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●ある憂鬱
もう何年も隅田川花火大会の時は、花火の人混みも喧噪も逃れて遠く多摩市まで出かけ、ミニコミ発行が縁で知り合った地元おばちゃんを中心に集まっての呑み会をしている。
おばちゃんといったのは昔々、今ではかなりの高齢。そんな人生の大先輩でもある方が、その時期がくれば何も言わなくても準備万端、花火大会の当日は喜んで迎えてくれる。
そのお礼にと、いつもこっちから一緒する呑み会仲間の一人と裏方頭のおばちゃんを歓待、庭園散策を兼ねての食事会を行なっている。
去年は浜離宮庭園、食事は汐留、シティーセンタービル42階の展望和風食堂だったが、庭園散策の途次、おばちゃんがふっと洩らされた。
「Fさん、入院されたそうよ」
F氏とは脳性マヒの翻訳家で障害者運動活動家。高名な推理作家だった奥さん亡き後は後妻をもらい、杖歩行が車イスになったくらいで翻訳も運動もまだまだ現役と思っていた。
それが加齢による障害悪化でいよいよ寝たきりの生活に突入したとのことだ。しかも、
「月70万円の差額ベッドだって」
「ええっ!!」
びっくりした。訳を訊けば、痰吸引が厄介で一般病院では十分なケアができない、それが月70万円の差額ケアになったのだ。
「それで、たとえば何年保つんですか?」
と、ついセコイ質問までしてしまった。
「土地とか家とかは抜きにしても、元奥さんの印税やら、旦那さんご本人の蓄えやらで7年は保つんだっていうけど……」
その先を思いやるおばちゃんの横で、ルポライターでもある同行の知人氏はさすが回転の速い頭で、その間の総経費をはじき出していた。
俺は「へーえ!!」と、ただただ感心しきり。
金もない家もないこちとらには“命も金”と、ズシーンとボディーブローな話だった。
食事会から帰った後も、そのことが頭の隅を占めて落ち込んだ。
だが、翌17日は、また翌日が酒断ち一周年という記念日だった。
酒断ちといいつつ、時々は何々の祝い、マルガリテの更新打ち上げと、めでたい理由を付けてはちびちびやっていたが、概しては止めており、その効あって体調すこぶる良かった。
〈まだまだ元気。酒を止めたお陰でぜんそくも治り、薬からも自力解放。あと10年、20年は今までどおりの暮らしが続けられるだろう〉
そう奮起し、「明日は酒断ち一周年と称して久々一人宴会をやろう」、そう考えて前の日から抱えた憂さをねじ伏せ、心の隅から追い出してやろうと息巻いていた矢先だった。
そこへ突然、3人の刑事が訪ねたのである。
●ガサ入れ
朝、10時過ぎ――。
神奈川県南警察署刑事1課強行係との肩書きで3人の刑事が訪ねた。
「あなたに犯罪の嫌疑がかかっている」と言われ、ドキッとした。
この一瞬のリアクションが失敗だった。
実はこれまで、プレイの奨励を含めて電気責めテーマを取り上げていることから、これを読んでその気になった読者が事故を起こし、警察の聴取を受けることがあるのではとの恐れが、心のどこかにずっとひっかかっていたからだ。
「なんのことですか」
と訊いた深意は事故以外にはなかった。
「訳は後で説明するから」
とリーダー格の刑事は強引に仕切り、裁判所署名入りの捜索令状を提示して、「書類を見ている格好で」と実に高圧的な態度で指図し、同行刑事にパチパチ写真を撮らせるではないか。
〈これは電気責め事故などといったレベルの話ではないな〉
と、ようやく事の重大さを直感した。
横浜から来たということで小林桂樹主演のドラマ「牟田刑事官」シリーズを思い出した。リーダー格の風貌は全然違うが、あとの2人がそれのレギュラーそっくりだった。
まずリーダー格は、いかつい親父顔の割には野球帽みたいなのを被り、ジョギングシューズを履いたラフな格好で、「これが刑事か」と驚いた。仮に親父デカと呼ぼう。
部下の一人を筋肉デカといおう。紺の長袖トレーニングウェアー上下といった出で立ちで、いかにもな感じの刑事ドラマにありがちな熱血バカタイプといったら失礼か。
ITデカ。なぜならネット担当との紹介。背広をビシッと着込み、これがいちばん刑事らしく爆笑問題の田中な丸顔体型、人間的で一番話が分かりそうなタイプと思いきや……。
さっそく問答が始まった。
「いったいなんの罪で?」
「強制猥褻・強盗致傷」
〈!!!???〉
「この画像を配信しただろ」と、現場に落ちていたというプリントをひらひらさせた。
一見して忌まわしい事後写真。
