伊勢の鉄道

2010年4月1日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


伊勢電気鉄道 参宮急行電鉄(現 近鉄日本電気鉄道)の歴史

 

 

伊勢電気鉄道

参宮急行電鉄

明治44年(1911)

11月10日前身となる伊勢鉄道が設立される。

 

大正15年(1926)

9月11日社名を伊勢電気鉄道(伊勢電)と改称。熊沢一衛が社長に就任

 

昭和05年(1930)

12月25日新松阪〜大神宮前間開業(複線)=桑名〜大神宮前全線開通 大神宮前駅開業

地元企業の伊勢電気鉄道に競合する参宮急行電鉄が松阪〜伊勢間で路線を開業させた。

小俣〜宮町〜山田(現伊勢市)〜宇治山田

3月27日参宮急行電鉄により松阪〜外宮前(現在の宮町)が開業

5月18日参急中川(現在の伊勢中川)〜松阪間が開業

9月21日外宮前〜山田(現在の伊勢市)間が開業

12月20日現在の大阪線全通により上本町〜山田間直通運転開始

昭和06年(1931)

 

3月17日山田〜宇治山田間が開業し全通

昭和10年(1935)

12月桑名〜大神宮前 間で特急「はつひ」(初日 桑名大神宮前85分間)・「かみち」(神路)運行開始。

 

昭和11年(1936)

9月15日伊勢電気鉄道は参宮急行電鉄(参急)に吸収合併、本線は同社の伊勢線となる。

 

昭和13年(1938)

6月26日関西急行電鉄 桑名〜名古屋間開通 名古屋〜大神宮前間全線開通

 

昭和15年(1940)

1月1日関西急行電鉄 参宮急行電鉄に合併

 

昭和16年(1941)

3月15日参宮急行電鉄はその親会社の大阪電気軌道(大軌)と合併、関西急行鉄道(関急)が発足。同社伊勢線となる

3月15日大阪電気軌道が参宮急行電鉄を合併、関西急行鉄道となる。伊勢中川〜宇治山田間を山田線とする

昭和17年(1942)

8月11日新松阪〜大神宮前 間廃止公告。大神宮前駅廃止

 

昭和19年(1944)

6月  1日関西急行鉄道と南海鉄道が合併し、近畿日本鉄道創立

 

伊勢電気鉄道

 

伊勢電気鉄道(いせでんきてつどう)とは、大正〜昭和初期、三重県地方を中心とする路線を保有した鉄道会社。略称「伊勢電」(いせでん)。伊勢神宮への直通路線を建設し、特急電車の高速運転を行ったが、過剰投資によって最終的には経営に行き詰まった。江戸橋駅以北の路線は現在近畿日本鉄道の名古屋線・鈴鹿線ほかとなっているが、江戸橋以南の区間は廃線後「近鉄伊勢線バス」として、鉄道のルートに沿った近鉄直営のバス路線が新設されたが、昭和40年代に近鉄系列の三重交通に路線移管された。

伊勢神宮最寄り駅は計画当初「伊勢大神宮前駅」の名称が予定されていたが、伊勢神宮側からクレームが付き、単に「大神宮前駅」となった。伊勢神宮本来の固有名称は、地名を付けずに「神宮」と称するため、「伊勢」を付けると伊勢電鉄の社名略称を付け加えたようで不都合という事情があったようである。

宇治山田市(後、伊勢市)内における路面電車(後に三重交通神都線となり、1961年全廃)を運営していた会社も、1904年(明治37年)〜1922年(大正11年)の間「伊勢電気鉄道」と称していたことがあるが、本項の「伊勢電」と資本など直接的な関係はない。

 

伊勢電気鉄道跡

  

                         山田第1トンネル                      宮川堤駅跡付近         宮川堤〜山田西口駅間の

                                                                                                  トンネルより宮川堤駅跡を望む

 

   

              山田西口駅跡付近     こんな標識を掲げている方も  山田西口〜常盤町間の      常盤町駅跡付近

                                                  いらっしゃいます           山田第2トンネル

 

