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 何でも無い時から突然の吐血・入院・告知辺りの話とかの類など、詳細に書くと 不快に思う人も居るだろうと思い、 memoやstatusではわざとぼかして書いてある部分があります。 が、中には知りたい人や参考にしたい人も居るかもしれないと思ったので、 statusとは別ファイルとしてその辺を少し詳しく書いてみます。
 この様な主旨ですので、読みたくない人は読まないで下さい。
 なお、体調とか、単なる記述漏れの内容も色々とありまして、そんな内容もついでに書こうかとしています(^^;)。


内容
胃癌発覚までの経過詳細
胃癌告知時
胃切除手術後からmemo再開までの間
退院直後から数ヶ月の間の状況

(内容を読みたくない人の為に、取り敢えず沢山改行)


























ここから。
【胃癌発覚までの経過詳細】

●2001/04/01(日) 入院前日
 いつもと変わらない日。昨日まで年度末だった為と、よく行っていた飲み屋が閉店になるという事もあり、昨日まで連日で割と飲んでいた。
 夕方頃起床し、ちょっと今日はアルコールは控えようと思いつつ、 広島駅ビル6Fの回転寿司で夕食。大好きなマグロばかり10皿程食べる。大満足。 帰宅後、満腹の為ビールが飲めない。明日は会社で午後から新しい仕事の挨拶の為 客先へ行かなければならない。新年度の初日なので朝礼を外す訳にはいかない。 とっとと寝る。
●2002/04/02(月) 吐血, 入院
 朝、順調に起床。特に変化なし。定時に会社に出社。朝礼に参加。
 出社後、年度末の処理の為事務作業を実施。
 缶のお茶などを飲みながら1時間ほど経過した辺りで、なんだか胃の辺りに不快感。胃がもたれている様な感じ。 いつもの癖で「二日酔いかな」位のつもりで、それならトイレで戻して暫くすれば回復すると思い、トイレへ。
 指を突っ込み少し出すと、色が変。何やら赤黒い。「あれ?なんだろう?昨日のマグロがまだ残っているのかな?」程度の感覚で更に続ける。本格的に出すと、同じような赤黒い液体がドバドバっと出て焦る。「ん〜、、、これは一体何だろう?赤ワインみたいな色だけど、 昨日って赤ワイン飲んだっけ」と思いながら一通り戻す。
 気分はすっきり。立ち上がると軽い立ち眩み。この程度の事は、体調が悪いときは良くあるので気にしない。手を洗い職場に戻る途中から目の前がチカチカと白い星が飛び始める。 自席に着き少し待つと回復。飲み残しのお茶を少し飲みながら、あの色は一体何なんだろうと考える。考えられるのは赤ワインか昨日の夕食のマグロかな、昨夜は赤ワインなんて飲んだっけ?飲んでない様な気がするんだけどなぁなどと思いつつ、 他に体から出るあの色に近いのは静脈血だなぁなどと思っていた。
 10分ほど経過後、再び先程と同じ症状。「また?」と思いながらトイレで再び戻すと、先程と同じ色の液体が、これまた先程と同じ位大量にドバドバと出た。
 この10分の間はお茶を一口飲んだだけで他には何も飲食していない。胃の内容物は先程全部出したはず。となると、赤ワインでもマグロでもない。という事は、静脈血?吐血? うわぁ、マジかよと思いながら立ち上がると再び立ち眩み&白いお星様がキラキラ。 手を洗って自席に戻る途中、お星様の数がどんどん増えていく。
 自席に戻るが今回はお星様が中々回復しない。
 考える。さっきの2回とも静脈血だとすると、かなりの出血である。10分であんだけ出たと言う事は、放置しても治らない。それどころか、いまも同じペースで出血中という事は、 もしかして滅茶苦茶ヤバイ状況なのではないかとようやく気が付く。
 1フロア上に、職場の定期健診で使っている内科の個人病院があるので、職場の同僚に 病院へ行く旨告げ、病院へ向かう。エレベータ使いたかったのだがそのビルのエレベータは中々来ないし遅い。そんなに悠長な状況ではないと思ったので階段を上る事にする。
 階段へ向かい、階段を上っている最中でもドンドン白いお星様が増え続け、 階段の真中辺りの時点で目の前が真っ白となり何も見えなくなる。
