有名ガイドの遺跡案内

トルヒーヨ(Truhillo),バスでリマ(Limaへ、 2000年5月6日(土)〜7日(日)


 5時の目覚しで起きる。便通は普通となるが、何かちょっと違う。荷物を整理して、昨日の日記を書く。6時を過ぎてシャワーを浴びる。「ぬるま水」しか出ない。どうやっても同じ温度。あきらめてこれを浴びる。洗濯物は全く乾いていない。一応窓から吊るす。

 食事は隣のレストラン。10.5ソル(400円ぐらい)。パインジュース・パン・コーヒー・豚のアバラ肉のフライ・ユカイモ・タマネギのサラダ。朝から肉も悪くないかもしれない。

 散歩。白いカテドラル。ホテルへ戻る。8時。結局洗濯物は乾いていない。

 ツアーの迎えは8時半。ペルーではこれまで時間前に迎えが来ることが多かったが、今回は9時40分になる。他に2組を拾って出発。


 最初は太陽のワカ(Huaca de Sol)・月のワカ(Huaca de la Luna)へ。ガイド氏はスペイン語と訛った英語。紫外線がきつい。朝、顔に塗った日焼け止めは効いているのだろうか?

 

太陽のワカの壁画。対称というコンセプトがあるようだ。


 午後になり、Guia Tourの事務所に戻る。時間が1時間半ほどある。まずは昼食。ガイドに「カブリート・コンビナード(ヤギ)」を食べたいと言うと、"La Mochina"を紹介してくれる。ビール・サラダとカブリート(豆添えライス付き)を頼む。サラダは大量のアボガド・トマト・ウリ・レタス・ビーツ等でマヨネーズであえてある。カブリートはカレーのような黄色をした、様々なスパイスを混ぜたソース付き。全体の味はよかったが、カブリートそのものの味はよく分らない。何故か、噛めば噛むほど味が出るライスが旨かった。この店には、セビチェやクイ(モルモットのようなネズミ)等、ペルー各地の料理を置いているようだ。


 インターネットカフェに寄る。再び、ここKyoko@Hime)の掲示板へ。

 

書込み こう書きたかった
Kyomo Nihonngoga Yomenai 投稿者:Mendoza  投稿日:05月07日(日)03時39分16秒

Domo Thank You! Hime! mata tojo desu.
Ima Peru no Trujillo toiu toshi ni imasu.
Kawasaki nimo kachi mashitane. Kobayashi to Tuto no
tokuten rashii ga baketa mojino namae to bangou towo
awasete yatto wakatta.

Ecuador & Peru niha Internet Cafe ga ippai desu.
Demo Nihonngo ga yomenakute MOjibake tono tatakaiga tuduku.

今日も日本語が読めない 投稿者:Mendoza 投稿日:05月07日(日)03時(現地時間5月6日13時)39分16秒

どうも、サンキュー! 姫!
また、登場です。

今、ペルーのトルヒーヨという都市にいます。

(FC東京は)川崎(フロンターレ)にも勝ちましたね。小林とツゥットの得点らしいが、バケた文字の名前と番号とを合わせてやっと分りました。(FC東京のオフィシャルのページを見る。「○△,◇□」というように文字バケしているが、いつも見ているので、そこが得点者の欄であることが分る。メンバー「9:○△,24:◇□」というところを見て、○△がツゥット,◇□が小林であることが分る。)

エクアドル&ペルーには、インターネットカフェが一杯です。

でも、日本語が読めなくて、文字バケとの戦いが続く。


 2時半に事務所に集合して、チャンチャン(Chan Chán)遺跡へ。ともかく広い。ガイドもそれを強調。ペルーというとインカ帝国が有名だが、いろいろと先インカ時代の文化もあるのだ。(これ以上説明できないのが情けない)

 

魚や鳥の模様。ユーモラスな感じがする。

 

夕方はワンチャコ海岸へ。ここもティティカカ湖のようなトトラの船がある。

 「このへんは雨が降らない。だから遺跡も保存状態が、いいままで残っている。」とガイドは言うのだが、けっこうな量の雨が降ってくる。


 夕方6時頃オフィスへ戻り、荷物を持って歩く。とりあえずリマ行きのバスターミナルを目指す。ガイドによると北東へ4,5ブロックとのことだが見つからず、タクシーを拾う。南西側である。いきなり強引な「リマ」の声に、乗り込んでしまう。これは不味いことだ。食料もないし、この時間のバスだと、「悪名高き」リマのセントロに暗いうちに着いてしまうのである。

 となりの「おばさん」は乗車名簿の記載から、同い年であることが分る。同い年だが、ペルーのここ30年を考えると、私とは全く違う人生経験を歩んでおり、彼女の顔にはそれが刻まれているように思える。ときどき別の席に座っている子供がやってくる。「いつもの」折鶴を新聞紙で折ってやる。10歳だそうだ。「きれいなのを作って。」と言うから、「君よりきれいなものはできないよ。」と言い返す。彼女は素直に(抜け抜けと?)、「ありがとう。」と言う。何かよく分らんが、不思議な外国人に興味深々のようである。ふと考える。選挙が間もないペルー。最近は随分と良くなってきており、この娘にはきっと明るい未来があるのであろう。

 バスが止る。となりの「おばさん」がトイレに駆け込む。私も駆け込む。バスの中ではサスペンス(ホラーに近い?)ものの映画が上映され、人気。バスが発車する毎に、上映を催促する"Vamos"の声が上がる。彼女に「俺はこれ、嫌い。」と言うと、彼女も"Violencia(暴力的)"と言って同意する。途中の町、チンボテ(Chinbote)は、魚介類の輸出港として重要だと教えてくれる。バスは真っ暗な中、約10時間をかけて、リマへ向かう。


 バスは4時半頃、リマの街に入る。そして、真っ暗な中、5時頃にバスターミナルに着く。小さな喫茶店のようなところに入る。食事をして時間を潰す。5時半になる。

 バスターミナルへ戻り、Pensión Satoという日系人の経営する宿(実は3年前にも行っている)に泊ろうと思って電話するが、かからない。タクシーの運転手がしつこい。行き先を言うと、8ソルだという。そんなに高くないと思ったのでOKする。この運転手の兄弟は日本の工場で働いていたそうである。ヤマハの浜松あたりらしい。この宿はPueblo Libreという地区であり、そこへ行って周囲の人に聞き、たどり着く。

 ここのお婆ちゃんは相変わらず元気。日本人の大学教授が「住んで」いる(1年間泊っている)。お婆ちゃんは「サッカーを見に行く。」と言ったら驚いている。電話番号が変ってしまったそうである。


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