女性が後ろ手に縛られ、うつむきに寝かされ、お尻からこっちをさらされ、局部を医具で開かれ、股間に大量の血をぶちまけている写真だった。エロ目的のヤラセ画像ならまだしも、リアルだけに正直「むごい!」と唸った。
最初に容疑事実を聞いていながら、見た瞬間には殺人現場と早とちりしたが、聞けば流血は生理血とのことだった。
「そんなものは見たことがない。わたしは更新してない」
「忘れているかも知れない」
「3万くらいはエッチ画像を持っているかも。ただし、いちいち全部は憶えてなくても、見覚えのないものは分かる。そういうものだ。大まかにはアイコンで識別できるくらい」
この時ばかりは妙に自負めいて力説した。
「では、これは出してないのだね」
即座に否定した。
「プロバイダは国内、モロ出しは禁じられてるし、犯罪写真は趣味じゃない。第一、そんなものがいったいどこに? また、なぜ?」
やっとその時になって、反撃とばかり矢継ぎ早核心に触れた質問をしたのだった。
「だけど、おたくのサイトだよ。マルガリテの部屋はあなたのサイトでしょ?」
敵はなおもしつこく追究の手をゆるめない。
●まるで取調室!?
当初、「こんな経験は滅多にない」と面白がった。だが、すぐに後悔した。3人もの刑事の“壁”に尋問される恐怖。〈3時間は粘れるか〉と当て込んだ目論見は5分と経たず崩れた。
「こんな身体の者になにができますか」
「か弱い女の子にだって強姦罪が適用されるんだよ」
あっ、と思い当たった。
「教唆……?」
「そう。よく知ってるじゃない」
伊達に刑事ドラマを見ているんじゃない。そう憤然したが、
「『あいつをやれ!』、それだけで実行者がいれば“なんだってできる”んだ」
この会話中の「なんだってできる」が拡大解釈されたのかも知れない。我が家の10階はベランダがない。健康人が窓から身を乗り出せばそのまま50メートル下に転落死だ。警察が殺人などあり得ないが、ふっとそんな気さえした。
「鬱陶しいからドアを開けたいんですが」
「管理人を立ち会わせたい」
「2階にお得意先の社長がいる。情況を連絡しておきたい」
ことごとく認められなかった。聞く耳持たず冗談も通じない、堅城鉄壁の没感情、しかも背中に権力を背負っている者を相手にすることの空しさ、恐ろしさがこれほどとは思わなかった。
こうして我が家がそのまま警察の取調室と化したのだ。自分の脆さ、意気地なさにも呆れたが、そういう小者なら冤罪など簡単に成立すると実感した貴重な経験でもあった。
そこで方針転換した。持ってかれるのはしかたない。止めようがない。ならば心証を良くすることだ、と進んで協力姿勢に転じた。
「いったいどこのページですか」
ようやく肝腎なことを訊く段になった。
「『独り言』というのがあるでしょ?」
まさかのページ名が出てきて〈げっ!〉と思った。思わず吹くところだった。
『独り言』はマルガリテの掲示板で俺が政治的な発言をし、以前にはうるさ型読者から「エロに政治はウザイ!」とひんしゅくを買い、しかたなく立ち上げたお堅いページだ。
第一回はネタがなくて三浦あいかのSM画像に蘊蓄を傾けたが、そんなのは1年以上も前。
今は純子さんとの共作、『嵐のなかで…』の連動ネタということで、「もう一つの9・11 チリ・クーデター」が載っている。そのページに先の画像があったというのだ。
やっと分かった。
そんな手間暇かける者もないが、犯人はブラウザを画面撮りし、テキストだけのページに強姦場面をハメ込んだのだ。その土台となったのが『独り言』のページというわけだ。
だったら合成を疑るのが先だろう。そして現にそのサイトを見て確かめれば良い。
いよいよIT担当のバカ刑事が乗り出した。こいつのバカが諸悪の始まりだった。横にぴったりと付いて冗談も通じぬ殺気だった横顔、それがなぜだったかも後で分かる。
ITデカ じゃ、この『独り言』というページは? 開いて見せてください。
俺 え?(と思ったけど、知ってて知らないふりをし、相手の反応を見るのは刑事ドラマの常道でもある。バカバカしいけど、言われるとおりアクセスした)
ほら、テキストだけでしょ?(と、過去ページも開いていく)
ITデカ(「AIKA狸吊り」のところで)いま、裸があったでしょ、縄で吊されてるの。
俺 (一瞬には焦ったものの)あれは第1回ということで、ほかに書くこともなく……それも2年もまえですよ(と、すぐ立ち直った)。
(「こいつらほんとに見てないのか、なんなんだ?」と思った。
そして、掲示板だ)
ITデカ 外から貼られたんじゃないの?
