< 私が「竹佐古」を名乗るワケ >
私の戸籍上の名前は「竹迫」である。これはパートナーである夫の姓だ。
結婚するとき「姓をどうしようか」と考えるには考えた。しかし、その時はジェンダーやフェミニズムの視点が全くなかったのと、「オルガンの演奏活動をするのに、『竹迫』の方が、インパクトがあっていいかな」と、ごく単純な理由で夫の姓を選んでしまった。
結婚して最初の頃は、「竹迫さん」とか「奥さん」と言われるのが照れくさく、嬉しかった。でもそれはほんの最初のウチだけだった。だんだんに「竹迫夫人」と言われるうちに、「あれ? 竹迫真希はどこへ行ったの? 私は彼の付属物なの?」という思いが強まっていった。
学生YMCAのパートタイムのスタッフをして今年で4年目になるが、学Yで「ミリアム」という、セクシャリティーやジェンダーについて学び考えるグループがある。ミリアムとの出会いは、私にとって非常に大きかった。
それまでフェミニズムやフェミニストに対して、ものすごく偏見や反発があった。恐らく今でもそう思っている人は、少なくないだろう。「結婚できない人のひがみじゃないの?」とまで思っていたときもあった。
しかしミリアムのメンバーは違った。どちらかと言うと、決して強くはない女性学生の集まりで、自分たちの語る言葉すら確立はしていない人たち。でも彼女たちは共に励ましあい、連帯していくしなやかさを持っていた。
彼女たちを通して女性学やジェンダーの視点を知り、そして私のそれまでの価値観は大きく変わった!
それまで「牧師の娘だから/牧師夫人だから」という暗黙のプレッシャーが、いつも私に付きまとっていた。「こう在らねばならない」という無言の圧力だ。それは「女はこうすべきだ」ということにも、大きくつながる。
でも私はそう言う肩書きの前に(『牧師夫人』は肩書きですらないが・・)神様によって造られた「たけさこまき」と言う一人の人間なのだ。そして神様は私に相応しいたまものを、たくさん与えてくれた! それらを活かさないとしたら、いちばん哀しむのは、神様じゃないかな? そう思った。
「竹佐古」は、いわゆる通称別姓である。でも私は「旧姓に戻す」ということはしなかった。それは結婚する時点で「竹迫」を選んだ自分がいたし、竹迫之との共働生活や共に築き上げてきたものがある。それら全てを含めた上で、自分には「竹佐古」と名前を付けることにした。旧姓の「佐藤」が「古い」と「竹迫」をもじった。これは自分でも気に入っている。
佐藤+竹迫・・これは私の28年の人生の全てだ。日本の戸籍制度自体への疑問もあって、通称ではあるが「竹佐古」。これはローカルにいる私の、ささやかな意志表示。
神様が私たちに下さったこの命と生涯。一人一人が本当に活かされるように、心から祈っている。
(1998年浪岡伝道所教会報「風よ吹け」より)
< 2つのコンサートを終えて >
この1年の自分の歩みを降りかえると、決してラクな歩みではなかったが、しかし多くの仕事に恵まれた感謝すべき1年であった。
年明け早々、「キリスト新聞」から、「東西南北」という短いコラムの依頼が来た。「何故私に?」と言う思いもあったものの、とりあえずお引き受けした。
そこからが全ての始まりで、本当に多くの方との出会いと、そしてよき仕事に恵まれた。
オルガンコンサートは3つ依頼があった。7月には横手の秋南教会、11/25は学生YMCA主催で東京の早稲田教会で、翌週には秋田の十文字でリードオルガンによるコンサート。
どれも自分にとって新たな可能性を与えられた貴重な仕事であった。特に11月と12月のコンサートは、私にとって大変意義深いものとなった。
早稲田教会でのコンサートは、関東地区の学生YMCAが主催だった。
これまで私にとって「オルガン/教会/学生YMCA」、この大切な3つをいかにリンクさせるかが大きな課題だった。早稲田でのコンサートは多くの方のサポートにより、文字どおりこれら3つが「リンク」した、手造りの温かいコンサートになった。
秋田の十文字教会(保守バプテスト)のコンサートは、7月の秋南教会での演奏を聴かれた教会の方から、「ぜひウチにも来てください!」という熱いお招きを受け、伺うことになった。演奏者としては嬉しい限りだ。
リードオルガンでのコンサートだったが、パイプオルガンとは違った難しさ(手鍵盤のみの選曲の難しさ)も感じつつ、楽しみ・学びながら準備することが出来た。
近年パイプオルガンは、日本国内にも随分普及したが、一方でリードオルガンは明治時代の日本にプロテスタントが広まって行く中で、また文部省の唱歌や音楽教育の上で、非常に重要な役割を果たしている。
現在リードオルガンはある意味で終焉を迎えつつあるが、私がパイプオルガンとリードオルガンに関して言える事は、1つだけ。
それは「どちらが素晴らしいか」と言うことではなく、「違う楽器なのだ」ということ。
楽器が生まれてきた状況や時代背景・・等が両者は大きく違っている。それなのに「パイプオルガンは素晴らしい」と、これまで使用してきたリードオルガンをむやみに切り捨てて行くのは、哀しすぎる。
19世紀のニーズの中で登場したリードオルガン。明治以降の日本の「西洋音楽」は、まさに教会のリードオルガンから始まったものらしい!
私自身、幼い頃に家にあったリードオルガンとの出会いが、音楽との最初の出会いであった。その後ピアノ・パイプオルガン・・とその時々で弾く楽器は変わっても、最初に触れた楽器のことは忘れられない。
新年はまたリードオルガンのコンサートの予定も入りそうだ。パイプオルガンの研鑽と共に、ゆっくりとこちらの学びも深めて行きたい。
今年あちこちで出会った多くの方に、心からの感謝を込めて・・。
(1998年浪岡伝道所教会報「風よ吹け」より)
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