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| 北陸の冬は寒くて長い。どんよりとした空の下、太陽も月も拝めない沈鬱な日が春までつづくのである。 ただ、美鈴のこのところの憂鬱は、そんな季節とも関係なかった。 早紀の安否は杳としてわからず、警察はいまだ川村みどり一味の犯罪も立証できない。そのいらいらはもちろんのこと、事件の余波は直接美鈴にも深刻に及んでいたのだった。 校門前で級友のひとりと目が合い、「おはよう」と朝の挨拶を投げかけたが、返ってきたのはそっけない反応で、おなじ「おはよう」でも事務的で迷惑そうな雰囲気が感じられた。 (あの子までが……) またひとつ、心に穴が空いた感じがした。 誰か小走りに駈けてくる。誰だろう。その子が、追い抜きざま、ぽんと肩をたたいた。 「おはよう、美鈴ちゃん!」 一瞬救われた思いの美鈴だったが、相手の顔を見てたちまちげんなりした。 「ああ、イッちゃんね。おはよう」 「いつまでも冷たいのね」と、渡辺伊津子が寂しく笑ったが、なに言ってんのよ! と、美鈴は心のなかで烈しく反発していた。 友だちを裏切り、涼しい顔でみどりのスパイを務めていたくせに、この状況をこれ幸いと見て、またすり寄ってくる小ずるさ――そう思って、よけい腹が立ったのだ。 「冷たいって、なんのことよ」 つんとして空とぼけたら、伊津子は寂しい顔のまま早足になって教室へと向かった。 いまは早紀も拓也もおらず、K中学3年B組で美鈴はひとりぽっちの疎外感にとらわれていた。そばに小山内京子でもいればどんなにか心強いのに、京子は1年後輩で教室は別なのだ。 (なによ! わたしだって、こんな学校、もう来たくもないのに……) 重い気持ちを引きずりながら教室へ行くしかなかった。 1時限はホームルームだった。 担任の福原清人が、いつになく神妙な顔つきで教壇に立った。 朝の挨拶のあと、咳払いを一つして話をはじめた。 「みんなは、もう星川早紀さんのことは忘れてしまったのかな?」 唐突なきっかけに、ちいさなどよめきが起きた。美鈴どころか、クラス中の全員が呆っ気にとられるなか、福原はつづけた。 「“夜逃げ”のまえに自分からいなくなった梶山拓也のことは、もう思い出すこともなくなったか」 淡々と話す福原が、ここでちょっとおどけた。 「あっ、あの一家が夜逃げというのは変か。倒産したあと、借金もそのままに逃げたんならともかく、債権者へきれいに返済していなくなったわけだから“朝逃げ”ということになるか」 そう言ったものの、あまり笑えない冗談とさとって頭を掻いた。 美鈴が思いあまって挙手しかけたとき、別の女子がむくれて起立した。 「そんなことありません。わたしは早紀さんのことも梶君のことも、ずっと心配してます」 それだけ言って着席した。 「そうか、そりゃ悪かった。あやまるっ」 両手を広げてなだめると、また話をつづけた。 「でもな、このごろの教室、いや、学校全体、星川や梶山がいたころとちがうと思わないか? みんなが友だちを思いやる心を忘れ、一部の子を仲間はずれにしたりしてないか?」 教室は、しーんとなっていた。 川村みどりの性的イタズラを追及すべくK中が設定した個人面談はずっとつづいていて、それによって呼びだしを受けた女生徒が誹謗、中傷攻撃にさらされる事態が起きていた。 美鈴の家にも無言電話や匿名の脅迫電話があいつぎ、「これ以上K中の校風を乱すな」「変態娘といっしょに勉強させるわけにいかない」「恥を知って、どこか適当な学校に転校しろ」などとあからさまな攻撃をかけてきた。 ただ、このような電話があるのは主に昼間で、それを受ける立場の主婦たる泰子が極力水際でガードしていたから、美鈴が誹謗、中傷などに直接さらされることは最初のうちなかった。 しかし、親たちの心は子どもに反映する。きのうまでの級友が、ある日を境に冷たくなったり疎遠になったり、それが個人面談の当事者の周囲に限ってのみ見られるようになった。 「こうなったことの責任は学校にある。おなじ教師として恥ずかしい」 そう言ってぺこりと頭を下げた。 「だがな、君たち自身はそれでいいのか? 大人たちが特定の子に対してどんな目を向けようと、クラスメートやK中生としての友だち、仲間をかばうべきは君たちではなかったのか?」 諄々と問いかける担任、福原のことばを、B組生徒は全員うなだれ、聞き入っていた。 異変が起きたのは、その日の午後だった。 校内スピーカーから、男子学生による呼びかけが流された。 ――K中学全校生徒のみなさん、これから“K中連帯生グループ”からのメッセージを放送します…… 昼休みが終わる10分ほどまえのことで、生徒の多くは屋外にいた。 体育の苦手な美鈴はスポーツに興じることもなく、教室に残っていて放送を聞いた。当然のことに周囲がざわめく。 「なんだ」「誰がしゃべってる」との詮索がはじまり、“ガリ勉家”の誰それだと分かったとたん、「なーんだ、先公びいきのあいつか」と、いったん関心は潮が引くように遠のいた。 ところが、 ――わたしたちK中連帯生グループはたった今、この放送室を“占拠”しました。 これはK中の一部生徒に対する、人権を無視した“魔女狩り”的事情聴取をおこなう先生方に対する“闘い”です。そして生徒のみなさんへは、この闘いへの連帯をお願いします。…… その一瞬、学校中がどよめいた。 が、まずは冗談と受け取って、すぐには混乱にいたらなかった。ただ、美鈴はなにごとか直感して“占拠”されたという放送室に走った。 放送室まえの廊下には、遠巻きになかをうかがう人だかりができていた。 「誰と誰がいるんだ?」 「よく見えない」 野次馬の会話を耳にしながら、美鈴は人垣をかき分けて前進した。 ふだんなら窓ガラスを通して放送器材からなにから見える放送室内は、いつ運び込んだか椅子や机でバリケードを張ってあって、容易にはのぞけない状況になっていた。 そのうえ放送室前では、屈強な男子が何人か“防衛”と書いた手作りの腕章を付け、体育系の応援団員よろしく、いかめしい顔つきをして腰に手を組んで立ちはだかっている。 放送とは別に、玄関方向からもかすかだが拡声器からの呼びかけのような声が聞こえていた。 美鈴はそっちにも関心を向けた。 外の一角では、やはり遠巻きにする生徒たちをまえに、女子だけで組織された宣伝隊の行動もはじまっていた。 ハンドスピーカーを持ってしゃべる子の横で、何人かの女子がビラまきしているのだった。 「あっ!」と美鈴はびっくりした。 なんとそこに、伊津子がいるではないか。 「連帯生グループの呼びかけチラシでーす。読んでくださーい」 黄色い声で説明して手渡すガリ版刷りのチラシは、飛ぶようにはけていった。 「はい、美鈴ちゃんも読んで」 茫然とたたずむ美鈴に気づいて、朝の不快なやりとりなどなかったかのように、伊津子は仲良しだったころの伊津子のままの親しげな笑顔でビラを差し出した。 伊津子まで、この行動に身体を張って参加している! もう、それだけでこれまでの怒りが氷解し、美鈴はわくわくする思いで尋ねた。 「ねえ、いったいなにがはじまるの!?」 「改革よ。K中生によるK中学の改革――」 手渡されたビラを、美鈴はそれこそ食い入るように見つめた。 ――これでいいのか!? K中学。 “魔女狩り”的面談をやめさせよう! そんな刺激的見出しではじまる呼びかけ文は、11月半ばから「心理指導」の名目でつづいている個別面談に触れ、それによってあらぬ誹謗、中傷攻撃の嵐を招き、特定の子と、その家族を追いつめている実態が生徒の筆致で連綿とつづられていた。 声明は、その非人権的体質を指摘したうえで、学校に対しては、つぎの要求を突きつけた。 1.