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表現の自由を求める考えは“マルガリテの部屋”でも支持します


その2
〜「拷問人マルガリテ」誕生〜

追憶の“イルザ”
 わしはその昔、食うに困って『拷問人マルガリテ』なるSM小説を書いたことがある。がしかし、それを語る前に、まずは1本の伝説的サドマゾ映画について触れておかなければならない。
 ダイアン・ソーンが、120センチの巨乳を揺さぶって淫蕩(いんとう)・残虐の限りをつくすイルザ・シリーズ第1弾、『ナチ女収容所 悪魔の生体実験』(ポスターDVDパッケージ)(1974年アメリカ・カナダ合作、ただし日本公開は翌年、ドン・エドマンズ監督)を見たときの衝撃は忘れられん。
 この手のSM拷問系映画は、ノーマルエッチ系でもいえることながら、かんじんかなめのSMシーン(エッチならエッチシーン)が、ほんのちょっとしかないこと。スケベ好き、SM好きとしては、本筋などいいから、エッチ場面、責め場面満載とならんかと思うのが、いつも不満のタネやった。
 ところが本作ときた日には、拷問残酷シーンがてんこ盛りにある。まず、イルザのエッチシーンにはじまり、一夜明けるとエッチした男の囚人が女親衛隊にベッドから引き立てられ、手術室の解剖台に縛りつけられる。
 その際、じきじき執刀にあたるイルザのセリフが凄い。
「わたしと寝た男は2度と女とは寝られないの。ところで、劣等民族はそのモノで証明できるそうよ」
 そう言うやいなや、夜とぎの相手のチンを無造作にザクザク斬り取るのである。
 この冒頭ショックシーンに、生け贄となる女囚がトラックで移送されてくるシーンがかぶさり、オープニングタイトル(原題・“ILSA SHE WOLF OF THE SS”)となる。これだけで、もう本作のSM度の濃さが証明されたような出だしであった。
 当時のパンフレットから引用すると、
――恐怖の鋼鉄・電気棒=処女膜破裂、子宮改造手術、地獄責め・人体釜ゆで実験、残酷ペンチ・指責め、内臓破裂・恐怖の超高圧室、戦慄の美女太ももウジ虫培養、残酷!全裸逆さ吊りの刑、血で染められた集団輪姦、裸女・氷上首吊り、残忍・非情!電気ショック手術……などなど。
 ちょっとだけシーンも含めての羅列だから過当表示のそしりも否めないが、それにしてもこれだけならぶ拷問映画は、そうざらにあるものではない。
 この映画の凄さは、「ナチの生き残りが考証に参加している」というふれこみにある。かつてその手を血に染めた当事者が立ち会い、「そこはそう。ああ、そこは、もっとむごたらしく」とかなんとか、事こまかに演技指導しているようすは、想像するだに身震い感じるやないか。
 たしか、クランクショウの『秘密警察=ゲシュタポ』の巻末資料編に、死体から剥ぎとった皮でランプシェードをつくった悪名高き女が登場する。その名もイルゼ・コッホ。睾丸を針で突いたり、膣に燃える座薬を押し込んだりしたのもこの女で、名前や映画に登場する残虐行為との類似性からいってイルザのモデルにまちがいない。
 わしがいちばん印象に残ったのが電気責めシーンだった。この時代、日本で公開された映画の電気責めシーンはめずらしい。
 全裸にひき剥かれた女囚たちが、イルザの待つ医務室に連れてこられる。
 頑健そうな女囚たちの身体に舌なめずりしたあと、イルザが机の上の白布をめくると、その下には太さ4、5センチ、長さ50センチほどの棒器具が。それを手にして陶然とするイルザ。と、つぎの瞬間には、
「う、ぎゃああーっ!」
 開脚立ちを強制された女囚の股ぐらに、この棒器具が突っ込まれ、スイッチが入れられる。
 ビリビリビリッ、バチッ、バチバチッ……激しい電撃音がはじけるなか、足を閉じることも許されず、悲鳴をあげて身を震わせるしかない生け贄女囚――。
「次っ」
 生け贄が交代され、またイルザの前に。
「どうかお許しを……」
「ぐずぐず言わず、足を開くのよっ」
 また、「ヒエーッ!」と甲高い悲鳴が絶望的な響きをともなってあがる。
 と、まあ、こんなぐあいだが、ハードコアじゃないから局部は見せない。にもかかわらず、この部分は迫力満点のエグさ。
 このイルザシリーズ、第2弾『アラブ女地獄 悪魔のハーレム』(1976年アメリカ・カナダ合作、ドン・エドマンズ監督)、第3弾『シベリア女収容所 悪魔のリンチ集団』(1977年カナダ、ジーン・ラフルール監督)とつづき、そこまでは時代と舞台は変われども、ダイアン・ソーン演じる悪魔のヒロインの名はいずれもイルザだから純粋にシリーズものといえた。
 ただしかし、第2、第3とシリーズを重ねるごとに出がらし内容となり、3作目は“男責め”とあって、“女責め”専門のわしの趣味にはさらさら合わない。ちなみに『アラブ女地獄 悪魔のハーレム』封切りのとき、わしは京にいて、前回このコラムで紹介した『徳川おんな刑罰絵巻 牛裂きの刑』
(註1)のほうを見ていたくらいや。
 落ち目のイルザ・シリーズの起死回生を狙ってか、おなじダイアン・ソーン主演による『女体拷問人グレタ』(1977年西ドイツ、ジェス・フランコ監督)が登場した。そして、これこそが『拷問人マルガリテ』のイメージをなす映画やった。

