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(4) 対決__前篇


終業式


 7月第4週の金曜日、K中学校の1学期終業式がおこなわれた。
 広い講堂は全校生徒で埋められ、見おろす演台から、まず校長先生の講話があった。
「みなさん、おはようございます。
 いよいよ明日から夏休みです。1・2年は集団宿泊研修、県総体、3年は高校体験入学、ボランティア塾と、それぞれに予定が立てられてのことだろうと思いますが、ひとりひとりが自分の持ち味を活かして精一杯取り組み、いい思い出にしてくれることを願います……」
 美鈴も前のほうで聞いていた。夏休みを前にして、いつもなら揚々とした気分なのだが、みどり先生との海の見える別荘での異常体験以来、ずっと気持ちが不安定でいる。
 校長の話がつづく。
「K中の全校スローガンを言える人――」
 ぱらぱらと手が挙がり、下級生の女子が差されると、起立して答えた。
「知力と徳力と体力です」
「そうですね。はい、座って」と着席をうながし、講釈をはじめた。
「いまいわれたように知力・徳力・体力、すなわち、ヘッド・ハート・ヘルスの“3H(エッチ)を大切にしよう”とのK中スローガンがあらわす中味は、『自ら考えて行動し、心やさしく、心身もたくましい生徒であるように』という教えであり、この3Hを……」
 校長先生の講話すら、美鈴には別の発想につながる。
(なにいってんのよ。3エッチといったら『SM』『レイプ』『同性愛』じゃない。知力・徳力・体力なら、なんで3Tといわないの? わざわざ英語にする必要ないじゃん)
 そう思って、思う頭で、みどり先生との異常体験を思い返すのだ。
(クスリを飲まされたということだが、あれは麻薬だったのだろうか。麻薬の作用であんな凄い幻覚を味わうことになるなんて……)
 その幻覚を味わったのが2日にわたってのことか翌日だけのことなのか、ともあれ翌日、正気になった美鈴を車に乗せ、みどりは雷雨のなか家まで送りとどけたのであった。
 校長の話はまだつづいていた。
「ところでみなさん、この1学期間の生活ぶりはどうでしたか?……」
 その問いかけは、ストレートに美鈴の心に響いた。
 早紀との出会い、みどり先生の刺激的なアプローチと異常なコンタクト、ショッキングな体験、それらのできごとを走馬燈のように心に思い浮かべた。
(ほんとうにあったことなのだろうか……)
 冷静に振り返れば振り返るほど、わけがわからなくなることの連続だった。
 つぎからつぎへと思い出しているうち、知らず知らずに時間はたち、校長の講話は終わってつぎのプログラムに移るところだった。
 司会の男子学生が紹介をおこなう。
「つぎは、各学年から一人ずつ出てもらい、『1学期の反省と夏休みの決意』というテーマで発表してもらいます。
 さいしょに3年生から――話してくれる生徒は3年B組、星川早紀さんです。では星川さん、どうぞ」
 盛大な拍手が起きて、早紀が出てきて演台に上がったが、すらりと伸びた長身を制服につつんだ姿は、全校生徒のだれよりも引き立って見えた。
 とん、とんと、マイクをたたいてから、発言がはじまった。
「3年B組、星川早紀です。
 K中では3年生になるとすぐに修学旅行がありましたが、わたしはその旅行に参加することができませんでした。それは、わたしが転校生だったからです。1学期をしばらく過ぎてT中から転校してきたわたしは、慣れない地域と学校環境にとまどうことだらけでしたが、〈3年B組の素晴らしい友だち〉はじめ、K中の仲間にささえられ、いまではK中を心の母校と思って勉強に、部活に、〈友だちとの思い出づくり〉に精進する毎日です……」
 そこまで聞きながら美鈴は2度ドキリとした。「友だち」にかかる箇所を発言するとき、早紀の目が美鈴にまっすぐ注がれたからだ。
(ああ、早紀ちゃんはわたしを友だちと呼んでくれた。そして、わたしとの思い出をだいじにしてくれている)
 そう思って胸がじーんとなった。
 生徒会が推す早紀の代表選考にあたっては、職員サイドから横やりが入った。もちろん、島崎若菜が東ノ浦の断崖から飛び降りて死んだことで警察に呼ばれ、それがもとでいわれない誹謗・中傷が飛び交ったことが原因だが、職員会議の場で熱っぽく説得したのは、ほかならぬ3年B組クラス担任の福原清人先生だった。
 福原はこう言ったという。
「あの星川のどこがいかがわしいですか。曇った目で見れば、きれいなものも濁って見える。偏見で見ることで、かえって真っ直ぐな子をねじ曲げてしまうことだってあるんですよ。無責任な誹謗・中傷など跳ね退け、逆境に負けず健気に生きる子を支え、温かく励ますことこそが真の教育といえるんじゃないですか」
 情報源はどこか知らないが、ガチャガチャスピーカーこと梶山拓也からそれを聞いた美鈴は、福原先生がこれまでの百倍も好きになったほどだ。
 早紀の発言はつづいていた。
「今月おこなわれた地区中学体育大会では福原先生にすすめられ、わたしも400メートル走に参加させていただき、いい成績をだすことができました。クラスのみんなに声援されたときの高揚たる気持ちが、いまでも心によみがえります」
 早紀が1位と僅差で2位入賞したときの場内の興奮を、美鈴も感動の思いで振り返っていた。
 スポーツ嫌いな美鈴はこんども、おつきあいで100メートル走に参加しただけで結果はビリっけつ。でも、そんなことより早紀の応援が主目的の今大会だったのだ。
 練習試合などの経験を経てチームワークの大切さを痛感したなど、地区大会へ向けての日々の思い出話をしたあと、夏休みの抱負に関して早紀はこんな話をはじめた。
「来年の受験に向け、たいせつな時期になってまいりますが、だからこそこの夏休みはしっかりした気持ちで迎えなければと思っています。
 みなさんは、いまの大人社会をどう考えていますか?」
 早紀の投げた問いかけに、それまでも静かに聞き入っていた場内はさらに水を打ったようにしーんとなった。美鈴もなぜかドキドキしながら居ずまいをただしたほどだ。
(早紀ちゃんはなにを言おうとしてんだろ)
 発言する早紀の顔は真剣そのものだ。
「わたしは、いまの大人社会は子どもにとって、油断のならない罠に満ちた世界だと思っています。さまざまな誘惑で網をかけてからめ取り、人買い商売みたいなことをやっている人々が、わたしたちの近くにもたくさんいます」
 美鈴はドキドキしていた。自分が言い当てられているということもあったが、早紀のあまりにも真剣な目つきに、つい振り返って視線の行方を追ったとき――
(あっ!!)
 視線の延長にいたのは保健室の先生、川村みどりだった。おおぜいの教師に混じって立って聞き入りながら、これも毅然とした視線で早紀の視線と丁々発止していたのだった。
 早紀の話はつづく。
「この夏休み、そういう大人は手ぐすねひいて、子どもたちの油断を待っています。その罠にかからないよう注意しましょう。わたしも気をつけますし、そういう人たちに対しては断固とした態度で闘うことを、いま、この場で決意しました。
 みなさん、最後まで聞いてくれてありがとうございました」
 盛大な拍手を浴びて早紀は退場した。
 それから生徒代表の話は2年、1年とつづくが、美鈴にとってはあとの話はぜんぜん耳に入らなかった。
 話を聞いていた教師のなかには、あきらかに眉をしかめる向きも多かった。そのなかで、みどりは表情ひとつ変えず早紀と向き合っていたのだ。その場の雰囲気を、他の教師たちはなんと感じたのだろうか。
 大方の見方は、巷の醜聞に対して早紀が遠まわしに潔白を表明したか、過去はどうあれ今後は誘惑に負けず、子どもの本道を貫くという決意表明と受け取ったが、みどりの正体の一端を知る美鈴にそんな見方はさらさらなかった。
 ただ、なにかしら波乱の予感がひしひしと胸を締めつけた。そして、その思いを美鈴のほかに抱いていた者がたった一人、それが職員会議で早紀を弁護した担任、福原だった。

