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(8) 炎上__前篇


女刑事


 喫茶店の窓から、あられ混じりの風雨が吹きすさぶ暗い空を見上げながら、美鈴は親友の小山内京子同様、気が滅入るばかりだった。
 漁協青年団あげての捜索活動は午後過ぎ、突然中止となった。最大瞬間風速20メートルの突風が吹く荒天となったからだ。
「なんだか変だよねえ」
 美鈴の疑問はセーターと帽子だけ崖の途中に引っかかったことだが、担当刑事は、
「いいかい? 自殺する人は靴をそろえて置くなり必ず目印になるようなものを残すだろ。早紀さんの場合こうやって置いといたんだが、風で吹き飛んでしまった。そういうことだよ」
 子どもと見てか、終始バカにした態度でそう言ったものだ。
「しっかりした早紀ちゃんの字だった」
 京子にいわれ、美鈴は腰からポーチをはずしてテーブルに置いた。
「そうよ、どこから見たって早紀ちゃんの字」
 いかにも大事そうにポーチから出し、手紙の文面ををながめる美鈴の目が点になっていた。ワープロなどつかわぬ自筆党の早紀本人の直筆とあれば、遺書と見るしかないではないか。
「お母さんにきた手紙も、そんなだったって。『弱虫な自分を許して、でもこうするしかないから哀れと思わずあきらめて』と、ひたすら心配かけまいとする内容だったそうよ」
 ひどいレイプに遭って恋人にも、この世でただ一人の肉親すらにも会わす顔がなくなったということだろうか。あの気丈な早紀が、そんなことで死を選ぶだろうか。
「それに梶君――」
 美鈴にとって同級生であるばかりか、初めてセックスを体験し合った梶山拓也が、早紀の失踪に関係したかのような電話をかけ、行方をくらましたのはなぜなのか。
「家にはどこにいるか連絡してんじゃない?」
 京子はそう推測したが、
「でも、学校、冷たすぎると思わない? なんの問題にもしてないんだよ。福原先生なんか、それをすごく腹立てているみたい」
 美鈴はぷりぷりしたが、学校のことでは実は他人ごとでなく、直接自分にかかわる大問題も浮上しかけていたのだ。そのことは次回にゆずる。
 夜になって雨も上がり、2人は重い気持ちを引きずったまま喫茶店をでてバスに乗った。
「じゃ、また明日」と、まず京子が降りた。
 それからまたすこし揺られて、家の近くのバス停に着いて美鈴が降りた。
 街路灯の下を家に向かいながら、尾けられていると感じた。「確かにそうだ」と直感しながら振り返る勇気もなく、急ぎ足になったとき背後の足音も速くなった。
「待てっ」と言う声に立ちすくんで振り返ったとき、明かりの陰になった薄暗がりに黒い人影を認めた。手にはキラリと光るものも――。
「あっ!」と叫んだ瞬間、別の人影が2人、3人と迫り、たちまち暴漢を取り押さえた。
「二宮正人、傷害未遂の現行犯で逮捕する!」
 人通りの絶えた路地の一角で野太い声がひびき、手錠を打つ音もした。
 3人の刑事のうち一人がすたすたと歩み寄ったが、街灯の下にきてはじめて女性とわかった。
「I県警刑事部捜査課、高嶋裕美よ」
 警察手帳を呈示して微笑んだ顔にはたしかに見覚えあるが、私服ですっかり見ちがえた。
「あのときの刑事さん……でもどうして?」
 刑事たちに両脇からはさまれ、ふてくされ顔の男は高校生くらいにしか見えぬ少年だった。
 裕美は「F高女子不良グループのリーダー、紺野梨沙の恋人。いまはね」とも付けくわえ、「元、島崎若菜の恋人といったらピンとくるかしら」ともつづけた。
「えーっ!? じゃ、あの自殺騒ぎは――」
「他殺の線濃厚。その疑惑の少年を尾けていたらこうなったというわけ。危なかったわね」
 サイレンの音がしてパトカーが到着した。少年を連行して刑事たちが乗り込み、裕美だけ残して、パトカーはまた雨あがりの路地をサイレンの音を響かせて走り去った。
 美鈴は、すっかり覚悟を決めていた。
「わたし、思い切って全部話します。恥ずかしいことでもなんでも。だって、早紀ちゃん死んだなんて信じられないもの。まだ生きてるとしたら、早紀ちゃん早く助け出したいから……」
 憑かれたように一方的にまくし立てる美鈴を、裕美は一心になだめるしかなかった。
「とにかく、まずお家へ――」
 そうして美鈴を自宅に送り届けた直後、2人のあいだで相談がまとまり、裕美は泰子、信介夫妻に願いでた。
「女性同士一対一で事情を聴きたいと思います。警護を厳重にして、けっして危険はないようにしますので――」
 すべてを明らかにして助けられるものなら早紀を助けたいという美鈴の熱意に、両親とも顔を見合わせ一も二もなく承知したのだった。
 その30分後、美鈴は覆面パトカーで市内にある裕美のアパートまで運ばれた。
「お腹空いてるでしょ? なにか作るわ」
 私服からさらにラフな軽装にもどった裕美は、冷蔵庫を開けて自分で呆れた。
「うーん、ネギと玉子かー。せっかく美鈴ちゃん来てくれたのに、うどんじゃあ……よっしゃ、〈奮発して〉特上寿司でも取るか」
 本人は気前良くいったつもりでも、
「いいですよ。うどん、いただきます。わたし、うどん大好きだから」
 遠慮もあってそう返すと、裕美がうきうきしてうどん作りに精出した。ガステーブルに鍋を載せ、湯を沸かし、麺を茹でてとするあいだ、美鈴も立って行って横でながた。
「わたし、生まれ四国なの。その四国で高松といえば、さぬきうどんが名物なの知ってる?」
「へえー、刑事さんって四国なんですか」
「家に返ったら堅苦しい呼び方はなし。裕美とか、おねえさんとか気軽に呼んでちょうだい」
「はい、裕美ねえさん」
 無理に気を引き立たせようと、つくり笑いを浮かべる美鈴を裕美は痛々しく思った。
「そうか。早紀ちゃんって、美鈴ちゃんにとってそんなに大切な子だったんだぁ」
 早紀の失踪では、先に行方不明だったAV女優の発見、証言から〈犯罪〉と断定、二の足を踏んでいたK署もようやく捜査に着手。だが、「早紀に似た少女を岬近くで見た」という証言、ついで遺留品の発見、親しい級友の美鈴と母親へ送られた遺書。そこで一気にまた〈自殺〉へとトーンダウンする経緯をたどった。
 たとえ陰謀性を疑ったにしても、岬から引き返す早紀、もしくは早紀らしい姿が確認されないかぎり、捜査の続行は無理だった。ただ、そのときの美鈴にそれを説明するのは酷だった。
「さ、食べて元気だして。はっきりしたことが分かるまでは、希望を失わず待ちましょうよ」
 この場は美鈴も素直にうなずくしかなかった。
 湯気の立った熱々のうどんに息を吹きかけ、ずるずる音をさせて食べていると、いったん席を立った裕美がパジャマに着替えてもどった。美鈴の着替えも用意してある。
 さっき勝手場で料理する姿といい、こうしてパジャマがでてきたことといい、夏休みに早紀宅に泊まった夜の情景とあまりに似ていて、美鈴はこみ上げるものをこらえきれなかった。
「どうしたの、美鈴ちゃん?」
 すすり泣きながら涙をぼろぼろ流す美鈴を懸命になぐさめた。がらりと話題を変えた。
「わたしのふるさと高松では、うどん屋さんの数が信号の数よりも多いのよ。それくらい名物なの。で、わたしはその老舗(しにせ)のうどん屋の一人娘というわけ」
「えーっ!?」
 おたがい一人娘ということもあって、それから美鈴と裕美は一気に打ち解け合った。
 お腹がふくれて人心地つくと、早紀が転校してきた春からのできごとを順を追って話した。
 膀胱炎で倒れて運ばれた病院でのこと、みどりに異常行為を仕掛けられ、なぶられ、マゾヒスティックに反応したことなどなど……本来なら恥ずかしくてとてもいえないことばかりだったが、すべて大好きな早紀ちゃんのためと勇気を奮った結果だった。
「わたしも高校時代、異性ではなく同性にあこがれ、好きだった子がいたのよ。本気にエッチも想像したし、瀬戸際までいったことも」
「えっ、ほんとですか?」
「でも、相手に彼氏がいてあえなく失恋。彼女が見せたきわどいそぶりも、わたしが考えてたこととちがって、友だち同士のちょっと過激な冗談の一つでしかなかったのよね」
 いまでは懐かしそうに語る裕美の話は、けっして美鈴をなだめたり騙したりする魂胆からでた話とはちがう真実味が感じられた。
「美鈴ちゃんの話で、みどりに使われていた女性たちの口が重かったわけが解ったわ。ほんとは被害者でもあるはずなのに、そういう弱みで犯罪となる部分も隠しとおしちゃったのね」
 美鈴がとっさに「あの人」と言いかけた。
「え?」
「浜で梨沙たちに襲われたとき、早紀ちゃんが闘ってるどさくさに京子ちゃんとクルーザーから助け出した女性、今井江利子さんといったっけか。あの人に話訊けばいろいろわかるんじゃないかと思うけど、早紀ちゃんがこうなってしまって、あの人もどうなったか……」
 そう言ったら裕美が首を振った。
「彼女ならだいじょうぶよ。みどりたちの手の届かない安全なところに隠れているから」
 思わぬ答えに、一時美鈴が「え?」と声にだして不思議がったが、さすが警察と感心し、あとは捜査上の秘密と解釈して、江利子に関してそれ以上の詮索は避けた。
「あと、わたしが捕まり、早紀ちゃんまでが危なかったあのとき――あの家に、また別の女の人がいたんです。あの人を助けられたらと思うと……早紀ちゃんも後悔してました」
 そうつぶやいて口惜しがる美鈴を、裕美はこんどもやさしくなぐさめた。
「2人逃げられただけでも上出来よ。けっして自分を責めることなんかないわ。それにさっきの話から考えても、『いっしょに逃げましょう』といわれて逃げられるものでもないでしょう。
 ただ、みどりたちが言ってた“究極の儀式”とやらがなんなのかは気になるところよねえ」
 みどり宅で神谷を目にしながら、顔まで知らない美鈴が〈ヤクザ〉とまちがえたのはしかたないにしても、早紀から“悪徳刑事”と聞いていたからにはずっと気になる存在だった。
「わたしが襲われたとき裕美さんと助けてくれた刑事さんたち、あのなかに神谷という刑事さんは?」と、これもしっかり確かめた。
「いないわ」
 裕美は即座に否定したが、美鈴が神谷をいぶかる理由をなぜか確かめようとしなかった。
「この手紙、なんか変なんですよね。だいいち、これ、なんて読むんですか?」
 そう言ってここでもポーチから出して広げ、あらためて美鈴が指さしたのは、

