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大江戸線車いす漫歩

大門駅


 大門駅周辺は、かつて芝増上寺の門前町としてにぎわった、江戸時代以来の伝統ある土地柄である。一歩路地に踏み込めば、今でもほのかに下町の薫りを感じさせる。
 現在は商業・オフィス地区となっており、またJR、バス、地下鉄、連絡船、モノレールなど、陸海空の多用な交通網の交流・分岐点でもあり、地上、地下、海、空への国際的ゲートという顔を併せ持つ。世界貿易センタービルに象徴されるビジネスセンターとしても、国際性を強く感じさせる地域であり、汐留地区との連携も含め、今後ますますインターナショナルなエリアとなっていくことは想像にかたくない。(東京都地下鉄建設株式会社発行「駅デザインとパブリックアート」より)

●車いす記者魂再燃!
 大門駅のことを語るのに、築地市場駅の話からはじめる面妖さを、まずおゆるしねがいたい。いや、さらにその前に、ホームページで書いている当バリアフリーエッセイ、『大江戸線車いす漫歩』がとりもつ縁、という話も書いておかなければならない。
 そもそもの発端は1年前の5月いまごろ、某有名企業に勤める人からとどいた1通のメールbb。

 突然のメールで失礼いたします。
 ホームページを拝見し、メールさせていただいています。
 現在、弊社では、「大江戸線の全線開通ケースから交通バリアフリーの社会的効果」に関する調査研究を進めており、大江戸線を利用されている車いすの方や視覚障害者の方々から利用状況などについてお話を伺っております。
 突然のお願いで恐縮ではありますが、大江戸線について、公共交通のバリアフリーについて、など本間さんからお話を伺うことはできないでしょうか。

 それから数日後、メールをくれた本人に、先輩格の同僚をくわえた2人が訪問した。
 すでに大江戸線開通から半年たちつつあり、片道1回として100回乗車の経験を重ね、自分なりの意見をあれこれ持っていたので話ははずんだ。
 質問も応答も、おもに先輩格の男性が中心にひきうけてすすんだが、
「今日は女性編集者もいっしょに来るはずだったのですがねえ」
 そのことばに、俺のなかにある女性探知アンテナの触角が、ぷるるんっと、ふるえた。
「なかなかの美人ですよ」
 こんどはぷるるん、ぷるるん、2度はげしくふるえた。
「彼女をまじえて飲みましょうよ。近々お誘いしますよ」
 なんといういい人だろう。この彼氏となら、末永く大事につきあいたいものだとそのときは思ったのだが、このはなしはついにナシのつぶてとなってしまった。
 そして8月になり、少しく気になっていたものの、その後まったく音沙汰なく、「調子の良い連中」と腹を立てたこともあるにはあったが、それも忘れて頭の片すみにもなくなったころのこと。
 なんと、くだんの話にでてきた女性編集者本人からメールが舞いこんだのである。
 飲み会の誘いではなかった。彼女が担当する雑誌でコラムを担当してもらえまいか、車いすでスムーズに使える「バリアフリーな映画館情報」とのこと。それならホームページで経験ずみ、お手のものだからと二つ返事で引き受けるつもりだった。
 ただしかし、これは彼女には言いがかりめいたことなのだが、前回取材できた連中に約束の飲み会をホゴにされた怨みもあり、それをうだうだ説明したあげく、さしつかえなくば外で一杯やりながら打ち合わせましょうよと持ちかけてみた。結果はオーケーである。
 新宿西口小田急ハルク前、エルタワー地下の居酒屋で会うことになった。そこを指定したのは女性編集者である。映画館情報はともかく、女性とふたりきりで一杯などという経験はついぞなく、デートスポット情報などからきしだったので、場所選びは彼女に一任したのだ。
