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(6) 遺書__前篇


落 花


 北アルプスの立山で、初雪が観測されたと今朝のニュースで言っていた。
 しかし、下界にいては山の雪だよりなどはどこ吹く風で、登下校のコースにあたる五兵衛農園の周囲は一面ギンナンが黄金色に果実を散りばめ、あたりにはさわやかな秋風が心地よく吹きわたっていた。
「おーい、落合ぃー」
 声に振り向くと、クラスの仲良し、梶山拓也だった。自転車を停めて追いつくのを待った。
「梶君……」
 懐かしい気持ちがこみ上げた。美鈴は自転車を転がし、拓也とならんで歩いた。
 おなじクラスにいて「懐かしい」は変だが、「ガチャガチャスピーカー」とあだ名されたほどにぎやかなイメージはどこへ行ったかと思うほど、最近の拓也は生彩がない。
「どこから?」
「伊津子の家からの帰り」
 そう言ったら、「あ、イッちゃん」と言ったきり、なぜか気まずそうな顔になったのを見のがさなかった。が、その理由を訊くのも気がひけて話題を別に向けた。
「梶君、最近どうしたの? めっきり元気ないみたいだけど」
 そのこともずっと気になっていた。
 拓也とは小学校のときからいっしょだから、幼なじみといっていいほど気心の知れた仲でもあった。
 それが夏休み前からふだんの快活さを失い、まるで別人のようだった。だから夏休み中も声をかけそびれ、自然と疎遠になっていた。
 だが、拓也は拓也で深刻だったのだ。
「親父がはじめた商売がはかばかしくないんだ。いまじゃ家中暗くなって……。もう、どうしていいかわからないよ」
「ずいぶん年のちがうお姉さんがいたよねえ。新聞社でバイトしてるという」
「姉貴なんか、ろくに家にも寄りつかない。仕事を言い訳に会社に泊まり込んでるというが、ほんとのことかどうか……」
 恋人がいるらしい。そこに入りびたって家庭を軽んじているという姉への抗議が、拓也の口吻に強く感じられた。
 美鈴がはるか向こう、一本杉の立つあたりからこちらに歩いてくる男子の一団を見つけた。
「まずいね」
「どこか隠れる場所ないだろか」
 振り返った向こうは一面コスモスが群生する目も覚めるような野原だったが、そのなかにぽつんと古びたお堂が建っていた。
 あたりに人っ子一人、猫の子一匹見当たらないのを確認して、お堂の陰に自転車を停めた。
「時代劇にでてくるみたいだね」
「落合、時代劇なんか見るの?」
「お父さんが晩酌やりながら『水戸黄門』見ているのを、ときどき横で観察しているだけよ」
 拓也はさびしそうに笑ってうつむき、道ばたの石を軽く蹴ったりした。
「梶君」と呼びかけ、思わず口をつぐんだ。励ましてあげたいが、なにを言っても気休めに過ぎない。そんな安っぽい同情をかけられても、拓也にはかえって疎ましいだけだろう。
「なか、入ろうか」
 特別な感情があってのことではなかった。やがてあの道を男子学生が通るだろう。屈託もなくつるんで歩き、無邪気にはしゃぐ男子たちの喧騒から拓也をすこしでも遠ざけたい、ただそれだけの気遣いだった。
 汚れた床にハンケチを広げたものの、いつものように自分だけ座ってそのままというわけにはいかず、拓也の顔を見たまま照れ笑いした。
「いっしょに座ろ。2人くらいなら」
「変だなあ、今日の落合」
 わがまま娘の美鈴がいつになくしおらしい。だが1枚のハンケチでは狭すぎて、ちょっとお尻を乗せてななめを向き合うしかなく、そうした姿勢のまま会話もなく、時間だけがゆっくり過ぎていった。
「梶君」
「落合」
 2人同時に呼んで顔を見合わせた。それがおかしくていっしょに吹きだした。
「梶君から」
「いいよ、落合のほうからで」
 息苦しさに詰まって会話を求めただけだが、「早紀ちゃん」と言ったとたん、拓也は不快な感情をあらわにした。美鈴にすれば拓也はまだ熱烈恋愛するほどの仲ではなかったが、拓也からみれば早紀は恋敵なのだろうか。
「ごめんね、梶君」
「え?」
「かんがえてみたら、わたしって梶君に頼みごとばかりで、わたしから梶君にしてあげたことなんかなにもなかったもんね」
「そんな。いいよ」
「ううん、良くないっ」
 美鈴はきっぱりと言い切って、お尻が汚れた床にでてしまうのも気にせず、姿勢を変えて拓也としっかり向き合った。
 その目が、じっと拓也を見た。
 身じろぎもせずに見返す拓也。
 美鈴は、もう心を決めていた。
 思えばあの浜の漁師番屋跡で拓也に挑まれたとき決心したはずなのに、廃屋にちかづく人影に邪魔され、お預けしたままだった。
 拓也をさそって、美鈴は微笑んだ。
 手がブラウスの袖を開き、前のボタンもはずしていくのを、拓也は石にでもなったように凝視している。拓也の視線のなかでスカートを脱ぎ、下着姿になった。
 ブラジャーを取るときだけ、はにかんだ。片手でちいさな胸を隠しながら、もう片方の手でずり下げ、片足ずつ交互に上げて最後の薄物を腰から取り去った。
 全裸になった美鈴が、あおむけに寝て両手で胸を隠しながら、「寒いわ、早く」とさそった。
 拓也が美鈴のうえに覆いかぶさる。胸にしゃぶりつく。Bまでと断ってきた時とちがい、お許しがでたことで欲望が一どきに堰を切ったようだ。
(ムードないなあ)
 美鈴は内心がっかりして、顔をしかめた。
 拓也の顔を上げさせると唇を差しだした。それで拓也も我に返り、キスで返してくる。
(そうよ。そうこなくちゃ)
 美鈴はからんだ唇のあいだに舌を差しいれ、大胆なディープキスを仕掛けた。それがまた、拓也の興奮を呼んだ。とにかく、今日こそは念願かなった童貞喪失の日なのだ。「それも大好きな美鈴ちゃんと」と。
 美鈴とて、「今日こそわたしも女になるんだ」と新鮮な感動に呼び醒まされていたが、処女喪失に向かう意気込みは拓也とはちょっとちがい、大人の恋をして早紀に近づきたいという背伸びの意味からだった。
 相手の腰を迎え入れるべく脚を開く美鈴に、拓也はベルトに手をかけ、ブリーフとズボンを一気に下げた。いきり立つものが美鈴の下半身に触れた。しかし、そのときになって美鈴はまたリードしなければならなかった。
「梶君、そこ、ちがうよ」
 そう言って女の道に導くべくペニスに触れた。その瞬間、美鈴は電気に打たれたような驚きに襲われた。
(男の子のココって、興奮するとこんなに熱くなるんだ! それも、こんなに大きくて、固くて! 伊津子の言ったとおりだわっ)
