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(1) 同性愛



転校生


 100万石の城下町として、大河ドラマの舞台ともなった北陸A市。日本3名園のある市街を離れること車で20分、そのK町にこの物語の主人公、落合美鈴が住んでいた。
 美鈴の心に、いまもくっきりと焼きつけられた鮮烈な記憶――。それはまるで小説の一場面のようでもあった。中学3年の春、通学コースであるS川の土手で、おなじK中2年の小山内京子という女子が、F高の女子不良4人組にカツアゲされている現場に出くわしたときだ。
 ごつい顔の女番長にビシビシ叩かれ、ざんばらにされた髪を引き回され、京子は哀れなくらいぴーぴー泣きわめいていた。土手のしだれ桜も散り時とあって、おりから吹く風が桜吹雪を巻き起こし、後輩の涙の顔に桜の花びらが貼りついていたのをはっきり憶えている。
 見ている者はほかにもいた。京子の級友の女子、K中の男子も何人かいたが、止めに入る者など誰もおらず、遠くから見物しているだけだった。
 小突かれ、逃げ回る京子の姿を見ながら、美鈴は同情するより内心ほくそ笑んでいた。見た目もそこそこなうえ、おとなしそうで誰にでも好かれるタイプの年下の子は、美鈴にとって大事に思うより虐めたい対象だった。
「いやっ、やめてっ!」
「ほらほらほらっ」
 胸倉をつかまれた京子はどんどん土手ぎわに追いやられ、そのまま手を放したらS川まで転がり落ちていくのではと思えるほど土手っぷちまで追い詰められた。
 そのとき――。
「やめなさい!」
 凛とした声で止めに入った者がいた。
 紺のブレザーにタータンチェックのスカート。両手に提げたカバンをすんなりと伸びた白い足の前にそろえ、屹然と不良たちをにらみつる少女――。
(あぁ、あの子……)
 すらりとした容姿、清楚な面立ちはもちろんだが、セーラー服のおしゃれっぽさにうっとりした。K中制服ときたら紺一色。その田舎臭さとくらべて、恥ずかしくなる。
 少女は一歩踏み出し、
「弱いものいじめは許さないわよっ!」
 威勢のいい啖呵を切るや、唖然と見返す不良たちにぐんぐん迫り、たちまち京子を彼女らから引き離させた。
「なんだ、やるのか」
 番長が喧嘩ポーズに身がまえる、と、それより早く少女は相手の利き腕をねじ上げ、たちまち抵抗を奪ってしまった。合気道を会得しているのかと思えるほどの早ワザだった。
 そのあとが凄かった。手下の3人が左右から挟み撃ちしにかかったが、少女はつかまえていたリーダー格の子を突き飛ばすと同時に、残る1人は足技で相手の足を払って倒し、左右からきた2人の攻撃をカバンでかわしつつ、空手を使ってなぎはらった。
「キャッ!」
 悲鳴をあげて足をすべらせ、最初に転倒したリーダーを追いかけ、土手の急斜面を2人目が転がっていく。その間、見物の人垣から「わっ」という歓声が2度あがった。
「さあ、逃げるのよっ!」
 叱咤して京子の手を引く少女。その間、よろよろ立ち上がろうとする残り2人に蹴りを入れ、あとは京子と2人手を取り合って一目散に駆けだした。
 その一部始終を、美鈴はドキドキする思いで見守っていた。
 こんなに興奮したことがあったろうか。土地のヤクザがからんだ祭りのケンカ御輿も凄かったが、爽快さでいったらこっちが数倍上だ。
 神護寺のしだれ桜も、五兵衛農園の畦に群生する菜の花も、その朝は目に入らなかった。少女の顔が『ベルサイユのバラ』のオスカルとダブったり、父につき合わされて見る時代劇ドラマの女美剣士に見えたりもした。
 学校までの道のり、美鈴の頭は少女のことでいっぱいだったが、まさかその子が、再び目の前に現われるなど想像もつかなかった。
 1時限のホームルームの途中に入ってきた担任の福原先生が、「今日から君たちといっしょに勉強することになりました」と言って紹介した少女。それが、あの子だったのだ。

