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| ――ここはどこだろう。 有沢いさ子は、夢か現実かわからぬ朦朧のなかにいた。 麻薬のせいもあろうが、連日の凌辱、拷問によって、もはや精神が錯乱しているのだろう。 あれは誰だ? 十字架に架けられ、釘を打たれた足の甲から血を流しているのは自分によく似た誰かのようであり、鏡に映った自分かも知れない。 そしてまた、あの女の声が聞こえる! 「好きな曲を子守唄に死んだんだから、梨沙もさぞ本望よ。あとは〈あいつ〉の料理だわね」 「そうよ。あんな愉しいこと、もったいなくて日本じゃできない。わたしの国じゃなきゃ!」 それに男の声が答える。流暢とはいえないまでも外人にしては慣れた日本語をつかった。 「これは“空の司令塔”といってね、ダグラス社が誇る、自慢の専用機だ」 すかさず男の妻が切り返した。 「わたしなら“空の拷問室”というな。 さあミドリ、住みなれた日本をじっくりとその目に焼き付けておきなさいね」 「もういいわよ、こんな国――。それより、退屈しのぎにまたあいつをオモチャにするわ」 そのことばのすぐあとで、 ――う、くあーっ! ひきつった悲鳴が機内に充満した。 ああ、またわたしが壊れてゆく……いさ子は幻覚のなかで煩悶した。 その日、美鈴は京子とバラ屋敷の焼け跡にいた。 2日前の大雪で一面銀世界となり、これが1週間まえのおなじ場所とはとても思えなかった。 裕美も、宇津木ときていた。 「またK市内のある場所から、例のパーティ参加者の変死体が見つかったそうですね」 「みんな口の軽い連中だそうだよ。短いあいだにこんなことできるのは、奴以外にない!」 裕美が、宇津木のことばのなかから懸命に手がかりを求めて訊ねた。 「神谷刑事は、たしか自衛隊のレンジャー部隊にいたんでしたっけねえ」 「ああ、そうだ。それがなにか?」 裕美にはテグスが気になってしかたない。それと早紀が消えたといわれる断崖近くにいて変死した老人が遺した謎のことば。そもそも早紀がそこに行ったということ自体信じられない。 ――なんですかねえ、〈天女〉が〈羽衣〉を着て、崖のあたりを〈舞い上がったり降りたり〉してたってんですよ…… 宇津木と散策していて、土地の主婦が言ったことばを噛みしめていた。 (梨沙と早紀。体型の似た2人。羽衣が合羽で、天女が神谷。嵐の夜、目撃された2人。神谷ならあの崖をよじ登ることも降りることも可能だ。しかし、それとテグスがどう結びつくのか……) ただ、そんな推理もいまとなっては何の役にも立たないだろう。 これが米軍の犯罪とは思わない。ただ、猟奇殺人にかかわったイングリッドに、米軍特殊機関の任務に就く夫がいた。それだけでこの国では事件は闇のなかに葬り去られたも同然なのだ。 「美鈴ちゃん、ごめんね」 裕美は謝らずにいられなかった。 「え?」 「早紀ちゃんを助けられなかった。正義の味方を気取っていても、わたしたち一介の刑事なんて大きな力のまえには情けないほど無力だわ」 宇津木もだまって頭を垂れていた。 「ねえ、刑事さん。焼け跡からでてきた死体は、ほんとに一つだけだったんですか?」 「ああ、そうだよ。まちがいない」 「良かった。あのとき死んだんじゃなかったんだ」 一時胸をなで下ろした美鈴だったが、だがすぐまた重い気持ちに落ち込んだ。 その思いは裕美とておなじだった。だが裕美は、いつか美鈴が口にした、みどりが言っていたという“究極の儀式”を思い出し、さらにむごたらしい仮定を想像していた。 ブルドーザーが黒い骨組みだけのパーカー邸に向かって動きだし、白い雪原にキャタピラーの轍をくっきりと刻んでいった。 不意に遠くからプロペラ機の爆音が聞こえた。 自衛隊航空基地のあるC市の方角から、レーダーを背負った哨戒機が飛来した。それが方角ちがいなはずの日本海上空を旋回し、それから美鈴たちのうえをゆっくりと行き過ぎた。 「あんなに低く飛ぶなんて……」 「見せつけてるとしか思えない!」 宇津木が吐き捨てるように言ったとき、ブルドーザーに押された残骸のパーカー邸が音を立てて崩れ去り、瓦礫の向こうに茫洋として大海原が広がった。 美鈴が、口を半開きにして空を見上げた。 「え? すずちゃんなあに?」 「ううん、なんでもない」 寂しく笑って首を振った。 消えゆく爆音にまじって自分の名を呼ぶ声を聞いた気がしたのだが、それが空耳であると知って無性に哀しくなった。 「早紀ちゃん……!」 あふれる涙をこらえきれなかった。 慟哭する美鈴の震える肩を京子が抱きしめたとき、蒼茫たる海の彼方で船の汽笛が鳴りひびいた。 |