俺 は?
ITデカ 掲示板があるでしょ。
俺 なに言ってんの! わたしゃ、それがイヤで文字掲示板しか置いてないんだ。
ほら、これとこれ(途中、“凄いのリンク”継続版である第二掲示板が出て慌てたものの)、これはリンクの羅列だが……(「管轄が違うのだから説明の必要なし」とまた立ち直り)これらのどこに画像が貼れるの!
(自棄のヤンパチでやり返したら)
ITデカ ああ、これなら無理だね(と、やっと諦め、納得した風だった)。
筋肉デカが床にうつむき姿勢で這いつくばり、何度も書き直したとおぼしき(たっぷり時間をかけた)「押収品目録交付書」のリスト。
・外付けハードディスクドライブ1個
(ロジテック製)
・ディスクトップパソコン
(マック製、eMacと記載
電源コード付)
・外付けハードディスクドライブ
(ロジテック製
20GB)
・ノートパソコン
(マック製、iBook)
他に、うっかり目を付けられた画像収録CD、それとビニール製の荷造り紐――。
「そんなものを何故?」
「犯人が女性を縛った紐の類似品として」
今度こそ俺は吹いた。
「セコイ犯人だなあー。SMが趣味ならそんなモノで縛るな。そんな緊縛は興奮要素半減。見られたものではない。時々ネットで出てくるがすべてパス。この中のどこにもないはずだ」
「浣腸もされてた」
「そりゃ良かった。俺は浣腸も趣味じゃない」
その日、犯人逮捕。
翌日、押収物は返品された。「こんなことはもうゴメンだね」と言ったら、「もうないでしょう、今度のことは宝クジみたいなもんですよ」と親父デカ。おまえに言われたくはない。
●「宝くじ」の意味
半月後、地元台東区が行なっている無料法律相談に、警察の担当者名入り押収書類2通、サイトトップと『独り言』ページのブラウザ画面プリント、当日のあらましテキストと、「投稿規定」テキストを持参して出かけた。
弁護士 税務査察でもなんでも、捜索の時は“投網(とあみ)を掛ける”といって全部持っていき、一つでもめぼしいものがあれば「めっけもの」といった感じなんですが、こんどのは単にずさんだったということでしょうね。
俺 オウム事件もあるから「障害者だから免れる」とは思わなかったが、本気で疑ってかかったんですかね?