 席について初めて、まじまじと対面する。有働由美子と渡辺満里奈を足して2で割ったような顔立ち。顔よりなにより、エレベーターでいっしょするとき、ちらっと見た手と足の先の爪、マニキュアをいっさいしてないのがピュアな感じで気に入った。
「『シネマ探検隊』拝見しましたよ。映画の好みが若いですねえ」
 そんなことを言われては、つい、いい気になる。
「まあ、好き嫌いはあるでしょうが、映画の見方は独特の視点をもってますから……」
「あ、でも、今回はソフトの面はいいんです。あくまでもハード面の紹介で……」
 のっけから釘を刺された。
(独断と偏見の映画紹介なんぞ、書いてもらっても迷惑ということか)
 ちょっとムッとしたものの、そこはビジネス。はっきりと割り切った物言いに、かえってしっかりした性格の印象も持てた。
 映画館の紹介記事プラス、写真2、3枚、それの撮影込みで1万円、原稿のスペースは雑誌半ページ分とのこと。
(なんだよ、もっと書かせろよ)
 また不満が首をもたげたが、少ないほうが楽でいいかとも。ただ、半ページ1万円が安いのか高いのか見当つきかねる。それに、俺に写真撮影までさせるとは、いい度胸だとも思った。
 ここで女性編集者とのロマンスでも生まれれば、それこそ大江戸線車いす漫歩に新境地といったところなのだろうが、残念ながらというか、大方の読者の予想どおり、これはもう望むべくもない。
 それでも酔ったいきおいから、「こんど家に遊びにきませんか」などと誘ってみたりもした。もちろん、けんもほろろである。それどころか、じっとしていても彼女の心の声が聞こえてきそうなくらいだ。
〈障害者だからって、差別なんかしてませんからね。
 だって、おかしいと思いません? 気持ち悪いじゃありませんか。歳だって離れすぎてるし……。
 わたし、本間さんとおなじくらいの歳のお父さんがいるんですよ〉
 俺もそんな年齢になったってことだよ。
 それでも、このコラム担当には燃えるものがあった。何十年か前、ミニコミ新聞を発行していたころの車いす記者魂がよみがえったからである。
 第一回目は、日比谷スカラ座に決まった。
 仕事を終えてすこし時間をつぶし、映画を観に行くよりは遅い時間に蔵前から大江戸線に乗った。いつものように築地市場駅を降り、朝日新聞社のビルを横目に昭和通りへ向かう。
 広い通りにでると、そこは陸橋にはばまれ、エスカレーター階段は車いすでは超えられないので、道なりに右折して銀座方面へと突き進む。そしてこの、いま過ぎたばかりの陸橋が、のちにくせ者となる。
 くせ者のもうひとつは、取材先のスカラ座自身だった。事前の打ち合わせで、館の照明が相当に暗いことがわかり、スローシャッターで手ぶれなく撮るには三脚固定が必要となるからだ。そのため、まずよけいな出費を強いられた。
 銀座のそごうは潰れたあと、全館ビッグカメラに衣替えしていた。地下2階で、ASA感度1600のフィルムを、愛用のリコーの一眼レフに入れてもらい、さらに4000円の三脚を付けてもらった。
 いったんはずしたら、また自分で組み立てる自信がなく、三脚にカメラを付けたまま、それをかついで歩いて5分ほどのスカラ座まで出かける。
 8時を過ぎたばかりで、約束の8時半にはまだ間がある。入れ替え制の劇場だから、最終回の客を入れたあとは切符売り場も店じまい。そのひっそり閑としたスカラ座は、2つあるシアターのひとつで『千と千尋の神隠し』を上映はじめたころだった。
 まさかそれが43週という大ロングランを続け、なおとどまることを知らぬヒットを飛ばすなどということは想像もできず、俺はその看板のそばに三脚をかまえてテストめいたことを繰り返していた。
