫を食べるという発想が気に食わなかった。

 レイチェルの怒りは瞬時に沸点を超え、
 気がついた時には立ち上がっていて、言葉と手が飛び出していた。

「誰が食うかバカ!」

 ジャックがさっと体を後に逸らしたため、右手は虚空をきった。
 バランスを崩さないように重心を移動させ、キッと睨みつける。

「クソッ!」
「穏やかじゃないねぇ」

 ファスナーの位置が左にズレたデザイン性に優れた黒いパーカーに、
 黒のカーゴパンツ、白地のスニーカーというラフな格好をしたジャックは、
 両手を広げて肩を落とした。

「誰のせいだ!」
「自分のせいだろ。さっさと行くぜ」

 そういうとジャックはスタスタと先へと進んでいった。
 レイチェルは慌てて後を追った。歩幅が違うため小走りになる。
 チラと後を見ると子猫が付いてきていた。

「ごめんな……」

 その姿を見ていると、胸が苦しくなった。





 大広場の掲示板前。尋ね人や仕事の依頼、
 または仕事募集の張り紙などがいくつも貼り付けられている。
 痛んだ紙や真新しい紙など、紙の質や色はまちまちであった。

 相変わらず子猫はレイチェルの足に頭を摺り寄せてきた。
 レイチェルは心の中で「やめて、どこかへ行って」と繰り返した。
 どこかに行ってくれないと、見捨てられなくなってしまう……

「ろくな仕事がねーな」

 興味ない声でジャックが呟いた。
 レイチェルが5枚目を読んでいた段階で、ジャックは全ての資料に目を通し終えていた。

 アンドロイドの処理能力は人間のそれを凌ぐ。

「まだ、5枚目かよ。とろくせーな」

 そして、人を見下したジャックの態度が鼻に付く。

「黙れ」

 子猫は頭を摺り寄せてくるし、ジャックは文句を言ってくる。
 レイチェルはイライラと首の後ろをかいた。

 痛んだ髪が何本か抜けて、それがまた気に障った。

 緩んだブラの紐を服の上からかけ直し、6枚目に目を通す。

 ジャックの言うとおり、ろくな仕事がない。

「今日は水狩りだな」

 ジャックがオイルボトルに口を付けた。
 それから、ペッと不純物を地面に吐き捨てる。

 高度な科学技術によって作られた複雑なシステム、思考ルーチンや、
 間接部のコネクトシステムを有しているのに、
 なぜかオイルの補給部分だけローテクが使用されていた。

 喉のフィルタに不純物が引っかかり、
 それを空気で外に吐き出すというシステムだ。

 ローテクこそ王道であると、昔父がいっていたが、そんなものなのだろうか?
 レイチェルならもっとスマートな実装を試みたと思う。
 ま、作った本人ではないので、なぜそういう作り方になっているのかなんて、
 憶測でしか考えられないし、考えたところで、修正する気もないので考える事をやめた。

 費用対効果を考えれば、今の形がもっとも安価に実装できたのだろう。

「行くぜ」
「おい、待てって」

 ジャックはいつも先に進んで行ってしまう。
 追いかけないとどこかに行ってしまいそうだから、必死に追いかける。

 喉に仕掛けた爆弾だけでは彼を拘束していられないのかもしれない。
 だが、高度な思考ルーチンを自分の思い通りに制御できるほど、
 レイチェルの技術はない。昔のアンドロイド技術は優れすぎていて、
 参考書にも恵まれていない今の時代では、動かすのがやっとなのだ。

 後ろを振り向くと、やはり子猫がついてきていた。
 良く見ると走り方に違和感があった、左後ろ足がおかしい。
 他の足と違って力があまり入っておらず、そのため走り方がぎくしゃくしている。

「ジャック、待てって、猫が」
「ああ、夕食の準備か? 5分で済ませろよ」
「誰が食うか!」

 ジャックが立ち止まり、のん気に口笛を吹いた。
 どこか繊細で悲しげな音色が、早朝の静かな大広場に溶けていく。

 子猫と向かい合い、しゃがんで頭を撫でる。
 柔らかく艶やかな毛の感触が指先から脳へと伝わる。

「お母さんはどこにいったんだ。可哀想に」

 子猫は尻尾を振り、喉を鳴らすだけで、何も語らない。
 両手で持ち上げて、抱っこする。
 喉の鳴る振動がレイチェルの身体に直接伝わってきた。
 暖かな、子猫の温もりが服越しにレイチェルに届く。