 その夜、美鈴は夢を見た。
 あの嵐の夜の異常体験以来、なんども美鈴の心を騒がせた悪夢が、また鮮明によみがえったのだ。




幻 覚


 もうろうとした意識の白い闇がだんだん薄れていき――

 だれかが、わたしを揺り動かす。そして、呼びかける。

――美鈴、美鈴ぅー。

 梶くん? 梶くんなのね? 最近、教室でもめったに声かけてこないから、どうしてるかと思ったけど。
 いま、起きるわ。近況など聞かせてよ。
 あれぇー? ごそごそ、もごもご手を動かそうとするけど、いっこう自由にならないよぉ。だれかにはさまれ、だれかに押さえつけられている感じ。梶くん? ダメだよ、ダメ。
 このあいだは、どうかしてたんだよ。まだ、Cはダメだよ。それに、わたしが上げる相手は梶くんとちがうよ。
 梶くん? あ、梶くんとちがう。
 誰、これっ!?

 美鈴はびっくりした。
 見たこともない裸の大男が、自分を抱きすくめ、胸だの肩だのをなで回しているのだった。
「いやっ、離して!」
「ちっちゃい胸だなあー。俺にもさわらせろ」
「えーっ!」
 男は1人じゃなかった。2人、3人、いや、もっといて、下卑たニタニタ笑いを浮かべながら、おいでおいでをしている。
 突然押し倒された。
 もちろん、そのときの美鈴も身になにひとつまとってない裸だったから、「きゃっ」と叫んで、胸だの股だの隠そうとするが、その手を乱暴に払いのけられた。
 肩に指が食いこみ、横向きにさせられた。
 さらに片足の先をつかまれ、上に向けて半吊り状態にされた。淫らにさらされた股間をかくそうと手を伸ばすが、その両手を頭の上に延ばされ、押さえつけられた。
「いやあーっ!」
 宙に浮いた股間をびたびた手でなでられ、ときおり節くれだった指が割れ目を開き、強引に、なかに入れられる。
 胸も乱暴になで回されている。貧弱な乳房をわしづかみされ、乳首の先をひねり出され、あろうことかそれを口に含んで、きたない唾液でずるずるにされ、舌で転がされたあと、なめ回される。
「いや、ううーっ……」
 拒否する顔と顎をつかまれ、むりむや口をこじ開けられた。恐怖と恥ずかしさで目をしっかり閉じて悲痛の呻きを洩らしつづけていた。
 ふうーっと、臭い息がかかる。
「むふふふぅー、こいつを食らえ」
 なにか顔の前に持ってこられた。固くて、熱くて、汗くさい、すえた臭いのするもの。もしやと思って目を開けると、血管だらけの膨張した肉棒のかたまりだった。
「うがあーっ!」
 あまりのおぞましさに、美鈴はあらん限りの力をふるってはねのけ、いったんは逃げた。だが、また節くれだった指で、指がふくらはぎに食いこむほどつかまれ、逃げた分引きもどされると、もっと恥ずかしいかっこうに押さえつけられた。
「ぎゃっ!」
 しこたま頬を張りとばされた。2発、3発、火花が飛んで、涙が散った。
 観音開きさせられた足が抱えあげられ、腰から下がこれ以上ないほど恥ずかしいポーズにさせられた。開かれた脚と脚のあいだに、男の腰と猛り狂った猛根が見えた。
「いやっ、いやいやいやっ!」
 脚がちぎれるかと思うほど開かれ、その中心に猛り狂った肉棒が押し当てられた。膣孔をこじ開け、押し割り、膣壁を拡張してずんずん挿入された。
「いやああーっ!」
 ぎしぎしぎしと、ベッドが音を立てて揺れた。太い肉棒で小突かれ、えぐられ、引き回されて美鈴の性器はずたずたに引き裂かれていった。猛根は処女膜を引き裂き、子宮を小突きあげて内臓全体をぶるぶる震わす。
 肉棒をくわえた近くで、あらたな痛みが生じた。固くすぼまったアヌス孔を、男の太い指がこじ入れられ、ぐりぐりとえぐりまわし、ほじりまくっているのだ。
「もう、やめてえーっ!」
「本格的なお楽しみはこれからだぜ」
 そう言ったと思うや、焼けた鉄棒のような猛根が後ろの穴まで直撃した。信じられない激痛をあたえながら、どんどんどんどん押し入ってくる。腸の奥にまで侵略してくる。
 そうして二穴を串刺し状態にされた美鈴を、串刺しした男の烈しいピストン運動が、全身をがくがく揺すりながら攻め立てる。あまりの強烈さで身体がバラバラにくだけそうだ。
「ぎゃああーっ!!」
「さあ、俺のも食わえろ」
 またすえた臭いが鼻を突き、こんどはほんとうに熱くて固い猛根が美鈴の口を塞いだ。口の奥深く侵入したあと、これも烈しいピストン運動がくわえられた。
「うぐっ、ぐぐっ、うーっ!」
 太い猛根をむりやり食わえさせられ、それがずんずん押してくるたび、ノドをふさがれ苦しさで窒息しそうだった。
「歯を立てたら承知しないぞっ」
 口をふさいでおいて、おどしをくれ、さらに犯しまくる。
「俺にもさせろ」
「早く代われ」
 あぶれた男どもは貧弱な乳房をわしづかみにしたり、手や足をつかんだりして、なでたりさすったり、べろべろとなめまわしたりで、美鈴の胸も四肢もよだれとツバでべとべとになっていった。
 その間にも、ヴァギナとアヌスを犯す男たちは、高まり、登りつめ、最後のひと突きで果てて、その瞬間ほとばしったザーメンが子宮にたたきつけ、直腸に放出される。
 いったん抜かれたペニスに代わって、別の男の猛根がふたたび前と後ろの穴をふさいで、串刺しにする。はげしい抽送運動で攻めまくり、犯しまくる。また、ぎしぎしとベッドが揺れ、美鈴の身体も無惨にきしむ。
 口にも男の欲望液が放出された。
「うげえーっ!」
 嘔吐にむせかえり、窒息死寸前の状態だった。そこへ、別の男の猛根が……。
 そうして何人もの男が入れ替わり、立ち替わり、美鈴の膣を、肛門を、口を猛根で蹂躙しまくった。
「ぎゃあああーっ!!」
 キチガイのように首を振って泣きわめく美鈴の全身は、汗と涙と男たちのツバとよだれと、そして男たちが放ったザーメンと自分の体液によって、ぐっしょり濡れそぼっていた。
 美鈴のなかから、男たちの欲望の凶器がすべて抜き取られた。
 ほっとひと息つく間もなく、美鈴の身体は台に乗せられた。
 背中面全体につたわる、ステンレスの冷たい感触――
(ああ、あのときの再現だわ……)
 みどりから口移しにクスリを飲まされ、意識混濁のなか、嵐のようなレイプ地獄を味わったのが、この解剖台の上でだった。また、手首足首を縛られ、その台に×の字に拘束されたのである。
 みどりが姿を見せた。保健室の先生になって、白衣を着ていた。いや、そのときの白衣はそんなものではない。
 目の前の小机にメスだの鉗子だの手術用のハサミだのが並んでいる。止血綿もたっぷり用意されて、そのそばで不気味な笑いを浮かべるみどりは、そのとき解剖医者になっていたのだった。
「さあ、これからあなたを生きたまま解体することにするわ」
 みどりはメスを手に取って宙にかざした。明かりに生えて鋭い刃先がきらりと光った。
 男のひとりはビデオカメラをかまえて近づいた。
「スナッフムービー。殺人ビデオよ。切り刻まれ、絶叫を上げながら死んでいくようすを、逐一記録するのよ。そんなビデオがどこの世界にあって? きっと高く売れるわよ」
 美鈴は涙をぼろぼろ流しながら首を振った。
「いや。先生、死にたくない。殺さないで」
「だめ。あなたはここで死ぬのよ。でも、たっぷり時間をかけたいから、できるだけがんばって生きているのよ」
 そういって、ピンセットでつまんだ脱脂綿がアルコールでひたされ、ひたした先で乳房のまわりを消毒しはじめた。
「いやああーっ!!」
 美鈴が絶叫したとき、どこからともなく――

