MatzPaper第52号
発行日2008年5月30日

目次
 働くってなんだべ?A『早朝の風景から』(松村勇気)
 特集 「小さいころなりたかったもの」
 『民俗学について』(麻人)
 『大学生活7』(S.S.)

働くってなんだべ?A
「早朝の風景から〜新聞配達と大型トラック〜(松村勇気)
  
  生活する時間が変わると、見えるものが変わってくる。そんな話から。
  数年前まで早起きが苦手で、午前中のイベントには参加できず、という感じ   
 でした。しかし、人間変わるもので、ここ1,2年で朝早起きさんになりました。  
 朝の5時ごろ起床、一日おきに早朝ランニングに出ます。暖かくなるにつれ、   
 朝早くから散歩する人やランニングする人が増えてきました。「おはようござ   
 います」と挨拶をしては無視されたり、一見怖そうなオジさまが挨拶を返して   
 くれたり、「人は見かけで判断してはいけない」なんてことを考えます。
  一方、冬の朝は、人も光もとても少ない。光といえるものは、信号機とコン   
 ビニとわずかの外灯だけ(冬の朝5時ごろだと、月と星が綺麗な日もありますが)。
 そのなかで見かけるのは、新聞配達の自転車・原付バイクと大型トラック。この  
 新聞配達と大型トラックのことを、「働くってなんだべ?」と関連させて書いて  
 いこうと思います。
  山形の冬は寒く、朝はなおさら。道路は積雪・凍結状態(松村もランニング中  
 によく転んでおりました)。それが、新聞配達をしているライダーさんと長距離  
 トラックの運転手さん(配送員)の労働時間でもあるわけです。
  朝起きると、ポストに新聞が配達されている。それは当然のことと思っていま  
 した。なので、配達されるのが遅かったり、配達忘れがあると憤ったこともあり  
 ました。「新聞が配達されていないんですけど、今日は休刊日でしたっけ?!」っ 
 て、皮肉混じりの苦情の電話をかけてしまったことも。しかし、朝の配達風景を  
 見ると、知らぬがゆえの傲慢な態度だったなと思わされました。ライダーさんたち 
 は、わずかの外灯と自転車・バイクのライトを頼りに、配達する家を回っていく。 
 寒い冬でも、凍結道路でも、もちろん風が強い日も雨が強い日も。一軒一軒回り、 
 ポストに入れ、アパートの階段をも登って配達する。配達所では、今から運ばれ  
 るであろう新聞が山になっていたり、一仕事終えたライダー さんたちが集まっ  
 てきたり、雨の日は大量のカッパがあったり。
  細い小道すらも走り回る新聞配達ライダーさんに対して、大通りを早朝から走  
 るのは長距離トラックやバスなどの大型車―バスのほうは「なんとか観光」とか  
 かいてある 場合が多くて、、、そうか、中高生の大会や遠征で使われますもんね―。
  モノが運ばれ、家に届く。日常生活において、発送から家に届くまでの時間が  
 短くなっていることに驚かされることが多々あります。このMatzPaperも発送した 
 翌日に「届いたよ〜」という連絡がきたり、Amazonで書籍を購入して、「発送し  
 ました」のメールの翌日にはポストに入っていたり。いつ届くかわからないとい  
 うのは困りますが、「こんなに急がなくてもいいのに」と思うこともあったりして。
 速く(「翌日配達」)、安全に(荷物追跡情報システム)はもちろん、便利なサー 
 ビスを生み出し提供していかなければならない、宅配業者も競争の渦中にあるよう 
 です(参考:鷲巣力『宅配便130年戦争』新潮新書、2006)。各社の競争のもと、 
 様々なサービスが生まれるのは消費者にとっては確かにありがたいこと。
  ただ、電話で品物を注文しても、インターネットで品物を注文しても、実際に  
 モノを運んでいるのは、「人」なのだということを忘れてはいけないのだと思い  
 ます。大型トラックの事故があるたび、車両の整備不良や飲酒運転のことが騒が  
 れたりしますが、速く届けるためには他車両が少ない深夜・早朝にかっ飛ばすし  
 かない。郵便物が勝手に配達先に飛んでいくわけでもないし、注文した品物がひ  
 とりでに飛んでいくわけでもない。人が仕分けをして、人が運ぶ。これもまた季  
 節や天気に関係なく、もちろん凍結道路であろうとも。
  これら新聞配達にせよ、大型トラックの宅配にせよ、繰り返しますが、そこに  
 「人」が関わっているということを忘れてはいけないのだと思います。様々な時  
 間に働いている人がいて、見えやすい場所で働いている人・仕事もあって、見え  
 にくい場所で働いている人・仕事もある。それらがまた自分の生活とは無関係で  
 はない。見えないところに無頓着で、「人」が関わっていることを忘れてしまう  
 と、人は横暴な態度を取ってしまうのかもしれません(新聞が届いていなかった  
 り、配送が遅れたりしたときに、苦情とともに必要以上の怒りをぶつけてみたり)。
 もちろん、「どんな仕事も同じだけの価値がある」なんていう言葉はキレイ事に  
 すぎないのだと思います。賃金や雇用形態、社会保障の差があったり、社会的地  
 位の差があったりして、けっして平等でも対等ではない。とはいえ、「人」が関  
 わっているということに鈍感ではいけない。モノや金や情報だけでなく、「人」  
 が動いているということ。意識して見ようとしないと見えてこないこと、知ろう  
 としないと知ることができないことも多くある。いくら意識していたとしても、  
 個人に見えるものは社会のなかのごくごく一部にすぎないのかもしれない、それ  
 でも、見たいし知りたいと思う。見たふり・知ったふり・考えたふりもまた危険  
 であることにも注意しつつ、「働くってなんだべ?」ってことを考えていこうと  
 思います。
  次回は、「献血ルーム」の話をもとに、「感情労働」について考えてみようと  
 思っています。(第3回に続く・・・)