 病院の場所やそこまでの経路はおおよそ分かっていたので、片手を前、もう一方を横に広げ、手探りで進み続ける。階段の終了は手摺が途切れる事で分かる。突き当たりに達した事は前に伸ばした手が壁に当たる事で分かる。その後は、迷路を解くプログラムのロジックにならい、右手の法則で進めば病院の入り口にたどり着けるはず。目の前は真っ白。 「お先真っ暗じゃなくて、お先真っ白だぁ」などとアホな事を考えながら階段を上る。
 もうすぐ階段が終わる頃かなと思っていたら、知らない女性の声で「どうしました?」と聞かれた。「すいません、病院の入り口はどこでしょうか?」と返答すると、 その直後に片手をグイッっと引かれ、ドドドドッってな感じで勢い良く連れて行かれる。
 後から分かったことなのだが、この時点でYシャツに血痕がパパッと散っていた模様。
 周囲の雑音に変化があったことから、廊下から室内に入ったっぽいと思った直後、 また別な女性の声で「どうしました?」と聞かれた。多分看護婦さんだろうと思ったので、 「血を吐いて倒れそうなんです」と答える。 直後、ドドッっと手を引かれる。歩いた経路から考え、診察室内のベッドを目指していると思い、そろそろベッドだなと思った所でベッドだと思われる場所に倒れこむ。
 何やら周囲が騒がしい。針を刺される。多分点滴だろう。氏名と生年月日を聞かれたので答える。多分意識レベルの確認だろう。勤務中だったため、会社の名札を着用していた為か、 会社へ連絡しろとの話が出る。目は相変わらず何も見えない。
 少しして、「保険証は無いのですが代りに・・・」的な会話が行われている。どうやら会社の総務の人っぽい。救急車も呼ばれたっぽい。耳慣れた声が聞こえる。職場の上司だ。何か大騒ぎになってるなぁ。
 更に少しすると、徐々に視界が開けてくる。恐らく横になった為に血が回り始めたんだろう。救急車のサイレンが聞こえてくる。だんだん近づいてくる。すぐそばで止まったっぽい。多分私を運ぶ為だろう。
 救急隊員の人を待つが、中々来ない。もしかして貨物用のエレベーター使ってるのか? ここの貨物用のエレベーターは1機しか無い上にやたらと遅い。暫くしてやっと到着。 その頃には視力も回復。意識も大丈夫。ストレッチャーに乗せされ、酸素マスクされて、 エレベーターで救急車まで運ばれる。看護婦さんと総務の人が付き添ってくれる。病院を出る時に紹介状がどうのこうのと言っていた。どういう意味だろう。救急の場合は紹介状は要らないはずなんだが。
 乗り心地が悪い。振動が結構来る。救急車の世話になるのは2回目だが(1回目は大学卒業パーティーで急性アル中で運ばれた時)、意識がある状態で乗るのは初めてである。 目の前に天井が見える。隊員の人が私の状況を見て、酸素マスクを外す。
 少しして、病院に到着。どこなんだかさっぱり分からない。ストレッチャーでドドドドォーッと一気に運ばれ、カーテンが沢山有る大きな部屋に入る。点滴やら注射やらをいくつか打たれる。多分採血もしたんだろう。少ししてからストレッチャーが動かされる。胃カメラらしい。胃カメラは初めてである。のどスプレーをシュシュッっとされて即検査。
 やたらと辛い。盛んに力を抜けといわれる。つばは飲み込まずにそのまま横に流してと言われる。とにかく従う。ほっぺたがつばでベトベトになり気持ち悪いしみっともないのだが、 我慢して指示に従う。何か時々胃の中で水分を放出されている様で、気持ち悪い。
 やっと胃カメラが終り、先程の部屋に戻る。医師より説明あり。
 胃に出血性潰瘍があり、そこからの大量出血による出血性ショックとの事。 恐らく全血液の1/3程出血しているのでしょうとの事。ヘモグロビンの値が点滴しつつ12位で、 恐らく10位で安定するでしょうとの事。この出血量の場合、輸血は必要ないとの事。 緊急入院ですとの事。うっそぉ〜、今から入院???と焦る。
 その後、病室へ運ばれる。総務の人が付き添ってくれている。取り敢えず職場に置きっ放しだったカバンが欲しい旨伝える。その後、職場に戻った模様。
