リマ(Lima・ペルー)1997年5月5日(日)とその前後で考えた
泊まったところは日系移民のおばあさんのやっているペンション。朝起きて、ロビーへ。最初ペンションの人だと思っていた女性は「2年間泊っている」とのこと。それ、日本語違う、「住んでる」じゃないか? 彼女はショルダーバッグを持ってハイヒールでさっそうと出て行く。まあ、「OL」とは言わないだろうが・・・
外出してスポーツ用品店を見つける。うちのサッカー部への土産は、行った国のナショナルチームのユニホーム。ちなみにコロンビアは600〜900円、チリ1,200円だったし、ここでも2,000円ぐらいである。番号を入れれば(予め入っている場合もあり。入れても数百円だと思う)、お土産にも最高だろう。ただ、チリは最近では高くなった。リーボック社のナショナルチームユニホームになってから、独特のラインが目立って入っているためだと思う。限られた滞在で見た限りの話ではあるが、「コピー商品」が一掃されたからである。ラインを似せれば商標権等の侵害、そうでなければナショナルチームのユニホームに見えないというためだろうか。もちろん、チリ・サッカー協会のエンブレムを入れるためにはライセンスが必要だろうし、その独占的使用権をリーボック社が得ているのかもしれない。結果、チリで手に入るレプリカはリーボックのみで、1枚が5,000円以上となっている。
私の夢は、南米のワケの分らないようなユニホーム(コパアメリカを経て理解されるようになったかも)を着た我がチームが、前半開始5分だけ、「サッカーをよく知る人たちのチーム」として相手を精神的に圧倒することである。そして、知らない第三者が審判なら、同じ理由でしばらく贔屓してくれるだろう。しかし、こうしようとしても問題がある。11枚在庫を置いてある店がないのだ。ここ、リマの店でもそう。交代選手分も必要だから「15枚(キンセ・Quince)」と言うと、店主が驚き、「1週間待ってくれ! 揃えて置くから、お客さん。」と言う。残念ながら滞在の最終日なんだなあ。行きと帰りとで同じ町だったら、行きに注文しておけば帰る頃には何とか揃うのかもしれない。金は後払い(手付金程度か?)にした方がいいのは言うまでもないだろう。
天野博物館という日系人が作った有名な博物館に、3度めのリマで初めて行くことができる。帰りのタクシーの運転手との会話。「そうか、日本人も毎日違うメシを食べているのか。俺たちと一緒だ。米国人ときたら、毎日ハンバーガーばかり食ってるもんなあ。」 結構「米国人おちょくりネタ」が使える場合もある。さて、テーマに行こう。
ここから先は情報の元が曖昧になっていて、いささか問題はあるのだが、こういう報道が日本であったことは間違いないと思うので、気にせず書いて行く。
ペルー大使公館事件突入後の日本の報道で気になったのは、どうしようもない表現物の多さである。
| こんな報道があったと思う | 私の考え |
| 16歳の、年端もいかない可愛い(ここまでは書いてなかったか?)女の子が、貧困に耐えきれず、訳も分らずゲリラに参加していて、突入された際にも助けを乞うたのに、容赦なく撃ち殺した。可哀相だ。 | じゃ、彼女だけ撃たなければよかったの? 突入する人たちだって命がけだよ。彼女と人質や突入した人とどっちを守るべき? 「死人に口なし」というけれど、このような話は人質が行ったのだろうか? こんな報道、ゴミだよ。 |
| 直後の記者会見で、青木大使がタバコを吸っていたのはけしからん(主に投書欄?)。 | 極限から生還した人がタバコ吸ったらいかんのか? いい加減にせいや、俺だったら乾杯してから(泥酔してからかもしれない)現れるぜ!! 中学の風紀委員じゃあるまいし。 |
| ゲリラは暴力を使っていないのに、話し合いでなく暴力で解決した。それなのに解決に沸き立ったペルー、一時支持率を持ち直したフジモリ政権。 | 脅しも暴力だ。人質を取って要求を出すことへの怒りがないのか! 暴力集団に妥協して、どうするんだ! こういう体質が日本で暴力集団の存在を許す温床となるのだ。ペルー国民をバカにし過ぎ。 |
台湾の国会での殴り合いを見ていると、日本だけではないのかもしれないとも思うのだが、我々日本人(って「お前と一緒にされたくない」って人も多いかな?)は、あまりに暴力に対して鈍感で寛容過ぎるのではないか!? 日本では「超法規的措置」といって投獄されているゲリラを解放したことがあった。このようなことが中南米諸国(世界各国といってもいい)でされることはない。なぜならこれを受け入れれば、第二、第三の事件が必ず起こるからだ。その意味からいえば、「超法規的措置」というのは、「暴力への妥協」といえると思う。サッカーファンの間では「単なるルール違反のその場しのぎ的表現」としても知られる(フリューゲルス事件)が、全然かっこよい言葉ではないのだ。