  ……〈黄泉〉の国へと旅立たねば。

の一行だった。年下の京子には体裁がわるくて訊けず、帰って辞書を引こうと思いながら、梨沙の恋人という少年に襲われてからこっち、そのヒマを見つけられずじまいだったのだ。
「“よみ”と読むのよ。この世ではない別の世界、つまり“あの世”のことよね。でも、こんなむずかしいことば……」
「ううん。早紀ちゃんはこの字のように大人びたとこあるから、古いことばなんかもたくさん知ってました。でも、そのすぐあとに『遥かオリオン星座の彼方より』なんて乙女チックな言い方もしてるでしょ」
「そうね。一貫性がないわね。でも、死をまえにして、どんなに落ち着いた人でも取り乱して文章がおかしくなるのは当然。ましてや、まだ15歳の少女では……」
「うーん、でもねえ……」と、美鈴は、どうしても納得がいかない。
「そういえば」と、こんどは裕美が一つ確かめるのを忘れていたことに気がついた。
「海の見える別荘で先生に変なことされたって言ってたけど、それって、もしかしてC市じゃなかった?」
「あっ」と、美鈴も思い出した。
「そうですそうです。だって、自衛隊のジェット機がけっこう頻繁に空の上飛んでたから、航空基地のあるC市にまちがいないです」
 地下室ようの密室でなぶられたときも雷鳴に混じって聞こえていたのを、雷の印象が強すぎてうっかり忘れていたのだった。
「大変だっ!」
 江利子の名前にもおどろかなかった裕美が、自分の迂闊さに気づくと同時に、宝の山でもさぐり当てたかのように明るい顔になった。
「美鈴ちゃん、それって重要証言だよっ」
 拉致されたAV女優も、雷の音といっしょにジェット機の爆音も聞いていた。その場所が美鈴の凌辱現場でもあるということは、みどりはいまでもおなじ場所を拠点に女性たちへの凶行をくり返しているかもしれない。
「いまから捜査本部に出向いて美鈴ちゃんの証言を伝え、C市にある別荘の捜査令状をとるわ。むこうの部屋におふとんも敷いてあるから、美鈴ちゃんは先に寝ていてね」
 早口で用件を伝え、なにかあったらここへと名刺を手渡し、またたく間に外出着に着替えて出ていった。
 布団にくるまっても心は乱れるばかりだった。ふだんなら横になって5分経つか経たぬうちに寝息を立てるのに、その夜の美鈴は悶々として、いつ眠れるとも知れなかった。
「手紙が変だ」といった美鈴の直感は正しかった。それどころか美鈴がまたポーチに大事にしまい込んだあの手紙こそ、早紀が命の土壇場で書いた〈ダイイングメッセージ〉だったのだ。




惑 乱


 ドンドンドンッと、はげしく玄関の戸が叩かれた。ガラスの割れる音も響く。そして美鈴が寝ている部屋の戸が勢いよく開けられ、ドタドタドタッと、畳を震わせて賊が侵入してきた。
 ガバッと跳ね起きようとしたとき、闖入者の一人に肩をつかまれた。
「静かにしろ。騒ぐと殺すっ!」
 周囲で別の足音が駈け回っている。
「ほかに誰もいないか」
「刑事は、もういないようだ」
 闇のなかで緊迫した声のやりとりも聞かれた。
「そんな!? 家の前は厳重に警備してるって……」
「ふん。刑事の4人や5人」
 賊はほくそ笑んだ。
 いきなり口をふさがれ、エーテルようの臭いが鼻を突いて、たちまち意識がなくなった。

