やっとラパス脱出
ラパス(La Paz),コパカバーナ(Copacabana)経由、バスと船でプーノ(Puno・ペルー)へ 1995年1月3日(火)
| ラパス(La Paz) |
ホテルへミニバスが迎えに来る(ってことは、前日にホテルでプーノ行きを予約したんだっけなあ。忘れた)。予定の時間は8時15分だったはず(メモによる)だが、今は7時45分である。バスターミナルにはすぐ到着。意外なことにそのミニバスがそのままターミナルを出発する(コパカバーナ行き)。すり鉢状のラパスを登って行くため、スピードはすごく遅い。右側に座ったが、左側のほうがラパスの下のほうが見えて、景色がきれいだ。なのに、未だに私から離れようとしない(?)日本人2人組は、左側に座って眠っているのである。
ワタハタ(Huatajata) |
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ワタハタのあたり、10時頃になって、ティティカカ湖が左側に見えてくる。ホントに左側に席を取るべきであった。
| エストレッチョ・デ・ティキーナ(Eatrecho de Tiquina) | ![]() |
10時半頃。桟橋でバスを降り、我々は船に乗ってティティカカ湖を渡る。バスは、はしけで運ぶ。多分、人とバスとを同じ船に乗せると、沈む危険があるからだろう。対岸から同じバスで山を登る。ひどい道である。左側に座るが、今度は右側のほうが景色がよい。
コパカバーナ(Copacabana) |
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13時半、予定より約1時間半遅れてコパカバーナへ。バリー・マニローの唄で有名なコパカバーナは、ブラジルのそれであり、ここはボリビアからペルーまでの最後の町である。月の島・太陽の島といった観光地もあり、レストランが何軒かある。マスのフライを注文する。味はまあまあである。ここから高速船に乗れば、プーノまでは1時間で着くらしいが、乗れる船がないらしい。14時。仕方なくバスを乗り継ぐ。
ユングーヨ(Yunguyo) |
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15時。国境の町に到着。荷物検査もなく、出入国は簡単。上のように国境の写真も撮れるほど緊張感がない。スペイン人、コロンビア人、アルゼンチン人、ブラジル人の観光客がいる。私は初めてのペルーへ入国である。両替をして、ここからまたバスに乗る。おっと、大事なことを忘れていた。ペルーはボリビアより1時間時間が遅い。15時ってのはボリビアの時間である。
| プーノ(Puno・ペルー) |
バスは大粒の雹・雷・雨の中を走る。雨季ということだろうが、すごい天候だ。きっと遅れるのだろう。時間が長く感じる。18時頃(時差があるから、バスに乗ってから約4時間)、大粒の雨の中、プーノに着く。
ここで日本人2人とさよならする。ガイドがうるさく寄ってくるが、これも振り切る。ホテルは「Italia」又は「Los Uros」と思っていたが、ともに満室である。結局、バスが着いたところに近い「Arequipa」というところにせざるを得ない。部屋はそんなにきれいではないが、1人部屋である。このホテルの前で、バスを降りた時にうるさかったガイドに「再会」してしまう。明日のツアー「ウロス島・シユスターニ」と明後日のクスコ行きのチケット(半額支払)を頼んでしまう。ついでにリコンファーム(クスコからリマへの飛行機)もしてもらうが、非常に不安。
ホテルのフロントのテレビでは「キャプテン翼」をやっている。日本代表のユニホーム(93年頃のやつ)を着た翼が、「¡Vamos!(バモス・さあ、行こうぜ!)」とか叫んでいるのが何とも面白い。フロントには、このガイドのほか、セーター売りのお姉ちゃんがたむろしていて、うさん臭い。
19時。駅の近くのサッカースタジアムへ行ってみる。ナイター設備はない。ホテルに戻る途中の「Andino Tour」というところで、クスコのホテルとマチュピチュのツアーを予約する。ホテルの近くで夕食を摂る。また、あの2人組がいる。ただ、彼らは明日、クスコへ立つそうだ。やっと「俺の旅」が始まると思い、ほっとする。しかし、それ以上に明日のツアーとか、チケットとか、大丈夫かなあという不安が募ってくる。
| 公開日 | 12 de Feb. 2000 |
| 最終更新日 (画像の枠修正) |
25 de Jun. 2004 |