学校側は、これまでおこなってきた個別面談・心理指導をまちがった行為と認め、いますぐやめてください。 2.学校側は、個別面談・心理指導でめいわくをかけた女子生徒に謝罪し、生徒の名誉を回復してやってください。 3.学校側は、このような人権を無視した個別面談・心理指導を今後絶対しないと、はっきり誓約してください。 問題のチラシをそれぞれ目のまえに置いて、職員室では緊急会合がもたれ、特別な用で非番の教師以外の全員が顔をそろえた。 教頭が激怒の口火を切った。 「中学生の分際で教師に意見し、あろうことか謝罪まで求めるとは!――K中はじまって以来の大椿事ですぞ、校長。なにを逡巡してるんですか。いますぐ鎮圧命令をだしてくださいっ」 鶴のように痩せた身体を、なおひょろひょろさせ、ただおろおろするだけの校長を尻目に、福原が憤然と立ち上がった。 「“鎮圧”とはなんですかっ!? “二二六事件”の昔じゃあるまいし……」 「しかし……」と体育教師が遠慮がちに挙手して、福原に反論の牽制球を投げた。 「これじゃクーデターと変わりないでしょ。順序からいえば、まず、教師に相談すべきであって、いきなりビラまきだ、占拠だじゃ……」 それに教頭が勢いづいた。 「“反乱者”は、ほんの数人でしょ。君のような腕っぷしの者を先頭に、男子教諭5、6人も連れて乗り込めば、いまどきのひ弱な中学生ごときは、ひとたまりもないでしょうが」 教頭は息巻いた。 その教頭へ福原は冷然とした笑みを送る。 「あくまで力ずくですか。でも、そんなことして平気なんですか?」 そう言って、とんとんと指で声明チラシの最後の部分をたたいて示した。 そこには、こうガリ版書きしてある。 ――わたしたちの行動をなんらかの方法・手段でねじ伏せようとするなら、外にいる仲間が新聞各社・テレビ局に連絡をして、かならずマスコミのまえにこの事態を明らかにします。ですから、強引なやり方ではなく、わたしたちと話し合いをもってくれるようお願いします。 「こんなのはコケ脅しだ!」 「そういって、あの校庭の生徒まで押さえ込んで黙らせますか? でも、今日はほかにも休んでる子が何人もいるんですよ」 「それまでが仲間で、外となかでなんらかの繋ぎを取っているとでも?」 「そうでないことをみんなで祈りますか」 じりじりと焦燥の色を浮かべる教頭が、なにかを感じて福原を振り返った。口元に暗い笑みを浮かべて勘ぐった。 「まさか君が仕向けたことではないだろうね」 福原の顔が一瞬むっとした。が、 「そうであったらどんなに嬉しいか。いまから向こうにつきたいくらいですよ」 怒りをあらわになにか言いかける教頭に、 「そんなことより、いいんですか? 彼らは外へのスピーカーを切って、ハンドスピーカーの音量も校門外には洩れないよう配慮している。これがどういうことかわからないんですか?」 「あっ!」と、女性教諭の一人が思い当たった。 「最初からおもてだったことにはならないよう、学校内だけで解決しようとしている」 昼休みは、もうとっくに終わっていた。 さっきまで野次馬でいっぱいだった玄関前広場は、おそらくビラ配りの面々が仕切った結果だろう。いつもの午後1時限とおなじく生徒の姿がいっさい見られない場面にもどっていた。 「最初にこのチラシを職員室に配って牽制球を放ったことといい、洩らそうと思えば校門外へ洩らせる昼休みという時間帯を選んだことといい、水際だっているなあ、彼らの動きは……」 体育教諭まで、いまでは感心していた。 |
| 「なんですって!?」 川村みどりは、受話器を握りしめて思わず叫んだ。 電話の相手は県立病院医局長であり、心臓外科部長も務める田宮健一だった。 「あの子は生きているんだよ」 「なにをバカなことを言ってるの、医者ともあろう人が……」 無言電話がつづき、ついに本人の声まで聞いたと興奮して口走る田宮を、みどりは気の迷いとなだめ、しっかりしろと叱咤した。 「だったらあの子はどこに……」 「警察の状況証拠からだって、自殺という線が有力なのよ。なにを血迷っているの。とにかく弱気になってよけいなこと言ってはダメよ」 きつく釘を差して電話を切った。 そばでF高女子不良グループ“蛇苺”のリーダー、紺野梨沙が、熱っぽい目を、なお、ぎらぎらさせて言った。 「先生。わたし、血がさわぐわ!」 「だったら、いさ子でも……」 「ううん。あの美鈴とかいう子を拷問したい。もう一度強烈な電気責めにかけて、こんどこそあのオマンコを焼けただれさせてやりたい!」 「なんでまた、そんなこと……」 「あいつ、憎いのよ。あんなにまで早紀に夢中になって、いつまでも早紀を思いやって……」 歯ぎしりが聞こえるくらい、美鈴の感情に嫉妬しているようだった。 「バカなこと! 第一、そんな悠長なこと言ってられる場合じゃないかも知れないのよ」 みどりは「それより」と、他に誰もいないはずなのに、梨沙を手元に呼び寄せ耳打ちした。 「どう?」 興味半分、不安半分の複雑な思いだったが、この時みどりの、どす黒い本心に気付けなかったのが、梨沙の一生の不覚となった。 「素晴らしいショーだと思わない? これで警察の動きを一時でも金縛りにして、すべての痕跡を消したうえでアメリカへ高飛びできる。 ねえ、あんただって、もう、こんな日本に未練なんかないでしょ?」 一瞬寂しそうな影が射したが、それを無理に打ち消し、明るい顔で返した。 「もう、あんな家とも関係ないわよ。ほんとにアメリカへ行けるんなら、最高の気分だわ」 そんな調子だから、わずか2日後に自分に降りかかる“悲劇”を知るよしもなかった。 I県警捜査課の裕美は、以前にはF高の島崎若菜が、最近ではK中の早紀が身投げしたという、東の岬の断崖近くを散策していた。ベテラン刑事、宇津木一行がいっしょだった。 「松本清張の推理小説に『点と線』というのがあるが、こんどの件では多くの“点”がありながら、どれ一つとして“線”に結びつかない」と、渋い顔をした。 「例の白人女性は、なぜ浮上してこないんだろ。K市内で屋敷が見つかったというのに、それ以外は本人が帰らずパッタリ不明のまま。なにか手がかりがつかめてもいいはずなのに……」 「そういえば川村医院近くに住む外人……」 「ああ、美鈴ちゃんが、単身Y町に乗り込んだとき、なぜかあちこちから監視されているような気がしてたと言ってた、あの件ですね」 「なにか分かった?」 「別にみどりとグルとかいうことでなく、マインドコントロール、つまり催眠術の一種にかけられてたみたいですね。該当者の全部が全部、一定時間の記憶がまったくないんですって」 「えーっ!?」 冷静な宇津木が動揺を見せた。 「住民台帳にも載ってない外国人。この場合アメリカ人と見ていいですよね。だとすると、存在を隠されたアメリカ国籍の在日外国人。そういうことが可能な人物というと……」 「米軍関係か!?」 暗澹とした表情に、なお動揺の色を濃くした。 その宇津木が裕美の右手に注目した。 「なんだね、その手に持っているものは――」 「ああ」と、思い出したように拡げた手に、透明の細い糸のようなものがからまっていた。 「釣り糸か。いや、テグス(天蚕糸)だな」 「釣り糸とテグスと、どう違うんですか?」 裕美が訊いたら、宇津木がそれを手にとって両手でピンと張って高くかかげた。 「ほら、釣り糸よりはずっと透明で、ちょっと見には糸が張っているようには見えないだろ?」 「ああ」と裕美が納得してうなずいた。 「都会じゃ“カラス除け”に使うそうだ」 「え? カラスって、あの黒い?」 「ああ。ベランダに置いたゴミを散らかされないよう、これを張っておいてカラスをびっくりさせて撃退するほか、いらなくなったCDをこれに通したり吊したりしておく」 「ええ!?」 裕美が話にひきこまれて表情を輝かせた。 