とりあえず、近場のアラフエラへ
サンホセ(San José),アラフエラ(Alajuela)バス往復 1991年4月30日(月)
リモンやカリブ海の情報を調べようと思ってロビーへ。しかし、例のカウィータの娘は出てこない。朝食は昨日と同じ市場の店で、「Arroz con bif(アロス・コン・ビーフ=ビーフシチューのようなものを小豆のような豆ご飯にかけたもの)」を食べる。リモン行きは鉄道はもちろん、バスもないようだ。ホテルに戻って部屋を安いもの(バス・トイレ共同部屋)に代えてもらう。1,500円ぐらいの部屋から1,000円ぐらいの部屋へ。時差ボケで、一度起きても眠ってしまう。
予想の外英語が通じず、めげてくる。昼食は文化広場の近くの「Taco Bell」でタコス。ここなら英語のメニューがある(あったと思う)。英西・西英辞典を買う。和西が手に入る訳ではないので、仕方がなく・・・
早くも午後になり、中途半端な一日となってしまった。日帰りできるのはアラフエラぐらいかと思い、バスに乗ることにする。空港に行くバスの行き先がアラフエラだから、簡単である。
ここは、サンホセのベッドタウンで、特になにもない町だが、ビールを飲んでから公園でのんびりしていると気持がよい。鳥の声は、私の耳で聞いていても、相手を誘い込むような声である。原色の花が咲き乱れ、魅惑的だ。
青い開襟シャツ(制服)を着てスカートやズボンを掃いた女子高生が、3人ぐらいのグループで歩いて来る。学生たちの皮膚や髪の色・髪型は「何でもあり」。皆それなりに利発そうで、私にはロリコンの趣味はないが、その可愛いらしさに気持が明るくなってくる。これは本当に一見の価値がある。その趣味がある人なら一人ぐらい連れて帰りたくなるだろうし、女性が見ても悪い気はしないと思う。
バスでサンホセの中心街へ戻る少し手前に「Yaohan」がある。そこで降りる。その手前には日本食の店があり、向かいは「Nissan」。このあたりに日本人が住んでいるのかもしれない。中へ入ると入り口の横に事務室があり、日本語の企業理念も掲げてある。商品の陳列方法、肉や野菜のパック等は日本的である。魚のコーナーでは「鮭が入荷しました」「詳しくは係員までお問い合わせ下さい」と日本語で書いてある。でも、見まわした限りでは、客も店員も日本人は見当たらない。
ホテルへ歩いて戻って近くで夕食。同じ店に2回行くと、対応がよくなる。最初は無表情だったおばちゃんの顔が変るのだ。
部屋に戻って気がつく。目覚し時計と小型ラジオがない。どうも部屋を移るときに忘れたようだ。フロントに聞いたが、ないようだ。そして、夜中に目が覚めてロビーでコーラを飲んだときには財布をそこへ忘れる。翌朝フロントに注意され、彼は財布を返してくれる。時差ボケとリモンに行けない落胆で、注意力が散漫になっているようだ。