弁護士 ドアを開けたその時点で、おそらくは「間違いだった」と覚ったはずですよ。
ただしかし、裁判所の許可まで取って「なにもなかった」じゃカッコ悪い。なにか土産持たなきゃ帰れない。
結局、相当ずさんな捜査だったということですよ。そういう意味では、(本来あってはならない事例ということで)「宝くじ」という言い方は当たってるかも知れませんね。
ログインしてれば、おかしいことには気付くはずですよ。合成という確率だって高くなる。ところがログインしてない。マルさんのパソコン画面で初めて確認したわけでしょ。
そのIT担当はURLを知りながら、見るのを怠ったんでしょうよ。『間違いない、それ行け』という断定、見込み、勇み足に裁判所も押し切られたということです。
彼、あとでは大目玉食らってるはずですよ。
俺 では、頑張れば頑張り抜かれたということだろうか。だとすればサイト運営に協力してもらっている仲間に申し訳ない。何人かは実名や住所がデータとして残ってましたから。
弁護士 裁判所の認可があれば拒否することはできませんよ。
何度か頼んでいるネット接続業者から、親戚がおなじような被害をこうむった話を聞かされた。コンピューター犯罪に対処しきれていない警察内部では、若いネットオタクにIT部門を任せきっているそうだ。そのお粗末がこういうバカを演じる。
また、勤続30年の知り合いの元公安警部はこうも言った。「警察を学校にたとえていえば、昔は大学でも今は小学校だ」と。警察全体がサラリーマン化し、適性もなにも考えず採用するから不祥事を連発する。根性がないから自殺者も多い。
押収物を返しに来た時、さすがにバツが悪かったのか3人のうちITバカだけ来なかった。
また、勤続30年の元警部は、横浜から押収物を返しに来たと言ったら驚いた。「そりゃ上等だ」と親父デカたちを褒めたのだ。通常ならば間違いであっても、押収した相手に取りに来させるのだという。相手が身障者と見て気を利かした、それが立派だと褒めるのだ。
だったら、こんなバカのために会社を一つ潰されたら誰を恨めば良いのか。
刑事とのやりとりで出てきた同じマンション2階の社長とも後で青くなったものだ。
というのもちょっと前まで大口のチラシを5つ、同時進行で抱えていた。しかも速攻。最悪、これからフィルム製版、印刷という時にハードからデータから持って行かれ、犯人逮捕とならず、ずるずる引き延ばされていたらと……。
今年、もう一度、無料法律相談に出かけて別の弁護士にこのことを尋ねた。
同様のトラブルは後を断たず、憤然「訴訟に!」と怒る被害者も現われるものの、たいてい最後は泣き寝入りとのことだ。
仕事の邪魔も困るが、当マルガリテの部屋への干渉(緩衝)はなお困る。そこで無手勝流、「身を棄ててこそ浮かぶ瀬」で、俺は顔も実名もさらし、居場所をほぼ特定し、標的となる車イスの背中のイラク反戦ポスターも告示した。
先の弁護士は「匿名性は強いより無い方が」といった程度で、効果は期待視しなかったが、結局、9月に長らく休止していた別サイトを立ち上げ、素顔さらしの戦術に撃って出た。
●攻撃は最大の防御と信じ…
警察のダンナがたへ!
マルガリテの本性は××××ですぜ。詳しくはトップから別サイトに飛んでくれ。逃げも隠れもしませんよ――じゃなかった、出来ませんよ、こんな身体で……
また、俺は自分の人生に賭けて警察の厄介になることなどは断じてするものではない。
・ミニコミ発行を7年続け、
・マスコミ人、有名人とも多数知り合ったこと、
・漫画の神様、手塚治虫さんとも、「座頭市」役者、勝新太郎さんとも会ったし、
・しかも手塚さんには浅草公会堂での障害者芝居公演では世話にもなったし、
・いまでも超有名な某シナリオライターと年賀状のやりとりなどはあるし、
・俺は、ただのゆきずりの人にでも自分の素性を隠さず話すし、
・ヘルパーでも(今は呼んではいないが)ヘルス嬢でも、いちど付いた者は自分からは替えないし、
・たとえ思想は違っても、そういう自分と30分話した相手は俺の人間性を認めてくれたし、
・だから、そのような俺の全人生、誇りにかけて性犯罪などに関わるという不名誉は起こし得ないし、
・一朝ことあれば、俺と知り合った何人かは心底俺の弁護に立ってくれるだろうし、
・逆に俺が知り合った人の誰かが権力犯罪によるでっち上げ、冤罪にさらされた際には、渾身の力を込めてその人の側に付くことも誓う。
警察のダンナがたへ!
死がそれほど恐れるものでないことは、本稿の冒頭、F氏の話を読めば分かる。
俺には高額ケアを受けるに可能な財力は確実に無く、快く死の瞬間まで看取ってくれる家族もいないだろう。そうなるまえに死ぬことは決して不本意なことではないからだ。
しかるに俺は、俺の人生の最終章と思えるサイト主宰に命を賭けることとなった。
実名さらし、標的さらしが、その覚悟のあらわれである。それだけの価値をサイト運営に見つけ、だからこそ、サイトを不名誉な行為で閉じることなど断じてないとは思わないか。
以上宣言した。
また再び、同様の見当違いでいらざる攻撃、弾圧を受けた際には、俺はサイトごと火だるまになる覚悟で応ずる。したがって次には、ヤケドくらいは覚悟してくることだ。
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