「きゃはははははっ!」
 癇性な笑いが耳元で響きわたった。
「くっくくくく……」
 不気味な含み笑いも聞こえている。
 ヒステリックな笑いは梨沙だ。そしてもう一人は――悪魔の女、川村みどりにちがいない。
 ハッと目を開けると、テーブルに大の字に縛りつけられていた。
「あっ!」
 裕美の家で着ていたパジャマも下着も脱がされ、全裸のうえに乳首と性器には電極がはさみつけられていた。そばに紺野梨沙がいる。
「ここはどこ? なぜ、こんなところに……」
「覚悟しな」
 否も応もなかった。真っ赤なルージュの口元をゆがめた鬼のような顔の梨沙が、例によって怖ろしい電気装置のスイッチをひねった。
「ひぎゃあーっ!」
 ビリビリビリッ、という独特の刺激と激痛につらぬかれて美鈴は声を限りに叫んだ。暴れた。
 梨沙の手がダイヤルをまわす。
「うぎゃっ、ぎゃあああっ!」
 身体中に電流が駈けめぐり、痙攣とのけぞりをくり返して美鈴を載せた寝台がカタカタと音を立てた。
「やめなさいっ!」
 凛と響きわたる声――なんとそこに早紀の姿があった。
(早紀ちゃんっ! 生きていたのっ!?)
「美鈴ちゃんを解放して、代わりにわたしを存分になぶるがいいわ」
「いい覚悟……ならば服を脱いで裸になれ」
 得意顔のみどりのまえで、早紀はジーンズの上着を脱ぎパンツを脱ぎ、下着も脱いで全裸になった。
「そんな、これじゃぁまるで……」
 いつかのみどり邸の場面の延長である。せっかく生きていたというのに、その早紀がこんどこそ2人の餌食にされるというのだ。
 ほっそりとしなやかな裸身が、暗がりのなかで生白く浮かび上がっていた。
 カラカラカラと滑車が回る音がして、天井からチェーンにつながって鉄枷が降りてきた。
「存分にいたぶってやる」
 みどりが早紀の両手をたばねる。その手首を枷で拘束した。と、また鎖が上方移動し、結び合わされた手首が天井に向けて伸びていく。
「うっ」
 苦痛のうめきを洩らし、早紀の身体は一直線にのびきると苦しい爪先立ちになり、その爪先もぶるぶる震えながら床を離れた。
 10センチ、20センチ……早紀の身体が吊られたまま床から離れていき、50センチも浮いたところでぴたりと止まった。
 ガシャンという音がして光のシャワーが床から上に向かって放たれた。スポットライトは、しなやかに伸びきった爪先から陰毛に翳る股間までを明るく照らしている。
 いつの間にか、みどりの手には太くて長い一本鞭が握られていた。
「そのかっこうで脚を開きな。言うことをきかねば美鈴を地獄の電流責めにかけて殺す」
 早紀が目を吊り上げてにらみ返すが、覚悟を決めると一瞬不敵に笑って見せ、それからゆっくりと脚を広げていった。
 きれいなデルタの下に割れ目もアヌスも、そのそばにならんである2つのホクロさえも丸見えになるくらい大きく股間をさらした。
「梨沙ーっ」と、みどりが呼びかけた。
「はいよ」
「よく見ているのよ。早紀がすこしでも脚を閉じたら、容赦なく美鈴を電流責めにかけなさい」
「あいよぉっ!」
「さ、早紀ちゃんをっ」と、2人のふざけたやりとりに反発した美鈴だったが、梨沙にひっぱたかれて後のことばが言えなくなった。
 ひゅうっ――
 鞭が空を切った。そして肉を打つ音が響いた。
「くっ!」
 人の字に吊られた裸身がガクンと揺れたが、左右に開いた両脚はぶるぶる震えたまま、けっして閉じることはなかった。
 ビシッ、ビシビシッ――烈しい鞭打ちは、ひたすら性器を狙った。早紀は苦痛に耐え、歯を食いしばって人の字の姿勢をとりつづけていた。
(早紀ちゃん、ああ、早紀ちゃん……)
 美鈴は、ただ、うろたえるしかなかった。
 鞭打ちは飽くことなくつづき、必死に耐える早紀の全身から汗が吹きだした。そして汗とともに血もしたたりはじめていた。
「うっ、くうーっ……」
 早紀の口から、いよいよ呻き声が発せられた。したたる血の量も一様尋常でなくなった。鞭が性器に当たるたび、汗にまじって血も飛んだ。
「う、ああっ!」と、苦悶をあらわす声は呻きから悲鳴へと変わった。
 梨沙がまた、耳元で癇性な笑いを響かせた。
「ほれ見ろ美鈴ぅ。おまえの身代わりで、早紀のオマンコがボロボロに千切れて使い物にならなくなるさまを、よく見るんだ」
 もうだまってられない。美鈴が精一杯身を起こすと、あらんかぎりの声で叫んだ。
「早紀ちゃんの代わりにわたしを打てっ。もうこれ以上早紀ちゃんを拷問するなっ!」
 そう言ったら、みどりが鞭打ちをやめた。くるっと向きを変えてこっちを見ると、梨沙に目くばせした。
「美鈴の戒めを解いてこっちに来なさい」
 すべて承知しているのか、梨沙は素直に言いつけにしたがい、乳首と性器から電極をはずし、拘束ベルトも取って美鈴を自由の身にすると、身体をひるがえしてむこうへ去った。「来い」とは、梨沙に対してだったのだ。
 早紀が吊られた身のまま、脚を開いたかっこうをとって心配そうにこっちを見ている。
「おまえたちの思いやりにはうんざり。だったら命を賭けて、それを貫き通して見せてよね」
 みどりの指図で梨沙がマッチをすって、火のついたそれをこちらに放った。
 つぎの瞬間、向こうとこちらをへだてた境に炎が立ちのぼり、めらめらめらと燃え上がった。
「美鈴ちゃーんっ!」
 炎の向こうで叫ぶ早紀が、かげろうとなって揺れていた。
「さあ、その炎の上を駈け抜けてこい。ここまでたどり着けたらおまえも早紀も無事帰してやる。どうだ、怖くてこれないだろう」
「……………!」
 熱を発して燃えさかる炎の壁のまえで、美鈴は金縛りにあったように立ちすくんだ。
「あっ!」
 美鈴がひるんでいるスキに、みどりの手にはサバイバルナイフが握られ、梨沙と片脚ずつつかんで広げた早紀の股間に、ギザギザ刃の先を近づけた。
「ううっ、あーっ!」
 早紀がはげしく身をよじる。
 人の字に吊られた裸身が、汗を垂らしながらのたうちまわった。みどりはギザギザの刃の先を割れ目に挿入し、ゆっくりとひねって早紀の膣をえぐっていた。
「ぎゃあああーっ!!」
 絶叫とともに烈しく血がしたたった。
「早紀ちゃん、早紀ちゃーんっ!」
 美鈴は無我夢中に駈けだした。燃えさかり、吹き上げる炎の壁に突進していた。素足が燃える床を踏み、炎が裸の身を包みこんだ。
(熱いっ、ああ、熱い……早紀ちゃん、もうダメっ。もう、走れないよーっ! 早紀ちゃん助けてぇーっ!……)

「美鈴ちゃん、美鈴ちゃんってば!」
 気がつくと裕美がそばにいた。
 あわてて“弱点”を見られまいとして胸を押さえたが、パジャマは着たままだ。それがわかると安心して、ふとんから半身を起こした。
「なにか悪い夢でうなされたのね。こんなに汗びっしょりになって――」
 いわれてみれば、着ているものがすべて汗でぐっしょりだった。
「さ、脱いで。風邪ひくわ」
「あ、そんな。自分でやりますから」と言ったが、裕美は姉か母ででもあるように甲斐甲斐しく世話にまわり、汗でずぶずぶになった衣類をすべて脱がしてくれた。
 裸にされ、こんどこそは両手で胸を覆った。裕美が石油ストーブに火を点けて近づけたが、もちろん両手を身体に回したのは寒さからではない。
「裕美さん、捜査会議どうだったの?」
「まだ続行中。美鈴ちゃんが気になって中座してきたけど、例の別荘宅を捜索する方針に向いているところだから安心して」
「はい」
 いったんは安堵しつつ、さっき見た夢を思えば、たとえどんな姿になっても早紀ちゃんが生きててくれればこそなのにと、最悪の結末をも予感して複雑な気持ちにもなった。
「美鈴ちゃん」
 裕美に真っ正面から見つめられた。
 美鈴も瞳は大きいほうだが、裕美のはもっとつぶらできらきらしてて、眉がつり上がっている分、勝ち気で野性的に見えた。
「早紀ちゃんが心配なのよね」
「ええ。いまも夢に早紀ちゃんでてきて……」
 ぐすぐすと涙声になる美鈴を、裕美が両手で抱き包んでくれた。そればかりか、涙で濡れる顔に頬ずりした。
「今夜は早紀ちゃんの代わりしたげる」
「えーっ!?」
 美鈴が仰天し、逆にまじまじと見返したが、裕美の顔は真剣そのもの、つぶらな瞳は涙とは別のものでねっとりと潤んでいた。
「さ、横になって」
 いわれるまま掛けぶとんを除けてあおむけに寝ると、裕美は上着を脱ぎスカートも降ろし、下着だけになって美鈴のうえに重なった。
「裕美さん、なんで?」
「言ったでしょ。学生時代は異性よりかは同性に興味あったって。いまだってそうよ」
 手グシで髪をすかしてまじまじと見つめ、その顔がぐうーっと迫ってきて唇を奪われた。甘い匂いのなかで、熱々のディープキスを受けた。
 ねっとりと唾液が混じりあい、裕美の舌で美鈴の舌が転がされているあいだ、下降してきた手が片脚ずつ膝を曲げて横に除ける。そして無防備となった股間に手が触れ、指が敏感な部分を絶妙な力加減で愛撫してきた。
「う、くっ……」
 美鈴は必死に声を殺した。こうして裕美を相手にしているときでさえ、みどりになぶられた感覚がよみがえって反射的に声を殺している。早紀に見られていると錯覚してしまうのだ。
「美鈴ちゃん、どう? 気持ちいい?」
「あ、はい……うくっ……」
「感じてるなら、声あげていいのよ」
「あ……ああ……くっ……」
 シーツを握りしめ、身を固くしていると、裕美の愛撫はだんだん大胆になり、指がぬるぬるの割れ目を押し割って入ってくると、ぐりぐりと攻め立てた。
「うっ……ゆ、裕美さん……!」
「どう? 気持ちいいでしょ? 美鈴ちゃぁーん……」
「はっ!」
 胸騒ぎに襲われ、目を大きく見開いたとき、つい今しがたまでの裕美とは別人だった。
「ああっ!?」
「どうしたの、わたしの顔になにか付いてる?」
 目の前の顔はみどりだった!
 歌舞伎の隈取りのような凄い顔のみどりが、耳まで裂けた真っ赤な口から悪魔の笑いを発しながら、ずんずん迫ってくるのだった――。

