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プロローグ 希望の旅立ち


 7月の初旬、蝉の鳴き声が目立つころ、秋田県のとある街の駅での出来事だった。

 プルプルプル……。
「まもなく3番線から上野行きの特急列車が発車いたします……」
 東京行きの電車が、初夏のまぶしい光を浴びて出発をまっている。
 2人の少女が、大きなバックを抱えて階段を駆け上がってくる。
 白と紺のセーラー服から、真っ赤なスカーフをいっぱい踊らせて電車に飛び乗った。
「ついに計画実行ね!」と美紀。
「うん、もうこの街ともお別れね!」とわたし。
 こうして東北の小さな街の小さな3人は、これからの夢いっぱいの冒険に、遠足気分みたいにはしゃいだ。
 電車の扉が今までの生活の幕を閉じるかのように静かに閉まる。
 そして電車は静かに“新しい世界”へと3人を運んでいく。

 電車の窓から、だんだん街の景色が小さくなっていく。
「わたしたち、これから自由だね!」
 明るくはずむ美紀の声に、3人の中でも一番おとなしい性格の香奈が、小さなリュックを膝の上で大切そうに抱えてうなずく。
「うん。とうとう来ちゃったのね」
「なによぉ! 香奈、後悔してるの?」
 すこし意地悪そうに美紀が香奈の気持ちをたしかめる。

 井上美紀――今回の家出計画の立案者。インターネットで知り合った芸能関係のお仕事をしている彼を求めて東京へ……本音は芸能界目指すとても活発で、ボーイッシュなおてんば娘の14才。
 母親は水商売という、母子家庭の寂しい環境で育った寂しがり屋。強がりは言うくせに、本心と違うことを言ったりして正直に自分が表現できない。だけど香奈にだけは少しだけ心を開いてる。

 鈴木香奈――おとなしいけれど、とても我慢強い14才。
 小学校の頃から美紀と同じクラスだったが、いつもイジメを受け、そのたびに美紀に助けられて、美紀をとても信頼している。そんな美紀も香奈の優しさを求めて頼ってるし、誰にでも優しい女の子。

 そしてわたし、小林千彰[ちあき]――スポーツ大好きな14才。
 美紀と香奈とは、転校する前までは同じクラスだったの。その学校ではテニス部で活躍してたけど、転校してはじめて、イジメってものを体験した。
 無視されたり物隠されたり、別にわたしが何かしたわけでもないのにどうしてなの? そんな毎日がイヤになり、以前の楽しかった思い出に負け、美紀に付き合ってわたしまで家出する羽目に……。

――夢は東京へ行って芸能界に入ること!

 美紀がそれを教えてくれた。東京にいる美紀の彼がスカウトしてくれて、芸能界へ入れるって! だから今は芸能界へはいってみんなを驚かせてあげたい。

「千彰、絶対スカウトされるよ、かわいいもん!」
「本当に? すごく楽しみだね。美紀も香奈も一緒に芸能界入ろうね!」
「うん……でもわたしは平気かなぁ?」
 香奈は不安いっぱいの顔をした。
「いまさらなによ! わたしに任せて! 香奈ぐらい面倒見るわよ!」
「じゃあ、わたしは面倒みれないのぉ?」
「みるよぉ! わたしがみーんなみちゃう!」
「すごい自信……すごい!」
 美紀の太鼓判で気が大きくなり、3人で笑いの大合唱をひびかせた。

 夢電車にゆられて「東京」へ……。
 大きな希望を求め、夢の街「東京」へ……。

 近づく窓の外の東京は3人の思っていた以上に大きく、少し心細く感じた。
 永遠に続く同じような家並みがずっとずっと続く……。
 美紀の知り合いの彼が、本当に迎えに来ているのかさえ不安。
 すこし恐い反面、もう後戻りできないんだしと、期待と不安が一緒になってく。
 わたしは制服のベストのボタンを閉め、リボンを結び尚した。少しでも2人より可愛く見られたいのが本音だったし……わたしだけ違う制服だったのも有利に思えてきて、なんかドキドキしてくる。
「なに千彰だけ可愛くなろうとしてるの?」
「ドキッ! 痛いところをつかれちゃった」
 そんなわたしを見て、おとなしい香奈が笑ってる。すこし恥ずかしかった。

「上野ぉ、上野ぉ、お忘れ物ないように……」
 電車が上野駅のホームに着くと、扉が開いて、なんか苦臭い空気がドドッと入ってきた。
「これが東京の臭いなの? く・さ・い」
 わたしは美紀の後ろをピッタリと付く、香奈のまた後ろを追って電車から降りた。
 黒いサングラスをかけた男の人ふたりが美紀に近寄ってきた。背が高くて一見タレントみたいな感じ……
 そして年上の方の男の人がサングラスを右手でとると美紀に声をかけてきた。
「美紀ちゃんかな?」
「は、はい」
(すごい。この人、芸能界の人……? いっぱいタレントとか知ってるんだ! すごい!)
 わたしは無我夢中で香奈を押しのけ、美紀の隣へ出ちゃう。
「はじめまして、ディド企画の山崎猛」
「い、井上、美紀、です」
「セーラー服似合ってて可愛いね。あれ? お友達は制服違うけど、同じ学校じゃないんだ!」
「はい。この子は違う学校の友達です」
「へぇー、すごい懐かしい制服だね。田舎っぽい! でもそれが可愛いよ」
 グサッ! やっぱり派手なセーラー服が受けるんだよね。わたしだって可愛いチェックの制服にあこがれてた。紺色のベストとスカートなんて東京じゃダサイのね。今思い出しても、あのときの地味な制服姿の自分が恥ずかしかった。
 とはいえ人間たいせつなのは中身だもん! と、自分で自分をなぐさめた。
 それを知ってか知らずか、
「うちのオーナーは女性ですからね、安心して下さい。皆さんを歓迎します。
 じゃあ、車を待たせていますから、行きましょう!」
 3人そろって「はい!」と答えたものの、これから起こることなど、想像すら出来なかった。
 ただ、そのときには、東京で芸能界のお仕事をしている人といっしょにいる、それがまるで夢のように思えた。