「風に揺れるCDが太陽の光を反射してキラキラするだろう? カラスはそれを見て恐れおののき、近づくことができないというわけさ」 その光景を思い描いて裕美が笑った。 「しかし、そんなものどうしたんだ?」 「早紀さんが飛び込んだといわれる断崖のそばに、からまって落ちてたんですよ。なにか妙に気になって拾ってきてしまったんですが……」 2人して考え込もうとしたとき、「チン」、「チン」と鐘を鳴らして葬列が通りかかるところだった。 「ほーお、この辺では葬式も古風なんだなぁ」 宇津木も裕美も見とれた。 喪服の行列が五色の幟旗を立て、棺を積んだ荷車を紐にしたサラシで引いて行くが、旗とならんで籠を高くかかげる役もあって、その者が籠をがらがら揺らすと、なかから花吹雪とともに小銭が転がり落ち、子どもがワイワイはやしたてながら追いかけ、拾うという光景が展開された。 先頭を歩く遺族代表は、それぞれ位牌を持つ役、故人の写真を掲げ持つ役だが、白髪混じりで精悍そうに見える老人は、まだ60になるか、ならないかくらいにしか見えない。 「岬の突端が見える高台から、日がな一日、よく海を眺めてましたがね……」 横にきた近所の主婦が、訊きもしないのに教えてくれた。 「あのおじいちゃん、病気かなにかで?」 「よくわからないんですよ。卒中かなにかだろうという人もいますが、脳からきている良くない病気だったんでしょうね。死ぬ何日かまえから、しきりと変なこと口走ってましたから」 「なんと言ってたんですか?」 こんどは宇津木も関心を示した。 「なんですかねえ、天女が羽衣を着て、崖のあたりを舞い上がったり降りたりしてたってんですよ。そんなおとぎ話みたいなことがありますか。ねえー」 裕美も宇津木も苦笑をこらえることができなかった。婦人の話を、そのときにはまだ、年寄りの“たわごと”としか聞いていなかった。 |
| カチッ、とスイッチを押したとたん、真っ暗闇の一部が〈ぽっ〉と明るくなった。 そこに浮かび上がったのは、まさしく生身の女の“トルソー”というべきだろう。 ところどころ打ち身やヤケド痕が見られる生白い裸身は、首からうえと手足の先が照明の外にはみだし、まるで欠落したかのようだった。 ただ、それが生きている証拠には、横たわってわずかにそれと感じさせる乳房にも、よく引き締まった腹部にも確かな息づきが見られる。 「“幽霊”さん、お目覚め?」 イングリッドが近づいた。 ガウンの前を広げたとき、ペニスバンドを仕込んだ股間を突いて、バラ線を巻いて拷問凶器と化したディルドが屹立していた。 「どう? とっても刺激的でしょう?」 そんなものでファックすれば、女の蜜壺などたちまちズタズタに傷つき、血まみれのボロ雑巾のようになることまちがいなしだ。 「やめ、てぇー……」 このときになって哀願する微かなかすれ声は、まるで老婆のようにしゃがれてもおり、憔悴と困憊でやつれきってはいるものの、まだ十分若さを保つ肉体とは妙に不釣り合いに聞こえた。 秘部を剥き上げたとき、無惨な凌辱と拷問でびらんとなった秘唇の肉粘膜に点々として、電気責めによる火ぶくれと、それが乾いてできたカサブタが見られた。 割れ目にディルドの先をあてがった。 「うーっ……!」 トルソーの全身が大きく身悶えて、かすれ声が笛のような悲鳴になった。 イングリッドがゆっくりと腰を突き出した。と、ディルドの先が膣を押し広げて挿入され、間もなくバラ線部分が剥き身の割れ目にかかると、秘肉を裂きながらどんどん挿入された。 「ひっ、ひいっ、ぎゃああああーっ!」 悲鳴は絶叫に変わる。トルソーを乗せた寝台がギシギシと軋み音をたてて揺れた。 「ギャアアアッ!」 絶叫。また絶叫――。 「はっ!」となって美鈴は目覚めた。 背中がじっとり、汗ばんでいた。 なにかよほど悪い夢を見たのだろうが、どうしても思い出せない。そうして胸は、まだ烈しく動悸を打っていた。 枕元の時計を見たら、9時近く――。 「いけないっ! とっくに遅刻だわっ」 身支度をすませ、勉強机の上から、まず愛用のポーチを腰に着け、カバンをひっ掴むと、大あわてで階段を駈け降りた。 台所では母の泰子が電話に出ていた。 いつになく怖い顔で応対している。 「……うちの子はそんなんじゃありませんよ。あなたこそ誰なんです!? 名前すら名乗らず、自分の卑怯、卑劣をこそ恥じなさいっ!」 ちょっと間があって、それから受話器を置いたが、そんな毅然とした態度をとるのを見たことがなく、美鈴はまじまじと母の顔を見た。 (お母さん、変わったなあー……) この母が変わったのはいつだろうと考え、ふと、川村みどり邸での窮地を脱し、早紀に送られて自宅に帰り着いた夜の場面を思い出した。 早紀は両親のまえで、まず帰宅が遅れたことをていねいに詫びた。 「伊津子さんとなら早くに帰れたのに、わたしが母のことでよけいな用頼んじゃったため、みなさんにはご心配をかけ、こうして〈美鈴ちゃんまで疲れさせる〉結果になって……」 病気の母親をダシにしたのはともかく、あとの〈付け足し〉は〈みどりになぶられた美鈴の憔悴〉をカバーする辻褄合わせだった。 そもそも川村邸突入まえにも連絡は入れてあり、遅れはしたが責任をもって自分で付き添ってきたことに、母も父も早紀に対して好感の目で見るきっかけにもなった。 (お母さんが変わったのは、どう考えてもあの日の夜から後のこととしか思えない) だから母の気持ちの変化にさえ、早紀が大きく影響していたことになる。 「向こうで切っちゃった」 不満そうにしつつ、ケロリとしている。 「いつもの嫌がらせ電話?」 「平気平気。わたしだって負けるもんですか」 そういって力こぶをつくる泰子を、頼もしい思いで見つめて家をでてきたのだった。 「K中学改革」をめざす生徒による放送室占拠は翌日にまたがり、学校側は行動参加者の父兄はじめ全校父兄に対してきびしい箝(かん)口令を敷き、ことが外部に露見しないよう努めた。 その一方で職員会議で対策を協議し、穏健中立の校長派、強硬“鎮圧”を主張する教頭派と別れ、いままた福原らを中心に抗議行動に参加した生徒に同情的な一派も増えてきた。 ただ、この三派に共通するのはけっして外部に洩らさず、ことが公になったり、収拾不能の大事態にならないよう、解決に向けてさまざまな方策を協議しようというものだった。 その2日目――。 この朝、美鈴の胸を熱くすることが、もう一つあった。 校門を過ぎ、玄関を抜け、一歩校内に入った美鈴の耳に〈あの声〉が飛び込んできた。 ――わたしは、いまの大人社会は子どもにとって、油断のならない罠に満ちた世界だと思っています。…… その瞬間、美鈴は涙がでるほど懐かしかった。狂喜乱舞したいほどだった。校内スピーカーから早紀の声が流れているのだった。 美鈴は教室へと急いだ。 その間にも早紀の声はつづく。 ――大人たちの罠はとても危険で、蜜のようで毒を含んでいることを忘れないでください。 そうして虎視眈々、この夏休み、そういう大人は手ぐすねひいて、子どもたちの油断を待っています。…… (ああ、これは1学期の終業式のとき、学年発表で3年代表として講演したときのテープ……でも、こんなに長かった?) あのときは、みどりとの体験を考え考え、よく頭に入らなかったのだろうか。そんなことを振り返りつつ、廊下の途中で伊津子と会った。 「どうしたの、あれ!?」 スピーカーを指さして訊いた。 「これも作戦。みんなを奮い立たせるためよ」 伊津子もテープに聞き入っている。 ――大人たちの罠と闘ってください。わたしも断固とした態度で闘うことを、いま、この場で決意しました。さあ、勇気を持って! 「このテープ、ほんとうはきのうからの行動開始と同時に流すつもりだったのよ」 「え?」 「でも、なぜかここ数日間、放送室の器材箱からなくなっていて、今朝になって早紀ちゃんの机から出てきたの」 「えーっ!?」 