「ああーっ!!」
 美鈴は大声を上げてふとんから跳ね起きた。
「ゆ、夢だったーっ」
 正気にかえり、しかし、まだ半信半疑だった。
「今度こそ、ほんとに目が醒めたのよねえー」
 電灯をつけて、周囲を見まわし、誰もいないことを確認しつつ、まだ夢のつづきでなにかが襲ってくるのではと気が気でなかった。
 汗はそれほどかいていなかった。気になるのは恥ずかしい部分の濡れ具合だったが、そっちもそれほどのことはなく、まずは安堵した。
「怖かったー。でも……」
 夢のなかの早紀を思いだしていた。
「やっぱり早紀ちゃん、死んだんだろか」
 急に哀しくなった。この場にたった一人いる身が堪えられなくなって思わず受話器を持っていた。
「あ、警察ですか?……」
 悪いと思ったが、裕美を呼びだした。
「すみません。なんだかどうしても声聞きたくて……」
「いいのよ。こんな夜に一人にさせてこっちこそ悪かったわ。捜査会議の方はだいじょうぶ。美鈴ちゃんが言ってた場所も特定でき、明日、家宅捜索の令状取っているところだから」
 裕美は声をはずませて報告した。
 いよいよ、みどり一派に反撃するその時がきたのだった。




家宅捜索


 翌る日曜日の早朝、K署の2台のパトカーは雨をついてC市に向かった。うち1台に美鈴が、その日は制服姿の裕美と同乗した。
「今井江利子を名乗るみどりらしき人物が開いていたSMパーティーでは、もう何人もの女性が関係し、証言してくれた人もいたんだけど、これまで場所の特定ができなかった。でも美鈴ちゃんの話からハッキリしたわ」
 後部席にならび、美鈴は裕美から捜査経過を聞いた。
「その方たちは、やはりジェット機の音を?」
「それが誰ぁーれも聞いてないの。でも、防音設備の部屋だったのかも。それと目隠しされていた彼女たちの1人が、その場の雰囲気から虐待をデッサンしてた人がいたとも言ってたわ」
「あっ!」
 美鈴がぴんときた。
「わたしに送られてきた雑誌にあった早紀ちゃんそっくりのイラスト――」
「そう。あれを描いたウルフ山中という男らしいのよね、状況からいっても」
「でも、なぜあんな絵を?」
 そこからは裕美の推測になった。
「早紀ちゃんには、お母さんにも話してない過去があったわよね。1回きりの過ちだったらしいけど、あの絵が公表され、それを元に噂がばらまかれる。で、針小棒大に解釈したお母さんは凄いショックを受ける。それが、心臓の大病をわずらっている人では……」
「そうされたくなかったら、なんでも言うことをきけと持ちかけたのね。卑怯だわっ!」
 美鈴の胸にも、むらむらと怒りが湧いた。
「それと、これは考えすぎかも知れないですけど、先生の家の近所の人のようすが変なんです。その人たちに監視されているような。まさか、先生とツルんでるなんてことないんだろか」
「美鈴ちゃんが感じたことなら、きっとなにかあるのかも知れない。いいわ。調べてみる」
 裕美という女性には頼もしさと同時に親近感も持てた。早紀が成長したらこんなだろうかと想像し、また痛ましさがこみ上げたが、
(いや、早紀ちゃんはきっと無事よ!)
 美鈴は自分の心に強く言い聞かせた。
 それにしても気になる神谷刑事は今日も来てないと知り、がっかりなような安心なような複雑な気持ちだった。
 自衛隊航空基地のあるC市に入って、ジェット機の爆音がひんぱんに聞こえるようになった。
 パトカーはサイレンを鳴らしながらC駅前通りにさしかかって、美鈴も見覚えの駅前ロータリーを過ぎて海岸線をひた走った。
 茫洋とした日本海は、重い雨空の下に暗い色をたたえて広がっていた。
 2回つづいた早紀がモデルの「イラスト・少女狂姦」は、後篇ではゲラ刷りにあった陰部のホクロが消されていた。もちろん早紀がみどりの要求に屈したのでなく、「裏がある」と直感した編集者による配慮だった。
 ウルフがみどりにも黙って行方をくらましたのがそのころで、K署がウルフに目をつけたのも、裕美がK署に赴任したのも同時期だった。
「もうすぐだ」
 海岸線をそれて山道に入ると、そこで脇道に待機していたC署のパトカー2台が合流した。
 行く手の丘の斜面に白い洋館が建っていたが、記憶とはちがう感じに美鈴が首をひねった。
「建物のうしろからまわっているの。美鈴ちゃんがみどりに連れてこられたのは、もうすこし手前の道を入ったところのはずよ」
 見慣れない竹藪がつづくわけも分かった。
 つまり背後から寝込みを襲うというわけだ。用心棒のヤクザ連中相手に銃撃戦にも発展するのではと、美鈴は全身がガクガク震えだした。
「前だと狭くて4台も着けられないのでね」
「!?」と美鈴がずっこけ、つぎには「現実は刑事ドラマのようには運ばないのだ」と納得した。
 パトカーが停まって、美鈴には待つよう言いつけて裕美だけ降りた。
 私服、制服合わせ10人あまりの警察官が雨のなかを、建物の向こうへとまわる。そのようすをワイパーの窓越しに見ながら、美鈴はドキドキしていた。
 裕美が建物の陰から手招きした。
 急いでパトカーから飛び出し傘を広げて走った。そして裕美について別荘玄関にまわった。
「あっ!」
 玄関の階段の上がり口で出迎えたのは、なんと疑惑の渦中の川村みどりだった。
「早紀ちゃんをどうしたのっ!?」
 開口一番、美鈴が目を吊り上げて追及した。
「あの子は自殺したんでしょ」
「でも、いまだに見つからないのはなぜっ!?」
「島崎若菜の自殺騒ぎを忘れたの? あの海は海流が複雑で一度落ちたら見つかりにくいって……。あのときは運良く見つかったけど」
「ウソだっ。早紀ちゃんはどこにいるっ!? だいいち、あの女子高生の自殺だってほんとは――」
 烈しい剣幕でにじり寄る美鈴を裕美が必死になだめて止めた。
 管轄のC署刑事が捜索令状を提示した。
「シェリー・マイヤーさんはご在宅ですよね」
 まんまとイングリッド・パーカーの替え玉をつかまされ、それとは知らず尋ねたのだった。
「もちろん。警察の連絡を受けてましたからね。でも、こんな時間では――」
 一時案内をしぶったが、美鈴はそのときのみどりに独特の雰囲気と妖しさを嗅ぎ取っていた。
「とにかく、どうぞ」
 C署刑事、K署刑事、それから裕美とつづき、美鈴は裕美のあとについて中へ入った。
 広い内玄関を抜けると海と空を一望する窓のあるダイニングルームだった。また、ジェット機の爆音が響き、輸送機のような機影が海に向かって旋回していくところだった。
 この部屋を通り抜けた廊下の突き当たりに、外国映画にでてくるような大理石の浴槽が備わる広いバスルームがあるが、みどりはその途中の部屋にみんなを招じようとした。
(ここは……?)
 想像が正しければ、ここもタイル張りの手術室ようの部屋のはずだった。バスルームで麻薬を打たれ、気づいたらあの部屋だったということで、浴室と隣り合わせと思い込んでいたのだが――
「ミス・シェリー、入りますよ」
 みどりが案内した部屋は壁も床もカーテンもシックに統一された寝室だった。
 カーテンを閉め切った窓際のベッドには、バスローブを羽織っただけの女がいて、そばのソファーにはタバコをふかした外人女がいて、SMでいえば主従の関係歴然だった。
「あっ!」
 美鈴が思わずおどろきの声を洩らした。
 ベッドでおびえたようになっている女性は、たしかに川村邸で見た記憶がある。バスローブの裾から閉じ合わせた太腿をもろに出し、はだけた胸からは白い乳房がのぞいている。
「これは!?」
 面食らった男たちが目のやり場に困るなか、裕美は凝然となって絶句した。
 ベッドにはトレイも載せてあり、ローション容器といっしょに形や大きさ、長さの異なる張り型がトレイ上にならべられ、それらはべっとりと濡れているだけでなく、血が混じっているものさえあった。
「I wont to ask……」
 裕美の問いかけに、顔も姿もイングリッド・パーカーではない、シェリー・マイヤーなる女はおだやかな表情で応じた。
「ノー、日本語デ、ケッコウデス」
 片言の日本語で返され、裕美は丁重な会釈のあと、質問しなおした。
「あなたは、この女性に対し、暴力行為をはたらきませんでしたか? あー、セクシャル・ハラスメント、オア、ドメスティック・バイオレンス……」
 2人のあいだに、みどりが割って入った。
「あなたねえ、いくら警察でも大人の世界、趣味の領域に立ち入ってきてはダメよ。『アラビアン・ナイト』の故事にもあるでしょ」
 バカにしたような態度に、むっとなった。
「なんのことですか?」
「男に折檻されている女の子を見て助けに入った若者がいた。ところが、それは女の子も合意の“お仕置きプレイ”であって、止めに入った若者はとんだありがた迷惑だったって話よ」
 そう言ってみどりに意味深な顔を向けられた美鈴は、
(ちがう。絶対にちがうっ!)
と、強く打ち消した。みどりとシェリーなる女が入れ替わっている。この女性を自分たちがくるまで責めていたのは、みどりだと断言できる。
「あ、あの……わ、わたしっ!」
 いさ子が思い詰めた顔で警察に泣きついたとき、裕美も、他の刑事たちもいっせいに目を向けた。が、同時にシェリーと、そして特にみどりが恫喝の視線でいさ子を縛りにかけた。
「なんなのっ!? 言うことがあれば正直に話して。わたしたちは、あなたの味方なのよ」
「い、いえ……」
 みどりの前では蛇に呑まれたカエルだった。郷里には難病で高額医療費を必要とする母親という弱みもある。こうして地獄から抜けでるために奮った勇気は、たちまち萎えてしまった。
「なんでもないんです」
「だいじょうぶよ。怖いことなんかない。わたしたちが守ってあげるから、あの女や、あの女の仲間がしてきたことを証言なさいっ」
 烈しく肩を揺すってうながすが、固く閉じた口は二度と開かれることはなかった。
「ねえ。お願いっ、言ってっ!」
「よせ。もう」
 K署の上司が止めに入り、裕美をいさ子から引き離すと、家宅捜索の執行を説明した。
「ここの別荘には地下室があるはずですが」
「え?」と、みどりが、きょとんとした。
「そうよ。ここには女性をレイプしたり虐待してきた秘密の部屋があるはず。どこっ!?」
 裕美が烈しく迫ったとき、みどりが笑い転げた。ひとしきり笑って、まじまじと裕美を見すえ、勝ち誇ったように言い放った。
「どうぞ。別荘中探してちょうだい。隠し扉、梁天井、埋め込み窓……なんでも探して、お望みのものを見つけるがいいわ」
 それから約2時間――
 捜索は空振りに終わった。地下室はおろか、犯罪を証拠だてるものは何も見つからなかった。
「これだから本庁のやることは――」
「まったく勇み足な新米女刑事さんだよ」
「そんな彼女に色目を使われ、方針を取り違えたバカなお偉方がいたということさ」
 周囲の聞こえよがしな悪口を聞きながら、裕美は身がちぢむよう思いだった。
 それは美鈴とておなじで、こうなってみて自分の正気が信じられなくなった。振り返ればみどりとの行為は白日夢のようにも思え、現実と考えるにはあまりに過ぎたできことだった。