 病室のベッドで寝ている。。。うひゃ〜、本当に入院だぁ。お見舞いに行った事は何度もあるが、自分が入院するのは初めてである。どうしよう。何の準備もしてないぞ。 入院って、どうやるんだ??? PCは使いかけの状態だし、缶のお茶も飲みかけのまま残ってるし。どうしよう?という考えで頭が一杯である。
 暫くして、女性の医師が来室。先程胃カメラの操作をしていた人。私の主治医となったらしい。病状の説明を再度受ける。併せて、今後の方針も説明される。
 胃の入り口入ってすぐの場所に潰瘍があり、そこから出血との事。 胃の中が血だらけの為、他にも潰瘍が有るか現段階では判定不能との事。 入り口の潰瘍も、通常では潰瘍が出来ない場所なので不自然との事。出血性胃潰瘍だが悪性の可能性もあるとの事。腫瘍で悪性なら癌だろうけど、潰瘍で悪性ってどういう事だ?と思う。
 良性で出血が止まった場合でも2weekの入院が必要。悪性、ないし良性でも出血が止まらなければ手術との事(@o@;)。しゅ・・・手術・・・(@O@;;;)。マジですかい(@O@;;;;;;)。
 職場の人がカバンを持ってきてくれた。併せて、コップとかタオルとかの様な入院時に必要なものも少し買ってきてくれた。嬉しい。今は身動きが取れないので自分で買いに行く事が出来なかったから。そんな状況だったので、清算は後日にする事にした。
 その後はベッド上でず〜っと点滴打たれ続けていた。24時間点滴開始である。 なんか、凄い事になってしまったな〜などと考えながらも、気疲れでもしていたのか、その日はいつの間にか寝ていた。
●2001/04/03(火)以降:memo記載の通り。
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【胃癌告知時】

●2001/04/06(金)
朝、胃カメラ検査。入院直後の時の胃カメラでは、胃の中が血だらけだった為に他に異常があるか分からなかった為、本日再度胃カメラ検査を行う。
夜、内科の部長医師より「主治医から話しを聞いたか」と聞かれたので「いいえ」と答える。それでは今から説明しますとの事で、ナースステーション内の一角へ。
部長医師、看護婦さん1名、私の3名。医師より早速説明が始まる。
ほぼ間違いなく胃癌との事。初期ではない為手術必要との事。CT等の検査結果では今の所転移は見当たらないが、転移の有無は最終的には空けて見ないと分からないとの事。来週の金曜に手術との事。場所が胃の入り口入ってすぐの所であり、場所的に良くない為、簡単な手術ではないとの事。
この辺から頭の回転が鈍り始める。「癌? 手術? 簡単ではない?」などなど。自分が2つに分裂した様な感覚になる。一人は医師の説明を聞きながら質問をしている自分。もう一人は質問をしている自分と医師と看護婦さんをやや高い位置から冷静に眺めている自分。
更に説明が続く。私の出身地であり家族も居るのは北海道であり、私は広島で一人暮らしだった為か、北海道の病院に転院するという方法もあるとの事。手術の場合は家族の立会いが必要との事。
この辺で頭の中で費用の事が気になり始める。手術代を聞いてみると、保険無しだと120万位ですかね?との事。焦る。ここで手術となると母親と妹を北海道から呼ばなければならない。となると、宿泊場所や費用もかかる。うわ〜!、ってな感じで、 どうしても家族の立会いが必要なのかと聞いてみる。医師は不機嫌気味になりながら「身寄りの全く無い人もいますけど、普通は立ち会いますよ」とか言われる。 生検の結果は来週じゃないと出ないはずなので、まだ胃癌と確定したわけではないんですよねと聞いた所、この検査結果から癌ではないと判断する専門医はまず居ないと言われる。1週間後の手術であり、家族を呼ぶ準備とか都合なんかもあるし、妹は平日は仕事してるので、手術は土日には出来ないのか聞いてみた所、土日は手術はしないとの事。来週の金曜の手術が駄目な場合、再度後日の手術の予約を取り直す必要があるとの事。手術日程の件や転院の件の返事は少し考えさせて欲しい旨伝え、説明終了となる。