 脈打つ拓也の分身を恐る恐る握りしめ、それとなく形を確かめながら、びんびんに張りつめている先端を自分の入り口へとあてがった。
「いいわよ」
「うん」
 深呼吸したかに見えた拓也の上体が沈んだとき、美鈴は軽い痛みを感じた。熱い血のたぎりの塊の若い猛根が押し入ってきたとき、痛みはもっと強くなった。
「ううっ」
 痛みに耐えかね、腰を引いたとき、せっかく入りかけた拓也の分身が外に飛び出してしまい、美鈴は痛みから解放されたものの、つぎにはいくら頑張っても入ってこない。
「どうしたの?」
「ダメみたい」
 泣きそうな顔になってつぶやいた。
 美鈴は拓也の上体を押しのけ、身を起こした。
「どうしたの?」と相手の股間をのぞき込むが、さっきまでいきり立っていたはずのものが、いまは見る影もない。
「ちょっと、寝てみてよ」
 美鈴に言われて、拓也がカーディガンを脱ぐと、腰から下も裸になって、下着のシャツだけの身体で床にあおむけになって脚を広げた。その前に四つんばいになった美鈴が、肘をついて拓也のソコを観察する。
 拓也のペニスは、いまはふにゃふにゃの粗チンでしかない。さっきさわっただけのときとはまったくの別モノだ。おかしいなあと拓也のほうに向きなおり、あわてて胸を隠した。
「見ないでよぉー」と軽く睨むが、「かわいいよ」と言われて、「バカにしてんでしょ」と、なおからむ。
「バカにしてなんかないよ。落合のオッパイ、かわいいよ。俺、そんなの好きだよ」
 拓也にそう言われて嬉しいようなくすぐったいような、小さいのも悪くないかと思いなおしたりもした。
「それにしても、おかしいなあ」
「触ってみてくれよ。落合にさわられれば、また元気になれるかも知れない」
 フェラチオまでする勇気はなかった美鈴は、拓也のふにゃチンをつかみ、先っぽをふくらませたり、もう片方の手も使ってしごいたりと懸命に回復に努めた。そうするうち、またもりもり元気になっていく。美鈴は珍しい生き物でも見るように目をらんらんと輝かせた。
「梶君すごいよ。大きくなる大きくなる!」
「うん」
 拓也の表情もみるみる明るくなる。
 美鈴が拓也と交代して、また床に横になった。触感だけのときとちがい、怒張したペニスを間近に見たとき、さすがに気後れする。たが、勇を奮って脚を開く。
 拓也がシャツも脱ぎすてて全裸になった。美鈴のうえにかぶさり、腰を沈めた。一糸まとわぬ2つの身体がひとつに合体したとき――
「!」
 美鈴の中心を痛みが貫き、うっかり腰を引きそうになるのを必死にこらえた。むしろ、こんどこそはという気持ちで腰を突きだし気味にしたとき、なにかがはじけ、それこそ「バリッ」と、なにかが破れるのを身体で感じた。
「くっ」
 歯を食いしばり、こぶしを握りしめた。
 拓也は元気に突いてくる。肉棒が行き来するたび、痛みは強まるばかりだ。だが、その痛さの果てに大人の女になるんだと信じて、美鈴は懸命に耐えた。
 ギシギシギシ……お堂の床が音をたてた。
 腰を動かす拓也の顔は真剣そのものだった。こんなに真剣な拓也の顔を、美鈴はこれまで見たことがないと思い、可笑しくなって痛さも忘れるほどだった。ああ、梶君といっしょに大人になるんだと思ったら美鈴は笑いたくなった。
(早紀ちゃん、わたしもいま、大人の行為をしてるんだよ)
 拓也のピストン運動にもまれながら、美鈴は早紀の顔を思い描いていた。大人になるんだ、女になるんだ、拓也の若い猛根の抽送を股間に感じ、身体のなかから感じ、苦痛のなかにも、いつかしびれるような快感にとりつかれていた。
「ハッ、ハッ、ハッ……」
 拓也の息づかいがだんだん荒くなった。それにともない、腰の動きにも速さと強さがくわわり、美鈴の女の中心に破瓜の痛みがよみがえった。ばりばりと張り裂けるものを感じた。
(梶君、か……)
「美鈴ちゃん……美鈴ちゃんっ」
 感きわまって、拓也がはじめて名前で呼んできた。
「梶君、梶君……」
 美鈴も声に出し、うわごとのように呼んだとき、拓也が爆発した。欲望のすべてを放出して果て、美鈴は急に拓也の体重を感じた。
「終わったの?」
「うん」
 拓也が離れるのを待って、美鈴も身を起こした。
「あ!」
 半開きのお堂の戸のあいだから差すにぶい陽光のなかに、真っ赤な花びらが一輪。そう思って目をこらした美鈴は、すぐにそれが花びらでないことに気づいた。
 床に転がっている愛用のウエストポーチに手を伸ばした。ティッシュをだして股間に当てたら、うっすらと血がにじんでいた。顔を上げると拓也が放心したように、こっちをじっと見つめていた。そして、
「美鈴ちゃん、だいじょうぶ?」
「うん」
 そういって笑ってみせた。
「それより、梶君満足いった?」
「うん」
 拓也はほんとうに満足そうだった。
 これで拓也への借りが返せた気にもなれたし、なにより初体験を済ませて大人になったという自分自身の成長を実感し、美鈴はかえってさばさばした気持ちだった。
 服を着てお堂を出たとき、拓也の口からあることを確かめた。
「さっき、伊津子のこと口にしたよね。いったいなんのこと?」
 言ったものか言わないものか一時迷った拓也が、強引な美鈴の勢いに押しまくられ、べらべらと話しはじめた。
「あいつ、川村先生と親密そうに話してたな。……学校の近くなんかじゃない。えーと、あれは……そうそう、先生の親父さんが医院してたとこの近所、ということは先生の実家でもあるわけか。待てよ。すると、先生の家から出てきたところだったのかなあ。でも、おかしいよなあ、あいつ。あんなに先生のこと毛嫌いしてたのに……」
 話を聞きながら、美鈴の目がだんだん血走っていく。
 すべて謎が解けた気がした。
 保健室の先生、川村みどりが伊津子をたぶらかして自分の味方に引き入れ、美鈴を罠に陥れたのだ。もしや伊津子も美鈴同然、みどりの性の毒牙にかかったのかも知れない。
「おい、お、落合……」
 拓也は美鈴の形相にたじろいだ。
「梶君、行くよっ」
 美鈴は勢い込んで自転車に乗った。
「後ろに乗って、早くっ」
 拓也はおろおろしながら自転車の後ろに乗った。
「わたし無性に走りたいの。しっかりつかまっててよね」
 そう言って走り出し、ぐんぐんスピードを上げて疾走した。拓也を乗せた美鈴の自転車が、どこへ行くのか一本道の彼方にどんどん小さくなっていった。
 2人のいなくなったお堂は夕陽に染まり、その床には美鈴の残した破瓜の痕跡が、深紅の濡れ落花のように毒々しい色をたたえていた。




