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| ●解禁前夜 週刊誌などの出版物で、出していいお毛々の数が16本まで――そんな表現をなにかで見た記憶があるよ。それを、よほど信じていた証拠には、篠山紀信が撮った樋口可南子ヌードカレンダーを買ったときだ。わしがさっそくに見せたリアクションたるや、もろ肌脱いだ直立不動の可南ちゃんヌードの下に垣間見えたヘアーを、2本、3本、真剣になって数え、たしか14本で止まったとき、「ほんまやなーっ」と、おおいに納得したものやったからさ。 しかし、インターネットのグーグル検索にかけても出てこないとこ見ると、やっぱりあれはウソだったのかなあ。シワなら32本というシャレも成り立つけど、シシ16本じゃ陰毛のどんな言い回しのシャレにもならんもんねえ。 ただ、このヘアーが解禁されるかいなかは、世のスケベどもの重大なる関心事やった。だから、お毛々が解禁され、さらには、たとえアングラな裏世界とはいえ、鮮明なるポルノ画像・SM画像たる裏DVDビデオが出回るいまの世の中なんざ、待ちに待ってたハッピーワールドな時代状況といえるんじゃないの。 さあ、こうなると、ゾンビも登場、残酷描写オンパレードのテレビゲーム、「バイオハザード」の映像世界がCGなどにより実写可能になったのだから、残虐鬼畜な実写ビデオ・実写映画などが出てくれんものかと、わくわく期待するところだ。 わしが、いま、もっとも実現してほしいのは、1976年に見た東映映画『徳川女刑罰絵巻 牛裂きの刑』の完璧リメイク版だな。「牛裂き」たって、牛肉料理の下ごしらえ工程なんかやないぞ。人間の足を縛った先を牛の角に結び、それぞれをちがう方向に引かせて身体を2つ、もしくは3つに裂く。日本の江戸時代以前や中世ヨーロッパなどでも実際おこなわれた、もっとも残虐な処刑法のひとつだ。 この「牛裂き」で思い出すのも、樋口の可南ちゃん。彼女のでた『浪人街』(1990年)なんぞ、はるか戦前の、サイレント版(1928年)が元祖だが、平成リメイク版では、可南ちゃんが牛裂きにかけられることになった。 世の落伍者がたむろする、はきだめのような江戸・下町の一杯飲み屋。それを切り盛りする鉄火な姉御(樋口)は、連続する夜鷹殺しに業を煮やし、周りの男たちをたきつけるが、てんで頼りにならない。どうやら、旗本のグレ若侍たちのしわざのようだが、探索の途中、身内の板前まで殺され、とうとう切れる。短銃片手に仇討ちに乗り込むがあえなく捕縛、侍たちの鬼畜趣味から牛裂き刑にかけられることになった。 さあ、大変だ。地べたに投げ出された可南ちゃんの裾が乱れ、細くて白い素足がこぼれ、その先を取って縄がかけられる。そして2本の縄の先は、それぞれ牛の角に引かれる。可南ちゃん、危うし、と、そこに残念ながら(おいおい)主人公の原田芳雄がかけつけ、縄は間一髪切られるというわけ。 この牛裂き刑がしっかり見られるのが、『徳川女刑罰絵巻〜』のなかのシーン。 画像でわかるように、ポスターは凄いリアル感なんやけど、実際の映画のその場面ときた日には、白襦袢着た女が斜めにした戸板に乗せられ、めくれた襦袢の裾から伸びた脚に縄がかけられるという風にトーンダウンしている。 だけど、いざ処刑というそのときには、牛の角で引かれた女囚の両足がそれぞれの方向に突っ張り、絶叫とともに、「めりめりめりっ」という音を立て、ぽーんと左右に分かれて飛ぶ。そして、めくれた長襦袢のあいだから豚かなにかの臓物がぼたぼたぼた、鮮血とともにぶちまけられるといった残虐描写が演じられるのだ。 わしが映画監督なら、どう撮るか。 牛裂き刑は、やはり全裸でないとな。牛に引かれた足がぴぃーんと緊張の筋を浮き立たせて左右に分かれ、「うぎゃああああーっ!!」という絶叫。このとき、スローモーションでゆっくり女性器が裂けていくようすを見せたいが、映倫のコードがあってそうはいかない。だから、アヌス穴ぎりぎりのうしろ斜め下からカメラでとらえ、股が裂けるときは、左右のお尻を特殊効果で、裂けて分かれたようにずらして見せるのもよい。そして、左右ほぼ一直線となった両足の中心から鮮血が噴き出し、そのあとぼたぼたぼたっと臓物が落ち、足がちぎれ飛ぶ。 これをロングでとらえたのが、おなじ東映作品『徳川いれずみ師 責め地獄』(1969年)のラストシーンだ。 ここでの処刑法は女を逆さに吊し、上を向いた両足にかけた縄は、目いっぱいしならせた2本の竹に結ぶ。それを処刑の合図とともに竹を止めた部分を切り離し、竹が元にもどる力で股が裂かれる。バンジージャンプの股裂き版というやつだが、遠目ではっきりしない分、使った人形もそれとわからず、異様な臨場感があった。足がちぎれる瞬間も、しゅーっと噴き上がる鮮血といっしょに肉片らしきものが飛び散り、リアルで陰惨な感じがしおったものや。 映画がテレビに押され、斜陽といわれた時代、こういう作品がどんどん作られた。『徳川いれずみ師〜』も『〜牛裂きの刑』も一連の姉妹作品といえるもので、1968年には姉御格の『徳川女刑罰史』がつくられ、タイトルどおりの刑罰オンパレードを繰り広げるが、「東映さん、よおやってくれた」と、鬼畜ファンとしては感謝したいところや。 