騒音と悪臭とゴミと渋滞と熱気の町、バランキージャのセントロ

バランキージャ(Barranquilla)(1999年1月4日(月))


 バランキージャというのは、「地球の歩き方」南米編にも出てこない町だが、コロンビア北部で最大、人口100万の大都会である。旅行者よりもサッカーファンの間で有名かもしれない。かつて、あの金髪アフロのバルデラマが所属した「CERVEZA AGILA(アギラビール)」が胸に入った「ジュニオール」の本拠地であるとともに、ワールドカップ南米予選を戦うナショナルスタジアムがあるのもここである。ボリビアがラパスの3,800メートルにあるスタジアムを非難されると、彼らが必ず引き合いに出すのがバランキージャである。「気温40度のところだってあるじゃないか。」という反論だそうである。

 サンタマルタから乗ったバスは、デラックスなもので、冷房つき。乗ってしばらくするとジュースのサービスさえあった。わずか1時間半で到着するというのに… 途中では、マングローブの林が広がっていて、景色はいい。ほどなく眠ってしまい、目が覚めたらほとんどの人が降りてしまっていた。「あれ?これどこ行き?」と思い、バスガイト(女性車掌?)を見ると「テルミナル?」と聞かれ、「シ(yes)」と答えると、大丈夫という風情。しばらくしてターミナルに着いた。


バスの車窓から撮ったマングローブの林(平凡な画像だこと)。枯れ木だらけのところもある。

 ターミナルで定食を食べ、荷物をまとめてセントロ行きのバスを探すがよく分からない。カルタヘナからサンタマルタへ行くときにもバランキージャを経由したのだが、ここのバスターミナルは郊外にある。諦めてタクシーに乗る。「セントロ」と言うと、「セントロのどこだ?」と聞くので、「Lonly Planet」に出ていたホテルVictoria(ビクトリア)の住所であるCalle(カジェ)35Carrera(カレーラ)44(いずれも「通り」という意味)を言ったら、「そうか、セントロは混むから」と言ってホテルまで乗せていってくれた。人も車も量が凄い。ホテルではエアコン付きの部屋を頼んだら5階だった。旧式のエレベーターに乗せられ、部屋に案内される。部屋についてシャワーを浴びてから外へ出ることにする。

 ガイドブックにはインフォメーションがあることになっているので、捜してみたが、見つからない。そして、一人の若い警官が寄ってきた。20歳前後というところか。荷物を開けろという。突然のことに驚き、素直に荷物を開ける。このカバンは表裏に分かれており、表は「金目のものがない」サイドである。警官はカバンのファスナーに触れている手を下ろせという。ほとんどまともな奴には見えないので、後ずさりしながら手を下ろした。奴は「ノー」と言いながら進んでくる。そこへ、一人のおじさんが来て間に入り、「行け」と言って私を「解放」した。助かった。警官はその場から動かないが、私はそのおじさんに手を振りながら退散した。これがコロンビアの悪名高き警官か。気持ちを落ち着かせながら周囲を一周する。3時過ぎだったが、気温は30度を越えており、暑くてたまらない。市場は閉りかけていたが、臭気が凄かった。「Lonly Planet」の解説を「詩的」に解釈すると、「夕立が唯一の公的清掃。それが、全てを洗い流してくれるのだけが救い」といった感じ。でも、川には大量のゴミが浮いていた。数時間前にみたマングローブの林、ううむ…

 ホテルにはCATVが入っており、リモコンもあり、米国のエロ番組(英語だった)まである。スポーツも米国式フットボール(お面被るやつ)とバスケットボールばかり。ホテルの1階にはレストランがあり、お決まりの「Arros con Pollo(アロス・コン・ポジョ…鳥チャーハン)」を食べる。なかなか旨かった。中南米では、長粒だが米を食べられるのが結構うれしかったりする。

 (ここから後は翌日分だが、同じ街の記録なのでここに記す。)

 昨日の警官の件もあって、気が進まないが、シャワーを浴びて荷物をまとめる。そして、何度もリコンファームの電話をしているが、繋がらない。大きな荷物を預けて外出する。

 市場へ、中南米はそういうところが多いが、店毎にラジカセで轟音、野菜クズを道に捨てるので酸っぱいような臭いも凄い。朝だというのに気温は30度を越えている。汗がどんどん出てくる。車は当然右側通行なので、荒々しい車のことを考えると左側を歩きたいのだが、向かっている方向(Cl.を北へ)では左側を歩くと、日なたなのだ。ラジカセとクラクションの騒音と悪臭とゴミと渋滞と熱気とが、一体となって攻撃を仕掛けてくるので、右脳は「いかれて」くる。この攻撃に対してディフェンスするには左脳を使って理知的に戦わなければならないようだ。


↑北


 市場も一周したので新市街"El Prado"地区へ向かう。Cr.46をどんどん西へ行くと、風景が変わってくる。高層・新築が多くなり、緑も増えてきた。セントロの市場と違って物乞いはほとんどいない。途中の1軒の店でジュースを飲んで休憩。何かこちらのほうが涼しく感じるが、外へ出ればやはり暑い。El Pradoは町の作りが全然違う。Cr.44を通ってセントロへ戻る。

 昼飯は「モツ(センマイ?)煮込みコリアンダー風味(カレーみたいな味。黄色いスープ)」を食べた。パナマ・コロンビアともカレー風味の食べ物がある。

 バスターミナルで、また警官に呼び止められて荷物検査。周囲の人を呼んで立ち会ってもらう。2度めだから、こっちの態度もデカい。いったんアーミーナイフを取り上げられかけたが、他の人の検査をしているうちに忘れてしまったようだ。

 極論をいえば、警官や軍人は、少なくとも発展途上国では「失業対策」である。「手に職がなく」、「血の気の多い」奴を「失業者→犯罪者」にしないための対策のようなものである。そいつらが銃を持ち、「職権」という名の権力を持つと、ロクでもないことをしがちである。お互いを監視するために2人組で行動させる場合もあるが、効果があるかどうかは分からない。…ということで、「警官を見たら泥棒と思え!」というのもあながち的外れではない。コソボのユーゴ兵ってのも、こういう奴らで、ユーゴ政府がコントロールできていないので、どんどんひどくなって行っているんじゃないかと思うのだが…


前の記事へ     次の記事

1998〜99 パナマ・コロンビア」へ

サラリーマンの海外旅行へ戻る