「仕事の邪魔だろ、とっとと首を絞めちまえよ」
「死ね!」

 足元に転がっていた石を蹴飛ばした。
 石は明後日の方向に飛んで行った。

「狙う相手間違ってんだろ」
「うるさい。うるさいうるさいうるさーい!」

 頭に血が上っていた。

「可哀想だろ、ほっとけるわけねぇだろ!」
「たかが人間一人が、何かを救おうなんて思う事自体がおこがましいんだよ。
 そんなものはただの奢りだ。自己満足に過ぎないね」

 常に冷静なジャックを睨みつける。

「お前は、誰も好きになったことがないからそんな事が言えるんだ。
 ふん、可哀想な奴だな、一生孤独に生きてけばいいんだ」
「アンドロイドは生命体じゃないんだ。
 最初から生きてなんてねぇよ。動いてるだけだ」

 一言一言が癇に障った。
 アンドロイドのくせに仕草や言動が人間っぽいから、
 彼は人間なのだと時々勘違いしてしまう。

 人間扱いする事は、彼にとっては残酷な事なのだろうか?
 ジャックは何も語らないので、レイチェルには察する事が出来なかった。

 そのとき、若い女性の声が大広場に響き渡った。

「ミーちゃん!」

 15歳前後の白い服を着た少女がいた。
 金髪の巻き毛に蒼い瞳と、病的な白さの肌。
 奥には執事風の男と黒い高級車が待っていた。

 レイチェルの元へと駆け寄ってくる。

「やっぱり、ミーちゃんだ」

 心配そうにレイチェルが抱いた子猫の頭を撫でた。
 子猫は気持ち良さそうに喉を強く鳴らし、尻尾を素早く左右に振った。

「ミーちゃん?」
「はい」

 早朝、飼い犬の散歩に出かけようとした少女がドアを開けた際に、
 ペットの子猫が飛び出していったそうだ。

「なんで、首輪付けてねーんだよ」

 レイチェルは眉をひそめ、少女を見る。

「お可哀想でしょう。喉に首輪をするなんて、そんなの可哀想でできませんわ」
「いい事いうぜ」

 後ろのほうでジャックが呟く声が聞こえたが、それは無視した。

「だったら、ちゃんと見守ってやんなきゃダメだろ!」
「まあ……」

 少女はへなへなと地面にくず折れた。
 執事が駆け寄ってきて立ち上がらせる。

「お嬢様になんという無礼を」

 憎憎しげに睨んでくる。

「乞食に食べられたらどうすんだよ。
 ちゃんと飼い主が守ってやんなきゃ、ダメだろ!
 そんなの、飼い主失格だ!
 今度は、絶対、絶対に逃げないように見守ってやれよな!」

 そういって、レイチェルは執事に子猫を返した。

「行くぞジャック!」
「ああ」

 早足で進んで行く。頬を伝う涙など枯れてしまえばいいと思う。

 しばらくして、ジャックが優しく肩を叩いてきた。

「レイチェル……」

 レイチェルはジャックを見上げた。

「何だよ……」

 泣いているのが恥ずかしく、袖で涙を拭う。

「車停めてんのは、あっちの方角だぜ」
「もっと早く言えよ!」

 頭にきて、足が勝手に飛び出していた。
 ジャックの鋼鉄の足を蹴って、ダメージを受けたのは自分の足だった。

 しゃがんで痛みを堪える。

「痛……」
「バカだなお前」
「バカだよ……」

 情けなかった。空を見上げれば残酷なまでに青く清みきっている。

「でも……飼い主が迎えに来てくれてよかったよな。幸せになれるといいな」

 子猫の事が気になる。
 よくよく考えれば、人なれしていたし、毛並みも整っていたので、
 飼い猫だと推測できたはずだった。自分の頭の悪さを憎む。

 子猫は無事飼い主が迎えに来てくれた。それは本当に良かったと思っている。
 行方不明の父も、いつか迎えに来てくれるのだろうか?

「ジャック、私は絶対お前を見捨てたりなんてしないからな」
「頼むから見捨ててくれよ」
「バカ!」

 ポンポンと優しく頭を撫でてくるジャックの手は暖かくて、
 まるで人間のようだった。

 子ども扱いされている恥ずかしさと、
 どこか落ち着く手の温もりで、頬が熱くなるのを実感した。

「殺す、絶対殺す!」

 素直な言葉が何一つ出てこない。
 もっと素直になれたなら、仲良くなれるのだろうか?

おわり

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