「出てきたというより、はみ出てたという感じね。となりの席の子が登校してきて、自分の席に着いたとたん気づいたくらいだから……」 「そんなあー!」 “幽霊話”にしては出来すぎた話だ。 テープはところどころつままれ、ひととおり終わったらまた最初からはじまるエンドレス方式に編集されていた。 「ところで、イッちゃん、なにしてんの?」 小脇に画板のようなものを抱え、あちこちの教室に回っているようすが気になっていた。 「署名取って歩いてるのよ」 「署名?」 「わたしたちとの話し合いに応じようとしない先生方に、全校署名で対決しようと思ってね」 「えーっ!?」と、美鈴が目をみはった。 伊津子がこんなに過激とは思わなかった。 「わたしもこんな自分に驚いてんの。でも、これで少しは美鈴ちゃんへの罪滅ぼしになるかなあー」 そのことなら、きのうで水に流していた。 「もう忘れたよ。それより、わたしもいっしょに回らせて」と、署名用紙を分けてもらい、とっさの思いつきを口にした。 「そうだ。先生方にもしてもらおう」 「えー!?」 伊津子が素っ頓狂な声で叫んだ。 「最初に誰かすれば、きっと同調する先生が、あとからあとから出てくるわよ。そうだ、まず福原先生から当たればいいのよ」 「でも、いま会議中だよ」 「会議中でもかまうもんか。行っちゃえ行っちゃえ」 伊津子と2人、さっき通りすぎたばかりの職員室の方角へと引き返した。 その日の午後、I県警捜査一課に一報が入り、事態が大きく動いた。 早紀がからんだレイプ事件と早紀の失踪、また川村みどりの関係が疑われる、秘密SMパーティーでの未成年者略取および売買春容疑を捜査するK署からだった。 「えっ!? みどりの罠にかかってパーティーのコンパニオンガールにされてた少女が、次々名乗って証言を申し出たって? いったい全体どうしたというんです?」 電話に出た宇津木は興奮を抑えられなかった。 「うん」「うん」とうなずくたび、表情が明るくなり、そのうち目頭をおさえて涙をにじませるようすに、そばで見ている裕美でさえ胸が熱くなる思いだった。 「やりましたね、ついに!」 受話器を置いて向きなおる宇津木と、裕美は固く手を握り合った。 「部長。K署と合同捜査で、川村みどり逮捕に向けて動きましょう。わたしたちは、もう一度県立病院の田宮先生に働きかけます。こんどこそ、あの重い口を開いてもらいますよ」 勢いづく宇津木に、裕美が補足した。 「あと、神谷刑事の――」 皆まで言わせず宇津木が険しい顔を向けた。 「消えたよ。2日前から所在不明だそうだ」 |
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――大人たちの罠と闘ってください。わたしも断固とした態度で闘うことを、いま、この場で決意しました。さあ、勇気を持って!…… 今日も校内スピーカーは、早紀のメッセージを流していた。 |
| 「もうやめろーっ、イッちゃんを解放しろっ! 責めるんなら、わたしを責めろっ!」 そう叫んだら、みどりがニヤッと笑った。 「よぉーく、その気になったわね。いい心がけだと褒めてあげるわ」 膣から血を流し、ぐったりしている伊津子を心配そうに見つめる美鈴にイングリッドが近づき、後ろ手に縛った縄を解いて引っ立てた。 その間、失神した伊津子を正気づかせるのもめんどうとばかり、みどりに指示された梨沙が別室におもむき、キャスター音をキイキイいわせてスチール製パイプベッドを押してきた。 「あ!」 雑誌かなにかで見た記憶にあるそれは、マットを取り去った骨組みだけのベッドで、まさに“拷問用ベッド”と呼ぶにふさわしいものだった。 「さあ、そこに横におなりなさい」 裸になれとは言われなかったが、拘束する際にシュミーズの紐だけは肩からはずされた。 みどりとイングリッドが片方ずつ足首を、梨沙が両手首をそれぞれ分担して縛り、縛った先をパイプの支柱とパイプに差し渡した格子の一部分にそれぞれ結びつけた。 「さあ、梨沙ちゃん――といいたいところだけど、まだ、あそこをズタズタにされたり、すぐ死ぬような拷問をされても困るからね」 人の字のかっこうに拘束されたまま、みどりのことばに反応して足掻いたが、いたずらに手首や足首の縄目を食いこませるだけだった。 ツカ、ツカ、ツカ…… 乾いたヒールの足音にも美鈴の耳が敏感に反応する。緊張が高まり、戦慄に身を切られる。 みどりがシュミーズの胸元をずるっと下げ、美鈴の大弱点である胸があらわにされた。が、 「すぐ死んだらつまらないから、そこは……」 背後で装置をカチャカチャいわせ、声だけでイングリッドが指示する。 「それならば」と、こんどはすそに手をかけ、ヘソが見えるくらいたくしあげると、その下のパンティを一気に膝まで降ろし、わずかな範囲に陰毛が密生する少女の股間をさらした。 「うっ、くっ……」 美鈴が恐怖と羞恥に、しゃくりあげた。 「今夜は覚悟してね。それこそ『いっそひとおもいに殺して』と叫びたくなるほどだから」 こってりと脅され捨て鉢になった。 「神谷刑事はどこだ!? 早紀ちゃんをどうした!? いますぐ返せっ!」 開きなおってまくしたてたら、一瞬、みどりが眉間をピクつかせたが、興奮していた美鈴はその反応に気づかなかった。 「なにをバカな!……インガ」 拷問開始をうながし、梨沙といっしょに横によけた。 そのとき白人女の手には、先が裸に剥かれたコードが何本もぶら下がっていた。いっしょにテープも持って、コードの1本1本を内腿、膝、ふくらはぎといったところに貼りつけていく。 最後に、長めに剥かれた残り2本のコードは両足の親指にぐるぐる巻きにした。 ふたたびみどりが近づいた。 「田宮先生に無言電話かけたわね」 わけのわからない尋問の繰り返しに目を吊り上げて反発した。 「なんのことか知らないけど、たとえ知ってたとしても死んだって言うもんかっ。バカッ!!」 面罵してツバまで吐いた。 カッとにらんだみどりが、怒りに我を忘れて2発、3発、猛烈な平手打ちをかました。 「この生意気なチビ娘を、たっぷりと電気で痺れさせてやって!」 その瞬間、美鈴はみどりからイングリッドに目を移した。コントローラーをセットする手、ちらっとこっちを見る不気味な笑いの目、それからスイッチに手をかけ―― 「うっ、ひいーっ!!」 烈しい痛撃! 電気ショック!! ――美鈴は目を剥いて卒倒した。腰から下が回路になったようで、電流が猛烈な火花となって走り回っている感じだった。 「ぎゃああああーっ!!」 はじける衝撃とともに、ベッドがガタガタガタと音を立てた。 2秒、3秒という瞬間的な時間のはずが、おそろしく長い苦痛の時に感じられた。 スイッチが切られた。 「あ、ふうーっ……」 ため息をつき、がっくりと首を垂れた。そしてそのときには、下半身全体を襲うショックはぴたりと止んでいた。 またきた! 「ぎゃっ! ぎゃああっ!」 その瞬間、腰から下がはじき飛ばされるようだった。 「さあ、言いなさい」 「……………」 こんどはつばをかけられないよう下がって尋問するみどりを、精一杯の敵意を込めてにらみつけた。 三たび電気ショックに見舞われた。 「ぎゃうううーっ! ぎゃっ、ぎゃああっ!!」 人の字の全身をのたうち回らせ、ベッドをギシギシ揺らしながら絶叫をあげつづけた。 2秒、3秒……。 今回は、まだつづく。 「きゃあっはっはっは……」 梨沙のけたたましい笑いが、ちょうど3度目の中断の合図みたいになった。 「むうっ!」 がっくり首を垂れた。線香花火を思わせるピリピリ感はしばらくつづき、その間、左右に開かれた爪先のひくつきもおさまらぬままだった。 (ああ、これは!?) 美鈴は一瞬間に思い出した。 