 美鈴ちゃん。美鈴ちゃーん……

 名前を呼ぶ声。
 わたしを呼んでいるその声は、だれ? あ、ひょっとして早紀ちゃん。そうだ、早紀ちゃんだ。早紀ちゃんが、わたしを呼んでいた。
 なに? なんなの、早紀ちゃん。

 美鈴ちゃん、そこから逃げなきゃダメ。

 でも、どうしたら……。

 逃げようと一途に念ずるの。ここから逃げる。みどり先生から逃げたい。わたしはきっと逃げてみせると心に強く念ずるのよ。

と、心のなかの早紀の声に教えられて、美鈴はそのとおりにした。これは夢なんだ。夢なら覚めよ。わたしはこんなことで死にたくはないのだから、早紀ちゃんともっともっと友だちでいたいから、この異常な世界から逃げてやる、逃げてみせる、と必死に念じたら、男の影も消え、みどりの姿もうすれ、だんだん混濁の霧は晴れていった。

「み、す、ず……みすずぅ……美鈴っ!」
 身体を揺すられ、はっと目覚めたとき、すぐそばに母泰子の顔があった。
 どこかで経験した場面だと思いながら、すぐにはそれと思い出せず、とにかくまだはっきりしない目をこすって起き上がった。
「なんだろねえ、仮眠してうなされるなんて」
「お母さん、どうしたの?」
「先生が見えられたのよ」
「えっ!?」
 美鈴は泰子がおどろくほど、そのときびっくりして見せた。
「か、川村先生が?」
 てっきり夢に出てきたみどり先生と思い込んでの反応だったが、
「ちがうよ。担任の福原先生だよ」
 そういわれてホッとした。見ると、泰子のすぐあとから人なつっこい顔いっぱいに笑顔を浮かべて入ってきたのは、たしかに担任の福原直人だった。
 こうして美鈴は悪夢から解放されたのだった。




密 告


 ある日、美鈴宛に小包郵便が届いた。
 寝室兼勉強部屋の自室にもどり、開くとたちまちドキドキした。なんとそれはSM雑誌の先月号と今月号だった。
 その一冊に手紙がはさまっていた。

[わたしはKといいます。
 同梱の雑誌をあなたに進呈します。2冊あるのはおなじ雑誌の先月号と今月号ですが、今月号のほうはまだ書店にはならんでおらず、じつは出版関係にコネがあり、特別に入手することができたものです。]

 読むのを中断して雑誌をめくると、扇情的な緊迫写真のほかイラストも多い。ちょっとまえに、なぜかカバンから出てきたのよりは薄手で、表紙の絵も装丁も地味なつくりだが、中味はこっちのほうが過激な感じがした。
 手紙のつづきを読んだ。

[じっくりご覧になってください。そのなかから、ある“事実”を見つけてください。
 2号にわたって、あなたの周りのよく知っている人が登場します。いえ、写真ではありませんから、その人を〈きわめてリアルに再現したイラスト〉といったほうが正確でしょうね。
 あなたがその人にとって〈ごく親しい人なればこそ〉、わたしのいうことが事実と分かります。それゆえ“イラストが意味する醜さ=モデルさんの素性”ということにもなるのです。]

 手紙はそれで全部だ。きれいな文字で書き連ねながら、文面のねちっこさ、偏執狂的雰囲気から、誹謗中傷目当ての投書であることは世間知らずな美鈴にだって察しがつく。ごていねいにも、〈 〉の部分には強調を意味する傍点まで振ってある。
 F高の島崎若菜が東ノ浦の断崖から飛び降り、遺体で発見された事件により、参考人聴取された早紀への醜聞が、この界隈でも取りざたされてきた。手紙が指摘する「モデルさん」を早紀に当てはめるのは、ごく自然ななりゆきだ。
 はやる心を抑えてページをめくった。
「イラスト」と明記するからには、文章、写真は無視した。漫画も後回しにした。イラストはすべて1ページもののようで、そうなると該当するページは数えるほどしかなかった。
 あった!
 見開き2ページ――「少女狂姦」というタイトル、「ウルフ山中」という署名も読めたが、なによりかにより写真のようにリアルな絵の少女の顔に仰天した。
「!!」
 その衝撃。似ているなんてものではない。なんらかの意図をもって早紀そのものをコピーした、作為と悪意に満ちたリアル画以外のなにものでもなかった。
――その早紀が触手だらけの妖獣に犯されている!
 ぬらぬらとしたバケモノのおぞましくも刺激的な蔓が、裸の早紀の手にも、足にも、胸にもからみつき、触手の一本一本にあるエイリアンの醜悪な顔は乳房や乳首にむしゃぶりつき、口や恥ずかしい部分の2穴に深々と入りこんで、たらたらと淫水をしたたらせている。
 もちろん局部に修正はあるものの、こと、このイラストの意図するところが、わいせつ性や刺激性でないことは、もちろんだ。
 手紙の文面にいわく「きわめてリアルに再現したイラスト」「ごく親しい人なればこそ」確認できるとは、あえて「特徴」に触れていなければならない。絵でも写真でも、一目でわかる特徴といえばアザとかホクロだが……
「早紀ちゃんの顔にヤケドの痕なんかはもちろんのこと、目立ったホクロもなかったはず。だとすると……」
 衣服にかくれていて、恋人か、お風呂でいっしょになり、たがいにエッチ行為をしたりエッチ話したりできるくらいの仲で見ることのできる箇所といえば、下着のなかの恥ずかしい部分――。
「そうか」
 あらためて美鈴は早紀をモデルにした少女の胸やら性器のまわりやらを見たが、どんなに目を凝らしても、それらしい特徴は示されていなかった。
「おかしいなあ」と一瞬には首をひねったものの、雑誌はもう1冊ある。いま見ていたのは7月中旬発売の8月号で、よく見なおせばタイトルの「少女狂姦」には、そのあとつづけて回を表す「1」が付いていた。
「ということは、続きがあるんだ」
 だったら簡単。目次から「少女狂姦 2」を見つけ、一気にページに行けた。
「ああっ!!」
 美鈴は、こんどこそは声に出して驚いた。
 そこでの早紀は、おおぜいの男にレイプされ、後背位で肛門を犯され、開脚爪先立ちのかっこうで両手を広げ、口にもペニスを含まされているといった構図だった。その絵に――
「あった!」
 ホクロが腿の付け根と、黒くて太い線で消された修正部分のすぐわきに、仲良く2つならんだかっこうで付けられていた。
「……………」
 美鈴は呆然と、しかも苦しいほどに胸は動悸を打ちつづけていた。なぜなら、その場面こそ美鈴にとっても、みどりに招かれた別荘での異常体験以来、ずっとうなされつづけた悪夢の光景だったからだ。
 ハッとなった。薄い便せんがぴったり重なり合ってわからなかったが、手紙は2枚続きだった。それに気づくと、あわててめくった。