一人で病室に戻るが、何か頭の中がボーっとしていて考えがまとまらない。 今のがかの有名な「告知」という奴だったのか? 大した衝撃は受けなかったぞとか思いながら、 さしあたり、手術は必要という点が浮かび、2週間で退院して職場復帰という事は無くなったから会社に連絡しなきゃと思い、職場の上司にtel。 「病名はほぼ間違いなく胃癌との事です。初期ではない為手術必要との事なので、手術後1ヶ月は入院となるので、職場復帰はその後になります。」と伝える。 家族への連絡や転院の件も処理したかったのだが何故か考えがまとまらない。 暫くボーっっとし続けている内に眠くなったので、他の処理は明日以降にして、とっとと寝る。
●2001/04/07(土)
朝、目覚めはすっきり。頭もちゃんと回転してるっぽい。
例によって看護婦さんの巡回。その人に「私、癌らしいんですよ・・・」とか言ったら、驚いた表情で誰が言ったのかとか言われる。「あ、先生からです」と答えると、今は癌でも治るから大丈夫ですよ的な事を言われる。医師と看護婦さんの間で告知した・しないの情報の伝達が出来ていないのだろうかと思いながらその後の行動を開始。一日でも早く職場復帰する事が一番頭の中で優先され、広島で予定通り手術を受ける事とした。
以降はmemo記載の通り。
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【胃切除手術後からmemo再開までの間】

●2001/04/13(金) 手術当日
 遠くから自分の名前を呼ばれている様な気がする。何度か呼ばれている。 「**さ〜ん、手術終わりましたよ〜」と言われている。 あれ〜、と思いながらうっすらと目を開ける。 主治医と妹と母親が話をしているのが見える。何を言っているのか殆ど分からないが、 妹が「じゃあ、帰るわ」と言っていた事だけ覚えている。 その後、また眠ってしまう。
 再度気が付いたのは夜。そこからは意識がはっきりしてくる。 看護婦さんが何か機械を持ってきた。足の親指に何かはさまれた。ちょっと痛い。 その後心拍数に応じてピッ・ピッという音が聞こえ始める。 体を動かしてその機械を見ようと思っても、体が全く動かない。 頭は起こせるので何とか見る。状態モニター用の機械っぽい。
 母親と少し会話。思っていたより浅かったらしい。リンパ節がやわらかかったから、 多分リンパ節転移も無いでしょうと言われたとか。少し安心する。
何やら腹部というか下腹部というか、その辺りがドンヨリとして苦しい。 痛いという感じではない。なんだか分からないが苦しくてしんどい。 丁度看護婦さんが巡回してきたので状況を伝えると、痛み止めの注射を打ってくれた。 注射は左肩。結構痛かった。 すると、苦しさが無くなった。これも痛みの一種なのかと思った。後から考えると硬膜外麻酔使っていたので痛みを痛いと感じていなかったのかもしれない。
でも、2時間程度すると又同じ症状になる。看護婦さんに痛み止めを依頼。また左肩。これを朝まで数回行う。途中、看護婦さんが「ちょっと使いすぎかな」と言っていたのだが、使ってくれた。何度も左肩に打つので、その内に腹部・下腹部辺りが痛くなると、同時に左肩が痛むという、変な癖が付いてしまった。この癖は暫く続いた。
体が全く動かない。足は少し動かせる。手は普通に動かせる。首も普通に動かせる。 そんな感じで結局朝まで痛みと付き合わされた。
●2001/04/14(土) 手術の翌日
 朝食後、今まで見た事の無い看護婦さんが来室。リハビリ担当らしい。 今日は上体を起こしてみましょうと言われる。 電動ベッドだったので、リモコンを手渡され、リクライニングボタンで上体を90度まで 起こしてみましょうと言われる。
早速実行。60度程度まで上げると、腹の中の物が全部下方向に引っ張られる様な感じになり、苦しくなる。こんなに腹の中の物って重かったのかと驚く。そこからは休み休み少しずつ角度を90度まで持っていく。結構時間がかかったが、何とか90度まで起こせる。自分の力だけではまだその状態を維持できない。
その時に初めて自分の体がどうなっているのか見る事が出来た。体から沢山チューブが出ているのを見て、ビックリしてしまった。
口の中をうがいしましょうという事で、水差しで少量の水を飲まされ、容器に出すと、 何か変なものも出てきた。手術の関係かな。
体を拭きましょうといわれ、体を拭いてもらう。気持ちが良い。