 星 川 早 紀

 先生が、黒板に大きな字で書くそばから、さまざまな反応が返る。「あー」という声、「芸能人みたい」といった賛辞まで洩れたが、それらは多分に嫉妬混じりのもので、土手で美鈴がいだいた感想同様、上下色ちがいのしゃれた制服と紺一色の自分らの制服とくらべ、「わざわざあんな服着てきてカッコつけて」聞こえよがしに言う子までいた。
「新学期初日からいっしょするつもりだったが、よんどころない“家庭の事情”で今日からになった。その間1カ月近く授業の空白ができたわけだが、みんなノートを貸すなど協力して星川さんの勉強の遅れを助けて欲しい」
 そのようなことを福原先生は説明した。
 その間美鈴は早紀の顔を穴のあくほどじっと見つめていた。「前から5番」というチビの美鈴は別として、おなじクラスでも早紀ほどの背丈のある子は見当たらないから、てっきり高校生と思い込んでいたのだった。
 美鈴の視線に偶然、早紀の視線が合わさった。なにか言いたそうに微笑みかけた美鈴だったが、きりっと見返す早紀の目には、京子を見捨てたばかりか、不良たちに快哉すらおぼえた美鈴の心を打つ厳しさが込められているように思えた。
(ふんっ、なにさ!)
 さっきまでの早紀への憧れは、猛烈な反発心へと変わっていた。




