東北教区「礼拝と音楽」研修会
撮影:ブルーノさん


2002年7月の末


東北教区の「礼拝と音楽研修会」。
今年は久しぶりに参加(聴講)しました。
これまで主に、仙台東一番丁教会や仙台五橋教会が
会場になることが多かったのですが
今年の会場は、仙台東六番丁教会と教区センター・エマオです。


一日目の講師は、佐藤泰平先生。
仙台北教会の会員で、近年では特に
リードオルガンの保存と演奏にご尽力なさっています。


ベビーオルガンを演奏しながら、
賛美歌の指導をしてくださる泰平先生。


この「ベビーオルガン」という楽器は
見た目はとてもかわいらしいのですが、
いざ演奏となると難しい楽器なのです。
風を送るペダルの部分が、通常よりも
ちょっとテクニックが必要です。
泰平先生はベビーオルガンを愛されているようで
それを使用したディスクも出されています。

▼泰平先生が献品なさった、「森のイスキア」(津軽)
への訪問記はこちらへどうぞ(Byマキ)


こちらのリードオルガンは、
見た目の通り堂々とした音色で、
ドラマティック&シンフォニックな音色がしました♪

●泰平先生講演のメモ (文責:竹佐古真希)

 リードオルガンの魅力 〜日本の教会で愛されてこなかった楽器?
 音が小さい〜風袋の問題  踏みが足りない
 ストップの工夫〜組み合わせ
 楽器の正面は鍵盤側(いちばん音が出る方向)

 出ない音がある〜リードにゴミがたまっている
 修理の人が来た時は、出来るだけ立ち合って構造を少しでも知る
  自分の教会の楽器のみではなく、他の楽器にも興味を持つ
 後ろを開けて掃除をする ほこり

 リードオルガンの保存と修復と演奏
 日本キリスト教団彦根教会 4台全部を保存している
  →信仰の継承の証

 魅力がないと思われるところが改善されたら、どうするか?
 旋律だけを弾いて、魅力的か?
  一緒に歌いたいと思えるか 音の大きさではない
 個性があるオルガンか、個性がないオルガンか
  音に品があるか Tuttiや最弱音の鳴りと響き
 会衆と一緒に歌っているかどうか
  会衆のテンポの好み
  速さの調節は、讃美歌練習で調節


 翌日は、教区センターエマオに会場を移し、新潟大学の横坂康彦先生を講師にお迎えしました。
 が! 個人的な事情で(デジカメを忘れてしまいました・・)記録が撮れませんでした。申し訳ありません・・。m(_ _;)m

 講演の要旨はメモをしたので、そちらをアップしたいと思います。

  
(キリスト教音楽講習会 洗足学園@神奈川にて
 横坂先生と賛美歌作家のカール・ダウ氏 詳細はこちらのサイトへ・・)

●教会は何故歌うのか 「神賛美」という非日常について
 新潟大学 横坂康彦氏  

キリスト教と非日常性
 キリスト教の土着化 →状況適合化 キリスト教と異文化
 どのように他の文化と融合できるか
 こう言われること自体が、キリスト教は非日常?
 ユニオン神学校でのシンポジウムの1コマ
  着物にネクタイ

日常の中で、キリスト教以外の生活
 ある種のギャップを抱きながら生活をする
教会の中での世代間のギャップ 昔からあるもの

新潟教会 子どもと共に礼拝
 導入当時は教会内でも反対が多かった
 子どもの聖書朗読 小説教の後に一緒に歌う讃美歌の定着

讃美歌はそれぞれの時代時代の特徴を表している 反映されている
 アイオナ共同体「もし時間が充分にあったなら」
 リアリティ 現実が直視されている

東京のある教会
 若者層は何かを求めて来るのに、コミュニケーションがうまく取れない
 →大人の信仰共同体としての意識は、どうか?
  「信仰共同体」のより所として
  個人の集合体になってはいないか

どうして讃美歌が歌われるのか
 讃美歌にはギャップを超える力がある
  年齢層 認識の違い
 1つに結びつける力 瞬時に結びつける力

カール・ダゥ 現代アメリカの代表的な賛美歌学者
 「教会とは、様々な経験を持った人が、あくまでも断片的な信仰理解を持って集まるもの」 信仰的な必要性に駆られて集う
 「みんな地理的に離れているので、共同体の意識は薄れている」
 歌うことは、人に触ることの次ぐらいに直接的な働きかけがある
 「一緒に歌う・・信仰について」

 聖書を重視した歌詞
 讃美歌21 131 184 190 575

アメリカ・カナダ賛美歌学会
 「会衆歌の危機」
 初期キリスト教の時代 他の神秘宗教との混同を避けるために
 中世 教会音楽がプロの手に委ねられる 一般会衆はどんどん置き去り
 宗教改革 禁欲主義が強い改革では、賛美歌は絶滅の危機に瀕する 
  聖書や詩篇歌のみ
みんなで記憶している歌が減ってきている
 たとえあったとしても、思想がない CMソングの影響?

1)シンセサイザーのような楽器や目新しさを使う
  → 活発に思わせる
2)古典的な教会音楽のみに固執する
  訓練を受けた聖歌隊のみが歌を担う 会衆はお客さん
3)何もしない (全く手を打たない)
  →ここからは、何も生まれてこない
4)牧師も音楽家も会衆もエゴを捨てて、お互いに礼拝の実質を模索する
 賛美歌が持っている力の再認識

1970年代後半から、アメリカでは多くの賛美歌が生まれた
1989年〜1995年の6年間、新しい(1950年以降)賛美歌を調査する
 10種類の賛美歌の26.6%
 合同メソジスト25.9% 長老派 32.6? 合同キリスト教会32.6
 バプテスト 30.4%
 新しい賛美歌の使用頻度が最も多い歌集の割合 40.7%

詩篇頌歌
 114番 長老派 答唱と音読 ドラマティックな作り
 1993年の詩篇歌集から来ている
 「私たちをつなぐ」会衆化の力

賛美歌はそういう人々にメッセージを投げかけて、瞬時に〜(聞き取れず・・)
ヒム・エクスプロージョン
 ※分かりやすい 薄っぺらではない
   今歌っている信仰共同体を1つに結び付けなければならない

アイオナやカール・ダゥを歌っていると、神賛美は「非日常」ではない
 私たちの生活や心に深く食い込み、染み込んでいる

(講演のメモ:竹佐古真希)



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