ブタペスト(Budapest・ハンガリー) 1991年12月31日(火)
翌日、王宮の丘へ。寒いこと、寒いこと。中の喫茶店のようなところでホットワインを飲む。
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もう少し安いホテルを探し、候補地へ行くが満員である。そして、そのホテルが「プライベート・ルーム」を紹介するという。何のことだと思ったら、民宿のようなもののようだ。地図を確かめてたどりつく。マンションのようなところだ。そこにいたのは、それはそれは上品でしっかりした、親切なお婆さん。こんな怪しいアジア人2人を何故ゆえに泊めるのか。推測だが多分あっていると思う。
彼女は夫と死に別れ、年金生活者であり、子孫もいない。そして、ハンガリーの市場経済の導入とインフレで、年金だけでは生活し切れなくなり、止むなく民宿をやっている。
彼女は、言葉はドイツ語が少しできるだけで、英語は全く通じない。我々は「明日からトカイに行って一泊してから帰って来るので、大きな荷物を預かっていて欲しい」ということを通じさせようと、メモ・ペン・動作・言葉(通じない)全てを使用したら、何とか意味を分ってくれる。こういうのが旅の醍醐味だと思っている。同じ人間でも随分と違うと思うこともあるが、やはり同じ人間なんだよな。
12月31日ということで、新年を祝う人たち(旅行者が多い)が街を徘徊している。きれいな女の子がどんどんキスをしてくれる。そして、彼らは所構わず爆竹を投げる。そして、この爆竹、聞いたことがないほどの大きな音なのだ。「社会主義国、中国製のキョーレツなヤツ」ではないかというのが我々の想像。なお、ブタペストを歩くときには、"BUDAPEST/ATLASZ ATLAS"という地図が有料だがお勧め。現地で手に入る。
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| 翌朝、国会議事堂前で。今日はトカイに行くぞ! |