この子たち


 吉田医院の待合室は、午前中の診察を終える時間とあって患者は数えるほどしかいない。そのうち美鈴も小山内京子につき合ってきているだけなので、最後の京子までそんなに時間がかかるとも思えない。
 診察室の戸が開いた。美鈴も京子もそっちに目を向けるが、でてきた少女を見て思わず歓声をあげた。
「早紀ちゃん!」
 早紀も気づいて明るい顔になった。
「どうしたの?」
「ううん。お母さんの風邪薬をもらいに来ただけなんだけど、ちょっと先生に……」
「そうなんだ」「ふーん」と、京子も美鈴もうなずいたとき、「小山内さん」と京子が呼ばれた。
「あれ、まだいるのに?」
 怪訝な顔して、きょろきょろしていると、
「わたしたちも薬だけでね」
 先にきていた妙齢の夫婦連れがともに会釈したので、京子は早紀に、「待っててよ」とことわって足早に診察室へ向かった。
「おしっこの出が悪くてお腹が痛いんだって」
 顔をしかめて説明すると、
「だったら膀胱炎だわ」
 早紀が言い当て、おなじに考えていた美鈴は嬉しくなったが、いつかの気まずい別れを思えばはしゃいでなどいられられないんだと思いなおし姿勢をただした。浜での梨沙一派との対決のときは、ゆっくり話もできず別れたのだった。
「早紀ちゃん、このあいだはごめんね……」
 素直に詫びるが、早紀は「なんのこと?」ときょとんとした。
「ああ、夏休みのこと? なんだ、そうか。あれからちっとも話しかけてくれないんで、こっちこそすっかり嫌われたのかと思ったわよ」
「早紀ちゃんを嫌うなんて!」
 美鈴がとたんにどぎまぎして否定した。そして、とっさに腰からポーチをはずすと、ファスナーポケットを開いて手札大の、ぴかぴかしたカードを出して見せた。
「あっ!」
 早紀がぱっと顔を輝かせた。目の前にあるのは早紀があげたアザミの押し花だったが、ハダカであげた押し花がラミネーター処理され、みちがえるほどきれいになっていたからだ。
「持っててくれたんだ。嬉しいっ!」
 目をきらきらさせて微笑んだ。
「わたしの大事なお守りだから」といって微笑み返し、「辞書も大切に使ってるよ」とも言った。
「ありがとう……じゃ、正式に仲直りっ」
 そう言って手を差しだした。美鈴は幸せな気分に満ちあふれて早紀の手を握り返した。
「京子ちゃんに言われたんだよ」
 しゅんとなってうなだれると、早紀はなにか勘違いしたらしく、耳元でこうささやいた。
「だったら、今後は川村先生の誘いには絶対乗らないこと。いままではなんとかなったけど、ちょっとこれからわたしも忙しくなるんで、目をかけていられないから」
「え?」
 訊き返そうとしたとき、診察室の戸が開いて京子が出てきた。しょぼんとうなだれ横に座ると、2人が想像したとおりのことを報告したので、美鈴はあたりかまわず「きゃっきゃ」と笑った。
「オシッコ我慢するからだって、ヤギ先生に叱られちゃった」
 そのころには受付前は3人だけになっており、診察室の戸が開いて白衣を脱いだ吉田医師がでてくるところだった。
 早紀が早口で美鈴に伝えた。
「伊津子ちゃんのことは許してあげてね。彼女は彼女で、いま一生懸命になって罪ほろぼししてるところだから」
 また、美鈴には意味不明のことを言って早紀は立ったが、その際にはGパンのポッケから獅子のたてがみをデザインした、お気に入りメッシュキャップをだしてかぶると、吉田先生のあとにつづいた。
「なんだね、それは?」
 吉田は早紀とならんでエレベーターを待ちながら、意外と張りのある声を待合室まで朗々と響かせ、美鈴と京子をおどろかせた。
「獅子のたてがみをデザインしたものだそうですよ。わたしは“獅子奮迅”ということばが好きですから……それでかなあー」
「なるほどねえ。だが早紀君、君は虎だよ。いや、虎というより虎使いというべきか。“騎虎の勢い”というのを知ってるだろ」
「ああ……」
 早紀がうなずいたとき、エレベーターがきた。2人は乗り込んだが、扉が閉まる直前、早紀に向かって「無茶しちゃ、いかんぞ」と言った吉田の、ギラリとした眼光を京子も美鈴もはっきり見ていた。
「京子ちゃん見た? 吉田先生、こわーい」
「いつものヤギ先生のイメージとちがってたね」
 まじまじと顔を見合わせ、処方ができて呼ばれているのさえ気づかずにいた。
 初秋の晴れた日の土曜の午後だった。
 2人してゲームセンターに行くところだったが、まずは吉田医院のあるビルの前のハンバーガー屋で軽い食事をとることにした。
 美鈴が窓際の席を選んだのは、吉田先生との用がすんだ早紀が、ひょっとしたら通るかも知れないと思ったからだった。
「すずちゃん、県立病院泌尿器科の先生と看護婦さんが左遷になったの知ってる?」
「えっ!?」
 京子の話には、すぐに反応した。忘れもしない痛い思いと、自身に眠る淫性に目覚めるきっかけともなった導尿を体験した病院だ。とっさにみどりとの海の見える別荘でのこともよみがえった。
(導尿体験を告白したとき、先生は「あいつら」と言って凄い顔になったっけ……)
 それがどういうことだったのか、いま京子の話を聞いておぼろげに理解できる気がした。
「泌尿器の先生と看護婦さんって、全員?」
「若い看護婦さんだけは残ったけど、あとは全員どこか小さな町の診療所に飛ばされたって」
 勘が良くない美鈴が、このことだけは特別ピーンときた。
 医学界にもにらみの利くみどりは、県立病院の泌尿器科にも通じていた。しかし、そこの先生たちは美鈴が運ばれたときのことを十分に報告しなかった。それを美鈴から知らされた反応が「あいつら」だったのだ。
(そのあとで先生は若いほうから聞きだし、それで心証を良くされて助かったんだわ。導尿も下手くそなダメ看護婦のクセに……)
 美鈴の胸に怒りがよみがえった。しかし、
「川村先生って、どうしてそんなに影響力があるんだろ」
「うーん」
 京子が考え込んだとき、注文の品が運ばれてきて、それまでノドが渇いてしかたなかった美鈴が、いの一番にジュースに口をつけた。
 それからバーガーを頬ばりながら、相変わらず通りに目を向けていた美鈴が、また早紀に似た体型の別人に目を留めてつぶやいた。
「早紀ちゃんに似た体つきの子って、けっこういるもんだね」
 このあいだ浜で初めて見た紺野梨沙という不良の頭も、早紀と向かい合ったときにはそっくり体型でびっくりしたものだった。
(このごろはみんな細くてプロポーションのいい子多いからね。それに早紀ちゃんは、高校生の子に全然見劣りしないから……)
 京子が反応してくれないので、美鈴はしかたなく心の中で独り言をつぶやいていた。
 その京子が顔をちかづけ、ささやいた。
「川村先生だって、そんなに影響力があるとは思えないよ。でも日本人って、昔から見えない圧力に弱いでしょ」
 京子はときどき、自分なんかよりずっと年上ではないかと思う。それが、こういう社会性のある話をするときだ。美鈴は知らず知らず、また京子の話に引き込まれていた。
「まえの天皇陛下が病気で亡くなったとき、日本中が異常な雰囲気だったって。だって、天皇制に反対する人々だっているはずなのに、見えない圧力に縛られ、みんなが口を閉ざしたそうよ。そんな仕組みに似ているんだと思う」
「京子ちゃんって、まだ小さかったはずなのに、なんでそんなこと知ってるの?」
「お父さんが教えてくれた」
 なるほどと納得した。父親はその昔、学生運動の闘士だったということを、京子の口からじかに聞いたことがあった。
「みんな、なにかの呪縛を受けてるのよね」と、これは美鈴が、いつになくむずかしいことを口にした。
「ねえねえ」と、いつもの好奇心満々の美鈴になって訊いた。
「京子ちゃんが診察受けてるとき、早紀ちゃんが、これからは面倒見れないとか、伊津子もいまでは罪ほろぼししてるから許してあげてとか言ってたけど、それってどういうことなの?」
「面倒見れないって、すずちゃんのことを?」
「ちょっとちがう言い方だけど、そんなニュアンスだった」
 京子は一時思案していた。実際には言ったものか、どうしようかという迷いのための間だったのを、美鈴は早紀の真意を考えあぐねている間と受け取った。
「伊津子ちゃんの罪ほろぼしという意味はわからないけど、早紀ちゃんはこれまで、すずちゃんの動向を陰ながら見守っていたのかも」
「えっ!?」
「このあいだの浜でのことだって、あまりにもタイミング良すぎるもん。すずちゃんに付かず離れずいたか、なんらかの情報を得ていたか。だとしたら、梨沙たちの動きを知らせる者がいなければ、だよね」
「まさか、伊津子に逆スパイさせて……?」
「考えすぎか」と京子は笑ったが、もし京子の言うとおりだとしたらどんなに幸せなことか。大好きな早紀ちゃんにこれまで守られてただなんて!
「あとね」と、美鈴はもうひとつ尋ねたかったが、あれもこれもじゃ年上の沽券にかかわると、いったん言いだしたことを引っこめた。「“キコの勢い”は自分で辞書を引いて調べよう」と。
「じゃ、行こうか」
 美鈴は京子をさそって立ちかけたが、
「すずちゃん、ジュースもう一杯飲みたい」
「わたしも。さっき一気に飲んじゃったため、また欲しいと思ってたとこだから。でも、いいの? 膀胱炎は……」
「だって、水分たくさん取りなさいということだから」
「あのねえ……」
 それはちがうんじゃない、とつづけようとしたが、澄ました顔でふんぞりかえっている京子を見てなにも言えなくなった。訳知りでも、屈託のないところはふつうの13歳だった。
 けっきょく、早紀は最後まで窓の外を通りはしなかった。