註1:
『〜牛裂きの刑』は、日本映画資料にも1976年9月4日封切り(『悪魔のハーレム』封切りの1週間後)とあるが、当時2週間ごとに新作と切り替える邦画のプログラム制で、東映は前作で異例の4週間興業を打った。ところが京の映画館主らは、「それではいつまでも客は呼べぬ」と反発、1週早い上映となった。地元の状況を尊重して、そういう変更は、ままあることだった。

創作の蟲・妄想の蟲
『女体拷問人グレタ』から3年たった1980年――。
 2年勤めた零細会社が倒産し、わしが失業してからも3年経っていた。最初の1年は失業手当で食えたが、それも尽きると不安定なアルバイト勤めに就いたり、親のスネかじったこともある。しかし彼女もでき、男一匹いつまでヤクザ渡世をつづけるわけにもいかず、この際好きな小説で身を立てようと思い立ったのが、この時期や。
 手っ取り早く売り込むにはエッチ系。それも趣味と実益を生かし、ここはいちばんSMで行こうと決めた。
「団鬼六先生をもしのぐ新進気鋭のSM作家、黒岩ロック登場」を夢に見て、たちまちその世界の脚光を浴びて銭が入る、仕事が山ほど舞い込む、好きな道で身が立つと思うと奮い立つ、チンポも立つと、SM的思考回路がめまぐるしく回転し、取らぬタヌキの皮算用とともに、妄想があとからあとから尽きせぬ泉のごとく湧いてくる。
「“純文学官能小説”で売り込みたいので、そのためのモデルになってくれへんか」
 彼女を泊めた夜、いかにもな理由をつけて行為とは別バージョンで拝み倒し、押し倒し、ハダカの身体を大股開きにしたうえ、局部をじっくりと観察におよんだ。
 愛液をにじませ、ぬらぬらと光る割れ目部分。さっきまでわが粗チンをくわえていた半開きの口からは、乳白色の愛液が糸を引きながら、だらしなく洩れだしていた。
「むふふふふぅ……良い色じゃ。良い良い、形も良い。めごい女子(おなご)じゃのぉー」
などと、懐中電灯の明かりをその部分に当てながら、気分は生け贄娘をいたぶるゲシュタポ高官か、はたまた時代劇の悪代官にでもなったつもりでいた。
「ぶつぶつ、なに言ってるの?」
「だんだんイメージが湧いてきた、あとすこしや。辛抱しいや」
 そして、やおらロープを取り出し、縛りにかかる。
「なにすんの!」
 必死に抵抗するわしの彼女。それを、
「堪忍しいな。これも作家として売り込むためや。わしの奮う筆に文学生命吹き込むためや。リアルな傑作社会派小説(?)を仕上げるためにも、一時がまんしてや」
 社会派が聞いてあきれるが、なだめたり、すかしたりしながら、不器用な亀甲縛りでがんじがらめにした股ぐらを、「えいっ」と観音開きにする。
 わしは、バイブレーターを握った。
「いつ買ったの、そんなもん」
「取材には、金かけなあかん」
 もったいつけて言ったあと、〈タダ〉の身体の中心にズブリと突き立てた。
「あ、あーん!」
 ウイーン、とモーター音を響かせ、電導コケシをくねらせ、彼女の股間をしつように責めつづける。
「こんなのないわよ」「なにが創作のためよ」「なにが実地取材よ」などと小言を言ってた彼女が、そのうちには甘い声で悶えはじめた。
「良い良い。ええ声じゃ。よがるが良い。濡れるが良い」
 わしはすっかり調子に乗って、それから長いことバイブ責めに興じておった。
 あんときはよがり、萌えてたとばかり思ったのに、やはり一方的な責めプレイに頭にきたのか、それからしばらくは彼女から口も聞いてもらえないくらい嫌われてしまった。
 それでもわしの手には、あのおりの愛液のぬめり、においが染みつき、頭の奥にはバイブをこねくり回したときの水音がよみがえり、むらむらと妄想の火が燃え立ちはじめていた。
 ただ、なにかが足りない。その足りないものによって、小説のテーマやストーリーが歩みださないばかりか、立ち上がりもしないのだった。
 友だちにミニコミをだしている男がいて、思いあまって相談にでかけた。
「ボツになった企画だ」
 そう言って見せたメモ書きのテーマは、「弱者は戦争に泣く」。その箇条書きに、
・社会主義→帝国主義
・軍政下の弾圧・迫害・拷問とあり、
 収集資料のメモ書きのなかに、『現有資料』として「世界政治資料」「戒厳令」とあるのを見て、わしの心が俄然さわいだ。そして、『今後入手するもの』として、岩波の「世界」や大月書店の政治評論のほか、週刊誌の見出しもいくつかならんでいた。
 その一つに目が吸いつけられ、思わず「あーっ!」と大きな声をあげてしまった。
「どうした」
「これ、これこれ」
 わしがしっかりと指さしたある女性週刊誌のタイトルとサブタイトルは、