午後にもう一度やりましょうと言われ、終了。
午後までの間に何度か練習。その成果か、午後の上体起こしは午前より楽だった。
でも自力で体を動かすことが殆ど出来ない。 ずっと上向きで寝ていたので腰の辺りが痛い。その為寝返りを打ちたいのだが、 寝返りも普通に出来ない。ベッドの周りを腕でつかんで、腕の力で上体を少しねじる。すると腹部が痛むので、腰を上体に合わせて少しだけずらす。これを何度も繰り返してやっと90度程度まで寝返りがうてる。なかなかしんどい。
もと胃が有った辺りが張って苦しい。経鼻胃管に注射器を刺して、胃の内容物を抜いてもらう。これを数時間毎に依頼。量が多いらしい。痰は飲み込まずに吐き出せと言われるが、 つい飲み込んでしまう事多し。手術で繋いだ臓器がまだ開通していない為たまってしまうらしい。
●2001/04/15(日) 手術の翌々日
朝、痰を出そうとして容器を枕元に於いていたら、その容器を倒してしまいシーツを濡らしてしまう。 朝巡回の看護婦さんにその旨伝えたら、やや不機嫌そうな感じで対応してくれる。 シーツ交換が結構大変。一旦片方向に90度寝返りを打ち、その間にシーツを半分交換。 その後逆方向に寝返りを打ち残り半分を交換となる。寝返りを打つ為腹部が痛く、「イテテテ」と言いながら体を少しずつ動かしていると、「男の子でしょ!」とか言われる。 かなり痛いんだから、男だろうが女だろうが関係ないだろ〜、なんだその言い方はと内心思いながら、寝返りを続けた。この件以降、この看護婦さんが嫌いになった。
午前のリハビリ。今日はベッドサイドに腰を掛けるのが目標との事。 上体起し90度を自力で維持する必要がある。やってみる。 まず電動ベッドで上体を起こす。その後、背中をベッドから少しずつ離していく。 腹の中が重いが昨日よりは軽い感じがする。何とか上体起しを自力で維持できそうだったので、今度は足を片方ずつ、ちょっとずつずらしながらベッドサイドへ移動させ、 良い位置に来てから腰を少しずつずらして、最終的にはベッドサイドに腰を掛けた状態になった。
再び体を拭いてもらうが、上半身は自分で拭いた。午後のリハビリも順調。
TVを見る気などまだ起きない。
●2001/04/16(月) 以降、memo記載の通り。
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【退院直後から数ヶ月の間の状況】

●2001/05/中旬 退院直後辺り。
 やっと退院できたので、近くのコンビニでミニサイズ弁当を購入。 入院中の量よりは少ないので楽勝かと思っていたのだが、 何だか分からないが食べ難い。食後、腸がギュルーギュルーと鳴る感じで、 かなり不快。下痢も多い。
夕食をかねて、コンビニでおつまみ系の量の少ない奴とビールを買って食べるが、 あまり食が進まない。ビールは炭酸の為、飲んだ後の腸の状況がきつい。
何だか知らないが、入院中より食べられる量が随分と少ないし不快症状がきつい感じがする。
仕方がないので、カロリーメイト系を色んな種類かって食べてみたり、 量をミニサイズ弁当よりさらに少なくしてみたりするが、 あんまり効果なし。昼食にコンビニおにぎり1個+牛乳ちょっととか、夕食はコンビニ冷奴とか温泉タマゴ1個とかってな感じ。
量が思ったよりもずいぶん少なくしか食べられず、食後の不快症状も多いしきつめだったので、日に日に気分が落ち込んでいく。もう一生こんな感じなのかと思うと、更に滅入る。 仕方がないので、気分転換の為にウインドウショッピングしまくったり、趣味のものを衝動買いしたりして気分を紛らわしていた。でもやはり落ち込み方はひどい。
●2001/06/中旬 職場復帰直前辺り。
1ヶ月程経過し、そろそろ職場復帰という時、久々に散髪に行く。 担当してくれた人との雑談の延長で病気の話題になり、胃癌で胃切除したけど食事がきつくてしんどいと言った所、その人のお兄さんも胃癌で胃切除しており、退院直後は辛い辛いと言っていたと言われる。更に、「でも、3ヶ月ほどすると結構楽になるみたいですよ」と言われ、この一言で気分が物凄く楽になった。「そうか、あと2ヶ月程頑張れば、今の状況よりは少しは楽になるのか。よし頑張ろう。」と言う感じで、心の支えが出来た。