[T町に、答えがあります。]

 2枚目の文面は、それだけだった。
 T町は、早紀がK中に転校するまえまで住んでいた町だった。
 そこに“事実”が、“イラストが意味する醜さ=(イコール)モデルさん(早紀)の素性”を知る手がかりがあるというのか。

 翌日さっそく、美鈴はT町に向かっていた。
 K駅からJR北陸線に乗って3つ目の駅がTで、車窓から見るコンクリート団地群の建ち並びにより、この町が新興ベッドタウンであることを思わせた。こういう町はえてして人の口が固いといわれ、匿名手紙にさそわれて来たものの、美鈴は早くも暗い気持ちになった。
 駅前を10分ほど歩き、商店街の一角にゲームセンターを見つけた。夏休みとあって店内には、むしろ昼間から学生の姿が目立った。
 ガチャガチャ、キーン……
 喧騒と紫煙が渦巻くなか、美鈴はゲーム機を囲んでたむろするうちの、真っ赤な髪の女子高生に目をつけた。早紀はふつうに上級していれば高校1年だし、遠慮ない話なら後輩よりは先輩という安直な発想からだったが……。
 思いのほか反応は早かった。
「あ、星川早紀さんなら知ってるよ」
 美鈴は、その一言で息が止まるほど驚いた。しかし、気軽に話そうとするその子の肩をつつき、いぶかる目を向けてきた友だちにイヤなものを感じた。
「ちょっと、あなた星川さんとどういう仲?」
 話の内容が内容だけにといった、いかにも答えをはばかるようすに悪い予感がしたのだ。その思いにとどめを刺したのが3人目の子だった。
「友だちならはっきり言ってあげたほうが親切というものよ」
 あとを受け継いだ子は不良にも見えず、むしろ育ちのいい感じの子だった。それが、
「星川さんって子、何人もの男と〈売り〉やってたのよ。みんな知ってるわ。この界隈じゃ有名だもの。ただ、お母さんの耳にはどういうわけか届いてないみたいだったけど……」
 あっさりと言ってのけた。それにつづけて、
「あのお母さん、ああ見えて世間知らずだし」
「というより、知ってて黙ってたのよ」
「自分の病気のために、あんな生活じゃね」
 さまざまな注釈を加える子もでたが、だんだん暗く落ち込む美鈴の顔色をじっとうかがっていた別の子が、背中を突ついたり肩を揺すったりして、しきりと周りに遠慮をうながした。
「あ、でも悪気ないし、ホントのことだし……」
 あとのことばは耳に入らず、美鈴はいつの間にか広いゲームセンターを、出口に向かって力なく歩いていた。
「あの……」
 さっき話しているとき、横目で通りすぎた男の子を見つけて、出口で声をかけたが、
「いやぁ……俺、全然彼女とは、そんな……」
 妙にどぎまぎして足早に去っていった。
 美鈴は、それ以上真偽を確かめる勇気がなくなり、そのあとは駅に引き返し、電車に飛び乗りT町をあとにした。
「手紙の“K”って……」
 不意にその疑問がよぎったが、保健室の先生、川村みどりの頭文字以外考えられなかった。




