ある女医の衝撃的手記
「私は全裸にされ、体中に電気を流された」


「さあ、服を全部脱いで裸になるんだ」
 秘密警察の尋問官(じんもんかん)たちはニタリと笑った。
「これから、きさまを人間バーベキューにしてやる」
「つまり、全裸のきさまを暖気ショックで拷問するのさ」
 私は恐怖で身をすくめた。
「早くしろ!」
 バシン! 私はいきなり殴(なぐ)り倒され、上着をむしりとられました。
 ――南米のチリ。そこでいまも行なわれている身の毛もよだつ多くの拷問。
 これは、それを実際にうけ奇跡的に助かったイギリス人の女医シェイラ・キャシディ博士(37)の、恐怖の手記である――!

 チリでは3年前に、アジェンデ大統領のひきいる人民政府が、軍部のクーデターによって崩壊(ほうかい)。軍事政権は、反政府運動に血の弾圧をくり返していますが、その中心となっているのが“DINA”というチリ国家情報部。
 悪名高いアメリカのCIAの技術協力をうけ、第2次大戦中『動くガス室』と恐れられた、旧ナチ親衛隊大佐ワルター・ラウフの指導のもと、拷問、虐殺に狂奔(きょうほん)している“死の秘密警察”なのです。
 ――ダダダダッ。
 去年の11月1日。あるアメリカ系の修道院で患者を診(み)ていると、突然銃声がしました。
 そして、ドアが蹴(け)破られマシンガンを持ったDINAの連中が飛びこんできて、私は逮捕されました。
 そこから私は目かくしをされ、サンチアゴ(チリの首都)に3棟ある[拷問の館(カーサ・グリマルディ)]と呼ばれる建物のひとつに連行された。
「きさま、反政府左翼ゲリラMIRのリーダー、ネルソン・グティエレスを知ってるな」
 私は、ある神父から頼まれて、修道院でそのネルソンを治療したことがありました。
 だが、たとえ相手がだれであれ、医者として患者を診るのは当然でしょう。
「ゲリラの協力者め! 奴らの隠れ家(が)をいえ」
 そのときから、あの生き地獄が始まったのです――。
 上着とパンタロンが引き裂かれたとき、私はそれ以上、男たちに脱がされるのがイヤで、自分から裸になりました。
 彼らは、私の全身を舐(な)めるように見てから、二段ベッドの下のむきだしになったスプリングの上に押し倒した。
 私の手首と足首は端にしばりつけられ、肩と腹部には、太いヒモが巻きつけられた。
「ショックで暴れまわれないようにしとくのさ」
 一人が私の性器に電極をテープで貼(は)りつけながらいいました。そのほかにも、体のあちこちに電極を貼られました。
「私はイギリス人です。こんなことをすると国際問題になりますよ!」
 私は血が逆流する思いで抗議しました。
「それがどうした」
 高官はせせら笑ったのです。
「やれ!」

体の奥深く電極をさしこまれて

 ――ジジジッ。
 スイッチが入れられた。無気味な音が走って、激痛が襲いかかりました。
 私は歯を食いしばって耐えました。
「やれ。もっとやれ。この女をシビレ殺してしまえ!」
 肉が焼ける臭(にお)いがしてきた。
「ウッ……ウワーッ! ギャーッ!」
 ついに私は悲鳴をあげてしまったのです。あまりにも凄(すさ)まじい痛みに、私はこう叫ばずにはいられなかった。
「隠れ家に、あ、案内できると思うわ」
 私は目かくしのかわりに、プラスチック・テープで耳をふさがれ、車に乗せられた。
 そして市内を探し回ったが、もちろん、私は本当の場所は教えなかった。
「この性悪女め!」
[拷問の館]に帰ると、尋問官たちは、私をめった打ちにし、また“人間バーベキュー”の拷問をうけた。