 ミニコミ新聞を発行していたのははるか四半世紀も前。当時カメラは取材の必需品、記事に困ってヒッチハイクを思いついたときには、寝袋といっしょに手こぎの車いすにカメラぶらさげ、座席シートの下に三脚を突っ込んで旅したものだ。そして行く先々でカメラを三脚固定し、セルフタイマー駆使による自身の記録を撮りつづけてきたのである。
 それからほとんどカメラは使っていない。だから、まったく自信がなかった。ASA1600という高感度撮影することも、友だちのカメラマンに電話でレクチャーを受けた結果だった。何度か足を運ぶのはいいとしても、そのたびに映画館の支配人らの手をわずらわすわけにはいかず、だから失敗は許されない。
 やがて中から職員の姿があらわれ、専用エレベーターで映画館のある地下まで降ろしてもらい、支配人にインタビューのあと、映画の終了を待つあいだ車いす用トイレを、そして映画が終わったあとは劇場内、および車いす専用席をカメラに収めた。
 この撮影は大成功であった。写真はほとんどベターな仕上がり、ピントも構図もほぼ狙い目どおり、まず、第一回目としては鼻高々な成果であったのだ。
 そして、2回目は、お台場・アクアシティ内のシネマメディアージュ取材ということになった。隔月発行の雑誌は、ちょうどクリスマス時期に合わせた発行ということで、内容も若い人向きに合わせた文章と、意欲満々だった。しかし、日比谷スカラ座の撮影の成功が、2回目3回目の失敗につながることになるとは……。
 どうしてか、わかりますか? 答えはあとのお楽しみということに。

●長い道
 我が家にくることなど、けんもほろろの調子だった有働由美子と渡辺満里奈を足して2で割ったような顔立ちの女性編集者が、結果的には、つぎの取材の打ち合わせと称して訪ねてくれることになった。
 向かいのコーヒー館からコーヒーを運ばせ、「コーヒーの出前なんて、カッコイイですねえ」といわれていい気になっていた。
「出前、よく取るんですか?」
「まあ、お得意さんとはちょくちょく」
 大ウソである。そんな豪儀なことはしたためしがないし、お得意さんがたびたびくるほど仕事も忙しくはない。
 たまに女性がくるといって、部屋の整頓に造作をかけるなど男の沽券にかかわるが、パソコンラックの上にならぶ本は気になった。『江戸の女性』『江戸の色道』はともかく、『今どきの拷問術』と『ひとりHマニュアル』だけは隠すべきであった。
 女性編集者の訪問から1週間後に取材と決まった。12あるシアターが第1回目上映をはじまる前、朝10時から10時半のあいだに写真撮影を終えてほしい、一般マスコミにもそう願っているからとの映画館側からのお達しがファクスされてきた。
 そして取材当日bb。その日は朝から冷たい雨が降っていた。
 雨は前日から心配されていたが、台東区登録のリフトタクシーは、必要な午前中いっぱい先約が占めてムリ。どだい800人の登録者数に1台の割り当てでは、急場の用にはほとんど役にたたない状態なのだ。
 べつに雨で臆することはないが、慣れない場所で時間通りに着けるかどうか、気がかりはそれだけだった。
 実はその前の日曜、下見を兼ねてなにか観に行くつもりだったが、チケットを買うのに1時間も前から列が予想されるといわれてやめたのだ。
 家を8時45分に出る。「楽勝のはずだった」と日記には書いてあるが、10時の約束でこの時間は遅すぎた。
 傘をさして、大江戸線蔵前駅に着くが、ホームで顔なじみの駅員をみつけて話をする。
「築地市場からだと、ゆりかもめの新橋へはだいぶあるんじゃないの? 大門がいいよ。大門で降りれば、歩いたって10分か15分くらいだから」
 駅員は親切に教えてくれた。
 ラッシュがないといわれている大江戸線で初めてラッシュを経験した。蔵前を出て両国、森下、清澄白河でどっとふくれあがり、どうなることかと不安がつのった。しかし、門前仲町でどっと客が降りると、ほっと胸をなでおろした。