無断外泊


 T町を訪ねた数日後、美鈴は早紀と会う機会にめぐまれた。
 バス停に美鈴を待つ早紀は、上から下までジーンズルックだったが、目深かにかぶったキャップがさらに快活に見せた。
「いいでしょ? 気に入ってるの」
 美鈴がほめるまえに自分から言った。
 しゃれた野球帽と見えたのは、ワインレッドの濃淡を際立たせたツートンカラーのメッシュキャップで、広いツバの上にくっきり浮きでたサイケな白い刺繍も自分から説明した。
「獅子のたてがみをイメージしたんだって」
「へーえ」と感心し、ずっと気になっていたことを訊いた。
「お母さん、だいじょうぶだった?」
「だって、今日検査入院したんだから、そんなに早くわかるわけないでしょ」
「あ、そうか」
 早紀が美鈴の早とちりを笑った。
 近所のスーパーに寄った。そこはこの町をはじめて訪ねた日、あとから追いついた早紀が下げていた買い物袋の店で、今日は美鈴も加わっての買い物だ。
「美鈴ちゃん、グラタン、好き?」
「だぁーい好き!」
「だったら今夜は奮発して、海老だのカニだの入れてシーフードグラタンと行こう」
「行こう行こう!」
 小一時間後には2人とも、手に重そうな買い物袋を下げ、早紀の家に向かっていた。
「早紀ちゃん」「サキチャン」と、道で立ち話している近所の主婦から声がかかった。そのなかには肌の色から明らかに外人とわかる人もいた。
「帽子で遠くからでも早紀ちゃんとわかるよ」
「おばさんも元気でなによりだわ」
 その界隈でも早紀は人気者らしく、いっしょに歩く美鈴は鼻が高かった。
 美鈴も手伝って、晩ごはんのしたくとなった。料理が大の苦手な美鈴は、もっぱら野菜を洗ったり食器をならべたりと下準備にまわるしかなかったが、早紀とならんでの食事づくりはそれだけで楽しかった。
「お母さん、なにもいわず出してくれたの?」
「うん、もう慣れっこだから」
 美鈴のことばの半分以上はウソだった。遊びに行くと言った先はもっぱらCDの貸し借りや、ゲームセンターなどにいっしょする遊び友だち宅で、醜聞を鵜呑みに早紀に反感を持つ母に正直言おうものなら、許可されないに決まっていた。
 そうして食事となり、楽しくおしゃべりしながらの夕食もあっという間に過ぎ、あとかたづけもすませて2人、ちゃぶ台に向き合った。
「美鈴ちゃん、わたしと旅行したいと言ってたよね」
「うん」
 夏休みがはじまったばかりのある日、2人きりになって、なにげなく洩らしたのだった。
「早紀ちゃんと、どこか旅行に行きたい」
 そのとき早紀も、ぼんやり遠くを見ている目でつぶやいた。
「このごろなんだか世の中イヤになっちゃってね。ふっとどこかへ行ってしまいたくなる。
 そうか。美鈴ちゃんとならどこへ行っても楽しいかも――ね、どこか行きたいねえー」
 このときの早紀のことばの、はじめの半分にこそ重要な意味があったが、あとの半分がうれしかった美鈴は、うっかり気にも留めなかった。
「行こうか!」
 このごろ不良グセが板についた美鈴は鵜呑みにして顔を輝かせた。だが、
「中学生の女の子2人で旅行なんて、お巡りさんに補導されるか家に通報されておしまい。第一、旅館が泊めてくれるかどうかも……」
 早紀のことばで、たちまち現実に引きもどされた。そのとき、げんなりした顔の美鈴にこう誘ったのである。
「だったらウチに泊まりにきたら。ボロ家で旅行気分には遠いけど、検査入院で母が留守にする日があるから、その日に来ない?」
 それがこの日だった。
「つまらないものだけど、もらってくれる?」
 中座した早紀を待ってお盆のせんべいをバリバリかじっていると、早紀がなにやら大事そうに手にして帰ってきた。
「わっ、きれい!」
 飯台に置かれたのは、透明セロハン紙にぴったりおさまった、薄赤紫色の野アザミの押し花だった。
「憶えてる?」
「5月に訪ねた日、野辺に咲いてたって……」
 あのときの一輪挿しが、あのときの美しさを残したまま乾燥花としてよみがえっていた。
「でも、それだけじゃ悪いから……」と、早紀は横の本棚から分厚い辞書をひとつ引き抜いて押し花とならべ、美鈴の前に押しやった。
「英語の辞書。それも真新しい……」
 美鈴が手にとってながめた。
「使い慣れたのがあったんだけど失くしちゃって……しかたなく買ったら、すぐあとから出てきたの。それでいらなくなったから。美鈴ちゃん、使ってくんない?」
 そう言って、手あかのついた古いのも横に置いて、「これが失くしたと思ったほう」と言って、
「美鈴ちゃんだけじゃないよ。わたしも負けずそそっかしい」
 早紀が舌を出して笑った。
 そのとき美鈴が、あとで自分で思い返しても不思議なほど強引な気持ちに出た。持っていた辞書と、いま早紀が置いた辞書を交換して、古いほうを抱きしめて強情を張ったのだ。
「早紀ちゃん、わたしこっちが欲しいっ!」
「えっ!?」
「失くしたと思って買ったんでしょ。だったらほんとに失くしたことにして早紀ちゃんが使ってたの、わたし欲しい。ゼッタイ欲しいっ!」
 美鈴のわがままに早紀が目を吊り上げた。2人とも立ち上がって一時取り合いになり、しまいには辞書がちぎれそうになった。
 早紀が折れて座りこんだ。
「しょうがないなあー。負けたわ」
「ほんと? 早紀ちゃん、ほんとにほんと?」
 なんども念押しして、まちがいないと確かめると大喜びした。辞書を抱きしめて飛び跳ねるようすは、とても中学生には見えなかった。
 美鈴と交代に早紀が立った。食事のあと風呂を沸かしていたが、それが頃合いと見計らって確かめに行ったのだ。
「美鈴ちゃーん、お風呂湧いたよー」
 早紀が呼んだが、風呂場に向かうまえにすることがあった。
「電話借りるねー」
とことわって、まず母に電話した。当然のことに友だち宅に泊まることの連絡と、つぎには泊まるはずの友だち宅に口裏合わせの確認を取って、2本の用件をかんたんにすませた。
 それから風呂に行くべく立ち上がったが、その顔はなにごとか決意しているようすだった。




