同級生駐在員との再会

 コペンハーゲン,鉄道でデュッセルドルフ(Düsseldorf・ドイツ)へ 1992年8月14日(金)


 昨日、ボーンホルムからコペンハーゲンに戻って、もう一泊した。天気は「雨−晴−雨−晴−雨−晴−雨」という天気で、土産物(小物)を買うために両替をしたのだが、\20,000,\20,000,\5,000,\15,000とキリがない。

 コペンハーゲンを朝出発して、行きと同じ路線で、フランクフルトよりは少し手前にあるデュッセルドルフで一泊というのが今日の予定である。大学のゼミの同級生のところを訪問する。ここは日本の駐在員が多いところで、日本人にとっては、それなりに便利なところのようである。


 同年代で海外に駐在している仲間と会うのは初めてである。どんな生活をしているのか興味深い。彼は結婚して2年弱、子供が生まれたばかりである。そして、事務所には英語のできる事務員がいて、私は彼女と連絡を取っていた。彼が仕事で使う言葉は英語。しかし、奥さんは買い物するためにドイツ語が必要で、彼よりもうまくなっているそうだ。そして、駐在している日本人が1人なので、従業員(アルバイトのような感じだそうだ)の管理が大変であるそうだ。そして、日本の本社から「お偉いさん」が来ると、すぐに「旅行代理店の業務」が始まるそうだ。ホテル・切符の手配はもちろんだが、最も大変なのは、ストライキがあったときの対応だそうである。

 美人で知性的な奥さんには、お土産として、スウェーデンで買った「折畳式おむつ換え台」、これまで使ってきた「地球の歩き方 北欧」と「トーマスクック欧州時刻表(日本版)」を差し上げる。悪いものではないと思う。

 夕食をごちそうになる(ゴメンなさい、何だったか忘れました)。日本食関係では、実はゴボウが最も手に入り難いものなのだそうだ。

 そして、彼らは「マンション住まい」だが、当然というか何というか、天井が高い。いいところに住んでいるようにも見えるが、そういう家しかないようである。ただ、午後10時を過ぎて洗濯・食器洗いをする等は暗黙のルールとして、もってのほかだそうである。車で車庫までいったが、鍵は頑丈で二重。やはりこうしないと盗まれることがあるそうである。旅行者と住んでいる者とは間隔が全く違う。なかなかこういうことは分らないものである。デュッセルドルフ駅のバーで、彼と「エール(日本ではビールの一種に過ぎない)」を飲む。子供が生まれたばかりなので、彼の家には泊らず、駅の脇のホテルに宿泊。

 (最近になって、また、彼らは駐在になった。また押しかけてみようかな?)


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