――私は全裸にされ、体中に電気を通された!
  イギリスの女性医師が語るチリ秘密警察、恐怖の瞬間


 さっそく友だちに頼み込んだ。
「これ、いますぐ読ませてっ!」
「だから、『今後入手するもの』と書いてあるじゃないか。ボツになった企画だから、入手しなかったの」
 がっかりした。
 そんな古い週刊誌、どこを探したってあるはずないと思ってたが、国会図書館なら週刊誌も置いてあると友だちが言う。そうかと納得したが、もっとつごうのいいことに、その出版社でアルバイトをしていた女友だちがいたことを思い出し、こんどはその彼女に頼み込んだ。
 それは、1970年代の南米で起こった人権侵害事件で、彼女にはタイトルもサブタイトルも黙って、「まじめな調査資料だから……」とだけ言ってバックナンバーのコピーを頼んだのだった。
 数日して貴重なコピーは手に入ったものの、彼女はかんかんだった。
「すっごい変な目で見られ、おかしいと思って中身読んで真っ青。もう、恥ずかしくって恥ずかしくって、穴があったら入りたいくらいだったわよ。どうしてくれるのっ! 女をいったいなんだと思ってるのよっ」
 その彼女とは絶交状態になってしまった。そんな思いをして手に入れた記事は、こんなことを言っては犠牲となった無数の人々の魂
(註2)に対してもバチが当たるが、正直SM心を掻き立てるに十分な内容を持ったものだった。
 それというのは――
 事件は軍事政権下
(註2)にあった南米チリで起こった権力犯罪で、テロリスト容疑をかけられたチリ在住のイギリス人女医が秘密警察に逮捕され、連日電気ショックを含む性拷問を受けるという衝撃的なもので、ことは国際問題に発展しかねないできごととなった。
 日ごろスターの結婚だ、ゴシップだとゴミのような記事しか書かない低俗週刊誌が、まあセンセーショナルネタということで視点は低俗ながら、内容が内容だけに硬派な記事に仕上がっている。特殊なベッドに全裸で縛りつけられておこなわれた電気拷問の具体的な体験記録だけでなく、同囚の証言として軍用犬シェパードにレイプされるという悲劇的な事例も語られているほか、さまざまな拷問事例も述べられている。
 いやはや、とてもではないが下手なSM小説、拷問小説のでる幕はなかった。
 この実話を超えるのは無理としても、実話にすこしでも迫る大拷問小説を書くことによって失業の身から再起復活し、SM小説界に華々しくデビューする、わが人生最大の一大イベントとなるはずやった。
 そのため、恋人をも騙くらかし、縛って責めて、よりリアルな再現を追及したのであったが……。
 思えば、イルザシリーズ番外編として登場したあの映画の舞台も、南米の独裁国家だった。そのSM拷問鬼畜映画『女体拷問人グレタ』(77年西ドイツ、ジェス・フランコ監督)が製作・公開され、早くも3年がたっていた1980年――。