 月島、勝どきを電車に揺られながら、胸は逡巡する。
 10分、15分と駅員は言ったが、築地市場から新橋の映画館へ行ったときも、それと近い時間で行けたのではないか。慣れない道で迷ったら、どんなよけいな手間を食うかわからない。そう思い悩んだら、築地市場で電車を降りていた。
 改札を抜けて、トラブルの一つ目にぶちあたった。出口へ上るエレベーターで、行き先階を押してもエレベーターが動かないのである。
「あーっ!?」
 思わず叫んでしまった。2度、3度押してもおなじことだ。
「なんで、こうなるのかな」
 改札へもどりながら、「これで5分、いや10分は足止めされるかも知れない」と焦るばかりだった。
「エレベーターが動きませんっ。困るんだよなー、約束の時間までに着かなきゃなんないんですよーっ」
 改札の駅員に泣きを入れた。
「ちゃんと押しましたか、おかしいなー」
 駅員はいらいらするほど落ち着いた歩調でついて来た。
 ボタンを何度か押して、おなじように動かないので、「でしょう?」と鬼の首でも取った顔で言っていると、急にエレベーターが動き出した。
「えーっ!?」
 なんなんだ? これはと一瞬……。
「そのボタンはやっぱり壊れてますね」
 駅員が操作していたのは、歩ける人が押す高い位置のボタン。高い位置といっても、俺だって手を伸ばせば使える高さだ。上に着くと、こんどは反対側の車いす用ボタンを試した。そっちも大丈夫だった。
 操作ボタンといえば、いつも使うボタン以外頭になかったのだ。我が身のアホさかげんにあきれるしかなかった。
 ふたたび1階に向かい、傘を開いて道を急いだ。急ぐといっても、どんなに急いだとて俺の電動車いすは時速6キロが限度。
 雨は、家を出たときより強く降っている。
 上を高速道路が走る昭和通り。上を走るのは高速ばかりではない。エスカレーター階段の陸橋も、通りに足をかけてまたがっている。この日ばかりは車いすで超えられないのがしゃくの種だ。
 ただし、きのう築地市場駅に電話して、道なりに新橋まで行けるはずと聞いていた。また、仕事関係のお得意さんの一人には、「あの陸橋の下には横断歩道があるはず」とも聞いていた。「道なりにつづく」と「陸橋の下の信号」という2つの情報には明らかにズレがあったが、それを怪しむゆとりはなかった。
 昭和通りを左に曲がって新橋方向に向かったが、道は途中から左に急カーブしており、車が洪水のように行き来するあいだに信号などもなかった。ただ健康者が上り下りする陸橋が、車いすを見下ろして立ちふさがるばかりだった。
 車を車庫から出す人を見つけた。
「ここは渡れないですよねえ」
 確かめるために訊いただけのつもりが、車の窓を開けて顔を見せた人は意外なことを言った。
「この先のエスカレーターねえ。上り口にインターホンがついていて、それを押したら係員が出てきて手伝ってくれるはずですよ」
「え?」
「あれは、すぐそばの駐車場が管理していて、そこの職員が手伝うことになってるんです」
 知らなかった。知らないことはいろいろあるものだ。これで助かったと思った。
 インターホンは確かにあった。しかし呼ぶべきか、それとも回り道して行ってしまうべきか、まだ決心しかねていた。
 ぼたぼたと傘をたたく雨の音を聞きながら、インターホンのボタンを押した。つづけて2回、3回押したが、なんの反応もない。また、いたずらに時間は過ぎていく。
 目の前の駐車場から車が出入りしており、「さっきの人が言っていた駐車場はあれか」と思った。すぐに事務所を訪ねて文句を言った。
「呼べばくることになっているんですがねえ」