又、似たような時期に、netで胃切除経験者の方のHPを色々と回っていたら、私と近い状況の人も少なくないという事が徐々に分かり始める。国立がんセンターのHPなんかで、胃切除の後遺症の情報も仕入れたり、他の人の後遺症の状況の情報を仕入れたりしているうちに、 自分だけがこんな状況ではないという事や、数ヶ月という単位ではわずかしか改善されず、 年単位で少しづつ改善されていくんだという事も分かり、気分的には随分楽になった。
●2001/06/中旬 職場復帰直後辺り。
職場まで徒歩10分弱だったので、通常勤務で復帰開始。
勤務内容は基本的にはデスクワーク。事務作業から開始。これだけでも、勤務開始数時間後にはスタミナ切れでフラフラになる。周囲からは大丈夫か?と心配されていた。 顔色も悪かったらしい。
昼食は相変わらずコンビニでおにぎり1個+α程度。昼の休憩時間内に食べきると、心臓バクバク、冷や汗ダラダラ、息はゼーゼー、全身グッタリという状況が1時間ほど継続してとてもしんどい。かの有名な早期ダンピング症候群だという事が後から分かる。 家でこうなった時は横になって休んでいたのだが、職場では横になれる場所が無い。 周囲の人がビックリして大丈夫かと声をかけられまくる。 仕方が無いので、その症状が治まるまでの間喫煙コーナーやトイレでゼーゼーしながら症状が軽減されるまで待つという作戦を使った。
午後もすぐにスタミナ切れになる。どうやら糖分補給で一時的に収まるっぽい事を発見。 色々と試しているうちに、1時間あたり100Kcal程度の目安でこまめに補給すると持つっぽい。 一度に数百Kcalも採ると確実に早期ダンピングになるので、スタミナ切れが予想される時間より30分以上前に、100Kcal程度を補充。これを勤務中は1時間毎に繰り返すという方法を使った。
体重は徐々に減少していった。が、既にnetで情報を仕入れており、 術後の体重減少は避けられない事、でも何時までも減少し続けるわけではなく、いつかは下げ止まるタイミングが来る。術前の体重まで回復できない人も多いという事をしっていたので、「これが噂の体重減少か」程度にしか思わなかった。
徐々に慣れていくに従って業務内容を変え、program作成作業に切り換えてもらった。
●2001/09 引越準備辺り。
胃切除後半年経過していないのに、勤務地が広島から東京へ変わる内示が出て焦る。
引越の為に箱詰めを開始したのだが、1日かけても1箱程度しか進まない。 箱詰め作業をしているとあっという間にスタミナ切れになる。その度に少量ずつカロリーを補給、食後暫く休むというのを繰り返さざるを得なかった為である。
しかも独身・一人住まいなので他に頼れる人が居ないので自分でやるしかない。 今から考えれば、金額かさんでも楽々パックにしておけば良かった。
体重減少速度も早くなり、引越時には最低体重の45Kgとなっていた。 ここまで落ちると、私の体の場合は余裕が全く無くなった状態っぽい。 スタミナ切れの頻度がかなり高くなる。
結局自分一人では荷造りが間に合わなくなり、搬出前日に職場の人数名に手伝ってもらう事になり、なんとか間に合った。
広島->東京の移動は、ダンピングの件や下痢の件、体調やスタミナの件を考え、 飛行機は使わずにのぞみを使う事にした。のぞみなら途中の乗換えが無いので、 乗車後は東京に到着するまで寝ていれば良いだけだから。
新職場で勤務開始から暫くは体調も改善されなかった為、周囲から驚かれてかなり心配された。結局人事とも相談して暫くは週4日勤務という形にしてもらった。 有給休暇は胃切除時に大量に使ってしまい、残りが殆ど無かったので、 主治医に診断書を書いてもらい、病欠扱いにした。長期入院時は病欠処理の方が良いと、この時初めて知った。そんなの入院時に教えて欲しかった。
その処置をしてもらった事により、徐々に体重が増え始めた。又、ある日突然食事量が倍位に増え、また少し楽になっていった。
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更新履歴
2003/10/28 公開

ここまで