B以上C未満


 自宅から自転車で5分ほどのところに、かつて美鈴が通ったO小学校があり、その裏手はすぐ海だった。日本海が一望できる砂浜の中途には朽ち果て、いまは使われていない漁師番屋があり、そこは梶山拓也との秘密の待ち合わせ場所でもあった。
 腰のポーチをはずすと、なかからビニールシートを取り出し、廃屋の床にひろげて腰を降ろすと、そのあと拓也も向かい合って座った。そして、しゃにむに抱きつこうとするのを、
「だめーっ、用件が先ーっ」
 美鈴は両手でガードをつくって拒んだ。
 拓也はいろんなネタを集めてきては、おもしろおかしく吹聴し、ガチャガチャスピーカーというあだ名があるくらいK中の情報通だ。その特技を買って調べてもらった“早紀情報”を訊かねばならぬ。
「梶君今日は、そのために呼んだのよ」
 拓也はあっさり折れた。
「星川はT町の生まれで、中学はずっとF中。ところがだ……なんだと思う?」
 拓也が思わせぶりに声を落とし、秘密めかした暗い顔になった。
「なんなのよー」
「4年前、お父さんが交通事故で亡くなった。ひどい事故だったらしいよー。それからはお母さんと2人暮らし。ところがだ……こんどはなんだと思う?」
「いいから先を言ってよー」
「お母さんが去年、心臓病で倒れてから生活がおかしくなったんだよ」
「………」
「お母さんを診た心臓病の権威ってのが県立病院の医局長。だから、県立病院に近いところってんでN町に引っ越し、学校も転校になったってわけ」
「だったら去年転校するはずじゃあ?」
「倒れたときはお母さん、それこそ生きるか死ぬかって瀬戸際で、星川も看病やなにかで勉強どころではなくなって1年留年。だから星川は、ふつうに進学していれば高校1年なんだよ」
「なあんだ、やっぱりそうか」
 それで大人びて見えたのかと美鈴も最初は単純に納得したが、いやいや、早紀の大人っぽさはそれ以上だと考えなおした。
 父の交通事故死という悲劇。それに追い討ちをかける母の病気。この世でただ1人残された肉親であるお母さんを守るため、必死に生きてきた強さからくるのだと確信した。
「早紀ちゃんって、凄いんだぁ」
「嫌いじゃなかったの?」
「嫌いでも凄いのは凄いじゃん」
 反発しながらどうしてこうも気になるのか、美鈴にも早紀に対する自分の心がどうにも理解できないでいらいらした。
「で、お母さん、その後はどうなの?」
「いまは持ち直して元気に保険のセールスなんかしてるけど、病気が病気だろ? なにかショックや突発的なことで、いつまた倒れて入院なんてことになるかもわからないんだ」
 美鈴はそのあと、拓也に早紀の家のある場所や、通学コースの略図を描かせて、そのメモをしっかりとまたポーチにしまいこんだが、あらためて向きなおったとき、拓也の顔がまるでさっきと違ってた。
 目が真剣そのもので、息も荒くなっている。
「じゃ、いいよね?」
「うん」
 美鈴はうなずき、自分で敷いたビニールシートの上に横になった。
 土と汗の男の子のにおいと体重を感じながら、唇を奪われた。濃密なディープキス。美鈴もそれに応え、合わせた唇のなかで舌と舌がからみつき、たがいの唾液がぴちゃぴちゃと混ざり合う。
 拓也とは、いつもこうなる。特別好きなわけでもないのにそうなるのは、いろんな情報を教えてもらう礼の意味もあるが、もちろんそれだけではない。エッチに対する美鈴の好奇心が、拓也のエッチを求めている。
 キッスのあとは、いきなり下に行く。スカートのなかに手を入れられ、パンティを脱がされ、恥ずかしい部分をさらされる。「おっぱいも可愛いがってよ」と不満も残るが、女の子が口に出して求めるわけにいかない。
 それに胸は、美鈴のいちばんの弱点だった。身体検査で上半身裸になることさえ、貧乳の身では誰よりつらい。それをわかっているから、拓也がそんなペチャパイになど執着せず、すぐ下に行くのはしかたないことだと思っている。
 だがしかし、「Bまでよ。ぜったいよ」と念を押し、それだけは守りたいと思ってきた。この先どんな運命が待っているかわからないが、バージンを捧げる相手はしっかりと選びたい。拓也はその相手ではない。
 拓也の指が、淫裂をなぞる。別の指は陰毛を梳いたり、つまんで軽く引っ張ったりする。くすぐったいような、しびれるような不思議な感覚。同時に、拓也がそれだけで満足するだろうか、欲望に衝き動かされ、どう猛に襲いかかってくるのではないか、そんな不安もかすめる。
「う、くっ……」
 びりびりと感じながらも美鈴は手を泳がせ、そのあたりにある棚か机の支柱をつかみ、それをしっかり握りしめることになった。エッチするときは声を殺し、なにかをつかまなければいられない、いつもの美鈴だった。
 拓也の指が、だんだん大胆になる。秘裂をなぞる動きに力が加わり、割れ目に深く食い込むようになると、びりびりという刺激はなお強くなる。なにかをつかんでいる自分の手にも、思わず力が入る。
 ぎしぎし……棚か、机か、美鈴が握った支柱の本体がきしみ音をたてる。
「く、くうう、うっ……」
 拓也の指が2本まで膣に挿入され、不器用なうごきで膣壁を愛撫している。苦痛、圧迫感、そのなかで、言い知れぬ快感が微電流のように伝わり、ざわざわと背筋を寒くしている。
 なんなんだろう。こんな感覚は初めてだった。美鈴のなかで、なにかが変化しようとしているのか。それとも、拓也に対する特別な感情が芽生えたのだろうか。思春期の揺れ動く感情は自分でもつかみきれない。
「ねえ……」
「え?」
「いいわよ」
「ええ?」
「してもいいってこと」
「えっ!?」
 それは美鈴にとっても思いがけぬ提案だった。ついさっきまで、拓也はバージンを捧げる相手ではないと固くガードを張っていたのに、そのすぐあとで突き抜けたい、いまがそのときかも知れないと思う急激な心の変貌ぶり。
「早紀ちゃんがなにさ、早紀ちゃんが……」
「え? なんて言ったの?」
「いいの。だから早くして」
「わかったよ」
 拓也がズボンを下ろした。そして腰を上げたとき、固く勃起した別の生き物が、拓也の中心で脈々と息づいていた。びんびんに張り切り、どくんどくんと生命の鼓動を浮き立たせ、美鈴の中心を狙っている。
 脚が広げられ、股間が目一杯無防備にさらされた。そこに向かって、拓也の分身が押し当てられた。
「行くよ」
「うん」
 拓也が腰を沈めかけたとき――。
 遠くで人声が聞こえ、それは確実にここ漁師番屋に近づいている。
 ハッとなって、手を引いたとき、棚か机か、それまで美鈴が固く握りしめていた支柱の本体が、ガタっと音を立てて傾いた。がらがらっと何かが崩れる音がした。
「誰か来る」
「逃げようっ」
 拓也も美鈴もあわてて身繕いした。
 パンティを上げ、スカートの乱れをなおしているとき、棚か机かから落ちたもののなかに、なにか見慣れぬ、それでいて刺激的な雰囲気の雑誌が目につき、美鈴は立ち上がるとき、それをあわててカーディガンのなかに隠し持った。
 足音がちかづく。
「早くっ!」
「待って!」
 拓也がいち早く裏口から外に飛び出し、美鈴がそれを追って飛び出した。そして自転車に飛び乗ると、一目散にその場から遠ざかった。