バラ屋敷


 行く手に長距離輸送のトラックが迫り、轟音をあげて行き過ぎる。
「別荘まで引き払って、どこへ消えたか……」
 助手席の窓から、陰鬱な冬空の下に広がる日本海をながめ、I県警捜査課のベテラン同僚刑事、宇津木一行がつぶやいた。I県警はK署とは独自に捜査を開始していたが、別荘捜索の直後、シェリー、みどり、いさ子に行方をくらまされ、手がかりはぷっつり途絶えてしまった。
 運転は裕美で、その日はパトカー乗務の原則から制服だった。
 C市からの聞き込みの帰りだった。そしてK市も過ぎたあと、そのまま海岸線を北へ向けた。「どこかにきっと、別荘から見るのと同じ景色の場所が存在するはず」という裕美の疑問を受け入れ、無駄足覚悟で海岸線をたどってみようという宇津木の思いつきによるものだった。裕美もいまは、早紀の失踪をなんらかの犯罪と疑い、真相追及に乗り出した県警捜査陣の一員だった。
「君はずっと、あの美鈴という子の証言を信じている。やはりいまでも別荘に地下室がなかったのは、なんらかの偽装工作だったと?」
「彼女、夢見心地なところもありますが、早紀ちゃんに関することなら特に気持ちを集中しているはず。その美鈴ちゃんが地下室と感じたなら、それがきっとどこかにあるはず!」
「なるほど。車で1時間かそこらの距離なら、薬で眠らせて運べば十分可能だが――」
 そんなやりとりの途中、県警捜査本部から連絡が入った。
「K市内に真っ赤なポルシェを運転するアメリカ人女性の存在が確認されました。名前をイングリッド・パーカーといって、夫はエドモンド・パーカー。貿易商とも商社員ともいわれ、はっきりしたことはいまのところわかりません」
「わかった。これから直行してウラを取る。で、住所は?」
「I県立病院から4、5キロ圏のK市内です」
 街のド真ん中では海など見えるはずもない。
「近所の主婦によると、屋敷にうろんな男女が集まってなにかしているらしいんですが、その際には毎回顔ぶれのちがうコンパニオンのような女性が顔を添えてるとのことです」
 宇津木が、ぴーんときた。
「SMパーティーでも開いてたのかな」
「そのようです。それも相当ハードな内容のようで、帰りには上気した顔の常連客とは正反対に、新顔女性のほうは精気をなくしたようにぐったりしていたということです」
「新顔のなかに十代はいたのか?」
「ええ。高校生くらいの子のほか、最近では中学生かとも思える子もまじっていて、それが家族か親戚のようなふりで誰かしらメンバーと連れだって集まるようすだったとも」
「じゃ、その主婦とやらにK中、F高で学校側がピックアップした“疑惑の女生徒”の顔写真を見せて確認を取ればいいんだな……」
 情報提供者の名前と住所を書き留めて無線を切った。
 裕美がパトカーをUターンさせた。
「藪をつついて別の蛇を出したか、それとも一気に本題の核心に迫ったか――」
 いずれにしてもK市内のイングリッド邸とやらで、なにか〈よからぬこと〉が行われていたことは確かなようだ。
 宇津木が話のつづきにもどった。
「君の推理ではAV女優が早紀さんとレイプされた現場もほかにあって、雷の音は録音でも聞かせたということになるが……」
「捜査の攪乱にしても、やがてはボロの出ることですよね。もしや時間かせぎして警察の手の届かないところに逃げる算段をしているのでは。だとすれば一刻も早く――」
「有力な被害証言が欲しい。その筆頭が今井江利子なら、彼女が出てきやすくするためにも、神谷刑事の白・黒をつけなければな」
「ただ、江利子もみどりの素顔は知らないわけだし、ここはなんとしても江利子とみどりを結びつけた田宮医師の証言がほしいところです」
 裕美が市内へ通じる道を見つけて車を左折させたが、じつはさっきUターンしたところは別荘から1時間の地点で、K市を起点に別荘へ30分、別荘とは反対側へも30分と等距離の地点にあたっていた。そして、あとわずか北へ走っていれば近くにめざす“本陣”が、車に乗っていても確認できたはずなのである。