蜜のたわむれ


 浴室ではGパンのすそをまくり、デッキブラシ片手に風呂屋の三助を気取った早紀が、「早く早く」とせっついた。そして、美鈴を迎えるなり、「じゃ、入ろうか」とタンクトップに手をかけた。
「え? 早紀ちゃんも?」
「ちょっとせまいけど、子ども2人くらいなら……それともいっしょじゃ、イヤ?」
 美鈴はおおきく首を振った。
 むしろ1人ずつなんてことなら、こんども頑強に「いっしょに入る」と主張するはずだったので、願ってもない展開だった。それにしても、
(早紀ちゃん、どうしたんだろ)
 いっしょに服を脱ぎながら、美鈴は服の下からあらわれる早紀の裸を、ドキドキする思いで見守っていた。
 早紀にうながされて美鈴が入り、つぎに早紀が入り、ちぢこまるよう2人ならんでおさまった。
「あー、旅の気分だわ。極楽、極楽」
 ほほえむ早紀を美鈴は横目で見た。
 ほっそりと伸びた色白な姿態。手も足もしなやかに伸び、グラウンドで駈ける早紀にスポーツ体型と連想したが、こうして見る肢体はむしろバレリーナ体型だった。
「早紀ちゃん、きゅうくつそう」
 そう言って風呂の湯をとおして上からながめると、膝を曲げて閉じた白い脚がゆらめいて見えた。
 不意に例の〈ほくろ〉が、何者かから送られた雑誌のイラスト描写が浮かんだが、それを懸命に打ち消した。
「先に洗うよ」
 早紀がすっくと立ってタイルに降りた。
 赤ちゃん椅子みたいな浴用椅子に掛け、ここでも脚の長さが邪魔して洗いにくそうだ。シャボンをつけて横に伸びた脚が、踏んばるたびに筋がぴくぴくして、それを見ているだけで美鈴は緊張した。
「さあ、美鈴ちゃんも上がって。わたしが洗ってあげるから」
「えー?」
 早紀にうながされ、しかたなく美鈴も洗い場に降りた。浴用椅子に掛けるとすぐ、うしろに付いた早紀がごしごし背中を洗ってくれた。
「さ、こんどは前向いて」
「え、前も?」
 わずかに抵抗を感じつつ向き合うと、その胸だの腹だのにシャボンをつけ、スポンジタオルでごしごし泡立てて洗っていった。
「わたし、美鈴ちゃんのような妹欲しいと思ってたんだ」
 そう言ったら美鈴はムッとした。
「妹なんかじゃイヤだっ!」
 突然の剣幕に早紀がびっくりしたが、こんどの反撥は、むしろ嬉しそうだった。
 美鈴の肌を洗っていくスポンジタオルは腹から下へ、下腹部へとかまわず降りて行く。美鈴がなにか言おうとしたとき、逆に牽制された。
「妹じゃないんでしょ」
 そういわれて美鈴は返せなくなった。
 早紀の手は美鈴の秘毛の茂みを洗い、割れ目を洗い、その刺激によって美鈴はとろけそうな快感を味わっていた。
(早紀ちゃんって、いったい……)
 ぼおーっとなりながらも、思考をめぐらしたとき、ばしゃあっ、と、シャボンだらけの前面にシャワーまで浴びせられた。その噴射が、恥ずかしい部分にも当てられ、「きゃっきゃっ」と狭い洗い場内で一時じゃれあった。
「もう、いやっ。お風呂入るっ」
 美鈴が入り、早紀が入った。そのあとで、
「こんなの知ってる?」
 フックにかけたばかりのシャワー器を手に取り、それを湯舟に沈めると、バルブを全開して水流を最大限にした。
「命令っ。脚広げてっ」
 早紀の強い調子につられ、美鈴が脚もエッチな気分も全開にして言われたとおりにすると、早紀が水流全開のシャワーノズルの先を美鈴の割れ目の部分に近づけたのである。
「あ、ふ……」
「どう?」と、早紀はいままでのどんなときより色っぽい目をして訊いてきた。
 直接シャワーを当てられるのが叩くような快感だといえば、お湯のなかを通して当てられるのは柔らかくて弱い包まれる刺激と表現すればいいだろうか。
「なんだか、くすぐったい」
 そう言って逃げようとするのを、早紀の手が押さえて逃げさせない。そうしておいて、ノズルの先を近接したままでいた。
 そのうちには凄い水流だから、お湯はどんどん増えていき、湯舟いっぱいあふれるばかりになっても、早紀は美鈴に対するシャワーエッチをつづけていた。
 だんだん快感が高まり、声を耐えることが苦しくなる。
「あ、ああ……っ」
 思わず洩らした快感の声を、美鈴は恥ずかしさでぐっとこらえた。さっきまでのくすぐったい感じは、ざわざわと包まれる快感に変わり、その心地よさがエンドレスでつづくばかりでなく、ぐんぐん上昇していくのだった。
「うっ……くっ……はあっ!」
 身体がびくんびくんとして、それが声になって反応した。凄い夜になったぞと思うと同時に、こんな自分を早紀はどんな顔で見ているのかと思うと、怖くて目が開けられない。
 不意に早紀に手をつかまれ、ドキリとした。だが、それは性的なアプローチではなく、シャワー器を持つ手をバトンさせるためだった。
「先に出るから」
 ひとこと告げて湯舟から出た早紀は、そのあと浴室からもいなくなった。
「あ、さ……」
 はぐらかされた気持ちのまま、しかし、せっかく高まった興奮の火照りを鎮めることもできず、そのあと美鈴はシャワーによる一人エッチに興じつづけた。
「ああっ……あううっ!」
 快感の高まりにつれて、美鈴はシャワー器を持つ手にオナニーをするときのような動きをくわえた。それにつれ、ソフトに割れ目に当たる水流が微妙なバリエーションをつくり、快感はなお増した。
「ああっ……いやあっ!」
 ひとりになって、美鈴はますます大胆に声を出していた。そして、高まり、昇りつめ、のけぞったとき、満タンになった湯舟のなかで半失神状態でおぼれかけた。
「げふっ!!」
 反射的に飛び退き、顔を上げて息をした。
「ああー、びっくりした」
 ザアザアと湯をあふれさせている満タンの湯舟から顔を出し、ぼとぼとしずくを垂らして額に張りついた前髪を手ですくいあげ、深呼吸をひとつして、そこから出た。
 浴室から出ると、脱衣カゴに浴衣が用意されていた。バスタオルで身体を拭き、湯上がりのさっぱりした身に洗いざらしの浴衣の感触が心地よかった。
 そのときには蚊取り線香の匂いがたちこめる元の部屋にもどったとき、あまりの変わりように「あっ」と声に出しておどろいたほどだ。
 明かりがちいさくなった薄暗がりのなか、部屋には蚊帳が掛けてあった。
 もう、ずいぶん前、いっぺんだけ母の田舎に里帰りして見たことがあり、そのときの懐かしさが、わっと押し寄せた。
「美鈴ちゃん、おいで」
 なかから手招きする浴衣姿の早紀が、青い網目越しに、まったく別世界の人に見えた。
 いつもの夏の夜だったら、らちもない中学生の女の子同士、ファッションだの男子のうわさだのに尽きるのだろうが、早紀の家での一泊、そこに蚊帳まで登場してきた。
 いっしょにならんで横たわり、いっとき蚊帳の思い出話になった。
 その夜のことは生涯をとおして美鈴の心に深く刻まれ、おりに触れて想い出すことになるのだった。
 早紀が身体を反転させ、ぴったり横に付いて訊いてきた。
「〈行った〉?」
 当然、風呂でのこととわかった。
「ううん。途中でおぼれそうになったから」
 わけを話したら早紀が吹き出した。ひとしきり笑ったあと、熱っぽい目を向けてきた。
「〈行かして〉あげようか」
「えっ!!」
 美鈴が信じられない思いで早紀のことばを聞いた。まじまじとその顔を見つめた。冗談と見た顔は、真剣そのものだった。
「わたしたち〈友だち以上・スペシャル同性〉の関係なのよ」
「スペシャル同性?」
「ただの同性ではないってこと」
 美鈴はドキドキした。スペシャル同性=特別な同性ということは、同性愛の関係ということだろうか。それこそ願ってもない展開だった。
「うん」と返事して、あとは身をまかせた。
 帯を解かれた。ゆかたの前が開かれ、美鈴の恥ずかしい胸があらわにされる。
 美鈴のうえになった早紀が、自分の帯も解いた。そして浴衣を脱ぎ、美乳を惜しげもなくさらした。
 小電球の明かりの下で、早紀の肌の白さが際だって見えた。乳房の透きとおるような白さに、血管がうっすらと浮きでているのまでわかる。
 美鈴が思わずつぶやく。
「早紀ちゃん、きれい……」
 早紀も応える。
「美鈴ちゃんこそ、かわいい……」
 少女の裸身が重なり合った。
 早紀が自分の胸を、美鈴の胸に押しつける。そっと体重をかけ、円を描くように重ねた乳房をこすり合わせる。乳首が触れ合い、刺激し合い、美鈴はうっとりした。
 両手が伸びてきて、美鈴はそっと左右から顔を押さえられた。そして早紀の恍惚顔が迫ってくる。もう、そのときの早紀は大人の女の顔になっていた。
 唇を奪われた。唇と唇が重ねられ、そのなかに舌が差し入れられると、美鈴はそれを受け入れた。そして自分の舌も伸ばして、舌と舌がからみ合った。
 すこしのあいだ濃厚なディープキスが交わされた。吸い合い、からませ合って、2つの舌がたがいの唾液でべとべとになった。
 早紀が顔を離した。
 目が、より真剣味を帯びていた。
「美鈴ちゃん、いいね」
「うん」
 肩から胸まではだけただけの浴衣が、さらに開かれ、美鈴の恥ずかしい下の部分までが見えるようにされた。早紀の手が、それに触れる。
「あっ」
「怖い?」
「ちょっと」
 早紀の上体がずっと下に移動した。美鈴の部分を間近に見るところまで降りて、美鈴の膝を折って下半身を開かせた。
「美鈴ちゃん、濡れてるよ。光ってる」
「いやだ、恥ずかしい」
 美鈴が両手で顔を覆った。みどりとあんなに過激なことをしておきながら、相手が早紀だとこんなにも恥ずかしい気持ちになる。
 早紀が指を入れてきた。ドキドキしながら感じていた。愛撫は慎重で、繊細で、たっぷりと思いやりのこもったものだった。やわやわと攻め立て、たっぷりと時間をかけた。
「あ、くっ……」
「気持ちいい?」
「うん」
 早紀の指は美鈴の処女を感じていた。それだけに挿入にも愛撫にも、こまやかな慎重さがゆきわたったもので、みどりのSM凌辱とはおおちがいだった。だからといって、もの足りないとは全然思わなかった。
「あ、うくっ……」
 早紀の指技は美鈴の処女芯をとろけさせてあまりある快感だった。そのまま、あと数分もゆだねていれば行くはずだった。
 その指が快感途中で抜かれた。
(あれ? もうおしまい?)
 美鈴はガッカリした。「行かせてくれるって言ったのに」と、おおいに不満気だった。でもそれは勘違いだった。
「こんどはもっといい気持ちにしたげる」
 そう言った早紀が股間に深く顔をうずめたとき、美鈴がびっくりして半身を起こしかけた。
「だめ。じっとして」
「だって早紀ちゃん。そんなとこ! きたないよおっ!」
 顔を上げた早紀が笑っていた。
「美鈴ちゃん、知らないの? 大人はみんなこうするのよ」
 そう言ってまた顔を埋めると、美鈴の部分は凄い刺激につらぬかれた。
 早紀の舌が割れ目をめくって、どんどん入ってくる。どんどん入って、舌の先でびっしゃり濡れたなかを、突いたり、なめたり、転がしたりと、さまざまに攻めてきた。
「ああっ、早紀ちゃん!」
 生まれてはじめての経験に、生まれてはじめての刺激に、美鈴は精も魂もとろけてめろめろになりそうだった。
 早紀は倦まずたゆまず舌を動かし、舌技を駆使して美鈴の性器を縦横無尽、変幻自在に攻め立て、快感にバリエーションをつけながら愛撫しつづけた。
「あ、うーっ……!」
 美鈴の手がシーツを握りしめた。膝を曲げた足の先が力んで突っ張った。
「早紀ちゃん、行きそうっ!」
 そして――
「ううっ!!」
 押し殺したような呻き声とともに、美鈴の背中を衝撃波が貫き、全身をはげしくけいれんさせた。
「行ったー! 気持ち良かったー!」
「美鈴ちゃん、まだよ。2回目行くよ」
「えーっ!」
 美鈴の至福の夜は、まだ、はじまったばかりだった。