SM的美鈴


 拓也と別れた美鈴は、それから先も一目散に自転車を走らせた。廃屋に近づく人声や、気配が誰だったかは、もはや眼中になかった。それよりなにより、廃屋から拝借してきた怪しげな雑誌の正体が気になってしかたない。
「いまごろまでなにしてたの?」
「補習で残されてたのっ」
 まんまと言い抜け、夕飯のしたくをする母の前をつむじ風のように過ぎると、「宿題済ませるから、ご飯まで呼びに来ないでよーっ」ドタドタと階段を駆け上がり、自分の勉強部屋に閉じこもった。
 ポーチからだした本はSM雑誌で、“SADISTIC−MAGAZINE'S……”という副題を見ても見当がつかない。一人っ子として大事がられ、「異性交際などもってのほか」という教育方針のもと、純粋培養・無菌状態で育てられてきた美鈴に、その方面の知識は皆無だった。
(SMってなんだろう)
 鎖につながれた少女のイラストのある表紙も表紙なら、そこにならぶ表題も表題だ。
「薔薇と鞭」「セーラー服・縄奴隷」「生け贄隷夫人」「人妻監禁」「処刑室への招待」……表題のそれぞれに“鞭”“奴隷”“生け贄”“監禁”“処刑”といった刺激的なキーワードが散りばめてあり、その意味するところを想像するだけでドキドキしてしまう。
 恐る恐るページをめくると、下着姿の女性が縄で縛られる姿のオンパレード――。
(これって、お仕置きの写真集?)
 最初はきょとんとしてページをめくるだけだったが、「セーラー服・縄奴隷」の場面にきて、美鈴にも思い当たるものがある。
 教室の勉強机に、開脚縛りしたセーラー服の少女。それを責めている複数の少女は、やはりセーラー服の女子。局部には墨が塗ってあるものの、性器を開いてさまざまなイタズラをしているらしい、ということまでは分かる。
(これが“リンチ”というものなのね)
 スケバン同士のリンチの凄さは、拓也から聞いたことがある。
 髪の毛を引っ張る、つばを吐くなどは序の口で、ひどいのになると学校帰りを襲い、族(暴走族)の少年たちに輪姦(まわ)させたり、“土手焼き”といって陰毛のあたりをタバコの火で焼く、膣に火のついたタバコを突っ込み、そのまま放置するという。
 実は、いろいろきわどいネタ話を仕入れてくる拓也自身、女子のイジメ、リンチによる被害者だった。
 他校では女子のあいだに“犯す”という遊びが流行っていて、気弱な男子をつかまえてはズボンとパンツを脱がせ、あげく女装をさせて歩かせるという。それに拓也自身巻き込まれたことがある。
 なんでも、そのとき着せられた制服は、これまたイジメられっ子の女子からはぎ取ったものというから、まるでイジメの二重奏ではないか。
「それだけ?」
 興味津々で美鈴はあとを聞きたがったが、思いだすのもイヤだという顔で拓也はそれ以上口をつぐんでしまった。だが、ほんとうはもっと恥ずかしいつづきがあるんだろうと、これまで美鈴はずっと思ってきた。
(このリンチされている子を、梶山に置き換えればいいじゃん)
 想像しておかしくなった。拓也が女子に頭が上がらないのは、そんな経験に根ざしているのかも知れないと勝手に思い込んだ。
“解剖”という遊びもあるそうだが、さすがの拓也もその実態は知らないらしい。
(だけど男の人って、なにが楽しくって女の子を痛めつけるんだろう。される子にしたら、それこそいい迷惑だわよ)
と、このときまでは、純粋素直にそんな感想だった。しかし、つぎの一文を見たとき、わけがわからなくなった。

 ――苦痛の底から滲み出る被虐の快楽。それこそがマゾヒズムの境地!

“?”マークを3乗したくらいの摩訶不可思議さ。
(なぜ? “マゾヒズム”ってなんなの? 痛いのに気持ちいいって、どういうことなの?)
 それは、「生け贄隷夫人」という劇画のリード文だった。
 そこでは、チャイナドレスの美しい女性が縛られ、さるぐつわを噛まされて天井から吊るされている。生け贄は中国マフィアの人買いから、日本人で金持ちというどこかのスケベ社長への貢ぎ物だった。
 人身売買組織の頭目はナイフを取り出し、ドレスの裾を裂いていき、下半身はたちまち下着だけの姿に。ナイフの切っ先がだらんと垂れ下がった女性の脚のふくらはぎを通り、膝を過ぎ、腿へ伸びて、パンティの中心の割れ目に触れる。
「動くなよ。動くと大事な部分が傷つくぞ」
 そう言って、ナイフの先と峯の部分を使って割れ目を刺激する。慎重に、恐る恐る布地を切らないように。
「うっ、くうっ!」
 猿ぐつわの間から嗚咽が洩れる。目を吊り上げ、恐怖一色だった顔に、だんだん恍惚の皺がきざまれ、甘美な声を発するまでになる。そしてナイフを当てられた部分に染みが広がり、その広がりは徐々に徐々に大きくなり、やがてぽたぽたと音をたててしたたり落ちる――。
「ふふふふ……感じてきたようだな」……………
 美鈴は、ドキドキする思いで漫画を見ていき、それを見終えると、つぎには小説をむさぼり読み、いつか知らずにSMの異世界に没入していた。
 小説のひとつに、「セーラー服・縄奴隷」があり、巻頭のグラビアは小説のイメージ写真であることがわかった。
 そのストーリー概略――。
 クラスの気弱な子をイジメから護ってきた由紀という子が、ある日スケバングループの罠にはまってリンチを受けることになった。指で性器を開かれ、モップの柄を突っ込まれ、最後はタバコの火であぶられ、膣を焼かれる。途中まで読んで、美鈴は慄然となった。
(早紀ちゃん!)
 小説の世界に、なぜか早紀の姿がぴったりとダブり、美鈴の抱く妄想と合致してしまったのだ。
 色白でほっそりとしなやかな早紀の身体が、セーラー服をむしり取られ、下着を引きちぎられ、生まれたまんまの姿で解剖台に縛りつけられ、性器をずたずたに凌辱される。
(早紀ちゃんが……どうしよう!)
 美鈴は混乱し、錯乱した。なぜだかわからないが、美鈴の思いのなかで早紀がそのような運命をたどることは確信的となっていた。
 どんどんっ……激しく戸を叩く音。
「美鈴っ。どうしたのっ? 開けなさいっ。なにかあったの? だいじょうぶなのっ!?」
 外から母が呼ぶ声も耳に入らなかった。