なにかのコンセントを差し替えるとき、はずれ切らずスキ間となった部分に指を入れ、感電した際のショック!――それとおなじということは、あの時の100ボルト電圧をいままで下半身に受けていたということになる。 その電気ショックがもう一度。 「ぎゃあああーっ!!」 叫びながら、美鈴はこんどはかっと目を見開き、その目をまっすぐコントローラーを操作する女の顔に向けていた。 獲物の苦悶を愉しみ愉しみ、時間をかけていたぶる顔としぐさ。そして限界を感じ取ったと見るや、即座にスイッチを切って中止するしたたかさ。 通電……中断――。 そしてまた通電……中断――。 烈しい電撃が脚全体を駈けめぐる間中、狂ったような悲鳴と絶叫が密室中に反響し、凄惨な様相が展開されていた。 そうして飽くことなき電気ショック拷問がどれだけ繰り返されただろう。 「しぶといわね」 「こんなにタフとは思わなかった」 やっとひと息つけられたとき、ぜいぜい喘ぐ美鈴のむき出しの肌部分は、べっとり浮き出た脂汗でオイルローションを塗ったようだった。 イングリッドが手術用の薄いゴム手袋を右手にはめた。と思うや、股間に新たな刺激が走った。 「あっ、うーっ!」 呻いて弱々しく足掻いた。 指で犯されていた。巧みな動きと適度なかげんにより、クリトリスと膣に鋭い刺激。ただ、その刺激は自由を奪われ、拷問への恐怖感のなか苦痛でしかなかった。 「あっ、ううっ……」 頭のうえで結び合わされた手首の先を握りしめ、必死に声をこらえた。 執拗な指攻めを受ける股間を、梨沙もみどりも固唾を呑んで見つめた。 巧みな愛撫でもてあそばれたその部分は、拒否する心とは裏腹にぴちゃぴちゃとイヤらしい水音を立てはじめていた。 「うふっ、くうーっ!」 美鈴は歯を食いしばって耐えた。 3分……5分…… しつような快楽責めが繰り返され、その間美鈴の脳裏に性感時計がゆっくりと秒針をきざんで回転していた。 10分近くもたった時、 「ひっ!!」 電気によってではない、身内からの反応による痙攣が走り、快感が走った。 ぐっしょり濡れた指が、湿った音をたてて引き抜かれた。 「はあ、はあ、はあ……」 冷然と見おろすイングリッドが、わざわざ見せつけながら中指と人差し指のぬめりをハンケチで拭き取った。 「いまのは懸命に耐えたあなたへのごほうび」 しかし、その巧みな愛撫は、さらなる残虐な性拷問への前奏曲でしかなかった。 「さあ、これからが“ホンバン”よ」 足側の縄の先端がいったんベッドから解かれると、閉じた脚からパンティを剥ぎ取られた。ふたたび大きく広げさせた両脚をバンザイさせたまま肩の上まで持っていく。 つまり人の字を二つ折りにした海老責め姿勢で、足首を縛った縄の残りを手すりの高い部分に結ぶ。そうして性器はおろか、尻の穴も谷間も丸見えの、恥ずかしい姿にさらされた。 イングリッドが左手にも手袋をはめ、ベッドに上がって美鈴のまえに膝をつくと、両手の指をピンセット代わりに2本ずつ膣に挿入して、ぬうーっと陰唇を開きにかかった。 「いい、いやーっ!」 苦痛と羞恥に叫んだ。 「痛いということ? それとも気持ちいいという意味?」 「イヤらしい! ぐちゃぐちゃに濡れて糸引いてるわよ」 イングリッドとみどりがからかい、梨沙がそのあとで例のごとくバカ笑いを響かせた。 みどりが内視鏡を手渡した。 アヒル口の先が割れ目に押し当てられ、押し込まれ、膣がくわっと開口させられた。 「うっ!」 美鈴の苦痛など歯牙にもかけず深々と挿入されると、奥まで入ったのを感触で確かめ、ゆっくりと開いていった。 「い、いたぁーい!」 アヒル口に開かれた先の先、ぐっしょりと濡れそぼつ膣道の奥に、こんもりとした子宮と子宮孔がはっきりと確認できた。 両脚からコードをひっぺがし、ひとまとめにして内視鏡の取っ手に結ぶ。親指のコードも解かれた。2本の先端を1つに束ねた。そこへみどりが伊津子から抜いたドライバーを手渡す。 「ひゃあああーっ!」 美鈴が滅茶苦茶に叫んで首を振った。 「身代わりを務めるんじゃなかったの? 伊津子が味わった地獄を、これからおまえが引き受けるのよ。さあ、インガ。“処刑”を――」 「“拷問”じゃないの? 尋問はいいの?」 「この娘に訊くことは、もうないわ。こいつのせいで、わたしたち尻に火がつきそうなのよ。たっぷり報いを受けさせねば気がすまない!」 目を血走らせて言い放った。 美鈴は、今度という今度こそ死を意識した。脳裏にいろんな顔がフラッシュバックした。母の顔。父の顔。京子の顔。福原先生の顔……そして、くっきりはっきり早紀の顔――。 (早紀ちゃん助けて。お願い早紀ちゃんっ!) 下を向いて見つめる先にドライバーが見え、その先が見え、それが腹の陰に隠れて…… 「ひぎゃあっ!!」 脚に受けたショックとは別の、鈍い激痛をともなった異様な衝撃痛につらぬかれ、美鈴は絶叫した。 「ぎゃあああーっ!!」 精一杯下を向いて見つめる腹部が、ぴくぴくぴくぴく痙攣していた。掻きむしり、走り回る衝撃波が身体の奥底を暴れまわっている。 「うああああああーっ!!」 手首、足首に縄が食いこむのもかまわず足掻き、必死に身をよじり、海老のように丸められた全身を精一杯暴れさせて身悶えた。 「うぎゃああっ、ぎゃああああーっ………!!」 イングリッドの手はコントローラーのスイッチにかかったまま、微動だにしなかった。 1分、2分…… 梨沙が腕時計を見ながら時を数えている。 みどりだけ、じりじりしていた。冷然とかまえた目は、だんだん焦りの色を濃くした。 「ぎゃあああー……!!」 子宮を貫く電気ショックに、美鈴は泣き叫び、身をよじり、骨組みだけのベッドに後頭部を打ちつけてのたうち回った。 イングリッドが、美鈴の苦しみようから限界を感じ取った。コントローラーを操作する手が動いたが、スイッチを切ることなく、変圧ダイヤルだけに変更をくわえた。 「ぎゃああ……あ、ああうううーっ!」 体内を貫くショックが弱まった。 イングリッドの手がまた別の部分に触れたとき、弱くなったショックに熱をともなった痛みがくわわった。 「いやっ。熱いっ。ああ、熱いーっ!痛いっ」 耐えられない熱さでも痛みでもなかったが、ちりちりと炙られる苦痛は、そこが女の急所である以上は恐怖をともなう痛みとなって迫った。 イングリッドが手を出し、もう1本ドライバーを要求した。 それを手にすると開いた内視鏡のなかを通し、先に突き立てた子宮のなかに、もう1本の先をひねり込んだ。 「あうっ。むううっ!」 電気を通じた2本のドライバーの先が、子宮孔をこじ開け、えぐり、ぐりぐりと掻き回して責め立てた。 「いやああーっ!」 「くっふっふふふふ……」 美鈴の苦痛の悲鳴に、不気味なサディストの笑いが混じりあった。 バチッ、バチバチッ……と、慎重に操作しているようで、ときおり子宮をひねり回すドライバーの金属部分がやはり電気を通じている内視鏡に触れ、もの凄い火花が飛び散った。 「いやああーっ! ぎゃあああーっ!!」 美鈴は涙を飛び散らして烈しく首を振った。 泣き、叫び、わめき散らした。 「そういえば、もう一カ所あったわねー」 イングリッドが美味しいものを見つけた子どものように顔を輝かせ、ドライバーの1本を抜いて、その先の狙いをつけた。 「いやあっ、いやいやいやあーっ!」 美鈴は目を見開いて叫びながら首を振った。めちゃくちゃに振りつづけた。 梨沙がしっかりと腰を抑えつけたとき、イングリッドの持つドライバーの先が、小さなアヌス孔に突き立てられた。 「うっ、つっ、ぐぎゃあああっ!!」 焼けるような痛みと弾けるような衝撃がアヌスを刺し貫いた。 美鈴の絶叫に梨沙の癇性な笑いがかぶさり、地獄の夜はいつ明けるとも知れなかった。 |
