日時:1995年8月13日(日)。時間:17:00からだったと思う
場所: El Estadio Nacional Publico(エル・エスタディオ・ナシオナル・プブリコ。サンティアゴ・チリ)
天候:雨、気温は6度(バス通りの温度計。サンティアゴには四季があり8月は冬)
結果:La U(ラ・ウー)[Universidad de Chile] 3−0 Palestino (パレスティーノ)
ホテルの人に大体の場所を聞いてから、地下鉄に乗る。大体の所で下りて周囲を見るが、よく分からない、バスに乗ってみるが、うまくいかない。真っ直ぐかなりの距離を行った先だと思う。1時間近く歩いたが分からない。聞けばいいじゃないか! 何やってるんだ! 聞く。それほど近くではないが、あるらしい。2,3人に聞くが、はっきりしない(この程度のスペイン語能力じゃ困るわ)。おじさんが言う、「反対側のバスだ!」乗ると、ナイター照明の前を通り越した。あったみたいだ。戻る。親子連れのマフラーをしたのが歩いている。爆竹の音がする。間違いない。ただ、そこから、とんでもなく長く感じる。ともかく着く。
チケットを手にして入ると、前半が始まっており、0−0である。シュートミスが多く、ホームの“U”の攻撃が悪かったので、罵声だらけだ。前半はそのまま両チーム無得点で終わる。タバコ(2本)を買って周囲を歩くと、ホーム・サポーター側のゴールライン脇辺りの席に着く。席といっても座っている者などいない。雨は強くなってきたようだ。後半が始まる。前半同様、応援は統制がとれていて、ホームの決まり文句になると、皆がすばらしく一致したタイミングで唱える。点が入らないので、相変わらずブーイングが多い、ただ、“U”は前半よりは攻撃的だ。こういうときにカウンターを食らって1点取られて負けるのがサッカーだし、相手に1点入ったら面白いと、密かに思っていたが、“U”の右サイドからのボールがあっけなく入ってしまう。その後、“U”はカウンター中心となるが、フリーキックを直接交代出場の20番の選手(H.ブラボ)が決めて2点め。“U”は10番が出場しておらず、13番(C.モラ)がキャプテン。想像するに20番は期待の若手か? パレスティーノは反撃しようとするが、うまくいなかい。挙げ句の果てに、スイーパーR.タヌッチがPKを取られる。彼はその時ケガをしたような素振りをし、そのままタンカで運ばれて、交代。本当にケガなのか、後方からのタックルのレッドをイエローに軽減するためなのかは分からない。ファンは盛り上がり、PKも決まって試合は3−0で終わる。終わってもサポーターの歓声が続く。
データ
データは翌日買った新聞「La Tercera」95年8月14日スポーツ面3〜15(別冊)頁より。新聞全体では100頁位あって、値段は250ペソ(100円位)。ちなみに「Tercera」は、英語の「Third」と同じ意味。
El Estadio Nacionalは、サンティアゴ北東部にあるが、帰りは212番のバスでセントロ近くのMoneda駅前まで戻ったということしか説明できない。「Lonely Planet」や「地球の歩き方」の地図にも、やはり出ていない。地下鉄で、Escuela Militarで降り、そこで聞くのがよいと思う。
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