パナマシティ(Ciudad de Panamá)(1998年12月31日(木))
パナマシティには前日の夜11時過ぎに付き、空港からホテルまではタクシーを使った。結構恐いところだとも聞いていたし、到着時間も遅かったのでホテルは予約していた。私としては珍しいことである。さて、問題は空港で起きた。入国は有料カード(5ドルもする)に記入しただけで問題はなかったのだが、次に待っていたものは、ロスト・バッゲージである。係員が素直に謝る。中南米でこんなに素直に謝られると拍子抜けしてしまう。係員はファーストクラス用(?)の洗面具セットをくれた。洗面具は預けた荷物の中にあったのだが、これでスーパーで買い物しなくて済む。翌日の2時に来るように言われた。
ホテル(Hotel Las Vegas)は70ドルもするが、3部屋もあり、キッチンもある。翌日はもう少し小さい安い部屋に換えてもらった。といっても65ドルになっただけ…
パナマには長い時間いるつもりはなかったので、まあ、「お約束の」運河見物をしようと考え、バスでミラフローレス・ロックスへ。バスターミナルから20分程度だった。バスは中南米独特の「ド派手バス」ではなく、赤白2色のものだった。船が高層ビルのように、「高いところ」に見える。パナマ運河は閘門式と言われるが、簡単にいうと、下図のような仕組みになっていて、水位を調整している。結構狭くて、ギリギリの幅を大きな船が通って行くのは、面白い。
| @この高さから | ![]() |
Aこの高さへ |
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水を抜いたところへ船が進入し、そこに上から水を落として張る。船は浮力で浮かぶ。 |
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某日本自動車会社の駐在員夫婦と、そこに遊びに来ている日本人女性2人と遭遇した。この日は「定年退職」の人が「パレード」をしていた。
セントロへ戻るとものすごい雨が降ってきた。止みかけたと思ったらまた降ってきた。傘はもっていたがびしょびしょになる。ホテルへ戻って着替え、空港へ荷物を取りに行き、持っていたオープンチケットに予約を入れた。面白かったのはエルサルバドルの"TACA"航空が、コスタリカの"LACSA"等数社をを傘下に納めてグループ化した(?)マークだった。1羽のオウムのいかしたマークが、4羽のオウムのマークに変わっていた。エルサルバドルというのは結構国際競争力がありそうで、サンサルバドルの中米のハブ空港としての地位を確立したようである。
ホテルに戻って、コインランドリー(ホテル内にあった)で洗濯。小銭が沢山必要だった。ちなみに、パナマは小銭以外は自国で通貨を発行していないので、札はドルがそのまま使える。小銭は米国のものと、パナマのものがあって、両方使える。夕食はホテルのレストランで。サラダには、今後日本でも流行の予感、ドライトマトが入っていた。キノコのパスタの味もまあまあ(「チーズをかけるか?」と聞かれ、ボンヤリしていたら、かけられてしまい、せっかくのキノコの香りが飛んでしまった)。そうそう、朝食の付け合せのバナナのフライはなかなかだった。「新年のカウントダウン」を旧市街、カスコ・ビエホで迎えようとして、乗合タクシーに乗ったが、街の「ヘソ」が分らず、降りるとアブナイ感じだったので、結局一周して戻ってきてしまった。「外した」という感じだった。明日は1時の飛行機でカルタヘナへ飛ぶので、歴史的建物が立ち並ぶカスコ・ビエホを見ることはできそうもない。パナマは田舎に魅力的な町があると聞いているので、コスタリカと組み合わせて、もう1回来てもいいかなと思った。
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| 公開日 | 27 de Mzo. 1999 |
| 最終更新日 (追記・微修正) |
14 de Oct. 2006 |