そりゃ、「自分や自分の家族が人質だったらどうするんだ。」と言われれば答えに詰まる。しかし、「フジモリ大統領の立場で、投獄されていたゲリラを解放し、第二、第三の事件が続いたときにはどんな責任を取るんだ。」ということもある。事実、人質にはフジモリ大統領の親戚(どの程度近い親戚かが不明なのは申し訳ない)も含まれており、人質が出てきたときに、大統領は彼とだけ抱擁を交したなんてことは、アレキパの日系人たちも話していた。他の人質とは握手だけだったそうである。そして、フジモリ大統領は、「投獄されているゲリラの解放だけは絶対にしない。しかし、君たちが第三国へ出国し、『チャラ』にするチャンスは与える。」という解決策も提示していたはずだ。受け入れる国にとっては迷惑しかないかもしれないが・・・
これにゲリラが応じなかったのは、投獄されているゲリラの一人がスイス銀行あたりに多額の資金を持っていたということもあったそうだ。その点から言っても、投獄されていたゲリラの解放を認めることが、第二、第三の事件を招くことは間違いがなく、そのような点についてきちんと論じていた日本のマスコミが少なかったように思えるのだが、どうだろう。この突入を否定し、「あくまで話合いで解決」なんて言うのは、本当の「暴力反対」ではないのである。こういう「解決」という中に「暴力への妥協」という意味が含まれているから、私はごちゃごちゃ言うのだ。
同じ意味からいうと、総会屋のネゴを拒否したある会社の役員が殺されたときに、「その企業に疑惑あり」を第一に報じ、総会屋の悪を「素抜き」とした報道があったように思う。「仮に彼の会社が経済犯罪を犯しているにしても、人が殺されているのに、殺人事件より企業疑惑を大きく報道するというのは、暴力集団の思うツボ、死んだ彼の立場はどこへ行ってしまったのか?」というのが意見である。このような報道は、ある意味では、暴力肯定に近いような立場があるように思える。そんなもののほうが売れるからなのかもしれない。しかし、表現の自由を守ることを大前提に置きたいので、市場原理で「ゴミ報道」を淘汰して行くしかないと思うのだが、「いい加減にしてくれ」と言うほかない。どうしたらよいのかねぇ。
ペルーの治安について、リマのペンションのおばあちゃん曰く、「事件も解決したし、ペルーの治安は元に戻ってよいものとなった。えっ? 泥棒が相変わらず多いって? 治安って日本語には、泥棒が多い少ないは関係ないはずよ。」 ちなみに「治安」とは、財団法人新村出記念財団 『広辞苑』(CD−ROM 第四版 1995)によると、「国家が安らかに治まること。社会の安寧秩序が保たれていること。」とある。 言葉は生き物なので、何が正しいとは必ずしも言えないというのが私のスタンスだが、ひょっとすると経済犯罪(スリ・引ったくり)が多いだけの場合には、「治安が悪い」とは言わないのかも。少なくとも経済犯罪(賄賂)が多い社会を治安が悪いとは言わないだろう。強盗が多い場合は分らない。「治安維持法」の際には、泥棒が多いことを治安という意味に置き、実は政治犯取り締まりを中心としたそうなので、逆に取り締まりベースから考えれば、「経済犯罪と治安とは無関係」という話になるのかもしれない。
結局のところは、「治安」という言葉を使われたとき、使うときには、どちらの意味なのかについて気をつける必要があるということだ。ちなみに彼女は日系一世だが、「政治犯がいて社会が乱れる状態」と「泥棒が多くて社会が乱れる状態」とを、2つのスペイン語で明確に区別し、一方の翻訳の際に「治安が悪い」と言っているのかもしれない。
そういえば、突入の際に、ゲリラたちはサッカーをしていたなんて話もあったなぁ。サッカーについて言えば、フーリガンのようなどうしようもない暴力や、本来の意味の脅迫をするような奴らは、即ブタ箱行きにし、無期限出場停止としなければならないと思う。が、ヤジの暴力というのは、暴力や脅迫の意味を考えると、幸いにもこれまでは日本には存在していなかったといってよい。その意味で言うと、日本ではヤジ批判ばかりで、むしろスタジアム内での暴力的な行為について、批判が少な過ぎると思うのだが・・・ 外国人選手も言っていたと思う。「家族連れで安心して来られるスタジアムは素晴らしい」 ついでに、日本のサッカー関係の一部のゴミ報道が市場原理で淘汰されるためにも、ロクでもないものは買わないようにしたいけれどねぇ。くれぐれも、報道統制しようって言ってるんじゃないよ。
最後に素人なので理解できないことがある。プロ野球でガルベスが審判にボールを投げつけて長期出場停止になったときのことだ。その試合か次の試合で、デッドボールのような玉に怒った相手チームのコーチがキャッチャーへの暴力行為で退場となったときには、確か1試合程度の出場停止だった。ガルベスの処分はいいとして、コーチにの処分については、こんなに暴力に寛容でいいのかと思ってしまう。本当にビンボールなら、ピッチャーをガルベス並に処分すればよい。それが分らないから危険球退場なのだとすれば、故意の暴力に対する甘い処分について理解できない。とまあ、話はどんどん旅からそれて行くので、このへんで・・・