少女探偵


 それまでは家から自転車で5分の距離の、美鈴も通ったO小学裏手の海岸沿いにある、元漁師番屋跡の廃屋が拓也との密会場所だったが、そこでSM雑誌を見つけてからというもの事情が変わった。
 雑誌は伊津子を密告屋にしたてた川村みどりの罠で、それにまんまとハマった美鈴がSM雑誌を持ち帰り、みどりに弱みをにぎられるもととなり、ずるずると蟻地獄に落ちるように倒錯遊戯の餌食にされたのだった。
 番屋跡の代わりは、通学コースの途中にある五兵衛農園そばのお堂が、農閑期のこの時期人目を避けて会うかっこうの場所となり、そこを利用するそもそもの最初が拓也との初体験だった。
「おそいっ」
 ぷりぷり頬を膨らませて怒るわがまま娘、美鈴の剣幕に反発して拓也も言い返した。
「こっちはそっちよりずっと遠いんだよ」
「それはそうだけど……」
 嵐のような性体験以来、もう何度もエッチを重ねて拓也とは特別な関係になっていたから、こうして顔を合わすたび胸の高鳴りも感じられるが、「今日はダメよ」と美鈴は自分を律する意味からも、きびしく念押しした。
「俺だって今日は……」
「どうしたの?」
 拓也を見つめる美鈴の目が真剣味を帯びた。
「いよいよ親父の会社があぶないんだ」
「資金のメドがつかないの?」
「つぶれるだけじゃない。何千万円という借金かかえるんだ」
 そう打ち明けて、すっかり暗い顔になった。
「ごめんね、そんなときに」
「まあいいさ」
 なかへ入ると、拓也は持参した小物入れを開け、かねて用意の品を汚れた床に敷いたキャンピングシートの上に並べていった。
 万能ナイフ、ペンライト、手鏡、ガムテープ、みるからに丈夫そうな紐に、手のひらサイズの小型テレコと置いて、
「このテレコだけは、ぜったい失くしたり壊したりしないで。姉貴の取材用器材を内緒に拝借してきたものだから」とことわった。
「うん」
 美鈴は目をかがやかせて見ていたが、
「カメラはないのね?」
「友だちに貸したきり、まだ返ってない」
「これじゃ、6つしかないね」
 不満そうな美鈴に拓也は笑い返した。
「そんな……“七つ道具”といったって、7つなければならないってもんでもないよ」
 すると、美鈴がポケットから7つ目を出した。
「これ、痴漢撃退ブザーじゃないか」
「女の子の必需品よ」
 拓也の暗い顔から、一瞬笑いがもどった。
「しかし、なんだってまた“探偵七つ道具”なんだよ」
「その答えはこんど会ったときに」
 返事も面倒とばかり、テレコ以外の品はシートごとひとまとめにくるみ、せわしなくウエストポーチに押し込んだ。
「美鈴ちゃん、髪伸びたね」
「あ」と気づいた美鈴は後ろ髪に手を添え、たったいま7つ道具に仕込んだ紐をナイフで切って、またたくまにポニーテールに束ねた。そして、拓也に向かって言った。
「なにがあってもくじけないでね。子どもは子どもなんだから、親の失敗に付き合っていじいじすることないんだからね」
 自分でも信じられないほど大人びた調子で励ますと、お堂を飛び出し自転車に飛び乗った。
「変な気起こすんじゃないよ。ね。ね」
 何度も念を押してペダルを勢いよく踏んだ。
 自転車が風を切った。
(わたしと梶くんの関係って、なんなんだろ。恋人? ちがうわよねえ。だって、わたしが本気で好きなのは早紀ちゃんなんだから……)
 そんなことを考えていたら、いつのまにか家の前に着いていた。
「どこへ行くんだ?」
“探偵”が夜まで長引くのを見越して、厚手のコートに腕を通していると、父の信介が訊いてきた。
「バードウォッチングに行くからには、それなりのかっこうをしなきゃね」
 こんなウソも平気でつけるようになった。
「また伊津子ちゃんといっしょなの?」
 母の泰子には返事だけで応えた。ぐずぐずいわれるのを恐れたが、今日の父は朝からパチンコにも行かず在宅していて、それで母までが機嫌良さそうだ。
 伊津子には頭にきた。いっそひっぱたいて絶交しようとも思ったが、それでは親に対して口実をもうける相手がいなくなると、実利を優先したのだ。
「場所はどこなの?」
「川村先生の家」と言いかけ、あわてて「――の近く」と付け足した。
 美鈴の返答が意外な展開を呼んだ。
「おいおい、川村先生だって?」
「どうしたの?」
 思いもかけず父と母の意見が対立したのだ。
「あの先生、なんだか怪しいってウワサだぜ。“少女の敵”じゃないかって」
 そう言って、じろじろ美鈴の顔を見てくる。
「なにバカなこと言ってんのよ。だれがそんなでたらめ言ってるの?」
 美鈴は急に不安になった。父の顔をまともに見られなくなった。母ではないが、どこからそんなウワサが立ったのだろう。
 七つ道具のはいったポーチを手に玄関へ向かった。
「おい、待て。おまえはだいじょうぶなんだろうな」
 父の問いかけを振り切って、逃げるように家をでてきた。
 バス停へ向かいながらも頭はさっき耳にした父のことばと、その父の不審げな視線や顔を思い出して正気でいられなかった。
 早紀が行動を起こしたのだろうか。それとも川村先生を告発する別の動きがあったのだろうか。もし、おもてざたにでもなれば、美鈴の恥ずかしい体験も明るみにされる。
(どうしよう……)
 ほとんど住むこともなく、あばら屋同然のみどり宅に忍び込み、なにか良からぬ証拠を見つけるのは大好きな早紀に対するプレゼントのつもりだった。
 いざとなっても、自分は意外にすばしこいところもあるという自信があり、美鈴が危険に思うことはなにもなかった。
 バスに揺られて7つめの停留所が、元産婦人科の川村医院もある区域の一角だった。どこからか子どもの童謡が聞こえたような気がした。「赤い靴」かとも思ったが、確かめる間もなく旋律は途絶えた。
 バスから降りると、すぐあとから品の良さそうな白人女性が、かたことの日本語で声かけながら追いかけてきた。一瞬、いつか見たクルーザーの女を思いだしてドキッとした。
「ドナタカノ、オウチ、オサガシデスカ?」
「あ、川村医院といってたとこですけど。カワムラ・クリニック……」
 婦人は親切に教えてくれた。いや、そればかりか、「イッショニ、ツイテッテアゲマスヨ」といって案内の先導に立った。これには閉口したが、ことわるのも変だと親切に甘えることにした。
 そのときになって、美鈴はなにげなくあたりを見まわした。たばこ屋があって、花屋があって、あとは似たような住宅が何軒かならんでいるだけ。そこにハッキリわかる人影はないものの、なぜだかどこからか見られているような気配がしきりにするのだった。
「ドウシマシタカ?」
「あ、いえ……」
 気の迷いだろうと不安を打ち消した。
 親切な女性にしたがって行くと、ほかにも何人か白人とすれ違い、このあたりに欧米人宅が多いことが一目で感じられた。
(お母さんて変なの。アジア人の外国人は物騒と決めてかかり、白人の外国人がいるところへ行くのに、なにもいわないなんて……)
 よほど白人のほうが美鈴にとってはドキドキする存在だったが、そんな反発心が起きるのも、あのときの怪しい白人女の影響かも知れない。
 さびれた商店街の一角に、取り壊し寸前の民家があった。そのまえに工事の車が停まって、解体業者とおぼしき作業着姿の男が何人かいるものの、ヒマそうに地べたに尻もちをついてタバコをふかせていた。そこを過ぎたとき、
「ココデスヨ」
 言われて顔を上げて見ると、川村医院の看板が出たままの屋敷が、昼間からカーテンを閉じ、陰気な雰囲気で建っていた。
「どうもありがとうございます」
「ソレジャ……」
 道案内してくれた女性はそれからいなくなったが、廃院した病院になんの用事かふつうなら怪訝に思うところ、そんな表情も見せず去っていったが、
(外人はよけいな詮索はしないものよ)
 そう解釈して不思議とは思わなかった。
 それにしても、どこをどう探索したら良いものか。気がつけば川村邸の敷地深く侵入しており、建物づたいにかなり歩いており、コンクリート塀の陰にあたるということは、外からは見えないということでにわかに緊張した。
 胸がドキドキする。なにか予感じみたものが、ひしひしと胸を締めつけだした。
(え? ウソ……)
 空耳だろうか。どこからか、すすり泣く女の人の声が聞こえている。
 そこはちょうど、医院玄関の真裏にあたるところだった。昼間からカーテンを閉め切った部屋があるのに気づき、足は自然とそのほうに向かった。
 手は自然に腰のポーチに伸び、携帯用テレコを取り出し、録音スイッチをオンにしていた。
 抜き足、差し足、忍び足で近づき、部屋の窓に張りついた。そのときまでは物音を聞くだけのつもりだったが、閉めたつもりのカーテンの一部がめくれ、なかのようすが窺えた。
「あっ」と、思わず声を上げるところだった。
 ほっそりと白い素肌を見せている女性は、異様なかっこうで縛られ、誰かの手で折檻されているようすなのだ。
「ひいっ!」
 もがく女性の呻き声と、あばらを浮き立たせてのけぞる上半身の一部。顔は見えないが、なぜかとっさに美鈴は早紀を思い出していた。それくらい体型が似ていた。
(え!? まさかそんな!)
 不意に烈しい胸騒ぎを覚えた。
 知らずに屋敷の奥の院に入り込んでしまった自分の迂闊さに初めて気づいた。ここでなにかあっても外からは見えないし、逃げても塀の外まではけっこうな距離がある。
(ダメ、逃げなければ)
 あわててきびすを返したとき、行く手に立ちふさがる影が見えた。
「誰っ?」
 2人、3人、ゆっくりと人影が近づき、姿と表情をはっきりとあらわしながら美鈴に迫った。
「あんたたちは……!」
 3人ともいまでは忘れることのできない顔ぶれだった。
「自分から出向くとはいい度胸だこと」
「たっぷりとヤキを入れてやる」
「さあ、来るんだっ!」
 乱暴に引き立てられた。