 駐車整理しているおじさんに頼むわけにもいかず、しかたなくもどるとインターホンのスピーカーからしきりに声が聞こえていた。
「どうしました? なにか用ですか?」
「なんだ。聞こえてたの? 聞こえてたら来てくれなきゃ困るじゃない」
「何の用か言ってくれなきゃ……。いたずらが多いもんでね。インターホンだけで確かめず行って、誰もいないってことが多いもんで……」
 そりゃ、もっともなことだ。インターホンを押したら、そのさき相手に用件を伝えなくっちゃ。また、よけいな時間を食った。
 ほどなく駐車場係のおじさんとおばさんが、制服の上に透明ビニールの雨合羽を着て出てきた。車いすの後ろを押さえてくれてエスカレーターに乗せ、さっさと運んでくれるのかと思ったのは大まちがいだった。
「さあどうぞ、さあどうぞ」と、一般客が乗って行くのをひとしきり見送ったあと、
「もう、来ないかな」
「もう、いないようですねえ」
「じゃあ、止めるから、あとの人が入って来れないようナワ張ってくれや」
 上と下で声をかけあいながら、のんびりと作業の手順を踏んでいるのだ。
「あの、ちょっと、うしろ押さえてこのまま乗せて行ってもらえるなんてことはできないんですか?」
「お客さんにそんな危ない目は見せられませんよっ!」
 それこそ「とんでもない」といった口振りで、とりつくしまもないのだ。
 もうあきらめるしかない。焦るのはやめた。こうなっては、神サマにいじわるされているとしか思いようがない。こうなったら、運命に身をゆだねるしかないではないか。
「じゃ、お客さん、乗ってください」
 階段の3段分を平らにしたところに車いすを乗せ、係員が前後をはさんでエスカレーターがゆっくり上昇移動を開始した。そして、陸橋の頂上に着いた。
「どちらへ行かれるんですか?」
「ゆりかもめに乗りたいんですよ」
「じゃ、新橋に向かわれるんですね。こちらへどうぞ」
 はじめて陸橋の上から地上を見た。そういえば、上野の昭和通りにも陸橋があって車いすで上がったことがあるが、そこはエレベーターがあって自由に使えた。そこからの眺めも覚えがあるが、なぜか築地市場のそこの方が高さがあるように感じられた。
 「こちらへどうぞ」と言われて向かった下り口は、さっき渡れなかった陸橋の上にあたった。そこをおなじように3段平らにし、エスカレーターを今度は下降移動させて新橋へと一直線に向かう大通りへと下りた。
「帰りはどうされます?」
「帰りはけっこうです」
 こんな悠長は、まっぴらごめんである。
 新橋駅が見えたときは10時を回っていた。そしてやっとゆりかもめの乗り場が見えたというのに、そこでまたヒマを食った。車いす用のエレベーターがどこにあるかわからないのである。階段を伝って行き来する一般客の波をむなしく見送りながら、しかたなくJR新橋駅にとって返してその場所を確かめるしかなかった。
 エレベーターは一般客が出入りする口のすぐわきにあった。しかし目立った表示もなく、雨による見晴らしの悪さが、よけいわかりにくくしていたのだ。
 この日、唯一の教訓は「初めて行く場所には下見を怠るな」である。
 結局、ゆりかもめに乗って新橋を発ったときは、10時15分にもなっていた。もう、そのときには撮影はあきらめていた。それでもあえて行こうとしたのは、それこそ「下見」のつもりであった。

●大江戸線はすべての道に
 大門駅のことを語るのに、なぜ築地市場駅の話からはじめ、ゆりかもめにまで到らなければならないのかといえば、格言にいわく。

    すべての道はローマに通ず

 この世に人間的でないことなど、あるはずがないのだ。人として関わればこそ、網の目のように張り巡らされた交通アクセス路線図のように、それぞれ目的はどこかで通じ合っているものなのだ。