 その夜のことである。
 そこは土地の誰もが“バラ屋敷”と呼び、花の時期なら真っ赤に咲くバラと赤煉瓦で囲われた華美な雰囲気の屋敷だったが、冬ざれのこの時期にバラが咲いているわけはなく、とげとげしい蔓草に取り巻かれて建つさまは、もう一つの通り名である“伏魔殿”という印象にこそぴったりだった。
 カーテンを閉め切り、暖房をがんがんに利かせた屋敷のリビングでは、みどり、イングリッド、神谷の3人が今後の対策を協議していた。
「別荘、K市の屋敷、こことパーティー会場を変えてきたけど、またそろそろつぎを考えるときがきたのではない?」
 みどりの懸念を歯牙にもかけず、イングリッドは太っ腹にかまえた。
「心配しないで。あとはすべて、エドが取り計らってくれることになってるから」
「ビッグブラザーの威光に逆らえる日本人などいないというわけか」
 頼もしげに見えるイングリッドとは正反対に、みどりは昼間から酒の臭いをぷんぷんさせ、悪徳刑事神谷のひんしゅくを買っていた。
「ずいぶんと日本語が達者になったこと」
「あなたが英語を憶えないからには、わたしが日本語に〈タンノウ〉するしか、ないでしょ。とにかく、もうしばらくは、馬鹿なことしないで、おとなしくしててよね」
 イングリッドの忠告にみどりが猛反発した。
「なにいってんの。あなた方が荒っぽい手を使うから県警が目を付けたんじゃない。これだから戦争屋のやることはイヤだと言ったのよ!」
「まあまあまあ」
 険悪な成り行きに神谷が仲裁にはいった。
「すべてイングリッドたちに任せて、俺たちは大船に乗った気でいればいいさ」
「任せろとは、ウルフも含めてのことよねっ!?」
 きびしい目つきになって念押しする。
「あたりまえでしょ」
 うるさそうに答えたものの、それで我が意を得たりのみどりが奥へ歩き、隣り合わせになった部屋のドアを開けて呼びかけた。
「さあ、もう出てきてもいいわよ。彼女、あなたの安全までも保証してくれたから――」
 神谷もイングリッドもおどろいて首をかしげたが、奥から出てきたのは、なんと久しく姿を見せなかったウルフ山中だった。
「ゆうべ携帯に電話してきたから、わたしが呼び寄せたのよ。今朝からいるわ」
「そこは閉め切きりにして、鍵も、失くしていたのに……」
「あれくらいの鍵、ヘアピン一本でヘッチャラですよ」
「あなたがたが信用できないから、信用できるまでは出てくるなと言いつけといたのよ」
 ウルフよりはずっと年下のはずなのに、いまやみどりは姉さん女房を気取っていた。
「まあいい。これで安心さ。なあ、インガ?」
 神谷は2人の女の機嫌取りに努めたが、イングリッドはそっぽを向いたまま、いきなりドレスを脱ぎ下着も取り去り、たちまち全裸となった。
「ほーお!」
 神谷が素っ頓狂な歓声をあげ、無遠慮な目で見入った。ウルフだけ、みどりの手前、目のやり場に困っていた。
 イングリッドは堂々たる裸身を見せびらかすように悠然と室内を歩きまわり、脱いだ衣類をしまったり、逆にこれから着るものをロッカーを開けて選んだりもしていた。
 小ぶりな乳房。白い下腹部に翳る黒いデルタ。蛍光灯の青白い明かりの下つんと澄ました無表情な女の裸身は、どことなくデルヴォーの絵画を思わせる神秘さがあった。
 やがて黒のエナメルレオタード、黒革ブーツに黒手袋と、全身黒ずくめのボンデージスタイルで決めたところは、まさにばりばりのサドマニアといった感じだった。
「じゃ、あなたのペットを“オシオキ”させてもらおうかしら」
「いいわよ、お手並み拝見。久々に本格的拷問を愉しみにしてたんだから」
 くるっときびすを返して、イングリッドが先に立って部屋を出た。
 廊下をいくつか曲がって薄暗くなった一角に突き当たった。廃材が立てかけられ、ダンボールが置かれ、一見物置空間かと思えたそこに隠し扉がある。勝手知ったるみどりが、かがんで床の一部を引きあげると、扉が左右に開いた。
 足もとから下、階段がつづく。神谷もみどりも知っていたが、ウルフにとってはこれが初めてで、緊張にゾクッと肩をすくめると、恐る恐る慎重な足どりで降りていった。




地獄の淫花


 目を凝らしても闇のなかだ。
 別荘に刑事たちが来た翌日から、食事と凌辱の時以外はこうだった。どこともわからぬ屋敷の地下室に閉じ込め、まったく光を奪うことさえ“罰”の一つであるかのように――。
 物音がして複数の足音が近づいた。とっさに「またレイプされるのでは」と思った。何人もの男たちに代わるがわる何度も犯され、みどりにはフィストファックでなぶられる毎日。
 足音が間近に迫り、部屋の戸を開ける音、電灯のスイッチを押す音。そして確かな人の気配を感じるまでの緊張。ラベンダーの香水のほかに、もっときつい匂いもただよった。
 今夜は、あの外人女もいる!

