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大江戸線車いす漫歩

東新宿駅


 東新宿駅は明治通りと職安通りの交差点に位置し、新宿歌舞伎町に隣接している。付近にはアジア系外国人が多く居住する、異国情緒と活気あふれる地域である。駅出入口は、大江戸線の開業に合わせて完成する高層集合住宅内に設置されており、周辺地域ではこれを機に開発にはずみがかかり、将来的には営団13号線の接続も予定される。都心部に住む市民の利便性を求め、また国際化という多くの外国人とともに生活する日本の将来を予期させる都市の典型像だ。(東京都地下鉄建設株式会社発行「駅デザインとパブリックアート」より)

●新宿へ行こう!
 大江戸線で新宿に行くことになった。それに先立ち、いろいろ下調べをした。
 下調べは、大江戸線についてではない。趣味の映画鑑賞をするにあたって、新宿がどれだけ攻略しがいのある街かということだ。
 これまで映画は銀座と決めていたし、そのためには電動車いすで1時間以上走ることさえも厭わなかった。しかし、大江戸線で新宿が近くなった以上、映画が新宿で間に合えば寒い思いをして銀座まで行くことはないのだ。
 ただ、車いす映画館ガイドの点検で知ったことは、古い建物が残っている新宿では階段の多い映画館が多く、ぴあに出ている36館中21館が地下とか2階、3階といったところにあり、5館は数段の階段のため館員の手をわずらわせることになる。そして、残る10館の中にも道路から1段高くなった歩道の並びに建っているというところがある。
 とにかく新宿は、車いすにとっては、障害の多い街なのだ。
 ぴあと地図とを見比べる。
 きのう、親しい多摩の映画中年が奨めていた映画の題名が、ぴあで見て『ホワット・ライズ・ビニーズ』と分かる。それが新宿プラザで上映している。ここはどうだったかと、自分の作ったガイドを検索する。
(ああ、やっぱりダメだわ、こりゃ)
 車いすのまま見るなら最前列しかない映画館。通路が下から上まで階段状なのだ。
 だが、ミラノ座は使える。そこでやっている山岳アクション、『バーティカル・リミット』は大いに興味が湧く。しかし、同じビルにある新宿東急は、館員に運ばせるにはいかにも気の毒だ。地下も地下、『蒲田行進曲』の階段落ちよりもはるかに長いかと思われる階段が続いており、上から見下ろすだけで怖かった。
 ミラノビルの並びで、階段が3、4段といったところがシネマスクエアとうきゅうと、シネマミラノだが、後者は入ったことがない。また、隣りに建つ新宿ジョイシネマの階段3段は、1から3まであるうちのどれだっけ。他の2館は別ビルの2階と地下で、これも頼みづらい。
 少し離れて、新宿駅東口付近はどうだ。
 エレベーターはもちろん、車いすトイレもある新宿武蔵野ビルの4館は絶対常用館にしたい。老舗の武蔵野館はじめ、小さいがシネマ・カリテという名画座系が3館。シェークスピア劇を大胆に演出した『タイタス』をやっていた。
 この武蔵野ビルは、カニ道楽や居酒屋が入っており、映画の帰りに飲んでいくのにちょうど良い。つまり、車いすトイレは映画館の中にあるのではなく、ビル直結だから映画を出たあとも自由に出入りできるのだ。ああ、早くデートの相手見つけなければなあ。しかし、大江戸線の東新宿の駅からは遠そうだ。
 おっと、新宿スカラ座でも、『ホワット・ライズ・ビニーズ』やってるぞ。ここはどうだったかナ。……入れる館にはなっている。ただ、前述の映画中年に電話で訊いたのを思い出した。
「何か残った?」
「何も残らない」
 やっぱりやめよう。せっかく行くからには、なにかじーん、がーんと心に残るものがいい。それでなければ初めて大江戸線で新宿行きをする記念の意味がない。
 なによりともあれ、新宿へ行こう!