運命の女


 美鈴がつかまった場所は、ちょうど川村邸の裏玄関に当たるところで、リーダー格の少女が裏木戸を開けてうながし、別の2人に背中を押されて中へ入らされた。
 そのときに、
「いやっ、ぎゃああーっ!」
 廊下の奥から響く悲鳴に美鈴はぎょっとなった。少女らは3人が3人とも薄ら笑いを浮かべたまま、いつものことだといわんばかり別に驚きもしてない。
 みどりの声がする。
「ほらほらほら。悲鳴を上げたら報酬はゼロと言ったでしょ」
 みどりのことばのあとは窓から見た女の声のようで、
「い、い、痛いっ。痛いですっ」
 必死に苦痛を訴えている。
「2本同時だから、それは痛いわよ。でも、こんどのお客はダブルフィストがお望みだから……」と歯牙にもかけない。
「ああっ、いやあっ!」
 ベッドのきしむ音のあとで、下卑た男の笑い声まで聞こえた。
 それまで遠慮していた梨沙の手下が、しびれを切らして部屋の戸をたたいた。
「わたしです」
「開いてるわよ。お入んなさい」
 ノックした子のあと、背中を小突かれて美鈴も入らされたが、異様な室内のようすに美鈴は唖然とした。
 全裸にされ、膝をいっぱいに折られて縛り合わされた脚を観音開きにされたうえ、2人のヤクザ風の男に上体と腰を押さえつけられた女性。すぐそばには白衣を着た川村みどりがおり、女性の腰に張りついて紺野梨沙の両手が、一つになって突っ込まれているのである。
 女はつい最近みどりのペット同然の性奴隷にされた有沢いさ子で、もちろんその名前も顔も美鈴は知らない。
「うがあっ、いやっ、いやああーっ!」
 烈しく首を振ってのけぞるたびに、汗で光る胸の下にあばら骨が大きく浮きでて、ベッドといっしょに両手でレイプされる華奢な体型もぎしぎしと軋んでいるような凄惨な光景――。
 ぱっくりと拡張させられた赤い秘孔は、淫汁でぐしゃぐしゃに濡れそぼっており、烈しくこぶしで突かれるたび、新たな淫汁が糸を引きながらシーツの染みを大きくしている。
「見ないでぇー」
 いさ子がゾッとするような恨み顔で見返したから、美鈴は思わず目をそらした。その一瞬ビシッと、その頬にみどりの平手が飛んだ。
「金で買われた身が、よけいなこと言うんじゃないっ!」
 みどりはすごい剣幕で目を吊り上げた。そんな怖ろしいみどりの顔を見たのもこれが初めてで、なんだかこれまでの異常エッチのときとはちがう雰囲気に、美鈴の緊張は一気に高まった。
 みどりが立ってきて、梨沙の配下の手から美鈴のポーチを受け取り、さっと中をあらためるやジロリと睨んだ。
「少年探偵団にでもなったつもり?」
 そのときのみどりの眼光の鋭さに、美鈴は一瞬たじろいだものの、精一杯の勇気をふるって逆に問いただした。
「先生、いったいなにしてるんですか? これじゃ誘拐、監禁。犯罪じゃないですか!」
「バカねえ。さっき言ったことばを忘れたの? この女には大金を払っているのよ」
「それだって」と、なおも口ごたえしようとしたとき、梨沙がずるずるに濡れたドクターハンドを両手からはずしながら立ってきた。
「他人を心配してる場合じゃないわよ」
 イヤらしい目でジロジロ美鈴の全身をコートの上から眺めわたした。
 逃げるように梨沙のそばを離れたとき、部屋の隅の鏡台の陰に隠れるようにしている、第三の男の存在に美鈴は初めて気づいた。
 その男が、「じゃ、俺はこれで」と廊下に出るところをみどりが「待って」と呼び止めた。なにか報告を求めている風だ。
 男の声がそれに答える。
「あの女は九州に病気の母親がいるだけ。交友関係もなく、東京であの女が〈消えた〉としても怪しむ者はいないはずだ」
 男の報告にみどりは満足したようすで、「それなら、いよいよ“究極の儀式”に使えるってわけね」と謎めいたセリフを吐き、ぞっとするような悪魔的笑いを浮かべたのも、そのとき美鈴は見た。
 そのあとでその男、悪徳刑事、神谷は、みどりを美鈴の目にも耳にも届かない隅に呼んで、「あの娘をやるのか?」と訊いた。
「すこし物足りないけど、早紀の身代わりに遊ばせてもらうわ」
「ウルフもこの場に呼んでやればいいのに」
 その提案には表情を曇らせた。
「それが、例のイラストの件で編集部の上から難癖がついて、身辺がごたごたしててそれどころじゃないみたい。早紀がなんらかの手を打ったんじゃないかな」
「ほかのことはだいじょうぶなんだろうな。しっかり頼むぜ、こっちだって一蓮托生なんだから」
 そうクギを刺して、神谷はいなくなった。
 みどりが廊下にでてきた。
「あなたに訊くことがあるわ」
「なんですか?」
「夏休みに早紀ちゃんの家に泊まったわね」
「……………」
 一瞬迷ったが、どうせ伊津子の口からバレていることだと思いなおし、あっさり告白した。
「ええ。2人して蚊帳のなかで寝ました」
「寝たという意味はエッチを含んでのこと?」
「それは想像におまかせします。先生にだってそんなこと答える義務はないわ」
 美鈴はそのとき、自分でも信じられないくらいの強情さでたてついた。
「身体に訊くしかないようね」
 そう言ったのは梨沙だった。口元に陰険な笑いを浮かべていた。
 梨沙の凌辱を逃れたいさ子を、こんどは2人のヤクザのレイプ地獄が見舞おうとしていた。
 両脚を不自由に縛ったまま反転させられ、突き出させられたヒップの中心のアヌス穴を、男の節くれだった指が強引にねじ込まれていた。ぐいぐいとねじ込んではひねり回し、無理に濡れさせ、挿入におよぼうとしているのだ。
「いやっ、痛い」
「俺はうしろが好きなんだよ」
 男は早くもズボンを下げて、きたない尻をこちらに向けている。美鈴は嫌悪感に目をそむけた。
「ちょっと」と、みどりがもう一人のほうに呼びかけた。
「中断している裏の工事だけど……」
 女を押さえながら、男は顔だけこっちに向けた。
「そろそろ再開するよう言ってくれない? いま、1時だから……とりあえずは、3時半か4時くらいまでドリルと、できればチェーンソーの音も響かせてもらえるとありがたいんだけど。悲鳴をかき消すにはあれが一番だから……」
 男は携帯電話を取り出し、「ぴ・ぽ・ぱ」と番号を押して相手を呼び出した。
 携帯電話は、この物語の舞台となる1993年に“第2世代”と呼ばれる機種が登場したが、一般にはまだまだで、ましてや美鈴が住んでいた北陸の地方では貴重な存在だった。
 みどりと男のやりとりを聞きながら、美鈴の胸が烈しく動悸を打ちはじめた。
「わたしたちは見張りにもどります」
「そうね、サツキだけじゃ頼りないもんね」
 そう言って3人を見送ったあと、みどりが梨沙に向きなおって、くすっと笑った。