 監禁部屋の粗末なベッドに、女は毛布にくるまって寝かされていた。
「起きるんだよ」
 みどりが毛布をめくった。シュミーズ姿で目隠しまでされ、後ろ手に縛られて転がされていたのは、有沢いさ子だった。
 神谷がバーナー式ガスストーブに着火した。冷んやりと湿った部屋に、ゆっくりと暖気が蔓延しはじめた。
「刑事になんか泣きついてっ」
 ビシッと平手で頬を張ったあと、いきなり目隠しがひっぺがされた。いさ子が眩しそうに顔をそむけた。
「九州のお母さんはどうするの?」
 泣き所を衝かれて唇を噛んだ。
「この子、死にたいのよ」
 イングリッドが覚めた顔で言い当てた。
「思い切った行動に出れば殺してくれると思ったのにちがいないわ」
「そうなの? でも、楽には殺さないわよ。そんなことは百も承知のくせに」
 その言葉がこたえたようだ。みどりの方に向きなおった顔が凍りついたようになっていた。
「この場は女だけで愉しみたいんだけど」
 みどりの〈あんまり〉な提案に、神谷は「いいとも」と、意外にあっさりと納得した。
「俺は“別”ので遊ばせてもらう」
「まだ張り切るつもり? タフだわね。さすが、自衛隊で鍛えただけのことはあるわ」
「それも〈レンジャー部隊〉だもんな」とウルフが補足した。
「行く途中で“オペ・ルーム”のファン・ヒーターも点けといてくんない?」
「わかった」
 ウルフとならんで出ていく背中に、みどりがさらに付けくわえた。
「殺すんじゃないわよ。それから、ドアは閉めて」
「オーケー、オーケー」
 ふざけた返事のあとでバタンと戸が閉められた。
「わかってるのかしら。閉めてと言ったのは、ここの部屋のことじゃないのに」
 イングリッドが笑った。
「拷問のまえに、可愛いがってあげなさいよ」
「わたしでいいの?」
 イングリッドにうながされ、みどりは腕まくりした。プレイ用のゴム手袋を左手にはめたが、手首から先がおそろしく長い。いさ子が何事か察して驚愕に目を見開いた。
「いやあーっ!」
 烈しく首を振って叫んだ。
「お腹の力を抜いて。そうでないと、そうとう苦しむことになるわよ」
 脅されるまでもない。今夜のフィストはただのフィストではなかった。
「うつ伏せにさせる?」
「このままでいいわ」
 そう言って斜め横を向いていた身体を、後ろ手縛りのまま正面に向けなおし、シュミーズのすそをまくり上げた。
 膝を持ち上げ、ぐうーっと観音開きしたことで、黒々とした陰毛が潤沢に広がるヴァギナからアヌスにかけ、これ以上ないほど恥ずかしい状態にさらした。そうしておいて、
「いい? すこしでも脚を閉じたら、いつかのようにタバコの火を押しつけるからね」
 しっかりと因果をふくめた。
 むき出しの股間にローションをたっぷり垂らしてまんべんなく塗りこみ、フィストにおよぼうとする自分の左手にも垂らしたと思うや、いきなりぬるぬるの手を菊門に突き立てた。
「うーっ」
 身体をくねらせながら、のけぞった。
 みどりが手刀にした左手を一気に押し込んだ。
「い、ああーっ!」
 ローションの滑りに助けられてぐいぐい押し入った手刀がアヌス穴を広げ、肛門括約筋を蹂躙し、直腸粘膜をえぐったり掻き回したりしながら、ぐちゃぐちゃと責め立てた。
「ううーっ!」
 苦痛に身をよじるいさ子。そのとき、アヌス穴がくわーっと口を広げ、抜きかけた手はいつの間にか拳に替えられていた。
 ピストン運動が繰りかえされた。
「うっ、ひっ、あっ、あはあっ……」
 せわしなく出し入れされ、拳のいちばん太いところが通るたびに菊門がぱくぱくと口を大きくして、じゅくじゅくと淫水をしたたらせて淫らな水音をたてつづける。
「刑事に邪魔されたっての、やってよ」
「もちろん、そのつもりよ」
 みどりが嬉々とした表情になって、また出しかけた手が先細の手形にもどされていた。
「さあ、“ディープ・フィスト”するわよ」
 そう言って、ぐうーっと挿入された。
「S字結腸はどこかしら?……あ、ここね」
 いさ子が顔をゆがめて首を振った。
「いやっ!」
 観音開きされた腰が、一瞬ビクッと後ずさったかに見え、内向きにされた爪先がピクピクッと痙攣した。
「ううっ、痛いっ!」
 甲高い悲鳴とともに、いさ子の上半身はなお烈しくくねった。体内深く貫き、骨盤を引き裂かれる痛みに、気が狂うほどの恐怖を感じて固くなっているのだろう。
 と、手首がずるずるっと10センチほど入った。
「ああ、うーっ」
 その瞬間、いさ子が苦痛とは別の反応をした。
 つい、いましがたまで身悶えていた上体がぴたっと静止したようになり、拒否する声も弱々しく変化し、そのうち感極まったような呻き声が洩れるまでになった。
「うんー。あ、ああーあ……」
 苦悶の声に甘美さがまじった。
 また10センチほど奥へ動いて、アヌスから出ている部分が肘まであとわずかというところまでに達した。
 そのときにはアヌスだけでなく、手首を呑み込んだ菊門近くでぱっくり口を半開けさせているヴァギナの割れ目からも、たらたらと淫水をしたたらせているのだった。
「うーっ」
 また苦しそうな呻き声が洩れた。侵入をつづけている手の動きも止まった。みどりがサポートを求めた。
「身体を横に向けて。これだと入りにくい」
「オーケー」
 イングリッドがいさ子の背中に両手をまわし、上体を横向きにさせた。それにともない、みどりも相手の動きに合わせて身体の向きを微妙に変え、手がついて行くようにした。
「あ、あ……」
「行くわよぉー」
「あー、いやーっ」
 身をよじろうとするのを、「じっとしてっ」と叱りつけた。
「リラックス、リラックス」
 イングリッドが、なだめにまわる。いさ子のシュミーズの胸をはだけさせ、真っ白い乳房に手を添え、指と指のあいだに乳首をはさんで、つまんだり転がしたりしながら巧みな愛撫を繰り返した。と、
「Don't freak yourself out ok, we've got a long night ahead of us」
 思わず英語が衝いてでた。
 みどりの手が大胆な侵入を図った。
「う、むうーっ!」
 半目を開けて恐怖にかられるいさ子をしり目に、みどりの左手はアヌス穴を拡張しながらどんどん侵入をつづけ、やがてゆっくりと肘が隠れていった。
「うげっ……」
 嘔吐に似た声を洩らし、横を向いた腹にポッコリと手の跡が盛り上がった。それが少しずつ胸の方へ移動しているようにも見える。
「ひいー、いやああーっ!」
 いさ子がガクガクッと上体を痙攣させた。
「じっとしてっ! 腸が破れるっ!」
 アヌスにおさまった手は、すでに二の腕を残すのみとなっていた。
「ぎゃあーっ!」
 いさ子が驚愕の表情をぶるぶる震えさせた。太腿と太腿にはさまれた左手が、二の腕を残してすべて肛門に収まり、突き立っているという凄惨な状況。
 身体を目一杯低くして、なお挿入を試みたが、「ぐえぇぇーっ!」という異様な叫び声をあげさせただけで、それ以上はびくとも前進しなかった。
「ちっ」と舌打ちした。
「二の腕までは行けると思ったのに」と口惜しがり、慎重に腕を抜きにかかった。
 ずぶずぶに濡れた肘があらわれ、ぬるぬるに光る腕が見え、手首が見えしたあと、握り拳になった手の先がだんだん出てきて、アヌス穴がかあーっと口を開けた。
「うっ、ああっ!……」
 拳のいちばん太いところを通過した瞬間、ズピュッという音がして、ぱっくり口を開けたアヌス孔から、ローション液と混じりあった白濁の体液がじゅるじゅるじゅるっと流れた。
 いさ子がのぼせた顔で喘ぎ声をあげ、ぐったりとなっているそばで、いよいよ処刑宣告がなされた。
「遊びはここまでよ」
 みどりが乱暴にベッドから引き立て、それを受け継いだイングリッドが、いさ子を監禁部屋から外へと連れ出した。
 ずぶずぶになった手袋を脱ぎすて、ストーブの火を消したみどりがあとを追った。
 地下室をいくつか区切ったうちの二番目に広い部屋へと向かった。ちなみにいちばん広い部屋が早紀とAV女優がレイプされた倉庫で、そこは半年前、若菜への凄惨なリンチがおこなわれた場所でもある。
「ぎゃああっ!」
 どこからか聞こえる叫び声に、いさ子が思わず顔を上げた。
 みどりが顔を向けた廊下の奥に、戸が半開きになった部屋があった。
「Oh,Shit!」
 イングリッドが舌打ちし、廊下の向こうに、「Closed the door!」と叫んだら、あわててバタンと戸が閉められた。
 戸が閉じる瞬間、床からすこし浮いて、だらんと垂れた素足が見えたが、それが血にまみれていることは遠目にもわかった。
 一方、いさ子が連れてこられたこんどの部屋は、壁も床もタイル張りの“オペ・ルーム”と呼ぶにぴったりの密室だった。ここは夏に、美鈴が凌辱された部屋でもあった。
 中央に開脚寝台、かたわらには小机。机の上にはローション容器と、ほかにも何か載せられ、白布がかけられてある。
「ここでは素っ裸になるんだよ」
 はぎ取るようにシュミーズをいさ子から脱がせた。裸に剥いた身をイングリッドとみどりがながめ回す。
 細い肩や引き締まった脇腹に見られる、どす黒いアザとカサブタになった鞭の痕、また乳首や乳輪に刻まれた小さなヤケドの跡などを子細に、飽くことなく観察、確認していた。
「さあ、載りなさいっ」
 言われるまま開脚寝台に載ると、2人は片足ずつ分担して足乗せ台に載せ、ベルトを架けて下半身を拘束したが、上体は後ろ手に縛ったままにしておいた。
 みどりがセーターの上から白衣を身につけ、両手には手術用手袋をはめた。そして脚と脚のあいだに立って股間に目を落とした。指が陰毛の土手にかかり、秘唇をめくった。
 やや黒ずんだピンク色の膣孔は、愛撫のあとのように早くも潤っていたが、そうでないラビア部分には背中や肩やわき腹に見られたようなカサブタ状の傷が確認できた。
「ここの傷もふさがっている」
「感度はどう?」
 イングリッドにうながされ、みどりの指が割れ目に分け入った。人差し指と中指を使ってデリケートに愛撫する。
「あ、あー……」
 巧みな愛撫に早くも反応の声を洩らした。
 なぶりになぶって責めどころを心得ているみどりの指は、クリトリスや尿道孔、膣孔といった性感帯をびりびりと刺激し、いさ子の蜜壺はたちまち淫汁でずぶずぶに濡れそぼった。
「う、うー……」
 相手の恍惚の表情と声に気を良くして、指の動きはますます大胆になる。
 秘唇はぬちゃぬちゃとイヤらしい音をさせ、いさ子は身をよじりながら反応の声をあげつづける。さっきまでの緊張と恐怖と羞恥がウソのように、悶えに悶えまくっていた。
 指が抜かれた。ぐっしょりと濡れた指を白衣の裾にこすりつけて拭き取った。
「ちゃんと用意しといたわよ」
 みどりがめくった白布の下は、指責め快感の余韻に茫乎とした顔のいさ子が、カッと目を見開いて思わず凝視するほど、おどろおどろしい責め道具の数々だった。
 テスターのような器械にコード類、ペンチ、内視鏡、太さと長さのちがう針に、金属製のイボイボが突起した棒器具のほか、特殊部隊が使うようなサバイバルナイフまである。
「さっき、なんて言ったの」
「ドア閉めて、と言ったこと?」
「そうじゃないわよ。そのまえの英語」
「ああ。いさ子のオッパイを撫でてるときね。“夜は長いんだから、ビビらないで気楽にして”と慰めてあげたのよ」
 答えながら装置の設定をほどこし、それに2本のコードをつないだ。コードの先端の形状は、AV機器のジャックの金属部分を長くしたようなものだった。
 イングリッドが電極を両手にかまえて先端を触れ合わせた瞬間、パチパチッと音がして火花が散った。いさ子がショートに驚愕しているところへ、みどりが脅しに輪をかけた。
「そうよね。夜は長いわ。たっぷりと時間をかけて、いろんな方法で拷問できるわ」
 血管を浮き上がらせるほど透きとおった白さの乳房が、苦しそうに息づいている。みどりが、その片方をわしづかみにして、つんと突き出た乳首を指のあいだからひねり出した。
 間隔をせばめた電極の先が近づけられる。
「いや。いやぁー……」
 いさ子が泣き出しそうな顔になった。
 2つの電極の先が乳首をつまんだとき――
「ぎゃああーっ!!」
 絶叫を上げて烈しく暴れようとする上体を、みどりは全体重をかけて押さえつけた。
「ぎゃあああーっ、ぎゃっ、ぎゃああっ!」
 電流に乳首をつままれ、わずかに自由な首から上をめちゃめちゃに振って、いさ子は絶叫を上げつづけた。
「さ、なんで警察に泣きついたのっ?」
「ぎゃあああっ!!」
 烈しい暴れように、いさ子を押さえるみどりの身体がはじき返されそうになる。
「ま、魔がさしたんですっ。いやああーっ! ゆ、許してっ。ぎゃああーっ!!」
 強烈な電流の流れる電極は、そのうち突いたり離したりを繰り返す。
「うっ、ぎゃあっ! ぎゃっ、ううーっ!」
 反応のバリエーションに、イングリッドもみどりも残忍な笑みを浮かべて悦に見入った。
 気まぐれに「チェンジ」の声がかかると、みどりは別の乳房に持ち替え、新たに乳首をひねり出す。そこへ電極が当てられ、「ぎゃあっ!!」と、さっきよりは大きな絶叫が発せられる。
 そのたびに、みどりの身体も押し返される。一方でイングリッドの手法には感心した。
「しばらく同じ部分を責めつづけると、電気に痺れて苦痛が薄れる。そこで責める部分を交替する。さすが、拷問のプロだわ」
 そうしてサディストたちの嗜好のおもむくまま、いさ子への拷問は飽くことなくつづけられた。
 いったん拷問が中断されたとき、いさ子は額を汗でべっとりさせ、ぐったりとなっていた。
「こんどは、これよ」
 イングリッドの手には、ところどころビスが突起した棒器具が握られていた。
 棒器具の先端が性器に突っ込まれた。
「ひっ!」
 いさ子が目を剥いた。
 ぐりぐりぐりっと力を込めてひねられ、刺激的な責め棒が淫汁のぬめりに助けられて、ゆっくり少しずつ肉の割れ目を押し広げて体内に収まっていく。
「う、ううっ、うーっ……」
 最後に強く押しつけて、棒の先端が子宮孔に当たってそれ以上進まなくなると、こんどは逆に引いた。膣から外に抜ける寸前まで引き、また押す。その出し入れを繰りかえした。
「どう? 感じるわね?」
「あ、いや」
 最初は苦痛のシワを刻んでいた眉間が、何度か出し入れを繰りかえされるうち、微妙にやわらいでいく。表情にもうっとりとしたものが見て取れる。
「は、うふぅー」
 ため息のようなものが洩れた。
 刺激棒の出し入れがすこしせわしなくなった。
「あぁ、あんあー……」
 喘ぎ声がよがり声に変わるころ、出し入れされる器具と淫裂のあいだから淫汁がじくじくと滲みだしはじめた。
「あ、ああっ!」
 後ろ手に縛られた上体が、蛇のようにくねくねとのたうった。左右に開かれた脚も、腿やふくらはぎに筋を際だたせて微妙なひきつれを見せている。
 いきなり、器具が抜かれた。
 ふうーっとため息を洩らし、いさ子がおあずけを食らったような不満顔をした。
「気持ち良くなられては困るのよ」
 そう言って、イングリッドが刺激棒をまっすぐ立てたとき、ぐっしょりと濡れたビス棒の先からカルピスソーダのような淫水が流れて、手にかかった。
 いったん机に寝かせた棒に、コードの電極が仕込まれた。そして装置のダイヤルを回して、電圧がセットされた。いさ子もそれを見ている。目がだんだん見開かれる。
 ふたたびブスッと棒が性器に突っ込まれた。
「ひっ」
 イングリッドが握りの部分に備わるスイッチに指をかけた。
「いや。いやあっ」
 烈しく首を振ったとき、カチッとスイッチが入れられた。
 絶叫とともに華奢な身体がのたうちまわった。
「ぎゃあああーっ!!」
 泣き叫び、のたうちまわり、狂ったように首を振りつづけた。
「許してっ。ぎゃあああーっ!」
 イングリッドがヴァギナの深奥部まで入れた棒器具を10センチほど引いたとき、悲鳴がそれまでよりも大きく変わった。
「うぎゃああっ、や、やめてえーっ!!」
 また棒器具が奥へ突き動かされ、それだけでなく角度を変えたりして、膣に強く押しつけるたび、悲鳴はなお烈しくなった。
 容赦もない電気棒責めを、みどりは固唾を呑んで見守っている。
「いやああーっ!」
 ひきつれ、歪み、苦痛でくしゃくしゃの顔は早くもじっとりと汗ばんで光り、烈しく首を振るたび、ばさばさと顔にかかった髪がそのまま張りついて無惨な形相になっていった。
「ぎゃああうっ、ぎゃあああーっ!!」
 地下室中に、いつ止むとも知れぬ絶叫が響きわたった。