| その日の夕方、田宮健一がK署に出頭してきた。 ところが参考人聴取がおこなわれるそのときになって、地元K署とI県警捜査一課宇津木とのあいだでひと悶着あった。 管轄であるK署刑事の聴取への同席を宇津木が拒んだのである。当然K署刑事連から烈しい反発をこうむったが、宇津木は毅然と言い放った。 「この件の全権は県警一課が持ち、捜査の手段、方法も逐次県警判断のもとで行う。したがって、デリケートな内容を含む今回のような聴取は我々のみに任せてもらいたい」 「そんな横暴な話があるかね!」 「横暴はどちらですか。悪徳刑事一人の意にまかせ、少女を取り調べ部屋でいたぶるような聴取は、すくなくともわれわれ県警の流儀とはちがうが――」 返答に詰まった刑事がいる一方、なお食い下がる刑事も当然ながらいた。 「平の刑事のあんたが、なにを偉そうな!」 宇津木はそのとき1枚の辞令を提示した。 「最近、別の捜査でお褒めをいただき警部補昇進したので、階級的にも君たちの上司。そういうわけで今後わたしの意志が県警の意志と解釈し、わたしの指示にしたがってもらいます!」 びしっと釘を刺したので、誰も異論をはさむ余地がなくなった。 「いいんですか? あんな高飛車なことで。捜査がやりにくくなるんじゃありません?」 裕美の危惧も当然だったが、 「“出鼻をくじく”というのも兵法の一つ。ぐだぐだ言われて邪魔されるより、神谷の息のかかった連中にはこの方法にかぎる。だいじょうぶだよ、味方もたくさんいるんだから」 そう言って無理にでもなだめた。 こうして聞き取りは、いまは警部補の立場の宇津木により、裕美立ち会いのもと行われたが、田宮の話が佳境にはいる暇もなく2人目の重要参考人が出頭してきた。 「今井江梨子さん……」 田宮は懐かしい以上に特別な感情を表情ににじませた。 「あなたには、ほんとうに申し訳ないことをした!」 机に手をつき、深々と頭を下げてあやまった。 「先生、いいんです。もう、そのことは……。それより、あの早紀さんという方のためになんでも証言してあげてください。わたしもできるかぎり協力しますから」 今回の2人の出遭いは偶然などではなく、連絡を取り合っての出頭と宇津木は解釈した。早紀救出と事件解決へ向け、個人的な思いや過去のいきさつを江梨子は水に流したのだろう。 「早紀さんにきつくいわれたことで、わたしも目が覚めたんです。でなければ、いまごろわたしだってどうなっていたかわかりません」 そう言って、美鈴が京子と梨沙たちに追いつめられた浜での一件をふりかえった。 2人の出頭で事件は一気に核心に迫った。 みどりから「あるテレビ番組の一般公募に参加するため、自分と背格好の似た者をさがしている」と相談され、軽い気持ちで田宮が江梨子を紹介したのが事のはじまりだった。 そして江梨子がみどりから、大金と引き替えに「替え玉を名乗る」ことを認めさせられたのである。 もちろん大金を払うというからには、名前を貸すくらいですむはずがない。みどりが今井江利子として世間に出没するときは、人目に触れずどこかで息を潜めていなければならない。 それがおぞましい犯罪のアリバイ工作とも知らず引き受けたのだが、そこにはいつか替え玉として殺される運命のほか、抹殺までは、みどりの特異な性癖を満たすための、別の罠もふくまれていたのだった。 「気がついたときには蟻地獄で、早紀さんと出遭ったあの日もイングリッドというアメリカ女のいたぶりを受けてて……あの2人は取り込んだ女を“物”同然に共有し合ってるんです!」 証言の最後は怒りをあらわに語気を荒げた。 宇津木も裕美も2人の証言に感謝した。 「ところで先生はだいじょうぶなんですか? 医学界のことはよくわかりませんが、みどりの父親、先代川村産婦人科院長の威光とやらが……」 「わたしは、もうあの病院にはいられません。ただ、今回の失態でも医師免許だけは取り上げられずにすみ、ちょうど瀬戸内のある島から請われたのをこれ幸いと、妻のぜんそく療養のためにも行くことに決めました」 そのことばに宇津木も裕美も救われた。 「でも、よく証言を決心なさいました」 裕美の感慨に田宮がこう答えた。 「“先代の威光”ったって、実態のない“亡霊”に踊らされてるだけなんですがね。それを教えてくれたのが早紀さんだ。子どもたちです。 学校へ行ったんですよ。今日、K中学に――」 K中の“騒動”は裕美も美鈴から聞いて知っていた。 「子どもたちが捨て身で闘っているんですねえ、大人たちの悪に対して……」 目頭を押さえる田宮だが、校内スピーカーから流れる早紀のメッセージから、なにごとかを感知する結果にもなった。そして、つぶやいた。 「あの声は誰だったのかなあ」 田宮が考えたのはもちろん、「勇気を持って!」と彼に証言をうながした〈早紀に酷似した声〉の主のことだった。 「あとは、わたしたち地を這ってでも奴らのアジトを突き止めますよ」 宇津木が拳を握って宣言した。 「それについてですが……」と江梨子がなにか言いかけたとき、急報がもたらされた。 「えっ? 美鈴ちゃんがクラスメートといなくなったんですって!?」 県警からの電話を取り次いだ刑事は、「“座りこみ”当番を替わったあとだったので、2人して油を売ってるんだろうくらいに思ったそうで」と通報の遅れを説明した。 「くそっ! なんてことを……」と宇津木が地団駄踏んでいるところへ、江梨子が言いかけたことのつづきを話した。 「わたし、いたぶられているとき目隠しはされてたんだけど、みどりが例の外人女に、『この先の信号を曲がれば、あなたの別宅のある町に直行じゃない』と言ってたの憶えてます」 それを聞いた裕美が真っ先に反応した。 「宇津木先輩。もしやあのときの……!」 「そうだ。もうすこし行けば見えたんだっ!」 2人はすぐさま海岸線が見える国道へとパトカーで直行した。江梨子の証言を逆になぞって三叉路を右折し、C市と反対方向へ左に海を見ながらすこし走ったとき―― 「あった!」 海を望む高台に、うすぼんやりとした明かりを灯す別荘の黒い影がはっきり確認できた。 ちょうどその頃、S川下流にウルフこと山中正夫の遺体が浮かんでいるのを、犬を連れてジョギング中の女性によって発見された。そればかりか、事件がらみとみられる変死体が市内数カ所でも見つかっていた。 |
| 「ぎゃああああーっ!!」 タイル張りの密室に絶叫が響きわたった。 ぱんぱんに張った太腿の付け根の中心の秘貝は、筒型の拡張具により少女にしては信じられないくらい拡げられ、ばっくり開いた淫裂からたらたら鮮血をしたたらせていた。 酒臭い息を吐き散らし、悪鬼の形相のみどりがつまみネジを回したとき、伊津子が、 「ひぎゃあううーっ!!」 すざまじい絶叫をあげ、さらに拡張された膣が、めりめりめりっと音を立てたように感じられた。それくらい陰惨ななかでの、異常な女3人による悪魔の狂宴だった。 張りつめた空気を破って、セーラー服の少女が飛び込んできた。 「サツキ。どうしたの?」 梨沙が、手下の一人の名前を呼んで訊いた。 「わたし、帰ってもいいですか?」 これほど異様でなくとも、その子がいたら場違いに見えるだろうと思えるくらい、ふわっと世離れした雰囲気のある少女だった。 「あの男がなにかしたの?」 「いえ……」 「ふん。そうだろうな、おまえなんか相手にする男はいないだろ。あいつと見張りしているのがイヤなら、ここでおまえもつき合ってな」 だが、5分とその場にいられなかった。 悲痛な絶叫が響きわたる密室でたちまち落ち着きをなくし、サツキはパニック状態のようになった。 「やっぱり、うえに行ってます」 そう言って、また自分からいなくなった。 「可愛いい子」 イングリッドが潤んだ目をして拷辱の食指をうごめかせた。どうやらこの女は根っからのサディストのようだ。 「可愛いいって? バカですよ、あいつは――。