アレキパ・再び

タクナ(Tacna・ペルー),バスでアレキパ(Arequipa)へ 1997年5月2日(金)

 タクナから前回お世話になったMさんにいきなり電話を入れて驚かせ、泊めて貰うことにする。バスでアレキパへ。飛行機で行こうとするが、空港で確認したら、今日はないことが分った。途中、休憩しているときに電話とトイレで時間を費やしていたら、バスが出て行った。走って追いかけたら何とか乗れたが、質の悪いイジメである。

 アレキパには夜着いた。Mさんの住んでいるところは川向こうのヤナウアラという町である。バスターミナルからタクシー。お土産の中で一番受けたのは、大使公邸事件の突入の日の読売新聞。息子のK君(平仮名と片仮名が読める)が友達を呼んできた。「日本の新聞は写真が多い。」「文字を縦にも横にも読めるなんて面白い。」(突入関係の話はリマのところで書く。)その間にもトイレに2回行ったので(今日は全部で6回ぐらい)、Mさんが薬を買ってきてくれた。もう一つの話題は、ペルーがコロンビアに勝ったことだった。やはり嬉しいらしい。夜1時半頃に寝る。本当に長い、長い、長い1日だった。


翌日は午前中は市内を散策。

ミスティ山がうっすらと見える

アルマス広場より
アルマス広場の一つの通り


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