 有働由美子と渡辺満里奈を足して2で割ったような顔立ちの女編集者とお近づきになり、あるバリアフリー雑誌で「車いす映画館ガイド」なるコラムを担当した。
 1回目、日比谷スカラ座、そして2回目、お台場のシネマメディアージュ、ここは前から興味のある映画館だった。それなのに雨にたたられ、初めて利用するゆりかもめ情報不足にたたられ、取材の約束時間をはるかにオーバーしてしまったのだ。
 ただでさえ焦っているのに、新橋駅でゆりかもめの職員に先導されて改札を抜けようとしたが、とたんに遮断機ではじかれブザーを鳴らしてしまった。
「ええっ、なに!?」
 あわてて、他の乗客が抜けていくのを見習った。
 くぐり抜ける際、チケットを改札個所に差すのを忘れたのだ。フリーパスの大江戸線では、そんなことする必要はなかったからだ。
 ホームに出ると、そこはホームドア方式と呼ばれるもので、これは南北線で経験ずみだ。ホーム全体がすっぽりとガラス枠で覆われ、電車とホームのドア越しに乗り降りするから、まちがっても線路に落ちる心配はない。
 万が一ドアにひっかかり、車いすがもたついていたとしても、ドアが閉まらない限り電車は発車しないし、そのまま動けずにいれば監視カメラが見ていて、どこからか職員が駆けつけてくれるという。
「どこにあるのかなあ」
 きょろきょろカメラを探したが見あたらなかった。
「無人運転なんですってねえ」
「はい」
「それで、よく事故が起きないですねえ」
「小さな事故はちょくちょくあるみたいですよ」
「はあっ!?」
 思わず身を浮かしかけたが、詳しく訊く間もなく電車が入ってきた。
 ホームに林立する柱のひとつから収納扉を開け、細長い板を持ち出した。それを電車とホームのあいだに差し渡し、電車との間にできたすき間や段差を解消する。車いすはそこを通って車内に乗り込む。
 その辺のお客がいっせいに立ち上がった。すると、職員は一般席を畳んで空間をつくり、そこがすっぽり車いす専用席になるというわけだ。お客は慣れたもので、その場所も席を空けるタイミングもすっかり心得ていた。
 ところがこちらは、「どうもすみませんねえ」と、ぺこぺこ。都バスの車いす席がこれとおなじ方式だが、これがどうにもイヤで俺はいまだに都バスには乗れない。
 無人のゆりかもめがゆっくりと走り出し、しだいに速度を増していくのが体で感じる。俺のモノレール初体験はこうして始まった。ところがあいにくの雨、窓からはなにも見えるようすがない。
 始発駅を出て目的駅に着くまで、冷たい雨と寒さでかじかんだ手をさすって元にもどすのに精一杯だった。いざ撮影となったとき、この手では何の役にも立たない。
 しかし、約束の時間の10時は、11時近くにもなろうとしている。
 乗客は平日の午前とあって、ほとんどが会社員だった。俺も、今日は仕事を半日休みにしての態勢だ。それなのに、悪天候をあまく見た結果、とんだ無駄足を踏もうとしている。
 建物の影が消え、窓のむこうが明るく感じられた。レインボーブリッジを渡って、海の上に出ているのだろう。手前の駅から次の駅までの距離がかなり遠く感じられる。やがて電車が速度を落としかけると、
bb次は、お台場海浜公園です。
 着いた駅名が女性アナウンスの声で放送され、どこそこに降りるには当駅が便利であるなどと告げられ、そのあとつづいて、
bbフジテレビ、アクアシティへおいでのかたは、この次のお台場駅が便利です。
 親切な説明が加えられる。
(そうか、どっちもお台場だから、まちがえて降りる人が多いんだな)
 当の俺がその口だった。
 お台場駅では職員が出迎え、また渡し板を延べてくれる。ホームからあとはいっしょにエレベーターで改札まで、そこで「お気をつけて」と別れようとするので、
