修道女(?)とタクシー相乗り

アレキパ(Arequipa・ペルー),飛行機でリマ(Lima)へ1997年5月4日(日)


 アレキパ・リマ間は、前回逆方向をバスで移動している(ナスカで一度下車)ので、ここを飛行機で移動しても「陸路縦断移動計画」に支障はない。飛行機は午後5時40分発のはずで、4時40分頃にチェックインしたのだが、1時間程度遅れるとのこと。することもないので、搭乗口に入ってしまう。乗るのはアエロペルーだが、フリアカ行きのアエロペルーが出発する。飛行機の本数はそう沢山ある訳ではないので、ひょっとするとこの帰り便が来るまで待たなければならないのかもしれない。リマ行きは他の会社のものが2つ3つ飛び立って行く。予約をしたことがアダとなっているのかもしれない。当日、空港で、「次の飛行機、○○行き」とやるほうがよいときのほうが多いようである。既に買ってしまったものについて、他の飛行機会社のものに変更するのは、言葉の問題もあってすごく面倒そうだし、金銭的にも損をしそうである。そして、周囲の人で同じ飛行機の人が見当たらないので、本当に今日中に行けるのかどうか不安になる。

 やっとのことで、近くにいた中太りのおばさんが同じ飛行機に乗ることが分る。彼女が言う。「リマに夜着くのは怖いのよね。」  実は彼女の喋り、態度から来る迫力の方がずっと怖いのだが・・・ 彼女はリマの教会施設のようなところに行くことが分る。そしてそこが私の宿泊地(日本の旅行会社に紹介して貰った日系人のペンション)と近いので、タクシーに相乗りしようということになる。さすがにこのおばちゃんが睡眠薬を盛ったり、詐欺まがいのことを働くことはなさそうだ。彼女はクスコの出身で、私の持っていた「地球の歩き方」の表紙の民族衣装を見て大喜び。クスコ近辺のもののようだ。アンデスの民族衣装であることぐらいは分るが、彼女が喜ぶディテイルまでは分らない。日本語のペルーのガイドブックがあり、表紙にアンデスの民族衣装の絵が出ているだけでも嬉しいのかもしれない。今回はクスコには行かないので、そこのページは切り離して置いてきている。彼女が、ペルーで一番よいところはクスコだと大迫力でもって断言するので、「あそこは素晴らしかった。もう一度行きたい。」と返す。本当はアレキパのほうが好きなのだが、そんなことを言ったら大変なことになりそうである。確かにクスコには短時間しかいられなかった(マチュピチュ以外は何も見ていない)という後悔はあるので、もう一度行きたいというのは嘘ではない。しかし、そういう町は他にも沢山ある。サラリーマンの余裕なき旅、仕方がない。まあ、本当にその気になったらもう一度行けばよいだけのことである。

 飛行機は9時頃に出発する。出発は3時間以上も遅れるが、乗れば1時間ほどで着いてしまう。ちなみにバスだと18時間ほどかかる。リマの空港を10時半頃に出る。リマの空港があまり好きではないのは、ガイドと称する輩が沢山寄ってくるからだ。相変わらず凄い(強引かつ多数の)客引きだが、このおばちゃんと一緒なので「怖いものなし」。タクシーの料金については予めペンションに電話して相場を聞いていたので、2人で20ソル(800円程度。今考えるとそんなに安くはないような気もするが・・・)で手を打つことにする。タクシーの運転手が、「空港入場料払って」というと、彼女が、「何言ってるの、20ソルで全部よ!」と凄い勢いで怒鳴る。行き先としては彼女のところのほうが遠いので、そして、真っ暗とはいえ、行き先と同じ通り名のところに来て、番地の数もそう違っていないので、「この辺でいいよ。」と先に降りようとするが、彼女がそれを許さない。彼女は運転手に道を尋ねさせ、正しい番地のところ、ペンションに着くまで私を連れて行く。そうか、料金が決まった後は、「使い倒し」てもいいのかぁ・・・ 話からすると、多分修道女、神に仕える人だと思ったのだが、なかなかたくましく生きているように思える。


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