でも、それだけに、わたしの言うことならなんでも聞く、ペットみたいな奴だけど」 調子に乗ってほざく梨沙に、みどりが尋ねた。 「〈あの〉ことはしゃべってないだろうね」 「それはだいじょうぶ。〈あの秘密〉は誰にも漏らしてませんって」 それを確かめ、みどりが安堵の顔をした。 腕時計を見るとすでに5時。サツキが帰っていいかと訊いたのは電車の始発を意識してのことだろう。拷問にとり憑かれ、みどりもイングリッドも梨沙も時間のたつのも忘れていた。 脇の医療台車には、白濁状の体液に濡れた使用済みの異物がいくつも転がっている。大小さまざまの形の張り型、使い捨てられ、丸められた手術用手袋、鉗子、そして内視鏡……。 すでに美鈴への性拷問は連続10時間におよぼうとしていた。 みどりが伊津子の破瓜拷問の仕上げに専念する横で、美鈴は梨沙とイングリッドからしつような電気責めを受けているところだった。 「ううーっ!」 悲痛な呻き声をあげ、人の字を2つ折りしたかっこうのまま、苦悶に身体を揺らした。 シュミーズのすそをまくりあげてさらした中心部を、イングリッドが指でこじ開け、ひねりあげ、そうして露出したアヌス孔と尿道孔を梨沙が電気の流れるドライバーで突つくのである。 さすがに尿道責めでは微弱な電圧に落としてあるものの、チョンチョンと入り口を突かれるたびに異様な刺激に叩かれ、小さな孔にすこしでもドライバーの先が入ろうものなら、耐えがたい激痛が身体の中心を刺し貫いてくる。 「ひいーっ!!」 またドライバーの先が尿道孔に入り込み、美鈴はベッドをぎしぎし揺らして悲鳴をあげた。 残虐な電流責めの連続で、全身汗でびっしょり、美鈴の体力はとっくに限界を超えていた。 「ぎゃあああっ!!」 ドライバーの先がかなり乱暴に尿道孔に突き入れられ、これまでの尿道責めで最大限の絶叫を発して全身をのたうちまわらせたとき、サツキが息せき切って駈け込んできた。 「警察がきました。パトカーがいっぱい!」 「なんですって!?」 みどりがイングリッドと顔を見合わせた。 いよいよ最期の時が迫ったのだ。 「さあ、梨沙ちゃん。打ち合わせどおり――」 「うん」と、梨沙は上気した顔でうなずいた。 「先に上がってなさい」 「あいよっ」 サツキの手を引いて飛び出して行った。 2人を見送ったあと、みどりとイングリッドが意味深な顔つきでうなずき合った。そして、美鈴には、ちらっと流し目をくれた。 「友だちと2人、蒸し焼きになるといい」 捨てぜりふを残し、イングリッドと部屋を出ていったが、その際、閉めた扉に外から鍵をかけるのを忘れなかった。 美鈴も伊津子も死の淵に取り残された。 バラ屋敷は海を見晴らす広い窓のある側と、その横が玄関、そのまた横は100メートルばかり下ったところに県道が走り、道路わきには民家が建ち並び、あとは見わたすばかりの田園風景だった。 「なるほど、バラ屋敷とはよくいったものだ」 バラの生垣と赤レンガに囲まれた白壁の瀟洒な洋館は、カーテンも閉めきりにして秘密めいた雰囲気のなかにあった。 宇津木も裕美も前回の家宅捜索の失敗に懲りて、予想外の事態が起きぬよう祈る気持ちだった。ところが、またもいやな予感が的中した。 バラ屋敷からすこし離れたところに建つ倉庫に、運転を誤ったタンクローリー車が接触してエンコしたのだ。みどり一味の逮捕劇は、この車の復旧作業をにらんで行わねばならない。 「さっさと片づけて行ってくれないかな」 「ガソリンが漏れて凄い臭いですよ」 「万一発砲されて引火でもしたら大事です」 刑事の報告を、いちいち苦虫を噛みつぶす思いで聞いている宇津木のもとへ、裕美がファクス便を持って駆けつけた。 「見てください、市警にさっき届いたものです」 ――I県警ならびにK市警のみなさん、朝からごくろうさまです。日頃の皆さんのご苦労に敬意を表し、今朝は素晴らしいショーをお目にかけましょうから、お楽しみにおいで下され! 「さっそく情報が洩れてますね」 「ふざけたマネをしやがって」 「とにかく急いで踏み込みましょう」 裕美にとっては、なにをおいても美鈴らの安否が気になってならなかった。 数台のパトカーのほか、装甲をほどこした大型車輌も待機する包囲陣のなか、防弾盾をかまえた機動隊といっしょに宇津木、裕美ら私服、制服の警官隊が建物に迫った。 「パーカーさん、警察です。開けてください」 呼び鈴を鳴らしてインターホンでなんど話しかけても応答はない。 だしぬけに、軽快なポップ調の音楽がジャラジャラと鳴りだし、音のするほうへ歩いたら海に面した窓のところにでた。 「ほおー!」と、一時みんな眼前に拡がる大海原に目を奪われたが、すぐに刑事面にもどると音楽の鳴っている窓をまえに指示を待った。 「このカーテンが、ご開帳といくのかな」 「そして川村みどりとやらがすっ裸で現われて踊り出し、やおらあそこを“ご開帳”――」 どっと笑いが起こった。 若い刑事の下卑た冗談に裕美が眉をひそめたとき、突然、するするとカーテンが左右に開かれ、その場の全員「あっ」と息を呑んだ。 ――全裸の少女が十字架にかけられていた! とっさに早紀と早合点した裕美は、似ているのは背格好だけで、顔はまぎれもなく手配写真の紺野梨沙であることを確信した。 それこそ趣味の悪い“余興”だった。 均整のとれた華奢な全身を惜しげもなくさらし、両手を左右一直線に広げ、足をそろえて立つ姿勢は、ただ自分から十字架ポーズをとっているだけなのかも知れない。 キャハハハハハハッ…… 狂ったような笑い声が発せられたが、全裸の十字架ポーズが陽炎のようにゆらめいて見え、キナ臭いにおいに、裕美がハッとなった。 (火事……!?) だが、梨沙はまだ笑ったままでいる。 こんなときに、なんというふざけた冗談かと憤懣やるかたない思いにかたむいた瞬間―― 「ああーっ!!」 梨沙が絶叫した。芝居がかったようすはもはや微塵もなく、恐怖に顔を引きつらせている。 間もなく黒煙がたちこめ、炎も見えた。 梨沙が血相変えた。十字を描いた手足の先を握ったり、開いたり、突っ張ったり……まるで〈見えない糸〉に縛られて動けないように。ただ、それも一瞬だった。 パシーン、と竹が爆ぜたような音がして、空を切って前後左右から飛びだした縄が、茫然自失している梨沙の手脚にくるくると巻きついた。 「助けなきゃ、あの子が死ぬわっ!」 裕美が駆け寄ろうとしたとき、ぱん、ぱんと銃声が2発轟いた。1発目が裕美の目の前をかすめ、2発目が足もとから数十センチのところの地面にはじけた。 「屋根だ、屋根から狙っているっ」 宇津木にかばわれ、機動隊の盾の陰に身を隠した一瞬、まるでシンナーにでも引火したように、ごおっという音をたてて猛烈な炎が渦巻いて海に面したリビングは火の海と化した。 「発砲の男を捕まえましたーっ!」 「暴力団員です。暴力団員を1名、確保っ!」 背後で同僚が叫んでいたが、そんな喧騒も耳にはいらず裕美は見た。はっきりと見た。 紅蓮の炎のなかでジュウジュウ音を立てて灼けただれ、朽ち果てていく生身の肌を――。炎は梨沙の断末魔の表情を呑みこみ、胸を灼き、肩を灼き、手を縛っている縄をも焦がした。 「悪魔ーっ!!」 この場を仕組んだ女に対して満身の憎しみをこめて裕美が叫んだとき、ブチッと梨沙を縛っていた縄が切れ、大きく目を見開いた梨沙の頭部が炎のなかに沈んだ。と、突然―― バーンと窓ガラスが窓枠ごと砕け飛び、猛炎が凄い火柱となって警官隊に襲いかかった。 地下室では美鈴が自力脱出を図っていた。 縛られたかっこうのまま、指をあっちへ伸ばし、こっちへ折り曲げたりしながら縄をたどったら、結び目に行き当たった。 「しめた!」 そう思ったときに停電して真っ暗になった。きな臭いニオイもしている。 「ハッ」とした。 「蒸し焼きにしてやる」というみどりのことばを思い出した。この屋敷に火をつけ、すべて灰にしようというのか。 