●日常性としての電車
 ホームに着いたとき、電車は出たばかりだった。次に来る電車との間隔は5分と聞いている。もっと早く出れば良かったと悔やんだ。
 電車が入ってきた。時刻は10時。東新宿駅まで17分。途中の駅構内から降りたあとの映画館まで、電動車いすの走行では10時半からの本編開始には間に合うまい。封切り当日の休日初回ということから予告編なし上映なのだ。
 運転手に目顔を送り、車いすがいるぞということをはっきりと見せつけておいて、弾みをつけて乗り込む。
 運転席の扉が開いて、運転士が現われた。
「ひとりで大丈夫ですね?」
「多分大丈夫だと思います。東新宿で降りますから……」
 これでなにが起きてもまず大丈夫だろう。それにしても、1人しかいない運転士が運転席を空にして出てきたのには驚いた。
 各駅停車し、自動扉が開くたびにホームと電車のすき間を確認した。本郷三丁目駅と春日と飯田橋駅が、少し空いているようだ。あとは牛込神楽坂、牛込柳町、若松河田とほぼすき間ない。電動車いすの前輪はけっこう厚みがあり、それが落ちないかぎり安全と見て良い。
 そうして、目的駅、東新宿に着いた。
 後ろ向きで降り、一緒に降りて見守っててくれた運転士に礼を言って電車をあとにする。
 地上へのエレベーターで、若いのと初老のと、男2人と一緒になった。「ぐるぐる歩かされて、わかんない」と意見を求めたい初老氏に、暗い感じの青年はただ憮然としていた。
 出たら新宿七丁目交差点。いつも映画に来たときに見慣れた景色とは違う。
(とすると相当あるということか?)
 少し行くと、右手に花園神社が見えた。
(え? まだ花園神社? これじゃ映画は完全に間に合わんわい)
 そう思っていたが、その明治通りをそのまま通って坂を上ると、間もなく伊勢丹の看板が見え、通りを横切って行くと目指す新宿ピカデリーの看板も見えた。
 大通り沿いに出ている切符売り場に、身障手帳を見せて1000円の割引切符を買う。
 思えば大江戸線のおかげで俺もずいぶん素直になった。昔から身障手帳など持ち歩くことはなかった。上体のしっかりした脊損ならいざ知らず、体はひん曲がっているし手足はか細い。なにか言われたら「俺のどこが身障者じゃないって言うんじゃいっ!」とねじこめばすむはずだ。しかし、大江戸線のありがたみを知ってからはそれではバチが当たると、無料パス証はサイフの見えるところに、映画のときはかならず身障手帳持参と決めていた。
 4つあるピカデリーのうち1のここも、表から入ると中2階分の階段がある。ただそれもビル横の坂道を通って裏に回ると、その分の階段が助かる。それを知っているから、切符を買って「じゃ、裏へ回ります」と気を利かせたつもりが、そう言うはなから館員が何人も階段を降りて来た。
「ここじゃ階段多いから、裏に回りますよ」
「でも、もうすぐ本編が始まりますから」
「え? まだなの?」
 なにか勘違いしていたようである。
 4人で抱え上げ、その上の数段で終わりかと思ったら場内にまた5、6段あった。しかし、いやな顔ひとつしない。館員を見送ったところで映画が始まった。
 そのとき見た映画は、キューバ危機を題材にした『13デイズ』だった。それにしても、間に合って良かったbbというのは冒頭数分、ミサイルがつるべ撃ちに発射される映像と、メガトン級の核実験映像をうまく編集し、核戦争そのときのイメージを強烈に印象づけたテクニックbbこの部分を見たか見ないかで映画の感興はてっぺんほども違う。
 結論は分かっている。つまり、どんなにスリルに満ちていようとも、戦争にはならなかったのである。もしソ連とアメリカの全面戦争にでもなっていれば、今ごろこんなこと書いていられるかどうか大いに疑わしい。にもかかわらず、話をこれだけ引っ張れるのは、つとに脚本と演出、つまりは映画の力ということになる。キューバ危機の頃は子供だったから、歴史の勉強をする気持ちも働いて夢中で見入った。
 ソ連が米本土を射程内に収めたミサイル基地をキューバに建設、軍部は軍事力で叩けと強硬論で迫る。しかし、ケネディは弟や側近と諮って戦争回避の道を貫くbbという話。
 花園神社前の坂を下りながら考えた。
(あーあ、いい映画だったなあ。しかし……)
 映画よりも大江戸線のことである。
 思えば新宿まで、いとも気軽に来られた。電車に要した時間がわずか17分。電車を降りてから映画館までは10分以内。映画を見終わり、また軽い気持ちで帰りの駅に向かっている。ちょっと行ってちょっと帰るという軽い気持ち。オーバーな話、近所のスーパーに行って帰るより近い気がする。今までこんな気分で電車に乗ったことがあるだろうか。