搬 送


 あくる日は朝から不調だった。下っ腹がしくしく痛み、吐き気をもよおしたりもする。休みたかったが、ずる休みととられるのがイヤで黙っていた。
 父、信介もそろっての朝食の場で、母は前夜の美鈴の態度をいぶかった。
「帰りは遅いし、ご飯だと呼んでも出てこないし。いったいどうしたっていうの? お父さんも叱ってやってくださいな」
「もう、中学3年なんだから、すこしはしっかりしないとな」
 そう言いながらも父の目は、ずっと朝刊社会面の記事に吸い寄せられている。
「あなた、それだけですか」
 父の前ではおとなしくしているのが利口だ。そうしていれば、父は口で注意するだけで、実質的な子のしつけは母にゆだねているから、ただ母の小言の台風が過ぎるのを待っていればいいだけだった。
「あなた、N町の3丁目通りのこと聞いてます?」
 N町の名がでて、とっさに早紀を思いだした。3丁目には早紀の家もある。
「ああ。最近、フィリピーナや中国、韓国の人らが住みついたということだが」
 父は相変わらず新聞に目を通しながら、母の話の内容には関心がないようだった。
「このあたりもだんだんそうなるのかしら。物騒だわ。美鈴ぅ、あなたあんなところに近づくんじゃないわよ。変な人につかまったら、なにされるかわかんないんだから……」
 美鈴はうんざりして、朝食も早々に切り上げ、カバンを持って立ち上がった。
「行ってきます」
 母がなにか言いかけたが無視した。
 5月に入り、学校は生徒総会や創立記念式、PTA授業参観などで、にわかにあわただしい時期となった。中間テストも10日後にひかえている。
 転校してこのかた、星川早紀はまたたくまにクラスの人気者となり、ノートを貸す者はすぐにあらわれ、反発心から敬遠することがなくとも美鈴の出番はなくなっていた。
 人気をあげたのは、第一には梶山拓也の宣伝効果だが、それがなくとも早紀は、自身の実力で周囲にオーラをまき散らし、女子の目を惹いた。1カ月足らずの勉強の遅れなど瞬時に取り返したし、みんなとおなじ紺一色のK中制服になっても、早紀が着れば断然ちがって見えた。
 ただ、おなじ早紀への反応でも、異性である男子の場合、女子ほどちやほやしたりせず、アプローチする者も現われなかったのは一見不思議な現象ではあったが、家庭の事情という“影”プラス秀才というイメージが、ある種、近寄りがたさを感じさせるのかも知れない。
 ここB組でも男子が女子にする悪さはあったが、ブルマおろしとかスカートめくりといった幼稚なレベル。土手で小山内京子がされたような恐喝や、SM雑誌で見たような陰湿なイジメもリンチも存在せず、したがってクラス内で早紀が正義感を発揮する場はなかった。
(S川土手でのすべてを見た者は、クラスではわたしと梶君しかいない。だから早紀ちゃんのほんとうの強さを知っているのも私たちだけなんだわ)
 それだけが美鈴の優越感だった。
 ぴいーっ!
 体育担任の号令の笛が鳴り響いた。
「きょうは、来月おこなわれるK地区中学体育大会に向け、出場選手に決まっている者はめいめい競技種目の練習、のこりはふだん苦手とする運動の練習をおこなう。体育委員は道具を運び出して――」
 落胆したような声と歓声が相半ばし、校舎に走る生徒とグラウンドの中央に集まる生徒、グラウンドではさらに二手に分かれ、3つの人の流れが美鈴の目には緩慢な動きとして映った。
 なにげなく向いた方角に早紀の顔があった。
(あ、早紀ちゃん……)
 早紀がいる組は大会出場でないほうの組だった。駿足でガッツのある早紀なら、長距離走でもいい成績を取るにちがいない。それが地区大会出場をあきらめたのは、心臓病の母を案じ、いつなにが起きても、すぐ駆けつけられるようにとの配慮だった。
(早紀ちゃんなら国体出場だって夢でないかも知れないのに。残念だろうな……)
 そんなことを考えていたとき、美鈴は急にめまいを感じて身体がふらついた。朝からの頭痛がここへきてひどくなり、胸の動悸も激しくなった。
(なんだろう?)
 急にあたりが別世界のように見えた。右に、左に行き来する生徒たちの姿が緩慢すぎるほど緩慢に見え、体育担任の怒鳴り声も「があがあ」「わあわあ」反響するだけで中身のわからないものに聞こえた。
 そして――
 空と地面がゆっくり回りだし、目の前が真っ暗になった。視覚的に覚えているのは、そこまでだった。
 遠くから救急車のサイレンを聞いたと思ったが、実は自分が乗っている救急車がたてている音を覚えていただけなのかも知れない。目を覚ますと救急車内だった。




