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大江戸線車いす漫歩

麻布十番駅


 六本木駅から南へ下りしばらく行くと、突然にぎやかな麻布十番の商店街が開ける。山の手の特異な繁華街として、また周辺に諸外国の大使館が多く外国人も散策する街として、若者の人気も高い。このような麻布十番の周辺も、東京オリンピック以降、風景を一変させてしまった周りの街からは取りのこされ、時がそのまま止まったかのような風情を今にのこす。麻布十番駅は、そんなレトロな街のイメージに加えて、大江戸線・南北線の開通により今後の街の発展を予感させる。(東京都地下鉄建設株式会社発行「駅デザインとパブリックアート」より)

●キムチに誘われ
 2月のある朝、NHKの情報関連番組『生活ほっとモーニング』で、麻布十番にあるキムチ店の名がでた。ゲストの志垣太郎が絶賛していたのに注目。このあいだあたりから食べている東新宿駅近く、韓国広場のキムチと食べくらべるべく、麻布十番に行こうと決めた。
「こちらNHKです」
 若い女性の声で電話交換嬢がこたえた。
「視聴者センターおねがいします」
 行ったはいいが階段などで車いすで入れないでは困るので、NHKで電話番号を聞いて、事前に確かめようと思ったからだ。
「きのう放送分ですよ」
 センターの担当も女性だった。
「……あ、これですねえ。スズメの店……」
 おもわず吹き出すところだった。
「雀じゃなく、それは崔(さい)の店ってんですよ」
 似てるといえば似た字だからしかたないが、ただしく指摘して、番号を訊く。
 店員は朝鮮の人らしく、かたことといった日本語で、入口に段差があることを告げた。しかし、
「頑張っちゃいば、大丈夫デショー」
 ホントに大丈夫かな。
 空はどんよりと曇って、いまにも降りそうな気配。
 地元蔵前駅の改札口で、ホームと電車のすき間のある駅がどこそことたしかめるが、他の駅のことは把握してないふうだった。ただ、基本的には「大江戸線は大丈夫かと」。安全を期して先頭車両に乗った。ちなみに、このときは、片道を1回と数えて大江戸線乗車回数13回目のほやほや体験のころ。
 思えば蔵前から見て両国方向に乗るのは初めて。じっくり外を見ながら乗っていたが、清澄白河の駅でホームがふたつに分かれていたのを不思議に思う(回送電車の入れ替えのためと知るのはずっと先)。
 麻布十番の地下道はなんとエレベーターをさらにひとつ乗り継ぐ必要があり、出口までが迷路のようにわずかだが入り組んでいる。
 きのうの番組でも、「(麻布十番は)修理した椅子みたい。古いものと新しいものが同居している」と言って、志垣太郎らゲストに「うまいことを言う」と絶賛された司会者・杉浦圭子だが、大江戸線を降りたところはグルメでもなんでもなく、高速道路の高架が上をうねって走るだけの小さな町並み。
 駅を降りたばかりではよくわからない。ホンマタイムスの記事にする以上は、インターネット検索で詳しいことを調べよう。ともあれ、今日は天気も悪いので偵察だけにしておこう。
 広い通りに出てすぐ、年配のサラリーマン風のおじさんに韓国大使館を訊いたが、「あの坂上がっていくの!?」と驚いていた。
 首都高速都心環状線が上を通る桜田通りを一の橋から二の橋へ、そこを右に曲がるとすぐ仙台坂の急斜面にかかる。しゃれたパン屋に入って崔の店を尋ねるが、レジの女の子は「この辺の者じゃないもので」。
 まあ、大丈夫だろうと坂を上って行くと、間もなく機動隊が警備している韓国大使館がある。警官に尋ねてもわからない。目の前に韓国食品店があるが、店の名前も電話番号も違うようだ。
 入口には確かに頑張って上げればなんとかなりそうな段差があるが、「テレビで出た崔の店」と言ったら、出てきた兄ちゃんにここではない「元の道の2つ目の信号を左に入る」と教えられた。
 それにしても歩道は狭く、道路に向かって急角度のかまぼこ型の上、車の通りは激しい。よっぽど気をつけないとトラックにはね飛ばされそうだ。
 角を曲がって行くと左に善福寺が見え、かたまっていくつものお寺がある。
 ほどなく細い通りの右方にハングル文字の看板が見え、日本語でも「崔の店」とある。間違いない。
 小さな店だった。ここにも頑張れば上がれる段差があるが、頑張っても入れそうもないのは、間口の狭さ。悪いと思いつつ、戸を開けて用を伝える。テレビに映ってたおばさんの顔そのものだった。
「テレビに出たから、凄いでしょう」
「牡蛎(かき)キムチばかり出て、すぐなくなってしまったー」
 あー。番組でゲストが食べていたのは、その牡蛎の入ったキムチだった。日本人はというか、なんによらずそうなのかは知らないが、メディアに乗るとうまかろうがまずかろうが自分の舌で確かめるより先に、手っ取り早く取り上げられたものに飛びつく。愚かなことよ。
 1000円で1キロないというから、韓国広場のよりは高い。しかし見た目ではうまそうだ。一つと言って、すぐ思いなおしてもう1つ追加した。
「おウチは近いんですか?」
「いや、近くはないけど」
「じゃ、新聞紙で包装します」
「電車で帰るんだけど、やっぱり匂うかね」
「匂いますよー」
 なにか白いものが落ちてくると思い、空を見上げて雪が降っているのに気づいた。こりゃ大変だ。どうりで、どんよりと重い空だった。松坂屋は明日にしようと思っていたが、このあたりで他に食料品買い込む場所もなさそうだし、やっぱり松坂屋まで電車の足を伸ばし、吉池で買い物して帰ろう。
 二つ目は大マケで、本来なら1300円はする大きいのを付けてくれた。
 崔の店をあとにした頃、けっこう大降りになり、雪に追われるようにして地下鉄の駅へ急ぐ。

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