悔 恨


 夜明けの自然光でほんのり明るくなるなか、夜通し扇風機が首をふり、ゆるやかな回転音をたてつづけていた。
 マシュマロのようなとか、花びらのようなとか言うが、早紀ちゃんの唇はそんなものともちがう、もっと神秘的な素敵さだ――と、そのとき美鈴は思った。
 早紀の浴衣の寝姿に、うっすらと蚊帳目の影も映えている。それが早紀を、夢幻美の世界に置いているようだ。
 ゆうべの出来事が信じられない。
――早紀ちゃんがあんなエッチな行為にでるとは。それも完璧に大人の行為だった。やはり、男性経験豊富というウワサはほんとうだったのだろうか。
 美鈴はゼッタイ信じたくなかった。でも、早紀が純潔だとしたら、あの行為はいったい全体なんと説明がつくのだろう。
(すこし余分にマセているだけだ)
 そう思い込もう。
 それなら自分はどうなのか。この4か月近くのあいだの刺激的でSMな出来事の数々は……。それはイヤなどころか、ドキドキと期待まじりに、よりエスカレーションすることを求めているこの心はどう理解したらいいのか。
(すこし異常にマセているだけヨ)
 こんども、そう思い込もう。
――わたしと早紀ちゃんはマセっ子同士だ。
 そう考えたら妙に連帯感のようなものを感じて、無性にうれしくなった。
 ワクワク高揚する気持ちにかられて、いつか美鈴の手は早紀の浴衣の帯を解いていた。ドキドキしながら浴衣の胸を開き、きれいな乳房をあらわにさせた。その白さのうえにも、うっすらと蚊帳目模様がスライドされていた。
(早紀ちゃん、こんどはわたしが……ね)
 心のなかでつぶやいたとき、早紀が寝返りを打つ動きを見せてドキリとした。わずか顔をそらせた早紀が、ため息まじりに「ふうー」という声を洩らした。そして口が笑ったようにも見えたので、美鈴は2度ドキリとした。
「早紀ちゃん、起きてるの?」
 試しに耳元にささやいてみたが、口をもぐもぐさせ、申しわけていどに羽織っているだけのタオルケットを引き寄せ、ちょっと身体をまるめただけだ。
(夢を見ているのだろうか……)
 だったら、だれの夢を? とっさに美鈴は、田宮という医者の顔をちらと思い出して嫉妬にかられた。
 そのあと激情がむらむらと湧き上がった。
 横になりかけた早紀を前に向かすと、帯を解いて開いた胸元に頬をすり寄せた。湯上がりの残り香にまじって甘い体臭がただよった。
(早紀ちゃん……)
と、左手は片方の乳房にかぶさり、右手はゆかたのすそを割って早紀の中心へ伸びた。
 左手の人差し指と中指は乳首をはさみ、右手は陰毛のざらざらした感触をかき分け、秘めやかな部分に到達する。早紀の女の部分の複雑なうねりを、そのとき美鈴の指は盲人のような感覚で読みとっていた。
――性器は濡れてはいなかった。
 淫らな夢なら身体が反応するはずと、その部分が渇いていたことに美鈴は安心した。いま、このときの早紀は、明らかにだれのものでもなかった。
(早紀ちゃんだ。これが早紀ちゃんの……)
 美鈴の心は熱くなった。早紀を独占しているいま、この時の至福に感動した。
 美鈴の左手が美乳をやわやわと揉みしだくあいだ、右手の指はラビアを開き、膣孔をとらえ、クリトリスも刺激する。それは美鈴がオナニーに応用する高等愛撫法でもあった。
「あ、ふぅー……う、ううっ……」
 早紀の口から喘ぎが洩れ、吐息に熱がこもった。それまで眠っていただけの表情に恍惚のきざしが見えると、喘ぎはいっそう烈しさを増した。
 美鈴が、早紀の唇に自分の唇を重ねた。すると向こうからも求めてきて、舌と舌がもつれ合い、吸い合い、たがいの唾液が混じりあいながらからみ合った。
 美鈴の右の指が膣に入っていった。
「むうっ、うっ」
 眉間に刻まれたしわが深くなり、早紀は美鈴と唇を合わせたまま、一時弱々しくいやいやをするが、それもすぐおさまり、また恍惚とした表情になった。
「あーぁ……」
 挑発的に返してきたディープキスも弱くなり、にぶくなり、ただ美鈴に身をまかしてぐったりとなっていったが、そのときには早紀の中心はぬるりとした感じを美鈴にあたえ、つぎには堰を切ったように熱いものがあふれ出した。
(ああ、早紀ちゃんが濡れている。感じている。わたしの指に反応してくれたっ!)
 美鈴はうれしくなった。
――もっと凄いことをしてやろう。
 そうだ。ゆうべ早紀ちゃんにしてもらったことを、こんどは自分がお返しする番だ。
 エッチの耳学問はCDの貸し借りやらゲームセンターにいっしょする遊び仲間の受け売りだが、舌で奉仕することまでは……。
「美鈴ちゃん、知らないの? 大人はみんなこうするのよ」
 そう言って笑ってた早紀ちゃん。
 あのときの早紀の行為を、舌の動かしかたを必死に思い出そうとしていた。
 美鈴の唇が早紀の唇を離れ、胸を吸ったり、乳首をなめたりしながら、だんだん下へ降りていった。その間左手も片方の乳房をこまめに愛撫していたが、それがだんだん下方移動する。
「ああ、美鈴ちゃん……」
 早紀の悶えかたが激しくなった。おおきく首を振っていやいやをする。そして、その手が伸びて頭に触れるが、押しのけるような手の動きは「早く下を」と催促しているみたいだった。
 早紀のうえに伏せた美鈴の顔は、腹に迫り、陰毛のうえにも向かっていた。その間に性器を愛撫していた右手の肘と、乳房から降りてきた左手は早紀の下半身を割って、両脚を観音開きにするところだった。
 また、早紀のことばが思い出された。
「……大人はみんなこうするのよ」
 美鈴の脳裏に閃光が走った。
――ホクロ。
 そうだ。早紀の股間のホクロを見つけねば。どうせあんな手紙はデタラメに決まってる。その悪質なイタズラの証拠をつきとめなければならなかった。
「ああ、う、んー……」
 なにも知らず、早紀は身をまかせたまま美鈴の愛撫に反応の声を洩らしていた。その中心もこれ以上ないほどぐしゃぐしゃに濡れそぼっていた。15歳の少女がこんなにも濡れることが美鈴のそのときの衝撃であった。
 朝の陽光が洩れるといっても、締め切った和室のひと部屋、それも蚊帳が吊ってあることで、薄暗いうえに蚊帳目模様の影までが視界をにぶくしている。
 ホクロなんてなかったんだと安堵し、美鈴は早紀への奉仕に集中することにした。
 両手の先は全部、早紀の中心をさらすことに専念した。指が大陰唇を開き、小陰唇をめくりあげた。暗くて形状はよく見えないものの、ぐしゃぐしゃに濡れた部分がきらきら光っているのははっきりわかった。
 なんだか興奮し、ただドキドキして、美鈴は夢中になって指を2本まで入れて、中でぐるっと回転させた。
「ああ、美鈴ちゃんっ……!」
 びっくりするような反応とともに、浴衣を目一杯はだけた早紀の身体が、おおきくくねったあと、胸の下にあばら骨をくっきり浮き立たせてのけぞった。
 そのときだ。
 腰から下もいちじるしく動いて、股間の肝心な部分が明るく見える位置にさらされ、わずか黒ずんでめくれた秘肉の割れ目のそばと、腿の付け根に小豆大ほどの黒いホクロが、2つならんではっきりと確認された。
「!!」
 美鈴の衝撃――身体は金縛り状態となり、目はその1箇所で止まったままとなった。当然、早紀への愛撫はその間、中断されている。
 早紀もまた、金縛りに遇っていた。
 そして、つぶやいた。
「捜し物が見つかった?」
「え?」
 早紀がなにか訊いているのはわかったが、思考停止状態の美鈴は、意味もなにもかんがえつくことができなかった。
「早紀ちゃん、いま、なにか言った?」
 夢を見ているような目で訊き返したが、早紀が横を向いたまま、
「あのイヤらしい雑誌、あなたにも届いたのね。それで恥ずかしい部分のホクロ見つけるため、わたしのところで一夜を明かした。
 そうよねっ!?」
と、早紀が半身を起こしてはじめて真正面から顔を向けた。きつい目で詰問した。
「あなたT町にも行ったでしょ?
 同級生だった子が教えてくれたの。まさか、人ちがいと信じて本気になんかしなかったけど……あなたまでそんな目で見てたとは」
 美鈴はぶるぶる震えながら首を振った。
「ちがうっ! 違うよ、早紀ちゃん」
 必死に否定したが、
「知らないっ。美鈴ちゃんなんか嫌いっ!」
 そう言ったきり、またばたんと勢いをつけて横になると、乱れた浴衣の襟も裾も引き寄せ、タオルケットもしっかり身にまとうと、あとはふて寝を決めこんでしまった。

