2012年3月1日更新
2001年6月1日発行

Webmaster秋田耕司のプロフィール

 

考えていること

楽器は買えても腕は買えない。パソコンの横文字用語にはまいった!

活動バンド

ew Flying Cats(ビッグバンド)

KMP Lazy Jazz Orchestra

 

その他以下の楽団でエキストラとして出演しました

ビッグバンド

石原 昇とアップ アンド ダウン
YCBオーケストラ
前川利夫とソールボックス(竜 鉄也と井沢八郎オン・ステージのバックバンドとして出演しました)
ジョニー・フェローズ・オーケストラ
杉並サニー・サウンズ・オーケストラ
グルービン・サウンズ・オーケストラ
E1ビッグバンド
平塚のダンスバンド・武 功と横浜ラテンユニオン

交響楽団

杉並交響楽団

秦野市民交響楽団(退団しました)

アンサンブル

ルフォスタ・クラリネット・アンサンブル「ぱぱ's&まま's」(TV出演しました)
ルフォスタ・フルート・アンサンブル 「サンディ・アフタヌーン」
ルフォスタ・サキソフォーン・アンサンブル
ルフォスタ・クラリネット・アンサンブル「マンディ・ナイト・フィーバー」

 

持っている楽器(黒字は貰った・拾った楽器)

 

France Selmer

USA C.G.Conn

ソプラノサックス

K6 #301950(1979年製)

New Wonder #70319(1921年製)

アルトサックス

K6 #M200237(1972年製)

SuperAction80 #N367298(1985年製)

New Wonder #121410L(1923製)

テナーサックス

K6 #M113470(1964年製)

 

バリトンサックス

K6 #175724(1969年製)

 

 

Selmer Mark6 4兄弟

Conn New Wonder 兄弟

クラリネット B管

France Martin Treres 1740 #00532

Crampon RC Prestige #F179616

メタルクラリネット B管

USA Cavalier #35938

バスクラリネット B管

Noblet #10544

フルート

YAMAHA YFL-31 #0010722

ピッコロ

日管No.20 #651111S

ウクレレ

ギター

電気ピアノ

ドラムスコとドラムスメ

その他いろいろ

Bestle(made in Shanghai, China)

ガットSuzuki

ローランド PIANO PLUS11

0歳から私の演奏を聞かせたら二人とも音楽を演奏しない人になった

 

 

 

一部の方からご要望がありましたので、音楽歴を書かせていただきます

人間事始め
(1948年)

昭和23年5月××日三重県伊勢市生まれ。雄牛座、A RH+型。いわゆる団塊の世代です。50歳になってから人生を折り返しましたので、西暦2009年は30歳です。

音楽事始め
(1958年)

小学4年生の時、あまりにも理解できない音楽の授業にくやしさに1年生からの教科書を再勉強して、わかるようになって楽しくなったのがキッカケです。それ以来ハーモニカやリコーダーを楽しむようになりました。

管楽器事始め
(1962年)

中学1年生の時、放課後音楽室から流れてくる奇妙な音に誘われて行ったところ、テナーサックスが空いていたのでそれを吹くことになってしまいました。その頃はバネが折れまくっているような借り物の楽器だったので、パンツのゴムで修理して吹いていましたが、あの時良い楽器に恵まれていたら、今ごろはきっとうまくなっていたばずですが・・・。

ジャズ事始め
(1964年)

慶應高校応援指導部ブラスバンドに入団していた時、楽器がほしくて銀座のヤマハに足繁く通っていました。何回目かの時、ミンガスの『直立猿人』が流れてきて、ビビッと感染したのが最初です。その後、セルマーのテナーを親に買ってもらいましたが、途中で挫折しそうになった時、親に申し訳ないなあと思い、今まで恥をさらしてきました。でも、一生の友ができたと感謝もしています。

ジャズコンボ
事始め(1965年)

訳もわからず友達とジャズコンボを組んでいたのもその頃です。この頃からアドリブに取り組むものの未だに理解できないのが残念です。

ビッグバンド
事始め
(1966年)

高校では先輩がビッグバンドをやっていたことで、ブラスバンドではグレンミラーを演奏しました。自然に大学ではKMPニューサウンドオーケストラに所属しました。今は大御所になっているテナーサックスの山口真文さんがリードアルトサックスで、うまい人が多かったなあ。メンバーが抜けたので2年生でレギュラーにはなったもののスキーの方がおもしろくなったので、退部。3・4年はスキーに熱中しました。

社会人
ビッグバンド
事始め(1974年)

会社に就職して社員寮で楽器を吹いていたら、先輩がジャズライフに載っているこのバンドに行ってみようと言い出し、シティ・サウンド・ジャズ・オーケストラに入団。結構のめり込んで頑張り、リードアルトを吹き、コンマスもやりました。

New Flying Cats
事始め
(1981年)

自分よりうまい人と演奏したくなり、NewFlyingCatsを結成しました。バンドの入会条件は私よりうまいことと、練習好きです。コンサートなどのイベントがないと練習に来ない人はお断りしています。コンサートは練習していて納得できたら、コンサートをやるようにしています。コンサートはお客のことより、自分たちがやりたい曲のみを演奏しますので、入場料はロハにしています。現在に至る。

交響楽団事始め
(1998年)

初めて習ったクラリネットの先生が秦野市民交響楽団の所属していて、定期コンサートでチャイコフスキーの『悲愴』でバスクラが出てくるけどやってくれない?と誘われ入団させていただきました。練習では、『秋田さん、スイングしていますよ。』と注意され、アフタービートでリズムを取ってしまう性に悪戦苦闘です。最初の出演の悲愴は演奏が静かになったところで、全くのソロで4音だけを吹くという緊張しまくりの『悲愴』なデビューでした。2007年10月退団

 

ご質問やお問い合わせは koji.akita@nifty.ne.jp までご連絡ください。

トップページにもどる