昔の日本映画は、けっこう残酷やった。ところが、最近はこの手の映画の残酷傾向が昔ほどでない。そのくせ、ホラーの残虐描写は映倫もクレームをつけない。ホラーが良くてSMがなぜいかんのか。差別ではないか。 ●ラルの反撃 インターネット表現の自由は、どこまで認められており、またどれだけ野放しなのだろう。プロバイダが国内にあれば規制は厳しく、海外にあれば規制がゆるいのは当然。しかし、海外のプロバイダになんか手がでない、また、やりかたがわからないという人のため、ここではある程度の判断基準を提供しようというわけ。ええ企画やろ。 ヘア解禁のご利益か、それなり表現の自由化もすすんでいる。映画のボカシが映画先進国の不興を買い、クロサワだ、ミゾグチだ、オヅだとかつて映画文化華やかなりし国の沽券にかかわると思ったか、最近、「芸術映画に限って」というカッコ付きながら、ヘアー解禁、男性性器の一部くらいはだせるようになった。しかし、まだまだの感はぬぐえない、そのなかで欧米勢は一ランク大胆だ。モニカ・ベルッチがアナルレイプシーンに挑んだ衝撃作、『アレックス』(2002年)ではヴァンサン・カッセルのおちんちんの一部がでたし、だいぶ前に売り出されたDVD、巨匠キュープリック監督の『時計じかけのオレンジ』(1971年)でも、おちんちんはでた。 でもなあ、男のおちんちん見たってなあー。 記録映画では、もともと興味本位でないという前提があるせいか、性器描写はかなりゆるい。そのいい例がナチのホロコーストを描いた『夜と霧』(1955年)。たしか、収容所に着いて裸で整列させられ、広場をぐるぐる回らされる女囚の局部にボカシはなかったように思うし、連合軍上陸でナチが敗れ、戦争が終わり、解放されたアウシュビッツ収容所の有名な場面。ガイコツのように痩せこけた無数の遺骸を、ブルドーザーの巨大ショベルですくいとっては、穴に落としていく場面。そこでは死体の男性性器はそのまま映っていた。 劇映画の例として、まだヘアー解禁がいまほどゆるやかでなかった頃の映画、『女盗賊プーラン』(1994年)をあげよう。最近『サハラに舞う羽根』(2003年)を撮ったインド人監督シェカール・カプールによる作品。社会の圧制と性差別に反旗をひるがえして立ち上がった義賊、プーランという女性の凄絶な生きざまを描いた実話の映画化だが、仲間をひきいて戦う彼女も、強大な政府軍には勝てず、つかまって裸で広場にさらされる。この時代の他の作品なら局部にボカシがかかるところだが、黒々としたヘアーはぜんぜんそのまま。 それで思ったんやだけど、たとえばジャングルに住むような未開人の生活を映したドキュメンタリーなんか、女の人のおっぱいやなにか、NHKなんかでも平気だよねえ。ということは、インド人なんかも未開人あつかいで、表現がゆるいんじゃないかと。まあ、はっきりとした根拠があるわけじゃないから強くはいえないが、そういうところでも差別意識が作用しているように思う。 ![]() で、つぎにあげるのは、はっきりとした実例。 写真を見てほしい。これは、レーザーディスクになったクリームレモンシリーズ3の『SF超次元伝説ラル』(コミック本初版発行が1986年だから、おそらくLD発行もその近くのはず)の一場面だ。ラル王国の危機を救うために立ち上がったヒロインを、邪悪な支配者ラモウ・ルーの毒牙が襲う。全裸で拘束され、足を開かれ、無垢な秘丘に恐るべき魔手が触れる。 「むふふぅ……きれいなつぼみではないか」 つままれ、ひらかれ、転がされる恥ずかしい部分のアップ――と、これをアダルト雑誌のビデオ紹介欄で見たとき、わしは小躍りしたあと、「まてよ」と首をひねった。 雑誌の写真はボカシを入れる前のセルで、LDになったとたんモザイクがかかってた(なんたって、アダルト雑誌の許容基準と、一般で売られるビデオの許容基準はちがうんだから)、なんてのはよくあるこった。LDなんかめずらしい、1枚もので1万円はした高価な時代。買って損するのはしゃくだ。 雑誌の発行元とは知らぬ仲やなかった。というのも、『拷問人マルガリテ』を売り込んだ先がこの出版社だったからや。だから、電話ですぐ聞けた。 「あれ、すごいはっきり映ってるけど、LDでも、ちゃんとでているんやろねえ」 ロリータ物は割れ目がでてもうるさい時代があった。それなのに割れ目どころか、多少誇張されているとはいえ、性器のなかのクリトリスまでがくっきり、はっきり、生々しい潤みぐあいまでが見て取れるリアルさ。 「まちがいないですよ」 「にわかには信じがたいけど……」 だが、その答えはこうだった。 「相手が人間じゃないでしょ。悪の化身のモンスターみたいなもんじゃないですか。だから、ポルノにはならないんですよ」 はあ、なるほどと、そういわれてなんとなくわかった。セックスが売春で、SMが売春に当たらない、それとおんなじようなことなんかと。 それがためだろうか。その後、ロリコンアニメで、“触手もの”が大はやりとなったではないか。 |