「大変だーっ!!」 焦る心を無理に落ち着かせ、手探り、指探りで結び目をほどきにかかったら、梨沙の縛り方がゆるかったおかげで、ついには解けた。 「やったあーっ!」 手が自由になった瞬間は、それこそ憎い梨沙といえども感謝したいほどだった。 あとは高いところの手すりに縛りつけられた両足首だが、つくづく体操をサボって身体を柔軟にしていなかったことを後悔した。 ただ、それも火事場の馬鹿力。「えーい」と反動つけ、利き腕の右手を右足首に引っかけ、必死に縄を解いた。 残る片足はなんのことはない。 密室の一部が仄赤く照っていた。消火器の位置を示す非常灯だった。真っ暗ではなかった。目が慣れたことも手伝い伊津子の縄を解くのに苦労はなかった。 「えーい、こんなもの」 自分のなかにあったものにつづけて、伊津子の処女を奪ったおぞましい凶器をもタイルの床に叩きつけると、必死に介抱した。 「イッちゃん、起きて。逃げるよ!」 正気づかせ、肩を貸して戸のまえまで行った。 鍵がなかから開くことを確認したあと、見張りの手先かなにかを警戒し、廊下のようすをうかがうべく戸を3分の1ほど開けたとき――。 「ダメ、まだ開けちゃ……!」 恐ろしくかすれた、まるで老婆のような声が戸の陰から警告しているのだった。 「あなたは誰なんですか?」 美鈴は訊いたが、ふと、早紀と窮地を脱した夏休みの川村邸で見かけた女性かと思った。 「これ」と言って、なにかが差し出された。 非常灯の明かりにかざし「あっ」と声に出して驚いた。気になっていた愛用のウェストポーチだった。 「大事な、もの、なんでしょ?」 とぎれとぎれの声のあと、足音が聞こえた。 「し、閉めて!」 ぽっと廊下が仄明るくなった。美鈴はあわてて戸を閉めたが、閉める間際、懐中電灯に照らされ、ちらっと警告の主の背中が見えた。 思わず叫ぶところだった。 ヤケド、打ち身、鞭痕……さまざまな傷で一面どす黒く変色した、およそ人の身体とは思えない無惨な様相だった。そして奴らの声―― 「こんなところでなにしてるっ!?」 「よく、ここまで……!」 詰問と感嘆、そして絶句。やがて足音が通りすぎ、反対側の奥のほうに消えていったが、その間美鈴は息を殺して石になっていた。 「ぎゃああっ!!」 突然血を吐くような絶叫に美鈴はぞっとした。 (し、死んだ!?) 足がすくみ、背筋が凍り、その場にへたり込んでしまった。 また足音が近づいてくる。そして、こんどは勢いよく戸を開けて、懐中電灯の明かりといっしょに入ってきた。 美鈴が、つぎに伊津子が明かりに照らされた。 観念した。もうどうにでもなれと思った。 「ああ良かった。生きていた」 そう言って黒い影は伊津子を背負い、美鈴の手を引いた。 「逃げましょう。案内するわ」 梨沙だとばかり思った美鈴はもう、なにがなんだかわからなくなり、謎の案内人がみどりらが去った方向に向かっているのも気にせず、ひたすら運を天にまかせる気持ちだった。 煙に巻かれ、追いかけられ、むせて咳きこむ伊津子を気遣いながら必死に走った。 懐中電灯の明かりが行き止まりを照らした。同行者はいったん電灯を床に置いて、手探りでなにか捜し当てガタガタ揺らした。と、壁の一角がはずれて光と外気が飛び込んだ。 「抜け穴? よくこんなところ……」 「お母さんが、『おまえはあまり覚えられないけど、これだけは』といって、旅館なんかでヒジョー口というんですか?……いつか梨沙さんに教えられ、ココもそんなところなのかと」 伊津子に肩を貸して外へと脱け出しながら片言のような言い方で告白した。 「あっ……」と指さし、なにか言いかけた美鈴が、裸の伊津子に自分のジャンパーを貸してやり、その下からあらわれたセーラー服とF高の徴証で案内人が誰かやっとわかった。 「サツキさん!」 「はい。あなたは美鈴さんでしょう?」 ニッコリした顔は、確かにみどりらになぶられる修羅場で何度か見た、あのサツキだった。 そうして生還することになった感激に、 「いいお母さんだね、ほんとに!」 美鈴はサツキに抱きつき、涙を流した。 「おーい、ここに少女たちがいるぞー」 刑事の声が聞こえた。 間もなく外の狭い石段をひしめくように通って、大勢の刑事が救出に駆け下りてきた。 ここからだと4階分はありそうな建物を見上げたとき、逆巻く真っ黒い猛煙のなか、立ちのぼる炎が空をなめていた。 その間美鈴は寒風にさらされ茫然とたたずんでいたが、シュミーズだけの下着半裸姿でありながら、そこまできていた火勢の熱気でまったく寒さなど感じてなかった。 1時間後―― パーカー邸を焼き尽くした火もおさまり、消火を終えた消防車が帰りじたくをはじめ、焼け跡には刑事らがはいって現場検証を開始していた。 救急車のそばで毛布をかぶった伊津子が、医師の問診を受けながらガタガタ震えていた。震えはもちろん寒さのせいではない。そばにジャンパー姿のサツキが心配そうに付き添っていた。 裕美が缶コーヒーを抱え持って帰り、伊津子とサツキに、それからこちらに近づき、腰を屈めて向かい合うと、2本あるうちの1本をそっと差し出し、「美鈴ちゃん」と声をかけた。 その一言には、「がんばったね」「よく生きてたね」というほか、裕美の美鈴へのいたわりをふくむ万感の思いが込められていた。 「裕美さん。イッちゃんを早く病院に連れてってあげてください」 熱々の缶コーヒーを受け取りながらも、いの一番にそれを願いでた。 「あなたはだいじょうぶなの?」 「わたしなんかよりイッちゃんのほうがずっと――。ねえ、事情聴取ならすべてわたしが……だから、イッちゃんを早く病院へ!」 強い調子で押しまくられ裕美がうなずいた。 立って振り返ると、こっちを見ている刑事に高く手をかかげて合図を送った。 すぐさま担架が降ろされ、伊津子が運ばれ、バタンとドアを閉じた救急車が、サイレンを響かせて走り去った。 それはまたたく間のできごとだったが、そのあと消防車が半鐘を鳴らして1台、2台と反転して行くなか、美鈴は思いがけず、そして衝撃的な2つの場面を目撃することになった。 焼け跡から運び出される担架を見たサツキが、その場にくずおれて「わっ」と泣き伏したのだ。 「あーっ! 梨沙さん。梨沙さーんっ!」 絶叫するその姿にもおどろいたが、刑事が止めるのも聞かずすがりつくサツキの下になって、掛けた毛布がずれて黒焦げの遺体の一部がはみ出た。それも美鈴の目に触れたのである。 一方、裕美の目は焼けた建物とは反対の方角を向いていた。 (いったいみどりたちはどこへ消えたのか!?) 地下室から外に通ずる隠し扉からでてきたのは美鈴、伊津子、サツキ以外にない。そこは刑事が張っていたのだ。 ところで、倉庫に接触したタンクローリー車は、洋館からの出火直後にいなくなっていた。 「銃声2発。泡を食らって退散したか」 なにも知らぬ刑事はそう言って笑ったが、裕美は焼け落ちた屋敷からの距離を目測した。 「倉庫まで50メートル内……まさか!?」 その「まさか」は、倉庫内の検分からもどった宇津木と刑事のことばで本物になった。 「やはりトンネルが通っていたよ」 「では、あのタンクローリーは目くらまし!?」 「下に撒いてあったのもただの水。漏れ出た大量の油、というのも臭いだけのまやかしだった」 「それに、あの倉庫はもともとパーカー氏の所有で、近所の農家が借りていたんだそうです」 いっしょの刑事の補足で愕然と肩を落とした。 また、別の刑事が駆けつけた。 「こんなものが焼死体の手と足にからまってましたが、なんでしょう」 それは透明の糸に見え、東の断崖近くで裕美が拾ってきたものよりはずっと細いものだった。 「なんでいつもテグスなんだよぉ」とつぶやいたあと、 「結局また、逃げられたな」 宇津木がげっそりとした顔でガックリ膝をついた。 |