(JRでも、このあいだまで乗っていた浅草線の地下鉄でも、まるでちがった)
 まず、行く前に直接駅に電話を入れた。
「新宿三丁目行きのに乗りたいので介助お願いします。自宅から7、8分ですから、その頃に出ていてください」
 駅に着くと、一般客が使うエスカレーターを下り逆送に替え、それに電動車いすを乗せて駅員が付き添う。
 ホームに着いたら着いたで、今度は目的駅との連絡を取って駅員が出迎える体制を取り、電車に乗るところまで手伝って駅員が見送る。
 それで新宿まで1本で行けるわけではない。新宿三丁目に行くには東日本橋(馬喰横山)で新宿線に乗り換えねばならないが、そのまま行くと反対ホームのため東日本橋で階段を使う必要が出る。それを避けるため、駅を1つ通り越した人形町駅で同一ホームから出ている反対車線に乗る。
 そういう手間を経てたどり着いた東日本橋にも、ホームの先にまた階段があり、駅員の連携でエスカレーターを逆送させたり、付き添ったりということになる。
 そうして目的の新宿まで、30分はおろか、1時間近くかかるということさえある。
 その間にも、行き先駅では本当に駅員が待っているだろうか。間違って別の車両のところに出ていないか。そんなとき、ホームと電車に段差やすき間があったら。近くに屈強なお客がいなくて自分だけで降りなければならないとしたら。そんな不安が着くまでずっとつづく。
 そのわずらわしさが、今回はまったくなかった。
(ああ、一般の人が電車に乗るというのは、こういうことだったのか)
 つくづくと実感した。

●歌舞伎町から渋谷まで
 このあいだちょうど、大江戸線乗車回数50回を迎えた。12月の開通から3月一杯で50回は少ないだろう。
 実は、最近まで通勤時間帯を避けていたため、その分寒さに負けて松坂屋に行く回数を減らしてしまったからだ。誰からも、「大江戸線にラッシュはなかろう」と言われながら、確たる自信もなくこれまで乗らずに来たのだ。
 6時という普通ならラッシュ時間帯にチャレンジしたのは、3月14日のことである。ホームに着いたが間に合わず、そのとき見送った列車内はがらがらの状態であった。
「え? いつもこんな状態なの?」
「ええ。恥ずかしいくらいラッシュというのがないんですよ」
 丸顔のやさしそうな感じの駅員は、がっくりと肩を落とした様子で答えた。
 その姿を見ながら、1週間に2度、サーロインステーキを口実に、かわゆいウエイトレス嬢の顔をながめに通う上野のデパート、松坂屋に行ったときのことを思い出した。馴染みの女の子がそのときの駅員と同じ顔をしていたので、天手古舞のあとの一段落かと思った。
「よっぽど忙しかったらしいねえ」
「とーんでもない、ヒマでヒマで……」
「えー!?」
「ヒマづかれって奴ですよ」
 ヒマ疲れなんてのがあることを初めて知った。それで駅員に同情したわけでもないが、これはなんとかしなければと思った。
「車いすのお客から金取った方がいいかもね」
 しかし、俺のせっかくの提案もはね返されてしまった。
「いえ! とんでもない!」
 実直そうな駅員は大あわてで掌を振った。
 通勤時間帯でも必ず乗れるというのはいいことだが、このまま赤字がかさむのでは複雑な心境だ。
 しかし、平日の仕事を終えた時間から新宿に行けるのは、凄いことだと、それこそ感激した。大江戸線の乗車回数が増えるというより、これから映画を見る回数が飛躍的に増えるかも知れない。
 新宿ピカデリーにも時速6キロの電動車いすで10分、なんとか1キロ圏内に届いたが、歌舞伎町へはさらに楽勝だ。
 この日はその歌舞伎町にあるオスカー劇場で『クリムゾン・リバー』を見た。連続する猟奇殺人事件の異様さと、それを捜査する刑事の追跡アクションという怖さもさることながら、俺には3段の階段に渡した2本のレールの上を、行ったり来たりする方がよほど怖かった。
 そして、帰りは帰りで風俗街のまっただなかを通るわけだ。きれいに着飾った夜の蝶が、おしろいの匂いをぷんぷんさせて客待ち顔で出迎えている。
「こりゃあ、大変だよ。この誘惑と戦い、ちぎっては投げ、ちぎっては投げして帰って来なければならないんだから」
 そう言ったら、週に2度入ってくれてる口の悪いヘルパーが、
「だって、直接誘惑されたわけじゃないんでしょ?」
 口をとんがらがせて反発した。
