チリ・ペルー国境鉄道顛末記

アリカ(Arica・チリ)→タクナ(Tacna・ペルー)1997年5月2日(金)

 前日、ホテルの人はタクナ行きの鉄道は動いていないと言った。しかし、「地球の歩き方」「Lonly Planet」「Tomas Cook(時刻表。青い方のやつ。日本語版なし)」の情報を総合すると、アリカからはラパス(ボリビア)行き、タクナ行きが走っているはずだ。前者は非常に時間がかかり、ハードなものらしい。しかし、後者は2時間程度で国境を越える旅ができる。ガイドブックにもあまり詳しい記載がないが、数少ない南米(米大陸といってもいいか)国境鉄道でもある。更に、「Tomas Cook」によれば、月水金の週3回走っていることになっている。というわけで、何とかこれに乗ろうとして、イキケ・アリカとも「軽く見るだけ」の旅を続けてきた。何かムダなことにこだわっているような気もする。

 朝起きると、二日酔いの上、下痢であった。喉も渇いているので飲物を買おうと思った。近くに店でもあるだろうと思い、駅へ行くが、閉まっている。ホテルの人の言う通りかも。それからアリカ丘陵へ行ってみる。時刻は8時頃。途中でヨーグルトと桃のジュースを買う。丘陵に登る。下痢で二日酔いの体には坂がきつい。途中で汽笛の音がする。船かと思ったが頂上から見ると、一両の列車が走っている。ラパス発の列車が遅れたものかと思ったが、どうも違うようだ。丘の上から写真を撮り、両替所へ行くが閉っている。ホテルへ戻り、一旦荷物をまとめる。当面の目標を両替とチケットとし、トイレを使ってから9時過ぎに再度外出した。


朝はひっそりアリカ駅


 両替所は開いていたが、チェックは受け付けないとのこと。チェックを受け付けてくれるところを教えてもらう。しばらくすると見つかった。めでたく20ドル両替。小額の両替だって? カネないし、チリ最後の町だからなんだ。これでホテル代も払える! 駅へ行くと開いている。チケットを買う。回りには物売りが集まっていてペルー土産のようなものを売っていた。皆凄い荷物の量。駅員に11時30分に来いと言われる。ホテルへ再び戻って薬とヨーグルトを飲んでまたトイレ行き。そして精算。「タクナへどうやって行くの?」と、また聞かれたので、鉄道のチケットを見せると「トレン?」と驚く。「勝った」ような気がするが、この鉄道は見すぼらしいためか、あまり「見せたくないもの」といった風情。

 駅に10時30分頃に着いて並ぶ。日差しが強い。しばらくすると入場OKとなり、すぐに座席に座る。回りは荷物を沢山持ったおばちゃんの他に、結構身なりのしっかりした(…といってもポロシャツだが)おじさんもいる。外国人が私一人であることは間違いない。おじさんに車内の私の写真を撮って貰う。何となくなごやかな雰囲気にはなるが、会話が続かない。鉄道は何と11時30分より前(時計では26分)に発車した。左は海、右は土の砂漠のコースをひたすら進む。うとうとする。しばらくするとチリの国境に着いた。名前が呼ばれ、係員がカードを確認している。私の名前は名簿の最初にあって最初に呼ばれたらしいが、車内の荷物が多すぎて、車内から出るのが間に合わなかったのだ。スタンプが押され、チリ出国。スリと下痢か… また、やり直そう。


車内の風景

 後ろの人たち、何でアルゼンチンのユニホーム着ているんだろう。ペルー人だと思うんだけど… ワールドカップ予選中のチリ・ペルー(いずれもその時点では出場可能性があった)国境で、順位が上の「敵国」のシャツ着ていていいんだろうか?


 しばらくして、タクナの駅に着く。入国チェックは私だけ別だった。荷物チェックはOK。ところが、チリ出国の日付が昨日、5月1日になっていたのだ。参った、チリ側に戻らないといけないのか… 戻って何とかなるんだろうか? 記録の上では今日の昼までの私は、どの国にもいなかったことになる。すると2人の男が、「ついて来い!」と言う。ペルーの入国管理局・特別室のようなところへ連れていかれる。2人とも私服でネクタイもなく、得体が知れない。荷物チェックをした軍人風の男とも話をしていたし、怪しい奴ではないはずだが、観光ガイドのような奴だとあとでカネを相当要求されそうだよな…

 入国管理責任者らしき上品でしっかりした女性に、彼らが、「チリが間違った」というようなことを言うと、パスポートに入国のスタンプが押され、入国カードに記入したら、それで事はあっけなく終わった。本当にあっけなく入国できてしまった。あれれっという感じだった。これを「ラテンアメリカの無秩序」というのか? いや、「ラテンアメリカの臨機応変」呼ぶ方がいいだろう。島国根性なので、想像することができないだけなのかもしれない。

 そして、男2人は、「次、どこへ行くの?」と聞いて来る。「銀行(両替)。ところで、警官多いね。」と言うと、「ここに警官が多いのは国境だからだ、心配するな。」と言う。いきなり警官のことを聞いたのは、日本大使公館事件の突入の直後だったので、ペルーは厳戒態勢かと思ったのだ。彼ら2人の答え方から考えると、やはり観光ガイドか? 逃げられそうもない。バンの車の荷物のところに乗せられ、銀行へ。「チップが要るんだろうな。向こうから額を要求してくるのか?」と心配しながら銀行に着いた。「さよなら、いい旅を。」「ありがとう、さよなら。」で、事はあっけなく終わった。再び「あれれっ」という感じだった。親切な(普通のというほうがいいのかな)人たちだったんだ!


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