「電流をもっと強くしろ」
 地獄の責(せ)め苦が、それから1時間もつづきました。
 悲鳴さえあげることのできない激痛に、神経は切りきざまれ、恥ずかしいことに、私は大小便をたれ流したのです。
 彼らはそのときだけスイッチをとめ、ゲラゲラ笑って卑猥(ひわい)な言葉を浴びせました。なんという屈辱!
「いいます。だから、やめて」
 私は隠れ家の修道院の名を告げました。私は知っていたのです、そこからネルソンはすでに脱出していることを。
 次の日、私は膣の奥深く電極を差しこまれました。
「今度は、協力した神父の名をいってもらおうか」
 高官がニタニタ笑いました。
「きさまの女の部分をバーベキューにしてやる。これで吐(は)かなかった奴(やつ)はいないがね」
 気が狂いそうな激痛が、下腹部を中心に起こりました。その苦しみは、とても書きつくせるもので
はありません。
 私がその神父の名を教えたとしても、神は許してくださるでしょう。ただ、私は、神父が国外へ逃げていることを祈るばかりでした。
 私は自白書にサインさせられ、政治犯の押しこめられている建物に連行された。
「おまえを強姦してやる。たっぷり時間をかけてな」
 その途中、尋問官にこう脅(おど)され、私は血が凍(こお)ったのです。

恋人の目の前で犬に犯される

「キャシディ、あなたはシェパードに犯されなかっただけまだましよ」
「シェパードって、犬の!?」
 私の入れられた部屋には、何人かの女たちが収容されていたが、彼女たちの話に、私はびっくりしました。
「DINA(註)はシェパードを特別に訓練してあるの。私は捕まると“ヴェンダ・セクシー”に連れていかれた」
 ヴェンダは目かくしのことで、つまり彼女は“性的拷問所”に連行されたのだ。
「私は全裸にされ、股を大きく開かされてベッドにしばりつけられた。
 このとき私はギョッとしたんです。許婚(いいなずけ)の男性が捕えられて部屋に引っ張られてきたんです。そしてそこへシェパードが飛びこんできて私の上にのり、彼の目の前で……」
 彼女は話しながら屈辱にふるえた。また別の女性は――
「2年前の大みそかの夜、酔っ払った看守たちがなだれこんできて、この部屋にいた7人の女性を輪姦したの。なかには妊娠中の人もいて……」
 このとき、私の目にはお腹の大きい女性が映った。
「私は5人の尋問官に次々に犯されて……」
 そして、妊娠してしまったのだ。女としてこんな悲劇があろうか。私は、肩をふるわせて泣き伏した彼女を慰(なぐさ)める言葉を知らなかった。
 私の収容された建物には、500人もの未決囚がいて、そのうち女囚は120人。彼女たちの多くと話す機会があったが、拷問はこのほかにも――
・全裸にされ、手首を木にしばられて吊(つる)された。
・全裸にされ、足を大きく開かれて鉄の棒にしばりつけられ、性器をビールビンでえぐられた。
・全裸にされ、夫や子供たちの前で輪姦された。
「サディスチックな尋問官たちは、拷問の最中、快感を増すために、エロチックな音楽を流したりする」
 彼女たちはこう証言しています。さらに――
・拷問の前に、抵抗力を弱める薬品をのまされた。
・ヒザを抱えてやっと1人はいれるような小さな穴に、3カ月間も閉じこめられた。
・空手(からて)の達人にいいように殴られ、肋骨(ろっこつ)を何本も折った。
 とにかく、DINAは、考えられるありとあらゆる残酷な拷問を行なっているのだ。
 私はチリ政府に国外追放され、12月30日にロンドンに帰ることができました。
 59日間、地獄の苦しみを味わった私は、いま、このことをスイスのジュネーブにある国連人権擁護委員会に控訴する準備をしています。いまなお、拷問に苦しむ多くの人々を救うためにも。
 たとえ、私の体の傷は癒えても、今も、拷問を受けている人たちがいるかぎり、心の傷は一生消えることはないでしょう。
(記事全文)

(「女性自身」1976年2月12日号より)