註2:
 1973年9月11日火曜日、南米のチリで軍事クーデターが発生した。右派勢力とアメリカのCIAが結託し、ときの社会主義政権を“残虐な意志によるテロ”で転覆したのである。
 戒厳令下、終日外出禁止令で家に閉じこめられたまま、7万もの市民が逮捕され、それからごく短いあいだに1万5000人が処刑された(その後、約15年の長きにわたる軍事政権下での逮捕者は180万人、処刑者は36万人という膨大な数にものぼる)。

出版社を訪ねて

 総武線に乗って市ヶ谷駅で降りると、だらだら坂を上ったり下りたりしながら、車がばんばん行き交う大通りに突き当たるが、それが途中にある民放局の名にちなんだ日テレ坂やった。
 大通り沿いには、たしか洋菓子のアマンドがあったはずだ。喫茶店にしている店の奥のエレベーターに乗って、すぐ上の階にある出版社の事務所を訪ねた。
 自分の書いた生原稿を、直で編集者に届けるなど生まれてはじめて。
「これです」
 ワープロのない時代で、自筆で埋めた70枚ほどの原稿用紙を、緊張でドキドキしながら手渡す。編集者はざっと速読し、
「責め場面に工夫が必要ですね。いきなり、性器責めではね。まず服を脱がせたら、胸を責め、それからだんだん下に向かって、最後にかんじんの部分を責める。それでなくっちゃ」
 さっそくに書き直しを要求した。もういちどタイトルにも目を向けた。そのときには、「SM残虐収容所」とか「残虐拷問収容所」というような表現だったと思うが、
「タイトルも変えましょう。女収容所長の名前、なんでしたか? ああ、マルガリテか。その名をとって『拷問人マルガリテ』にしましょう。うん、それがいい」
 一人で納得して満足顔をした。
 なんのことはない。『女体拷問人グレタ』にあやかっただけではないか。思えばわしは、この映画がつくられた年に印刷会社の倒産で失業したんやった。
 ただ、編集者の安直さをなじる資格はない。なぜなればわし自身『−グレタ』から、『−悪魔の生体実験』から、またさまざまな拷問映画からのパクリをもとに、「マルガリテ」を構築していたからだ。
 そして責められる側のヒロインにも、わしが強烈にイメージしたモデルがいた。
 この年、1本の映画とともに華々しくスクリーンデビューした女優がいた。すでにテレビでは民放の朝の連続テレビ小説の顔として売れていたが、映画館の大画面に登場するのはこれが初めて。そしてまさかその彼女が、のちにヘアヌード写真集の先がけモデルとなり、世間をさわがせることになる大胆女優に成長するなど、このときどれだけの人が想像したであろうか。
 樋口可南子である。
 映画は五木寛之原作『戒厳令の夜』(山下耕作監督)。
 物語は、美術史を専攻した主人公・江間(井上孝夫)が、九州・博多でバーの壁に飾ってある一枚の絵に魅せられ、その絵の秘密をさぐるうちに歴史の暗部が浮かび上がるというもので、樋口の役柄は主人公の恩師のひとり娘・冴子。舞台は第二次大戦中のドイツが回想ででてくるほか、冒頭の博多と東京を行き来し、最期は絵の故郷、南米ヌエバグラナダという架空の国に至り、そこで江間も冴子もクーデターに巻き込まれ、無数の市民とともに戒厳軍によって射殺される。
 ヌエバグラナダがチリをモデルにしているのはいうまでもないが、原作では「新聞に載らなかった日本人の死」という表現で書かれた冴子の死があまりにも衝撃的で、というよりもったいなく、わしの妄想は冴子の別バージョンの運命を想定し、ひとり暗い映画館のなか、エンディングロールを眺めながら悶々としていたのである。
『戒厳令の夜』の冴子が「マルガリテ」に定着するのに時間はかからなかった。樋口の顔が、肢体が、わしの頭のなかで勝手に動きだし、勝手にもてあそばれたり、惨たらしく責めさいなまれたりするイメージとなって鮮明によみがえった。
 樋口は当時22歳であった。が、それでは若すぎるので5歳ほど年上にした。名前は可南子というフレーズに似せて美奈子。職業はチリで秘密警察につかまり、拷問された英国人女性とおなじ医師ということにしよう。それで決まりや!
 こうして映画で死んだ女性に、わしはあらたな命を吹き込んだのや。


第1回しゃべくりんぐ   性表現〜考察・その1

“拷問人マルガリテ”創作資料としての---
性表現〜考察・最新2   ある女医の拷問体験記

『拷問人マルガリテ』

●黒岩ロック/しゃべくりんぐ●

全目次