 どれだけ時間が経ったのか。
 あれから美鈴は一睡もできず、掛け時計の秒針を刻む音だけがやけに響いて聞こえた。
 背中を見つめながら身じろぎできずいたが、その間にも早紀が突然振り向いてくれて、なにか言って笑いかけてくるような期待の幻想を何べんとなく、何とおりとなく思い描いたことか。
 それ以上いたたまれなくなり、帰るつもりでそっと布団をたたみ、着替えをすませ、愛用のウエストポーチにゆうべもらった贈り物をしまい込んで立とうとしたとき――
「美鈴ちゃん、帰るの?」
「あ、ゴメン。起こしちゃった?」
 というより、早紀もずっと起きていたんだと確信したが、とはいえ引っ込みもつかず、仲直りする機会も持てないまま、
「うん。わたし、帰るわ」
 そう言って蚊帳から抜けて外へでたとき、早紀が布団から起き上がった。そしてまっすぐ美鈴を見上げてこう言った。
「ウワサはほんとだよ。
 わたし、お金のために身体売ったし、妻子ある人ともつき合って大人の関係つづけてる。ほんとうはとても美鈴ちゃんに顔向けできるような子じゃないんだよ」
 目に涙をいっぱい溜めて告白した。
 美鈴も泣きたくなった。
「ちがう。ちがうよぉー、早紀ちゃんは……」
 必死に首を振って否定したが、それには答えず早紀は最後にこう言った。
「ゆうべあげたつまらないもの、棄ててよね」
 美鈴は激しく首を振った。そして、
「イヤだっ!!」
 叫んで逃げるように部屋を出た。玄関を走り抜け、自分でもびっくりするくらいの音をたてて玄関の戸を閉めて通りに飛び出した。
 通りの向こうに立って早紀の家の玄関を見つめ、早紀が追いかけてきてくれるのを祈りつづけた。
 30分ほどそうしていただろうか。
 不意に玄関の磨りガラス戸越しに人の影が見えて、美鈴は小躍りしたいほど舞い上がったが、それは一瞬のことだった。中からは戸を閉め直し、鍵をかける音がして、早紀の影はまた向こうに消えうせた。
 きのう早紀と歩いた道を、今朝はひとりでバス停へと向かった。
 早紀が恨めしい。
 ずっと目を覚ましていたなら、どうして起きて自分を罵倒してくれなかったのだろう。仲直りできるなら、思いきりぶたれてもかまわないのに。
 だが、それよりなにより美鈴は自分を責めた。
 なぜ、あんないかがわしい雑誌や、手紙に振りまわされ、早紀を疑ったのだろう。信じつづけることができなかったのだろう。早紀ちゃんは、なにがあろうと早紀ではないか。
 バス停までの道のり、美鈴はとぼとぼと歩きながら思い出していた。
 S川の土手で紺野梨沙一派を撃退し、京子を助けたときの早紀。終業式の際の全校発表で、大人の悪に対し毅然と対決姿勢を打ち出したときの早紀。そして、この世に2人きりの家族としての母を、やさしい眼差しで見つめる早紀。そのとき、そばには野辺の花の一輪挿しが――
(そうだ、ここにあるんだっけ)
 また、腰のポーチに手を伸ばした。見るからに年季の入った早紀愛用の辞書をとりだして開き、しおりにしてあるアザミの押し花をセロハン包装を通して見つめた。
 淡い赤紫色の花は、ひとつの雌しべと、その雌しべを守って無数の剣のように伸びる雄しべからなり、羽状に裂けた葉には細かいトゲがある。そんなアザミの形状が、なにかを守って武装する早紀のイメージにぴったりだった。
 押し花をはさんだ辞書をしっかりと握りしめたとき、クラクションを一つ鳴らしてバスが入ってきた。

――蜜の章/対決後篇につづく――

―創作の記―

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