「あの子たちにとっては、同性よりは異性のハダカをイジメることのほうが愉しいに決まってるもんね」
 梨沙もなっとく顔で笑い返した。
「さあ、来るのよ」
 険しい顔にもどったみどりに肩をつかまれ、美鈴は廊下を歩かされた。
 医院はとっくに廃院してそんなはずはないのだが、消毒綿のにおいがするのは、さすが病院の名残りか。開脚寝台のある診察室に連れ込まれ、消毒臭はいっそう強くなった気がした。
 美鈴は目をみはった。
 そうなることがわかっていたように、内診台のそばの机には大小さまざまの棒状の淫具のほか、医療器具や、コードが何本も出た電気装置などが置かれてあった。
 そして、足乗せ部分が左右に広がった婦人科特有の診察台。もうすぐあそこに乗せられ、好き放題に恥ずかしい部分をいじくりまわされるんだと思うと、美鈴は身体中から血の気が引いていくようだった。
(今日はちがうわ)
 異常な恐怖感の高まりは、実体のわからぬ装置があったからだろう。コードが何本も出ている四角い箱状の器械。VだのAだのというイニシャルのある扇形の表示板には、それぞれ数値がきざまれ、メーター針が備わっている。
「これはいったい……」
「わからないの? 電気責め装置よ。『処刑室への招待』で、精神病院に送られた人妻がかけられた拷問に使う器械よ」
 みどりが心を見透かしたようにぺらぺらとまくしたてた。
「電気!」
 美鈴はこんどこそ血の気が引いた。それでなくとも、女性は電気ということばにも現象にも拒否反応が強い。それなのに、その電気を身体のいちばん弱い部分、敏感な部分に流そうというのだ。
「いやっ」
 逃げようとするのを、梨沙が手を大きく振り上げて打ちにかかったが、すんでのところでみどりの手が押さえた。
「だめよ。顔に腫れでもつくったら帰せなくなるわよ。どんな傷もつけられないわ」
「そうか。だから電気で拷問するんだね」
 また梨沙がなっとく顔をした。
 みどりの目がコートのうえから美鈴の全身を見まわした。
「服を脱ぎなさい。全裸になるのよ」
 いっさいの感情を消し去った顔が、冷たく命令したのを受け、美鈴は観念してコートを脱いだ。
 そばに椅子がある。脱いだコートはかんたんにたたんで椅子の背もたれにかけた。
 つぎにブラウスの袖ボタンを外して袖を開き、前ボタンも一つ一つ外していった。袖を腕から抜くと、脱いだブラウスはていねいにたたんで椅子の上に置いた。
 そのようすを、みどりも梨沙もだまってじっと見ている。
 Gパンに手をかけ、ホックを外して、ファスナーを降ろして太腿から外しにかかるが、ぴっちりしすぎて、すこし脱ぐのに手間どった。脱いだGパンは、これもきれいにたたんで、先にたたんで置いたブラウスの上に重ねた。
「あの……」
「え?」
 唐突に言いかけた美鈴に、みどりはびっくりしたように訊き返した。
「わたし冷え症なんですけど」とノドまで出かかったが、自分が言おうとしたことがあまりにこっけいに思えて、ことばを呑み込んだとき、ふっと笑いが洩れた。
 それを不敵ととらえられたのだろう。みどりも梨沙も険をつくって顔を見合わせた。そしてブラジャーのうえに、寒さしのぎに重ね着した長袖肌着姿の美鈴を、さらに穴のあくほど見つめて、凌辱心をつのらせた。
 厚手の靴下を脱いで素足になった。脱いだ靴下を椅子に置くと、長袖肌着を脱いだ。それを前に置いたとき、ひんやりと肌に感じた冷気とともに、急に心細いような、みじめなような感情がこみ上げた。
(早紀ちゃん……)
 無意識に好きな人の顔を思い浮かべていた。
 梨沙がじれてなにか言いかけたとき、工事用のドリルの音が響いた。すこし間をおきチェーンソーの音も。
 ああ、わたしの悲鳴をかき消すために、ヤクザとつるんだ地上げの請負い解体業者が工事の続行を開始したのだ。そう思うことで、ますますみじめさ、情けなさがつのった。
 ブラジャーのホックを外すとき、無意識に目が周囲をにらんだ。みどりも梨沙もじっと見詰めたままでいる。
 美鈴にとって貧弱な乳房は大弱点だった。それを強制されてさらすことの屈辱感、それをこらえてブラジャーを胸から外して、椅子のうえに重ねた。
 パンティだけになり、無意識に手を胸に当てたとき、「隠すな」と梨沙が命じた。
「手を下に。オッパイをよく見せるんだ」
 そう言ってどんどん近づき、息がかかる距離まで接近して手を伸ばしてきた。
 扁平な胸を手のひらで覆い、親指の腹で乳首をつんつんと軽くはじいたから、美鈴は顔をしかめて首を横に向けた。梨沙になぶられる乳首の先がびりびりと感じていた。
「最後の一枚はわたしが」
 そう言って梨沙がパンティに手をかけたとき、みどりが寄ってきてそばにかがんだ。
「この子ね、オリモノが多いらしく、パンティのなかにおもしろいもの忍ばせてるのよ」
 みどりに言われるまでもなく、パンティのなかに押し入った梨沙の手は、パンティとは別の薄物をさぐり当てており、みどりの横にかがむと、パンティをめくったなかから四角にたたんだナプキンを抜き出した。
 それをひらひらさせて見ていたが、
「気にしすぎだよ」
 そう言って、きれいなままの白布を美鈴の目の前にかざして見せたあと、つまんだ指を開いて床に落とした。
(なぜ? なぜ濡れてないんだろ)
 美鈴は不思議に思った。が、それというのも、エッチな感情を持てないほど緊張し、心も身体も強張って、その日のみどりを畏怖しきっていたというあらわれだったのだ。
 梨沙の手がパンティをずり下げると、片足ずつ取って脱がせ、美鈴はいっさいのものを取り去った素裸にされた。
 むきだしにされた局部を見ていたみどりが、ぼそっとつぶやいた。
「この子変わったわね」
「え? なんのこと?」と梨沙が訊いた。
「女になったということよ」
 ズバリ言い当てられ、美鈴はドキリとした。なぜ、そんなことがわかるのだろう。
 みどりの手が尻たぼのあいだにのぞく部分を凝視したあと、じかに肌にも触れてくる。ふくらはぎを撫で膝を撫で、太腿にまで這いあがってくる。
「すべすべして、かわいい肌……このあいだまでオシッコ臭かったのに、いまは違うニオイさせている。オマンコのにおい」
 まだ少女然としたピンクの割れ目はそれほど複雑な皺は刻んでおらず、そのそばの菊門もきれいなものだった。
「誰なの? ここをこんなにしたのは……」
「それもこれも、すべて吐かせようよ。あのドリルとチェーンソーの音がしているあいだに」
 梨沙のそのことばが拷問開始の合図となった。すぐそばで聞こえる解体工事の騒音が、美鈴にはこれ以上ないほど大きく耳に響いた。




