アジアの洗礼(?)に苦しむ帰国記
ソウル→東京 1994年1月3日(月)〜4日(火)
警告:食前食後の方は読まないで下さい。腹痛を催すおそれがあります。 |
朝起きる。酷い下痢である。ずっと薬を飲んでいるが、酒も飲んでいるせいか、よくならならず、昨晩ホテルに戻って来てから、酷くなってきたようだ。休みは明日(4日)までだが、今日帰ることにしよう。高校の先生たちにも別れを告げ、ホテルを出る。(一人から後で葉書が来たが、今はどうしているんだろう。)
地下鉄でミョンドンから乗り、トンデムヌンドンジャン(東大門運動場)で乗換え、ウルチロイプック(乙支路入口)で降りる(だったと思う)。空港行きのバスに乗るが、途中のロッテホテルで途中下車。ここでホテルに駆け込んで、トイレを借用。空港までは40〜50分のようだが、緊張感が走る。大丈夫だろうか? 景色を眺める余裕もない。空港に着いて、またすぐにトイレに駆け込む。こりゃまずい。
空港の医務室へ。薬をくれる。ゼリー状の見たこともないような薬も入っている。「郷に入れば郷に従え。」 韓国の下痢には韓国の薬が一番効くに違いないと信じて飲む。これで安心だ。チケットは空港のカウンターで買う。円かドルで払ったと思うが、24,000円ほどで(だったと思う)、ノーマルチケットの割には安い。11時発で、時間があるので買い物。リーボックのジョギングシューズを買う。タイ製で、これも安い。(搭乗前にも、もう一度トイレに行ったかもしれない。)免税の酒を買うが、受け取るのを忘れたまま、飛行機に乗り込んでしまう。
飛行機は在日韓国人の家族である。幼い子供2人が可愛らしい。飛行機の中でもトイレに駆け込むかもしれないなあと考えながら、緊張して乗っている。約2時間なので、駆け込むことはなかったが、何も食べられないし、水も飲めない。
成田でも一回トイレに行ってから、帰国の手続きをする。「体調は?」と聞かれ、「腹を壊しましたが特に問題がないです。」と言う(だったと思う)。
帰りはJRの快速。成田エクスプレスでもよかったが(この時代にあったっけ?)、トイレが付いているかどうか不安だったので、停車が多い方にする。途中、我慢したが、新小岩(だったと思う)で列車を降り、トイレに駆け込む。まだ、先は長い。
| <その後の顛末> 帰国の翌日は一日部屋にいたが何度もトイレに駆け込んだ。体がだるい。胃痛もある。でも、1月4日だから、開いている病院を探すのは大変だろう。明日から出勤もである。考えた挙げ句、夕方になって、救急車を呼ぶことにした。救急車がやって来た。「イテテ、イテテ。」とか言って乗り込んだが、「たかが腹痛で『タダのタクシー』を呼ぶ奴」に迷惑そうでもあった。 検査をしたら、肝臓の値が異常だった。薬を貰って飲んだ。また明日来いということであった。タクシーで帰る。薬はすぐに効いて、胃の痛みも収まり、下痢も止った。 翌日は一応会社に出勤してから、病院へ。原因不明の肝炎だそうだ。その日の検査で、もう異常値は出ない。しかし、その後、2週間に1回検査を2月下旬まで繰り返す。原因がよく分らないが、値は正常。しかし、禁酒はもちろんである(自白:2回ほど飲みました)。ということで、94年はさんざんなスタートとなってしまったのだった。 その後の健康診断でも何ら問題は出ないので、すっかり忘れていたが、結構ハードな旅だったのだ。そんな韓国だが、近々(これを書いているのは2000年だが)訪れようと思っている。 |
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| 公開日 | 27 de Ago. 2000 |
| 最終更新日 (デザイン) |
1 de Ago. 2006 |