衝撃の体験


 救急車に揺られること10分少々、だが、その時間はそうとう長く感じられた。
 そうしてようやく着くと、美鈴は担架のままストレッチャーに移され、病院玄関を抜け、おおぜいの患者が待つそばを過ぎ、救急外来の診察室へと運ばれた。
 看護婦に呼ばれて医者が駆け寄る。額に手を当てたり、脈を取ったりしながら、「ぐあいはどう?」「どこか痛いとこは?」と尋ねる。そういえばと、ゆうべから全然トイレに行っていないことを話し、朝からの頭痛がひどいことなども報告した。
 そうしたそばでは電話がうるさく鳴ったりして、医者はいったんは別の患者に手を取られる。
 そのうちには学校からの急報を受けた母、泰子が駆けつけ、「どうしたの?」と美鈴の顔をのぞき込み、おろおろそわそわ。そこへ、さっきの医者がもどってくる。
「なにかこれまでに病気は?」
「腎臓で入院したことが……」
 医者はブルマーの上から下腹部に手を当て、泰子のほうに向きなおると診たてをくだした。
「膀胱炎でしょうね。ただ、過去に腎臓で入院されたとなると、他の疾病がある可能性も。検査して、くわしい結果を得ることにします」
 そのあと美鈴は母と引き離され、ストレッチャーのまま長い廊下をいくつか曲がり、どんどん病院の奥まったところに連れて行かれた。
 だんだん心細くなる。
 と、廊下の薄暗い一角に、「処置室」という文字もはげかかった表示のある部屋。その扉がきしみ音を立てて開かれ、ストレッチャーごと美鈴は、なかに吸い込まれていった。
「暗いわねえ、明かりはどこ?」
 看護婦が手さぐりで壁のスイッチをさがしている。
「こんな部屋しかなかったの?」
「今日は混んでて、どこもいっぱいで……」
 年輩の看護婦の声に、若い声が弁解しているようすだった。
 間もなく明かりがついて、マスクをかけた2人の担当看護婦に抱きかかえられると、診察用の寝台に移された。そばに処置車と呼ぶステンレス製ワゴンがあり、そのいちばん上に注射器と、白っぽい管状のものが置かれてあった。
 担当医が入ってきたが、この医者もマスクで顔を隠している。
 検査を担当する看護婦も医者も鼻から上以外は白ずくめといういでたち。その異様さからは白衣の天使というより白い悪魔に見え、美鈴はますます不安にさいなまれた。
 医者はジャージのすそをすこしめくって、外来診察でしたような触診をする。そして、
「おしっこの検査をするから、看護婦さんの言うことをよく聞いてね」
 それだけ言うと、忙しそうにまたどこかへ行ってしまった。あとに残った2人の看護婦が部屋の隅でなにごとか相談をはじめる。
 その間美鈴は、おしっこ検査と言われたことで学校の検尿を思いだし、てっきり紙コップを渡され、自分でするんだと思って上体を起こしかけた。
 すぐさま若い看護婦が跳んできた。両肩をしっかりと押さえつけ、怖い顔で叱る。
「だめでしょ、じっとしてなきゃっ」
「だって、おしっこ……」
「導尿といってね、管で取るのよ」
「ドウニョウ? 管って?」
 目が反射的にベッドわきのワゴンに向く。
(あんな太いチューブが、おしっこ穴に入るなんて……)
 不安がぐるぐる渦巻いた。実際は直径数ミリ程度の導尿用カテーテルだったが、不安におののく美鈴にはかなりの太さに見えたのだ。
「いい子だから、じっとしてなさいっ!」
 マスクのうえの目がまだ怒っている。
 そのすきに、年輩看護婦の手がブルマにかかり、下着ごと一気に引きずりおろす。美鈴の下半身は「あっ」という間に裸にされた。
「いいこと、じっとしてるのよ」
 じろっとにらみ、先輩看護婦と部屋の隅に行くと、ひそひそ、ぼそぼそ密談をはじめた。
