ソウル・アンカレッジ経由で初のパリへ

 東京→パリ(Paris・フランス。ソウルとアンカレッジでトランジット) 1995年12月25日(水)〜26日(木)


 18時20分発(16時集合)の大韓航空で飛び立つ予定だったが、遅れそうになる。行きの列車の中でもイライラしていたが、空港に着いたら17時を過ぎている。あわててカウンターへ行くと、「貴方が最後です。」と言われる。このときは、得体のしれないツアーに入っていて、往復の航空券だけ買うというパターンのやつ。

  ソウルのトランジットでは、韓国サッカーの英雄、チャボングン(チャブンクン)特集番組をやっている。ドイツで活躍していた彼の得点シーン毎に大盛り上がりである。ソウルで飛行機を乗換え、アンカレッジへ。(当時はヨーロッパ行きは北回り(アラスカのアンカレッジ経由)と、南回り(インド等の経由)があり、南回りは安いが遅く、ときどきオーバーブッキング等もあるようなルートだった。北回りだったが、大韓航空は韓国がソ連と国交がないためか、ソ連上空を飛べないので、アンカレッジ経由だったはずだ。アンカレッジの空港ではヨーロッパ行きの日本人が沢山いるので、怪しいうどん等があった。このサイトの旅行記では、原則として現在形で書くように努めているんだが、こういうところは過去形で書かざるを得ない。)

 ソウルからは日本人のカメラマンとノルウェー人と、アンカレッジ・パリまで一緒である。パリに着くのは翌朝である。日付変更線を往復するような空路なので、何時だか、よく分らないし、あと何時間で着くのかはさっぱり分らない。


 パリでは、シャルル・ドゴール(CDG)空港からオルリー(Orly)空港へ。バスで1時間ほど。カタール人の経済学者(? 名刺に”Economist”とある)と一緒。空港を移動しただけのパリだが、アフリカじゅうに飛行機が飛んでいることが分る。地図の上と地理の試験でしか見たことのない地名ばかりで、ここで予定を変更してしまえば、数時間でそれらの都市に行けるということを考えると、ちょっと興奮する。今回は9日間だが、もう少し長い休みが取れれば、他のアフリカ諸国に行くこともできるのではないかと思う。

 パリからカサブランカまでもこのカタール人と一緒だが、彼は相当なインテリのようで、英語で話していると疲れてしまう。「日本の若いビジネスマンはこんな程度(アホ)か?」と思われてしまったかもしれない。


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