拷 問


 開脚寝台に乗せられた美鈴に拷問の時が迫った。
 拘束ベルトは7箇所。膝の上と下と太腿がそれぞれ両方だから6箇所で、あとの1箇所は頭のうえで結ばされた両方の手首だ。
「怖い?」
 大きく開いた脚と脚のあいだに立って、みどりが訊いた。すぐ横に梨沙もならんでいる。
「………」
 歯を食いしばって迫りくる恐怖と闘った。
 みどりの手が片方の足の先を取ってひねった。少女にしては節くれだった足をしていた。くるぶしや甲に、血管が浮きでて見える。
「わたしは足にこだわるタチでね」
 みどりの意思をくみとり、梨沙が机から針金の束を取って差しだした。ビニール皮膜などなく、針金そのものといった代物だ。
 親指をつまむと、付け根付近で針金をひと巻きし、すこし余らせてペンチで切り取り、余った針金の先端をクロスして止めた。
(な、なにを……?)
 指を締めつけられながら、美鈴はえたいの知れぬみどりのしぐさに戦々恐々だった。一方、梨沙はすべて心得ているようで、針金の束を手で支えながらも、嬉々として見守っている。
 もう片方の足も同様に針金を巻きつけ終えた。
「いったい、なにを……?」
 美鈴がこらえきれず、声に出して訊いた。
「すぐよ。すぐにわかるわ」
 そう言って装置のダイヤルをまわしたとき、親指にじーんと刺激がつたわり、それはだんだん強い衝撃に変わっていった。
「いやっ、いやいやっ。いやあーっ!」
「どう? 電気を感じる?」
 足の親指の先から熱さをともなった苦痛が突き刺し、そこを起点に足から腰にかけ、特有の電気刺激が間断なく走り抜けていた。
「どう? どんな気分?」
「やめて。怖いっ」
 みどりはようしゃなく、電圧を上げていった。
「ああっ、あーっ!」
 衝撃はさらに強くなり、足の指がめいめい勝手な方向に向きはじめ、ふくらはぎや腿の筋肉が電気反応して収縮痙攣をくり返した。
「い、い、痛いっ! やめてっ!」
 腰から下にすごい重圧が加わっている。足が奇妙によじれている感じがして、腰から下の関節という関節に負荷がかかり、その痛みがすごかった。
「さあ、やめて欲しい? だったら、早紀ちゃんのどこにホクロがあったか言いなさいっ」
「………!」
 美鈴はハッとした。
 そうだ。自分はいま、拷問されているのだ。相手に満足のいく答えが得られなければ、この苦しい責めは延々とくり返されるのだ。
「ホクロなんて……ホクロなんて……」
 美鈴はやけくそになって首を振った。
「そう。強情を張りたいのね。早紀ちゃんを守りたいのね」
 みどりの手が、ダイヤルをひねった。
「ぎゃあっ!!」
 一瞬、骨がくだけるかと思ったが、みどりの手が逆回転し、重圧をともなった激痛はすぐに収まった。
 梨沙が、きゃっきゃとはしゃいでいる。
 ビリビリビリという電気刺激は、足全体にわたってつづいている。それにともない、ふくらはぎにも腿にも痙攣反応が見られている。梨沙はその反応に興奮しているのだった。
「さあ、言いなさいっ」
 みどりの手が、また電圧を上げた。
「ひいっ!」
 ゆっくりと回転させ、上昇する電圧にともない、足先がひしゃげる。こんども骨がくだけるかと思う重圧を感じた瞬間、ぐっと電圧が下げられた。
「さあっ」
 それを合図に、また、きた。
「うーっ」という呻き声とともに、人の字の全身がひきつれたり、のけぞったり、下半身と上半身で勝手な動きをしている。まるでスルメが網のうえであぶられた有り様みたいに。
「この子、意外とタフよ」
 梨沙がみどりに、なにごとか耳打ちした。
「くふっ、怖い子ね」
と、さすがのみどりが梨沙の提案におどろき、肩をそびやかした。
 いったんスイッチが切られた。一瞬、美鈴は恐怖からも苦痛からも解放されたのかと思って、ふうーっと安堵のため息をついた。
 が、みどりの手がダイヤルを大きく回転させた。さっき骨がくだけると思ったときよりも、さらに高い電圧位置まで回されたようにも見えた。
「早紀のホクロは?」
 美鈴の驚愕など無視して尋問を続行した。
「あったんでしょ? 恥ずかしい部分に2つ」
 梨沙までが質問にくわわり、美鈴は捨て鉢になった。
「なぜ、そんなホクロにこだわるの?」と、美鈴は反論しないではいられなくなった。
「ホクロを根拠に、あの絵で脅して、SMパーティーの生け贄に……」
 ヒステリックにまくしたてる梨沙を、みどりはあわてて制した。
「バカっ、よけいなことを!」
「だから、あんなクソ医者なんかを……」
 さらにそこまで口をすべらせ、みどりは呆れるしかなかった。。
「しょうがない子ねえ、なんでもペラペラと……でも、田宮はウソ言ってないわよ」
「田宮」という名前まで口にし、みどりはすっかり開きなおって美鈴に目を向けた。その腹いせが一気にはね返ることになった。
「おまえよね、ウソ言ってるのは」
「知るもんかっ!」
 美鈴は覚悟を決めて横を向いた。
 なにが起きるか――
 みどりの手がスイッチを「ON」にした。
「あっ」
 その瞬間、美鈴の下半身は“拷問電流”という暴風に見舞われた。
 烈しい電気ショック痙攣――。収縮――。ひきつれ――。そして激痛……それらが瞬時に襲いかかり、小柄な少女の下半身を容赦なく走り回っている。
「ぎゃあああーーっ!!」
 絶叫を上げてのたうち回る上半身。痙攣しながらひきつる下半身……
 その光景をみどりも梨沙も憑かれたように凝視していた。
「うぐぅああっ!」
 下半身に浮き立つ筋が異様にきわだち、足先もいちじるしくひきつれた。下半身を締める革ベルトがぎゅっと食い込み、美鈴の苦悶のあまり開脚寝台がギシギシきしむ。
 バリバリバリ、キイーン……
 解体騒音のつづく、そのなか、
「ぎゃあああーっ!!」
 美鈴の絶叫は耳をつんざくほどだった。その凄絶なありさまに見とれて、みどりは変圧器のダイヤルを握ったまま、うっかり手かげんを忘れていた。
「いけないっ」
 あわててスイッチを切ったとき、そのまま折れるかと思ったほど弓なりにのけぞった裸身が、がっくりと力を失った。
「はあ、はあ、はあ……」
 荒い息を吐く美鈴を梨沙が、なおも詰問する。
「言えっ。早紀のホクロの有無を正直にっ」
 スイッチをひねろうとする梨沙の手を、みどりが懸命に押しとどめた。ただ、それは拷問の中止でも手加減でもなかった。
「梨沙ちゃん、鉗子」
「はい」
 すっかり拷問医師の助手になりきった梨沙から、ハサミの形をした医療器具が差しだされたが、それを受け取るまえ、みどりの指は美鈴の性器を剥きあげた。
「こうなったら遠慮しないわよ」
 こうなったらとは、処女でなくなった以上はという意味だ。ツーカーで梨沙がうなずく。
「ショックバトンをつくるのね」
 すべて心得たとばかり、長大なペニスの形をした棒器具の先に針金を巻きはじめた。
 一方、みどりは電気責めに反応してしっとりと濡れた性器の下に手を当て、アヌス位置を確かめると、固くすぼまったままのアヌス穴に鉗子の先をあてがった。
「あっ」
 ひんやりした感触のあと、直腸に異物が入り込む悪寒に思わず暴れようとするのを、「動くなっ」とみどりの声が厳しく制した。
「じっとしなさい。でないと、お腹のなかを傷つけることになるわ」
 先が微妙に折れ曲がった鉗子の先が、ゆっくりゆっくり直腸内を通過し、握りの部分を残して全部入りきるまで、美鈴は恐れおののきながらじっとしているしかなかった。
「もう、ホクロのことは訊かないわ」
「え?」
「代わりに、早紀とのエッチをあらいざらい告白しなさい。いまさらなにもないなんて言わせないわよ」
 お尻の穴から出た鉗子の握りの部分の一方に、コードの端のクリップがはさみつけられ、いま梨沙から受け取った即席電気棒の電極とこれで一対になったことになる。
 下半身に通じているのとは別の回路のスイッチが入れられた。そして美鈴の目の前に、螺旋状に針金を巻かれた太くて長いペニス状棒器具がちらつかされた。
「そ、それを……」
「もう、バージンじゃないんでしょ」
「うぅ、い……いやああーっ!」
 張り型の先がピンクの秘裂を押し開き、ようしゃなく入りかけた。美鈴は思わず身体を引いたが、針金のはじまりは2、3センチうしろで、したがってまだ電気は流れていなかった。
「いや。いやあー……」
 美鈴はぶるぶる震えた。
 みどりはじらすように、張り型を針金の手前でとどめ、その範囲内での入れたり出したりをくり返した。その間、ピンクの割れ目は口を開けたり閉じたりをくり返され、いいようにもてあそばれた。
 不意に針金部分が触れた。
「い、ひいーっ!」
 ヴァギナとアヌスに同時に刺激が走り、直腸には異様な疼痛。美鈴は目を見開いてのけぞった。寝台がぎしぎしと揺れる。
「うっ、ううーっ!」
 みどりは触れては離し、離してはまた触れるといったやり方でしつように責め立てた。その間、軽い電気ショック状態をくり返され、つぎにはいつ継続した電気が流されるかと、びくびくする身にはたまらない心理拷問でもある。
 恐怖の悲鳴と卒倒がくり返される。
「さあ、こんどはこうよっ」
 電圧がすこし下げられ、代わりに張り型を握る手が、大きく奥まで動いた。針金の部分が膣のなかに入り込み、美鈴は膣を通過して奥へと移動する電気刺激に、狂ったように反応して首を振りつづけた。
「ううう、うあっあああーっ!」
「どう? 感じるでしょ?」
 そう言いながら、どんどん電気棒の先を膣奥に侵入させてくる。ビリビリという刺激に貫かれ、膣も直腸も異様な感覚に痺れまくり、震えまくっていた。
 その電気棒が、すっかり奥まで入り込むと、つぎにはずぼずぼと烈しくピストン運動を開始した。
「いやっ、いやだあーっ」
「さあ、言いなさい。早紀とのエッチを」
 みどりの手が前後にせわしなく動く。電撃ファックがくり返される。
 どれほどつづけられただろうか。ファックするみどりの手が動きを止めた。
 電気棒を突っ込んだまま、膣と直腸に一定電圧を流したまま、みどりはずぶずぶになった割れ目をめくって、尿道孔とクリトリスを露出させた。
「こんどはきついわよ。独特の痺れに痛さがくわわるのよ。さあ、梨沙ちゃん」
 みどりにうながされ、電極クリップをはさみつけられたドライバーを2本たずさえ、梨沙が拷問にくわわる。
「さあ、なにもかも言うのよっ」
「いやっ、いやいやいやあーっ」
 美鈴はめちゃめちゃに首を振った。
 尿道孔とクリトリスにドライバーの先が押し当てられた。信じられないような鋭い痛みが美鈴の中心を貫いた。それはこれまでのどんな苦痛よりもつらいものだった。
「ぎゃあーっ!」
 恐怖と激痛に美鈴は叫ぶ。だが、どんなに泣いても叫んでも、美鈴の悲鳴はドリルとチェーンソーの音にかき消され、けっして外に洩れることはない。




美鈴危うし!