 その間、下半身裸のまま、金縛りにあったようにじっと待っていることになった美鈴は、なにかよほど怖いことをされるような予感がして、ドキドキ、ハラハラ動悸の高まりを覚えた。
 2人の看護婦がもどってきた。
「オシッコ出して楽になろうね」
「すこぉし痛いけど、ガマンをするのよ」
 年輩の看護婦が後ろ向きになってぴったり横に着くと、美鈴の両脚をつかんで立て膝のかっこうを取らせ、大きく股間を開かせた。
「さあ、はじめて」
 若い看護婦はうなずき、観音開きされた陰部の前に、溲瓶(しびん)を当てがう。両手に手術用の薄いゴム手袋をはめ、いよいよ導尿用カテーテルを手に美鈴の前にかがんだ。
(怖い、たすけて……)
 ベッドのへりをつかむ手に力が入る。
 性器が開かれた。カテーテルが近づけられ、管の先が尿道孔をひねりあげると、尿道の先端にちいさな痛みを覚えた。
「あ、あ、あ……」
「すぐよ。すぐ楽になるからね」
 そう言いきかせて、看護婦はどんどん尿道孔にカテーテルを挿入しようとするが、強い痛みに襲われるだけでいっこう管は進まない。
「う、くううっ……」
「痛い?」
「は、はい」
 震える声で答えた。しかし、若い看護婦の手の動きはあいかわらず不器用で、慎重に挿入を試みれば試みるほどカテーテルの先を尿道壁にこすらせ、痛みを増すばかりだった。
「う、ううっ、うーっ!」
 思わず叫んで腰を浮かしかけたとき、
「だめっ、じっとしてっ」
 年輩の看護婦にすごい力で押さえつけられ、太腿に指がきつく食い込んだほどだった。
「ううーっ、痛いっ!」
 美鈴は管で尿道壁をこすられる痛さ、指が太腿に食い込む痛さ、二重の痛さに苦しめられ、顔をいっぱいにしかめた。
「しっかりしなさいっ!」
 こんどの恫喝(どうかつ)は若い看護婦に向けたものだった。
「すみません、なかなか入らなくて……」
 焦る看護婦。苦悶に身をよじる美鈴。
「いたぁっ、痛いーっ……」
 そばで押さえている年輩看護婦も、美鈴の痛がりようにだんだん落ち着かなくなってきた。そして、痛さの一環が美鈴を押さえて太腿に食い込ませている自分の指だということにも気づかず、ただ後輩看護婦への助言のことばを探しあぐねているのだった。
「うううーっ!」
 美鈴はのけぞり、全身で力みあがった。
「すこし角度を変えてみて」
「え?」
「すこしよ。慎重にすこしだけ」
 先輩看護婦がそう助言しながら、そのときはじめて自分の緊張ぶりにも気づき、はじめて美鈴を押さえる手の力を抜いた。その瞬間、痛みが軽減された。
「うっ、う、う……くっ……」
 痛い、やめてとすすり泣きながら、そのとき不思議な刺激に貫かれているもうひとりの自分を感じていた。
(なんだろう、このドキドキは……)
 苦痛と快楽がないまぜになり、背筋を走るちいさな火花。美鈴のなかで、被虐の鬼火がくすぶりはじめた瞬間だった。
「う、むっ……」
 ぶるぶる唇を震わせ、必死に声を殺して耐えているとき、入り口のドアが開いて医者が帰ってきた。
「どうした?」と、あわてて歩み寄って美鈴の股間をのぞきこみ、軽い舌打ちをしたと思ったら、すばやくそばの看護婦をどかせ、カテーテル操作を代わった。
 そのあとは、それまでの痛さがウソのようにカテーテル挿入がスムーズにすすみ、なにかがすーっと抜けていく感じがしたと思ったら――。
 ぽたっ、ぽたぽたっ……ぴちゃぴちゃぴちゃと、カテーテルを通じた尿が、溲瓶にこぼれ落ち、間もなくじゃーっ……と勢いのよい水音が響きわたり、しばらくぶりの排泄に美鈴は失神するほどの爽快感をあじわった。