「シネマメディアージュの入口まで、ね、お願い。俺、方向音痴で自信ないから。それでなくても約束の時間に遅れて、もう、これ以上1分でも遅れられないから」
 拝み倒して案内を乞う。
 女編集員から教えられた場所は「防災センター前」とのこと。そこの受け付けから連絡を入れれば飛んでくる手はずになっている。
 ゆりかもめの職員に礼を言って別れ、傘を差して受け付けへ向かいながら、また手がかじかみそうだった。
「あのー、雑誌の取材で来ました」
 ほどなく若い、ハンサムな支配人が出てきた。さっそく遅刻を詫びたが、大目に見てくれたようだ。
「今からだと、別のシアターになりますけど、いいでしょうか」
 ありがたい。大助かりである。今日は下見だけでもいいと半ば以上はあきらめていたところだった。
 慣れない手つきで三脚を組み立て、それをかついであとにつづいた。防災センターのなかを通って、迷路のような通路を抜けてシアターのある地下ホールへと出た。
「うわぁー、ハイカラな空間ですねぇー」
 考えていた文章に、ぴたりハマった感じだ。

 もうすぐ街に、あの「ジングル・ベル」の歌が流れるけど、今年のクリスマスは誰と過ごすのかな?
 今回紹介する映画館は、トレンディータウン、お台場にある。新橋からゆりかもめに乗って、台場駅で降りる(まちがっても手前のお台場海浜公園で降りるなよ)。道なりにアクアシティを抜けたところに、シネマメディアージュのチケット売り場がある。
 シアターはエレベータを降りた1階アトリウムに分散、「幻想的な光の演出」が売り物のビッグシアターをはじめ、全部で13スクリーンもある。プログラムはよりどりみどりだから、行ってから迷うことなきよう。
 車いす専用スペースは、13館のうち8館は前寄り中央通路の片側に位置しているが、これまで専用席といえば最後列が多く、スクリーンが遠かった。しかし、ここでは画面が視界いっぱいに広がる大迫力、俺はこのスペクタル感が好きだ。
 映画のあとは食事やお酒とたのしもう。おなじ建物内にカフェやレストランも多く、アクアシティの車いすトイレは各階にあるから安心。レインボーブリッジの夜景を見ながら、映画の感想を語りあうもよし、恋のひとときを楽しむもよし……。(WE'LL 2001年冬号より)

 帰りはアクアシティの中を通って、アクアシティ正面から出た。
 傘を差してゆりかもめの駅へ向かう。遠くに大観覧車と自由の女神、そして長く連なるレインボーシティが雨に煙って見えた。
 日本にいて、なぜ自由の女神か、レインボーブリッジか、首をかしげる。若い人にはトレンディに見えるであろう景色が、俺にはちがって映る。妙にアメリカナイズされたお台場の雰囲気は、とうてい趣味ではなかった。
 蔵前の駅員のことばを思い出し、帰りは竹芝で降りて大江戸線に乗ることにした。いよいよタイトルどおりの展開になるが、ここではここまで。
 結局、終日雨で、家に着いたのは昼休み。
 昼休みに間に合わせて帰りたかったのは、風呂に入りたかったからだ。冷たい雨で冷え切った体を風呂で温め、気持ちを入れなおして仕事に切り替えたかったからだ。
 お台場へは、そのあと2度行った。2度目は撮影のやりなおし。生意気にもアングルが気に入らなかったため。ところが、アングルよりなにより、できた写真がハレーションを起こしたようになり、もう少しで使えないところだった。
 1週間後の再取材のときも、また雨だったが、2度目のこととて、こんどはさらに余裕をもたせて出た。前回は取材だけだが、今回は映画鑑賞を兼ねて。「画面が視界いっぱいに広がる大迫力」を、能書きだけでなく実感を持って満喫したのである。
 ところが、このときは映画を見て帰ったら、9時を過ぎていた。無人のゆりかもめは、夜も遅くなると始発駅、新橋以外は駅の職員も無人になる。
