キト→グアヤキル(飛行機で) 1994年8月15日(月)
南米大陸陸路縦断計画との関係
この計画では、何度かに分けてでいいから(サラリーマンであるから、一度で縦断することは不可能である)、陸路(場合によっては船も可とする)で、南米大陸の北と南を結ぼうというもの。方向は北から南でも、その逆でもよい。従って、往復があるときは片道飛行機を使ってもよいことになる。このような訳で、ボゴタからキトまでは陸路を使ったが、キトからグアヤキルまでは飛行機とし、それぞれ逆方向を飛行機・陸路とすることとした。一つには、キトから途中のリオバンバまでの鉄道に乗れそうもなかったこともある。
当時の「地球の歩き方」には、鉄道はあまり動いていないように出ていた。しかし、テレビ番組「世界の車窓から」では、その頃エクアドルの鉄道を特集していており、旅行代理店も「最近乗った人の話を聞いたばかり」と言っていた。特に低地から高地まで乗った方が迫力があると思ったのでグアヤキルから、乗ってみようと思ったということもある。
キトの空港はスタジアムからも近く、行くのには不自由しない。バスと徒歩で到着。空港の構内には、靴磨きを行なっている子供が多い。空港の人がときどき追い払うが、一定の距離を離れるだけですぐに戻ってくる。例えが非常に悪いが、日本の駅前広場のハトやカラスのような距離感である。悲しいものがあるが、彼らに靴を磨いて貰っている人も多い。それはそれで貧しい子供達のためにもなるのだろう。でも、彼らは学校には行っていないのか? その後、空港の売店のババアが、買い物をしようと思っている俺を無視する。非常に腹がたつ。向こうが白人で、こっちが有色人種という態度に見えるので、日本語で悪態をついてその場を離れる。靴磨きもするほうが常に有色、されるほうが常に白人なので、「差別される側」という意識が過剰になったのかもしれない。キトからの飛行機は自由席。整理券のようなもの。「ドセ(Doce・12時)」というところを「ドス(Dos・2時)」と勘違いしていて、のんびりしていたら、乗客の一人が教えてくれた。助かった。彼も有色。考え過ぎか? 1時間もしないうちにグアヤキルに着く。彼はグアヤキル市内までのバスや住所まで教えてくれて、「困ったらここへ来なさい」と言ってくれた。そんなに大変な町なのだろうか?
グアヤキル・ドゥラン(Durán)往復
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戻って来る途中で子供がギターを引きながらコントのようなことをやる。大人びた言葉使いが受けているようだ。私は意味が分らないので無視していたが、彼は「芸」が終わると乗客にチップを要求し始める。私のところにも来て要求するが、私は別にちゃんと見聞きしていた訳ではないし、意味も分らないので拒否する。彼はしつこかったが、最後はマラドーナが審判に抗議するときのように両手を広げて「くそ! けち!」というように立ち去る。不愉快なガキである。「学校行け!」と言いたくなるが、この点がエクアドルの問題なのかもしれない。でも、私は絶対に貢がないよ!