毒の予感


 夜――。
 美鈴は病院のベッドで眠りにつこうとしていた。尿検査だけではくわしい結果がです、検査入院する必要がでたのだ。
 目を閉じると、救急搬送されてからの、さまざまなできごとが頭をよぎるが、とりわけ恥ずかしい部分を開かれ、身体の中心に管を通される導尿体験は、生まれてはじめての衝撃体験だった。
(でも……)
 美鈴はあらためて振り返ってみた。
 下半身の自由を奪われ、性器を開かれる恥ずかしさに不安のまじった不思議な感覚。そのなかでおしっこ穴に管が挿入され、敏感な粘膜をこすりながらすこしずつ身体の奥に入っていく苦痛。
(凄く痛かった。でも……)
 痛さのなかに、なにか別の刺激感覚にとりつかれた不思議な時間のながれ。ドキドキと胸を打つ激しい動悸のなかに、ぞくぞくと背筋をつらぬく微電流のような快感。そんな興奮もはじめてのことだった。
(マゾヒズム……)
 きのう夢中になって読んだ雑誌の小説のなかにでてきた言葉が、フラッシュバックのように心のなかで点滅し、美鈴は自分の身体のなかをながれている淫性に目覚め、火照りのようなものまで感じはじめた。
 気がつくと自分の指が股間に伸びていた。人差し指と中指をぴったりと合わせた指が、パンティのなかに入り、陰毛のうえをたどって割れ目に触れた。
(濡れてる……)
 ぬるっとした感触にたすけられて、美鈴は大胆に指をうごかせ、はげしく自分を慰めはじめた。
「く……くっ……」
 じんじん伝わる快感に高まり、身悶え、美鈴は必死に声を殺して耐えた。

 おなじころ、病院から数キロ離れたところで、現実の出来事としてのおぞましい行為が展開されていた。
 布団の上に伸ばされた足が、緊張に硬直の筋を浮き立たせているが、なおよく見ると、親指に電気コードが結ばれ、コードの先は、かたわらにある円筒形の装置に通じていた。
「ひっ、いやあーっ!」
 悲鳴とともに、コードを結ばれた爪先がぴーんと突っ張り、ふくらはぎや太腿に浮き出た筋が、ぴくぴくと痙攣を繰り返す。
 直接的な凌辱者とは別の立場で、あわれな犠牲者のかたわらにいて、一心にデッサンの筆を走らせている男がいた。ウルフ山中のペンネームで最近SM誌をにぎわす新進気鋭、少女を主体に残酷画を得意とするイラストレーターだった。
「オー、ミスターヤマナカ、ベリー・ナイス!」
 片言の日本語で語りかける女の世辞など無視し、彼の筆は憑かれたようにラフスケッチを進めていく。
 スケッチブックに描かれていく、ほそくて筋肉質な女のボンデージ姿。その陰影に富むエロティックな全身に、イバラのように這い回る電気コード。苦痛にゆがむ目元、口元からは断末魔のあがきがリアルに迫ってくる。
 そしてサディスト連中がいる。
「先生、これをどうぞ」
 残虐パーティー参加者の一人である男が、大きなトンボ目玉のサングラスで素顔をぼかしている女に手術用のゴム手袋を手渡す。
「先生はやめてって言ったでしょ」
 軽く受け流し、受け取った手袋を両手にはめた。
「では、お嬢さんと呼びましょうか。ぞんぶんにこの女を料理してください。わたしたちは酒でも飲みながらゆっくり観賞させてもらいます」
「いつものように、わたしが痛めつけたあとの身体を、みなさんでゆっくりと可愛いがるという趣向ですね……あははは、くっくくくく……」
 愉しそうに笑い、女の足もとに置かれた円筒形装置のダイヤルを、ゆっくりと10度ほど回転させた。
「やめてっ、やめてぇーっ!」
 後ろ手に縛られ、数人がかりで押さえつけられた女が激しく首を振って拒否する。その目の前に、電流の流れているワイヤーの先を突きつけ、サングラスの女が言う。
「バカねえ。ほんとにただのエッチだと思ったの? お前のような淫売女に、そんな価値があると思ってたの?」
 サングラスの女はまた「くくくくく……」と不気味な笑い声をたて、そのあと電極を生け贄の女の陰部に押し当てた。
「ぎゃあああーっ!!」
 男たちに押さえ込まれた全裸の女体が、びくびく、ぶるぶる、激しいけいれんを繰り返している。
 また、絶叫が響きわたった。
 耳をつんざく叫びにサディストたちの嘲笑が重なり、夜はすべてを包んで深まり、いつ終わるとも知れぬ残酷の時を刻みつづける。

――蜜の章/保健室前篇につづく――

―創作の記―

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