伊勢電気鉄道・大神宮前駅跡地 説明文:此の地に、伊勢電大神宮前駅在り、駅舎より東へ延長約80米のプラットホーム2本と4本の線路、最北端には、1本の留置線があった。伊勢電砕石には、特急(はつひ、かみぢ)が桑名まで1時間25分で快走し一世を風靡した。その後、関西急行となり、名古屋直通急行の新車、関急「緑の弾丸」と言われ、後に近鉄名古屋線、急行車両の原型となり多くの同系車が生まれた。伊勢線の大神宮前から江戸橋間は参急本線、及び名古屋線と並行路線でかねてより廃線の噂はあったが、ついに昭和17年8月11日大神宮から眞松坂間は廃線となり、その資材は、各地の複線化に振り向けられ大神宮前駅は伊勢電により開設されてから、わずか12年でその役目を終えた。

 

大神宮前駅付近

 

参 宮 急 行 電 鉄

(現 近鉄日本電気鉄道)

 

 

                                 近鉄 宮町駅 (元 外宮前)              近鉄 伊勢市駅 (元 山田駅)

近鉄 宇治山田駅 昭和6年3月完工 宇治山田駅の内部

 

(現JR東海紀勢本線参宮線)

 

参宮鉄道株式会社(さんぐうてつどうかぶしきがいしゃ)は、現在のJR東海紀勢本線・参宮線の亀山駅〜伊勢市駅間を建設した鉄道会社である。伊勢神宮の参拝客を見込んで設立された。三重県多気郡多気町の多気駅から鳥羽市の鳥羽駅に至る旧国鉄の鉄道路線である。伊勢神宮への参詣路線として戦前は幹線同等に扱われ、一部区間が複線化され東京や大阪、宇野などからの直通参詣列車が運転されていた。戦後も暫く東京・名古屋・京都・大阪方面から直通列車が運転され、かつ当時は近鉄大阪線・山田線が標準軌であるのに対し近鉄名古屋線が狭軌であり、近鉄京都線も奈良電気鉄道と別会社の保有路線であったことから、近鉄経由で名古屋・京都から伊勢へ向かうには伊勢中川や大和八木での乗り換えが不可欠だったので、直通でそれらの地域から伊勢へ向かえる参宮線は競争力を保っていた。さらに近鉄鳥羽線が未開通で、伊勢〜二見間こそ三重交通神都線(路面電車)と競合したものの伊勢〜鳥羽間の鉄道往来は参宮線が独占していた。田丸〜宮川〜筋向橋(現山田上口)〜山田(現伊勢市)〜五十鈴ヶ丘〜二見浦〜松下〜池の浦シーサイド〜鳥羽

 

明治22年(1889)

11月

伊勢市宇治山田町の北川矩一らが発起人となり、伊勢神宮参拝の目的で津−小俣間の鉄道建設を出願。神苑会会頭 吉井友実の提唱により同会幹事 太田小三郎が参宮鉄道叶ン立の仮免許取得

明治23年(1890)

8月

将来、関西鉄道(現在の関西本線・草津線などを建設)と連絡することを条件として免許が下りた。

明治26年(1893)

12月31日

参宮鉄道により津〜相可(現在の多気)〜宮川間が開業。

明治27年(1894

 

宮川駅〜山田駅(現、伊勢市駅)間の延長を申請。

明治29年(1896)

 

申請区間の免許が下される。

明治30年(1897)

11月11日

宮川〜山田(現在の伊勢市)間が開業。

明治39年(1906)

 

山田〜鳥羽間の延長を申請。

明治40年(1907)

 

申請区間の免許が下りる。しかし参宮鉄道時代は着工に至らなかった。

 

10月1日

明治39年公布の鉄道国有法により国有化された。

明治42年(1909)

2月21日

山田間が複線化。

 

10月12日

線路名称制定。亀山〜山田間を参宮線とする。

明治44年(1911)

7月21日

山田〜鳥羽間が国鉄線として開業し全通。

大正 6年(1917)

10月10日

筋向橋駅を山田上口駅に改称。                                  

昭和19年(1944)

8月

阿漕〜高茶屋間、松阪〜徳和間、相可口〜宮川間、山田上口〜山田間を単線化。

 

 

                                        小俣側より見た鉄橋                 桜の渡し付近の鉄橋

  

JR 山田上口駅 (元 筋向橋駅) 

伊勢市駅 (元 山田駅)

 

 

出典: フリー百科事典『ウィキペディア』ほか

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