また日程が狂う
ラパス(La Paz) 1995年1月2日(月)
今日、ラパスを出よう。そうしないと、ティティカカ湖(プーノ)・クスコ・マチュピチュのどれかが「薄く」なる。しかし、朝起きたときは、未だに頭が重く、バス停までの1キロ弱の距離を歩く気が起こらない。次の目的地プーノ(ペルー)までは約8時間なので、昼前には出発したい。近くに旅行会社があるので行ってみるが、昨日同様休みである。結局この日の脱出をあきらめる。そういえばラパスの街並みもあまり見ていない。ということで、3人はまた一緒のまま、少し散歩する。市場で肩掛け(っていうのかな、ポンチョにも風呂敷にもなるような正方形の大きな布)や、「Bolivia」と刺繍してある素朴な座布団カバーを土産に買う。それから、ライカコタの丘に登る。
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マイペースで性格が悪く、団体行動を苦手とする私だが、ここまでの行動は常に日本人3人組であった。2人は、イラン・南アフリカに行ったと言っていたので、おそらくは「旅の強者」なんであろう。そのうちの1人は大人しい男だったが、もう1人は常に電卓を持ち歩き、「高い、安い」と計算をする男である。見栄を張っているかもしれないが、できれば現地に住んでいる人と区別がつかないような格好で街を歩きたい私にとっては、このスタイルは相容れない。旅から帰った後で、しっかり計算をして、私が立て替えた分を律義に円単位まで計算して払ってくれたが、比較的値段に無頓着で値切るのがヘタな私には、いささかうっとうしい。その上、彼は言わなくていいことまでとことん言う性格なので、なぜ、この2人が何度も一緒に旅を続けられるのかが、不思議に思えてくる。そのくせ、彼らは現地の人とのコミュニケーションを全て私に任せている。私のスペイン語で、他人に旅を楽しんで貰うというのも、困難な話であるし、これもうっとうしい。早くラパスを出て、彼らを「振り切り」、1人になりたいと切に願い始める。そうなったら、彼らはどうするんだろう。でも、知ったことではない。もっとも、3人だから確かにホテルは安く済んだけれどね。
「せっかくボリビアくんだりまで来たのだから、晩メシぐらいはいいものを食べよう」と言って、マイペースを取り返し、展望がよいという高級ホテル「Hotel Plaza」の最上階のレストランへ。ケチな電卓君も一緒。私も別に贅沢三昧な旅を望んでいる訳ではないが、たまには旨いものを食べたいよね。オランダ人2人と同席となり、ここでは英語で話をするが、日本人2人があまり話好きでないためか、いいコミュニケーションとならない。サッカー・エクアドルのユースチームが合宿でここに泊っていて、何人かとすれ違う。記念写真でも撮っておけば、「レアもの」として自慢できたかもしれないが(さすがにニッチ過ぎるか)、有名選手(未来形)がいたのだろうか? …で、何を食べたのかは忘れた。
しかし、この3,800メートルにホームグランドを構えているボリビアが、いかに、ワールドカップ予選でホームアドバンテージを持っており、各国がどんなに文句を言おうと場所を変えようとしないのは、よく理解できるような気がする。
さすがに2日めの午後になって、高山病は和らいできた。明日こそはラパスを脱出だ。とはいえ、次の行き先のプーノも高度は変わらない。
| 公開日 | 10 de Feb. 2000 |
| 最終更新日 (数字を半角に。表修正) |
25 de Jun. 2004 |