特集 
「小さいころなりたかったもの」
  小学校新1年生入学の時期や子どもの日にあわせて、「子どもがなりたい職業」の 
 アンケート結果が公表されたりします。では、その記憶は時が経つとどうなるのでしょ 
 う。記憶に残っているものなのか、忘れてしまうものなのか。そのあたりのことを語っ 
 てもらうことにしました。
   ⇒ 「小さいころなりたかったもの」


「民俗学について」(麻人)
 
  僕が大学二年生になってから、もうすぐ二ヵ月になります。今年度は一年生の時 
 よりも多くの講義を取っているので、少しは大学生らしい生活になってきました。 
 また基礎演習などの少人数制の講義もあるので、ただ聞いていればいいやという態 
 度も少しずつ変わってきたと思います。
  基礎演習では民俗学を取っているのですが、この民俗学という学問は、
 僕が大学に来て初めて専攻にしたいと思えた学問です。基礎演習の始めの頃はそこ 
 まで興味を持てなかったのですが、講義を受けていく中で自分でも調査してみたい 
 と思うようになりました。
  なぜ僕がここまで民俗学に興味を持てるようになったかというと、民俗学は自分 
 の生活の身近にある事象には、さまざまな歴史背景が絡んでいることがわかるから 
 です。
  例えば家族生活や村の構成などにもさまざまな歴史があり、調べてみるととても 
 興味深いです。また民俗の調査方法は聞書きと観察調査というとても素朴な方法で 
 すが、そのぶん生活者の生き様を肌で感じることが出来るのも魅力の1つだと思い 
 ます。まだ二年生のうちはフィールドワークなどはないので、今は民俗学の著書を 
 よんで自分なりに明らかにしたい課題や目的を見つけていきたいです。


「大学生活7」(S.S.) 
  
  桜も散り、東京も夏日が増えてきました。沖縄も梅雨入りしたそうで、そろそろ 
 ジメジメした季節がやってきそうです。
  大学生活も二年目となると「ゼミ」というものが始まります。
  よく大学に行ってない友達や後輩からは「ゼミって何をするの?」と聞かれます。
 上手くは言えませんが、「研究」をする授業です。自分の興味のある事を研究して 
 いる教授の下で 一緒に研究をします。同じ話題に興味を持った人たちが集まるわ 
 けですから、仲良くなりますし、いろいろな考え方に触れることが出来ます。
  私のとっているゼミは教授が「農家兼大学教授」という肩書きを持って
 いる変わった人です。「大学教授兼農家」ではなく、「農家兼大学教授」なのです。
 農業と経済は似ているらしく、
 「嘘をついた分、水やりを怠った分、何事も結果に素直に現れる」
 とよく言っています。
  何故、私がその教授を選んだかというと、人とは違うことをやってのける人だか 
 らです。普通の人と同じことをやったのではつまらない。人がやらないことをやる。
 という、いかにも教授らしい考えかたをし、かつ実行に移す。というのが気に入り 
 ました。実行に移すって教授は少ないので。学部記念事業で余った金で苦学生に  
 150万円分のビールを振舞ったというちょっと 変わった一面もありますが・・・。
 決して酒にやられたわけではありません。
  兎にも角にも、大学=研究≠受身の勉強(高校までの授業スタイル)という感覚 
 を私は 持っています。やっと大学生らしい勉学に励めています。楽しいです。  
 受身じゃない勉学ってのは本当に楽しいです。ビックリするくらい楽しいです。  
 すばらしい環境にいさせてくれる親に 感謝して日々勉学に励みたいと思います。



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