日本語を喋る老人

ソウル 1994年1月1日(土)


 何のドラマもなく、ただ漫然と年が明けた。昼頃に外出。とりあえず、トンデムン(東大門)へ。近くにサッカー場があるが、別に試合をやっている訳でもない。

トンデムン(東大門)


 宿で会った日本の高校の先生2人とチョンミョ(宗廟)・チャンギョングン(昌慶宮)へ。歴史の先生もいるので、地理選択で歴史は苦手の私には心強い。彼らは日韓合同きっぷでやって来たそうである。

 

 チャンギョングン(昌慶宮)で。ここも赤と緑。「秋月揚明輝」とある

 


 夜はまた3人で「アンジュングン ウィサ キニョムグァン(安思根義士記念館)」へ。日本語を話す老人が、「貴方たちのような人に来ていただいて、こういうものを見て貰いたかった。」という。関川夏央「ソウルの練習問題(新潮文庫)」にも書いてあったと思うが、「貴方たちのような人」というのは、日本から韓国へ旅行に来る人は、「パンチパーマ、エナメル靴が多い」ということの裏返しだろうか。日本兵の虐殺の絵等がある。伊藤博文(非常に嫌われている)がアンジュングンに暗殺されたのだが、千円札の図柄が博文のままでなくてよかったのかもしれない。屋台で血入りソーセージのような臓物を食べる。


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公開日 21 de Ago. 2000
最終更新日
(デザイン)
1 de Ago. 2006