 わたしたち3人は、事務所の人に前と後ろでガードされるようにして、一列で待機中の車まで行った。
 8人位は乗れる大きな車に乗せられ、事務所に向かった。
 車のなかで、
「ベストの彼女は、彼氏とかいるの?」
 来たっ! わたしへの質問……。
「い、い、いいえ、いません!」
「かわいいじゃん。絶対売れるよ」
「ほ、ほんとうにですか?」
「うん! 男の子に〈もてる〉よ!」
 やったー! すごくうれしかった。
 お世辞でもうれしかった。それが、どんな意味の「もて方」なのかは、まだ子供だったわたしには想像出来なかったが……。

 ウキウキしながら車は、新宿にある事務所へ着いた。
 なんかゴミゴミした細い路地。とてもカビ臭い感じ……。
 車を降りるとすぐ、トランクに積まれている荷物を取りに後ろへ回ろうとしたが、猛さんの部下らしき人が怒ったような顔をしてわたしを睨みつける。
「恐い……どうして」
「荷物は後で運ぶからいいよ!」
 きつく睨まれ、それ以上訊けなかったし、ただ言われるままに暗い階段を上がった。
「美紀、こんな暗い階段って……本当に芸能事務所なの?」
 不安で、半分恐かったけれど、タレントになりたかったのも半分あって、言われるとおり階段を上がった。
 何階まで上がったのかなぁ?
 階段を上がりきると、窓から明るい光がいっぱい入り込んだ応接間に通された。
 応接間には水着姿のタレントらしき女性のポスターが飾ってある。
「水着……? 胸自信ないし……あれじゃあ下着と同じだょ」
 ビキニ姿のポスターがとてもエッチに見えたのと、タレントとはほど遠いいわたしがダブって見えてたちまち自信を喪った。
 小さな応接室はクーラーが効いてなく、とても暑かった。
 30分位待って、やっと事務所の会長さんと女性オーナーが応接室に入って来た。
「ここの会長の古武だ。よろしく。君たちは家出してまでタレントになりたいみたいだね」
「はい。なりたいです。どんな苦労も頑張りますからよろしくお願いします」
 なにごとにも積極的な美紀が、代表して答えた。
「いい心構えだ。がんばれよ!」
「はい!」と、これは3人そろって返事した。
「ここのオーナーの八重子くんだ。彼女は怒らせるととても恐い。君たちを指導してくれるし、世話もしてくれる女性の一人だ。言うことを聞くんだぞ!」
「はい」
 また3人いっしょに答えた。
「ここのオーナーの八重子です。あなた方の住まいはこのビルの8階です。そこで充分な教育を受けてもらいます。当分の間、外出も許されません。反抗した者には厳しい〈懲罰〉が科せられます。
 もう後戻りできないのですよ!」
 部屋の暑さと、想像していたものと違う現実にびっくりしたわたしたち。
 出されたコーラに口をつけた。冷たいものが心地よく喉を潤す。が、
「外出できないの?」
「それじゃあ、まるで……」
 あとのことばを呑み込むのにやっとだった。
「わたし帰る……」
 心細さに絶えきれずつぶやいた香奈に、
「おだまり!」
 八重子さんが立ち上がった。
 でも、その姿が千彰の目には変だった。

――わたしは水の中にいるの? まるで水の中から見ているみたい……八重子さんが何かしゃべっている。でも大きく口を開け、パクパクしているだけで何を言ってるのかわからない。

 急に眠気が来て、千彰は深い眠りに落ちていった。

 クーラーの寒さで目が覚めたとき、千彰と香奈は事務所奥のソファーの上で寝ていた。お互い、どうしてコーラを飲んでから寝てしまったのか不思議だった。
「あら目が覚めたかしら。疲れてたようね」と八重子。
「すごく眠くなっちゃって寝ちゃいました」と千彰。
「美紀ちゃんは?」
 香奈がもう1人の友達をさがす。
「美紀、どこいっちゃったの?」
 千彰も心配になった。
「美紀さんにはまず最初ダンスレッスンから受けてもらうわ。わたしの知り合いの事務所で2ヶ月間みっちりダンスを勉強してもらうことにしたの。あんたたちも頑張らないと、美紀さんに負けちゃうわよ。
 人のことより、まず自分のこと考えなさい。みんな敵なの。あなた達もしばらくバラバラに勉強してもらうけどいいわね!」
 八重子に反論しても聞いてもらえないとわかり、千彰も香奈も美紀に負けないで頑張ることにした。
 2人はそれから別々、鍵の付いた個室の部屋での生活が始まった。生活というより監禁といってもおかしくなかった。

 その後、千彰が香奈と会うことはなかった。ある出来事が起こるまでは……。

「第1章−1.美紀の試練」へつづく

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