 お台場駅を出たときはかろうじて職員がいる時間で、竹芝まではいっしょについてきてくれたが、竹芝ではエレベーターも停まっていた。それでどうするかというと、隣接するホテルに抜けて、ホテルのエレベーターを使って外に出ることになるのだ。
「これじゃあ、なにも知らずに外から乗ろうとする車いすはとまどいますねえ」
「はあー、そうですよねえ」
 職員は頭を掻くばかりだが、さあ、このときこそは情報誌の役割を100パーセント発揮せねばと、ふだんより文章量を増してインフォメーションにこれ努めた。
 その追加文は、つぎのとおり。

 ところで、無人自動運転のゆりかもめに乗るときの注意! 新橋、有明以外は無人駅、時間によっては専用エレベーターも停まるので、あらかじめ所定のインフォメーションセンターに電話するなど心の準備、情報の確認をしておこう。(前出)

 事前の「心の準備」「情報の確認」を怠って失敗したのは、ほかならぬ俺自身だったのだ。
 大江戸線で築地市場から大門は、ずいぶんと遠く感じる。それはあいだにいまだ工事途中の汐留駅がはさまるからである。
 汐留駅の完成で銀座に近くなるというのは、俺の勘違いであった。むしろ汐留はゆりかもめに直結してできるというので、その方が身近になる利便を備えている。
 とにかく、いまは始発、終点駅以外の無人化で、なにかと遠いゆりかもめが、大江戸線新駅完成によって始発駅だけは確保できることになる。トレンディタウンお台場の良さを見直すのはそのときにしよう。
 そのお台場に3度目に行ったのは今年。やはりシネマメディアージュに、こんどは純粋に映画鑑賞だけの目的で行った。そして、13館あるうちの一番小さい館で観た。
 これが一番前でしか観られないという車いすにとっては不便なシアター。取材で1館だけ最前列で観るとかないところがあると聞いていたのに、すっかり忘れていた。相当マニアックな作品で、客の入りが期待されないこともあって小さな館扱いとなっていたのだ。
「え? いちばん小さなシアターで?」
「ええ、そうなんですよ」
 申し訳なさそうにする女の子に対し、俺は天井を見上げる風になって、
「こーんな感じで観るの?」
 そう言ったら、
「こーんな感じまでは行かないかと……」
 言い方マネしやがんの。
 しかし、ほとんど「こーんな感じ」だったぜ。あーあ。一番前なんて席、よくあるよなあ。よく、あんなところで観るもんだとも言える。別の障害が出そうだ。
 そして、夜になった。
 この頃には、また竹芝のエレベーターは遅い時間でも動くことになった。お台場は駅員がいるうちに乗り込み、降りるだけならと一人降りにチャレンジすることになった。
 いいあんばいに、先頭車両に乗せてもらい、運転士気取りで前を見てはしゃぐ子供連れのそばで、こっちも童心に帰っていた。
 無人運転の電車、無人の駅……これが交通体系の将来像のすべてとなるのか。
 そんなことを考えていたら、いつのまにかモノレールは夜のとばりのなかを竹芝に着いた。車いすを後ろに向け、開いたドアからホームへと無事降りた。
 見上げた先に監視カメラがあった。それに向かって手を振る。ドアが閉まって、ゆりかもめがまたゆっくりとホームを離れて行った。
 エレベーターで公園から通りへ。
 大門駅へは、その大通りを一直線に進む。そこはまた、JR浜松町駅とも近接しており、この時間は赤ちょうちんの屋台が勤め帰りの客を狙っておでんや、焼き鳥、餃子の湯気を立てているのだ。
 通りを歩く人波がどんどんふくれはじめ、いい匂いとともに腹がくちてきた。酒の酔いも誘惑してくる。あわてて帰ることもなかろう。このあいだはおでんだったが、今日は餃子にでも手を出してみよう。

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