亡 霊


  美鈴ちゃん、今日も元気にしてますか?
  あなたのことは、ずっと心配でした。
  いつも、どんなにヤキモキさせられたか。
  甘えてふざけて、エッチまでしたよね。
  そんな思い出づくり、楽しかった。
  そしてこれからも美鈴ちゃんとは一緒です……

 その夜も美鈴はふとんにくるまり、蛍光灯スタンドの明かりの下、早紀の手紙を読み返していた。
 凛として強く、颯爽として美しく、楚々として清らかだった星川早紀は、もうこの世の人ではないのだろうか。
“早紀生存”の希望を託した別荘捜索は、深い失望と強い自己嫌悪さえいだく結果となった。
(結局、みんな夢だったの?)
 みどりによる刺激的で残酷な行為の数々はともかく、早紀との胸ときめかす交流や、あの夏の夜の心を燃やす蜜戯でさえも、現実のものではなかったということか。
 そう考えたら面影の早紀までが、どこか遠くへ行ってしまいそうな気がした。
(わたし、どうしたらいいの? もう、なにがなんだか分からない。教えて、早紀ちゃん!)
 もはや形見としかいいようのないアザミの押し花を見つめ、必死に早紀への追憶をつなぎとめようと努める美鈴だった。

 その落合宅から数キロ圏内に梶山工務店がある。
 玄関シャッターを下ろし、2階の窓の明かりさえまったく消えてひっそりしたなか、裏の路地ではライトバンにいそいそと荷物を積み込む中年男女の姿があった。
「これで全部か」
「あと、拓也の衣類の残りが」
「急いでくれ。誰かに見られたら、ことだ」
 男は臆病そうな目をキョロキョロさせ、妻の持ってきたふとん包みを受け取ると、先に積んだ荷物で一杯になりかけの荷台に押し込んだ。
 仕上げに男は紙切れを持って表玄関に取って返し、あたりに人気のないのを確かめ、シャッターに貼り紙して大急ぎでまたもどった。
 最後の荷物を積み終えた妻が助手席に座り、ドアが閉じられエンジンがかけられた。
「こんな形で去ることになるなんて――」
「拓也が招いたことだ」
「なにをいうの!? 元はといえばあなたが原因で拓也にあんなことさせたんじゃない。早紀ちゃんのお母さんの哀しみを思うと、わたし……」
 いさかいをエンジン音がかき消し、梶山夫妻を乗せた車は、人通りの絶えた路地に排気ガスをまき散らしてどこへともなく去った。
 一家を失った家の玄関シャッターに、メモ書き程度の貼り紙だけが残された。

――町内・ご近所の皆様へ
 一身上の都合により、この地を離れることになりました。お世話になった方々には感謝申し上げ、ご迷惑をおかけした関係者の方には深くお詫び申し上げます。

梶山工務店・店主 


 K市内の駅近くに建つワンルームマンション一室――。
 県立病院医局長も勤める心臓外科医、田宮健一は、年内一杯の契約切れをひかえた後かたづけをすませて、家にも帰らず寝袋にくるまって夜を明かすつもりだった。
 がらんとした部屋に、捨てるだけにして荷物から除外したストーブが赤々とガスの炎をあげて暖気を供給しつづている。
 そばには写真立ても、ぽつんと置かれていた。
 写真はS川の土手の石段で、手を膝に置いて座る早紀だった。ベージュの地味なカーディガンに濃紺のミニをはき、ミニの裾からは真っ白いソックスの脚を延ばし、カメラ目線でない顔はどこか遠くを見ている感じだった。
 電話が鳴った。一時迷ったが、高鳴る予感にせかされ、田宮は思い切って受話器を取った。
「もしもし……」
 また、応答がない。そんな無言電話が、もう何度となくつづいている。
「もしもし、誰? 早紀ちゃん?」
 心に疼く願望は、いたずら電話にさえ呼びかける。会えるものなら幽霊でもいいから出て来い、そんな田宮の痛切な思いからだった。
「もしもし。もしもし。ほんとに誰なの?」
 また問いかけたとき――
「わたし――」
「えっ!?」
 田宮は信じられない声を、はっきりとその耳で聞いた。それはこれまで、何度となく耳になじんだ愛する人の「わたし」だった。あの子は生きていた!
「やっぱり君だったんだね。今どこにいるの? いったい僕に何が言いたいんだ?」
「もう待てないわっ。勇気を持って!」
 早紀の声は、それだけ言って電話を切った。
「早紀ちゃんっ。どうした? なんのことだ? 早紀ちゃん、答えてくれっ!」
 切れた電話に向かって、田宮は必死に呼びかけを繰りかえすのだった。

 さまざまな人々の悔恨と妄執を包み込んで、凍てつくような北陸の冬の夜は、なおしんしんと更けていくのであった。

――蜜の章/炎上後篇につづく――

―創作の記―

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