 性器への電気責めは、さらに念入りになっていた。
 美鈴はみどりと梨沙にぴったりと股間に張りつかれ、2人がかりで徹底的にいたぶられていた。ドクターハンドの手と手は14歳の、セックスを知ったばかりの性器を開いて、電流の流れている器具の先であちこち突つきまわす。
「すっかり充血してるわね」
「そりゃそうよ。もう、2時間がとこ責めてるんだもの」
 梨沙もみどりも飽かずにその部分を凝視し、ただ、性器ひとつと狙いをさだめ、電気責めに興じている。
「ううっ、あひいっ!」
 赤く腫れあがった小豆大の陰核をピンセットでつままれ、淫汁でぬるぬるになり、いままた新たな体液をしたたらせる尿道孔に鉗子の先やドライバーの先を当てられるが、それらのどれにも電流が流れているのだ。美鈴は激痛に上半身をのたうちまわらせた。
「痛い、痛いぃー」
 電気といえば「ビリビリとしびれる感じ」と思っていた身に、刺すような、焼けるような、こんなつらい痛みは心底意外だった。ただ、そんな痛みにもかかわらず、愛液がしたたっているなど、その時の美鈴は思ってもみない。
「こんな痛みにも反応するなんて」
「でも、快感で反応しているんではなくってよ」
 梨沙の疑問にみどりが答えた。
「戦争中、日本軍が中国でおこなった生体実験で、気圧実験で殺された捕虜のお腹から、ハラワタといっしょに精液がぶちまけられてたそうよ。それとおなじで人の身体は異常な状況のなか、それこそ思わぬ反応をするものなのよ」
「ふうーん」
「さあ、こんどはこうよ」
 気まぐれに責めるつぎなる狙いは、指でさんざんもてあそび、濡らし、電気を通じやすくしたピンクのラビアだ。鉗子の先ではさんで、ねじって、ドライバーの先を押し当てる。
「あうつぅー」
 力を込めて押し当てられ、ちくちくという電気刺激が、耐えがたい激痛へと高まる。
「あああーっ!」
 診察台がぎしぎし揺れて、悲痛な叫びがこれ以上ないほど大きく響きわたった。
 と、工事の騒音が消えていることに気づいて、みどりが梨沙に言いつけた。
「梨沙ちゃん、騒音の続行を頼んできなさい」
「いいわよ」
 ピンセットを置いて梨沙が部屋から出ていった。
 みどりもいったん鉗子を机にもどした。
「ここをこんなにした張本人は誰?」
 尋問しながら利き腕でない左の腕を高々とかかげて、その袖をまくりなおした。
 利き腕、右手の指で割れ目を開いておき、さっき袖をまくりなおした左手の中指、人差し指をそろえて挿入。美鈴は「うっ」と低く呻いたきり、あとの声はこらえた。
 2本の指にぬめりを感じながら、ゆっくりと慎重な動きで、たっぷりと奥まで挿入した。
「これが子宮ね、こりこりしてるわ」
 わざわざ解説して、さらに残酷なふるまいに出る。奥まで達した2本指の先を丸めて爪を立てるのだ。そうしておいて数回前後させた。
「う、くうっ!」
 美鈴は膣を掻きむしられる刺激に、歯を食いしばって耐えた。
「うんむっ」
「感じているくせに。こいつぅ」
 ぐりぐりと掻きまわすが、それでは飽きたららない。
「さあ、こんどはきついよ」
 2本の指を膣から出しきると、つぎには親指をのぞく4本全部、手刀にしての挿入を試みた。責める手を利き腕よりは小さめの左手にしたのはこのためだったのだ。
「あ、ああっ!」
 えぐり、ひねり、ぐいぐい押してくる。
 すごい圧迫と苦痛。そのなかにも、あの異常な倒錯快感が身体の内から沸きあがり、じりじりと侵蝕されていく自分を感じていた。
「いや。いやよおぉ」
 汗と涙で、顔をくしゃくしゃにして身悶え、のけぞった。
「痛い? 痛いわよねえ」
 そう言いながら手刀の先をようしゃなく押し込んでいく。微妙に角度をちがえさせ、ぴったりそろえたしなやかな4本の指が、ぬめりを感じながら少女の膣にゆっくりゆっくりその姿を没していった。
「いっ……痛(つ)ぅーっ!」
 美鈴の半開きになった口から顎にかけて、ぶるぶる震えている。
「さあ、存分に引き回すわよ」
 みどりの手のひらが、膣奥を蹂躙しながら大きく回転した。回転しながら膣壁をえぐり、子宮を小突き、小突いてはまた逆回転して引き抜かれ、その動作をくり返した。
「ああっ。う、ううっ!」
 大の字に開かれた下半身が、利き腕でないとはいえ成人女性の手をまるまると食わえさせられ、犯されながら、ぶるぶると戦慄に打ち震えている。手首がうごめくたび、ちいさな悲鳴があがる。
「14歳でフィストを経験するなんて、美鈴ちゃんすごいわねえ。イヤらしいわねえ。こんなのお母さんが見たら、なんと思うかしら」
「いや、やめて」
 いつかも、そのおなじ口から、おなじようなことを言われた。
「早紀ちゃんとも、こんな凄いことしたんじゃない? とても初体験とは思えないわよ」
「ちがう。ちがうちがうっ」
 耳元にささやかれる残酷なからかい口に、美鈴は首を振って必死に否定した。
 もちろん、親指をのぞいた手のひらでは正しい意味でのフィストファックにはなっていないが、みどりの目的は美鈴の正常な理性を奪うことだから、精一杯大げさに言うことで効果は十分発揮される。
 梨沙がもどっていた。一心に見つめ、その目はまた、あらたな画策を巡らしているかのようだ。
「なに?」
 顔を向けて訊くみどりに意外な提案をした。
「早紀をここに呼ばない?」
「え?」
 驚いたのは美鈴も同然だった。
「なにを言うの? あの子がここにきたらなにをするか……」
「こいつを囮(おとり)にして、なにもかも聞き出せば手っ取り早いじゃん。同時に、あの女を裸にひん剥いてズタズタにしてやりたい」
 それでなくとも、これまでに何度煮え湯を飲まされていることかと、目をらんらんと輝かせて言った。
「それはいい考えかも」
 みどりは責めを中断し、梨沙にバトンをわたしてピンク電話のある廊下に向かった。
「やめて、早紀ちゃんを巻き込まないでっ」
 梨沙がむきだしの股間の前にかがみこんだ。ローションの容器をかたむけ、ドクターハンドの右手に垂らして、5本の指をこすり合わせてぬるぬるに光らせた。
「いやああっ!」
 恐怖のあまり目を見開き、首を振ってわめいた。
 手はじめに両手の人差し指、中指を膣に突っ込み、クスコ代わりにして残酷に性器を開きにかかった。
「痛い。痛いーっ」
「くふふふ……まだ、固いわね」
 ピンクの秘裂をひん剥き、無理矢理つくったすき間に、ぬちゃぬちゃと濡れて光る淡紅色の膣壁が淫猥な艶やかさをのぞかせた。
「ううーっ」
 美鈴は苦痛をこらえて歯を食いしばった。
「その身体で、このこぶしがどこまで呑み込むことができる?」
「いやあーっ!」
 再開されたドリルとチェーンソーの音が、美鈴の悲鳴をかき消した。
「早紀のホクロのこと、早紀とのエッチや、早紀がわたしたちになにを仕掛けようとしているのか、あらいざらい白状しなさいっ」
 梨沙は声をあらげて詰問し、こぶしに変えた手を股間に押し当てた。こぶしの先をとがらせておいて、割れ目にひねり込んだ。
「うぎゃあっ!」
 美鈴が顔をひきつらせてのけぞりかけたが、捨て鉢になって言い放った。
「知ってても言うもんかっ!」
「こいつぅー」
 こぶしが割れ目を押し開く。
「うう、ああっ!」
 こぶしによって剥きあげられた秘唇が、かっと口を開いた。
「ううーっ、いやっ、やめてっ!」
 耐えがたい激痛、いまにも引き裂かれるような激痛に、美鈴は気が遠くなるほどだった。
 梨沙のこぶしが、すこしずつすこしずつ膣のなかに入っていく。いや、美鈴の性器が別の生き物となって梨沙のこぶしを呑み込んでいるといったほうがふさわしいかも知れない。
「ぎゃあああっ!!」
 美鈴の絶叫が工事騒音にまじって響きわたったとき、
「やめなさいっ!」
 凛とした声が飛んできた。
「え?」
 梨沙は一瞬空耳かと思った。
「あっ!!」
 診察室の入り口に目を向けていた美鈴が、まず仰天した。つぎに、振り向いた梨沙の顔が血相変え、あわてて美鈴の拷問を中止するや、百八十度反転して身がまえた。
「おまえっ……」
 梨沙はそう言ったきり、声を詰まらせた。
 呆然としたまま後ずさるみどりのあとから、みどりの顔に護身棒を突きつけ、毅然としたかまえで入ってきたのは早紀だった。
(ああ、早紀ちゃん!)
 美鈴は夢でも見ている気分だった。これが現実なら、嬉しいような困ったような。あられもない裸にさらされ、変態的な拘束・拷問を受け、穴があったら入りたい気持ちだった。
「4人は!?」
「サツキという子以外は全員のびてるよ」
 うろたえて訊く梨沙に答え、3人を撃退した護身棒を軽く振って、不敵に笑った。
 そのときになって廊下にドタドタと足音が響いて、こっちに近づく。早紀はそのほうに警戒の目を向けつつ、必殺の護身棒を向けたみどりへの威嚇をも怠らなかった。
 ようやく梨沙が余裕をとりもどした。薄ら笑いを浮かべて早紀に向き合うと、
「このまま無事に帰れると思うなよ」
 一歩、また一歩、じりじりと早紀に近づいた。
 単身飛び込んだ早紀も、囮の身である美鈴も、これではまだ“絶体絶命のピンチ”にはちがいなかった。どうなる、早紀。そしてまた、美鈴も――

――蜜の章/遺書後篇につづく――

―創作の記―

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