「なにを言っているんだ。むっちりとした太股をあらわにして目と鼻の先に待ちかまえているんだ。こんな凄い誘惑がほかにあるものか」
 俺も負けずにやり返した。
 夜の蝶はともかく、風俗街を抜けて通ると、東新宿の駅に向かう職安通り沿いに「韓国広場」というスーパーマーケットがある。見た目は日本のスーパーと変わりないが、経営者も従業員も韓国人、その名の通り韓国食材などもふんだんに並ぶ店である。ただ、車いすで見て歩くには通路の狭いところがあるのが難。
 お得意さんのひとつに、最初の方でも出てきたネーム屋さんがいる。洋服などを買ったとき値段などを記したものが商品についているが、ブランド名やサイズなどを記したものを直接生地に縫いつけてあるのがネーム、小さな紙に印刷して糸で吊してあるのが文字どおり下札(さげふだ)という。そのデザインや印刷を請け負う会社がネーム屋さんだ。
 その版下仕事をくれている社長の奥さんが韓国人で、去年の夏に里帰りしたとき、土産に買ってきてくれたキムチがいたく美味しく、日本で本場キムチの味を求められないかと訊いたら教えてくれたのが、その韓国広場であった。
 映画を終えて9時半頃、そこを通ったら、まだ開いていた。
「あれ、こんなに遅くまでやってるの?」
「24時間営業ですから」
 かたことの日本語が若い店員から返ってきた。
 1キロ800円のを2袋買い、新聞紙にくるんでもらって電車に乗り込んだ。
 ヘルパーやマンションのオーナーらから頼まれたときは15キロを買い、それではあんまり匂いそうだし車いすでは運べないということで、帰りはリフトタクシーを呼んだものだった。
 そのリフトタクシーを、3月の最終水曜日に東新宿駅の外で待たせた。
 エレベーターから外の通りに出ると、運転手は降りて待っていた。
「荒川ナンバーです」
 初めての顔だ。
「応援ですね」
 台東区の受け持ちは1人しかおらず、注文が立て込むと他区からの応援が入ることがある。
「大江戸線、便利ですよお。車いすでこの時間使えるんですからね。恩恵をこうむってる当事者としては、赤字路線がこのまま続くのじゃないかと心配にもなりますね」
 気さくな感じにつけ込んで話し込んだが、相手は意外に別の意見を持った。
「そうかなあ。いつかラッシュになるんじゃないかあ、今の状態が笑い話になるくらい」
「え?」
 そうなると困ると思うのは現金なものだ。
「エレベーターあるんですねえ、今見てたら。でも扉が開いたから降りて来るかと思ったら、一般の人ばっかり……」
 車いすが、それで1本待たされたのだ。
「最近、若い人でも平気で乗っちゃいますよ」
「へえー、大江戸線は乗ったことないなあ」
 相手の性格につられて、どんどんしゃべり込む。
「しかし、一般の人から聞くのは文句ばかりですね。狭いとかなんとか。
 それに運賃が高い、これはそのとおり」
「初乗り料金が高いらしいですね」
 また、松坂屋の女性主任を思い出した。太目を気にしてか、いつも上から下まで黒ずくめで決めている。その彼女が両国からの乗り換えでこりごりだと言っていた。
「2度と乗りたくないって言ってましたねえ。乗り換えに10分かかったって……」
 そんな意見にも運転手さんは呆れる。
「10分が歩けないですかねえ。私ら田舎者だから、それくらいなんでもないが」
 まったく、人間とは横着なものだ。おっと、これは自分も含めてだが……。
「ル・シネマってのは、文化村の中にあるんでしたっけ。どこに停めますか……」
 おしゃべりしているうちに、ワゴンのリフト車は渋谷の目的地へと着いた。
 その日は3月で有効期限が切れるタクシー券の残りを消化するためも兼ねた映画鑑賞だった。300円券9枚分2700円では目当ての渋谷に届かず、新宿までは大江戸線で来てリフトタクシーへと中継した。
 新宿でも銀座でもやってない映画に行くのに、こういう形で大江戸線を利用する。そんな工夫をこのときに会得した。大江戸線と言うことに、もう少しの抵抗もない。都知事がなんであれ、その名前に罪はなかろう。
 その帰りが大江戸線乗車48回目だった。
 ホームに立つたび、不測の事態に対する緊張感に身が引き締まる思いだった。ところが、この日を境にその怖さがなくなった。
 怖くなくなったそのときからが、本当の「油断大敵」である。油断を戒めて大いに気をつけよう。これからは事故責任、いや、自己責任が問われるのだから……。

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